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虹のかかる庭




「あっつい……」


季節は夏。
王都は記録的な猛暑が猛威を振るっていた。
いつも元気な孤児院の子供達も流石の暑さにぐったりしている。
その中で表情が乏しい金髪の子供だけがきっちり服を着込んでいて、他の子供達はラフな格好をしている。
「なぁレイリ、暑くないのか?」
レイリは黙って首をかしげた。
「レイリは貴族なのだから人前で肌を見せる習慣が無いのだろう」
黒髪の少年が気だるげにうちわで自分を扇いでる。
「でーもー!ここはこじいんなの!
きぞくとかへーみんとかかんけーないの!」
そう言って一番小さな子供がレイリの手を引いた。
とてとてと手を引かれるままについて行くとレイリを視線で追いつつ、誰も追いかけることはしない。
暫くしてシスターとご機嫌な鶴丸が帰ってきた。
「お鶴、レイリはどうした?」
今度は黒葉が不思議そうに首を傾げた。
するとシスターがニコニコしながら避けると、後ろに隠れてたレイリが恥ずかしそうにシスターのスカートを掴んだまま、何かを訴えるみたいに見上げた。
いつもは高貴な産まれらしくきっちりと綺麗に着込んでいる服だが、鶴丸に無理やり着替えさせたせいか、皆とお揃いの真っ白なセーラー襟のノースリーブワンピースを着ている。
泣きそうになりながら猫のぬいぐるみを抱きしめたまま恥ずかしそうに皆を見ている。
「えへへー、シスターにきせてもらったんだー。
これでみんなおそろいだ!」
「はずかしいよ…」
小さく呟くレイリはすぐに誰かの後ろに隠れようとしてしまう。
「はずかしくないぞ、レイリ。
ここではみな、おなじかっこうだ」
色は違えどデザインは一緒の服を皆で着ている。
そこに安心感を覚えたレイリはシスターに促されるまま、手を引かれて外に出ていった。
「きょうはあついからみずあそびしていいって!
くにに、 ほら、つめたいよ?」
小さな手がぼんやりとした双子の兄の手を引いて水場まで連れていく。
蛇口をひねると冷たい水が勢いよく溢れてきて鶴丸の服を濡らした。
「?」
首を傾げた国永は弟の隣にしゃがみ込むと、小さなバケツに水をたっぷり張ると、小さな手に水を汲んで鶴丸にパシャッと掛けた。
「あっ!くににやったなー!」
「きゃあ!」
双子は楽しそうに水遊びをはじめ、途中でおいていかれたレイリは黒葉に手を引かれ、ぬいぐるみに隠れるように水場まで連れてこられる。
木陰に置かれたベンチの下には大きな桶にたっぷりの水が張ってある。
「ここに座って素足を水に浸すといいぞ」
そう促されて、レイリは履いている靴と靴下を脱いで桶の外に置くと、冷たい水に足を浸した。
「ひゃ!」
「水遊びははじめてか?
まぁ貴族はこの様な遊び方はせぬかもしれんがな」
「だが、なかなかきもちいいぞ」
隣を見れば鶯が小さな手桶に汲んだ水を足に掛けていた。
「あの……なんで、みず……」
なぜ足に水をかけているのか不思議になって、ぬいぐるみから顔を覗かせた。
「?さいしょにみずをかけないと、つめたくてあしがびっくりするだろう?」
「あしが…びっくり?」
「そうだ、びっくりするだろ?」
レイリは首を傾げつつも足に水をかけてから桶に足を浸した。
「ふぁ……つめたくてきもちい」
ふにゃりと小さく微笑むレイリに、黒葉と鶯はレイリの隣に座る。
まだ人慣れしないレイリを安心させる様に手をギュッと握る。
しばらく足を浸していれば冷たさにも慣れたのか、ぱしゃぱしゃと小さな水しぶきを上げて遊び始めた。
「すきだらけだぜ!」
そう言って鶴丸が小さな木製の筒をレイリに向けると、顔面に向かって中に溜められた水を発射した。
思いがけずずぶ濡れになったレイリは何があったか理解出来ずポカンとし、抱きしめていたぬいぐるみがしっとり濡れているのに気が付くと大きな青い瞳に涙を貯め始めた。
「う、うわぁぁぁぁん」
隣に居た黒葉に泣き付くと、黒葉がポケットのハンカチでレイリの顔を拭いてやり、ちょっとビックリさせるだけのつもりが泣き出されて鶴丸も驚き、オロオロしてる。
その隣で国永が鶴丸の手をぎゅっと握ってよしよしと頭を撫でてレイリの前に連れて行く。
「つる、ごめんなさいでなかなおり」
「あっ…うん。レイリ、ごめん…いっしょにこれであそびたくて……」
差し出したのは先程の木の筒。
「これは、水鉄砲だな」
「みずでっぽう?」
隣から鶯がひょこりと顔を覗かせる。
「ローゼスにつくってもらった!
ここにみずをいれて、これをおすとぴゅーってみずがでてすごくたのしいんだ!!
なー、くににー?」
「なー?」
鶴丸が国永に笑いかけると国永も首を傾げながら相槌を打った。
「おみず、いれるの……?なんで?」
「お鶴、ちょっとかせ。
これはこうやってこの筒に水をためれるんだ」
足元の水桶に水鉄砲の先端を浸し、棒をゆっくり引いてギリギリで止める。
「これで中に水が溜まっているから、この棒を押してみるといい」
黒葉が差し出したそれを受け取り、全員な顔を見回しながら、レイリは俯いたまま下に向けて棒を中に押し込んだ。
ピュッと細い部分から水が飛び出して鶴丸と国永の間の地面を濡らした。
「ぴゃ!」
驚いた双子の声に、レイリがビクッとしてまた泣き出す寸前で黒葉にしがみついた。
「なんだ?びっくりしたのか?
おれたちはべつにだいじょうぶだぜ」
「レイリ、たのしくなかった?」
双子が今にも泣きそうなレイリの膝元にしゃがみこんで顔をのぞき込む。
「えと……いきなりおみずでたから…びっくりして……」
楽しくない訳じゃないとレイリは小さく呟いた。
「あは、じゃあいっしょにあそぼ!」
「どこまでとおくとばせるかならきんちょーしないだろ?」
双子がニコッと笑ってレイリの手を引いた。
濡らした足を拭いて靴を履くと、水桶の隣にかがみこんだ。
「このせんからこっちにむけてはっしゃするんだぞ!」
レイリはこくんと頷いて黒葉に水を詰めてもらった水鉄砲を線の向こうにむける。
「レイリ、すこしうえむきにおしだすといいぞ」
鶯からのアドバイスを受けて少し上向きに水を放つと、放物線を描いて飛んでいく。「あ、にじ!」
「ほんとだ、レイリすごーい!」
双子がキャッキャと楽しそうにレイリの両隣りではしゃぎだす。
「うわぁ…!」
一瞬の小さな虹に今までうつむき加減のレイリの顔がパァっと明るくなった。
「あら、みんなで水遊びしてたの?
そろそろお昼ご飯の時間だから中に入ってらっしゃい」
ローゼスがタイミングよく子供達が遊んでいる庭にやってきた。
「ローゼス!」
ローゼスを見つけた途端、レイリは走ってだきついた。
「あのね、あのね、ぼくいまにじをつくったの!
みずでっぽうからね、おみずぴゅーってしたらにじできたの!」
屋敷が火事になって家族も使用人も全員亡くなってから抜殻の様になってしまった幼い従兄弟が嬉しそうにはしゃいで虹が出来たことを身振り手振りで話してくるのが可愛くて、にこりと微笑んだ後にレイリを抱き締めた。
「そう、よかったね。
水遊びは楽しかった?」
「うん!」
「じゃあ今日はここでみんなでご飯食べようか?
木陰にお水の桶を置いて涼みながら食べようね。
今日はサンドイッチだからみんなは木陰で大人しく座っててね」
「はーい!ローゼス、おれたまごのやつー!!」
「それぞれランチボックスに入れてあるから好き嫌いしないで食べなさい?」
木陰のベンチで座りながら水に足を浸し、サンドイッチを食べながらおしゃべりしてる合間に眠くなったのか、ベンチで寄り添ってお昼寝をしていた。

