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廻帰永劫



僕たちは、俺達は

生まれた時から一つだった。
片方を捨てて生きていけるほど器用じゃなくて。
だから一緒にもがいてる。
いつか、二人が幸せになる未来の為に。


神様に神隠しされた双子の鬼の子。
あれからもういくばくかの年月が流れた。
幼かった鬼子も美しい美丈夫へと成長を遂げていた。
幼かった朱乃は背も伸び、身体は鍛えられ引き締まっているが、細身に見える。
立ち姿はしっかり青年のそれになり、幼いままの怜悧を抱きながら御山の見回りを毎日欠かさずしている。
身体が弱かった朱璃も、以前とは見違えるほど元気になったが、元来の性格ゆえかあちこちで歩いたりするよりは社で繕い物をしたり、境内の掃除をしたりしている。
怜鴉は相変わらず、気まぐれに村人に加護を与えたり、規律を侵したものを処罰したりしている。
少し変わった事と言えば、朱璃達の成長に合わせて怜鴉も同じくらいの年代の姿を取るようになったこと。
つまらなさそうに毎日を過ごしていた怜鴉が良く笑うようになったこと。
朱璃も朱乃もあまり表情豊かな方ではないから、怜鴉が居るだけで場が明るくなる。
怜悧は相変わらず、ずっと何も変わらない。
ただ、それでも怜鴉に言わせれば朱乃と居る時の怜悧は嬉しそうだと朱璃に話していた。
そんなある日。
何時もの様に日課の見回りに出るのに、怜悧を起こしに行くといつも朝早く起きている怜鴉が怜悧の隣で小さく体を丸めて眠っていた。
何時もの青年姿ではなくて、おそらく死んだときの年齢の子供姿で怜悧と左右対称になって布団で同じ格好で眠っている。
いつもは寝転がりながら小説を読んでいて、朱乃が部屋を訪ねれば「おはよう」といって微笑みかけてくるのに、今日はどこか辛そうだ。
「……寝かせておくか」
なんだか起こすのが忍びなくなった朱乃はそっと二人の寝室の襖を閉めた。
「起こさないのか?」
朱璃が不思議そうに朱乃を見上げる。
手にはおひつに一杯の炊き立ての白飯。
「珍しく怜鴉が寝てるから…、寝かせておこうと思って。
見回りは俺一人で行ってくるから朱璃は二人を頼む」
「わかった、気を付けて行ってこい。
帰ったら朝食にしよう」
「ああ、じゃあ行ってくる」
朱乃がその日、一人で山の巡回に出かける。
巡回と言っても御山はとても広いので、朝に見る場所は決まっている。
怜悧は蛇だから何かが隠れていても温度や気配で感じるが朱乃は鬼の血を引いているだけの人間。
ある程度、妖怪達から教えを請い鬼の力を多少使えるようになったが、怜鴉と怜悧の足元にも及ばないそれに少し歯がゆい思いをしている。
腕の中で壊れそうな心を必死につなぎ合わせているような怜悧。
力を籠めれば消えてしまいそうな儚い泡沫の夢の様な存在。
だから怜鴉も不安になるんだろう。
魂を呼び戻しても、半神にしても、ここに居る怜悧があの時手放してしまった自分の半身なのかが判らないから。
怜悧に似た何かかもしれない、怜悧の形をした抜け殻かもしれない。
普段そんな様子を微塵も見せないくせに、怜鴉はずっと怜悧を失うことを恐れてる。
怜悧もそれに気づいていて、自分が本当に怜悧なのか不安でしかたないのだ。
何とかしてやりたいと思う朱乃の心は揺れ動いていた。
怜鴉と怜悧は朱乃達を救ってくれた。
あのまま無意味に生きていても虐げられるだけだった。
人柱にならなくてももっと酷い事になっていたかもしれない。
あの時人柱になって死んで居ればよかったと思う程に。
そうならずに済んだのは一重に怜鴉と怜悧のお陰で、朱乃も朱璃も二人の為に何かしたいとずっと思っていた。
一緒に居てくれればいい。
多くを望まない優しくて悲しい神様はそういった。
それは二人の強い願いだというのはすぐにわかった。
それでも、二人はもっと多くを望んでいい。
裏切られて、愛されなくて、殺されて、カミサマになって…。
小さな箱庭で村人を管理していると言ってるけれど、それは逆に慈しんで守っているようにも見えた。
「…何か、出来ればいいんだけどな」
小さな体でカミサマをしている時の怜悧を思い浮かべて、思わず笑みがこぼれた。
「あ、しゅのー。おはよー」
「れいりさまは?きょういない?」
「しゅのひとり?けんかした?」
怜悧の取り巻き達が朱乃を見つけると駆け寄ってきた。
「なんでそうなるんだよ、喧嘩なんてしてない。
怜悧が疲れてるみたいだから朝寝坊させてるだけだ。
お前達も今日はあまり怜悧に付きまとうなよ?」
「えー、れいりさまおつかれ?」
「あそんじゃだめ?」
「じゃあきょうはしゅのであそぶー」
取り巻き妖怪たちは朱乃の腰やら肩にぶら下がって楽しそうに遊んでいる。
「こら、俺で遊ぶな!」
結局何も解決しないまま、朱乃は取り巻き妖怪たちを追い払って社へ戻るのだった。


