スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

花吐き2


あれから数日後、レイリは復帰した。
にこにこ笑みを浮かべながら、いつもと変わらない態度で接してきた。
ただシュノには判っていた。
レイリの心は死んでいる。
張り付けた笑みを浮かべ、表面上は繕っても前のような柔らかな雰囲気は感じられない。
冷たい氷のように、レイリは瞳に闇を写しながら隊長として求められるがままに存在し続ける。
シュノにはそれがどうしても気に入らなかった。
何故なのかは判らない。
ただ心が酷くモヤモヤする。今までこんなことを感じたことのないシュノは戸惑っていた。
レイリの事が妙に気になる。イライラする。
レイリはいくら問いただしても張り付けの笑みで何でもないよと言うだけだ。強情にも程がある。
それでもシュノの機嫌はどん底に悪く、レイリの顔を見ないように騎兵隊の隊舍から離れた。
街にでて、散歩の次いでに王都の繁華街をブラブラと歩いていると、派手な身形の娼婦がこちらに歩いてくるのが見えた。
「お兄さん、遊んでかない?」
「僕未成年なんで。」
「あら、じゃあ黙っててあげるからお姉さんといいことしない?」
正直こういった経験は初めてではない。
魔性の美を持つシュノの容姿はとても目を引く美しさで、それ故に遊び相手に困ることもない。
愛されると言うことを理解できないシュノは、好きな相手も恋人もいない。だから誰かに操を立てるような真似もする理由もなく受け入れてしまう。所詮はストレス発散の道具位の認識しかシュノにはなかった。
シュノと一夜を供にした娼婦は、鼻高々に店から出ていくシュノの背中を見送った。
繁華街を出たのは明け方近く。騎兵隊の宿舎の扉を開けると、寝間着にストールを羽織った姿のレイリが花壇に水をやっていた。
そう言えばレイリは花が好きで育てていたなと思い出すと、そのまま水をやっていたジョウロを片手に宿舎の扉を開けたところで、急に咳き込み始めてその場に踞ってしまった。
咳はまるで喘息のようになって、苦しそうに喘ぐレイリを宥めるかシュノは迷った。
暫く咳き込んだあと、立ち上がったレイリの足元には無数の花びらが散っていた。
「あー…またかぁ…」
疲れたような声色でレイリは花びらをかき集めた。
真っ赤な薔薇の花びらがふわり風に舞った。
「あ…」
慌てて花びらを追い掛けると、足元に置いてあったジョウロに躓いて転びそうになる。
転ぶ…と身構えたレイリはいつまでたっても衝撃がやってこないことに目を開いて辺りを確認した。
「え、シュノ…?」
「何してんだ、おまえ」
シュノがレイリを抱き留めてくれたお陰でレイリは怪我ひとつなく無事だった。
「あっ、花!?花には触ってない!?」
ほっとしたのも束の間、レイリは慌ててシュノの着物を掴んだ。
ふわっと薫る麝香の香り。
「シュノ…お香つけてる…?」
「は?」
「あっ…いや…シュノから何かお香の香りがしたから…」
「…あ、ああ…まぁ…」
シュノが気まずそうに頭を掻いた。
レイリは何となく何かを悟ったのか、ごめんと呟いてシュノから離れた。
「ありがとう、それじゃ僕はもう行くね」
花びらを拾い集めて、レイリは逃げるようにシュノから離れた。そのレイリの顔が死人のように蒼白だったのをシュノは見逃さなかった。
「何なんだよ…クソッ!」
やり場のない怒りを納める方法も思い浮かばず、シュノは自室に戻り、乱暴にベットに体を横たえた。
言いたいことがあれば言えばいい。今のレイリは言いたいことが言えずに居る顔だ。
しかしながらレイリはそれを口にしようとしない。口にせずに耐える、それが罰であるかのように。
少なくともシュノはいい加減うんざりしていた。
自分を見る度に辛そうな顔をされては嫌でも気になってしまう。
問い詰めてもレイリはいつものようにはぐらかすのだろう。
「なんであんなに気になるんだよ…」
シュノはやり場の無い感情を自制するすべを知らず、討伐の任務を多く入れてもらえるよう進言しようと考え、ゆっくり目を閉じた。
今日は非番だ、誰にも…特にレイリには会いたくなかったので一日ベットに潜り込むことを決め込んだ。
面倒事はもうごめんたった。
その手のひらには赤い薔薇の花弁が握られていた。