「あらあら、仲がいいこと」
それを眺めながらローゼスがふふっと微笑んだ。
今日は暑いくらいだから、もうしばらくこのままで居させてあげようと、ぬるくなった水を新しい冷たい水に変えて、木陰でお昼寝をする子供達の目の届く場所で庭仕事を始めた。

本音と建前


貴族の領地を通過するというのはそれなりの許可が必要だったり、通行税がかかったりと様々だ。
騎兵隊の遠征の為に貴族の領地を通る場合、事前の許可が必要となる。
それは貴族であり隊長であるレイリが直接相手の屋敷に出向き、通過する理由や夜間を過ごす場合のキャンプ地の場所などの確認をし、承諾を得る。
騎兵隊の遠征には国が関わっていることも多く、各国の国王達からも騎兵隊に協力するようにと、騎兵隊が発足した初代の時代からの習わしがあるため断られることはまずない。
前隊長は多忙を窮めていたため手紙でのやり取りで済ませていたが、レイリは最年少で隊長職に就いた為、直接出向いて誠意を見せるやり方を選んだ。
その方が現地の暮らしを直接見れてレイリにも都合が良かったからだ。
領地の通行許可を貰いに来たレイリは、遠征に先んじて挨拶がてら貴族の屋敷に来ていた。
護衛として、噂に名高い絶世の美男である副隊長を連れて。
流石に若い頃とは違い、重責を課せられて命に重みが出た分、おいそれと隙を見せるはずがなかった。
しかしながら、何故かシュノは屋敷には入らずに屋敷前でレイリと別れ、別行動することに。
「それじゃあシュノ、後で宿屋で落ち合おうね。
頼んだ件についての報告はそっちで聞くから」
「ああ、わかった」
シュノはレイリに顔を近づけると触れるだけのキスをして名残惜しげに離れた。
貴族の話し合いに、護衛とはいえ平民が出しゃばること余り得策ではないと考えたのか、圧倒的強者のオーラに相手が萎縮せず、これは対等な話し合いだったとする為か。
強すぎる力は時に抑止以上の成果をもたらすと様々な失敗から学んだレイリはシュノに周辺の下見を頼んでいた。
いざとなればレイリは何時でもシュノを呼べるのだという事も含めて単身で貴族の屋敷を訪れた。
「クライン伯爵。ようこそ、この様な辺境の地へ。
お疲れでしょう?こちらにお茶の用意ができてますので」
案内された応接間に紅茶の甘い香りが漂う。
「お気遣い痛み入ります。
とてもいい香りですね」
「クライン伯爵は紅茶がお好きと伺いまして。
知り合いから良い茶葉を分けてもらいました、お口に合えばいいのですが」
進められるがままにレイリが紅茶に口をつける。
花と茶葉の香りに混じり、人工的な甘い香りが鼻をくすぐる。
この甘い香りに、レイリは覚えがあった。
自分がシュノを抱こうとして酒に盛った薬と恐らく同じだろう。
しかしながら、シュノ用にとヒスイに頼み込んで効果を何十倍にも増幅させた薬を飲まされた時に意識がトんでしまった。
ただ、この薬は恐らく通常か倍くらいだろうとあたりを付けて紅茶を飲み込んだ。
「とても香りが良くて美味しいですね」
「それは良かった!クライン伯爵は紅茶にお詳しいからお口に合うか心配してました。
こちらは我が領地の特産のストロベリージャムです。
紅茶にもよく合うので宜しければ」
「ありがとうございます、ストロベリージャムは大好きなんです。
お言葉に甘えてご馳走になりますね」
おかわりを注がれた後にジャムを差し出され、ジャムを紅茶に垂らす。
紅茶を混ぜながらこれにも媚薬が入っていると気付いたが相手を警戒させない様にたっぷりと紅茶にジャムを垂らして口をつける。
「甘くて美味しいですね。
僕もよくイチゴを使ってお菓子を作りますが、このジャムの舌触りの良さはお菓子作りの幅が広がりそうです」
「なんと、菓子を自ら作られるとは!
お若いのに多才でいらっしゃる」
「いえ、下手の横好きと言うやつです」
他愛のない会話が続き、相手がこちらの様子をちらちらと伺うような仕草を見せ始めた時、レイリの体には媚薬がゆっくりと回り始めていたが、持ち前のポーカーフェイスでにっこり微笑んでみせた。
簡単にその手に乗りはしない。
レイリはその後もすました顔で紅茶を飲みながら遠征の主旨を伝えて通行許可をもらい、中継地点としてキャンプする場所の相談を終えると、その日の目的を達した。
結局レイリは相手に一切の隙を見せずにコートを掴んで立ち上がった。
「お時間を取らせてしまいすいません。
それでは明後日、遠征部隊がこちらを通過させて頂きますが、その節はよろしくお願いします」
レイリはにこりと微笑みかけ、始終こちらの様子を伺う相手に会釈をすると屋敷から出ていった。
思い通りに行かない相手が実力行使に出たらシュノを呼ぶつもりだったが、そんな気概も無かったようでほっと安心した。
「はぁ……思ったより周りが早いな……」
屋敷から大分離れてから色を帯びたため息を吐き出して木にもたれ掛かる。
先程から身体が熱くて腹の奥がぐるぐるする。
じんわりと身体を巡る媚薬に頭がフラフラしてきて、宿に向かう足取りが重い。
本当は余裕なんかなかった。
にこにこ微笑む裏側で、このまま身体を暴かれたい衝動と戦っていた。
それでも、耐え抜いたのは……

