酒を飲む事自体が久々とは言え、飲み過ぎたのを反省しながら国永は帰宅した。
鶴丸も宗近ももう寝ている、と黒葉に怒られたのだ。
今日はここも仕事で遅いらしく、たまたま起きていたらしい。
「全く、お鶴が気にして居ったぞ。ただでさえ最近お前の顔色が悪いと言っているのに」
「俺の顔色? へぇ、気付かなかった」
勿論、嘘だ。
本当は顔色など気に出来る余裕が無かっただけだ。
黒葉に言われたと言う事は、よほど自分は上の空だったと見える。
水を入れたグラスを渡され、それを傾けながら黒葉に悩みを言ってしまおうか、迷った。
恐らくは一番良いタイミングで、そして彼にも関わる話だろう。
だが、今のところ答えの無い無駄な悩みとも言える。
「何を考えている」
対面のソファに座り、黒葉は足を組んでリラックスした状態になった。
話そうとして迷っている様子を気付かれているのは流石長年の付き合いと言える。
そうして、結局黙っていても無駄なのだと国永は苦笑をして水を飲んだ。
「この間、三条家の事を聞いたんだ。宗近に関する事……多分、ここにも関わる事」
「ふむ? 俺は特に聞いておらぬな」
「内密の話だからな。それに、君に心配を掛けたくないんだろう。優しい子だから」
そこでここの事を言えばほっそりと微笑みを浮かべ、黒葉は誇らしげに頷く。
愛し合って信頼し合っている二人だからこそ、言いづらくもあるのだ。
「異能持ちは、子を孕みづらいと言われた。10年互いに連れ添っても、子を成せなかったと」
「だが全てがそうという訳でもあるまい?」
眉を潜めて呟く黒葉に、何と返して良いのか分からず国永は曖昧に微笑む。
黒葉の言葉は奇しくも彼の伴侶と同じ言葉であり、それを希望と縋るにはあまりにか細い願いだ。
「俺は、宗近に家族を与えたい。彼の血を分けた温もりを、孕みたい。全身の細胞がそう言ってる気がしてくる」
目元を隠し、水の入ったグラスを一瞬で粉々に割り砕いてしまう。
痛みも感じないほど、今の自分は不安定だ。
黒葉は驚きはすれど、怒る事も無くため息と共に処置をしてくれる。
「毎夜蜜を貰っても、熱が通り抜けていく感じがする。孕めないのが分かるんだ……鶴はそんな事言わない。俺がαだから?」
「……宗近はお前の身体を刻んでまで、お前が変わる事を望まんだろう。それにお前には、お鶴が居る」
「ああ、鶴の産んでくれる子はさぞかし可愛いだろうな。俺の血も引いてるんだ、宗近だって喜んで、家族が出来たと言ってくれる。でも、与えるのは俺じゃない」
「お前の気持ちが分からんでも無い。ここもまた異能持ち故、俺が孕める可能性は低くなるのだろう」
「ふ、ふふふ……忘れてくれ、今のは酔っ払いのグチだ。みっともない」
「お前……早まった判断はするなよ?」
細かい破片を取り去り、手の消毒を終えて包帯を巻き終わると、黒葉は国永の隠された顔を見ながら口にした。
早まった判断など、何のことを指しているのか黒葉自身も分かりはしない。
だが、同じ思いを抱えるほど、連れ合いを愛するほどに強く抱える欲求は一人では晴らせない。
それこそ藁にも縋る思い、という奴なのだ。
国永は何も言わず、ただ応急処置の成された手を振って黒葉を見送った。
人には必ず望みが生まれる。
どんなに欲が無いと思われる人間にも。
それは国永然り、黒葉然り、そして、この男もまたその一人だった。
後輩から渡されたのは二種類のクスリ。
一つは注射器型で、一つは錠剤。
どちらも黒い蓮の花が描かれていて、後輩は詳しい成分を説明はしなかった。
しかし、これを摂取したモノは最初に見た者に依存するようになり、体内に苗床が出来ていく。
その間は絶え間なく快感を拾う媚薬の様な効果をもたらし、出来上がった苗床に嫡出すると子を孕むという。
クスリを渡してきた後輩は怪しい笑みを浮かべていたが、男はそれに気付かなかった。
何故なら男もまた、このクスリを使う事で望みを叶えようとしていたから。
国永の元に突然の知らせが入ったのは、飲み会から数日が過ぎた頃だった。
偶然にも政宗の後輩が、男性にも子宮のような孕む為の器官を産み出す薬を手に入れたらしい。
その後輩は使ってみたらしく、恋人の子を無事に孕んだようだ。
「そんなうまい話、簡単に落ちてるとは思えないけどな……」
『確かに俺も疑ったけど、実際に妊娠して腹が膨れてる姿を見たんだ』
「他にも実例は無いのか?」
『それは流石に。後輩が実際に使ってた薬は用意できたんだが、とある企業が独占して治験をしてるらしい』
「情報規制か」
『そういう事。俺ももう少し調べて見るけど、もし椿にそのつもりがあるなら、連絡くれ』
電話を切り、薬の効能や副作用などをより詳しく書いたメールが送られる。
それに数回目を通した国永は、応接間のソファに深く腰掛けて頭に手を置いた。
もし本当の話だったとして、あまりに上手すぎる内容に本来なら即決で拒否をするつもりだった。
だが一件でも実例があると聞いてしまえば、縋りたくなる。
愛しい番が身体を拓く度、孕めと切ない願いを託された。
過ぎた望みである事を承知で孕みたいと、願ってしまう。
募った想いは一番大切で愛しい筈のもう一人の番への嫉妬を膿みだした。
「随分とまた、病んだ顔をして居るな」
「……黒葉か。今度は何の苦情だい?」
耳に入った声に返事はすれど、顔を向ける気力も無い。
だがため息を吐いた瞬間、幾日か前の会話が脳裏をよぎった。
咄嗟に黒葉を仰ぎ見る。
「君……もしも自分の胎で番の子を孕めるなら、君なら賭けに乗るかい?」
突然の言葉と興奮から瞳孔を開いた目で見られ、黒葉は両目を大きく開いて驚愕する。
それほどいきなりの内容であり、信じられない内容であり、国永の本気を垣間見た。
「何をするつもりだ?」
「出元は不明だが、男でも子宮に似た器官が作れる薬がある。実例は一件、信用出来る奴から」
「面妖だな、聞いた事も無いぞ。副作用は当然あるのだろう?」
「身体が刺激に過敏になる。一時的なホルモン異常で精神的にクる可能性、発熱発汗目眩。一度飲んだら一日三回服用を一週間、歩行困難になるから決まった場所で」
「ふむ、無難だな……それ故に怪しいとも言えるが……聞かずともお前の答えは決まっているのだろう、国永?」
「ふふ、そうだな。これを魅力的な話だと思った時点で、多分決めていた」
「ならば俺も興味はある、連れて行け」
あくまでも心配だからとは言わず、自分の為だと言う親友の優しさに苦笑をする。
これで国永と黒葉、責任はそれぞれに渡った。
国永が改めて携帯を使って連絡をすると、決行は三日後と相成った。