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陽だまりの鳥



レイリは隔離部屋で数日を過ごした。
衣服は視界を刺激しない白一色のパジャマに着替えさせられた程度。
家具も何も無い部屋に、ベットだけ運び込まれた。
日がな一日、レイリはベットに寝転がりながら枕を涙で濡らしていた。
あれからベットを運び込む人と食事を持ってくる人にナタクのことを聞いても誰も教えてくれなかった。
単純に知らなかっただけかもしれないが、レイリは不安で押しつぶされそうだった。
未来視が望んだ未来を見せるなら間違いなくレイリはナタクの安全を確認するために使っていた。
新しいガイドなんて嫌だ、ナタクがいいという気持ちとナタクを壊してしまって初めてナタクにどれ程の負担を強いていたのか気付かされて離れざるを得ない事実が悲しくて仕方なかった。
いずれはこうなると知らされていたにもかかわらず、訪れてしまえば後悔しかない。
短絡的に、自分が死ねばナタクが自由になるなんて浅はかで幼稚な発想だった。
それでタワーの外に飛び出し、死ぬ前にもう一度両親に会いたくなってしまったから、ナタクとの離別が早まったのだ。
きちんと別れを告げて、自分はもう大丈夫だからと伝えるべきだったと後悔した。
ひたすらに後悔して、懺悔しても許してくれる相手は今は居ない。
それに許しを乞うのはあまりに身勝手だとレイリは現状を罰として受け入れていくしか無かった。
どうせなら別の使い方が出来ればいい。
他の一般的なセンチネルの様にガイドを相棒として能力を使って人助けをしたり出来ればいいのにと何度も願った。
でも未来視はレイリの望む未来を切り取りはしないし、負荷の大きな力のせいでガイドにも危険が及ぶため、生きているだけで人を狂わせる。
「もう、ガイドはいらない」
もう一番大切な人をこの手で壊してしまったから、あとは狂って死んでも…と、考えてノエルの一言が頭をよぎる。

『お前が死ねばナタクは一生苦しむことになるだろうな、お前を救えなかったことに』

レイリは枕に顔を埋めた。
「死ぬことは、許されてない……」
特別な力と引き換えに地獄で生きる事を強要されたレイリは、ナタクが居ない明日をどう生きればいいかわからなかった。

「レイリ、お前の新しいガイドだ」
それは突然に訪れた。
ノエルが連れてきたのは先日のいやに美しい着物の青年だった。
「シュノだ」
「…………」
レイリは俯いたまま返事もせずにきつくシーツを握った。
「……先生、ナタクは……」
「命に別状ないが昏睡状態から目覚めない。
周りの世話はアルサークにさせているから心配するな。
アルサークも定期的にガイディングを受けている」
「………そう、ですか。
わかりました」
レイリは観念したのか、顔を上げた。
もう、ナタクにレイリは必要ないと言われたようで。
「よろしくお願いします、シュノさん」
「シュノでいい、敬語も要らない。
俺とお前はビジネスの関係、それ以上にはなる事は無い」
「わかった」
レイリはもはや誰がガイドでも興味が無かった。
どうせ彼も自分の前から姿を消す。
レイリが壊す前に去ってくれればいいと願うしか出来なかった。
レイリは自室に戻され、シュノは隣の部屋に居て朝晩にレイリの状態を確認して必要に応じガイディングすることになった。


「俺の声に集中しろ」
してる。さっきからしてる。
この男の声はいやに響く。
レイリの心を暴くような、それでいてどこか安心感のある声。
「俺はお前のガイドとは違ってエンパスだ。
だからお前に触れる事でお前をガイディング出来るようになる。
手を出せ、握るぞ」
「……はい」
実際シュノの力は体験済みだ。
今更それを疑う必要もなく、言われた通りに従った。
「いい子だ」
シュノは事務的にレイリを褒めるのに不思議とざわつく視界がクリアになっていく。
優しく抱きしめられ、安心させる優しい声で落ち着くまでゆっくり時間をかけて励ましてくれたナタクとはまるで違った。
「視界はどうだ?」
「…落ち着いたみたい」
「そうか、ならガイディングは終了だ」
そう言うと手を離してさっさと部屋から出ていってしまう。
「………だめ。
僕はもう誰も傷つけたくない」
この距離感を保っていかなくてはならない。
失って始めて、レイリは自分がどれ程ナタクに依存しきっていたかを思い知った。
レイリの調子を見て、あれこれ世話を焼いてくれたのはレイリに寂しさや孤独を感じさせないためだった。
「寂しいなんて、今更……
そんなこと思う資格なんてない」
ベットで足を抱えたまま顔を埋めて涙をこらえた。
シュノはレイリに興味が無いようで ガイディングの時以外は見向きもせずに自室に戻ってしまう。
ビジネス上の関係だとしても、レイリがゾーンに入った際に対処できるようにそばに居るようにはしている様だがそれ以外は踏み込んでこない。
たまに流れ込むビジョンにも、どこか苦しげなシュノの顔ばかり流れてくる。
なにか理由があるのかと思い、健診の時にそれとなくノエルの部下を見つけたので聞いてみたところ
「ああ、シュノくんね。
彼、センチネル嫌いで有名だからね。
ほら、シュノくんって凄い美人でしょう?
それにガイドとしても優秀だから彼にガイドされたセンチネルが彼のボンドになりたがってわざとゾーンに入ってストーカー行為をするのが後を絶たなくて、そういう経緯があって今は派遣型のガイドとしてタワーで暮らしてるんだ」
「そうだったんですか……」
センチネル嫌いのガイドと、ガイドを受け入れられない欠陥品のセンチネル。
自分達はどこか少しだけ似ているんだろう。
「……あの、ナタクは…」
「大丈夫だよ、ヒスイ先生が治療に当たって順調に回復してる。
目を覚ましたら、直ぐにとは言わないがいずれきちんと面会はさせるって言ってたよ」
「ありがとうございます」
ナタクと引き離されてから、ずっと暗い瞳で笑いもしなかったレイリが微かに微笑んだのを見て、ノエルの部下は少しほっとした。
「レイリくんの調子が安定しているなら、アルサークくんにはすぐ会えると思うよ。
彼は君の事も凄く心配していたし、ナタクくんの世話をしてるのも彼だからあってみるかい?」
思わぬ提案に目を丸くしたレイリだが、暫く考えて首を振った。
「大丈夫です、アルサークの事は信頼してますから。
彼とヒスイ先生が見ていてくださるなら何も…心配することは無いです」
それではとぺこりと一礼してレイリは自室に戻って行った。
ベットと食事をする為の椅子とテーブル。
はめ込み式のクローゼットの中に小さな本棚と真っ白な衣服が数着かかっている。
小さなバスルームが併設された部屋には一つだけ窓がある。
レイリはそこから見る外の世界を羨ましく思っていた。
行き交う人々は皆楽しそうだったり、悲しそうだったり、怒っていたり、様々な感情が溢れていた。
見えすぎないよう眼鏡をかけて、日がな一日外を見ていた。
それもなんだか気分が乗らなくて、少しだけ悲しい気持ちになったレイリは湯船に湯を張り、身体を沈めた。
聴覚が鋭いレイリはシャワーより湯船に浸かる方が気が休まった。
暖かな湯に包まれながら、涙を零して目を閉じた。

