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舞い椿

よもや今更になって人に使われる事になろうとは。
己の隣に同じように顕現された同じ刀派の懐かしい刀を見て三日月宗近は笑んだ。

「兄上、どうなさいました?」
「否、何でも無い。それより息災であったか、小狐丸」
「ええ、よもやこのような縁があるとは思いませんでしたが」

同じ事を考えている兄弟刀とも言える刀にころころと笑む。
敵も無く、鍛刀もなされているだろうと本丸へ帰城した所だった。

「不殺の刀と呼ばれる御身が戦場へ出るとは。いかがでしたか?」
「うむ、まあ問題は無い。この身が人となり己で振るうとは思わなんだが、悪くない」
「それはそれは、良う御座いました。ご不快とあらば不肖私めがあれを斬ってやろうかとも思いましたが」
「ああ、あれは中々に面白いな。本来ならば人の身に封じた我等を使う側であろうに」
「あれは戦を知って居ります」

井戸水を頭から被ってぞんざいに血を洗い流し、母屋へと入っていった"主"を思い浮かべる。
短くは無い緋色の髪に翠の瞳。
緋翠と名乗ったあれは率先して前を走った。
刀剣男子より早く、先へと。
そうして短剣である五虎退で刀を受けるより、己に傷を受けて庇い立てる。
刀であればそれを振るう者の力量や状況次第でいつ折れてもおかしくは無いというのに。
更にこの本丸であれば同じ刀を二振り顕現するのも容易いであろう。
その可能性を己の身一つで排除する愚直な姿勢。

「戦など、ついぞ亡きものと思っていたが」

刀を使う時代は終わり、展覧されるだけと思っていた。
だが、それにしては。

「人の身とは思えぬ霊力……神気か。あれは何だろうなぁ」

人になった自身の手をためつすがめつ、今は己の霊力と相まって残滓は消えたが心地良い物だった。
特に水気の強い人間の霊力だったからか。
どこか懐かしい心地さえしたものだ。

「三日月ー、小狐丸ー」

母屋からの呼ばれる声に、庭で物思いに耽っていた二人は顔を見合わせて足を進めた。
二人が縁側に来る頃と廊下の奥から刀剣男子を連れた"主"が姿を出したのはほぼ同時。

「紹介する。三条刀派の三日月宗近、小狐丸だ」
「秋田藤四郎です、よろしくお願いします」
「僕は乱藤四郎、よろしくね?」
「俺っちは薬研藤四郎だ。兄弟と五虎退は同じ粟田口刀派だ、よろしくな」
「で、このちっこいのが左文字刀派の小夜左文字。それと大きいのが蜂須賀虎徹、真作だそうだ」
「君も人が悪いな、天下五剣の御前で言わなくても良いだろうに」
「そうか? そういえばそうか、あんた天下五剣だったな。不殺の刀である事しか気にしてなかった」

忘れていた、と顔面に書いてある程分かりやすい顔に、三日月は腹から笑った。
美しいと飾り立てられ、褒めそやされる事はあったがこの様に扱われたのは初めてだったからだ。
隣では小狐丸が驚いた顔をし、にんまりとその目を細める。
二人の胸中は一つ、実に面白いの一言に尽きた。

「まあ紹介や交流は各々で、分隊して出陣するぞ。最初は五虎と蜂須賀、小狐に秋田で行く。五虎は刀を貸してくれ」
「大将が戦に出るのか?」
「大将だから出るのさ」

口端を上げて笑う姿は肝の据わった戦人のそれ。
小狐丸の言葉通り戦を知っているのだと改めて推察し、それにしても女御が何故と疑問が浮かぶ。
あれ自身に聞いたところでやはり本音で答える事は無いのだろうとも思った。
背を向けて行く緋翠は髪を一つに結い上げ、着物に一本足の下駄と戦向きでは無い。
だが三日月は確かにあれが戦場を駆けるのを見た。
まるで天狗か鳥のように一所に落ち着かずに飛び交う様は見事。
しかし身を庇う仕草を見せないあれは、

「我等よりよほど刀の様だ」
「どうかしたのか? 三日月の旦那」
「なに、爺の独り言さ」

見上げてくる藤の瞳に、笑みを浮かべて煙に巻いた。
主達の帰りを待とうと縁側に腰を下ろした。



果たして無事に戻った面々とは入れ違いで三日月達は維新の時代へとやってきた。
緋翠が今使っているのは薬研藤四郎であり、付喪神として顕現を解いた状態である。
先程と同じように偵察を加州清光に任せ、索敵をしていた。

