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Feel My Heart









シュノは不意に重みを感じて眠りから覚めた。
暗がりの中、吹き抜けの中庭を見下ろす大きな窓に照らされて誰かが自分に股がってる。

しなやかな白い肢体は生まれたままの姿でぽたぽたと髪から水滴を垂らしているところを見るとシャワーを浴びてきたのだろう。
青年にしては華奢で小さな裸体にシュノの着物を引っ掛けて、俯いたまま動こうとしない恋人に不信を抱いたシュノはそっと頬に手を伸ばす。
頬はほんのりと濡れていた。

「泣いてるのか、レイリ」

俯いたままのレイリは何も答えない。
シュノはぎゅっとレイリの手を握って優しく話しかけた。

「俺にどうして欲しい?
言わなきゃ分からないぞ」

「………っ、ぁ…」

声を殺した呻き声を漏らし、レイリは少し顔をあげてシュノを見た。

「ぁ……の……」

必死に言葉を探しているような不安そうな声とは裏腹に、その瞳は光を無くしていた。
そうとうやられているなと当たりをつけたシュノはその暗い深海のような瞳から静かに零れ落ちる涙を拭った。

「シュノ………ぼくを、壊して」

普段意地っ張りで本当の弱みなんて絶対に見せないレイリが肩を震わせて涙を流している。
レイリはシュノの帯を解くと鍛え上げられた身体に触れる。

「……しゅの、欲しい」

触れた手が肌を滑り、唇から熱い吐息が漏れる。

「おいで」

シュノが手を広げて微笑むと、レイリは虚ろな瞳のままシュノに抱き着き、肌に唇を寄せる。
シュノはレイリが望むままにさせながら頭を撫でてやる。
愛しい子供をあやすように。

「シュノ……あいして、他の何も考えられないほどに僕を、あいして」

唇に触れるだけのキスをして虚ろのまま、レイリはシュノを受け入れるべく腰浮かせる。
下着も帯も放り投げ、入口に先端を宛がえばレイリの体が期待したように吸い付いて来る。
愛しくて可愛い恋人の腹を抉るように一気に突きあげれば、衝撃でレイリの体が大きく反り返り、反動で俯いていた顔が天井を見上げると同時に、ぽたぽたと暖かな雫が飛び散った。

「ひぁっ!」

腹の奥まで貫かれる感覚にレイリが小さく悲鳴をあげた。
しかし、それ以降レイリは口をはくはくさせながら体をふるわせて涙をこぼすだけだった。

「レイリ、顔を見せてくれないのか?」

困った様にシュノが笑いかけると、暫くしてレイリが涙でぐしゃぐしゃになった顔でシュノを見て、シュノの肩に手を置いて体重をかける。
反動で浮き上がった腰を上下に揺らした。
見てる方が切なくて、壊れそうなのを必死につなぎとめている感覚に歯がゆさを感じるも、レイリが自分を頼るのが嬉しくて、レイリの腰を掴んで激しく突き上げた。

「ひぁ!?っ、あうっ…」

なにかに耐えるみたいなレイリは見ていて苦しい。
普段なら甘い声を上げて蕩けた表情で鳴くのに、声を噛み殺して叱らる子供みたいに唇を噛んでいる。

「レイリ…俺の可愛いレイリ。

そんな顔するな、俺だけ見てろ」

「……っ、しゅの……僕、もう、苦しくてっ」

「我慢しなくていい、俺の前では。
泣け、誰も聞いてないから」

「んんっ、あっ、し、ゅの!」

ぽろぽろと涙を零すレイリの小さな体がいつもよりも余計小さく見える。
レイリが空虚なまま、泣きながらシュノの頬に手を伸ばす。

「しゅの、っ…すき、すきっ
ごめんなさい、すきなの、シュノが好き」

「なんで謝るんだ?
俺を好きなのは悪い事なのか?」

「ちがっ、そうじゃ……んあっ、ひぃう!
だめっ、ごめんなさい、も、もうイッちゃ……」

レイリが体をビクッと震わせながら白濁した欲を吐き出した。
同時に急な締めつけに搾り取られるようにシュノもレイリの中に精を放つ。

「……ぁ、んっ、シュノが中にいっぱい…」

少しだけ口元を嬉しそうに緩めるのを見て、シュノは安堵した。
相変わらずレイリは虚ろに涙を流す。

「なぁ、抱き締めてもいいか?」

「……んっ、ぎゅって、して」

両手を広げれば体を起こしたシュノが腕の中にすっぽり収まるレイリを抱き締めた。
頭を撫でながらあやすように背中をぽんぽんとすれば、泣きじゃくるレイリがしがみついて顔を埋める。
しばらく好きにさせてると、背中に手を回される。

