「それでも構いません!!」
必死なキャロルにレイリは折れた。
困ったように笑いながら頭を撫でる。
「じゃあまずは自分でご両親を説得するんだよ。
それが済んだら騎兵隊の方は僕の権限で仮入隊扱いにしておくよ。」
「本当ですか!?」
「ただし、僕が君にしてあげるのはそこまで。
それ以降は君次第だよ。」
「はい!!ありがとうございます兄様!!」
キャロルは途端に笑顔になってぎゅっとレイリに抱きついた。
「ならもう自室に戻るんだ
愛娘と一夜を供にしたとなると僕が伯父様に体裁が悪い」
「……判りました…今日は戻ります
ご迷惑…お掛けしました」
珍しくあっさり引いたキャロルに安堵して、もう一度眠りに就くべくベットに深く潜った。
「レイリ、一体これはどういう事だ!?」
「どう…といわれても…
僕にもどうしてこうなったのか…」
レイリは朝一番に伯父に怒鳴られて戸惑いを隠せなかった。
どうやら今朝がたキャロルが伯父に件の話をしたところ、それを聞いていたリヒトが自分も行きたいと申し出たわけで…
キャロルに関しては了承したレイリも、さすがにまだ幼いリヒトを連れていくのにいい顔はしなかった。
「どうして!!どうしてお姉ちゃんはよくて僕はダメなの!?」
「キャロルにもいいと言った覚えはない!!」
「お父様どうしてダメなのかちゃんとした理由を聞かせてください!!」
左右からステレオ攻撃のようにぎゃんぎゃんわめく二人に伯父は頑なに良しと言わない。
「レイリ、お前が余計なことを吹き込むからだぞ!!」
「…すいません、さすがにこんなことになるとは…」
さすがに申し訳無くなったのか、レイリは二人に落ち着くように言うと、ピタリと大人しくなる二人に伯父は目を丸くした。
「あのね、二人とも。
よく考えるんだ、君達が怪我をしたり最悪命を失ったとき伯父様も伯母様も耐え難い苦痛を一生背負うことになるんだ。
その苦しみは決して癒えることはない。
二人を心から愛してくれる二人にそんな思いをさせてまで、成し遂げたいことが君たちにはある?」
「私は…」
「うん、言わなくてもいいんだ。
ただね…もう少しちゃんと話し合ってほしい。
大切なことだからね、失ってしまってからでは遅いんだよ…」
二人の頭を撫でると二人は押し黙ったまま何も言わなかった。
「君達がどうしても騎兵隊で成し遂げたいことができたとき、それをまずご両親に認めてもらいなさい。
どんなに危険で、どんなに辛い事にも耐えられるなら僕は君たちを拒みはしない。」
「判りました…」
「うん…ごめんなさい…」
「うん、じゃあ朝食にしようか
折角のご飯が冷めてしまうよ」
レイリに促されて二人は食堂に歩いていった。
その後ろ姿を見守りながら、伯父がポツリと呟いた。
「レイリ、お前が騎兵隊隊長として何か壮大なことを成し遂げようとしていることも、その覚悟もわかった。
だが、うちの子を巻き込むな。」
「そんなつもりはありませんよ、あくまで彼らの意思です。
それに、本当に意志があるなら僕がなにもしなくてもあの子達は自らの意思でそれを成し遂げたでしょう」
伯父はふたたび呆れたように溜め息をついた。
「それに、僕が許可したのは仮入隊迄です
本採用するかどうかは僕たちで決めます
騎兵隊は甘い幻想だけで居られる場所じゃありませんから、甘い考えならそこでふるい落とします。」
「饒舌だな、お前がこんなによく喋るとはな」
「身内だからと言って贔屓はしません、騎兵隊は全てに置いて平等です。
ですから、それを念頭に置いて二人ともう一度話し合ってあげてください」
「我が子を危険な目に合わせたい親が何処にいる。
親の居ないお前には判らんかもしれんがな」
「……そう、ですね…」
胸が、ちくりと痛んだ。
伯父に悪意はないのだろう、恐らく虫の居所が悪かっただけなのだが、その言葉は深くレイリを抉った。
優しかった筈の父や身体は弱くてもレイリが寂しくないように気を使ってくれた母。
そんな二人の事を頭の片隅に追いやって思い出すこともしない、自分はなんて親不孝な息子だったのだろうか。
それでも、例え命を失ったとしても、たったひとつ守りたいものがレイリにはある。
「昼には王都に戻ります」
「ああ…そうか」
それだけいうとレイリは部屋に引き返した。
落ち着かない、胸がざわめく。
嫌な予感がする。
レイリは昼まで宛がわれた部屋で横になり、昼少し前に王都に戻ることにした。
胸がざわついて収まらないからだ。
「レイリ、二人も連れていってくれないか」
伯父がどこか疲れたように旅支度を終えた二人を連れてきた。
「お前が言うように二人の意思は堅いようだ。
騎兵隊に入隊して成し遂げたいことがあるのもその覚悟も理解した。」
「伯母様には…?」
「もちろん反対されたが、二人もそろそろ親元に置いておくべき年頃じゃないだろう。
リヒトは少し早いが、社会勉強にはちょうどいい」
「判りました…では仮入隊の間は責任を持って僕が預かります。」
「ああ、頼む」
二人を馬車に乗せ、レイリは愛馬で王都に続く道をのんびりと進んでいった。
車内ではキャロルとリヒトが期待に胸を踊らせている。
ふと、王都が近付いた頃にレイリは御者に教会に行き先を変更するように伝えた。
「兄様、ここは教会ですわよね?」
「少しだけ、寄り道させて」
どこか思い詰めたようなレイリにキャロルは黙って頷いた。
二人を礼拝堂の椅子に座らせると、ちょうど見慣れた姿を見つけて慌てて駆け寄る。
「ローゼス!!」
「あら、レイリ
里帰りしてたって聞いたけど…」
「先生はどこ!?
