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カゲロウデイズ



それは、繰り返す悪夢。


目の前には血溜まり。
真っ赤に染まった、横たわる君。
その名の如く、ルージュを引いたような真っ赤な唇がやけに鮮明で、酷くリアル。
失われていく体温も総て、この赤い液体が奪ってしまった。
冷静な判断なんて出来るわけがなく、ただ呆然と見ているだけしかできなかった。
見慣れた茜色がじわじわと赤に染め上げられて、大きな翡翠の瞳が無機質に光を失う。
小さな体は所々が欠けていて、お世辞にも五体満足なんて言えなかった。
仲間達が悲鳴をあげ、彼の幼馴染みが狂った様に泣き叫ぶのを黙ってみていた。
「ロゼット…」
誰もが彼の死を悔やんでいた。
それだけ彼は大切な仲間だったのに。
「どうして…こんな…」
「いやぁぁぁっ!!」




はっと、目が覚めて辺りを見回す。
それは先程までと違い、朝の光が眩しく射し込む寮の一室で、閉じられたカーテンの内側、自分だけの唯一のプライベートな空間に居た。
「夢…か?」
それにしてはやけにリアルな夢だった。
まるで本当に起こったことのように…。
その時急に不安に胸が締め付けられた。
気になってベットから起き上がると、向かいのカーテンは閉じられたまま。
「ルージュ…」
指先が、声が、震えている。
カーテンに手をかける。
一応プライベートな空間であるため、抵抗はあったが、酷く現実的なリアルな夢に、夢だと確かめたい気持ちが勝っていた。
このカーテンの向こうに彼が居なかったらどうしようと、不安ばかりが募ってしまう。
深く深呼吸をして、少しだけカーテンをずらすと、ぐっすりと眠っているルージュが目にはいって、安堵の息を漏らす。
「良かった…」
思わずぎゅっと抱き締めてしまった。
「ん…ノーツ…?どうしたの、こんな朝早く。」
眠そうに目を擦りながらも、よしよしと頭を撫でられる。
「怖い夢で見た?」
「……君が、死んでしまう夢を見た…。」
それで、突然どうしようもない不安に刈られて無礼は承知の上でカーテンを開けたと話したら、ルージュは笑いながら許してくれた。
「じゃあ、こうしよう。
これから俺はカーテンを閉めないで寝る。
もしノーツが今日みたいに俺が死ぬ夢を見たら、夜中でもいつでもいい、気の済むまで確かめればいい。」
ぎゅっと小さな体に抱き締められて、よしよしと小さな子をあやす母親みたいに頭を優しく撫でられる。
「それなら大丈夫だろ?」
そう笑った彼はいつもの彼だった。
あれは、やはりただの夢だったんだと安心した。


午後の講義が終わり、図書室でのんびりと本を読んでいたときだ。
窓の外に見慣れた姿を見つけた。
いつもなら図書室で隣にいるはずの姿に、思わず目で追ってしまう。
ルージュは木の根元に屈み込んで何かをしているようだ。
妙に好奇心を唆られて、図書室をあとにした。
「何をしてるんだい?」
「ノーツか。この子が怪我してるみたいだったから…」
腕に抱き上げられたのは小さな子猫だった。
その子猫は足を怪我していた。
「リラ先生の所に連れていかないと…」
ルージュの腕の中にいた猫と目があった。
猫は私を見た瞬間に取り憑かれたように駆け出した。
「あ、待って!!」
ルージュが猫を追って駆け出す。
その背中に不安を覚えた私は手を伸ばしたが、寸前でルージュはすり抜けてしまい、そのまま駆け出していった。
あわてて追いかけたその先は市街地で、路地から抜け出した猫を追っているルージュは周りが見えていないように真っ直ぐ道を横断しようとして……

「ルージュ!!」

目の前にいた小さな体が消え、馬車の下から広がる、じわじわと。
何故…と、考える暇もなくルージュに地下より手を取ろうとして目が覚めた。
「また、夢…なのか?」
隣のカーテンは閉じられたまま。
かすかに寝息が聞こえた。
「夢…だったのか?」
腑に落ちないまま、その日一日は夢と変わらないいつもの日常を過ごしていた。
午後の講義が終わった後、やはりルージュは外にいて、何かを探してるようだった。
私は…、今朝の夢を思い出してルージュの手を引いた。
「ノーツ?どうしたの?」
「何でもない、今日は早く帰ろう。」
そう言うとルージュは笑って頷いた。
「変なやつ。」
そう言いながら、特に理由も聞かれなかった。
寮に戻る途中で大きな音がした。
破裂音と言うのだろうか、何かが爆発したような轟音に耳を塞ぐと、急に視界が暗くなり何かに突き飛ばされるような衝撃を受けた。
よろめいて後ろに倒れ込むと、自分が今まで立っていた場所に大きな瓦礫が積み重なっていた。
そして、その瓦礫の下から白い手が力なく延びていて自分は血飛沫にまみれていた。
私に伸ばされているような手の周りをじわじわと染み渡る赤い体液。
ダメだと、もうダメだと一目見ても明らかなのに。
どうしても諦めきれなくて、駆け付けた騎兵隊員の手を借りて瓦礫を避ける。
下半身が完全に潰されてしまっていて、何とか上半身だけが瓦礫の中から引っ張り出せた。
まだ若いのに、可愛そうだと誰かが呟いた。
殆ど軽くなってしまったルージュをきつく抱き締める。
突き飛ばした時に、彼は微かに微笑んだ。
まるで自らの運命を知っているように。