「しゅの………だいて」

部屋の戸を開けると先に宿屋に戻っていたシュノがベットに腰掛けて刀の手入れをしていた。
そんなシュノの手元も気にせずに倒れ込むように抱きついて、ベットに押し倒す。
「危ないだろ、バカ」
咄嗟に刀を持ち替えて横に置いた事で傷は負わなかったけれど、レイリにはそんなのどうでもよかった。
傷はすぐ治るし痛みも今は快感に変わる。
何か文句を言われる前に口を塞ぐ。
「んっ、こら、がっつくな」
「ちゅ、ぷあ、くすりっ、もられ……
しゅのおねがい、がまんできないっ」
「は?薬盛られたって?」
シュノが訝しげにこちらを見る。
レイリの頬は赤く染まり、瞳も潤んで呼吸も色を帯びている。
するり、とシュノの着物の中に手を滑らせてその鍛え上げられた身体に唇を寄せる。
幾度となくシュノに薬を盛ろうとしては返り討ちに会い、意識がトンだレイリを抱いてきた。
今は意識がしっかりとしている状態で積極的にシュノに身体を擦り付けて強請るように見上げてくる。
「しゅのぉ……おねがい」
舌足らずな声が物欲しそうにシュノを呼ぶ。
「全く…一人でノコノコとあんな場所に行くからだ。
大体この辺で少年の誘拐が多いのは知ってだだろ。
次からはレシュオムか鶴丸を連れてけ」
「ぼくっ、しょうねんじゃ、ないもんっ」
余裕なんか無いくせに口答えするレイリをキスで封殺して、キツく、身動きが出来ないほど強く抱きしめる。
キスの合間に漏れる息は熱く、それだけでレイリは蕩けてしまう。
少年のような愛らしい顔付きからは想像も出来ない色気を纏うレイリに、そんなんだから狙われるんだという言葉を飲み込んだシュノはレイリの衣服に手をかけてゆっくりと脱がす。
ブーツも脱ぎ捨て、レイリがシュノに跨ったままうっとりと笑いかけてくる。
「もう、いいよね?
がまんできないっ、しゅの、おくまで、ほしいの…」
切なそうな声と共にレイリがシュノの服に手をかける。
袴とズボンを上手くぬがせて勃ちたがってきたシュノ自身をゆっくりと後孔に押し込んでいく。
「っ、キツ…お前、慣らしてないのにいきなりは痛いだろ」
「んあっ、は、ぁんっ……へぃき、いたいの、きもちぃ…しゅのと、つながってる、わかるから」
レイリは完全にシュノのメスとして身体が認識しているのか、一般的に大きい部類に入るシュノの性器をその小さく華奢な身体にすっぽり収めてしまう。
しかしそこは慣らしていなく乾いていて収まるには収まるが滑りが悪い。
どうしたものかと思考をめぐらせると、先程まで手入れをしていた際に使用していた油の容器がシュノの目に飛び込んだ。
このまま無理に擦れば快感よりも内壁が傷付いてしまい、レイリが苦しむ。
「レイリ、待て。滑りが悪いからこれを潤滑剤にする。
お互い気持ちよくなりたいだろ?」
「……うん」
レイリがしぶしぶ腰を上げて収まりかけていた先端をゆっくり引き抜いた。
指に油を掬い、後孔に塗り込めていくと時おりレイリが痛そうに身体をぴくっと震わせた。
「ほら見ろ。痛いんだろやっぱり」
「もー……うるさいっ」
シュノを組み敷いてる状態なのをいいことにキスで唇を塞いで反論を許さない。
そのままキスを交わしながら、指で中をほぐしながら擦りあげる。
レイリの身体等知り尽くしていると言わんばかりにあちこちを刺激すれば薬で感じやすくなっているレイリの身体はそれだけで身体をビクビクと震わせながら反応している。
「ふぁ、あんっ、しゅ、そこ、やぁっ」
くたりとシュノに覆い被さるように力なく倒れ込むレイリをぎゅっと抱き締めて耳元で甘く囁く。
「そんなに俺が欲しいのか?」
「んっ、あ…ほしいっ、しゅの、ほしっ、おねがい、がまん、もうむりぃ」
切なそうに腰を押し付けてくるレイリに、シュノはキツくレイリを抱き締めて腕に閉じ込めたまま、身体を起こして対面座位の体勢でレイリの腹の最奥目掛けて一気に自身を突き刺した。
「ひっ、あんっ、っ、んああッあああああっ!!!」
敏感な体に一気に強烈な快感を与えられ、レイリは挿入の勢いに耐えきれずに果てた。
密着していた互いの腹をレイリの精がよごす。
「入れただけでイッたのか?
随分仕上がってんな、よく襲われないで帰って来れたな」
「しゅのじゃなきゃ……イけない…からっ、しゅのしか、いらない」
ぎゅっと足を腰に絡めて離さないと言わんばかりに抱きついて腰を揺らす。
「そうか、ならしっかり責任とらねぇとな」
シュノが笑うと同時にレイリの腹を抉るように突き上げ、抱き締められたまま身動きが取れないレイリは快感に打ち震え、悲鳴の様な喘ぎ声を上げながら口の端から唾液を零しながら快楽に酔いしれた。
媚薬を盛られ、その場を涼しい顔でやり過ごしてまで耐えて帰ってきたのだから大した効果ではないと勘ぐっていたシュノは嬉しい誤算に思わず口元を緩めた。
どうやら遅効性だったのか、帰ってきた時よりずっと、トロトロに蕩けたレイリの顔を見ると多幸感と共にもっと自分だけに溺れさせたい独占欲が出てきた。
欲望のまま、腕の中の小さな体を無遠慮に激しく突き上げた。
「ひゃぁ、あああッ!!
ぁんっあんっあ゛ぁ゛っ、あんッ、はひぃっ、むりっ、むりむりしゅの、きもちぃ!!きもちよすぎて、おかしくなっちゃう!!!」