「ねぇねぇ主さん、どうして僕たちだけじゃないの?」
「ん、俺の気性の問題さ」

似たような疑問に似たような答え。
顕現された際、刀剣には時代に対する最低限の知識と敵を覚えさせられる。
だがその知識の中に審神者が戦うなどどこにも無かった。
何故自分から戦場へ出るのか、それこそ命すら危うくなると言うのに。

「人は脆くか弱いものだが、それでも往くか」
「あまり俺をみくびるな、三条の。或いはお前達より死ににくいものさ」
「その根拠を知らねば、我等とて肩を並べる気にならぬとは思わんか?」
「……それもそうか」

偵察をしてきた加州が戻り、敵の数と陣形が知らされる。
それに合わせ、有利に進む陣形が告げられた。
三日月は右端に配置され、言葉を交わしていた審神者が離れていく。
また、離された。
先程の戦陣でもそうだったが、己を太刀と同じ戦力だと自負している節がある。

「舞い踊る椿は綺麗であろうな」

号令を掛ければ真っ先に先陣に躍り出る機動力と胆力。
敵兵の打刀をしゃがみ避ければ、地に手を付いて高下駄で刀を蹴り上げる。
そのまま腕に力を込めて飛び上がりながら踵落としをし、手に持つ薬研で首を掻き切った。
上がる血飛沫を避けようとはせずに、隣に居た短刀の一撃を薬研で交わしながら崩れていく敵兵から飛び降りる。
只人の物ではない瞬発力と観察力。
面白い、と三日月は内心笑うに留める。
向かってきた脇差しを半身で避け、空いた身体を斜めに斬り捨てた。
血を流さずに崩れる敵兵を目端にやり、次の敵へと視線を切り替える。

「オラオラオラオラァーッ!!」
「お触り禁止ー!」

加州清光や乱藤四郎の声を聞きながら飛びかかってくる短刀を蹴り飛ばし、審神者へと飛ばした。
それを逆手に持った薬研の刀身で斬り伏せるのを見、先へと足を進める。
戦闘の気配を察してか、次々と骨のような等身が姿を現した。
時に交わし、退き、前へ出て一閃に伏す。
短刀が身を囲んでくるが、特に苦戦する程では無く、切り結びながら確実に数を減らした。
その間も審神者はへばる所かますます動きを活発にして飛び回る。

「蹴り殺すッ」

脇差しの一撃を横に跳んで交わし、その先に居た短刀を言葉の通りに蹴りで刀身をへし折った。
返り血で更に赤く染まった髪を振り乱し、視線は脇差しから離さない。
横薙ぎに払われた脇差しの一閃を食らい吹き飛ぶかのように見えたそれはしかし、反り返って交わしたらしく額を浅く斬っただけだった。
そこから背後にくるくると後転し、地に接する程の深さで懐に飛び込み、薬研をずぶりと柄まで刺し通す。
そうして目前の敵が居なくなった所で、跳ね飛ばされた。

「主ッ!!」
「主さん!?」

加州へと向かっていた敵が審神者に目を付けたようで、気付くのが遅れた。
彼女は手を上げて向かってこようとする加州と乱を制止する。
包囲する短剣の檻を斬り捨てて三日月が傍まで下がれば、軽く血を吐いたようで地面に赤が広がっていた。

「けほっ……問題ない」
「無い訳がなかろう。人の身では辛いのでは無いか?」
「はっ、だったらこんな場所には出ないさ」

口元を乱暴に拭った審神者は野性的な笑みを浮かべている。
見たところ斬り捨てられたような痕は無かったが、そうなると臓腑を痛めた可能性があった。

「下がっていろ」
「そんな事したら、肩を並べて戦えないだろう」

戦える根拠、知りたいんだろう?と横目でイタズラに細められる。
単なる強がりならば足手まといだと不快を顕わに見やるが、気は変わらないらしい。
問答は無用だと薬研を逆手に戦線に踊り出る様は先程と変わらず、ため息をついた。



