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夜と片翼。8

寒い、そんな感覚を覚えて国永は顔を上げた。
今は蚤の市へ向かう道中、厄介な森を抜けてきたところ。
木々が密集して見通しが悪く、何より出てくる魔物のほとんどが群れを成すので面倒だ。
落ち着いたところでそれぞれ騎乗していた動物から降り、薬草を集めながらの行軍だった。
晴れ渡っていた空は曇り、小雨が降っている。
旅をしているのだから天気が変わるのは仕方ない。
広陵とした荒れ地や昏い洞穴の中、視界が白く染まるほどの吹雪にだって見舞ったことがある。
だのに、そのどれよりも寒いと感じる。

「くにに、雨降ってきたー!」

ふいに腕に温もりを感じ、手が包み込まれる感触がした。
いつの間にか隣に見知った気配がする。
先程見た時は、一緒に連れ立っている三日月よりも集めるのだと離れていった気がするのに。
真っ白な銀髪を肩口にぐりぐりと押し付け、甘えてくる姿が可愛い。

「ん、そうだな。それでもすぐに止むと思うぜ?」
「え、そうなの?」
「蚤の市を開く時は占いで天候を確認してるからな」

それでも濡れるのは体調を崩しやすくなって良くないから、と剥き出しの頭にケープを被せてやる。
まるでてるてる坊主のようになった弟に、小さく笑みが込み上げた。
雨はどうにも、寒くなって仕方が無い。
だからこそ鶴丸もこうやって暖を取ろうとくっついてくるのだが、今はありがたい。

「さむいな」
「ん……くにに、まだ寒い?」
「ああ、少し……けど、お鶴が温かいから」
「おや、そんなにくっついてどうした?」

どうやら鶴丸の代わりに離れた場所を散策していたらしい三日月が、木の向こうから顔を出した。
戻ってみれば押しくら饅頭よろしく、似た顔がくっついて居るのだから驚いたのだろう。
先程まで楽しげだった鶴丸の様子もなりを潜めている。

「雨が降ってきたからか、寒くてな」

肩を竦めてみせれば、それ以上に驚いた顔をされた。
思わず、といった風に伸ばされた手を。

「――触るなッ!!」

鶴丸が吠えて牽制する。
いつになくピリピリと警戒している姿に、息を呑む。
人懐っこく気の優しい弟がここまで嫌悪を表すのは、まず見た事が無い。
それ以上に、まるで自分が傷付いたように泣きそうなそれに見えて困惑した。
何が鶴丸を、ここまで追い詰めるのか。
国永の知らない以前に、三日月と何かあったのは間違いない。
ああ、寒くて仕方が無い。

「……しかしな、そのままでは風邪を引いてしまうぞ。せめて何か雨よけを被らねば、顔色が悪い」
「……そうだな、少し雨宿りをしよう」

鶴丸の肩を抱き締めて大きな木の下に潜り込む。
荷物は汚れないように布で覆っているので、雨に濡れる心配も無い。
だから気に掛けるのは様子の違う鶴丸の事だけに集中出来るのに、どこかぼんやりと気持ちが定まらない。
薄布を一枚隔てたような感覚、とでも言えば良いのか。
現実味が薄い。
微かに震えてしがみつく鶴丸を、見下ろす。

「国永、鶴は……くに?」

三日月の声が近くから聞こえた。
顔を向ければ、目を見開いて驚く朝ぼらけの月と目が合う。
何かを言いかけ、そのまま黙り込む三日月は痛ましそうに眼を細めた。
よく分からない反応に、首を傾げる。

「鶴は、雨が苦手なんだ」

いつからそうだったのかは覚えていないけれど、雨が降ると鶴丸はこうやって抱き着いてくる。
自分が居ないところではどうしているのかは分からないけれど、いつも。
だから国永は、自分の様子には気付かずに鶴丸を心配した。
何かに怯えるように縋り付く鶴丸を、常には無い無表情で。
無表情と言うより、感情が沸かないと言って良いほどに、ごっそりと何かが欠けた顔で。
白い顔に血色は無く、唇も色を無くしている。
まるで極度の緊張状態にあるかのような国永に、怯える鶴丸。
そんな二人の、双子の異常を目にして、三日月は優しく微笑みを浮かべてふうわりとマントで包み込んだ。