「シュノ……抱いて」

泣き腫らした目でレイリがシュノにキスをすると、シュノが勢いよくレイリをベットに押し倒した。
背中に感じる柔らかなマットレスの感触と、優しく微笑むシュノと目が合い、柔らかく細められたその瞳にレイリの慣らされた体の芯が熱くなるのを感じた。
体が沈む感覚と共にキスで唇を塞がれ、そのままグイッと最奥を突かれる。

「んんっ!?ひぁ、んむ、ちゅ、ふぁあ」

「レイリ、ゆっくり息しろ」

「ん、んっ………はふ、んぁあ、らめっ、くるしっ」

瞼や頬と顔中にキスを落としていくシュノに、ようやくレイリが甘い吐息を吐き出していく。
シュノは呼吸の整わないレイリを導く様にキスで呼吸を合わせる。
その間、腰を揺らして柔らかく解れた内壁をごりゅっ、ごりゅっと擦り上げて行く。

「あぁんっ!シュノ、シュノっ」

呼吸の合間に必死にレイリがシュノにしがみついて名前を呼んだ。
余裕が無いレイリに対してシュノは冷静だった。
冷めてるわけではない。
愛しさは際限なく溢れ出て、傷ついたレイリを癒したいと思う反面で、レイリがこうなった原因の一端は自分にあるのだと知っているから。

「レイリ、愛してる。
何処へも行かない、大丈夫だ」

「っ!?あ、んっ、しゅ…の
すき、愛してるっ!!
どこも行かせない、ずっとそばにいて」

溢れる涙を拭い、何度もキスで唇を塞ぎ、有り余る愛をレイリの奥底に吐き出す。
ギリギリまで引き抜いてから一気に突き刺した事で、レイリは大きく体を反り返らせ、内壁をぎゅうっと締め付けながら身体をなんだか痙攣させた様に震わせて白濁した精を吐き出した。
目の前に火花が走ったようにチカチカする視界が元に戻る頃には、いつもの蕩けた表情で頬を赤く染めていた。

「はぁ、んっ…しゅのぉ…」

くたりと脱力したレイリの頬に手を添えれば擦り寄って甘えてくる。

「何を言われたんだ?」

「……騎士団に、シュノをよこせって……

無能な隊長の下で働くよりシュノの実力に見合った仕事が出来るって……あとは……」
そこまで言ってレイリが急に口ごもる。

「…言いたくないなら聞かない。
話せる分だけでいい。それで全部か?」

「………僕は……その可愛い顔とやらしい体でシュノを縛り付けてる、からって…
押し倒されて…そのまま………
それは別に、いつもの事だし気にしてないけど、でもっ、騎士団の偉い人が居て、近々シュノを引き抜きに来るって…
僕、それが怖くて……シュノと離れたくないっ…その為なら、何でもする」

また涙でぐしゃぐしゃになったレイリを安心させる様に顔中に沢山のキスを落として、シュノは微笑みかけた。

「馬鹿だなお前、俺がそんなの了承するわけないだろ。
レイリの、可愛い顔も、小さな体も、誰かの為にすぐ自分を削るとこも、イタズラして楽しそうに笑うのも、こうしてすぐ不安なって泣きついてくるとこも、どんなレイリでも俺の愛しくて可愛い大切な恋人で、なんでそんな愛しい恋人を貶して辱めたやつの下で働かなきゃ行けないんだ?

例え王命でも俺はお断りだ、お前以外に仕える気は無い」

「シュノ……えへへ、うれしい。
僕は騎兵隊だからってシュノの存在が安く見られるのがやだったんだ。
だからね、シュノが騎士団で名声をあげればシュノの評価は正しいものになるって言われて…僕がシュノの足枷になってるって……言い返せなくて…」

「俺が富だ女だ名声だのに興味が無いのは知ってるだろ?
今までも吐いて捨てるほどあっただろ」

「……うん。その度にこうして君に叱られてるよね。
僕を貶めるのにシュノを引き合いに出して褒めるってのは常套手段だけど、今回は……僕が金策の為に貴族と寝てるの知っていて、シュノも……そういう事してるんじゃって……君は僕より綺麗だから。
だから、それでちょっと訳分からなくなっちゃって……なんでシュノがそんなことない言われないといけないって」

黙って聞いていたシュノが少し不機嫌そうに顔を歪めた。

「レイリ。俺は今でもその金策に両手放して納得してねぇ。
だがそれが無いと遠征費が回らないのも理解してる。だから容認してる。
だけど俺はいつも思ってる、なんでお前がそんなことしなきゃならないんだって。
だからここからはお仕置だ。
俺の愛を疑った罰と、自己犠牲がすぎる罰!」

シュノは珍しく楽しそうに笑い、レイリの下腹部に手を添えた。
そこにある小降りなレイリ自身を片手に包み込んで緩急を付けて擦りあげる。

「ひぁ、んっ、ああっ!」

快楽に慣れきった体はすぐに甘い痺れと共にレイリの体を駆け巡る。
ギュッとシーツをつかみ快楽から逃げようと体を揺するが、かえって逆効果となりシュノのイタズラ心に火がついた。

「気持ちいいのか?腰ゆれてるぞ」

「は、ひっ!きもひぃ、しゅの、そんな、つよく擦っちゃ……ひぃんっ!!」

「だーめ、おしおきって言っただろ?

