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黒い蓮の花。

三条家というのは歴史も古く、平安から続く家系だと聞いていた。
かつては皇族とも繋がりがあり、華族であり。
そして、異能持ちを産み出す家系なのだと。
それはかつて、番になって直ぐに宗近から聞いた話でもあった。
ここが狐憑きと言われているのも、三日月の瞳を持つ故に宗近が孤独に育ったのも。
どういう異能なのかは最近聞いた。
心を惑わす月の恩恵を受けていて、相手の意思を奪う事すら可能だと。
それを聞いても、宗近が話す姿を見ていたら、愛おしさで一杯になり、彼自身が呪ってすらいる月が好きだと思った。
愛しくて、大好きで、守りたいと。
彼との子が欲しい、寂しさを埋めてあげたい、家族の温かみを一緒に感じたいと。
そう願って、ここに三条家の話を少しずつ聞く事にした。
出来れば宗近には内密に。

「文献に残る範囲で分かった事ではありますが、これが我が三条家の総てとは限りません。
闇に封じられた歴史の方が多いでしょう。あくまでも私の調べられる範囲の事で御座います。
それをお気に留めるよう、お願い致します」

ここはそう言って前置きを入れて話し出す。
これが決して総てでは無い、可能性の一つに過ぎないと。
国永はそれを聞いて思うのは、おとぎ話の出だしの様だという事だった。
どこか曖昧模糊に語られる内容は、自分で聞いておきながら現実味が無い。

「三日月の者は神の子、と申されます。その瞳に宿る月は遍く総てを支配する、と。
ですが……三日月の者が続いた様子はありませんでした。
子を成せた三日月の者が居ない故、妻は子を成せずに早死にを、三日月の者もまた……早死にをしておりました」
「早死に? それは疫とか、そう言った類いかい? でなければ、慎重に育てられている三日月の者が一代で常に絶えているだなんて……」
「いえ、疫では御座いません。他殺でも、謀殺でもありませぬ……狂い死に、です」
「狂い、死に?」

聞いた瞬間、それは一体何の病かと驚いた。
続いて心の病だと思い出し、それを否定した。
国永の知る三日月の者は、寂しさを秘めてはいても弱い人では決して無い。

「元々は三日月の者も他の子等と何ら変わりなく育てられて居たようです。
ですが、狂い死にの頻度が多く……集団自殺で一族が絶えそうになった事もあったとか」
「集団じ、さつ?」
「三日月の瞳の暴走、或いは心を喰われたのだと。瞳を持つ者には常に誘惑が付きまといます。本人にその気が無くても」

ほんの少しの節制を怠っただけの代償は高く付く。
そもそも常人の精神構造では、あまりに脆く粉々になってしまうのだ。
それ故の、神子として己を理解し、被害を防ぐ為の包囲監視。
関わる者も最小限に留めてしまえば、どちらが囚われた鳥なのかも分からない。
最愛の者ですら一族に決められた者を宛がわれ、宗近は唯一の家族を奪われそれを存在から否定した。
他の三日月の者にもそう言った者が居たかも知れない。
そうでなければ、何故自殺など……。

「私も異能故、兄様のお心は少し分かる気が致します。周りにどれだけ常人が居ようと、己は違うのだと感じます。むしろ居れば居るほど、孤独を感じます」
「ここ……」
「ですが黒葉は、私を受け入れて下さいました。この身の野生を、好きだと受け入れて下さる……とても幸福で、掛け替えのない想いが致します」
「そう言って貰えると、親友としても鼻が高い。……でも、そうか、感覚が元から違うから、不具合が出るのか……」
「私も兄様も、そが故と言いますか……他人では代用の利かない、自分を出せる仕事を好みます」

ここはモデルを、宗近はオカルト作家を。
どちらも独自の色味が濃く出る内容だ。
ここは野性味の溢れる、それでいて色気のある仕事をする。
宗近は登場人物の心中が読み取れ、それが複雑に絡み合った末のオカルトを。
ここはその本性を、宗近はその心中を慮っていて、それは彼らが育ってきた環境が故のもの。
それを思えば、彼らの妻になった者が何故狂ったか分かる気がした。
相手の果てしない精神性は、理解しようと追っても理解出来る物では無い、深淵に触れる行為に等しい。
分かってしまえば常人には堪え難く、分からなくとももどかしさに苦しめられる。

「国永、どうか思い詰めなさいますな。兄様は、貴方自身を愛しておられます」
「ん、うん? ああ、そうだな……ありがとう。一つ気になったんだが、長く連れ合った者は居なかったのかい?」
「そうですね、十何年と連れ合い居った者も居りました。全員が狂う訳ではないと思いますよ」

その言葉にありがとう、と微笑んで国永は礼を言った。
他に何か質問があれば自分に言うと良い、そう言ってここは黒葉との寝室に戻っていく。
暗い闇夜に紛れながら、国永は窓の向こうを覗き見た。
そこには淡く光る三日月が浮かんでいる。