「奇遇だな。俺も、雨は少々気落ちしてしまうのだ」
「……みかづきも?」
「ああ。他に、何か感じる事はあるか?」
「……さむい。さむくて……いやな感じがする」

ぼんやりと、小さく呟く国永の言葉に頷き、三日月は二人を正面から抱き締める。
驚いた鶴丸が身体を揺らして抗議するも、珍しく引く気は無いようで。
二人で肩を寄せ合って小さく丸くなっているせいか、すっぽりと腕の中に入ってしまう。
寒いと言ったから、熱を分けてくれようとしているのだろうか。
背中に回った手は、宥めるように擦られている。

「くに、お前は寒いと言ったな」
「……ん」
「それはな、寒いのでは無く……寂しいというのだ」

さみしい。
そう言われて、ぱちんと泡が弾けるように景色が鮮明になった。
国永は瞬きを繰り返す。
そうしてようやく、胸の中に溜まっていた息を細く長く吐き出した。

「くににぃ……」

心細く、泣き出す寸前の声で鶴丸が呟く。
ずっとずっと怯えていたのは、国永も一緒だったのだ。
兄が怯えていたからこそ、鶴丸もそれを感じ取っていたのだろう。

「つる……心配かけて、ごめんな」
「え、あ、ううん……大丈夫! あの、国兄は……平気?」

驚いた様子で見上げてくる愛おしい蜜色の瞳に、国永は微笑んで返した。

「うん、もう平気だよ」

微笑みと共に降る声は、熱を取り戻した温かいものだった。
more...!

片翼からの手紙。

やあ黒葉、俺から手紙を出すのは久々だな。
字が乱れてるのは今、荷車に乗りながら書いてるせいだから、気にしないで貰えるとありがたい。
思い付いた時に書いておかないと、またダンジョンに行ったりで滞るからな。
全く、ヒスイは相変わらず突発的に予定を決めるから困りものだ。
実は今もあいつの思い付きでお守りをしてる最中なんだ。
少し前に知り合った、えらく顔の良い男の話はしただろう?
濃紺の髪に朝ぼらけの目、虹彩が三日月に光る不思議な御仁、三日月の事だ。
三日前だったか、彼がギルドの見習いとして体験入団してきたんだ。
で、その世話役として俺が着けられたって訳。
教える事をリストにして貰ったんだが……あれ、薬草採取って俺がヒスイに言いつけた奴じゃ無いか?
少し前、考え無しに薬草の在庫が切れるまで調剤をしたんだ。(その数200!信じられるかい?)
まあとにかく、今はそのお使い中。
これからまた少しダンジョンに潜るから、その前に書いて出そうと思ってな、練習の為に荷車の御者を三日月に任せてるんだ。(結構揺れるから字を書くのが大変だ)
それと、お鶴も一緒に居る。
もちろん怪我はさせないよう気を付けるから、心配しないでくれ。
ってそうだ、この手紙を書き始めた理由なんだが、どうやら三日月も孤児院に居たらしいぞ!
俺達とは別の場所に居たらしいんだが、きみなら知ってるか?
お鶴とは面識があるらしいけれど……実は少し微妙な雰囲気でな。
ちか兄、って呼んでるから多分仲は良かったと思うんだ。
けれど妙に距離を取るし、近付こうものなら威嚇し始めるし、些細なところで張り合い始めるところが……。
三日月が人を探してるっていうのは、言ったよな?
あれは多分、お鶴の事だと思う。
正直、兄貴としては少し微妙な気分だ。
三日月は良い奴だし、話すと面白い。
妙に落ち着きがあって頼りになるわりに、少し間が抜けてる所もあって……見た目のわりに人間味がある所は可愛い。
お鶴がどんな態度をとっても笑って受け流す辺り、大人だと思う。
この二人、悪くはないと思うんだ。
お鶴が意識しているのは丸わかりだしな。
ずっと一緒に居たと思ってたから、俺の知らない所で知り合いを作ってたのが少し寂しい、ような気がする。
って、何を書いてるんだろうな俺は。
まあ、元気にしているから心配はいらないって事さ。
また近いうちに顔を出すよ、ちび共にもよろしくな。
それじゃあ、今回の報告はこんなところで。
国永。