深く繋がったまま抱きしめられて身動きが取れないレイリは、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫び、全身を駆け巡る強い快感の波に思考を奪われ、為す術なく愛欲のままに揺さぶられるばかりだった。
「おかしくなれよ、もっと俺だけに溺れとけ」
そう言って微笑むシュノが愛しくて、レイリはぎゅっと抱きついたままキスをして限界を迎えてそのまま果てた。
その時の締め付けでシュノの暖かな欲が腹いっぱいに注がるのを感じで嬉しくなった。
「しゅの…」
甘えるようにねだればそのままベッドに押し倒されて、繋がったままの腰をグイッと持ち上げられた。
「ひぁっ、んんっ……ぁ」
仰向けのまま、太腿に手を添えられて固定されれば、自分がシュノを受け入れているのがありありと見えて顔が熱くなる。
感覚的に理解していても視覚として認識するのは何だか恥ずかしくて顔を逸らす。
そうすればシュノがぬるっとゆっくり根元まで突き刺さっていたそれを引き抜こうとして、慌ててシュノを見上げると、にやっと意地悪く微笑んだかと思うとギリギリまで引き抜いたそれを一気に突き刺す。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
見開いた瞳から涙が溢れ、ぎゅっとシーツを握って身体をビクビクと痙攣させた。
挿入と同時に自分の腹に射精しながら、きゅんきゅんと後孔を締め付ける。
「今日は随分グチャグチャだな。
可愛い、レイリ。もっと声聞かせろ」
「ふぁ、んんっ、しゅの、しゅのっ
きもちい、ひゃう!んっあ、あっあ」
声を抑えることも出来ず、レイリは襲い来る快感にどんどん麻痺していく。
内壁を遠慮なくゴリゴリと突き上げるシュノのそれをぎゅうっと締めつけながら腸口を押し開いていく。
「やぁっ、らめ…おなか、おくっ、とんとんしないれ、おかしっ、ひゃうん!
おかひくなりゅ、あああっ!!」
「ははっ、すげぇ締め付け。
お前が俺に盛った薬より効果薄いからか、意識ありながらグチャグチャのドロドロなの気分がいいな」
「あぁんっ、しゅの、きもちい、すきっ、もう、もうイきたいっ、しゅの、なか、だして!」
顔中グチャグチャにしたレイリがシュノの腰を足で固定して、両手を広げる。
抱っこをせがむ子供みたいなレイリにシュノは微笑んでレイリを抱き締めて頭を撫でながらキスを与えた。
「んっ、んう、しゅのっ、ぷはっ、んむっ、ちゅぶ、ちゅく、んんぅ」
必死にすがりついてキスに夢中になるレイリが愛しくて、腰を激しく振りながら、レイリの手をぎゅっと握って一際激しく最奥を突くとレイリの身体がビクッビクッと震え、シュノも最奥に射精した。
「んぅ、ぷあ……ああ……しゅの…」
「少し落ち着いたか?」
優しく頬を撫でれば甘える様に擦り寄ってくる。
「うん……まだ少し、ぼんやりするけたど……いっぱいイッたから……疲れたけど、心地いい感じ」
うっとりと夢心地なレイリがシュノに甘えてくる。
「これに懲りたら次は護衛を連れて行け」
「……えー。だって、シュノ以外には薬効いちゃうし、ドラックの類だったらまずいでしょ?
今回は香りで直ぐに気がついたけど……
まぁ、飲んじゃってもその後はこうやって君がお清めえっちを……」
「レイリ、お前まさか媚薬を判ってて飲んだのか?」
はっとしたまま固まったレイリは気まずそうに顔を逸らした。
「レイリ」
「………」
あくまで黙りを決め込むレイリに、シュノは繋がったままの腰を激しく振った。
「ひぁ!あっああっ、ずるっ、ひぃん!」
「吐かないと一番いい所で止めるぞ」
「わかっ、わかった、言う、言うからっ!そんなに、おなかズポズポしないで、きもち、まだ、イッたばかり、ああんっ、ひぐうっっ!!」
シュノが早く言えと言わんばかりにレイリを見下ろしている。
軽く呼吸を整えると、きゅんきゅんとシュノを締め付けてしまう後孔を落ち着かせるために腹を抑えた。
「着いてすぐ紅茶を……においで、前にシュノに使ったやつって、判って……」
「それで?」
先を促すように腰を揺らして奥を一突き。
「ひゃあん、い、言うからっ……
最近、シュノが抱いてくれなくて……そのっ……溜まってた、っていうか……」
だんだん声が尻すぼみになり、かぁっと顔が熱くなる。
「マンネリ化して……飽きちゃったのかな……とか、思って、違う刺激をと……
あそこで飲んで来たら、寝盗られ物っぽくて、刺激になるかなって………あの……怒ってる?」
今にも泣き出しそうなレイリを冷めた目で見つめていたシュノは盛大にため息をついた。
「最近お前を抱かなかったのは、お前が俺が遠征に行ってる間仕事詰めで殆ど寝てなかったからだ」
「……そう、なの?」
「まったく、俺が気を使って我慢してやってたのにお前と来たら……」
「我慢より、一回でもいいから抱いてくれた方が安心するし疲れも取れるよ?
ほら、我慢しないで全部僕に頂戴?
その為にわざわざお膳立てして帰ってきたんだよ?」
レイリがにやりと笑ってぎゅっと後孔を締め付ける。
「そうだな。
可愛い恋人が俺とヤりたくて薬飲んで誘って来たんだ、満足するまで付き合ってやるさ」
ぐちゅり、と中のが肥大化してレイリの細い腰をがっちり掴んだ。
「気絶するまでやめねぇからな」
「ひぃう、あはっ、手前で、おねがいっ」
ふにゃりと笑ったレイリにキスをして、愛欲のままに溺れて行った。