今日はお前の言うことは聞いてやらない」

ぺろっとシュノが唇を舐めてから半勃ちしたモノをぱくりと咥える。
ちゅ、ちゅっと先端にキスしながら小降りなそれを咥内で舌を使いねっとりと舐め回せば、レイリは大きな瞳から涙を零しながら恥ずかしそうに脚を閉じようとしてシュノの頭を抱え込む。

「や、ぁっ、しゅの、ごめっ、ごめんなさい、もうやめて、イく、イッちゃうから!!」

悲鳴のようにレイリの叫ぶ声が響き、シュノの頭を押し返すが、レイリの力ではビクともせず、逆にいっそう強く吸い上げられてレイリは声にならない悲鳴をあげて果てた。
ぐったりベットに沈んだレイリは指一本動かせず、息を荒らげながらシュノを見た。
吐き出されたものを飲み込み、口から話せば意地悪そうに笑うのシュノと目が合う。

「これで終わりと思うなよ?」

そう言うとシュノはレイリが引っ掛けた着物でレイリの体を包んで姫抱きにした。
向かう先はバスルーム。
温泉を引いた広めのバスルームに張られた湯船にレイリと浸かると、密着した肌から互いの体温が感じ取れる。
汚れた体を洗い清めるついでに、密着した体のあちこちをわざとらしく触ると、びくっと反応するレイリが面白くてついつい遊んでいると恨めしそうにレイリが後ろを振り返ってくる。

「シュノ…もうゆるして…お願いだから…」

「まだちょっと触っただけだろ?

こういう事に慣れっこのレイリ隊長はこれだけでもうギブアップか?」

ビクッビクッとシュノの愛撫にいちいち反応するレイリの顔にキスを落として、涙目になる。

「ふぁ、あ…だってぼく、もうシュノが欲しい…
お願い…好きにしていいから」

「俺の好きにしていいんだろ?」

舌先で首筋を舐め上げれば、間抜けな声と共にレイリが凭れ掛かってきた。

「いい子にしてろ」

首筋を舐められ、片手で包まれたモノをしごかれ、胸に這わせられた手が乳首を摘まんだり押しつぶしたりしていじくると、レイリが甘い悲鳴を上げる。

「あんっ、ふ、あぁっ、そんなに、いっぱい、同時になんて…」

「どうして?好きだろ?ここ弄られるの。

それとも、中にも欲しいか?レイリは欲張りだな」

「え…?ちが、そんな、今中に入れられたら…ひぃ、ああああっ!!」

ごちゅっと一気にシュノの剛直がレイリの中に押し込められる。
バスルームに響く音に、声に、レイリの脳が麻痺していく。

「ふぁあ…きもちぃ……しゅの、もっと!」

ありとあらゆるところを同時に刺激されてトロトロに蕩けた表情でレイリがシュノにすべてをゆだねる。
自分はこの美しい獣の雌だと体に、脳に、叩き込まれる。
何度か交じり合った後に、ぐったりと逆上せたレイリをシュノが寝室に運び、冷たい水を持ってくるときにはレイリは指一本動かせずにベットでぐったりと横になっていた。