夜と片翼。7

小狐丸が道中に加わってからは雰囲気も柔らかく、鶴丸も大分落ち着きを取り戻したようだった。
相変わらず国永の腕にひっついての行動だが、牽制はすれど話しかけられれば普通に返事をする。
ピリピリとした雰囲気、とくに鶴丸のそれには心労がかさんでいた国永は安堵の息を吐いた。
現在は王都から続く道のりの三分の一を過ぎた森の中だ。

「そろそろ野営の準備に入るぞ。この森はゴブリン種が出るから、見張りは交代な」
「はーい! 俺、さっきの川で水汲んでくる!」

ちょっとした旅行気分を味わえる野営は、鶴丸がことのほかお気に入りらしい。
国永としては見張りや火の始末、調理の手間を考えると面倒な事この上ないのだが、元気に笑顔を見せる弟は癒やしだ。
目下の不安は、暫定貴族である三日月が堪えられるのかどうか。

「ここや、鶴と一緒に行っておくれ。国永よ、カマドはこの場所で良いか?」
「ん、ああ十分だ。……何も言わなくても分かるんだな」
「うん、世話をされるのは好きだぞ? 手際は悪いやも知れぬが、未経験では無い故な」

森の中、ちょうど周囲が見渡せるほどの開けた平坦な場所に石を組み始めた三日月を見て驚きの声を上げる。
確かに旅慣れはしていないと言って居たが、やるべき事を把握しているのはありがたかった。
何より落ち着いた物腰で、こちらの指示を嫌がる事なくこなしてくれるのは高位の貴族ではあり得ない。
ガラガラと組む端から石が崩れているのは、この際目を瞑っておこう。

「三日月、カマドを組むのは俺がやるからきみは寝床造りを頼む。毛布やなんかの荷物は荷車に入ってるから」
「あいわかっ――」

振り向いた三日月と、予想より近い距離に仰け反る前に唇が触れた。
柔らかくて温かな感触が先に、続いて甘い香りが鼻腔をくすぐる。
肩が付くほど近い距離というのもあまり経験が無くて、それ以上に近い顔に頭が真っ白になった。
ぺろ、と唇を湿った何かがなぞる気配がして、肩が跳ねる。
逃げようとする身体は、頭の後ろに回った大きな何かで遮られた。
それがそのまま頭を撫で、耳をくすぐる様な動きをした事で緊張と混乱で固まる身体から力が抜ける。

「ん……ふ……んぅ、ん……」

何かを言おうとして、けれど言葉にならない吐息が漏れた。
一拍置いてそんな声を出しているのが自分だと気付いて、頬に熱が集まる。
三日月は、まだ離れない。
が、

「くににーッ!!」

いつの間に近くまで来ていたのか、絶叫する鶴丸の声を聞いて国永は目の前の身体を押しのけた。
次の瞬間には身体を衝撃が駆け抜け、半泣きの表情でしがみつく鶴丸が居る。
少し離れた場所では柔らかく微笑む三日月が居て。
先程の温もりと行為を思い出した国永は顔中、耳まで熱くなるのを感じた。

「国兄、他に何もされてないよな、大丈夫!?」
「え、お、あ、ああ、大丈夫。平気だ、ちょっと……事故っただけ」
「うむ、そうだぞ。振り向いたら当たってしまったのでな、役得という奴だ」
「ちぃーーかぁーーにーーーぃーーーッ!!」