「あー……腰が痛い背中が痛い喉が痛い」
ベットに突っ伏して文句を垂れるレイリの恨み言に耳も貸さずに、中に出したものを掻き出している。
「しゅのー……」
枕に顔を埋めたままレイリがシュノを呼ぶ。
「なんだよ」
「………その……気持ち、良かった?」
もごもごと口篭りながら枕に顔を埋め、耳を赤く染めたレイリが聞いてきた。
「当然だろ。
俺はレイリしか知らないし、知りたくない。
お前しか要らない、お前だけでいい」
「……君が一緒に居てくれるだけで僕は幸せ。
だけど……遠征から帰ったら、あの……出来れば、シュノが疲れて無ければ……抱いて欲しい。
君が居ないと、落ち着かなくて、寂しいから……抱いて、愛して欲しい。
体も、心も、全部、全部愛して」
泣いてるのかと思って、レイリの隣に横になって抱きしめる。
シュノが副隊長を引き継いでからというもの、貴族連中から風当たりは強くなるばかり。
シュノが居ない間に耐えきれない事があったのかもしれない。
ポーカーフェイスが得意なレイリの事だ、シュノの前でも無意識に抑制していたのかもしれない。
想いが通じて付き合い始め、身体を重ね合わせるようになって、ようやく身体が慣れてきた頃だった。
レイリが襲われそうになって、泣きながら帰ってきたことがあった。
名家の当主としてその場は毅然とした態度で場を収めてきて、シュノの顔を見た途端泣き崩れるレイリを悲しませたくないと思ったのを思い出した。
「辛いなら辛いってちゃんと言え。
言わなきゃ判らないこともある」
「うん……辛いって言うよりは、寂しかった…んだと思う。
ただ、自分から抱いて欲しいって言うのは……そのぉ……ちょっと、恥ずかしくて……
僕ばかり君が欲しいみたいで……媚薬盛られたって言われたら、言い訳にはちょうどいいかなって」
「だったらそう言え。
別にそう思ってるのはお前だけじゃない。
俺もお前が欲しいと思ってる」
腕に抱きしめたレイリが恥ずかしそうにシュノの肩に顔を押し付ける。
「好き…シュノ、好きだよ。大好き」
「知ってる。俺もレイリが好きだ。
このくだらない世界でレイリだけが大切で愛しい」
レイリはモゾモゾと顔を上げて照れたように笑った。
「じゃあこれからはもっと構って!
シュノが居ないと寂しい…寂しいんだよ……」
「分かった分かった。
今度から遠征から帰ったらお前が気絶する迄たっぷり愛してやるから、今日は寝るぞ。
薬でトンでたとはいえ身体にだいぶ負担がかかってるはずだから明日は一日良い子にしてろ」
「ふふ、はーい。
有能な副隊長が居ると楽できていいね?」
「能天気なお花畑隊長の尻拭をしてやってんだろ、早く寝ろ」
「酷いなぁ。僕の事大好きなくせに。
おやすみ、シュノ…愛してるよ」
頭を撫でればだんだん瞳がとろんと眠そうに船を漕ぎ出し、やがてシュノの腕の中で小さな寝息を立て始めた。
「おやすみレイリ、愛してる」
眠るレイリの瞼にキスをして、明日の周辺調査のついでになにか甘いものでも買ってきてやろうと考えながら、レイリの小さな体を抱き締めてシュノも瞳を閉じた。

不思議のダンジョン 7

灰が降る中、崩れかけた居城のかつては煌びやかであっただろう中庭で。
お前が今にも死のうとしている。
音はない。
世界が終わりの白に染まっていく中、お前の紅だけが鮮やかだ。

「どうして」

言葉になったかは分からない。
けれど、応えるようにまつげが震えて、青い瞳が見えた。

「……ぁ、」
「なんだ」
「ぁなた、が……ぶじで、よかっ……」

見慣れた泣き顔ではなく、本当に嬉しそうに、幸せそうにお前は笑う。
どうして、死にかけの今になって、そんな表情をするのか。
どうして、お前が死にかけているのか。
神はお前を取り返そうと、手に入れようと矛を振るったのに。
殺し合いの間際、相打ちになるだろう一撃を受けたのはお前だった。

「たすけ、れて……はじめて、うれし……」
「もう、いい。話すな」
「はじめて、だったの……あなたが、あなたの、そば……しあわせ、でした」

満足そうに、笑いながら、死のうとしている。
言葉が届かない。
温もりが遠くなる。
彼女の存在が、光りになって消えて征く。
側に居たことが幸せだったというのなら、それは。

「……俺も、だ。お前が居て、お前と居て、幸せだった」

だから、彼女が完全に消えてしまう前に。
自分の胸元を上から握り締め、自分の心臓を抉り出した。
魔王の核となるこれを捧げ、お前に約束を送ろう。

「もう一度、お前に会いに行く。今度こそは」

お前が好きだと言った花畑に、二人で行こう。
同じ人間となって。
愛らしいと喜んだ花を、お前に贈ろう。

「シャリテ、お前を――」



長い夢を、見ていた気がする。
口に残る鉄の味と、僅かな温もり。
頬にが触られていると気付いて、何度か瞬きをすれば周囲がよく見えた。
視界の端に揺れる稲穂の金糸が、柔らかく手触りが良いのを知っている。
記憶にあるそれよりも煤けて血が絡んでいるのは何故だろう。
そして何より、シュノの頬を両手で挟んで口付けられているという、この状況は何だろうか。
口の中に残るのは血の味だろう。
そして、シュノの刀はレイリの腹部を鍔部分まで深く突き刺していた。
辺りに散った紅い華が、先程の夢と既視感を覚える。

「レイ、リ……」
「シュ、ノ? ……よかっ……」

身動ぎをする度に刀が身体を傷付け、痛みが走るのだろう。
背を支えて身体を離し、刀を抜きさろうとして戸惑った。
けれど小さくレイリが笑って刀を握るシュノの手に手を添えた事で、一気に引き抜く。
赤い花が宙に舞い、けれどそれ以上は広がらずにレイリの傷も治癒をしていった。
レイリは尚もぐったりと全身から力を抜いて、支えるシュノの手に身体を預けている。
今は、その温もりと重みが愛おしい。

「悪かったな」
「気にしないで、僕がしたくて、やった事だから……」
「そうじゃなくて」

多分、何を言ったところでレイリは理解出来ないだろう。
長い夢の中で見た魔王と女神の話など、当事者ですら覚えている者は居ないのだから。
何より、今はシュノとして、レイリが愛おしいと分かるから。
それだけで十分だろう。
きっかけは遙か昔の名残だとしても、今のシュノが惹かれたのは今のレイリだ。