逆行軍の戦線を崩壊させ、敵の本陣を叩いた後に審神者は帰還をした。
そうして本丸に戻った瞬間、顕現した薬研に刀身を奪われて服を脱がされている。

「大将、あんた! 何で刀身化した俺っちを盾にしない!!」

はだけた着物の下から出てきたのは胸に巻かれたさらしと大きな青痣の出来た脇腹。
やはりあの時痛めていたのかと眉を潜める。
それにしても先の出陣でも思ったが、やはり自身の刀剣を庇っていたのか。
小狐丸はそんな主に呆れたと言わんばかりの表情で様子を見ている。
加州は顔を青ざめ、乱や五虎退に秋田はどういう事かとおろおろしていた。

「問題ない。少し肋を痛めただけだ」
「あのな、こちとら肋が人間にとってどれだけヤバいのかってのは理解してんだ。ナマ言ってんなッ!」

ただでさえ刀剣は手入れをすれば怪我は戻るのに、という言葉を聞いて審神者は薬研を抱きしめた。
全員が身動きを止めて驚き、その様子を食い入るように見る。

「俺は死ねないから平気だよ。お前達が折れてしまわないなら安い」

死ねない、その言葉に皆が疑問を浮かべ。
審神者は全員の顔を見ながら自分の事を話し始めた。
自分が千年生きている半人半妖である事、水気があれば大抵の怪我は治る事。
そして、どれだけの致命傷でも死なない事を。

「だから戦の経験はあるし、引き際は分かってる。ただ神である貴方達にとっては騙していたような物か……。
ならば今一度問おう、貴方達の使い手が私で良いのか」
「……もし否と言った場合は?」
「即、御霊を本霊へお返ししよう。以後この本丸へは降りぬよう尽力する」

蜂須賀虎徹の疑問にも真正面から向き合う。
刀ならば、力ならば、何も考えずに振るえば良い物を、愚直な迄に真摯な姿勢を貫こうとする。
ただ求められるだけだった、与えられるだけだった刀達に、意志を問う。
面白いヒトの子だと思った。
力を貸したいと、力を貸して欲しいと乞うて欲しい、そんな欲が芽生える。