「しゅの、おかえり!」
本殿の戸を開けると、ぼふっと腰に重たい衝撃と共に怜悧がぎゅっとしがみついてるのが判った。
「おはよう怜悧。良く寝れたか?」
怜悧の頭を撫でながら抱き上げれば、ぎゅっと抱き着かれる。
「ん…しゅのがいないの、さみしかった」
こうして少しだけでも微笑む様に口元を緩ませてくれるようになった怜悧を安心させるように頭を撫でてやる。
「悪かった、気持ちよさそうに寝てたから起こすのは悪いと思って」
怜悧を抱き上げながら席につけば、浮かない顔をした怜鴉と視線が合った。
「……」
何か言いたそうな顔をしていたが、朱乃はあえて目線を反らして腕の中の怜悧を膝に座らせた。
「怜鴉?どうかしたのか」
朱璃が不思議そうに怜鴉の隣に座ってご飯をよそったお椀を置こうか迷っている。
「何でもないよ、朱璃」
怜鴉は朱璃を気に入っている。
それは見ていても明らかで、朱乃はそれを羨ましいとか悔しいとは思ったことは無かった。
腕の中の小さな神様が朱乃にとっての神様だったから。
「取り巻き共が、今日は怜悧様いないのかーって拗ねてたぞ。
怜悧は人気者だな」
「あのこたち、まもってあげないとすぐしんじゃうから。
しゅのであそばれた?ここにはっぱついてる」
胡坐をかいた膝にちょこんと抱っこされた怜悧は朱乃の肩についた葉っぱをとってくすりと口元を緩めた。
「あいつら俺で登山だーとかいって登り始めてうざかった」
「そうなの?しゅのだってにんきものじゃない」
怜悧は朱璃から受け取った最近好物になった焼きおにぎりを両手でしっかりと持ったままもぐもぐと口に運んでいる。
「あっ…」
突然、食べていた焼きおにぎりがぽろりと怜悧の膝に落ちた。
慌てて拾おうとして、朱乃はおかしなことに気が付いた。
怜悧の手が…波打ってるみたいになっていた。
「もうそろそろかな」
怜悧は気にした様子もなく、まじまじと波打つ手のひらを見てから怜鴉の方を見た。
「怜鴉も?」
「ん?……ああ、そうだね。そろそろかも。
最近体が何かムズムズすると思った」
「怜鴉、どうしたんだ?どこか悪いのか?」
朱璃が不安そうに怜鴉を見る。
「大丈夫だよ、脱皮の時期が近いだけ。
僕たちは蛇だから、普通の蛇程じゃなくてもやっぱり何十年かに一回は脱皮するんだよ。
暫く川向こうの洞窟に籠って皮がむけるまでそこにいる。
僕らは同時期に神になったから、脱皮の周期もほぼ同じなんだよね…」
「脱皮……神様の抜け殻とかちょっとご利益ありそうだな」
「抜け殻にご利益なんてあるわけないよ、ただのゴミ。
まぁ、殆どの奴はそう思わないんだけど…。
生まれながらにして蛇神なら違うかもしれないけど、僕等元人間だしホントに何もないから処理にも困るんだよね」
「あとあそこのどうくつ、そろそろにひきではいれないよ」
怜悧や怜鴉が蛇の姿を取っている所は朱乃も朱璃も見たことが無いが、現に波打ってるような怜悧の手は、皮がむけてきている証拠なのだろう。
「そうだね、お前が別の所行けばいいんじゃない」
「……それは、やだ」
「なら我慢しな。それか人型で脱皮したら?」
怜悧は少し考えた後に眉根をひそめた。
「それがいちばんいや」
「じゃ諦めな」
怜鴉は妙に覇気のない声でため息交じりにそういった。
「怜鴉、いつから…?ご飯はいらないのか?」
「今晩から籠るよ。
2.3日位戻ってこないけど僕が居なくてもいい子にしててね?
食事は…いつもはいらないんだけど…」
怜鴉は怜悧をチラッと見た。
「やきおにぎり!」
「……籠ってる間焼きおにぎりをよっつ持ってきてくれる?
夜は危ないから朝と昼だけでいいよ。
場所は朱乃が判るよね?滝がカーテンになって隠れてるけど脇に入り口があるよ。
怜悧、お前昼間に行って朱乃に場所教えておいで」
「わかった」
「朱璃は朱乃と一緒に来るんだよ?
入り口においたらすぐに帰る事、いいね?」
「…入り口?洞窟の中じゃなくて?」
「……うん、あんな姿見られなくないから」
そういって怜鴉はぎゅっと朱璃を抱きしめた。
「僕たちは神様だけど、あの姿を二人には見られたくないんだ。
お前達がそんなことでどうにかなったりしないのは知ってるけど」
それでも、嫌なんだと切なそうに訴える怜鴉はきっと人で居たかったんだろうなと思い朱乃と朱璃はそれ以上何も言えなかった。
「ごちそうさまでした」
怜悧は両手を合わせた後に食器を片しに台所へ向かった。
「んー…。僕も準備するかなぁ」
「何か必要な物があるのか?」
「ないよ?まぁ…気持ちの問題?
基本的に僕らの力に圧倒されて並大抵の妖怪は近付けないし、皮がビロビロなだけで戦えないわけじゃない。
村の方に何かあったら困るなぁってだけなんだけど、今は朱璃と朱乃が居るからそれも心配ないしね」
「そうか、よかった…」
安心した朱璃に、怜鴉も微笑みながら頭を撫でる。
「もう何回もしてきたことだから、そんなに不安がることないのに」
朱璃がぎゅっと怜鴉の手を握る
「俺は初めてだから…」
怜鴉は驚いたように目を開いてから嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、朱璃に一つ約束をあげる。
僕はそれを守るために戻ってくる。
それで安心できる?」
「……」
朱璃が暫く考えた後に
「じゃあ、帰ってきたら…その……一緒に、寝て欲しい。
ぎゅっと手を握って一緒の布団で朝までずっと」
「……え、そんな事でいいの?」
「いい、それでいい。
神様は約束を破らないから、それなら安心できる」
目を細め、口元をほんのり緩めて微笑む朱璃に怜鴉は黙って頭を撫でた。
「判った、神様は約束を破らないからね。
怜悧、お前も朱乃に約束してあげたら?」
怜悧はこくんと頷いて朱乃をじっと見上げた。
「じゃあ俺は…怜悧の笑った顔が見たい…」
朱乃は言い終えてから、ハッとして腕の中の怜悧を見た。
怜悧は少し戸惑った様子で朱乃を見上げている。
「しゅの、ぼく…」
「いい、今のは無しだ!
俺も朱璃と同じでいい」
ぎゅっと腕の中の怜悧を不安にさせない様に強く抱きしめた。
それを見て怜鴉は意地悪くにんまり笑うのを怜悧は横目でぼんやりと見ていた。
朱乃と二人、滝の裏の洞窟の偵察に来た怜悧は入り口になる場所を朱乃に教えると、朱乃の希望で中に入ることにした。
薄暗く、じめじめしているが、どこかひんやりとして流れ落ちる滝の音が次第に心地よくなってくる空間。
上には少し穴が開いている場所があってそこから日の光が少しだけ洞窟内を照らしていたが、基本的に真っ暗だ。
「こんなに暗くて冷たい場所に二人っきりなのか?」
心配そうに、朱乃が辺りを見回しながらぽつりと漏らした。
その言葉も反響して思ったより大きく響く。
「ひとりじゃないから。それにへびはよめがきくんだよ」
怜悧の小さな背中が寂しそうに思えて、ぎゅっと抱きしめた。
「怜悧、俺は怜悧も怜鴉も朱璃も大切だから…
寂しかったら寂しいって言っていいんだぞ?
俺には…何もできないかもしれないけど、そばに居ることはできる。
それは朱璃も同じことを思ってるはずだ」
「…さみしい…?」
「寂しそうな顔してたから。
俺と朱璃は怜鴉と怜悧に命を救ってもらってからずっと、二人のものになったって思ってる。
だから、俺は怜悧も怜鴉も一緒に幸せになりたい…」
「いっしょに…しあわせ」
怜悧は何かを考え込む様にと奥を見た。
小さなモミジの様な手が、きゅっと朱乃の着物を握る。
「ほんとうは、ちょっとこわい。
くらいところ、こわいの。
ぼくたちがしんだときも、まっくらなおどうでわけもわからずころされたから」
「…怖いなら、俺が一緒に居てやる。
どんな姿になっても俺は怜悧が好きだ。怜鴉も、朱璃も好きだ」
ほんのりと、白い頬が赤く染まった気がした。
怜悧はそっと小さな手を朱乃の頬に差し出して、触れた。
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輪廻応酬