朝食と夕食の後にガイディングを行うため、食事は一緒に取るように命じられてるシュノは嫌々ながらにレイリの部屋の扉を開けた。
いつもなら窓から外を眺めているか、本を読んでいるレイリの姿が見当たらない。
レイリが脱走してからというもの、レイリの部屋にはカードキーの認証が取り付けられた。
記録によればレイリは昼の健診以降部屋に戻ってから一歩も出ていない。
「レイリ、どこだ」
部屋に居ないならバスルームかと思い、溺死でもされていたら目も当てられないと考え、扉を開ければ湯船に浸かったまま目を閉じて寝息を立てているレイリが居た。
「おい、こんなとこで寝るな」
「ん……あ、シュノ…?」
「風呂で寝るな、死ぬぞ」
レイリの瞼や目尻は赤く腫れぼったくて、声は少し掠れていた。
相当泣いたのだろうと理解したシュノは着物が濡れるのも気にせずにレイリを抱き上げた。
「えっ!?」
そのままバスタオルを巻かれ、ベットに横たえるとクローゼットから新しいパジャマを放り投げた。
「早く着替えろ」
それだけ言うと部屋を出ていってしまった。
あたりは薄暗くて、ぼんやりすりは頭で着替えをすると、シュノが食事を持って戻ってきた。
向かい合わせでいつもは無言で食事をし、ガイドして終わる。
ただ、その日はシュノがじっとレイリを見ていた。
「えと……食べないの?」
「食べる」
必要最低限の会話をしたあと目線が下ろされて、食事をするシュノを眺めてしまう。
綺麗な長いまつ毛が伏せがちに細く食器を見て、スプーンでスープをすくい上げる。
一挙一動が綺麗で、レイリは少し恥ずかしくなって下を向いてパンを齧った。
「これからは、風呂で寝るのはやめろ」
抱き上げた時、レイリから流れてきた哀しみと孤独。
「ごめん、寝るつもりはなくて…」
「泣きたかったのか?」
レイリは俯いたまま何も言わない。
「…怖いんだ、僕はまた…
ガイドを壊してしまうんじゃないかって…
僕はもう誰も傷つけたくない、君も…」
「俺はセンチネルが嫌いだ。
アイツらは自分勝手でガイドに依存しないと生きていけないのに選り好みする。
俺はただ普通に生活したいのにアイツらはそれをぶち壊してくる」
ギュッとレイリが強くてを握りしめた。
「ガイドとしての能力と何故か知らんが見た目だけでどうして生活が脅かされなきゃいけないんだ。
それが無くなれば誰も俺に見向きもしないのに」
「あっ……」
レイリはシュノを見上げた。
今までレイリはシュノをガイドとしか見ていなく、ガイドだからこそそばにいて欲しくないと思っていた。
本当はとても寂しくて辛くて悲しかったのに。
シュノもそれをエンパスで読み取っていたからこそ距離を置いていた。
最も信頼していたガイドを失ったレイリが気持ちの整理を着くまで待っていたのだろう。
シュノ自身センチネル嫌いというのもあって必要以上の深入りはしないように注意はしていたんだろうが。
「ごめんなさい、僕は君を傷付けないよう距離を置かなきゃと思ってたのに、それがガイドとして、道具として見ているなんて思いもしなかった…ただ、君を傷つけたくなかっただけなんだ」
「判ってる、ガイディングの時にお前の中から強く流れてきたのが誰も傷つけたくない気持ちと哀しみだった。
センチネルは今でも嫌いだ、だがお前は俺の知るセンチネルのどれにも当てはまらない。
感謝の意を示すセンチネルも多くいた、全部が自分勝手なやつでは無いのも理解してる」
「僕は……僕もセンチネルの力が嫌い。
こんなに強すぎる力じゃなきゃ、家族と一緒に暮らせたし、力を誰かの役に立てることも出来たのに」
溢れ出た感情が涙になってポロポロ零れ落ちた。
「出来るだろ、俺が居れば」
「えっ…?」
レイリはシュノの言ってる事が理解出来ずにポカンとしてる。
「お前の力は強すぎて俺じゃなければ押さえきれない。
なら俺はお前だけガイドしていればいい方が面倒が少ない。
俺のガイディングで安定するならその力で誰かの助けになればいいだろ、タワーではセンチネル用にそういった仕事の斡旋もしてる」
「な、何を言ってるの?」
「お前とボンドを結んでやるって言ってんだ。
お前はここから出れるし俺も他のセンチネルをガイド出来なくなって言い寄られずに済んで一石二鳥だろ」
かぁっとレイリの顔が赤く染まる。
「な、んで…」
「何でって、面倒事が減るしお前は危なっかしいからすぐに止めれる誰かが監視してた方がいいだろ。
腕力でも能力でも俺ならお前を停められるからな」
レイリはぐるぐるとシュノの言葉を頭の中で繰り返していた。
シュノが自分のパートナーになると言ってる。
レイリからしたらメリットしかない。
「えっ、え…そんな大事なこと簡単に決めていいの?
一度契約したら死ぬまで解消は出来ないんだよ?」
「構わない。契約して他者へのガイド能力が無くなればセンチネルに言い寄られなくて済む。
アイツらは俺じゃなくてもいいが、お前は俺じゃなきゃダメなんだろ」
本で読んだ、王子様がお姫様に求婚するシーンみたいに、シュノがレイリの手を取り少し口元を緩めて笑った。
「っ……う、うん。
シュノと一緒に外に行きたい
買い物したり、お散歩したり、普通の事をシュノと一緒にしていきたい。
僕の、パートナーに、なって欲しい」
涙を零して、レイリが心の底からの願いを告げる。
シュノはグイッとレイリの体を引っ張り抱き締めた。
小さな身体がすっぽり腕の中におさまり、暫く見つめ合ったあと自然と唇が重なった。
「んっ、ふ…ちゅ、ぷ、んぅっ」
初めてのキスにレイリは夢中になってシュノを求めた。
頭が蕩けそうな程心地よくて暖かな気持ちになる。
「可愛いなレイリ」
「ふぁ、シュノは、綺麗」
そのままベットにもつれ込むように激しいキスを繰り返して気分が盛り上がった所で、不意に身体が熱くなる。
「な、に、これ」
「レイリ、大丈夫だ。全部受け止めてやるからさらけ出せ。
もう何も我慢するな」
シュノが微笑んだ顔があまりにも綺麗で、レイリはシュノに甘えるように抱きついた。
「ぼく、初めてだから……ちょっとドキドキしてる」
パジャマを脱がせながら体に触れていると、レイリが恥ずかしそうに告げてきた。
「ああ、レイリの心臓、どきどき言ってる」
触れる度に身体が熱くなって、脳がどんどん溶けていく様な心地良さに目を瞑る。
シュノは丁寧に身体を愛撫してゆっくりと下準備しつつ、常に能力でレイリの様子を確認していた。
蛹のように周囲を拒絶しながら柔らかな心身を守っていたレイリを今シュノが暴いているというのがシュノを不思議な感覚に陥らせた。
レイリが欲しい、そう強く願った時レイリの中から強い感情が溢れんばかりかなシュノに流れ込んできた。
シュノに求められたい。
お互いがお互いを強く求めていると知った時、シュノは思わず笑を零した。
不思議に思っていた感情、嫌いだったはずのセンチネルなのにどうしてレイリには嫌悪感が生まれなかったか。