研究室を出た帰り、呼び止められた国永は珍しく付き合いで飲みに行く事を決めた。
それは少人数だったのと、相手が信頼している先輩から誘われた為。
最初は自分への優位性を基準にする傲慢な人物だと思っていた。
国永に告白してきた事もあったが、殴り合って相互理解を深めた結果、お互いに丸い性格になったと思う。
人間嫌いを無視という形でいなすから敵対や余計な興味を引くのだと教えられた。
むしろ印象を良くして相手の心象を良くしておけば交渉が上手く進むのだと言われる。
それをこなす内に他人の心の掴み方などを覚え、弟を守りやすくなった。
彼自身は兄貴肌という奴だったのか、頼もしく信用出来る数少ない人間となり、先輩と呼ぶようになる。
更にもう一人、誘われたのがエンドローズだった為、国永は丁度良いと思った。
彼は留学生で年上だが、研究パートナーとして組んでいるので気心が知れている。
何より妖精の話などが多い地方の出身で、バース性という馴染みの無いモノの知識も深かった。

「なあエンドローズ、バース性って、αの子をΩが孕めるんだよな?」

もう何杯か分からないほど飲み明かし、意識も覚束ない。
珍しく率先して酒を飲んでいた国永がふと口を開き、そろそろ帰らないと家に辿り着くのも怪しくなる、と話していた所。

「そうねぇ、どうやって孕むのかは説明しづらいけど。子を妊娠して出産する時には出産口が出来ると言われてるわ」
「え、男に穴が空くのかよ。グロ……ッ!」
「母親だって普通に子宮から赤ちゃんを産むじゃ無い。同じ事よ? そうねぇ、こっちの分化じゃふたなりってあるじゃない?」
「分化じゃないから、妄想の世界だから。おい国永、お前も何とか言ってくれよ?」

無理だ無理だと否定する先輩――政宗を見て、国永は更に思考を深くする。
珍しく口の重い国永に、二人は顔を見合わせて首を傾げ合った。
国永が弟を深く愛している事、めでたく番になった事は聞いている。
その弟に何かあったのだろうかと心配をし、政宗は国永の肩に手を置いた。

「おい、俺達は仲間だろう? 悩みがあるなら、相談に乗るぜ」
「政宗先輩……」
「そうね、私に分かる事なら答えるわ」
「エンドローズ……」

真剣に悩む国永を見、何事も決断力の高い彼がここまで落ち込むとは一体何だろうかと備える。
そして国永は重い口を開いた。

「子を成しづらいαの子を、元αのΩが孕む事は出来る……かい?」
「元α? 誰の事?」
「……」

弟の事ならば検査の結果で純粋なΩだったと聞いている。
そもそも、αがΩ化するなど聞いたためしがない。
もっと深く分類したとしても、その話は聞いた事が無い、というよりは出来るはずが無いのだ。
人間一人を作り替えるに等しい行為、それは禁忌であり、出来るとしたらカミサマという奴くらい。
黙り込んだ国永に、嫌な予感がした。

「まさか貴方……」
「……愛している人が出来て、番になれたなら、孕みたいと思うだろう?」

据わった紅い瞳を光らせて片眉を跳ね上げる姿は、完全な酔っ払いだ。
エンドローズはαがΩ化出来る初の事例に驚き、絶句している。
政宗は国永の、弟以外の番を持ったという事に愕然とした。
そうしてまだ国永自身に欲を抱いていた自分にも。
常には冷めた表情で、信頼するが故に忍び笑いや無邪気な姿を見せる様になった国永の艶姿。
拝めるモノなら自分の手で暴きたかったのに、何故駄目だったのかと腹の底で憤る。
それでも政宗は表面上、祝って見せた。
惚れて敗北した男の意地だと。

「まずは国永にそんな相手が出来た事に乾杯しようぜ? 俺達も調べて見るからさ」
「何か不調があったりしたら直ぐに言うのよ? それと、おめでとう」
「……何だかこうやって祝われるとくすぐったいな」
「あら、祝われるくらい普段の貴方が冷めてるのよ」
「まあお前にそうやって思われてるんだ、相手は幸せだな」
「そう、か? ……そうだと、嬉しい」

頬を紅潮させて蕩ける紅い瞳を微笑みに変え、甘い色香を醸し出す。
それはまるで、愛される喜びを知った少女のようですらあり、政宗は嫉妬した。
自分にもチャンスがあったなら、きっと国永を幸せにしてみせた。
相手はただの通りすがりの、運が良かっただけの男だと。
そんな政宗の脳裏に一つの言葉が思い出された、快楽に落として孕ませる夢のクスリがある、と。
普通ならそんなモノ、と拒否されるところだが、今の国永なら、連れるかも知れない。
不可能だと思っていた国永堕としを出来るなら、悪い話では無い。
この場ではお互いに調べて何か分かったら国永に報告する事にし、これ以上飲み過ぎる前にと別れる事にした。
そうして政宗は携帯の番号から、後輩へと連絡をする。
夢のクスリを手にする為に。
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