役得というならむしろ自分の方ではないのかと国永は混乱しながらも、ただただ頷いて返す。
更に鶴丸の絶叫と抱き着く力が強くなり、感情の振れ幅が目に見えるようだ。
顔を真っ赤にして怒る弟の姿に、なんだか可哀想な所が可愛く思える。
そうこうしているうちに国永が落ち着きを取り戻せば、鶴丸は涙目で国永を引っ張り上げた。

「国兄、消毒! ちゅー!」

むんっ、と顎に力を入れて引き絞った鶴丸の唇が国永と触れ合う。
これでは消毒と言うより間接キスになるのではないだろうか、と驚きはしたものの好きにさせておいた。
そういえば、昨日はお預けをさせてしまったのだと思い出し、

「ふ、んむ……ちゅ、ちゅう……」
「ん、ぁ……むぅ……」

ほんのイタズラ心から、鶴丸の柔らかい唇を自身のそれで挟みこみ、舌でなぞり上げてやる。
慣れ親しんだ刺激へ敏感に反応しながらも、応えるように鶴丸が薄く口を開けた。
ついばむように感触を楽しみ、期待しながら及び腰になっている鶴丸の細い腰へ腕を回して引き寄せる。
薄く目を開いて顔を見れば、うっとりと濡れる蜜色の瞳があった。
気分を良くした国永はそのまま口内へと舌を差し入れ、逃げようとする舌の付け根をなぞり上げる。

「ちゅ、ちゅぱ……ぁ、はぁ、んむ……」
「ん……ちゅう、ちゅく……ちゅ、ぢゅ……」

飲み下せずに溢れてくる鶴丸の唾液は甘く、段々と応えるように絡められる舌に感じながら口を話した。
いつの間にか二人共、肩で息をしている。
くったりと力の抜けた身体を預けてくる鶴丸が愛らしく、愛おしい。
自分より僅かに細い身体を両手で抱き留め、背中をゆるく撫でてやれば、

「眼福だな」

横から聞こえた第三者の声に、二人共が同じ動作で肩を跳ねさせた。
そういえば三日月が一緒に居たのだ。
しかも鶴丸が汲みに行った水桶を、代わりに持っていてくれたらしい小狐丸まで居る。
鷹揚に微笑む美丈夫と、しらけた目で見てくるキツネに挟まれた二人は居住まいを正した。
今は何よりも顔を合わせるのが恥ずかしい。
それを知ってか知らずか、三日月はそれ以上追求することはせずに荷車へと荷物を取りに行く。
互いに赤い顔のまま、やはり鶴丸とも顔を合わせることが出来ずに国永は調理を、鶴丸はカマドを作りあげた。
空間鞄から麦、塩漬けの干し肉、薬草を取り出した国永は持ってきた鍋へとあけていく。
途中、小狐丸に水を貰ってそれらを煮浸し、適当な所で更に水を追加すれば簡易食の完成だ。
本来ならもう少し手の込んだ物を作れるのだが、今は恥ずかしさの方が上回っている。
と、そこまで考えた国永は疑問が頭をもたげた。
何故、ここまで恥じらいを覚えてしまうのか。
鶴丸とキスをする事、それ以上の触れ合いも常にとは言わないが盛んな方ではある。
他人に見られるのは可愛い鶴丸が減る気がして嫌だが、特段気になる方では無い。
むしろどうでも良いとすら言ってしまえる程で、幼馴染みに苦情を言われる事の方が多かった。
三日月とのキスは、

「……あれは事故だから、きすじゃない……」

そう、キスじゃ無い。
唇と唇がぶつかっただけ、当たっただけだからセーフだ。
すぐに顔を離さなかったのは、きっとお互いが驚いていたからだ。
頭を撫でられたような気がしたのも、耳に触れられたような気がしたのも、気のせい。
ただあの柔らかさは、