「ぬしさま、今更否と申す者も居りませんでしょう。この身この力、全て貴方様のモノに御座います」

全員の意を汲み取った小狐丸が返答し、膝を折った。
何を言うでも無く、全員が膝を折り頭を垂れる。

「ありがとう。ではお前達全員が俺の刀、俺のモノだ。勝手に死ぬ、折れる事は許さん」

全員が是と言った事で審神者は、主である緋翠はようやく頬に笑みを綻ばせるのだった。

とある本丸のクリスマス




「シュノさん、これお願いしますね。
このバスケットはブッシュドノエルとシュトーレンです。
この包はお歳暮のカルピスです」
堀川が大きなバスケットと紙袋をシュノに手渡した。
こんのすけを肩に乗せたシュノはそれを受け取り、通行手形を使用して緋翠の本丸にクリスマスの菓子を届けに行った。
大広間では短刀と背の高い太郎と次郎、岩融が飾り付けをしていた。
大きなモミの木を電飾で飾り、オーナメントをぶら下げていく。
「主、てっぺんの星を飾り付けるか?」
「あ、やりたい!」
レイリに星を渡すと、岩融がレイリを抱き上げた。
肩車だと天井に頭をぶつけてしまうため、足を抱えてそのまま天辺までグイッと持ち上げたかんじだった。
ツリーの天辺に星の飾りを取り付けると、ツリーの完成になる。
「おやおや、主よ
飾り付けは良いが怪我はするなよ?」
「大丈夫だよとと様」
ひょいと岩融からおりて駆け寄ってくる。
本丸で迎える二度目のクリスマス。
短刀達に混じり、最近顕現させた小烏丸と大典太光世が折り紙で輪飾りを作っている。
「じゃあこの…なんだろ、シール?をガラス戸に貼るよー!」
レイリは箱の中から沢山のジェルシートを取り出した。
現世で良く見かける、窓やガラスに張り付けられているやつだ。
「はい、とと様と光世もね」
2人にもシートを渡してく。
シートにはMerryX'masとか、トナカイやサンタ、ツリーにオーナメントを象ったジェルが付いている。
「これは、どうすれば良いのだ?」
「……小烏、これは硝子の様な素材には粘着質になるらしい。」
「ほほう…なるほど。
現代の物は不思議なものが多くて父は楽しいぞ」
小烏丸はガラスに短刀達と飾りを貼り付けていく光世を見て、楽しそうに微笑んで、どれ…と立ち上がった。
「飾り付けは…こんなものかな?
僕は厨の方を見てくるから岩融と太郎と次郎は飾り付け手伝ってあげて?」
「分かりました」
「はーい、頑張っちゃうよー!」
大広間をあとにして、厨に向かうと、厨組が全員で忙しそうに料理をしていた。
厨組以外も初期から居る山姥切や乱、加州や大和守が簡単な作業を手伝ってる。
「買い出し終わったよ」
すると、ちょうどいいタイミングで源氏兄弟と獅子王が追加の食材を持ってきた。
「お疲れ様、すごい量だね」
「主、またその様な薄着で歩き回って…
風邪など引いても俺は知らぬぞ」
そう言って膝丸が自分が着ていた羽織を羽織らせてくれた。
「あ、りがと…
さっきまでは着てたんだけど広間は人数が多いし、暖房も入ってたから…」
「うんうん、ちゃんと判ってるよ。
でも主の心配をするのも僕らの仕事だから、許してね?」
髭切に頭を撫でられて、なんとなく嬉しくなったレイリは素直に頷いた。
「何か手伝う事はある?」
「あ、じゃあ倶利ちゃんと一緒にお皿を広間に運んでくれる?」
光忠が指さした先には山積みのお皿。
「よし、頑張る!」
レイリが袖を捲り紐で結ぶと、倶利伽羅がレイリに皿を10枚ほど持たせて、それ以外すべて自分が持ってしまう。
「あ、待って倶利ちゃん!
僕まだ持て…」
「俺一人で十分だ」
倶利伽羅はそう言って山積みの皿を広間に運んだ。
流石に10枚くらいなら運べるだろうと思ったが、レイリは皿を持ったままプルプルしている。
「あ、主!おれ急に皿持ちたくなったからそれ俺が運んどくからさ、主は箸持ってきてくれよ!」
嫌な気配を察したのか獅子王がレイリの皿をかっさらい、箸箱を持たせた。
「えっ?あ、うん…」
レイリは首をかしげながら広間に箸箱を持っていった。
「主ってあんなに非力だったんだね」
くすくすと楽しげに信濃が笑った。
「主さんにはあまり手伝いさせた事ないの。
ほら、主さん病弱でしょ?」
「だが、まさか皿10枚で生まれたての小鹿見たいになるたぁ思わなかったな」
乱と厚が笑うと、厨組が笑いをこらえ始めた。
そして主には箸以外運ばせないという暗黙のルールが誕生した。


「主!主見てくれ!」
鶴丸が赤い服に赤い帽子、白い付け髭を付けて前方から走ってくる。
「涼蘭が作ってくれたんだ!」
「へぇ、似合ってるね」
「えへへー、自信作だよ」
涼蘭はくるっと回ると、ふわりとしたスカートが揺れる。
「可愛いね、よく似合ってる」
「ふふふ、ありがと!」
涼蘭は薬研くんに見せてくるねーと走っていった。
「お嬢は元気だな。」
「夜季は着なかったの?」
「…着た方がいい?」
「うーん、折角だから着たらいいかな?
夜季は可愛いからね」
夜季は首を傾げる。意味はわかっていないようだ。
「後で涼蘭に着せてもらいなよ?
黒月が喜ぶから。」
「…うん」
レイリが笑いかけると夜季は頷いた。
鶴丸とこっそり企画したサプライズの打ち合わせをした後、パーティまでの時間に部屋に戻ってテレビをつけてコタツでぬくぬくしようと襖を開けて、レイリは珍しいものを見つけた。
緋翠の所からいつの間にか戻っていたシュノが炬燵に入ったまま突っ伏して眠っていた。
書類仕事をしているうちに眠ってしまったらしく、散りばめられた資料に、ノートパソコンが付けっぱなしになっており、ペンをきつく握りしめていた。
「ふふ、シュノったら…」
レイリはシュノの右側に座り、そっとシュノの前髪に触れる。
「シュノ、起きて…」
そっと囁くように額にキスを落とすが、余程疲れていたのかシュノはびくともしない。
「シュノー?」
ゆさゆさと揺さぶるとようやく眠そうに目を開いた。
「レイリ…?」
「うん、おはよう。
こたつで寝たら風邪ひくよ?」
シュノは眠気眼でレイリをギュッと抱きしめた。
しばらくレイリを抱き締めて、また眠そうにうとうとし始めた。
「シュノ、寝るなら布団で寝よ?」
「ん…レイリも」
「うん、一緒だから」
準備ができるまでほんの少しお昼寝のつもりが、案外しっかり寝てしまった。
何度か刀剣達がレイリとシュノを訪ねたがあまりに微笑ましい光景に皆笑を零してそっと襖を閉じた。
日頃から皆の為に頑張っている2人をゆっくり寝かせてあげようと、本丸中が準備を急いだ。