「シュノに…あやまらなきゃ…」
シュノから逃げるようにして自室に戻ったレイリは、ドアを背に早鐘の様に脈打つ心臓を落ち着かせるためにその場に座り込んだ。
ごほごほと荒い咳を繰り返しては花びらを撒き散らす。
カーテンで遮られた日の当たらない部屋で、レイリは虚ろにその花弁を眺めた。
「シュノは…どんな花が好きかな…
このまま…君の好きな花になって、手折られて、君に香りをまとわせてもらえたら…
すごく、しあわせなのにな」
レイリは最早シュノの側に居られさえすればそれで幸せだった。
こんな烏滸がましい想いを抱きながらも側に居させてもらえるだけで…
「そう、満足なんだ…だから、大丈夫…」
まるで自分に言い聞かせるように何度も声に出す。
レイリの瞳に光が宿ることはなかった。
「シュノ…愛してる…」
花弁を散らばせた中でレイリは薄く笑みを浮かべた。
「けほっ…ごほ、ごほっ…」
それでも、そんなレイリを嘲笑うように花弁は辺りに散っていく。
レイリはそのまま部屋を片してベットに横になった。
今日は休みだったし、花吐きが酷い日は仕事の邪魔だから来るなとノエルにキツく言われていた。
窓から眺める王都の景色はまだ静かなもので、ざわめきのない街は少し寂しい。
「シュノ…」
小さく呟くだけでも花弁が散る。
止めどない思いがレイリを押し潰すように溢れてくる。
「やだ…こんなの、やだよ」
やり場のない思いに、レイリは涙を零して目を閉じた。