「俺はお前の事を愛している」

気がつけば簡単なことで、その感情の名前を知らなかっただけ。
レイリはきょとんとしてから、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
「なっ、な……なんで、今…!?」
「ずっと不思議だった。
センチネルは嫌いなのにお前だけが気になる理由」
「僕だって…ずっと君に嫌われてると思って……
だから、好きになっちゃいけないって…」
ぽろぽろと涙を零しながら、レイリは必死に言葉を紡ごうとするが、上手く喋れずにいるとシュノがこつんと額を合わせてきた。
「お前の言いたいこと、気持ち、俺に教えてくれ。
言葉にしなくても俺にはわかる」
シュノの言葉に促されてレイリは気持ちを全て吐き出した。
「僕もっ、僕もっシュノが好き」
必死に言葉を紡ぐと、シュノはレイリにキスをした。
「覚悟は決まったな?
これからお前を抱く、それが契約だ」
「大丈夫だよ、僕を君のものにして?」
「俺がお前のものになるんでもあるんだ」
「ふふ、じゃあそれも」
ギュッと抱きついた。
シュノがレイリを抱き締めたままゆっくりとレイリの中に押し入ってくる。
「んぅっ、はぁ…んんっ、すご、おっきいの、入ってくる」
「痛くはないか?」
「大丈夫、すご、きもちぃ」
柔らかな中を暴いて奥までたどり着けば、きゅんきゅんとシュノを締め付け、蕩けた表情を晒す。
シュノだけしか見る事の許されない表情に独占欲がそそられる。
「シュノ、うごいて?」
レイリを不安にさせないようにキスをしながら、なるべく肌を密着させる。
報告書にあった、人肌が一番落ち着くというのは温もりを求めて寂しさを埋めていたレイリの虚無感から来る行動だったのだろう。
小さな体が自分に必死に縋り付くのを、心地いいと感じていた。
ずっとセンチネルは煩わしいものだと思っていたのに。
今はこの小さな体が愛欲に溺れて自分だけしか映さないのがとてつもなくシュノの心を満たしていった。
本能のままに揺さぶり、高まった欲をそのまま中に吐き出すとグッタリとしたレイリを優しく撫でる。
「シュノ……これで僕は君だけのパートナーに……いや、恋人になれた?」
「ああ、俺はレイリだけのガイドで恋人だ。
これからもずっとそばに居る」
腕の中に閉じ込めたレイリがふにゃりと幸せそうに笑うと、視界の端を何かふよふよとしたのが漂っている。
シュノのスピリットの蝶々が変化していた。
「シュノ…それ……」
シュノがレイリの指さす方を確認する。
「なんだこれ」
「え、シュノのスピリットじゃないの?
羽が同じだよ」
シュノのスピリットはアゲハ蝶だったはず。
しかし目の前にふよふよ漂う謎の存在は羽の生えた人間…というか妖精に見えた。
「まさか、幻獣化してる…?」
「え、それって…」
ガイドとセンチネルの間に結ばれた契約は魂の契約。
センチネルは自分のガイドから以外のガイディングを受け付けなくなり、ガイドも自分のセンチネル以外のガイディング行為が行われなくなる。
その契約は適合率と呼ばれる相性があり、それが高いほど強固な絆で結ばれる。
一部、パーフェクトマッチと呼ばれる適合率100%のボンドのスピリットが実在しないアニマルの姿、幻獣化するというのを聞いたことがあった。
「俺達は適合率100%のボンドみたいだな。
お前の馬に羽が生えてる」
「えぇ!?」
慌てて振り返ると、いつもは小さな馬だったレイリのスピリットに羽が生えてる。
そしてどちらのスピリットにも青いリボンが結ばれていた。
「ほんとだ…
パーフェクトマッチって都市伝説だと思ってた」
「なるべくして、だったわけだな」
頭を撫でながら、シュノが手を差し出すと妖精がにぱっと笑ってその指に腰掛けてすりすり甘えだした。
それを見てレイリの心がモヤッとする。
「明日ノエルに報告に行かないとな。
あと、これでお前の兄貴にも堂々と会いに行けるだろ」
「あっ!そうだね。
ナタク、喜んでくれるかな?」
「自分よりお前を守る事を優先したんだ、喜ぶだろ」
レイリは安心したように笑ってシュノに抱きついた。
「嬉しい、あったかい……シュノの匂い、安心する」
「そうか?ならもう休め。
お前は体の負担が大きいからな」
抱きしめられてレイリは穏やかな気持ちで目を閉じた。