「おい、あんたた起きろ。宴の時間だ」
山姥切が二人を起こしに来てようやく目が覚めた2人はすっかり暗くなったあたりに焦り出した。
「あっ、うそ…ごめん!」
「皆知ってて寝かせておこうと決めた、あんた達が謝る必要は無い。
いつも、俺達のために頑張ってくれてるから寝かしておこうと長谷部がな。」
シュノは余程眠かったのか、まだ少しぼんやりしてる。
「シュノ?起きてる?」
「あ、ああ…切国悪かったな。
長谷部は今どこにいる?」
「広間であんた達を待ってる」
シュノはレイリを抱き寄せて手を引いた。
「行こう」
レイリはニコリと笑って頷いた。
広間につくと、皆が待ち構えていたように、一斉にクラッカーを鳴らした。
「MerryX'mas!主」
レイリは中央に置かれた大きないちごケーキの前に座らされた。
そして、その横には何やら巨大なプリンがある。
「光忠?これは…?」
「僕と歌仙くんの自信作!クリスマスプディングだよ、中におもちゃの指輪が入ってるんだそれを当てた人がクリスマスの主役になれるんだ。」
光忠はクリスマスプディングを器に取り分けた。
「指輪は玩具だから飲み込まないよう気をつけてね、あと硬いから噛んだりしないでね」
みんな、一斉にこちらを見ている。
レイリは気恥ずかしそうにしながら一口食べた。
「甘い…んー、美味しい…」
蕩ける甘さにレイリが嬉しそうに笑うとほかの皆も器によそい始めた。
誰が指輪を当てるか等盛り上がってきた所で誰かが声を上げた。
「……ん?」
「あれ、もしかして黒月さんに指輪行ったのかな?」
黒月はプディングに入っていたプラスチックの指輪を取り出した。
隣で興味深そうにじっと夜季が黒月を見ていた。
「ほれ、お前にやろう」
黒月は指輪を夜季に渡した。
夜季は首をかしげて、それを受け取るとマジマジと眺めた。
「良かったね、それ私が作ったんだー
良い出来でしょ?」
「綺麗」
キラキラ光る指輪に夜季は興味深そうに回したり裏返したりしてる。
そんな夜季の様子が、涼蘭は嬉しいのかニコニコしている。
「涼蘭が作ったの?」
「そうだよ、光忠さんに頼まれてねー
なかなかの力作なんだ」
誰にあたるか判らないからデザインはシンプルなものにされていたが、なかなかしっかりした作りのようだった。
「よし!次は俺たちからのサプライズだな!」
そう言ってレイリと鶴丸が立ち上がり、隣の部屋から大きな袋を引っ張ってきた。
「これからプレゼントを配るからねー」
そう言ってレイリが名前の書いた小さなラッピングされた箱を皆に配っていく。
その小さな箱は鶴丸とレイリが皆を驚かせるために現世から仕入れた道具で作ったのスノードームで、クリスマスツリーとそりに乗ったそれぞれの男士に似せたサンタと、そりを引くトナカイが収められていた。
ガラスより丈夫な素材でできたドームの中に満たされた雪はドームを降るとハラハラと落ちてきて幻想的な雰囲気になる。
「……いち。いちのは、俺が作ったんだ。
その、変でも笑わないでくれよな…」
照れた様に小声で呟きながら渡してくる鶴丸に、一期は笑って受け取った。
一期が包を開くと、サンタのそりに鶴丸と一期がサンタ服を着てちょこんと乗ってる。
「つ、鶴丸殿…ありがとうございます。
この礼は、今夜あなたの部屋で…」
耳元で囁く一期。
鶴丸は顔を赤くして逃げるようにその場を離れた。
「長谷部くん長谷部くん見て見て、これ!
僕のサンタさん、小さい貞ちゃん持ってるよ!」
「……そうか、良かったな」
長谷部は少し不機嫌そうに顔を逸らした。
光忠はスノードームを眺めながらキャッキャしてる。
長谷部は自分に与えられたスノードームを眺めていると、長谷部のソリに、まるで隠れるように光忠の人形が乗っていた。
「!!!!!」
それに気が付いた長谷部が顔を赤くしながら隣で嬉しそうにする光忠に肘打ちした。
「ぐふっ…な、なんで…」
光忠は腹を抱えて蹲った。
「これは…愛らしいなぁ、切国や」
「そうだな…」
手元のスノードームを眺める山姥切。
「主、ありがとう…」
「ふふ、気に入ってくれてよかったよ」
レイリが嬉しそうに笑うとシュノがレイリを抱き寄せた。
2人のサプライズは大成功だった様だ。
宴は最大限に盛り上がった。