善い行いをすれば、良い事が必ず返ってくる。
輪廻は廻っても、魂の繋がりは途絶えることはない。



「いってらっしゃい、きをつけてね」
土地神となった僕達は滅多なことで御山を下りたりしない。
それでも、何の娯楽も無い山の代り映えのない様子をただ眺めているのはとてもつまらない。
だからこうして娯楽を探しに里へ下りる事がある。
神様と言っても結局は元人間なわけで、暇を持て余してすることも無いとなれば後は本を読むくらいしか思いつかない。
可愛らしい子供向けの昔話の本なんて、神様になってすぐに読み終えてしまった。
生きていたころに文字を読む練習をしていてよかったと思った。
本を読むのは知識を得られるのもあるけど、空想の世界に浸ることができて楽しい。
まだ文字を読めない怜悧がたまに、どこから持ってきたのか判らない本を読んで欲しいと持ってくることがある。
恐らく誰かから貰った絵本だろうそれを、怜悧は大切に抱きしめながらくしゃくしゃになった今でも大事そうに持っている。
「僕が帰るまでいい子にしてるんだよ」
怜悧はこくんと頷いて、境内で下級の妖怪たちとおはじきで遊んでいる。
表情一つ変えない弟の周りを、下級妖怪たちが楽しそうに遊んでいた。
「妖怪達の方がよっぽど情があるなんて、皮肉だよね」
誰に言うわけでもなく漏らした言葉は冷たくなった空気に溶けた。
そろそろ冬が来る。
村人たちの蓄えは十分だろうか、後で見ておかないといけない。
まだ、死なれては困るから。冬の支度は万全とまではいかなくても、僕が加護してやっているのだから寒さに飢えて死なせる訳にはいかない。
冬支度が済んでないのなら、収穫できる野菜の量を少し増やしてやらないといけない。
「ああ、もう。何で神様になったんだろ…
怜悧は動物とか植物とか下級妖怪の世話しかできないし」
文句を垂れながらもなってしまったものは仕方がない。
里がようやく見えてきた頃、普段の装いを人に紛れやすい格好に偽装して、黒髪黒目の大人の姿を取ると、人の流れに紛れて里に入り込んでいった。
書店で良さそうな本を片手一杯に買い付けて、解れた布団や着物を縫い直すために反物や布も買い、久しぶりに心地よい気分で御山に帰る道の途中。
知らない気配を感じて立ち止まった。
結界の中に入り込んだ気配は二つ。
今にも消えそうなくらい弱々しいもの。
怜悧は気が付いているのかな?
とりあえず気配の元を探ってみると、あまり人が寄り付かない獣道を通った形跡があった。
「手負いの妖怪か何かかな?
弱ってるみたいだけど、まさか陰陽師にやられたとかじゃないよね」
面倒ごとには巻き込まれたくない。
厄介な妖怪だったら困るのでとりあえず獣道の気配をたどっていくと、社のいくばくか手前の雑木林に子供が二人、倒れている。
年の頃は十かそこらの子供が二人、抱き合う様にして倒れていた。
気配はここで途絶えている所を見るに、この子供達が気配の主らしい。
「…人間の子供に見えるけど、何か混じってる匂いがする。
おーい。生きてる?」
ぺちぺちと頬を軽くたたいてみるが、反応が無い。
もう死んでしまったのかと思い、どうしようか考えてると片方の子供が目を開いた。
「……あ」
真っ赤な綺麗な瞳。紫銀色の髪の間から宝石の様な真っ赤な瞳が僕を捕らえた。
「たすけて…」
「助けて欲しいの?」
子供は力なく頷いた。
「………いいよ、助けてあげる」
「朱乃を、たすけて。おねがい…俺は、どうなっても、いいから」
「お前達も双子なの?……ふうん。
いいよ、二人とも助けてあげるから、安心していいよ」
そう告げれば赤い目の子は安心しきったように気を失った。
「…綺麗な目。それに、僕らと同じ双子の兄弟。
助けてあげるよ、僕は可哀想な子供には優しい神様だからね」
そういってから、子供をまじまじと見下した。
一気に二人も連れて行けそうにない。
「怜悧、聞こえてる?
社の近くに怪我人が居るからちょっと来て。
あと運べる奴らも連れてきて、僕一人じゃ連れてけないから」
『…ん、わかった』
双子だからか、神様だからか、それとも双子の神様だからか。
僕と怜悧は遠く離れていても強く念じれば言葉が届く。
暫くそこで待っている間、子供の側で座り込んで様子を見ていた。
「綺麗な顔してるのに、ぼろぼろだ。
必死に逃げてきたのかな?赤い目の子、朱乃を助けてって言ってたけど、こっちの子が朱乃って名前なのかな?
うん…この子の方が衰弱してる。痛めつけられてるって感じだね」
じっと観察して、綺麗な顔の双子がどれだけひどい扱いを受けてきたか、容易に想像がついた。
汚いボロボロの薄い着物一枚で、この寒くなった御山の獣道を隠れる様に裸足で逃げてきたんだろう。
「大丈夫だよ、僕が守ってあげるから」
そういって肩にかけていた羽織を子供達にかぶせてやる。
「怜鴉、けがしてるひとはどこ?」
後ろで聞きなれた小さな声に振り返る。
怜悧が下級妖怪たちを連れて小さな籠に薬草を詰め込んで立っていた。
「ここ、この二人がそう」
「…わかった、ひどそうなのだけ、なおしちゃうね?」
怜悧は倒れてる子供達の脇にちょこんと座って手をかざした。
柔らかな光と共に、子供達の脚の傷は綺麗に消えていった。
それが消えても怜悧が手をかざしている様子から、見えない部分にも酷い怪我を負っているのだろう。
やせ細った子供達が酷く不憫に思え、昔の自分たちと重なった。
「ひどいけがはなおした。あとはおやしろでやすませればだいじょうぶ」
「そう、じゃあ皆でこの子を運んでくれる?
僕はこっちの子を連れてくから」
今はまだ大人の姿のままだから、子供一人くらい連れていける。
ひょいと赤い目の子を抱き上げれば、思ったよりも軽くて少し驚いた。
下級妖怪たちが朱乃と呼ばれた子を運んで、社に戻ってくると布団を敷いて子供の体を横たえた。
「このこよわってるね、こっちのこはけがだけみたい。
ひどいけがだったけど、なおしたからへいきだよ」
「…怜悧、僕は……この子達を助けたい…。
多分この子達も何かを抱えた双子…僕らと同じ」
「…ん、いいよ。怜鴉がそうしたいなら」
怜悧は少し驚いたみたいだったけど、子供の額に手を当てた。
「…すこし、じゅんびしないと…。
おくすりつくるから、みんなもてつたって」
怜悧は取り巻きと化してる下級妖怪たちを引き連れて薬の材料を取に行った。
この御山にはたくさんの妖怪が棲んでいる。
彼らから、幼い怜悧は薬の作り方をいつの間にか学んでいた。
薬草を育て始めて、薬を作っては動物を、植物を、妖怪を、人間を癒してきた。
時々それがうらやましいと思う事がある。
僕も薬は作れるけど、怜悧の様な薬草を育てられはしない。
双子だけど、霊力の質が違うから。
白蛇が最初に怜悧を食い殺したように、怜悧の霊力は極上。
下級妖怪なんかは僕を恐れるけど、ああして怜悧の腰巾着の様に付きまとってる。
護衛としては心もとないけど、一人よりは安心するからそのまま放っておいてる。
この子達も、きっとそんな何かを求めて逃げてきたんだろう。
普通で居たいだけなのに。
「判るよ、僕もね普通で居たかったから」
「ん…」
なるべく優しく、壊れない様に額を撫でれば少し熱を持っていることが判った。
「大丈夫だから、安心してお眠り」
微笑みかければ、張り詰めていたものが解けたように少し微笑んだ気がした。