すぐに話したいことがあるんだ!!」
ローゼスの言葉を遮り、レイリは辺りを見回した。
「ノエルなら部屋にいると思うけど…
どうしたの、顔色が悪いわよ?」
「ちょっと、気になることが…
ローゼスも一緒に来てくれない?」
異様なレイリの雰囲気に、ローゼスは頷いてノエルの部屋までついていった。
「ノエル、入るよ」
ノックをしたあと、扉を開けるとベットでごろ寝してたノエルが顔をしかめた。
「またお前か…今日は俺様はねむいんだ」
「先生…力が…強くなったんです…」
深刻そうにレイリが呟くとノエルはダルそうに身体を起こした。
「だから何だよ、そんなのテメェでなんとかしろ」
「今まで僕には他人を癒す力がなかった。
だけど今回里帰りしたときにリヒトの骨折を治してしまった。」
「偶然…とは考えられない?」
「軽い骨折だったみたいだし僕もそう思ったんだけど、リヒトに聞いたら触れられたときは確かに痛かったんだって。
でも、その次の瞬間痛いのが嘘みたいに引いたって。」
「なら、それは隠し通すしかないな。
女神の血筋を狙う輩は大勢居る、テメェみてーに名の知れた奴が女神の魂を受け継ぐものだって知られたら、殺されるより酷いことになるぞ」
「判って…ます…」
「身内にも、騎兵隊にも黙っていた方が良いでしょうね…
騎兵隊に王家の間者が居るのは気付いているんでしょう?」
「…うん…」
「あとはシュノに相談しろ、俺様に厄介事持ってくんじゃねぇ」
「…はい…」
落ち込んだ様子のレイリを、ローゼスが自分の部屋に通して暖かい紅茶を淹れてくれた。
「あまり気にする事じゃないと思うな」
「そう…だよね…」
「でも、ノエルの言ったことも忘れないでね…」
よしよしと頭を撫でてクッキーを幾つかお皿に盛ったが、レイリは手をつける様子もなく考え込んでいた。
すると、唐突にドアがノックされて開いた。
「うわ、ほんとにいた」
ドアを開けたのはシアンだった。
「シアン?どうしたの?」
「副隊長がそろそろ隊長が戻るから、教会にいけって…」
「そっか…じゃあ帰ろうかな」
レイリは立ち上がって、クッキーを一枚口に含んだ。
「ありがと、またシアンとゆっくり来るから…」
「ええ、お待ちしてるわ」
レイリは頷いて二人の待つ礼拝堂に向かった。
「レイリ兄様!!」
礼拝堂ではキャロルが不安そうに立ち上がり、駆け寄ってきた。
ほんの数分のつもりだったのがかなり時間がたってしまったようだ。
「ごめんね、待たせて」
「心配しました…」
ぎゅっと抱き付くキャロルと、こっそりレイリの服を引っ張るリヒトを見てシアンがきょとんと首をかしげた。
「この子達は一体…」
「僕の従妹弟なんだ
騎兵隊に仮入隊させることにした」
「また勝手な…副隊長にどやされますよ」
「いいの、シュノが僕のやることに反対するわけないよ」
レイリは漸く二人を連れて騎兵隊の隊舎に向かった。
「隊長、お帰りなさい」
隊舎の受付にはレシュオムがレイリを迎えに来ていた。
「ただいま、シュノは?」
「執務室で書類整理をしてますよ、早く顔を見せてあげてください。
ずっとソワソワしてましたから」
「うん、ありがとう」
レイリは二人を連れて執務室のドアを開けると、真っ直ぐにシュノに飛び付いた。
「シュノ、ただいま」
ぎゅっとシュノに抱き付いて甘えるレイリの姿にキャロルは唖然としてた。
「お帰りなさい、隊長。
お連れの方が驚いてますけど?」
よしよしと頭を撫でながらも離れる様子はないシュノに満足したのか、レイリはようやく二人に視線を投げ掛けた。
勿論シュノの膝に座って甘えたまま。
「僕の従弟のキャロルとリヒトだよ。
色々あって騎兵隊に仮入隊させることにしたんだ」
「また勝手に…そう言うことは一言相談してからにしてください」
「シュノ…僕のお願い聞いてくれるよね…?」
瞳を潤ませてシュノを見上げるレイリに、シュノは黙って頷くしか出来なかった。
「仕方無いですね…」
「シュノ大好き!!」
にこっと笑って頬にキスを落とす。
「リヒトはシュノの隊に、キャロルはレシュオムにお願いするから。」
「判った」
キャロルは唖然としたまま、恨めしそうにシュノを見た。
その視線に気が付いたシュノはニヤリと笑ってレイリを抱き寄せた。
「?」
首をかしげたレイリの唇に、舌を絡めとるようにキスをした。
あえてキャロルに見えるように、抵抗するレイリの手を塞いで。
「ぁ…んっ…ふぁ…」
とろとろに蕩けきったレイリはシュノの胸に顔を埋めた。
「そんな怖い顔しないでよ、隊長は僕の物だって教えてあげただけなのに」
レイリを抱き締めながら、クスクスと笑うシュノにキャロルは泣き出しそうな程顔を歪ませた。
それでも涙をこぼさないのは彼女なりの覚悟とプライドなのだろう。
すると横からひょっこり顔を覗かせたリヒトがシュノの頬にキスをする。
「なっ…」
「お兄ちゃん、僕も負けないからね?」
にっこりと笑ったリヒトに、レイリは余裕の笑みで返して見せた。
嵐の予感にレシュオムだけが不安を胸のうちにしまっていた