花を吐くのは体力を使う。
それなのにレイリは突然いつものように調子を戻した。
明るく笑いかけて細かく気を配り、隊の象徴の務めを果たそうと。
体調不良で伏せっていたことに嫌みを言われても笑ってごまかして。
そしてシュノとは極力必要以外に接点を持たないようにした。
元々何か用事がない限りシュノとは会話することすらなかった二人だ、難しいことではなかった。
「レイリ、最近の様子はどうだ」
「大丈夫ですよ、心配しなくてもうまくやってます」
レイリは珍しくノエルに有無を言わせぬ物言いで会話を切った。
其れほどに話題にされたくないのかと悟ると、タイミングよく執務室がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します、隊長に王家の使者の方から書簡を預かりました」
タイミングが悪く、シュノがレイリ宛の書簡を持ってきて、ノエルは何も言わずに部屋から出ていった。
「どうもありがとう」
差し出された書簡を受け取ると同時に堪えきれなかった咳の合間から花弁が零れ落ちる。
「げほっ…ごめ…ぅ…おぇ…」
苦しげに花を吐き出すレイリの様子に、シュノはそっと背中をさすってやった。
以前より花を吐き出すのに苦しそうになり、量も増えた。
咳もまるで喘息のようで、レイリの体力を根こそぎ奪うような症状だった。
「横になるか?」
レイリは苦し気に頷いた
激しい関を繰り返すレイリを抱き上げてソファーに横たえる。
荒い息を繰り返し、暫く花を吐き続けてからレイリは意識を失った。
まるでお伽噺の姫君の死に際みたいに、生気の宿らない白い肌に赤い薔薇の花弁が無数に散らされている。
血のように、赤い薔薇の花弁。
さらさらの髪を優しく撫でてやると、くすぐったそうに身動いだ。
ここ数日のイライラの原因であるレイリを目の前にしても、なぜかシュノに怒りは沸いてこない。
むしろもやもやした胸につかえるような気分にイライラしていた。
そうなるのはレイリの前だけで、レイリと言う男の存在がシュノの中でどんどん大きくなっていく。
「しゅ…の」
消えそうな声で呼ばれ、そっと近付くとレイリはシュノの首に腕を回した
レイリの瞳は虚ろだが、それはいつもとは違いまだ夢心地のようだった。
「シュノ…」
舌足らずな声色で呼ばれ、そのまま柔らかな感触にシュノはレイリを抱き寄せた。
ちゅ…っと小さな音をたてた拙いキスは今までシュノが経験したキスで一番へたくそで、しかし心地がよかった。
「シュノ、すき…すき…シュノ…シュノ…」
母親にすがる子供みたくレイリはシュノに夢中でキスをする。
暫く好きにさせていたシュノから、レイリが唇を離すとぼんやりしていたレイリが急に覚醒したのか、泣き出しそうな顔でシュノを突き飛ばそうと押し返す。
「なんで、なんでっ…うそ、ごめんなさい、ごめんなさい…」
めちゃくちゃに暴れるレイリを力で押さえ付け、ソファーに押し倒すとシュノは小さく咳をした。
「え…しゅ…の…?」
シュノが咳をする度に薄紫色の花弁がレイリに降り注ぐ。
「ど…して…」
「煮えきらねぇ誰かのせいだ
人の顔色伺いながらチョロチョロするくせに俺が近付けば逃げていく。
俺が好きなくせにそれを認めようとしない」
「ごめんなさい…ゆる、して…」
レイリは自分のせいでシュノが花吐き病に感染してしまったと、ただ震えるだけしかできなかった。
「言え、お前の気持ちのすべてを。
じゃないと俺はお前を一生許さない」
レイリは死刑宣告でもされたように真っ青で震えながらシュノを見上げた。
レイリにとっては、この想いは伝えてはならないものだったから。
「レイリ」
「……好き、たぶん、愛してる
何も考えられないくらいシュノで一杯。
ずっと、ずっと一緒に居たいっ」
「そうか」
そういうとシュノはレイリから少し離れて激しく咳き込んだ。
「シュノ!?」
シュノはハラハラと散らばった花弁の中からひらりと床に落ちた一輪の白銀の百合。
「え…」
「次はお前の番だ。」
そう言うとレイリの体を抱き締め、耳許に唇を寄せた。
「愛してる、レイリ」
一瞬で、その一言で、レイリの瞳に光が宿る。
命がなかった人形に命が宿った瞬間のように。
シュノはそのままレイリの背中を優しく撫でる。
「吐き出せ、そうすれば終わる」
幸せと共に込み上げてくるものを吐き出すと、白銀の百合がレイリの手元に落ちてきた
捨ててしまいたかった気持ち、知らない振りをしていた気持ち、隠していた気持ち。
それらすべてが今終わった。
「こんな、簡単なことだったんだ…」
「そんなもんだろ」
シュノはレイリの頭を撫でて、唇を重ねた。
もうこの唇が花を吐き出すことはない。
花弁に埋もれるように倒れ込んだレイリに舌を絡ませながら何度も口付けていく。
互いの存在を確かめるように、何度も。
今まで事務的にするものだと思っていたキスとは全く違う、余裕のないレイリがすがるように腕を回して唾液を零しながらシュノを求めるように舌を絡ませてくるのが愛しくてたまらない
「しゅの、もっと…」
レイリは蕩けるような笑顔でシュノの頬に触れた。
その手に自らの手を重ね、シュノは生まれて初めて幸せそうに笑った。


花吐き



春先のまだ肌寒い夜の事だった。
兵舎から宿舎に戻ろうと暗い廊下を歩いていたノエルは隊長室の明かりがついていたのを見付けた。
もう真夜中を過ぎている時間で、何をしているのかと思って扉のドアノブに手をかけると


「こほっ…」


小さな咳を数度、それが感覚を狭く噎せるような咳に変わり、扉を開けてみることにした。
そして、ふわりと漂う香りに眉を潜めた。
「あっ…先、生…」
レイリが驚いた顔でこちらを見ている。手には大量の薔薇の花弁が散りばめられている。
「み、ないで…見ないで、くださ……けほっ」
レイリはまた数回咳き込み、大量の花弁を吐き出した。