「……また、夢…?」
嫌な汗がパジャマをしっとりと濡らしていた。
カーテンを開けるとまた同じ日の同じ時間。
ルージュはまだ眠っていた。
「…これは、何かの罰なのか…。」
何度も何度も、大切な人が目の前で死んでいくのを見せられるのは気が狂いそうだった。
「……もう、これ以上は耐えられない。」
「どうしたの?」
反対側のカーテンが開いてルージュが顔を出した。
「いや、なんでもないよ。」
安心させるように笑う。
もう、君を失いたくない。


講義が終わった午後。
どこかに行こうとするルージュの腕を掴み、強引に教室から連れ出した。
「の、ノーツ?」
「黙って、ついてきてほしい。」
夢で見た部分はすべて回避する。
絶対に、君を死なせたりはしない。
真っ直ぐ寮に戻ろうとするのに、ルージュが嫌がるように抵抗を見せた。
「いやだ、行きたくない。」
私の腕を振り払い、駆け出してしまうルージュの背中を慌てて追った。
だめだ、その方角には…
魔物の襲撃から慌てて逃げ出す馬車が物凄い勢いでルージュに迫っている。
「ルージュ!!」
ルージュの体を突き飛ばして馬車の前に己の体をさらけ出す。
翡翠の瞳が大きく見開かれる。


これで、君を…守れただろうか……





俺はベットから起き上がり、きつく布団を握った。
傍らにはあの日の子猫が嘲笑うように、小さく鳴いた。
「……また、ダメだったのか…」
擦り寄る子猫を抱き締めて、カーテンの向こう側を見つめていた。


それは終わらない悪夢の話

十面相3




ナイフをまっさらな腕に当てて、ゆっくり力を込めて引く。
赤い筋がうっすらと線を引き、ぷつぷつと珠のように内側から溢れる赤い体液。
でも、それも最初のうちだけで。
回数を繰り返せば皮膚も厚くなるためさらに深く切り込むためには力がいる。
それでも、迷い傷と言うのは存外ただ傷がつけば満足する場合が多く、彼もそのタイプだった。
表面の皮膚を切り、何本も赤い筋が腕に引かれるのを見て安心する。
自分はまだ生きている。
自分の意思はまだここにあると。
彼が腕に傷をつけるのは、手首だと目立つから。
利き腕と逆の腕には浅い傷が幾つも残っていた。
こんなことをしても何もならないのは承知の上で…
理解してもらおうとも思わないから敢えて隠れる場所を傷つけるのだ。


少年は偽りの自分を演じ続けた。
そして、ついに自分が誰なのか判らなくなってしまった。
自身の体に傷をつけるその瞬間、自分は自分なのだと認識できた。
痛みはあまり感じなかった。
感覚が麻痺してるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
けれど少年にとってそれは些細なことだった。
傷をつけると言う行為自体が少年にとっては重要であり、あとはどうでも良かった。
「あは…赤い……まだ、大丈夫……。」
ナイフを愛しそうに抱き締めながら、少年は微笑んだ。