「レイリ、そんな格好してたらまた襲うぞ。

浴衣はちゃんと前閉じろ」
シュノの夜着の浴衣を着たレイリは前をはだけるのも気にせずに窓を開けて外の風で熱くなった体を冷やしていた。

「誰のせいだと思ってるの?」

「半分はお前が悪いだろ。俺がこんなに大事にしてるのにすぐに俺を疑って。

まぁ、今度からはお前が拗ねるたびにこうして体に叩き込んでやるからいいけどな。ほら、水飲めよ」
レイリはけだるそうにシュノを見上げる。

「起き上がれない、飲ませて」

水を口に含み、口移しでレイリに水を与えると、暫くして弱々しく押し返してくる手に気が付き唇を話す。

「シュノ、ずっと僕のそばにいてね」

「ああ、いるよ。大丈夫だ。

あれだけされてまだ俺を疑うのか?」

シュノがレイリの隣に横になって頭を撫でると、寄り添うようにシュノの方へ頭を向けた。

「別に最初から疑ってなんか…。

ただ…ちょっと不安になって。
君が裏切るとかそういうことは無いって言いきれるけど、正当な評価とか引き抜きとか…
急に言われて少し混乱しただけ。ごめんね」

「判ればいい。それに他人の評価なんて俺はどうでもいい。

俺が気にするのはお前からの評価だけだ」

「それならずっと文句なしの満点だよ」

ふふっとおかしそうに笑うレイリに、シュノはこつんと額を合わせた。

「ようやく笑ったな。
まぁ当然だ、俺はお前の為に、お前は俺の為に存在してる。
多少不満はあれど、許容範囲だ」

「不満?シュノは僕に不満があるの?」

「ある。すぐ仕事サボったり、俺に薬盛ったり、自爆して凹むところも正直面倒だ。あとクソ神父の所に泣きつくのも気に食わない。
だけど、それをひっくるめてのお前だろ?そんなの嫌いになる理由にはならない」

「う……返す言葉もございません…
僕って実はシュノの事大事にしてないのかな…
これでも一応、君に釣り合う様になりたくて必死にあがいてるつもりなんだけど…」

しょんぼりと肩を落として甘える様に抱き着いてくるレイリを抱きしめて、シュノはどこか遠くを見ながらぽつりと漏らした。

「バカだな、レイリは。
そんな事しなくても俺はありのままのレイリが好きだって言っただろ?
これ以上いうとまたお仕置きするからな」

「いや、お仕置きはもう勘弁して…
焦らしプレイはそんなに連続してやるものじゃないって学んだ」

「お前はもう何も喋るな。
これ以上喋るとお前また同じこと繰り返すだけだぞ。
ほら、もう寝ろ。俺はどこにもいかねーから」

きつく抱きしめられた腕に安堵したようにレイリは頷いて瞼を閉じた。
自分の気持ちも、シュノの気持ちも、どこか柔らかな幻想の様な心地よさと一緒に意識のかなたに溶けて行った。
それは消えたわけではなく、心の奥深くまで刻み込まれた二人と絆と愛の証。


広いベットで抱き合って眠る二人を月明かりが照らしている。

泣きはらした目はもう、悲し気な色を払拭していつもの表情を取り戻していた。

明日の朝になればいつものように笑いながら愛しい恋人の名を呼ぶことだろう。



花が咲く。

年に数度ある身体の不調を感じながら、国永は下層の慣れた道を歩く。
頑丈さがウリのαではあるが、日頃から番の為にと酷使しがちな為によくある事だった。
こういう時は温かい物を食べて横になっていれば二、三日で回復する。
けれど一分一秒も惜しいと感じてしまうのは、弟に苦労を掛けたくないという兄の意地だろうか。
Ωというだけでろくな仕事もなく、ひとたびヒートが起これば隔離せざるを得ない最愛の番。
病気ではないから治療のしようもなく、対処療法でやり過ごすしかない。
唯一の救いは、最近出来た友人のお陰で良質な抑制剤が手に入るようになった事だろうか。
上層の住人たちの中でも特に有力者とされるαの友人、三条宗近。
彼に出会ったのは、国永がヒスイの頼みで上層に通うようになった事がきっかけだった。
情報収集と簡単な小銭稼ぎの為に感じもしない身体を売っていた時に、宗近が国永を買ったのだ。
酷く焦った様子で、執心していたように思う。
黙って立っていれば女に見えなくもない儚げで整った顔が気を引いたのか。
Ωである弟は抱く度に気持ち良さそうな蕩けた表情をし、愛らしく鳴いて熱を乞う。
そんな様子を、溶ける穴の熱を知っている方からしてみれば骨ギスで具合の良くない身体を好き好んで買うなど、気が知れていた。
感じるフリは出来るが貫かれる痛みに身体が硬直するのを、後ろから抱かせる事で誤魔化し続ける。
今はヒスイ自身が宗近と関係が出来たため、国永がわざわざ上層へ足を運ぶ必要もなくなってしまった。
必然、ウリをする機会もなくなり。
それでも抱かれる事を好まない筈の自身に目を背けながら、宗近との身体の関係は続いている。