「国兄? ご飯出来た??」
「国永?」
「うわッ!?」

突如左右から声を掛けられ肩に手を置かれ、国永は跳びはねるほど驚いた。
今の今まで何を考えていたのかも真っ白で、すっかり忘れてしまうほど。
つられて驚いた鶴丸も跳ね飛び、三日月はきょとんと目を瞬いている。

「すまない、ぼんやりしてた」
「……う、うん……えと、見張りとかどうする?」
「そうだな、まずは……俺から見張りをしよう。二人は先に休んでくれ、その次は三日月で」
「あいわかった、休むときはここにくっついて寝ると良い。温かいし、あやつは野生故慣れておるからな」
「それは有り難い。今日の所は俺と三日月で回すから、お鶴はしっかり寝ておけよ。俺達より体力無いんだから」
「……むー……」
「明日からは期待してるし、日中は薪拾いや食べられる物の採取を頼むから」
「それなら分かった、俺に任せとけ!」

見張りの代わりに、と物を言いつければ素直に頷いてくれた。
索敵は三人とも手慣れているだろうが、鶴丸は冒険者適正が盗賊である事もあって目が良い。
こういう野営が続く場所では重宝される職業だ。
更に小回りも利くので、資材集めにも向いている。
それぞれに夕食となる椀を渡し、この後の予定を話しながら手早く空にした。
大雑把ながらしっかりと味付けのされた物を食べると腹が満たされ、最後に乾燥させて粉々に砕いた薬草を使った薬湯を振る舞う。
苦みのある独特な味がするが、気力と体力の回復を助ける為に野営向きの物だ。
それも空けてしまえば、後は自由時間となる。
小狐丸の横に三日月がしつらえた毛布の山へ腰を下ろすと、そういえば、と言い置いて三日月が顔を上げた。
改めて何か連絡する事でもあるのだろうかと、毛布を片手に首を傾げる。

「国永と鶴丸は恋仲なのか?」
「なッ――」
「い、今聞くのそれ!?」

鶴丸は本気で驚いたと言わんばかりに、国永は恥じらいから声を無くして絶句した。
空気の読めない男、三日月が微笑みを浮かべて小首を傾げている。
恋仲、という事は恋人という事であり、特別な仲であるという事になるのだ。
確かに国永は鶴丸を特別好いていて、愛おしい、愛していると感じる。
触れていたい、触れて欲しいというのは兄弟には行きすぎた想いだろうとも。
けれども、まさかこのタイミングで聞くのかと頭が真っ白になる。
結果、国永は何を言うことも出来ずに、

「俺は寝る! おやすみ!!」

それだけを言い置いて逃げるように小狐丸を枕に寝入るのだった。
残された鶴丸と三日月がその後何を話していたのかは、ついぞ知る事が無かった。

夜と片翼。6

国永は非情に気まずい思いをしながら道を歩いていた。
先程と違うのは、腕を絡めて傍らを歩く弟、鶴丸の姿がある事。
もう一人の連れ合いである三日月は鶴丸とは反対側で、一人分とは言わないまでも少し距離が空いている。
三人が向かっているのは蚤の市が開かれる三都間の中心地だ。
最初の2.3日を薬草を集めがてら進み、残りの行程は騎獣に乗っていこうと思っていた。
だが会話も無く黙々と歩き続けているなか、寄り道をしようとは言いづらい。

「……いつから」
「え?」
「いつから、国兄はちか兄と一緒に居るの」
「えーと、二ヶ月……か、それより少し前に露店を開いてたら話しかけられて、そこからたまに話すようになったんだ」

出会い頭に顔を見たいと言われた時は驚いた、と振り返り唐突に気付く。
三日月が人捜しをしなくなったのは、本人の言に寄れば国永と出会ってからだ。
あの時の切ない物を見る目は、探していたのは鶴丸だったのか、と。
今でこそ髪の色を染めているが、国永と鶴丸は双子である為に似通った顔つきをしている。
頻繁に顔を覗き込んでいたのも、恐らくは鶴丸かどうかの確認のためだろう。
瞳の色以外、白銀の髪も日に焼けない肌も、筋肉が付かない体質も全く一緒だった。