朝に目が覚めると、隣にシュノが眠っていた。
極上の美貌が無防備に晒す寝顔が目の前に飛び込んできて驚きの声を上げそうになる。
「うわぁ……」
昨日の出来事が夢心地だったレイリは隣で眠るシュノの存在に現実に引き戻されて羞恥が込み上げてきた。
勢いで契約してしまったが、まさかそれが完全一致の契約だったとは…。
レイリのスピリットはシュノのスピリットと寄り添って眠っていた。
それを見て嬉しくなったレイリは幸せをかみ締めながらもう少し寝坊しようとシュノに寄り添った。

絆のカタチ




幼い坊ちゃんを連れてタワーに来た頃、余りにも幼くしてセンチネルに覚醒して強大な力を手に入れてしまった坊ちゃんは泣いてばかりだった。
ぎゅっとしがみついてくる小さな手を握り返して、何度も大丈夫だと声をかけた。
こんなに小さくか弱い存在を、一人で知らない場所に送り出さずに済んでよかったと思った。
弟の様に大切にしていた坊ちゃんをガイドしながら、成長に見守ってきた。
笑った顔を見たくて、ずっとそばで大切に大切に守ってきた。
タワーに保護を求めた時点で、坊ちゃんが特殊なセンチネルだと知った研究者から、後にこのような事例が出た時の為に坊ちゃんをある程度観察し、生命や精神に被害が及ばない範囲での実験の協力することを申し出てきた。
一応本人確認のためという事で、それを坊ちゃんが理解できるような年齢になるまで保護され、その後改めてされた提案に坊ちゃんはそれを受け入れた。
ゾーンに入らせて俺以外のガイドが坊ちゃんに寄り添う。
恐怖で震え、感覚が激しくなってあらゆるものが坊ちゃんの感覚を刺激する中、ガイドは絶えず声をかけている。
大丈夫よ、安心して、そばに居るから、一人じゃないと言葉に語り掛ける。
それでも坊ちゃんに声は届かない。
暫くしてガイドの悲鳴が聞こえ、実験は中止された。
俺はすぐに坊ちゃんをガイドするために呼び出され、ひどく怯えた坊ちゃんを抱きしめた頭を撫でる。
暫くは恐怖と混乱からか暴れまわっていたが、抱きしめた相手が俺だと判ると安堵したように抱き着いてきた。
「なたく、なたくっ、あたまがいたいよ」
「坊ちゃん、そばに居るから俺の声を聞いてくれ。
ゆっくり深呼吸しよう、出来るまでそばに居る」
荒い息を繰り返しながら、坊ちゃんが必死に落ち着こうとするのを見て自分が守らなければ強く感じると同時に、自分の不安を分かち合える友人でもいてくれたらとノエルに相談してみた所、ちょうど坊ちゃんと同じくらいの年齢の少年がタワーに保護されたと聞き、あってみることになった。
人見知りなところがある坊ちゃんはすぐに俺の後ろに隠れてしまったが、連れてこられた少年は坊ちゃん同様愛らしい見た目で探る様にこちらを見ていた。
「坊ちゃん、友達だ」
そういって手を引いて少年の前に連れていく。
「あの……ぼく、レイリ」
「わたしは、アルサーク、です…」
「アルサーク…えと、僕の友達になってくれる?」
坊ちゃんが照れたように微笑みかければ、アルサークは嬉しそうに頷いた。
それが俺達の初めての出会いだった。
坊ちゃんはアルサークの前ではよく笑った。
子供の様な無邪気な笑みで、楽しそうにアルサークとおしゃべりをしている。
俺はセンチネル用の紅茶とスコーンを用意して二人の前に置く。
「ありがとうナタク、ナタクも一緒に食べよ?」
「ああ」
「ナタクの作るスコーンは本当に美味しいな」
味覚の発達したセンチネルやパーシャルはシールド状態なら通常の人と同じものを食べても平気だった。
特に坊ちゃんは甘味が好きらしいので、つい甘やかしてしまう。
甘いものを美味しそうに食べている二人を見るのが好きで、新しいレシピを覚えるのが楽しかった。
「アルサーク、ついでにガイドしていくか」
「え、ああ…いいのかい?その、レイリさんは…」
「ん、大丈夫だよ。アルサークは僕の一番の友達だから」
えへへと微笑み、嬉しそうに手をぎゅっと握った。
「ありがとう…じゃあ、お願いできるかな」
「ああ、こっちにこい」
アルサークに向かって手を広げれば、おずおずとすっぽり収まってくる。
抱きしめて頭を撫でると安堵したように目を閉じた。
こうしてるとアルサークも可愛いところがあると思う。
最初は坊ちゃんと仲良くしてくれたらと思っていただけだったが、確実に俺の中でも何かが変わり始めていた。
坊ちゃんを守りたいという気持ちと同じくらい、アルサークを守りたいと思うようになっている自分に気が付いた。