「……そういえば、話しがあるとか言ってたな」

気だるい身体を引き摺っているせいか、詮無いことを考えてしまった。
ろくに結論の出ない思考に、ため息を落とす事で蓋をする。
今日の予定は久方振りの宗近の訪問と、弟の鶴丸もこの日の為にと何かを意気込んでいたようで。
食事の支度は任せており、買い出しも済ませている。
ゆっくり帰路につく事にしようとした大通りの奥、赤い煉瓦の建物が目に付いた。
幼少期、親を亡くした鶴丸と二人で預けられ脱走した名も無き孤児院。
Ω13地区には他に2カ所、教会付属の孤児院がある。
ここだけは教会の神父が運営に携わっているのに、教会と隣接して居ない。
理由は国永にも与り知らないが、そこの院長は親友が着いていた。
この間、新薬の抑制剤を鶴丸の目の前で使用して倒れた時に世話になったらしい。
顔を出して挨拶をしようか迷ったが、結局重い身体では更に心配を掛けるだけだと自重する。
当初の予定通り、家へ帰って横になろうと身体の向きを変えて歩き出した。
どこから流れて来たのか、甘い香りが鼻先を掠めた気がした。


横になっている間にやってきたらしい宗近を向かえ、鶴丸特性の味の薄いシチューで食卓を囲んだ夜。
狭い寝室で大人三人、顔を付き合わせる中に沈黙が降りていた。
宗近は何度か口を開こうとしていたのだが、その度に何かを考え込むように顔を伏せてしまい。
鶴丸もそんな宗近に遠慮してか、意気込んでいた割りに静かだ。
話すのなら早く済ませて欲しいと思いながら国永は二人をのんびりと見守り。
やがて、宗近が小綺麗な顔を苦しげに歪めながら口火を切った。

「この街の大通り、ヒスイ殿の店が在る方とは反対の突き当たりに……赤い煉瓦の孤児院があるのを知って居るか?」
「……は、こじいん?」
「あの、ちか兄……その孤児院、俺達が昔――」
「つる」

今更脱走した事を知られたところで意味など無いだろうが、宗近の考えが読めないうちはと鶴丸を止める。
慌てて口を両手で抑え、目には見えないケモノの耳を垂らした鶴丸は落ち込んだ顔で黙り込んだ。

「そこはな、昔……俺も居たのだ」
「え? まさか、ちか兄も孤児……?」
「いや、しかし……きみみたいな奴が居たなら知ってる筈だが、どこに居たんだ?」
「うむ。院長室からのみ通じる中庭の奥、窪みのある桜の木を過ぎた所にな……」

宗近の言葉を聞いた瞬間、国永の視界に緑が弾けた。
院長室の奥、そこは孤児達には立ち入り禁止の中庭が確かにある。
大きな窓から覗く庭には様々な植物が栽培されていて、危ない物もあるからというのが理由だった。
けれど国永は誰も居ないのを良いことに、泣きたい時にはこっそりと入り込んでいたのだ。
身体が小さいから、色が白いから、様々な理由で子供達は鶴丸を、国永をからかいの対象にした。
弟の前では泣くまいと頑なに我慢を貫いた国永が、唯一気を抜ける場所。
誰も居ない庭の片隅、大きな樹の根元にある窪みの中で。

「……けど、きみを知らない」
「くににぃ……」
「あそこに教会が併設されて居らぬ理由はな、三条の子飼いだからだ。当主になれぬαを囲う為、あの奥には屋敷がある」
「いや、違う、違う場所だ。だって俺は、そこを知らない」
「……知らぬのなら、違う場所やも知れぬな。それに俺は幼少のみぎり、女児の格好をしておった故」

言い回しが古風な為に一瞬理解しかねるが、それがつまり女装で過ごしていたのだと言う事に気が付いた。
今は成人男性らしく、一見すると細身だが体格に恵まれ鍛えた身体を持っている事を国永は知っている。
光りに透けると深い群青にも見える黒髪は艶やかで、細められた朝ぼらけの月が浮かぶ瞳は涼やかだ。
鼻筋も通っていて、ほっそりとした顎のラインなど文句なしの美丈夫である。
女の格好をしたとて、そう違和感はないだろう、体付き以外は。
けれど完成された造形美は、幼少の頃から際立っていたに違いない。
からかいの対象にはならなくとも、他人の興味が引かれるのは間違いないだろう。
だのに、そんな麗しい子供の話しを聞いた事は無い。
時に狡猾な嘘をつくだろう機知に長ける人間だが、瞳には誠実な色が浮かんでいる。
だから、嘘では無い。
けれど、認める事も出来ない。
口止めをしてから暫く、落ち込んだ表情で考え込んでいた弟、鶴丸が不意に顔を上げる気配がした。

「……もしかして、ちかちゃん?」

more...!