そう、レイリは花を吐いていたのだ。

「花吐き病か」
肩をビクッと震わせながら、レイリは静かに涙を溢した。
「いつから花を吐いてた」
「……3ヶ月くらい前です…」
花吐き病は恋の病だ。
片想いを拗らせると花を吐くようになる。
そして吐いた花に触れば感染する厄介な病。
根本的な治療法はまだ無く、解決法はただ一つ、両思いになることだがそれができずに重篤化するケースも少なくない。
命に別状のある病でないはずだが、絶望の末自ら命を絶ってしまう者も居る。
レイリは特に思い詰めやすい性格故に、吐き出した花を眺めながら問い詰めた。
「それは、感染したのか?発病したのか?」
「……発病…です
最初は、花弁が二、三枚程度の小さな咳だけでした。
それがだんだん頻度が多くなって一度に吐く量も増えて…」
レイリは零れ落ちた花弁を拾い集めて袋に押し込んだ。
袋の中には大量の薔薇の花弁がぎっしり詰まっている。それは全てレイリが吐き出した花弁だった。
「先生…この事は…誰にも言わないでください…」
「言わねぇよ、なんでんなめんどくせぇ事しなきゃなんねぇんだ。」
ノエルは花の入った袋を抱き締めたレイリに背を向けて、煙草に火をつけた。
レイリはまた、背後でちいさな咳をした。


「隊長」
急に背後から声をかけられて立ち止まる。
王城に軍義の為に出向いたレイリに、声をかける人物など思い当たらず辺りを見回すと、紫銀の髪に鮮やかな青の着物が目に飛び込んできた。
「……シュノ…」
レイリは思わず息を飲んだ。というよりは殆ど呼吸は止まっていたように思える。
シュノは相変わらずに無表情のまま、レイリに封書を差し出した。
「忘れ物ですよ、副隊長から預かりました」
「先生から…?」
シュノから封書を受け取ると、そこには確かに蝋で封がしてあり、クライン家の家紋が押されていて自分はこの封書を騎士団に提出するためにここに来たのだと思い出した。
「ごめん、助かったよ。ありがとう」
いつものようにレイリは無意識に笑みを浮かべる。
それを見たシュノは眉間に皺を寄せ、何も言わずにレイリに背を向け、来た道を戻っていった。
「……あっ」
胸が締め付けられるようで息が出来なくなる。
次第に酸素が回らなくなり目の前が白く霞み、上下左右が判らなくなる。
自分は今立っているのかさえ判らない感覚に陥り、壁に手をついてその場にかがみこむ。
「……けほっ…」
乾いた咳がひとつ、喉を吐いた。
続けて花弁が込み上げてくる。
何度か咳き込み、散らばった花弁をぐしゃりとズボンのポケットに捩じ込むと、ふらふらと立ち上がり軍義の間に向かった。
ドアを開けるとレイリが一番最後だったらしく、騎士団や貴族院、王家の官僚達が一斉にレイリに視線を集めた。
まだ齢16のレイリには、それだけで冷や汗が背を伝い、冷たい刃物を喉元に突き付けられたような気分になる。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした…」
「騎兵隊は随分ごゆっくりな方ばかりですな」
「ノエル前隊長は一般常識は教えてくださらなかったのかな?」
クスクスと漏れる笑い声に、ぐっと拳を握り締めて席につく。
議題が次から次に流れていく中でわざわざレイリに遠回しな嫌味を投げ掛けてくる連中の声も、何処か遠くぼんやりとしか聞こえてこない。
軍義はレイリがいつ終わったのかも判らないうちに終了していた。
皆が席を立つのにつられてレイリも立ち上がろうとしたところで、急に目の前が真っ白になってそのまま意識を失った。