付きっきりで看病して5日目の朝、子供の一人が目を覚ました。
菫色の綺麗な瞳をした綺麗な子供。
怜鴉がこの子は朱乃っていう名前だって教えてくれた。
「ここは…?はっ、朱璃、朱璃は!?」
暫くぼんやりしていた朱乃は急に起き上がってあたりを見回した。
そして隣に眠る赤い目の子を見つけて近寄った。
「朱璃!」
「ねむってるだけだよ、だいじょうぶ」
僕に気が付いてなかったのか、急に声をかけられてビクッと震えるのが判った。
ぎゅっと朱璃と呼ばれた子を抱きしめてこちらを警戒する様に見ている。
きっと、こんな風に追い詰められるほどに辛い事があったんだろう。
「ぼくは、ここのかみさま。
怜鴉がきみたちをたすけるっていうからたすけた」
「かみ、さま…?だって、お前は子供じゃないか」
「……もう、ずっとずっとずっとむかし、ここのかみさまにいけにえにされてここでしんでから、ずっとこのすがただよ。
きみもけががひどかったから、まだねててね」
多分知らない人がいると落ち着かないかもしれないから、僕は立ち上がって何か食べるものを探しに行くことに
た。
お社にはきちんと毎日お供え物が備えられてる。
お米や漬物、果物にお菓子。
綺麗なお花も一倫添えられていた。
この土地は神に呪われていると恐れる村人も多いけど、中にはこうして神様としてきちんと祀ってくれる人もちゃんといる。
目が覚めたなら、栄養のある物を食べたほうがいいと思って、お供え物をよそに森の方に入っていった。
栄養を取るにはやっぱりお魚がいい。
薬草と一緒に焼けば病み上がりにはきっとちょうどいいはず。
『れいりさま、きょうどこいくの』
『れいりさま、あそぼ、あそぼ』
「きょうはおさかなをとりにいくの。
みんなてつだってくれる?」
『おさかな!おさかなとれるよ』
『れいりさまおさかなたべる?』
「ううん、ぼくじゃなくて…ええと……怜鴉のおきゃくさん」
取り巻きと怜鴉が揶揄ってくるようになった、下級妖怪たちを連れて川に重なを取りに来た。
僕と一緒に居る子達は大体が神様に守護を求めなければ淘汰されてしまう弱くて小さな存在達。
そんな子達が神様と慕ってついてきてくれて、小さな体で協力して一生懸命取ってくれたお魚はあっという間に籠一杯になった。
「みんなありがとう、もういいよ」
そういってお礼代わりに金平糖をバラまけば、嬉しそうにそれを拾ってもぐもぐと食べる。
「みんなのおかげでおさかないっぱいとれたよ」
『れいりさま、うれしい?』
「うん、うれしいよ」
そういえば下級妖怪たちが嬉しそうに喜んだ。
僕は感情が判らなくなって、笑うことが出来なくなっちゃったけど、そうやって笑う皆を見てると嬉しくなる。
人には愛されなかったけど、こうして僕を慕ってくれる存在が居る限り、その子達を守っていこうと思っている。
怜鴉が連れてきた子達はどんな子だろう?
僕たちと同じって言ってたから、きっと酷い目にあった子達なんだろう。
ともだちに、なれたらいいな。
そんな、叶いもしない淡い期待を胸に抱いて、社に戻った。
僕たちの棲む社は、きちんと設計されていて小さな村が管理する社にしては大分大きい。
本殿の後ろに奥の間があり、そこは神様のお部屋と言われて人の立ち入りが禁止されている。
実際そこは僕たちの私室になってる。
年に一度のお祭りの時に使う神具や僕たちが普段使うお茶碗とかいろいろな物を押し込めてる宝物庫って人間が呼んでる物置に、お祭りの時に炊き出しを行うための小さな調理場と井戸もある。
調理場にお供え物のお米でご飯を炊いて、取ってきたお魚を薬草で焼けばそこそこおいしそうなお昼ご飯になった。
僕が本殿の戸を開けて中を伺うと
「なにしてんの、邪魔なんだけど」
お散歩から帰ってきた怜鴉がお供えのお饅頭をもぐもぐしながら背後に立ってた。
「あ、えと…ごはん、たべるかなって……
ひとりめがさめたみたいで」
「ふーん、じゃあ持ってきてやれば?」
怜鴉は僕を押しのけてずかずかと本殿に入っていく。
僕はお膳に三人分のご飯とお魚をのせて本堂に運んだ。
もう一人はまだ寝てるみたいだけど、起きたら持ってきてあげればいいと思ってた。
「お前、朱乃だっけ?何であんなところに倒れてたの?
わざわざ人の通らない道を選んで、僕が見つけなかったら死んでたよ?」
怜鴉は上座にどかっと座ると朱乃をじっと見た。
「…俺達は…逃げてきたんだ。村が水害で、作物が育たなくて…。
俺と朱璃を人柱にして堤防を作るって…」
「ふぅん……どこにでもありそうな胸糞な話だな。
それで、お前達は逃げてどこか行く宛てはあるの?」
「行く宛てなんて、ない。
俺達は鬼子だから、災いをもたらすって……。
俺達は何もしてないのに、ただ、必死で生きてるだけなのに…」
ああ、それはすごく、身に覚えがある。
「行く宛てが無いならここに居れば?
お前達、混じり物でしょ。鬼子って双子の比喩だけど、お前達の場合満更比喩じゃすまされないから人柱にされたんでしょ」
ビクッと朱乃の身体が震えた。
「これでも神様だからね、判るんだよ。
先祖返りかな、お前達には確かに鬼の血が流れてる。
人の子だけど、人の子には収まりきらないから、人の暮らしは無理だよ」
怜鴉の色違いの瞳にじっと見つめられて、朱乃が息をのむ。
「僕達もなまじ霊力が高かったから生贄にされて殺された。
怜悧は生きたまま土地神だった白蛇に食い殺されて、僕は蛇と相打ちになって死んだ。
死ぬ間際、瀕死の状態で蛇を喰らったのが良かったのか、気が付いたら神様になってた。
だから僕たちはこの土地神の白蛇として僕達が死んだ日からずっとこの御山でカミサマしてるってわけ。
行く宛てが無いならお前達を僕達の使いとして神隠ししてあげるよ」
にこりと怜鴉が笑った。
ああいう時の怜鴉は、悪い事を考えてるときの顔。
そして、断られることが無いと判っているときの顔。
「ここに居ても、いいのか…?
俺達、鬼子なのに…本当に?」
「いいよ。だってここの神様の僕がいいって言ってるんだから、誰も文句は言わないよ。
いいよね、怜悧」
一応意思確認はしてくれるみたいだけど、いやって言っても押し通されるに決まってる。
それに、僕にはこの二人を見捨てることはできない。
「いいよ。もうぼくたちみたいなかなしいこどもをふやしたくない」
「ええと…朱乃だっけ。お前は怜悧の使いになってやってくれる?
そいつずっとチビのままだけど山の見回りとか色々してるから手助けしてやって。
お前、力が人より大分強いでしょ?」
「……ほんとにカミサマなんだな…
わかった、カミサマの手伝いする。
けど朱璃…兄は体が弱くて…その、力仕事はあまり向いてなくて……
その分俺が働くから、朱璃も一緒に…」
「判ってるよ。僕達だって双子なんだ、引き離したりなんてしない。
引き離される恐怖と哀しさは、もう十分すぎるほど味わったから」
怜鴉が珍しく視線をそらした。
僕が死んでしまってから、白蛇を使って僕を呼び戻すまでの間、どれだけの時間があったのか判らない。
それでも、気の強い兄が初めて泣き顔を見せて、僕をきつく抱きしめたので全てを理解した。
僕が大人の姿になれないのは、先を知らないから。
怜鴉みたいに大人になった自分を想像できないから。
怜鴉みたいに大人の姿で、流暢に話したり、綺麗な着物を着て、姿を変えられないのは、その先の自分を知らないから。
怜鴉みたく、と思って何度か試したこともあったけど全然うまくいかなかった。
「それじゃあご飯にしよう、朱乃はご飯食べれそう?
ここには食力は割と潤沢にあるからひもじい思いはさせないからね」
「…怜鴉、なんかこのこたちにすごくやさしくない?」
「お前は僕の弟だろ、文句言わない」
朱乃と怜鴉と三人で食べるご飯は、なんだかすごく美味しかった。
朱璃も早く起きないかな?この子はどんな子なんだろう?
二人は僕のともだちになってくれるかな?
そう期待を膨らませて、眠る朱璃を眺めた。