「良かったな、サプライズ喜んでくれて。」
「うん、良かった」
レイリはほんのり頬を赤くした。
宴もお開きになり、レイリを抱き上げて部屋に戻ってきたシュノは布団にレイリを寝かせて頭を撫でた。
レイリはシュノを見上げてニコリと笑い、甘えるように抱き着いた。
「シュノ……」
「レイリ」
そのまま、唇が自然と重なり、布団に縺れるようにシュノが倒れ込むと、レイリは強請るように腕を回した。
「シュノ、大好き…」
「俺も、好きだ。」
2人は顔を寄せあって笑いあい、そのまま幸せそうに目を閉じた。
明日からまた戦いの日々でも、今だけは、その喧騒を忘れて幸せな夢を見ていることだろう


隠ス者


「拙僧には兄弟刀が二振り居るが、いずれも良き刀。主殿の力となり得よう」

「僕達には弟刀が居るんですけど、彼は生まれが特殊で……。主さん、いじめないで下さいね? 闇討ちなんて嫌ですよ」

そのように同じ刀工から生まれた刀達は言っていた。
兄弟ならばなるべく一緒に居させてやりたい、と願うのは人間の傲慢か。
そうして鍛刀され顕現したのは金髪に翠の目が美しい刀で。

「山姥切国広だ。……何だその目は。写しというのが気になると?」

大層卑屈な性格をしていた。
深く被ったボロ布は己を隠す盾だとでも言うのか。
前髪も長く、目線が通らないのも気に入らない理由の一つだった。

「俺がこの本丸の主、緋翠だ。写しとして見て等居ないから安心しろ」

あと目つきが悪いのは元々だ、と言っても彼の態度は変わりそうも無い。
かなり緊張している様子が窺えた。

「お前にはこれから、俺の刀として戦場に出て貰う事になる。だが先に兄弟刀に――」
「ふ……化け物切りの刀そのものならともかく、写しに霊力を期待してどうするんだ?」

言葉を遮ってまで自分を卑下する言葉に、緋翠は自分の目端が細くなるのを感じた。
まだその本分を発揮した訳でも無いのに何故、そこまで言うのかと。
そうして彼が己を卑下する度、彼にまとわりつく糸が見える。
それは言霊。
力のあるモノが使えば縛りを与える見えずの糸。

「なあ」
「……何だ?」
「お前は足利城主長尾顕長の依頼で打たれたんだよな」
「ああそうだ。……山姥切の写しとしてな。だが、俺は偽物なんかじゃない、国広の第一の傑作なんだ……!」

絞り出すかのように言われた言葉に、緋翠は嗤った。
嗤い、嘲笑い、笑う。
写し写しと、写しが何だというのか。
だが山姥切国広は何も言わず、笑われるままにしている。
気に入らない。

「山姥切国広、来い」

鍛刀部屋の入り口を出ればすぐそこに三日月宗近が控えていたが、緋翠はそれを目で止めた。
着いてくるなと。
前だけを見据えて山姥切が後を着いてくるを疑わない姿勢に迷う。
が、足は自然と緋翠の後を追っていた。
古式な日本家屋の中をぐるぐる、ぐるぐると巡っていく。
まるで狐に化かされている気分になるほど長い廊下を歩いた先、一つの離れがあった。

「おいで。お前に一つ、秘密を教えてあげよう」

顕現して間もない自分に何故?と思ってもその声には逆らえない。
そうして離れの中に入ると、四隅に灯った蝋燭と壁一面に張られた札に怖気が走った。
ばたん、後ろで扉の閉じる音に肩が跳ねる。
観音開きの扉は緋翠の手に寄って閉じられ、そこにも札が貼られていく。
山姥切はそこで、己が本科では無かった故に折られるのだと思った。