「出発前。お前を、傷付けた」
「あれは……本当の、ことだから……」
「だとしても、お前が弱いのは……お前のせいじゃない。努力は、してるだろ」

それまでの突き放す言葉から一転、レイリのしている事、したい事を努力だと認められてレイリは驚いた。
一体何があったのかと、きょとんとシュノを見上げてしまう。

「シュノ……どうしたの?やっぱり僕の血でおかしくなった!?」
「は? お前……いやに鉄臭いと思ったらお前の血か」

ぺろり、と口の端を舐め上げる様を真下から見たレイリは、かっと頬が熱くなるのが分かった。
シュノはそのままでも端正な顔立ちなのが、更に色気を感じて縮こまる。
気になるのに直視が出来ない為、ちらちらと様子を見るようにしてしまう。
そんなレイリを見下ろし、シュノは小さく微笑んだ。

「なんだよ」
「え、あの……やっぱりどこか、おかしくなったんじゃないかって……」
「おかしく、は……まあ、なったな」
「嘘、どうしよう!?」
「でもまあ、悪い気はしねぇ。今までのは、まあ……八つ当たりだ。悪かった」

明らかに優しくなった眼差しと頭に乗せられた手の重みに、頬を染めながらレイリは頷いた。

不思議のダンジョン 6

白ウサギが案内する、列車というトロッコを人が乗れるように改造した物に乗ること五回。
開いた扉を抜けた先はその階層の中央に送り届けられ。
再度列車に乗り込もうと思うなら、その階層の駅を探さなければならない。
そんなまか不思議な空間をさ迷い続け。
似たようなエリアを通り抜けると、それまでの少女趣味の階層とは違った場所に出た。
人より大きなサイズの靴、本、スプーンなどの数々。
まるで自分が小人になったような既視感に、脳が混乱する。
出てくる敵もトランプから果物と動物が組み合わさった物へと変わり。

「なるほど、今度はガリバー旅行記か」
「……これも異世界の?」

聞いた事の無い名前にレイリが伺い見れば、うぐいすは黙って頷き返す。
先程も異世界が関わって居たのは、単なる偶然だろうか。
けれど考えをまとめようとする前に、彼がそこに居た。
中央の噴水を見つめるように、こちらに背を向けて。

「シュノ!!」

背に流れる紫銀の髪、故郷の村のものだと言っていた珍しい布の羽織。
走り寄り、無事を確かめようと身体に触れる。
普段なら人肌を嫌うシュノに振り解かれる筈の手は、身体の横に力なく下ろされたまま。

「しゅ、の……?」

正面に回ったレイリが見上げた先には、何も映さない菫色の瞳が空を見つめていて。
違うけれど、似通った人をつい先頃見たばかりで。

「う、そ……」

誰よりも強くて、精神的にも達観していると思っていたシュノが。
人形の様にそこに立っていて、

「シュノ?」

道の奥から掛かった声に、シュノの指先がピクリと揺れた。
姿を現したのは左右だけが長い、緋色の髪のショートヘアの女性で。
どうしてここに居るのか、という事と男性の筈では、という混乱で動きが固まる。
なのに、緋色の人物はにやりと見慣れた笑みを浮かべ、

「なんだ敵か。シュノ、片付けろ」

敵、誰が、誰の敵、そもそも敵とは、彼、いや彼女にとって敵とは誰か。
思考が空回りをした瞬間、バチンと熱い物が頬に当たってレイリの身体が跳ね飛ばされた。

「レイリ!! シュノ、どうして――え?」

一瞬のうちに見失っていたレイリを見付けた面々が走り寄り、鶴丸が声を掛けようとして固まる。
見知った筈の人物の、見知らぬ姿。
何よりもこんな所でこんな風に出会うとは思っていなくて。
更に声を掛けるよりも早く、シュノが腰に刷いた刀を抜き放つ。
構えもなく自然体で、刀を持つ手をだらりと垂らしながらふらりと前に倒れ掛け、

「――グゥッ!?」

レイリに向かって腰を落として直進、というより飛び込んできた所を鶴丸が短刀を逆手十字に持つことで刀を受け止める。
ただ単に刀を振り下ろした、という安直な動きなのに、動きが圧倒的に速い。
庇われたレイリは、信じられない思いでシュノを見ている。
標的としてレイリへ向けるシュノの瞳は昏く、何の感情も表さない。

(先生は、覚悟を決めろって言っていた)

それは、こんな形では無かったかも知れない。
けれど今ここで動かなければ、もっと最悪に、大切なものを失うかも知れない。
それなら、

(僕は、迷わない)

腰に差したレイピアを引き抜き、鶴丸の横から突きを繰り出す。
後ろに大きく跳躍したシュノに軽々とそれは避けられ、間が出来た。
背後に居る女性はその様子を見、笑みを消して背を向ける。
この場をシュノに任せて去ろうとするのを、見失ってはいけないとレイリは判断した。

「鶴丸、うぐいす!」
「任せておけ」
「え、でも、レイリは……!?」

走り出すうぐいすの横で、鶴丸がたたらを踏んで振り返る。
レイリはシュノから目線を離さずに、身体を半歩ズラしてレイピアを前に構えた。

「僕がシュノを抑える。必ず後から行くから」
「シュノをって、そんな……」

シュノと組むことは無いけれど、鍛錬で彼の実力の一端を知る鶴丸は青い顔をする。
けれどレイリだって実力が劣るわけではない。
多くは無いけれど遠征に行くこともあり、魔物を相手取る事もある。
それに、誰にも言ってはいけないと言われた奥の手がレイリにはあった。
シュノを相手にすればどれだけの被害があるか分からないが、その奥の手に頼れば間違いは無い。
その為には他に人がいない方が都合が良い。

「黒葉、彼らを……彼女を頼みます」

気の置けない先輩であり、兄であり、全幅の信頼を寄せる人物に後を託す。
尚も気が引けて残ろうとする鶴丸の背を押し、黒葉が走り抜けた。
後に残ったのは虚ろな瞳を向けるシュノとレイリだけ。

「絶対に、きみを連れて帰る」

覚悟なら、決めた。
後は行動するのみだ。



シュノの剣筋は、光りが踊る様に滑らかで。
シュノの躍動が、まるで舞いを踊っている様に軽やかで。
シュノは、シュノは、こんな雑な戦い方はしない。
息が詰まるほど瞬間的に、圧倒的で、刹那的なシュノの戦い方が、僕は好きだ。
だからこそ、糸の付いた人形みたいな戦い方をさせる相手が許せない。