記憶のオリ。

うららかな日差しが目立つようになって早数日。
風が強い時は砂塵すら舞う下層だが、冬の身を切るような寒さが和らぐのは好ましい事だ。
けれど春の気配が漂うようになったのとは真逆に、

「……はぁ……」

三条宗近は落ち込んでいた。
今居る場所は下層、Ω13地区。
最愛の子等、国永と鶴丸が世話になっている薬屋だ。
Ωである鶴丸の為に抑制剤を卸すことが決まって以降、店主ヒスイとの関わりが増えた。
女性とは思えぬほど粗野な振る舞いに驚いたのは一度や二度では済まない。
けれどそんな細かい事を気にするほど、宗近は繊細ではない。
気鬱の原因は鶴丸の一言が発端だった。

『国兄は、俺の為に孤児院を出たんだ』

どういった流れでそんな話になったのか。
今までの暮らしぶりを聞いていたのだったか、幼い頃の話しをしていたのだったか。
もはや記憶の彼方で預かり知れない事だが、孤児院を出たという言葉が宗近には衝撃だった。
数少ないとは言え下層に併設されている孤児院は教会が運営し、確かな衣食住を提供される。
その安息から抜け出る程に追い詰められていたのかという困惑と、疑惑。
三条家は古くからコロニーにあるαを有する華族であり、血筋を残す為には子を成す義務がある。
けれど家として認めるのは家長のαただ一人。
決してαの輩出率が少ないという訳では無い。
家長以外のαは予備として別の場所に"保管"されるのだ。
宗近もそうして保管されていた予備の一人だった。
幼い頃、世話役のアンドロイド一体と二人だけで小さな屋敷に暮らしていた。
三条家が教会と提携する事で保管場所にしていた、孤児院の片隅にある屋敷だった。
人の出入りは許されず、宗近も狭い中庭しか知らぬ。
物心ついた時に連れてこられたその場所。
母は精一杯の温もりを分け与え、父は最上の者としての誇りを託してくれた。
お陰で、宗近は多少擦れた子ながら人として腐らずに生き。
誰にも知られず、ただ老い朽ちていくのだと思っていた。
そんな生き方が寂しいと気付かせてくれたのは、真白の温もりだった。
中庭を抜けた先、院長室の前庭で。
言葉も涙も忘れた人形の様に、ただそこにあっただけの少年。
次第に話しを、笑顔を取り戻していく様は胸が震えて。
涙を人に見せようとしない強がりな少年の、泣ける場所になりたいと思った。
共に生きたいと思うようになった。
だからそれを伝えようとした、矢先。
家長の候補であったαに不備が見付かり、宗近は"家"に戻された。
伝手を頼りに少年を探せば、彼は死んだと聞かされて。
失意の内に国永と出会った。

「……はぁ……」

吐き出す息と共に、胸のうちに凝ったものが出ていきやしないかと願う。
今のところそれが叶った覚えはない。
それでも出てしまうのがため息であり、

「いい加減うざいんだが?」
「……む、あいすまぬ」

同じ室内に居たヒスイが顔をしかめながら手元のカルテから顔を上げた。
対面に座りながら用意されたハーブティに口を付け、漏れ出そうになる息を呑み込む。
ヒスイは表情を変えず、面倒くさそうにテーブルへとカルテを投げ捨てた。
人の情報を無造作に扱うなど、医者ならば苦言をあげられる事だろう。
けれどもヒスイは医者ではなく、そしてその情報が己の物であるから気にもならない。

「俺はカウンセラーじゃねぇ、相談なら他所でやってくれ」
「ふむ、これは異な事を。俺もそなたを心療医とは思っておらぬぞ?」
「……どうだかな。で?」
「うん?」
「何が気になる」

渋い顔をしながら、相談は受けないと口にしながら、結局話しを聞いてくれるらしい青年に笑みがこぼれる。
何だかんだ面倒見の良い、気優しい人柄なのだろうと思えた。
居住まいを正し、何から口にしたものか一寸迷い。
けれど隠そうとしたところであまり意味は無いと思い直して素直に話す事にした。

「鶴がな、孤児院の出だと言っておった」
「ああ」
「ヒスイ殿は下層の特性をご存じだろうか?」
「隔離、管理、培養……あと何だ?」
「いや、概ねそんな所だろう。とくにαとΩについては綿密な管理が成されて居る」
「……へぇ、つまりあれか。Ωの鶴丸とαの国永が外を出歩いているなら、脱走した、と」