「ここで刀解するのか、随分慎重に封じをするんだな。そんな事をしなくてもあんたを恨んだりしない」

帯刀していた刀を振り返った緋翠の手に預け、自分はその場に座して眼を閉じた。
反抗の意思はなく、いつ刀解してくれても構わないと態度で示す。

「……卑屈な割に実直なんだな」
「俺には俺の誇りがある。国広第一の傑作だという誇りが」
「なら、何故そんなに己を卑下する」
「あんたには分からない。俺は俺だと証明したいのに、常に本科と比べられる俺の気持ちなぞ……」
「……では、お前には。お前という写しが居る本科の気持ちは、分かるのか?」

問われた意味が分からず顔を上げれば、翠の目が冷徹に見下ろしていた。
表情というモノを一切無くし、人形のようですらあるそれに札を見た時と同じく怖気が走る。
何かが違う。

「天空、此れへ」

宙に手をやった緋翠の手を、しかし掴むモノがあった。
ふわりと降り立つように姿を現したのは白く艶やかな長髪をまとう緋翠と瓜二つの何か。

「まんば、お前にだけ特別だ」

緋翠はイタズラな笑みを浮かべて口の前に指を一本立ててみせる。
この段でようやく刀解では無かったのか、と疑問を打ち立てた。
天空、と呼ばれた緋翠と瓜二つの何かは同じ笑みを浮かべ、橙色の瞳を光らせていた。
霊力や気配は同じなのに、これは魔性の類いだと思い至る。

「俺の式神、天空だ。これはお前で言う写しになる」
「まあ私は主と比べられた事は無いから、お前の気持ちとやらは分からんがな」

左右に同じ声、違う色、同じ気配、違う存在。
刀を預けていた事を今更後悔した。
よもやあやかしに化かされるなど思いも付かなかったのだ。

「そう硬くなるな。何も取って食おうって訳じゃ無い、ただお前が不憫でな」
「否、不憫ではないな。怒り……憤りとでも言えるか。何故そう本科を、山姥切である事を恐れる?」
「俺は……何も恐ろしくなんかない!」
「「本当に?」」

二重に掛けられる言葉、瞳、笑みが問う。
気色の悪いまやかしだと切ってしまえたらどれだけ良い事か。

「ではどうしろと? 山姥切の写しとして生を与えられた俺にどうしろと言いたいんだ」
「"写し"と言って己を貶めているのも、縛っているのも。お前では無いか」

きょとんとした顔で白い方の緋翠に言われ、山姥切は突然に人間染みた表情を見せられた事に混乱した。
刀を持っている緋色の緋翠は能面のような表情を保ち人形染みている為、どちらが本当の主なのか分からなくなる。
不意に白い方が刀を手に取り、刀身を抜き出した。

「山姥切国広、良い刀じゃないか。綺麗な刀身をしている。それこそあやかしすら切れそうな程、な」

言い終わると同時に空を斬るように何度か振ると、しゃらりと涼やかな音が響く。
刀自体に飾りがある訳では無く、いつの間にか刀身に糸が絡んでいた。
よく見てみるとその糸は四方から伸びて居たようで、その全てが山姥切国広の身体に絡んでいたようだ。
それが何かを確認する前に、緋色の方が手を伸ばして山姥切国広を抱きしめる。

「お前は自分が半端物だと思っているようだが、成らずの者、為れずの者で何が悪い。お前はお前だ」

山姥切の頭に被っていたボロ布をサラリと落とし、目と目を合わせてきた。
翠の瞳は強い意志の光で燃えていて、ともすれば表情は怒りで満ちている。

「お前は山姥切の写しとして作られたが、国広第一の傑作で、俺の刀だ。他に同じ刀が居たとて、お前だけが俺のモノだ」
「だが、刀などいつかは折れるだろう。審神者のあんたは二振り目を顕現するんだろ? それは"俺"じゃない」
「二振り目? そんな物は要らん。お前だけだ。いつか折れたとてお前が望まずとも、俺は二振り目に"お前"を卸す」