レイピアと刀、点と線の打ち合いはシュノの方が優勢で。
上段から振り下ろされる一撃を跳ね、次いで打ち込む。
けれどそれを見えぬ剣線で払い除けられ、斬撃がレイリの頬を掠める。
微かな血の跡を残したそれは、瞬きの間に消えて無くなった。
レイリの奥の手は並外れた自己治癒能力だ。
聖職者の使う癒しの術よりも早く正確に、どれだけ深い傷だろうと、それこそ欠損であろうと治せてしまう。
致命傷ですら何事も無かったかのように治るそれを、ノエルは再生の力だと言った。
教会が認める、失われた女神に由来する能力。
再生出来るのは個人のみとはいえ、過ぎた力は他者を惑わし破滅を呼ぶ。
故にレイリは教会に、ノエルに預けられてからはずっと、能力を抑える術を学んでいた。
日常ではそれを抑え込み、ノエルと兄弟子である黒葉だけが知っている秘匿としていた。
だからこそ、その力を十全に使える状況でならレイリに負ける要素はない。

(でも、負けないだけじゃ駄目だ)

完全な消耗戦ではいずれ力尽きる。
それが体力か、精神力かの違いでしかない。

(先生は、血を媒介にした再生の力だと言っていた)

血に宿るから、それが尽きぬ間は権能を与えると。
もし、この力が本当に血に宿っているのなら。
あるがままの魂の形に戻す再生の力があるのなら。
一か八かの賭けに、レイリは乗ることにした。

不思議のダンジョン 5

未開の地へ行くに辺り、空の遙か彼方にある土地へ行くための手段が問われた。
結果として、ブランの近くに在るダンジョンの最下層に扉がある事が判明。
隊員を集めている間に収集した情報から、魔術だとすると起点があるはずだという事から調べた結果だ。

『恐らく、ブランダンジョンの内部はガタガタだろうな』
『先生、見てないのに分かるんですか?』

レイリは今、突入準備の傍らでノエルと念話を行っている。
声に出さずとも意識を傾けるだけで特定の相手との会話が出来る念話は、神の加護の一つだとされていた。
傍受される事もなく、妨害される事も稀なそれは、内密の会話には丁度良い。

『こんだけ大規模の改変やらかしてんだ、予想は付く』
『そうなんですね』
『あそこでは何度か魔竜が確認されてたな、今も起きてる可能性がある』
『じゃあ別働隊に周回と討伐をさせます』

一つ一つ、確認をしながら足取りを決めていく。
普段はここまでノエルが口を出すことはないので、内心の警戒度が窺えた。
それと同時に、やはり経験者からの忠告は有り難いと思う。
レイリだけでは、シュノはどうなったのか、ヒスイは、国永を解放するためには、と同じ所で思考が止まりそうになる。

『シュノは生きてる』
『え?』
『他の遠征隊は知らねぇが、シュノは生きてる』
『……どうして?』
『あれは化け物だ』
『――そんな、そんな言い方!?』
『良いから聞け』

面倒くさそうに掛けられる念話に、叫びだしそうな口元を抑えて呼吸を整えた。
昔から、ノエルは不思議な事を言い当てていた。
たんに勘が鋭いという以上の事も。
まるで見てきたかのように語り、時には救いを与えてきた。
ずっと側で見てきたからこそ、ノエルが言う事に嘘はないと分かる。

『起源は流石に分からんが、あれは人の殻を与えられた化け物だ。よくぞ擬態させたと思う』
『……っ』
『だからこそ、次にシュノに会うことがあったらどうするか、覚悟を決めていけ』
『覚悟……』

恐らくはノエルなりの最大の助言。
人よりも多くを知るからこそ、見えない苦悩もあっただろう。
それならば、レイリがする事は一つ。

『いってきます』

腰にレイピアを差し、前を向くだけだ。



周囲を見回したレイリは、それまで見た事も無い光景に唖然とした。
愛らしいピンクのカーペットに、沢山の花の数々。
時にはお茶会をしていたらしい会場まで見受けられる。

「これが……あの空中の島?」
「随分と少女趣味というか、可愛らしいな」

一緒に来ていた鶴丸、黒葉も物珍しげに周囲を見回していた。
うぐいすだけは首を傾げて何事かを考えながら道を歩いて行く。
案内もないのにすんなりと歩いて行く彼に、索敵だけはしっかりとしながら後を追う。
何度か出会った魔物はトランプのカードに頭が着いた擬人であり、背中に溶けかかったロウソクを乗せたネズミであった。
トランプ兵は武器こそ槍や剣、盾や弓など普通の編隊と変わらない。
そうして行き着いた島の端、無人の線路と小さな家があり。

「ああ、やはりそうか」
「え、何?何がやっぱりなんだ?」
「っていうかうぐいす、知ってるの?」

家に張られた標識を見た瞬間、うぐいすが納得したとばかりに頷いた。
そこには愛らしい文字で、

『不思議の国駅』

と書かれて居る。
うぐいすが語るには、これのモチーフとなったであろう書籍が存在するという事。
それは一般に出回る物ではないので、知っている者は限られる。

「噂によると、その本を書いたのは異世界からの渡り人らしい」
「異世界からの……それで変な感じがするのか」

鶴丸が納得したとばかりに頷き、そわそわと辺りを見回す。
書籍が子供向けの絵本だったという言葉の通り、お菓子で出来た家など子供が好きそうな物が沢山あった。
状況が状況で無ければ一行は楽しく探検していただろう。
そして線路を検分していた黒いローブの男性が近寄ってきた。

「痕跡を辿りましたが、この駅を通ることで次のエリアへと移動をする様です」
「それって、エリア毎に移動を進めると黒幕に繋がる?」
「黒幕かは分かりませんが……この空間の中心点に近付ける仕様にはなってますね」

銀色の髪に涼しげな目元で話すのは、王国の守護者と名高いマグノリア家からの監視であり戦力である参謀だ。
ゼクスは魔術師であり研究者でもある為、こういった状況での解析に長けている。
中心点、と言われて首を傾げるのはレイリだ。

「単なる島じゃないの? 外からは一つの影しか見えなかったけど」
「そうですね……ミルフィーユのように折り重なっている、と言えば分かりますか?」
「重なってる……わりに普通の空で、他が見えないのは、隠されて――」
「――誰だッ!?」

ゼクスと並んで考察を深めていたレイリを遮り、鶴丸が短剣を投擲する。
いつの間にか戦闘態勢に入っている彼の手には2本、更に反対の手に4本の短剣が握られていた。
誰もが警戒を怠っていた訳では無いが、盗賊なだけあって鶴丸の索敵能力は高い。
見える範囲には生け垣しかないようだが、ナイフが飛んでいった方向からガサガサと音がし、