「……そうか、きみだったのか……」

ずっと、国永を通して鶴丸を見ていたのだろう。
疑問が解けてスッキリした気持ちと、もやもやと居心地の悪い気持ちが残る。
自分は存外、三日月を気に入っていたらしい。

「くにに?」
「お鶴と三日月は、いつ知り合ったんだ?」

心配そうに顔を覗き込んでくる鶴丸に笑みを浮かべてみせ、三日月を横目に見る。
一瞬鶴丸が目を見開いて、何かを言いたそうに口を噛んだ。
気になる反応ではあるけれど、すぐに俯いてしまったので答えは三日月から聞く必要がありそうだ。
彼もまた、困ったように微笑んで見せたが直ぐに口を開いた。

「そうだな……言ってはおらなんだが、俺は昔、とある場所に預けられていてな」
「とある場所」
「うむ。そこに、一抱えほどの子等が一緒に居る事になった。いとけなく、愛らしい子であった」
「一緒に、って……孤児院か! じゃあ俺達が居た場所に三日月も居たんだな。俺は知らないけれど、お鶴は会ってたのか」

妙な偶然だ、と笑えば三日月もまた笑って見せる。
確かに孤児院には子供が入ってはいけないと言われた場所が複数あった。
恐らくはその一つに三日月も居たのだろう。
好奇心旺盛で行動力のある鶴丸は、もしかするとその一つに入ってしまったのかも知れない。
まるで仲間はずれにされたような寂しい気持ちはあるが、何にせよ三日月が探していた人物に会えたのなら良い事だ。

「昔はちか兄、ちか兄と懐いてくれたのだがなぁ。兄は寂しいぞ……」

よよよ、と変な泣き真似をし始める三日月に、鶴丸が真っ赤になった顔を上げた。
そのままはくはくと魚のように口を動かし、やがてむうっと黙るとほっぺを膨らませ始める。
どうやら拗ねたらしい姿に、国永は笑った。
鶴丸が本気で嫌いな人間と会った時は、まるで国永みたいだ、と言われる。
一度だけじっと見つめてからは、後は最低限の会話だけで表情の動かなくなる様が似ているらしい。
確かに鶴丸より表情豊かな方ではないけれど、そこまで無表情でも無いんだけどなぁと思わざるを得ない。
とにかく、拗ねたものや距離を取っているけれど、それは気にしているが故の行動だ。
きっと久しぶりに会ってどうしたら良いか分からなくなっている、といった所だろう。
国永の影から見える鶴丸を見て、三日月はにこにこと微笑んでいる。
自分の知らない繋がりが、少し羨ましい。

「おお、そうだ。騎乗はせぬのか?」
「ん、あー……薬草を集めながら行こうかと思ってたんだけど。呼びだして一緒に歩いた方が動物も気持ち好いかもな」

大概は卵の中に在る自分の世界、とやらで呼ばれるのを待っているらしい事を考えると、触れ合える機会は取ってやりたくなってくる。
何より自然の中を歩くのは気持ちが好いのだから、きっと彼らも好きだろう。

「ふむ、向こうで用事を作る前に呼んでおくか。これ、小狐丸や。ここへ来やれ」

卵殻を持たず、無手を中空に差し出した。
てっきり殻から出すものと思っていただけに、謎の行動に首を傾げる。
一瞬、三日月の前に風が渦巻いたと思ったらふうわりと大きな獣が空から現れた。
頭の上にピンと立った二本の耳、優美な四本足で降り立った獣は知的な紅い目でちろり、とこちらを向き。
その背中、尾の付け根からは九本のふんわりとした尻尾が見える。