随分と、長い夢を見ていた気がする。
真っ白な何もない、音もない空間で坊ちゃんが一人、膝を抱えて泣いている。
側に行きたいのに、足が動かない。
抱きしめたいのに、手が動かない。
大丈夫だと励ましたいのに、声が出ない。
俺は坊ちゃんを守りたかったのに、守れなかった。
小さくて壊れやすい大切な弟の様な存在。
幸せになってほしかった、笑っていてほしかった。
『ナタク』
優しい声が俺を呼ぶ。
すこし悲しそうな声。
聞きなれたその声に、俺は振り返った。
「ナタク、行っていいよ。
僕ならもう、大丈夫だから」
哀しそうな坊ちゃんの声と共に、背中が押された。

「坊ちゃん!!」

がばっと目を開いて置きあげれば鮮やかな金髪が目に入ってきた。
「気が付いたかい?
君は半月近くずっと眠っていたんだよ?
それと、レイリさんなら大丈夫だ。
新しいガイドがついて、今は安定しているよ」
安堵したように嬉しそうに微笑んだアルサークがぎゅっと手を握っていた。
「……お前、手…」
「え、あ。す、す、すまない!
その…嫌だったか?」
しょんぼりとしてアルサークが握っていた手を慌てて離した。
頬がほんのり赤くなっている。
「いや、そうじゃない。
俺に、触って平気か?」
「…うん、平気だ。君にずっとガイディングされていたんだ、今更…」
「そうか、ならよかった」
自然と笑みがこぼれて、アルサークの頬に手を添えた。
「んっ!あ、ふ…」
頬を撫でれば、とろんとした表情でこちらを見てくる。
「可愛いな、アルサーク」
「ふぇ…?な、なにを…」
「前から思っていたことだ。
坊ちゃんには…俺ではもう…役不足なんだろう?
それなら俺は、お前のガイドになりたい」
そういって笑いかければアルサークの顔が真っ赤に染まる。
「レイリさんに悪い…
私が…レイリさんから君を奪ってしまったみたいじゃないか…」
「坊ちゃんがそうしろと言った。
多分これは坊ちゃんの望みでもあり、俺の望みでもある」
長い夢の中、最後に坊ちゃんの声を聞いた。
自分は大丈夫だとそういった悲しそうな寂しそうな声。
出来れば、今すぐにでもそばに駆けつけて抱きしめたい。
俺がこうなったのは俺の力不足で坊ちゃんのせいではないと。
それでも、それを言ってしまえば坊ちゃんは余計気にして自分を追い詰めてしまうだろう。
伊達に10年もそばに居たわけじゃない、坊ちゃんの性格ならそう考えるだろう。
だから、俺も大丈夫だと思わせないといけない。
「俺が幸せにならないと、坊ちゃんは永遠に幸せにならない。
自分を責めてしまうから」
「…そばに居てくれるのか…?
私の、そばに?
それが君の望みだと?」
「ああ、ダメか?」
アルサークはとろりと蕩けた瞳で俺をじっと見た。
坊ちゃんの前では無邪気に笑うアルサークは、俺の前では少し遠慮がちでいつもどこか一線を越えない様にしていた気がする。
不器用な自分を隠すために、仮面で塗りたくった自分を演じてその身を守ってきた。
アルサークは肌で気配を感じるほどに敏感で、その愛らしい容姿から下心や悪意にさらされてきた。
無意識に警戒する癖がつき、それが別の自分を演じるという方法に変わっていった。
その感覚を理解できるてそんな感情を持ち合わせない坊ちゃんだけが唯一の心の拠り所だったのだろう。
だからアルサークが俺のガイドを受け入れる様になったときは驚いた。
コロコロ変わる表情や、不器用ながらも一生懸命な所、情に厚くほだされやすい事。
そしてガイディングを通して邪な欲求の対象に向けられる恐怖と嫌悪。
それらから彼を守りたいと自然に思えた。
「俺は坊ちゃんのガイドを外されるんだろう?
だから、見ず知らずの他人をガイドするよりお前をガイドしたい。
今気が付いたことだが、俺はお前に惚れている」
「はぁ!?え、ちょっと……それは……
そんなの、ひきょう、だ…」
尻すぼみになりながら、真っ赤な顔でアルサークは俯き加減で手をきつく握りしめた。
「わ、わたし、だって…君たちがうらやましく……
レイリさんが、いるから、むりって、あきらめたのに…
なんでそんな、きぼうを、もたせるっ、ようなこと」
ぼろぼろと涙がこぼれて握りしめた手ににじんでいく。
「お前が俺を呼び戻してくれたんだろう?」
「っく、ううっ、もう、目、さまさないんじゃないかって…
こわくて、ずっと手を、きみは、てれぱす、だから、こうしてれば、とどくんじゃないかって、おも…て」
「ああ、届いた。だから帰ってきた」
「ん、ん!おかえり、ナタク」
ぎゅっと抱き着いてきたアルサークをしっかりと受け止める。
華奢で小さく壊れそうなガラスの様な坊ちゃんとは違い、アルサークは細身だがしっかりとその体に生命力を感じる。
抱きしめると、少しだけビクッとするが嫌がりもせずに体を預けてくるあたり、信頼はされているようだ。
「本当にいいのかい?後で後悔しない?」
「しない。俺はお前に惚れていると言っただろう。
今度こそ、俺に添い遂げさせてくれ、アル」
「うんっ……私も君が…好き、だ。
共に添い遂げさせてくれ、ナタク」
そういったアルサークの唇をそっと奪うと、俺とアルサークのスピリットのに変化があった。
俺のイルカとアルサークの金魚の尾ひれに緑色のリボンがしっかりと結ばれている。
それは未来永劫変わることのない魂の契約の証。
俺はアルだけしかガイドできなくなり、アルも他のガイドは受け付けなくなる。
「えへへ…契約できてしまったね?」
「ん、そうだな」
抱きしめたアルが腕の中で嬉しそうに微笑み、手を恋人繋ぎしてきた。
「嬉しい。本当にうれしい…。
君はレイリさんが好きなんだとばかり思っていたから、もう、決してかなわないものだと思っていた。
いずれレイリさんとボンドを結ぶんだと…」
「坊ちゃんは俺にとって弟の様な存在だ。
とても大切に思っているし、家族としての愛情はある。
ボンドも結ぶ覚悟でいたが、坊ちゃんはそれを拒絶した」
「……レイリさんは君の事は本当に大切に思ってたよ、本人から何度も聞かされているからね。
いずれ君ではレイリさんの力を抑えることができなくなることも、知っていたらしい。
だから結べなかったんだと思う」
「…そうか。坊ちゃんがそう決めた事なら俺が口を出す事じゃない。
俺は俺の人生を生きていくだけだ、アルと一緒に。
お前は見ていて飽きない」
「っ、君は本当にっ……」
腕の中に閉じ込めた存在を愛おしく思いながら、大切に守ってきた可愛い弟にも同じように心から信頼出来て愛し合えるガイドができればいいと思った。
新しいガイドの事も気になるが、今は腕の中の可愛い恋人となったアルを思う存分感じて居たかった。