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因果応報




神様に捧げられた
哀れな生贄にされた


双子の兄弟のお話。


「早くしなきゃ……」
小さな子供が一人、寒空の下薄着のままで暗い森の奥に入っていった。
子供の母が病に倒れてひと月。
父は母の薬を買う為に朝早くから夜遅くまで働いている。
子供はそんな父と母の為に、森の奥に生えているという薬草を取りに来た。
薬はお金がかかるけど、薬草を煎じればお金もかからず母も元気になると思ったからだ。
森の奥は恐ろしい神様の棲むお社がある場所で、子供は絶対に入ってはいけないと言われている。
お社に入れるのは一年に一度のお祭りの時、村人全員でお社の前でお祈りをして神様に今年の豊作をお願いする代わりに今年とれた一番最初のお米をお供えする。
このお米を奉納してから三日たたないと村人は米を食べることを許されなかった。
神様が今年最初のお米を食べてからじゃないと食べることを許されなかった。
村の大人が厳しく戒律を守り、子供にもそれを厳しく守らせているのに、村の子供達は疑問であった。
それでも、言われるがままに言いつけを守ってきた子供は今日、初めて言いつけに背いて禁じられている森の奥の神域へと足を踏み入れた。
奥へ奥へと進んでいくとどんどん辺りが昏くなっていく。
まだ昼だと言うのにうっそうと茂った木々が太陽の光をさえぎってしまっていた。
「薬草、薬草を探さなきゃ…」
嘘か本当か判らなくても、恐ろしい神様が居ると言われたらやはり怖い。
それでなくても辺りは鬱蒼として暗くて怖い。
薬草を探しに来た子供はあたりを見回すが、見たことのない草ばかりでどれが薬草なのか全くわからない。
「…どうしよう…どれが薬草かわからない…
母さんが、母さんが死んじゃうよぉ…」
そういって両手で顔を覆い泣き崩れると、不意に誰かの気配を感じた。

「なにしてるの?」

幼い子供の声に目を開けると、目の前に小さな少年がちょこんと座っていた。
真っ白な着物に羽織を羽織っていて、赤い留め紐が花みたいだと思った。
子供より幼い少年は首をかしげながら子供をじっと見上げている。
表情はあまりない、肌も白く、神も薄い金色で大きな瞳が空の様な青い瞳をしていた。
「え、と……母さんが病気で…薬草を探しに…」
「びょーき……やくそう……」
舌足らずな声で返した少年は立ち上がると子供に手を差し出した。
「ぼくしってるよ、こっちだよ」
村の子ではない少年の手を取るのを子供は戸惑った。
それでも、両親の為にぎゅっと子供の手を握る。
その時、少年の手の冷たさに驚いた。
しかしそれを気にした様子もなく、少年は歩き出した。
子供用の小さな赤いポックリが歩くたびにシャンシャンと鈴の音を奏でる。
そういえば、先ほど少年が近付いてきたときにこの鈴の音は聞こえなかった。
薄暗い道をどんどん奥に進んでいく冷たい手の白い少年。
子供はだんだん恐怖を覚えた。
「あ」
少年が小さな声を上げて子供から手を離した。
シャンシャンと小さな音を立てて子供から離れると、木の根元から何かをひっこぬいて子供の元に戻ってくる。
「はい。このきのこはえいようがあるからおかあさんにたべさせてあげて」
表情は無いが、差し出されたのは大きなきのこが二つ。
おかゆに混ぜてあげれば母でも食べれるだろうかと、子供は礼を言って受け取った。
少年はまた手を握って暗い森を歩きだした。
得体のしれない不思議な少年。
この少年は誰なんだろう?でも、きっと知ってはいけないと子供の中の何かが言っている。

この少年の正体を知ってはいけない。
この少年の機嫌を損ねてはいけない。
この少年から一刻も早く逃げなければいけない。

「ついたよ」
連れてこられたのは神様が棲むというお社にあるご神木だった。
「ここ、神様のお家でしょ?
ここのものを勝手に取ったら神様に怒られるって大人の人が言ってた」
「…そうなの?だいじょうぶだよ」
そういって少年はご神木の根元に生えていた草をぶちぶちと引き抜いて戻ってきた。
「これはぼくがきみにあげたものだから、だいじょうぶ」
そういって薬草と思しき草を大量に子供の持っていた籠の中に押し込んだ。
「え、でも…」
「おかあさん、まってるよ。はやくかえってあげなよ」
「……あのっ!君の名前…教えて!俺、ハルっていうんだ。
晴れの日の晴って書いて、ハル」
「……なまえなんてない。すきによんでいいよ」
「……えと…じゃあ真っ白だからシロ!
シロはどこに住んでるんだ?母さんが良くなったらお礼にいくからさ」
「……ここ、ここでいいよ。まいにちここにきておいのりしてるから」
少年は俯いた様子で小さな声で言った。
「あの…やくそう。かならずかんそうさせてからせんじないと、どくになるから、きをつけて」
「わかった!本当にありがとう、シロ!」



子供が駆けて行った後姿が見えなくなったのを確認してから、境内の戸を開いた。
「お前はまたお節介焼いてきたの?
どうせまた裏切られるのに」
境内を開けると、煌びやかな着物をまとった兄の怜鴉がお供え物だろう大福を食べながら寝転がっていた。
もうずっと昔、僕たちはここで死んだ。
生まれつき霊力の高かった僕たちは異形の者が見えていた。
そんな僕たちを両親も村の人たちもみんなが恐れた。
そして、七つになる前に神へを返されるためにここの社に住み着いていた白蛇に捧げられ、何の抵抗もできないまま僕は生きたまま蛇に食い殺された。
瀕死だった怜鴉が何とか白蛇を殺してそれを喰らい新たな神になった。
そして白蛇の死骸を贄に僕を呼び戻して、僕は怜鴉の半神になった。
二人で一人、双子の神様。
神様になったからには祀ってもらわないとただの霊体と変わらない。
だから僕達は村人に加護を与える代わりにこの村から逃げ出すことを許さない呪いをかけた。
僕らが神として機能しなくなり消える時は、ここの村人は誰一人生き残っていない時。
僕たちを誰も愛してくれなくて、畏怖と厄介払いのつもりで捧げた生贄。
怖かった、痛かった、苦しかった、もっと生きて居たかった。
誰かに愛してほしかった。
でも、誰も僕たちを愛してくれないなら……。
「だって、おかあさんがびょーきだって…
あのこには、あいしてくれるおかあさんがいるみたいだから」
僕らが欲しいものは、もう手に入らないもの。
自分たちであの夜に壊してしまったもの。
それでも、まだ僕は求めている。
「諦めなよ、どうせまた裏切られる。
何十年前かと同じ、またここを荒らしに来るよきっと」
「…それでも…」
僕はぎゅっと怜鴉に抱き着いて涙を零す。


それでも、愛されたいと願うのは罪な事なのかな?


怜悧は呼び戻してからずっと、感情を無くしてしまった。
昔はよく泣いて、怯えながら僕の後ろをくっついて歩いてたけど、少しは笑ったりもしていた。
あの日から怜悧は抜け殻の様になってしまった。
生贄に捧げられた社で、大きな白蛇が怜悧を飲み込んでいくのを見てるしかできなかった。
バキバキと骨が折れる音に怜悧の凄まじい悲鳴と流れる血。
小さな怜悧の身体が蛇の口の中に飲み込まれていく恐怖。
ずっとずっと生まれてからずっと一緒にあった弟が肉塊に変わっていく瞬間、凄まじい怒りと恐怖が押し寄せてきた。
僕達は孤立していたから何よりも孤独を恐れていた。
僕だけが怜悧を理解して、怜悧だけが僕を理解してくれた。
お互い共依存して、摩耗した精神を何とか保っていた。
それが断ち切られた瞬間、僕の中の全てが音を立てて壊れた気がした。
どうして怜悧が殺されなきゃいけない?
どうして僕が死ななきゃいけない?