「キュウビ……!?」

牙獣種の中でも最強の一角とされるその守護動物は、気位の高さ故に主人を、背に乗せる者を選ぶという。
とんでもなく規格外の守護動物だ。

「うむ。小狐丸という、俺の半身だ。ここ、と呼んでやると喜ぶぞ」
「い、いや……俺は小狐丸で――」
「もふもふ……もふもふ……」

いつの間にやら隣に居た鶴丸が、目をキラキラと輝かせて小狐丸を見ている。
落ち着き無くもじもじと、うずうずとしている姿から察するに、触りたいのだろう。
確かにあれは、触ってみたいと思わずには居られないような、魔性性を感じる。
鶴丸と二人、三日月の顔を見上げ、

「さ、触っても……良いかい?」

緊張のあまり顔が熱くなるのを感じながら、聞いて見た。
鶴丸も真剣に三日月の返答を待っている。
口元を抑えた三日月は少しだけ顔を逸らし、視線を戻した時には手を放して微笑んで頷いてくれた。

「うむ、触ってよし。ただし、毛並みを乱されるのを嫌がる故、ついでに整えてやっておくれ」
「こんな大きいのを? 全身整えるとなると、相当時間掛かるだろう」
「ああ、ここは大きさを変えられるでな。小さくなれば肩にも乗るぞ」
「肩乗り! じゃあ俺肩乗りして欲しいー!」
「よきかなよきかな、当分歩くなら人目もあろう。小さい方が目立ちづらい、故にな、ここよ」

キツネの顔を見下ろしながら、苦笑を見せる三日月。
それに小狐丸は小さく吐息を落とし、

「ええ、ならば兄様に従いましょう」

確かに人の言葉で答えると、一瞬ぶるりと大きく身体を震わせて見る間の内に両手の平に載るほどの小ささになってしまった。
道具を使わずに姿を変えられるなど聞いた事が無いし、守護動物が言葉を話すなど更に聞いた事が無い。
驚きに固まる国永をよそに、鶴丸は喜色満面の笑みで小狐丸を抱き上げている。
三日月など、満足そうに頷いていて詳しい事を聞いても無駄だろう。
後でヒスイに聞いて見れば何か分かるかも知れない、と考えを留めて国永も眺める側に回る事にした。
more...!

夜と片翼。5

騎兵隊への道のりは石畳で整っているが、王都を囲む壁の外側にある為に移動はそこそこ面倒だ。
昔から王都内は騎士団が、王都外は騎兵隊が守護をしている事に由来するらしい。
店は職人区にある為、他の区画より近い方ではあるが人通りはそこそこ多い。
本来なら荷車の一つを連れ立つ人間に扇動して貰うが、如何せん相手は三日月だ。
道のりを把握しているとは言いがたく、荷車の扱いは知らないだろう。
そういった訳で、通常よりゆったりとした進みで騎兵隊用の荷車を、その後ろに蚤の市用の荷車を繋いでの行軍になった。

「そういえばきみ、騎乗用の動物は連れているかい?」
「ふむ、騎乗用とは遠くへ行くのか?」
「騎兵隊に届け終わった後にな、蚤の市っていう商売人相手の集会場に行くんだ。二月に一度は開いてるかな」
「ほう、その様な集まりがあるのか」
「たまに行き会った冒険者がフラリと来てる事もあるぜ。場所は三都間の中心くらい、途中で桜村へ行く道がある所だな」
「ほう、それはそれは。ああ、連れては居らぬが呼べば来るぞ」

呼べば来る、とは何とも不思議な物言いに国永は首を傾げる。
守護動物ならば生まれた時に入っていた殻を寝蔵に疑似召喚が可能なので、その事を言っているのかと納得した。
二人で横に並んで歩くのは新鮮で、つい三日月の顔を見上げてしまう。
その度に目が合って微笑まれるのだが、どうにも居心地が悪い。