籠の鳥




「坊ちゃんは俺が守る」


幼い頃にそう誓ってくれてからずっとそばに居てくれた大切な人を

ぼくは、きずつけた。



キッカケは単純で、レイリはナタクに強く依存しているのを理解していて、ナタクもそれを受け入れていた。
ボンドを結ぶ覚悟もしていると言ったナタクを拒絶したのはレイリの方だった。
恋愛感情こそ無いが、レイリは実の兄の様にナタクを大切に思っているし家族として愛しているしナタクもそう思っていた。
だからか、問題だらけのレイリとでも40%近い相性がある。
揺らいだことはもちろんあった。
でも、ボンドは魂の契約。
ナタクに恋人が出来たら、邪魔になってしまうのが嫌で曖昧にしていたら、タワーでレイリを担当してる先生が告げた。

『いずれナタクではお前をガイドしきれなくなる』

その時、レイリはナタクから離れて生活する様にしなくちゃならないと思った。
センチネルと呼ばれる能力者はガイドに強く依存しないと日常生活が送れない。
最悪精神的な死を迎える。
しかし、いずれガイド出来なくなったらレイリはナタクを精神的に殺してしまう。
タワーにある自室という名の鳥籠。
ここに居るのを望んだのはレイリだった。
ミュートの両親を危険に晒さ無いよう、狂っていく姿を見せないよう、能力を覚醒させてから自ら親元を離れここに居る。
レイリの家に仕える家系のナタクがガイドとして覚醒していたので、ナタクを専属のガイドとして二人でこのタワーにやってきた。
力に怯えて不安になるレイリを抱きしめて頭を撫でてくれた。
レイリに試験的に何人かのガイドが当てられたが皆10%を越えられなかった。
皆レイリに共感できなくて、精神を壊してしまった。
辛うじてナタクがガイド出来ているだけで、ガイドするナタクの負荷は相当に大きく、互いに苦痛が伴う。
その痛みをレイリは彼を傷つけている罰であり罪だと思っていた。
センチネルがガイドを解放するには精神的死を迎える前に肉体的な死を迎える必要がある。
それに気がついたレイリは、誰にも言わずにタワーから飛び出した。
無防備に、無知に、本当に我儘に。
タワーの外の賑やかで鮮やかな輝かしい世界に懐かしさと帰りたい気持ちに狩られてつい駆け出してしまったのが悪かった。
自分から両親を守る為に離れたのに両親に会いたくなってしまった。
レイリが親元を離れたのは10歳だった。
もう10年近く手紙のやり取りだけしてるが直接会うことは出来ていない。
「お父様、お母様…!」
かけだそうとして、急に周りの音が響き出した。
衝動的に飛び出してしまって、気が付いた。
パキッと音がして、辺りの雑音が急に大きくなる。
「あっ………あ」
大きな音がうるさくて苦しいくてレイリがその場にしゃがみ込む。
汗がたまのようにしたたり、耳を塞いでもうるさい音が途切れない。
「ああああああああ!!!」
通りを行き交う人が急に叫び出したレイリを振り返る。
センチネルのゾーンだ、と誰かが叫ぶ声がした。
感情の高ぶりに、レイリは無意識に両親を探そうと視覚を、聴覚を研ぎ澄ませていた為、シールドが耐えきれなくなっていた。
パキッ、パキッ、パキッとシールドにヒビが入る音と共に周りの雑音がいっそう酷く激しくなっている。
身体を支えきれず地面に手を着いて座り込むレイリは耳を塞ぐことも出来ない。
塞いだところで意味は無いのだが。
「誰かタワーに連絡を!」
「危ないから女は子供を家に入れろ!」
「誰かガイドを早く呼べ!」
「なんでこんなとこでセンチネルなんか…」
聞きたくない言葉が雑音の様に大きな音に変わる。
子供を家に入れようとした誰かが荷物にぶつかり、建築用の資材がバラバラと音を立てて乗っていた荷台から落ちていく。
一般的にも驚きはする程度に大きな音だ、その音が聴覚が鋭いレイリには地獄の様な爆音に頭が割れる程の苦痛を受けてシールドが完全に破壊されれる。
様々な情報が溢れるように頭の中に流れ込んでぐちゃぐちゃに脳内を掻き回すような激しい苦痛に耐えるすべも無くしてしまった。
そしてぐにゃりと歪んだ視界に映し出されたのはレイリを抱き締めたままナタクが倒れて動かなくなるビジョン。
センチネルがどういうものか、その危険性程度は一般常識の範囲でも、ミュートには何がそこまでセンチネルを狂わせるか判らず、呆然とするしか出来なかった。
レイリは道端で倒れて起き上がることも出来なくなっていた。
「ひっ、あ……ぐぅっ……あああっ、頭がっ!!」
「坊ちゃん!!」
幸いタワー近くで倒れた為、その知らせはすぐにナタクの耳に入り駆けつけることが出来た。
グッタリしたレイリを抱き上げ、パニックを起こしているレイリを素早くセンチネルの隔離部屋に連れていかないと行けなかった。
防音がしっかりした窓も何も無い真っ白な部屋。
視界を刺激しないよう、照明は落とされていて薄暗い。
「しっかりしろ、大丈夫、いい子だから」
きつく抱きしめて、頭を撫でる。
レイリはしきりに、痛い、苦しいと叫びながら頭を押えて身体を激しく震わせる。
小さな身体を抱きしめたまま、レイリの心に語りかける。
抱きしめて、耳を塞ぐての上から自分の手を重ねて。
「坊ちゃん、俺の声を聞け。
大丈夫だ、ずっとそばに居る」
「あっ、う……なた……く」
「ああ。まずは呼吸を整えよう。
いつも通りでいい、出来るまでずっとそばに居る」
割れて剥き出しになったレイリの過剰な五感がナタクの存在を認識して、ぎゅっと縋るように抱きついてくる。
「なたく、なたくっ、みみが、みみがいたい、めがいたい、だめ、ちがう、にげて、ぼくからはなれて!!」
幼子の様に泣きじゃくるレイリを優しく抱き締めたまま、テレパスの能力でレイリの心を読み取っていく。
「………未来を、みたのか?」
レイリが一番恐れているのは、ガイドであるナタクを壊してしまうこと。
「やめてぇぇぇ!!!」
狂ったようにレイリが叫ぶ。
拒絶という強い力によってナタクのシールドはいとも容易く割れ、レイリと繋がっていた無防備なナタクの精神を傷つけた。
押し寄せる莫大な恐怖、怒り、悲しみ、不安が波のようにナタクに押し寄せてくる。
「ぐっ、おち、ついて……声を……聞いて」
センチネルの落ち着きやすいように誂られた隔離室ではナタクの声しか響かない。
レイリは力の制御を上手くできないセンチネルだった。
だから能力を抑え込むこともできないし、無意識に使っていた事も気が付かない。
故にゾーン状態の防御反応も加減が効かない。
ナタクは真っ白な何も無い世界に一人佇むレイリを見た。
暗く絶望した瞳でこちらをゆっくり振り返り、手を伸ばして何かを―――――