僕たちより無能な奴らがのうのうと生きている世界でどうして?


そのあとはよく覚えてない。
気が付いたら息絶え絶えの白蛇に瀕死の僕。
死にたくないって気持ちから蛇を喰って僕が新たな土地神になった。
怜悧の小さな体は骨が折れてぐにゃぐにゃして蛇みたいだった。
もう光を映すことのない硝子玉の瞳から涙が溢れていて、何のために生まれてきたんだろうって思った。
だから、呪ってやることにした。
この村の奴らを全員ここから逃がさない。
誰一人逃がさないで、ここで僕たちに怯えながらずっとずっと暮らすんだ。
僕は今でも村人を強く憎んでいる。
神様になった以上、奴らが僕の作った規律を守る以上は加護を与えなければいけないけど、そんな言いつけ必ず破る奴は居る。
今回の子供みたいに。
あの子供は怜悧が追い返してしまったからお咎めなしにしておいてやろう。
けれど、きっと怜悧は裏切られる。
そうなったら、また泣かれると面倒だから僕が始末しておいてあげようかな…。
泣き疲れて眠る怜悧の頭を撫でながら、ぼんやりと社の窓から見える空を眺めていた。
僕らは多くを望んだわけじゃない、ただ”普通”を望んだだけだったのに。
それは命を失い、人であることを捨てなければならない程に、身の程知らずな願いだったっていうんだろうか?


「シロ!」
ハルはそれから数週間経った頃にやってきた。
「ハル…?本当に来たの?」
「うん。俺の母さん、シロの教えてくれたキノコ食べて薬飲んだら元気になってさ。
明日から里に奉公に行くんだって。
だから今日は神様にそのお知らせに来たんだ」
村の住人はどうしても生活に困窮した時、里に奉公に出すことがある。
その時は必ずこの社に来て奉公に行ってくる、必ず戻ってきますという旨を伝えに来るようになった。
奉公に出る村人には必ず蛇を忍ばせて、確実に村に戻るつもりが無くなった時、蛇がその村人の喉を食いちぎる。
そうして過去に何人も殺してきた。
そうしてどんどん感情が凍り付いていく。
「ふぅん…そうなんだ」
「全部シロのおかげだよ、本当にありがとう」
「…別に。良かったね、オカーサンが良くなって」
「あ、うん……」
「……風が変わった…。
ねぇ、早く帰った方がいいよ。
あと、ここの事は誰にも言わないでね」
ハルににこりと笑いかければ、ハルはどこか戸惑ったように僕を見ていた。
そして何かを言おうと口を開いたとき。
「ハルー」
遠くで母親の呼ぶ声がした。
「ほら、早くいかないと。
オカーサンが呼んでるよ?」
にこりと笑いかけながら、首をかしげて見せればハルはもう一度礼を言って母親の元に駆けて行った。
「なにしてるの、怜鴉」
背後から重そうな桶に水をたっぷりと入れた怜悧が不思議そうにこちらを見ていた。
「うん?暇つぶし」
「そう…」
怜悧は特に気にした様子もなく、雑にご神木とされる木に水をかけている。
怜悧の足元には低級の妖怪たちがわらわらと集まっていて、桶を運ぶのを手伝っている。
「お前が大事な薬草をあげた子、母親が元気になって奉公に行くんだって」
「…そう」
表情こそあまり変わらないが、少し嬉しそうに口元を緩めた。
「それだけなら、いいけどね」
「…?」
「なんか、きな臭いんだよな。
お前、今日……いや、お前に出来るわけないか」
そういう仕事は僕の役目。
怜悧の霊力は元々癒しや浄化に特化しているらしく、薬草を育てたり、元気のない草木や理不尽に傷つけられた森に棲む獣や妖怪たちを癒していた。
その分僕は何かを壊す方に特化している。
陰陽師という生き方があれば調伏に特化できたかもしれないが、今はしがない土地神だ。
怜悧の力で村人に恩恵を与え、僕の力で村人を殺す。
本当に、双子の神様とはよくいった物だ。
役割分担まできっちり分かれているなんて。
こうなることが運命だったみたいじゃないか。
「怜悧、そういえば今日はお前が面倒見てたあの熊の子供が生まれるよ。
神様として、出産見届けて祝福しておいで。
土地神なんだがら、ちゃんと森に棲む動物や下級妖怪、草木の世話までちゃんとしないとだめなんだからね」
「……それ、ぼくにばっかりやらせてない?
怜鴉、ぜんぜんやらないじゃない」
「神様なのに自分の力を上手く使えない愚弟の力を流してあげているのは僕でしょ?
良いからお前は僕の言うことを聞いていればいいんだよ」
怜悧は少し不満そうだったが、相変わらず表情は変えずにとぼとぼと来た道を引き返していく。
怜悧は僕みたいに霊力で大人の姿を取ったりはしない。
ずっと死んだときの、幼い姿のまま、舌足らずな喋り方で、壊れた人形みたいにそこにある。
ただでさえ感情が欠落している弟の前で、これ以上人間の汚い部分は見せたくない。
怜悧はまだ、何かに縋らないと神としてすら生きていけないんだから。

more...!

災い転じて福となせ




「かあさま。どこに行くの?」
珍しく綺麗な着物を着せられ、髪を整えた僕と兄の怜鴉は両親に手を引かれて山の中腹に向かっていた。
そこは古びてるけど立派な無人の御堂。
中は真っ暗でホコリ臭かった。
僕達が入ると御堂の扉が閉められる。
「かあさん、まだ僕達中に居るよ」
酷く落ち着いた様子で怜鴉が言った。
「ええ、わかってるわ。
それでいいの、私達には子供なんて居なかった。
そうよ、あなた達は私達のどちらにも似ていないじゃない。
左右色が違う目なんて気持ち悪い」
何を言ってるかわからなかった。
ただ、置いて行かれるんだとわかった瞬間に怖くなって扉を叩いた。
「あけて!かあさま!とうさま!いいこにするから、ぼくたちちゃんと、いいこになるから!だから………」
必死にとを叩いてもビクともしない。
「やめなよ、僕達は捨てられたんだよ。
もう戻ってこない。僕達が死ぬまではね」
親に愛されてないのはわかってた。
村の人からも気味悪がられて友達もいなかった。
誰も僕達と遊ぶなと言われていたから。
それでも、愛されていたと思いたかった……