切れ長の眼を細め、口元に笑みをはきながら声を潜めてヒスイは言う。
まるで猛禽の鳥のようだと宗近は思った。
同時に、狩る対象であるかも計られている。

「その事自体に何を言うつもりもない。あの子等が決めた事ならば、必要だったのだろう」
「……ふーん?」

一瞬にして気を抜き、目を和らげながらヒスイは首を捻った。
つまり何が言いたいのだと、沈黙で問いかける。

「……そなたは、あの子等が出てきた孤児院を知っているだろうか?」
「知ってるなら?」
「教えて欲しい」
「何故」

短い応酬は、わざとだと知っている。
何気なく首を捻っているようで、色の見えない目はこちらの動きを探って居た。
恐らく宗近の知らぬ所でもこうやってヒスイは二人を守っていたのだろう。
隠したまま情報を引き出せる相手でもなく。
そうするだけ時間の無駄だという事も分かっていた。
耳に残る甘い呼びかけを思い出しながら、一度だけ目を固く閉じて姿を追う。
白い肌に白い髪、似通った顔立ちの少年達。
赤い瞳には長い睫の陰が落ちていた、宗近に寂しさを与えてくれた初恋と。
蜜色の瞳は大きく、陽だまりを教えてくれた初恋。

『ちか』

二人がそう呼んでくれたから、宗近は名を忘れずに人として居られたのだ。
よすがに思い耽るのをやめ、目を開けた。
彼らを思い出す度、胸の甘さに笑みがこぼれる。

「初恋の行方を、探している」

声は、掠れて小さなものだった。
聞こえているかも定かではない。
けれどヒスイは驚きに目を丸く瞠ってから、肩の力を抜いて脱力した。

「純情かよ……お前、その顔でそれはないだろ……」
「む、顔か? 褒めそやされる事はあれ、否やと言われた覚えはないが」
「ああ、ああ、そうだろうよ。素敵なご尊顔って奴だぜお前」
「はっはっは、そうかそうか。褒めて良し」
「ったく……調子狂うぜ」
「うむ、して」

次第に頭を抱え始めたヒスイに、事の次第を問い詰める。
こうなれば、とことんまで話し合う心づもりであった。
今度はヒスイが一つ大きなため息を吐き、白い兄弟に出会った時の事を話し始める。
出会いは、瓦礫の山だった、と。

「あの二人を囲うつもりなら、やめておいた方が良いと言おうと思ったんだがな……」

そう前置いてから知らされたのは、3人がどうやって生き抜いてきたかというものだった。
Ωである鶴丸は、他言されるような虚弱さなど見せず他人と変わりなかったこと。
初めはヒスイにバース性の知識が無かった事もあり、抑制剤もない中で考えられる対処方を取ることにした。
αとの番。
幸い、αはすぐ傍に居た。
想い合うαとΩ同士、なんら問題も無いように感じ。
実際、初めの数年間はそれでヒートを上手くしのげていたようだった。
なのに、

「国永が二十歳を過ぎた頃からか……鶴丸のヒートによるフェロモンを抑えられなくなってな」
「ヒートを? しかし、Ωは番った相手にのみ……」
「そう聞いてるし、俺には感じない。が、強弱はあれど他に漏れてるらしい」
「……国永が噛んだ痕は」
「残ってる。そんな訳で、鶴丸は未だに抑制剤が必要なんだ」

肩を竦めながら軽く流される内容に、宗近は口元に手を当てて考え込んだ。
もし新種のΩならば、確実に研究所なりに囲い込まれるだろう。
それでなくともΩは数が少なく、劣勢遺伝子だというそしりを受けていた。
鶴丸の意思に関係なく、番という安全性が働かない限り孕み袋としての扱いを受けるだろう。
誰とも知れぬ相手に組みされるか弱い彼が脳裏を過ぎり、吐き気が込み上げた。

「で、だ。今回お前に検査を受けて貰ったのはαのデータが欲しかったからだが」
「――む?」
「多分、鶴丸に問題は無い。あいつは通常のΩ検体と同じだ」

通常の検体と同じ。
確実ではないにしてもヒスイにそう告げられ、宗近は詰めていた息を吐いた。
Ωというだけで弱者と断じられる世界。
そんな中で更に惨いことにはならずに済むと、安堵に身体の力を抜く。
けれど、鶴丸に問題が無いと言う事は――

「国永の身体な……Ωでいう、子宮みたいなものがあるみたいで」
「……し、きゅう?」
「ごく稀に、αからΩに転向する奴が出るんだろう? 仮性Ωっていうんだったか」
「まて、それは……それでは、国永は……」
「ホルモンバランスの崩れが原因だろうな。どちらの要素もあるってのは、つまりどっちつかずって事だ。実際に妊娠可能かは俺には判別不可能」

せっかく安堵したというのに、頭は尚酷い混乱状態だった。
つまりΩの要素を持っているからαになりきれず、番った相手にも支障が出てきた訳で。
けれどαでもあるから抑制にはなっている。
ならば、国永が今後Ω側に傾く事はあるのだろうか。
そうなった時、鶴丸はどうなるのか。
伏せていた顔を上げヒスイを見ても、肩を竦めて首を振るばかり。