そこでナタクの意識は途切れた。




レイリが突然タワーを抜け出し、ゾーンに入ったと聞き、出先から駆け戻って見れば、事態は最悪の状態だった。
レイリは、ナタクを壊してしまった。
グッタリと意識をなくしたナタクを、泣きながらレイリが抱き締めている。
「チッ……どいつもこいつも面倒ばかりかけさせやがって」
タバコを灰皿に押し付け、ノエルは部下を数人連れてナタクの保護に向かった。
「誰かシュノを呼んでこい。
レイリはもう、並のガイドで押さえきれない」
部下のひとりが駆け出すのを見てから、隔離部屋のある最下層に向かった。
レイリはナタクを抱き締めたまま静かに泣いていた。
倒れる間際までガイディングを行っていたせいか、多少の落ち着きを取り戻していたレイリは、音もない静かな空間で大切に思っていた兄の様な一番の心の拠り所を破壊して涙を零すしか出来なかった。
ガチャリと重厚な扉が開き、一人の青年が入ってきた。
青年はレイリが知る誰よりも美しい容姿をして、綺麗な着物を着ていた。
誰よりも大切だったナタクを精神的に殺した様なレイリは、彼は自分を殺す為に呼ばれたのだと感じた。
「酷い有様だな、スピリットがボロボロじゃねぇか」
レイリの見えすぎる目は青年の氷のような眼差しに死を感じたからだ。
「お前を、ガイディングする」
ナタクを抱き締めていた手の片方を握られる。
手から伝う暖かい体温に耳に心地よく響く低音に、レイリは黙って従った。
「俺の言葉が聞こえるか?」
「……ひっ、きこ、え…… 」
「お前のガイドはまだ助かる可能性がある、お前から離れて暫く療養すればな」
「……たす、かる?」
「ああ、お前が今彼を手放してくれれば即治療班がメンタルケアに入る」
レイリはグッタリ意識をなくしたままのナタクを見た。
レイリを助けるために自分を顧みずに地獄の世界から引き戻してくれた。
ボロボロに傷ついたスピリットがナタクにピッタリ寄り添っている。
「あ、あ……ごめんなさいっ、僕、そんなつもりじゃ……」
「助けようとしたんだろ?
それを叶えてやる、まずは彼を俺に渡してくれ」
彼の声は誰よりもレイリの心にすんなりと馴染んだ。
言われるがまま、ナタクを引き渡すと外で待っていたノエルの部下が医療室に運んでいく。
青年は怯えるレイリを抱き締めた。
すると、目が痛むほどくっきり見えていた視界が安定して、耳も細かな衣擦れの音を拾わなくなった。
触れるだけでざわめく感覚が無くなって温もりを享受出来ていた。
初対面の相手に、シールドが貼り直された事にレイリは驚いた。
「なん、で…?」
「さぁ?俺は特殊なガイドらしいからそのせいだろう。
ガイディングは終了だ、俺はもう戻る」
ポカンとしたレイリを残してさっさと行ってしまった。
「レイリ」
ビクッとレイリが身体を震わせた。
その声は一番安心出来る声だが、僅かながらに怒気を含んでいるのが、ゾーンから抜け出したレイリにもハッキリわかった。
「自分が何をしたか理解できるか?」
「………はい」
「何故タワーを抜け出した?
普通の世界で生きていけないから保護を求めたのはお前だろ」
「……死にたかったんです。
僕が居なければ、ナタクは幸せになれたのに……
僕がナタクを壊す前に……」
ノエルは何も言わずに面倒くさそうにため息をついた。
「お前が死ねば、ナタクは一生苦しむことになっただろうな。
お前を救えなかったことに」
レイリはハッとした。
そして俯いたまま顔をあげずに涙を零した。
「ナタクは暫く療養させる。
後は本人の希望にも寄るが、アルサークのガイドにする予定だ。