僕は怖いものがよく見えた。
それはだれにでも見えるものでは無いと知ったのは物心が着くようになって親に話した時だった。
自分には見えていたものが親には見えていない。
試しに怜悧に聞いてみたら怜悧にも見えていた。
見える物を見えないということの意味がわからなかった。
僕らの普通は両親にとって異常だったけれど、それは僕達も同じだった。
子供は7つまでは神のもの。
僕らは7つになる前に親に捨てられた。
しかもただ捨てられただけじゃない。
この御堂…きっと良くないものが住んでいる。
そこに捧げられたのは生贄にするためだろう。
せめてもの恩返しに村の役に立って死ねと言われてるみたいで腹が立った。
珍しく泣きわめく事もしない弟は絶望のどん底にいた。
目を見開いたまま、涙を零して項垂れている。
早くここから逃げないと、嫌な予感がする。
とはいえ御堂は頑丈でとても僕達では何とか出来そうになかった。
「怜悧、泣いてる暇はないよ。
ここで死にたいなら別だけど」
怜悧は縋るように僕を見上げた。
面倒くさいし、すぐ泣くし、臆病だけど、あの腐った村で怜悧だけが僕の存在意義で帰る場所だった。
「僕はこんな所で死にたくない。
だから何としてもここから逃げるよ。
お前は?ここで死にたいならそうしなよ、僕は一人で行くから」
「や、やだっ!ぼくもいく、れいあ、おいてかないで」
余計に依存度をはね上げた気がしないでもない。
でもやっぱりこんなんでも大事な弟に変わりはなかった。
「よしよし、じゃあこっちへおいで」
御堂の真ん中に連れてきて、邪魔な着物を脱ぎ捨てて襦袢一枚になる。
怜悧にも同じ様に脱がせた後、怜悧の手のひらを少し切って着物に血を染み込ませる。
怜悧は怖いものが好きな匂いをしてるみたいだからそれを餌にあいつらに戸を開けさせようと思った。
僕達は扉の脇で小さくなって息を殺す。
夜が更けて辺りの嫌な気配が濃くなった。
躙り寄る気配に怜悧の手をきつく握る。
何があっても絶対に叫ぶな振り向くなとは言い聞かせたが、果たしてどこまで守れるか…
怜悧の恐怖が限界を迎える前に安全な場所に隠さないといけない。
そして最悪な事に、こいつの限界は数分も持たずに訪れるだろう。
怜悧は恐怖に震えながらきつく手を握り返す。
外の気配は御堂の入口をウロウロしていたが、突然御堂の壁を突き破って後ろに庇っていた怜悧に噛み付いた。
突然の事に頭がついて行かない。
怜悧が痛みに悲鳴を上げて泣き叫ぶと、周囲の空気が揺れるような感覚のあとに怜悧に噛み付いていた何かが怯んだ。
その隙に怜悧を引っ張って駆け出す。
御堂は地面から高さがあり、飛び跳ねて御堂の壁を壊した奴は怜悧の足に噛み付いたが、高さと壁の衝撃で足を食いちぎられることは無かった。
それでも怪我は酷く、早く身を隠せる場所が必要だった。
助けて欲しい…もう限界。
経験も知識も足りないからどうしたらいいか分からない。
怜悧を見捨てれば僕だけは助かる。
でもそれをするという選択肢は僕に無い。
一緒に生きられないなら死ぬしかないんだ。
だから必死に宛もなくただ逃げ回ってた。
朝になれば少なくとも得体の知れない怖いものは居なくなると思っていたから。
親に捨てられた絶望と得体の知れない何かに襲われた恐怖で怜悧ははち切れそうだ。
泥だらけになりながら周囲の気配から隠れるように逃げて、小さな小川に辿り着いた。
「怜悧、傷口洗うからそこに座りな」
小川の近くの大きめの石に怜悧を座らせる。
すっかり怯えきって震えている。
僕は冷たい小川に足を浸し、怜悧の傷口を襦袢の裾を裂いて洗い流して布を巻き付けた。
泥だらけになった事で匂いはごまかせただろうが鼻のきく動物なら血の匂いは嗅ぎ分けられる。
動物なら、の話だけど。
「怜悧、歩ける?」
歩けないだろう。
心が弱い怜悧はもう限界をとうに超えていた。
それでも僕に置いていかれるのは嫌なのか、ぎゅっと手を握る。
「いく…おいていかないで…」
歩けるとは言わない。でも普段の様に泣き言ばかりよりよっぽどマシに思った。
「川を渡るよ、染みるかもしれないからおぶさりなよ」
怜悧は珍しく首を横に振って僕の手を強く握る。
怜悧なりに捨てられない様に努力しているんだろう。
それなら僕からは何も言う事は無い。
小川渡り、山を下に向かっておりていく。
川沿いに進めば下に行けると思っていた。
進めど進めど山から出てる感覚はなく、体力だけが減っていく。
出血した怜悧は既にフラフラしていて暫くしたら膝から崩れ落ちるように転んでそのまま意識を失った。
産まれた時からずっと一緒だった。
「お前を一人で死なせたらずっと付きまとわれそうだから一緒に逝ってやるよ」
もう限界だった。
それでも生きていたくて頑張ったけど、僕達は子供で、無力だ。
「こんな世界なんて、ぜんぶ、なくなっちゃえ」
怜悧を抱き締めながらその場に横たわる。

さよなら、最低なクソ世界。




「主、感じたか?」
「ああ、結界に誰かが侵入したな」
その日たまたま妖怪が悪さをしているという山を訪れてい緋翠は山に張った結界に誰かが入り込んだ気配を感じた。山の半分を覆う結界は川を挟んで南側にはりめぐらされていた。
結界はその北側、つまり反対側から侵入している。
丁度妖怪を退治して結界を解除している最中だったので同業者かとも思ったが、それにしては霊力を隠しもせずにただいたずらに垂れ流しているのは妙だった。
新米の陰陽師でも霊力を垂れ流したまま等と愚かしい真似はしない。
なら考えられるのは一つ。
「子供か?」
素養に恵まれた子供というのは貴重な存在で、通常は都に送られで陰陽師の家系に弟子入りをする。
そうでないと妖の極上の餌として喰われるからだ。
「この様な山の中の村ではそのようなことも伝わりにくい。
親御殿は都に奉公に出せば将来安泰と知らなかったのだろうなぁ…」
「奇異の眼に晒され、最後には生贄にされたって事か」
「そうだろうな。
見鬼の才を持つものは皆通る道だ。
死ななかっただけその子は運がいい……国永、先行して子供達を確保しておいてくれ。
これを片したら直ぐに追う」
「了解。じゃああとは任せたぜ、三日月」
白い鳥のような青年が山を駆け下りていく。
残された青い狩衣の男は微笑んでただ緋翠の傍に立っている。
「どうする気だ?
まさか村に帰す気ではあるまい?
受け入れ先に宛があるのか?」
見鬼の才を持つものはそう多くない。
優秀な血筋でも見鬼の才を持たず、普通の一般人として産まれてくるのが殆どで、だからこそ見鬼の才を持つ子の受け入れ先は慎重になる。
女子であれば、見鬼の才を持つ子を産むための腹としてしか必要とされ無いこともあるからだ。
緋翠自身高名な陰陽師の娘であり、様々な陰陽師とその弟子となった子供の末路を見てきた。
「まずはとりあえず保護だ。後のことは後で考えるさ」
緋翠はそういって笑うと結界を解除して妖の死体を焼き払った。
炎できよめられたあやかしの体は塵となって消えていく。
それを見届けてから国永の元に向かう。
霊気を辿れば小川の近くに薄汚い子供が二人、折り重なって倒れていて、国永の羽織がかぶせてある。
国永の姿が無いのは、恐らく近くに集まった獣や下級妖怪を駆除しているのだろう。
羽織に魔除けを施してあるが、目の届く範囲には居ると踏んで子供たちの様子を確認する。
「主、子供の一人が怪我をしている様だ」
抱きしめられる様に倒れている子供の足には血が滲んだ布が巻かれていた。
「……小さな体で必死に逃げて来たのか…」
二人はそっくりの顔立ちをしており、双子だと直ぐにわかった。
この双子は二人とも相当な霊力があるようで、外界と交流を絶った寂しい村の中ではこの子達の価値は埋れ、蔑まれただろう。
一人は自力で身につけたのだろうか、霊力を多少調節出来るようだがもう一人は強い力を垂れ流してる。
「この子が原因で村を追われたようだな。
霊気が湯水のように溢れてる」
「この子達を狙う妖はいま国永が狩っている。
宗近、これを連れていく。
国永を呼び戻して守備を頼む」
「弟子を取るのか?」
「何だ、不服か?
俺に散々弟子を取れと言ってたくせに」
ふわりと着物を翻し、緋翠はあどけない少女のように笑って見せた。
「この子達を俺の弟子にする。
久し振りの帰省になるからこの子達もめかしこんで綺麗にしてやらないとな」
細い腕に子供二人を抱えると、国永を呼び戻して夜明けの山を降りて行く。