レイリが倒れたと王家の使いが騎兵隊にやって来て、ノエルは直ぐ様シュノを呼びつけた。
「俺様は今忙しい、バカ弟子のお守りなんざしてる余裕はねぇ。
てめぇが俺様の名代として王城にいってあのバカを回収してこい。」
捲し立てるように用件だけを告げ、シュノの返答も聞かずに執務室から押し出した。
シュノは心底嫌そうな顔で舌打ちして王城に向かった。
レイリは使われていない客間のベットに横たえられていた。
そして周りには何故か赤い薔薇の花弁が散っていた。
「……花?」
そっと、シュノの指先が花弁に触れようとした時だ
「触らないで…」
細くちいさな声と共にレイリがゆっくり目を開けた。
「それに、触ら…ないで…
君に…感染…する」
「感染?なんの事だ?」
シュノが言い終わる前にレイリはまた意識を失った。今度は呼び掛けても目覚める気配がない。
仕方無しにシュノ近くにいたメイドに清掃具を借り、花弁をかき集めてレイリの持っていた封書の封筒の中に押し込んだ。
花弁に触れただけで感染する病など、シュノは聞いたこともなかったが、このままにするわけにもいかなかった。
花弁を全て片して封書をレイリの胸に抱かせると、そのままレイリの体を抱き上げた。
意識の無い人間は重くなると聞いていたが、レイリの身体は細く軽かった。
シュノはそのまま門の前に待たせてる馬車にレイリを乗せて騎兵隊の宿舎に戻った。
レイリの自室は最上階。階段をゆっくりとレイリの負担にならないように上がっていき、部屋のドアを開ける。
隊長の使う部屋にしてはこじんまりとした部屋で、趣味の観葉植物や花の鉢植えがずらりと並んだ棚以外は生活感のあまり感じられない部屋。窓際に置かれたベットは綺麗に整えれ、几帳面な性格を現しているようだった。
ベットにレイリの身体を横たえ、靴を脱がせる。首もとが苦しくないようにリボンタイを解き、ボタンをふたつ外したところで首筋に赤い薔薇型の痣が有るのが見えた。
その痣は何処か懐かしい感覚を覚えて、そっと、手を伸ばして触れる。
「……レイリ、お前は…何なんだ?」
夕時を告げる鐘の音が鳴り渡り、シュノは顔をあげた。
窓から射し込む茜が沈み、月明かりに変わろうとしていた。
レイリの顔は青白くて死人の様だった。
近頃のレイリは死人の様だ、出会った頃はシュノに対して良い感情を持っていなかったのは知っていたが、もっと生きている感じがした。だがいまはそれを感じられない。
自分を殺す前に死なれては困る。
その程度の認識でここ数ヵ月、レイリの行動を注視していたシュノだが、覇気のないレイリの頬にそっと手を添えて甘やかすように優しく撫でた。
「今のレイリには敵が多い。
俺様が推し、マグノリアの後ろ盾を得ても、今のレイリは孤独だ。」
背後で唐突にかけられた声にもシュノは驚きもしなかった。
気配は前から感じていた。
「何故、僕に仰るんですか?
彼の保護者は貴方でしょう?」
「レイリに今一番必要なものがてめぇだ。
あとはそのクソガキに聞け」
ノエルはそれだけ告げると、レイリの顔も見ずに出ていってしまった。
顔を見にきたのかと思い、珍しく心配でもしてるのかと思えばそれはシュノの思い込みだったようだ。
「お前に必要なものが…俺?」
訳が判らず、結局起きる気配のないレイリをその場に残し、部屋から引き上げた。

レイリはその翌日から伏せって自室で療養することになった。
相変わらず覇気のない笑顔を浮かべて。
それはノエルが初めてレイリと出会った頃に良く似ていた。
「咳が、止まらないんです…」
嗄れた声でレイリが窓から外を眺めながら言った。
吐くのには以外と体力を使う。
まるで血のような赤い花弁はレイリのベットを埋め尽くしていた。
「先生…僕は…どうしたらいいんでしょう」
「知るか」
「ふふ、手厳しいですね」
表情では笑っているが、心が死んでる。
手折られる寸前の花のように、今のレイリをこの世に引き留めているのは騎兵隊の隊長としての責任感と、少しでも長く側に居たいこと。
「良いんです、もう
今のままで十分僕は満足してます。
これ以上望んだら、バチが当たります」
レイリはノエルを見上げて笑った。
「死んだりしません、僕には役目がありますから」
心が死んだ笑顔を貼り付けて、震える声を抑えて、汗ばむ手を隠して。
レイリはノエルにそう言った。
「てめぇの事なんかどうだっていい。
俺様に面倒事を押し付けて逝くな」
「はいはい、判ってますよ
先生こそ、サボりの口実に僕を使わないでください」
「うるせぇ、クソガキ」
わしゃわしゃと乱雑にレイリの頭を撫で付け、ノエルは部屋を出ていった。
ノエルが出ていったドアを眺めながら、ぼんやり外を眺める。

「大丈夫、忘れられるよ
まだ、間に合うから大丈夫」


レイリの手には一輪の薔薇の花が添えられていた。


prev next
カレンダー
<< 2016年05月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31