お前とはあれ程の相性しかなかったが、アルサークとの相性は94%もある」
「……そうですか。
良かった、アルサークなら安心して後を託せます」
涙を流しながら、レイリは安堵したように微笑んだ。
「お前はガイドが決まるまでここにいろ」
「………はい、判ってます」
真っ白な何も無い小さな部屋。
しっかり防音された部屋は窒息死しないように開けられた換気口と扉以外出入口は無い。
レイリが普段使いしてる部屋とは異なり、ゾーンが不安定なセンチネルがガイドの到着を待つ間に使われる部屋で、生活する為の部屋では無い。
レイリは少し不安そうに俯いた。
ナタクがもう、自分のガイドで無くなってしまったことや精神ケアの事が不安で堪らないようだ。
「照明は平気か?」
「はい、今はもう……
ガイドの方がシールドを張ってくれたから…」
ざわついていた五感はもう平穏を取り戻していた。
「…そうか、なら暫くは持つな?」
「はい、大丈夫です」
レイリが告げると、ノエルはカバンからヘッドフォンと分厚いレンズのメガネをレイリに手渡した。
レイリは、五感の中でも特に目と耳が良く、特に未来視をしてしまう眼はシールド状態にあっても眼鏡で余計なものを不意に見てしまわないよう抑制している。
この未来視こそ、レイリがタワーに隔離された原因だった。



「未来視をするセンチネル?」
シュノは訝しげにノエルを見た。
「ああ、レイリはゾーン状態に入ると未来視をする事がある。
いや、入らなくても時折不意に何かを見た拍子に突然レイリの頭に流れ込む。
訳が分からないビジョンを強制的に見せられる。
大概が、良くない出来事だ」
例えば道端ですれ違った見ず知らずの他人が惨たらしく惨殺される最後のビジョンだったり、愛し合う仲睦まじいカップルの壮絶な別れ、怒号や罵詈雑言が飛び交う家庭で苦しむ子どもの姿。
そして度々レイリを恐慌に陥らせる、信頼を寄せる兄がわりが精神崩壊を起こすビジョン。
それがレイリの意志とは無関係に脳裏に焼き付いてしまう。
「そんなことが出来るセンチネルが存在するなんて聞いたことが無い」
「前例なんてないからな、レイリが初めてだ。
アイツはたまたま裕福な家に生まれ、身代金目当てに誘拐されて覚醒した。
強烈な死のトラウマから覚醒して、見ず知らずの誰かの死や不幸を見続ける。
正直ナタクがよく押え込めていたと思う程、レイリの力は強大でタチが悪い」
「……それで、俺がアイツをガイドしろってことか」
「そうだ、お前にしかできない。
お前はレイリの専属になれ」
「ボンド契約は結ばない」
「そこまでは望まねぇ、俺が口を挟むことじゃねぇ。
ただ、タワーの方針としてレイリは生かしたままタワーで管理したいらしいし、レイリ自身それを強く望んでいる。
実験にも協力的だ……」
ノエルは何か言いたげに顔を顰めたが、タバコを取り出して火をつけた。
「仕事として、専属になれ。
そうすれば他のセンチネルのガイドからは外してやる、お前も派遣先で言い寄られなくて済むだろ?
レイリは基本タワーから出ることは無い」
シュノは嫌そうに手渡されたファイルを開いた。
そこには覚醒に至るまでの誘拐事件からレイリが起こしたゾーンアウトの詳細とガイディングの内容が書かれていた。
何人かのガイドがナタク同様ガイディングを行ったが、皆精神崩壊寸前で引き離され元の状態を取り戻すまで半年以上費やしていた。

坊ちゃんは人肌が一番落ち着く。

それを見てシュノは大きな溜め息をついた。
面倒事の予感しかしなかった。
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