目が覚めた双子がどんな子供たちかを想像しながら。

国永の教え。

御物と奉じられて以来、彼は仕舞われるだけの退屈に飽いていた。
時の権力者に求められ奪われてきた来歴を持つ彼は戦場を識る刀だった。
平安の頃、三条宗近小鍛治の打った三日月宗近を基にしたとされる五条国永の名刀、鶴丸国永。
主と共に墓に入っては黄泉入りを、神社にまつられては上天をと様々な歩みを送ってきた。
それが災いしてか、目出度き物とされる彼は同時に災いをもたらす物とされて陰陽師の一派に委ねられる事に。
今は鶴丸国永に惹かれ集まる穢れを祓い、戦刀として振るってくれる主の下で揚々毎日に心を躍らせていた。
師匠筋の太刀、三日月宗近の付喪神が寵愛し加護を授けた稀人。
安倍晴明の娘であり、その見鬼の才を受け継いで拝み屋としてアヤカシ達の調停を勤める緋翠。
彼女を主と定め、式神として遣われる事を選んだ。
その日、二人の幼い子供を見た彼は面白い気配に口端を緩ませた。

「やあ、君たちが主の覚え目出度き弟子君かい!」
「おにいさん、だぁれ?まっしろ」
「ははっ!俺は鶴丸国永、君たちの師匠の式神。刀の付喪神さ」

出会った時はぼろ布に包まれ汚れきっていたが、綺麗に洗われた事で蜂蜜色の金髪が覗くようになっている。
似た色合いの髪と顔立ちは二人が兄弟である事を示していて、片方は碧の、もう片方は紅色の瞳をしていた。
何よりその魂の清らかさと満ちる霊力に、国永は笑みを浮かべる。
身を守る力なき子供のそれは、アヤカシ達の良い餌だ。

「何のよう?」

警戒心を露わにするのは気難しげに眉を潜める紅色の瞳の子供。
主から名前だけを聞いていた国永には、それがどちらの事かは分からない。

「なんだ、主から聞いてなかったのか?君たち、どちらが怜鴉でどちらが怜悧だい?」
「あ、ぼく……ぼく、れいり」

素直に手を上げ、ほわほわと緩んだ笑みを浮かべる怜悧と名乗った少年に国永は苦笑を漏らした。
名とは魂の根源だ。
これを容易く教えてしまうようでは、警戒心が足りないと言わざるを得ないだろう。
けれどそれを教えるのは主の役目、自分には別の役割があると考えを切り替えた。

「君が怜悧か、俺の事は国永と呼んでくれ。……君たちの前に来たのは他でもない、俺の写しを授けに来たんだ」

守護、と言われて不思議そうに目を瞬かせた怜悧と、警戒を解いて訝しげに首を傾げる怜鴉。
それぞれの反応に気をよくした国永は、着物の袷から二振りの小太刀を取り出した。
主の祈祷と国永が力を与えたそれは、鶴丸国永の分霊が宿る写しだ。

「この刀には俺の分霊が宿ってる。それぞれ、思う方を手にとって顕現してやってくれ」
「え?えっと……」
「……はぁ、僕こっち」

困惑した表情で迷う怜悧を後目に、一息吐いた怜鴉は白塗りの鞘に収まった小太刀の片方を手に取った。
二人にはまだ言っていないが、分霊を宿す核には覚醒石という特殊な霊石を使っている。
それはこの小太刀を依り代にするとともに、成長する心刀としての機能を持たせていた。
所有者の心とともに成長し、心に宿る刀。
日本刀として完成された姿を持つ国永には些か理解しずらい物があるのだが、子供達の為にと主が特別に用意した物だ。
高い霊力を持ったが為に幼い時分を苦労した彼女らしい気遣い。
国永は刀に宿った付喪神だが、人の心から生まれたとあって人を愛している。
人で在るが故に苦悩し、乗り越える主を愛している。

「それぞれ選んだ刀を両手に持って掲げてくれ」
「えっと……こう?」
「そうだ。……ひふみ よいむなや こともちろらね」
「……それ、何?」

不思議そうに首を傾げる怜悧や訝しげに眉を潜める怜鴉を横目に、国永は掲げられた小太刀に手を置いて祝詞を口にし続けた。
二人を所有者として認め、分霊を起こすに足る霊力を授けるためだ。
守る力のない無垢な魂を守る為の盾であり、剣を呼び起こす。
才はあれど術を知らない子供に式神を使わせるのは難しい。
が、同じ魂を元にした分け身であれば国永が霊力を調整する事で、顕現させた身を維持するのは容易い。
何よりそうやって身から溢れ出る余分な霊力を消費させる事で隠れ蓑にしようというのだ。

「俺達は、人の心を分けられて生み出される。さあ、君達の刀を求めてやってくれ」

すっと眇めていた琥珀の瞳を開けば、神気に輝きを増して望月の光りを宿している。
請われるまま、何も知らない子供達は刀に呼びかけ。
ふわりと風が舞うと同時に二人の霊力が渦を巻いて中心に光の塊が生まれいずる。
それは、新たな付喪神の誕生の瞬間だった。
光りが収束し人型を取ると、それは桜の花びらのように周囲に解けていく。
一人は国永とよくにた白銀の髪を持つ幼子、もう一人は、

「……くろい?」
「これは……驚いたな!君はどうやら、心に闇を孕んでいるようだ……」
「やみ……」
「それ、わるいの?れいあ、どこかわるいの??」

不安な気持ちをそのままに口にする怜悧に、国永は一瞬だけ躊躇した。
悪いかどうかという意味では何も悪くは無い。
けれど、傾き一つで鬼にもなり得る危うい存在ではあった。
それをどう、伝えるか。

「……ぜんぶおなじじゃ、つまらない。ぼく、このこにきめた」
「つまらない、か。そうか、それもそうだな!怜悧、悪い事なんてない。人と違う事が悪いとは言わないだろう?」
「ちがう……わるく、ない?……ほんとう?ぼくも、れいあも……わるくない、の?」
「君達はただ生きようとしているだけ。悪いものか、そんな事言う奴は俺がぶった切ってやる!主だってそう言うさ」

だから笑え、そう不遜に言い放つ様は彼の主にそっくりで。
怜悧は泣きながらふにゃりと顔を緩ませて笑った。
怜鴉は不機嫌そうに、それでも悪くないと言わんばかりに微笑んだ。
皆で笑い合っていれば、付喪神の子供達も目を覚まして大きな瞳で自分たちの主を覗き込む。

「おれ、おれは、鶴丸国永!おどろいたかい?」
「おれも、鶴丸国永!きみにおどろきをもたらそう!」

白と黒の幼子達はそっくりな顔で笑って見せる。
無垢で純粋なそれだけど、自分たちが生まれた意味はもう理解しているのだ。
白銀の髪に蜂蜜色の瞳を持つ鶴丸国永は、怜悧の式神。
漆黒の髪に朱い色の瞳を持つ鶴丸国永は、怜鴉の式神。
自分たちの主を守る為の刀だ。

「それじゃあこの子達に名前を付けてやってくれ。鶴丸国永は俺達の本質の名だが、君達の決めたものが真名になる」
「それじゃあ……この子はくろたず。くろい、つる」
「ぼくは……えっと、つるまるにする!おにいさんは、くにながっていうんでしょう?」
「ははっ、良い名前だな!それじゃあこの子達は今日から君達の物、君達の家族だ。よろしくな?」

ふにゃふにゃと笑う幼子に、子供達は大きく頷いて手を繋ぎ合った。
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