「なに…してんの?」


不意に、背後からした声に驚いてナイフが床を滑る。
「ロゼ…?なに…してるの?」
もう一度、彼女は聞きながら床を滑ったナイフを拾い上げた。
「…別に…」
「ロゼ!!」
「離せよ!!」
彼女、トラヴィスは振り向こうとしないロゼットに掴みかかった。
普通なら女性であるトラヴィスが押し負けるはずだが、彼女は普通の女性より力が強く、ロゼットをうまく押さえ込めることに成功した。
「いや…やめろ…見るな…」
必死に隠そうとしていた腕の傷はあっさりと見つかってしまう。
「何だよ…これ…何のつもりだよ!!」
ロゼットを机に叩きつけて、胸ぐらを掴むと自然と首が絞まってロゼットが苦しげにもがく。
「…ぅ……あがっ…」
「答えろ!!ロゼット!!」
トラヴィスの剣幕に、ロゼットは光をなくした瞳で見上げた。
「お前……には、理解…出来ないっ…」
「だからって、自分の体を傷付けて何になるってんだよ!!」
ロゼットに詰め寄りながらトラヴィスは泣いていた。
何故涙をこぼすのか、その意味を空っぽのロゼットが理解できるはずもなく、緩んだ腕から抜け出してトラヴィスを見つめる。
「トラヴィスに何がわかるんだよ。
上辺だけの俺しか必要として無いくせに…」
消えそうな声でロゼットが呟いた。
もう、総てを諦めた絶望しきった瞳で。
「ロゼ…あんたが何を言ってるのか、全然判んないよ…」
「俺にも判んないよ……もう、何も判らないんだ…
何が本当で、何が嘘か…」
傷つけることでしか自分を保てない哀れなロゼット。
「こんなの…ロゼらしくないよ…。」
「…はは…またそれか…
俺らしくない、そんなのは俺じゃない……
じゃあ本当の俺ってなに?
教えてよ、本当の俺ってなんなのさ!?」
「ロ、ゼ…?」
トラヴィスは訳がわからず、豹変したロゼットに、ただ呆然とするだけだった。
「俺は何をどうすれば本当の俺になれるの?
どうすれば俺は俺になれるの?
ねぇ、誰か教えてよ……あは…あははは…」
狂った様に笑いだしたロゼットを、急に背後から誰かが抱き締めた。
「ここに居たのか…探したよ。」
「……ノーツ…?」
ぎゅっと抱き締められる事によって、背中からフィオルの鼓動が、温もりが、ロゼットを落ち着かせていく。
「ああ、また傷付けてしまったのか…
仕方無いな、帰って手当てをしなくてはね。」
「……うん。」
ロゼットは先程までとは別人のように大人しくなった。
「驚かせてしまったみたいだね。
ルージュは稀に、今日みたいに溜め込んだストレスを爆発させてしまうことがあってね…。
寝て起きたら忘れてるから、この事は君の胸の内に留めて置いて貰えないだろうか。」
フィオルが立ち尽くすトラヴィスに声をかけ、トラヴィスは今まで金縛りにあったみたいに動かなかった体が動くことに気付いた。
あれだけ長く連れ添った幼馴染みの些細な変化に気付かずに居たことが、トラヴィスには悔しくて堪らなかった。
誰よりロゼットの側にいて、彼を見てきたのに、そんなにロゼットが自分を殺していることにさえ気がつけなかった事を。
「フィオルは、知っていたの?」
トラヴィスは下唇を噛み締めながらフィオルを見た。
「気付いては居たよ。
だが、ルージュはいつも沢山の仮面を上手く使い分けてしまうから…」
そう言って、フィオルは腕の中に収まり不安そうに自分を見上げるロゼットに気が付いて、頭を撫でた。
「アタシじゃ…ダメ…だったのかな…」
トラヴィスが消えそうな声で呟いた。
「…本当なら君の方が良かったんだろう…。
常識的に考えればそうだと思う。
だが、すまない…これだけは譲れない。」
フィオルもまた、ロゼットと同じように周りに求められるまま演じてきた。
一歩間違えれば今のロゼットの様になっていたかもしれない。
けれど、同じだからこそ判ることがある。
歩み寄ることと踏みいることの違い。
壊れた人形みたいに、ロゼットは腕の中で笑ったり、泣いたりを繰り返していた。
彼を知る誰もが、この状況を見れば気が触れたと思うだろう。
周りに合わせて、周りが望むままに躍り続けた操り人形は、意思を無くしたように崩れ落ちた。
透明な糸は太く鋭く、ロゼットの体も心も傷付けていく。
それでもロゼットは踊ることを止めなかった。
そこに自分の意思が発生しているのにも気付かず、望むままに踊って、やがて糸が絡まり立つことも出来なくなった。
フィオルはその絡まった糸をほどく人形師だ。
その指先で傷付けないように優しく、時に厳しく、いつかロゼットが操り糸など無かったと気付くまで…。

「ルージュには私が、私にはルージュが必要なんだ。」
トラヴィスは、その言葉に涙をこぼしてうなずいた。
「判った…ロゼを…頼むよ。
何か出来ることがあるなら、何でもするから。」
「ああ、その時は遠慮なく頼らせてもらうよ。」
フィオルが手を引くと、少しだけロゼットが微笑んだ。
それを見て、トラヴィスはため息をついて床にへたりこんだ。
どうあがいても、自分はフィオルに勝てないのだと、そう悟らされた。
悔しくて、悲しくて、羨ましかった。

「…好きだったよ…ロゼ…」

心が壊れてしまった幼馴染みが、またちゃんと笑えるなら、自分はその恋心に蓋をするのだ。

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