「俺の顔に何か付いてるかい?」
「うん? いやなに、可愛い旋毛が見えるぞ」
「かわ……!? べ、別に低いわけじゃ無い」

そう、低いわけでは無い。
弟やヒスイよりは少し高く、平均的な身長な上に靴はかかとのあるブーツを履いている。
ただ、それより三日月の方が高いのだ。
頭一つ分とは言わないが、少しだけ国永の方が低かった。
何より可愛い等と、弟に言う事はあるが自分が言われる事は滅多に無く。
無性に身の置き所に困ってしまった国永は視線を巡らせ、三日月が帯剣している事に気付いた。

「きみの武器、剣……じゃないよな。カタナかい?」
「む? おお、刀を知っておるのか!」
「ああ。今から行く騎兵隊の副隊長が刀を使ってるんだ、独特で面白いよな」
「うむ、剣は叩き折る用途だが、刀は斬るのが用途故な」

ぽん、と手袋を着けた手で左側の腰を叩く。
反りのある種類の武器は刀だけではないが、どれも踊る様に振るっている姿が国永は好きだった。
そういえば桜村の蜃気楼を幻灯と呼んでいた事もある。
意外とそちらに縁があるのかも知れない、と考えて首を傾げた。
刀を使う物など、件の副隊長以外に国永は知らない。
最近になってようやく物流が盛んになってきた程度だ。
刀を生業と出来る程、技術が伝えられているとは思えなかった。

「きみのそれ、自分で打ったのかい?」
「はて、刀をか? 俺のこれは銘物だが、副隊長は鍛刀もこなすのか」
「ああ、使えればそれで良いんだと。てことは、名前があるのか?」
「うむ。三日月宗近という」
「ミカヅキ。三日月が、ミカヅキを使うのか!」
「ははっ、打ち除けが多い故、三日月と言うそうだ」

随分と洒落た名前だと話しているうち、気が付けば外壁を遙か遠くに騎兵隊の根城である古城が見えてきた所だった。
意外と話し込んでいる事に驚いたが、跳ね橋を通って内庭へ入った所で見知った姿が飛んでくる姿を見て更に驚くことになる。
いつも不思議に思うのだが、弟にはどうやら国永が来る気配というのが分かるらしい。
今回もそれを感じたようで、満面の笑みに両手を挙げて

「くーにーにーーぃ!!」

元気よく飛び付こうとした瞬間、びたりとその動きを止めて固まった。
てっきり抱擁されると思っていただけに両手を開いて首を傾げてみれば、見る見るうちに頬が膨れ上がっていく。
そこでようやく、今朝は弟を拗ねさせていた事を思い出した。

「お鶴、昨日は悪かったな」
「べ、べつに、国兄が悪い訳じゃ……でも俺ちょっと寂しくて、その……」
「うん、ごめんな? これから荷物を卸したら蚤の市やダンジョンまで足を運ぼうと思うんだが、お鶴も行くかい?」
「え、直ぐ行っちゃうのか!? どの位、レイリに聞いてくる!」
「そうだなぁ……薬草採取も頼まれてるから、のんびり行って探索して、二週間くらいかな。新入りの案内だから、いつでも戻ってこれるぞ」
「新入り??」
「ああ。紹介するな、こっちは弟の鶴丸。で、こっちは――」

国永以外が目に入っていなかったらしい弟、鶴丸の隣にずれて一緒に居た人物に顔を向ける。
瞬間、耳元でひゅっと息を呑む音が聞こえた。
目の前にはいつもより困ったように、淡く微笑む夜の人。
ならば聞こえた音の発生源は鶴丸であり、

「うそ……ちかにぃ……?」

掠れてか細い、迷子のような声だった。
ちかにい、とは一体誰の事かと思うのに、それが目の前の人物の事だと分かる。
彼が、ゆったりと頷いて見せたからだ。
朝ぼらけの瞳には鶴丸の姿が映っている。
そうしてその薄い唇が、吐息と共に開かれた。

「久しいな、息災であったか?」

まるで宝物に話しかけるように、優しく呟かれた言葉は知古に対するものだった。
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