「国永の問題はそれだけでもないんだ。あいつ、首にテーピングしてるだろ」
「う、む……初めはΩの貞淑帯かと思ったが」
「上層じゃΩでも身を守れるようになってんのか。こっちだと番の証しに左手小指の指輪くらいだな。……じゃなくて、あれな、抑制チップなんだ」
「……よくせい? だが、Ωではないと……」
「ああ、そっちじゃない。脳、海馬への抑制チップだ。記憶をいじくってんだよ」

脳、と口にしたところでこめかみを人差し指でトントン、と叩いてみせるヒスイ。
幼少期ないしトラウマを患うような出来事により、日常生活すら困難になった者に施される措置らしい。
荒療治が過ぎる気もするが、そうでもしないと廃人になりかねない、と。
聞いて、何故か空虚なガラス玉の赤い瞳を思い出した。
恐らく、そうなった人間を宗近は知っている。
小さな身体が反応もせず、人形の様にただそこにあるだけだった。
触った時の温もりだけが確かなもので、目を離せず、どんな風に笑うのか気になった。
どんな声をしているのか。
笑って欲しい、名前を呼んで欲しいと強く願い。
それが叶った時の、救われるような気持ちを知っている。

「何があったか鶴丸は覚えて無いし、国永も知らない。物心ついた時からしてるってんだから相当な年期だろうよ」
「……」
「問題ってのはな、そのままにしておいても害になる部分があってな。国永はそれが顕著なんだ」
「……一体、どのような……」
「過覚醒、痛覚の鈍化、身体の制御が外れやすい、過労、記憶障害……感覚器機械化症に似てるが無自覚、下手すりゃ寿命が縮むんだよ」
「じゅ、みょう?」
「つまり、脳みそに負担を掛けすぎて早死にするって事さ」

何でも無い事を語るような軽さで、ヒスイは口にした。
それは、近い将来彼が居なくなると言う事実を、分かりやすく、呑み込みやすく。

「そもそも本人が耐えきれない部分を誤魔化す、時間稼ぎのようなもんだからな」

壊れ、散ってしまいそうな者を繋ぎ止めるための措置。
国永は上げられた症状のどれもが、当てはまっている。
下層から上層への侵入など、ただのαには荷が重い上に容易ではない。
可能にしていたのは、そう出来るだけの理由があったからか。
眠るのが得意ではないとも言っていた。
直ぐに目が覚める上、2.3時間寝ればそれで十分なのだとも。
もし、もしも記憶の中の少年が国永だとすれば。
忘れてしまうだけの要因が、あったのだとすれば。
あの柔らかな微笑みに、会えるのだろうか。

「そのチップを、外すことは出来るのか……?」

答えを待つ間、背中に冷や汗が流れるのが気持ち悪かった。
逸る心臓の音でヒスイの声を聞き逃さないよう、唇の動きに注視する。

「出来る。後遺症は……まあ無い、一応な」
「ならば――」
「――ただし、外すと必ずリバウンド、精神の揺さぶりが起こる。1.2ヶ月と言われているが、どのくらい続くかは分からん」
「リバウンド……そうか、それもあり得るか……」
「心療内科は俺の性分じゃないし、得手でもない。本能が剥き出しになって凶暴化されても対処出来ん」

一日中面倒を見ることは、一人の人間では不可能だろう。
なまじ、国永への依存度が高い鶴丸が傍に居ては満足に診る事も出来るかどうか。
一人を治療するために患者を二人抱えるのが得策でない事も分かる。

「国永にとっては治療をしたら少し記憶が抜ける程度だと伝えてる。けれど、鶴丸の事があるから踏み切れないと言われた。ここじゃ拘束も出来んしな」
「……拘束が出来、常に人の目があり、鶴への配慮が出来るなら……頷いてくれるだろうか」
「さてな? 今のままで不足はない、の一点張りだ。……ああ、執着心の増加も症状の一つだったな」
「……そうか」
「まあ、どっちつかずともなるとどんな影響が出るかも分からんからな」

αの本能に溺れる程度ならば、鶴丸に無体を強いることになっても対処のしようがあるだけマシ。
Ωの本能が出るならば――

(国永を、手に入れられる……か?)

欲に溺れる上層の人間を嫌っていたというのに、結局は自分も同じ穴の狢なのかと苦いものが込み上げた。
それでも、あの真白の青年達が手に入るのならば。

(いや、俺が願うのは……あの子等のさいわいだ)

手に入れるばかりが幸せとは限らない。
何よりもあの笑顔を守りたいと、見続けたいと思ったのなら。
踏み込むべきではないのだ。
そう飲み下そうと思うのに、喉が張り付いて上手く呼吸すら出来そうになかった。
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