「す、すみません……あの、すみません……」

出てきたのは、大剣を背負った白金の髪に青灰色の瞳の一人の少女だった。
見覚えのない姿に敵かと思いきや、慌てた様子でゼクスが歩み寄る。

「レシュオム!? どうしてこんな場所に……いえ、それより何故着いてきたんです!?」
「すみません、ゼクスさん。あの……当主様が、皆さんが危ない場所に行くって……」

体格に恵まれた訳でも無いゼクスの胸ほどの身長が、幼さを物語っている。
ゼクスが知っていたこと、当主という言葉を聞く限り彼女もマグノリアの一員なのだろう。
そういえば遠くの島国より迎え入れた少女が居ると耳にしたが、その子供だろうか。
だとすればまだ成人前、冒険者の称号すら与えられる前だろう。

「ゼクス、その子は?」
「はぁ、ええ……マグノリアの子です。迎え入れたばかりで、まだ未教育ですが」
「マグノリア……って、ちっさ!?え、こんな小さい子があの戦闘集団の……?」

鶴丸の驚きにレイリは首を傾げ、そうして一つ思い付いて苦笑を浮かべた。
王国の守護者と名高いマグノリアは、別名戦闘の鬼とも呼ばれている。
全員が戦いに長けた強者であり、貴族でありながら血筋ではなく養子を取るという方法で一族を増やしていた。
故に一人一人が有名であり、今代は特に大人が多かったためだろう。
まるで血に飢えた狼に出会ったような驚き方に、一部からはため息が漏れた。

「私、騎兵隊の隊長さんに言いたい事があって……」
「え……僕? それでこんな場所まで追ってきたの?」

そういえば、この浮島へ来るにはダンジョンの最奥へ行く必要があったのだけれどどうしたのだろう、と頭の片隅で思う。
目覚めた魔竜討伐に残してきた面々が殲滅をしている隙を伺ったのだろうか。
それにしても、誰か一人でも見掛けていれば間違いなく止めただろう。
不思議に思っている間にレシュオムは小さな身体で跪き、両手を組んで祈りの格好を取った。

「我が剣、我が盾、我が命は貴方の為に。私、レシュオム・マグノリアはレイリ・クラインを我が主とします」

ふわり、と微かな風がレシュオムのポニーテールを揺らし。
言葉を無くして見守る面々の前で、レシュオムが立ち上がって満足げに微笑んだ。

「レシュオム、貴方という人は……ッ!!」
「すみません、ゼクスさん」

謝罪を口にしながらも、先ほどの様な気弱さはどこへいったのか。
むしろ鶴丸や国永がイタズラを仕掛けた時のような快活さでレシュオムは笑う。
一体今のは何だったのか、と置いてきぼりな鶴丸やうぐいすは首を傾げた。

「マグノリアの者には、番の様に一人一人に定められた主が存在します。今のはその主に捧げる宣誓で……」
「生涯の中で主に会う確率は高くありません。なので、主人が未判明の方は、平等に国の組織へ就くと聞きました」
「え、っと……それって? レシュオム、きみ、何歳?」
「13です」

何か重大な事を聞いた気がするのに頭が回らず、思わずで聞いた年齢に目眩を覚える。
この国では成人を15歳と定めており、つまり少女はまだ未成人と言う事になる。
未成人の、しかも愛らしい少女の主。
なんだか危険な気配がした。

「危ない場所へ行くと聞いて、どうしても我慢出来なくて……」
「だからと言って、こんなだまし討ちの様な真似をして良いとでも?」
「こうでもしないと、騎兵隊へ就けないと思って……もうゼクスさんが居ますし」
「僕のことは兄と呼ぶように言いましたよね」
「は、はい……えっと、ゼクス兄さん」
「え、そこ?今注意するのそこなの?」

危ない場所へ来た事や突然の宣誓よりも気にするべきはそこなのかとレイリは心底呆れを感じる。
どうにもズレた兄妹だ。
武器を持っているにしてもマグノリアに入ったばかりの女の子が居て良い場所では無い。
けれどレイリの困惑を余所に、

「みぃーつけたぁー」

甘い声が背後から響いた。
見た目だけはレシュオムと同じくらいの幼い少女が、宙に浮かんで笑っている。
尖った耳はその種族が魔女である事を表していた。
場違いなほど愛らしいエプロンドレスに、胸に抱いたクマのぬいぐるみ。
一見すると無害そうな少女に、振り返り様にゼクスは魔術で岩の固まりを作りだして放り投げ。

「ええ、レシュオムは強いので」

いつも通り涼しげな声で、本を構えて魔女に対峙する。
真っ直ぐに飛んだ岩は宙を飛ぶ少女の脇をすれすれに飛んでいき、

「なぁに?当たらないじゃなぁーい」

小馬鹿に笑う魔女に同じ魔術を更に繰り出していく。
目線で、レイリに先へ行くように促しながら。
このまま置いて行って良いのか迷ったが、宙に居る魔女に迫る影に気付いた瞬間、驚きに目を瞠った。

「ええ、当たりませんよ。足場ですから」
「あしばぁ?」
「本命は、」
「――後ろです」

巧妙に岩の影に隠れながら、魔術で作られたそれの間を飛び回って着実にレシュオムが迫っていたのだ。
いつの間に抜いたのか、背後の大剣を両手に構えていた。
腰を思い切り振り絞り、回転の勢いを付けたまま上段から振り下ろす。
隙を付いた一撃はしかし、魔女がすんでの所で躱す。
一旦地へと降り立ったレシュオムは、けれど小さな身体を生かして這う様に走り抜けた。

「早く行って下さい、邪魔です」
「二人でやる気か!?」

短剣を構えながら今にも飛び出そうとする所をうぐいすに止められながら、鶴丸が吠える。
目線は魔女とレシュオムから外さないまま、ゼクスは頷いた。

「あの子は強いですよ。僕では勝てません」

一瞬、言葉の意味を計りかねて鶴丸が固まり。
その隙を見てうぐいすが鶴丸を担ぎ上げ、レイリに向かって頷いてみせる。
レイリもその様子を見、二人を信じる事に決めた。

「分かった、頼んだよ!」
「ええ、頼まれました」

かくして、第一の魔女はマグノリアの兄妹が相手取ることとなった。
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