低級とは言え神を思い通りにする、と厚顔不遜な態度は山姥切国広にとって初めての事だった。
そうして自分自身が求められた事も、初めての事。

「もし、本科が鍛刀されたら……」
「それはそれ、お前はお前だろう? 似てると思いはするだろうが、同じ物扱いや比較がしたい訳じゃ無い」
「……あんた、いつか神罰が下るぞ」
「それこそ知った事では無いな」

屈託無く笑い、抱きしめる力を込めてくる。
己とは違う人の体温と優しい手付きに、酷く安心した。

「直接的な言葉が欲しいならこう言おうか、お前が欲しい」

白い方の緋翠が背後で笑む。
だが、緋色髪の翠目を和ませて笑うのが主だともう見間違わない。

夢の終わり





「う…うぅ…」
白い部屋の大きなベット。
小さな身体が寒さに震えながら小さく呻いた。
身体中が痛い、なのに、目の前の男はいつも楽しそうで…
つぷ…と、グチャグチャになった秘部から楔が引き抜かれて白い液が零れ落ちる。
「レイリ、可愛い私のレイリ。」
男は自分に酔っているようにうっとりとした声を上げる。
「お前が女だったら、孕ませて私だけのものにするのに…
ああ、もっと注げば、孕んだりするかなぁ…」
脚をグイッと広げられ、また身体を開かされる。
シュノは眠らされていてピクリとも動かない。
「あっ……ああっ…たす、け…いや…
たすけて…緋翠…」
怖くて涙を流しても、誰も助けてくれなかった。



ハッとして目が覚めた。
そこは火鉢が焚かれた和室で、雪見障子に変えられた縁側の障子からは雪が見えた。
白い部屋を連想させる白い雪。
初めて見た時は綺麗だと思ったが、夜の雪景色は何だか不安になってしまう。
あんな夢を見たせいか、身体に纏わり付くような男の手の感触を思い出し、隣で寝ていたシュノの布団に潜り込んだ。
「う、ん……レイリ?
どうした、また怖い夢見たのか?」
レイリは頷いてシュノの胸に顔をうずめた。
「そうか」
シュノはレイリを抱き締めて頭を撫でた。
レイリはそのまま寝てしまった。
ここに来てから、レイリはこうして夜中に目を覚ましてはシュノにしがみついて来る。
助け出されても、3年間染み付いた感触は消えない。




離れに造られた中庭を、縁側に座りながら眺める。
葉の落ちた木には雪が積もり、キラキラと反射していて綺麗だ。
「レイリ、風邪ひく」
レイリに羽織を着せてシュノがぎゅっと抱き締める。
「いいの、ぼく、もうきたないから」
舌足らずな子供みたいに、ぼんやりと外を眺めながらレイリは呟いた。
「そんなことない、レイリは綺麗だ。
それに、例え汚くても俺はずっと一緒だ。
今までだってそうだったろ?
それに今は母さんがいるだろ。」
「……かあ、さま…」
シュノは隣に座ってレイリを抱き寄せた。
「俺達はまだ、子供だけど…
自由になったんだ…」
酷いこともされる事は無い。
好きな時に寝て、起きて、好きなことをしていい。
「本も読める様になったし、美味い飯も食わせてもらってる。
付喪神には会えないけど、ここが暖かな場所なのは判る」
文字の勉強をするためにわざわざ現世から緋翠が取り寄せた子供向けの絵本は繰り返し読んだせいか2人は一字一句全て暗記してしまった。
読み聞かせは天后がしてくれたし、緋翠が暇な時は様々なアレンジを加えて話してくれた。
「お前、あの時の事夢に見てるんだろ…?」
シュノがレイリを腕の中に閉じ込める。
何も知らなかった無垢な身体を汚されて、心まで傷付けたあの男をシュノは一生許さないだろう。
だが、緋翠がもう2度とお前達の前に現れることは無いと断言したから、もう忘れる事にしたが、レイリはそうは行かなかった。
実験被害の当事者であり、あんな男に気に入られたせいで随分トラウマになってしまった様だ。
「シュノ…だったら、良かったのに…」
レイリは虚ろな目で呟いた。
一方的に奪われ、レイリの意思も気持ちもお構い無しに続けられる行為にレイリが何も感じないわけがなかった。
「レイリ…」
「……寒くなって来たから、中に入ろう」
レイリは立ち上がり、部屋の中に入っていった。
火鉢に火をつけ、寒い体をぎゅっと抱いた。
「レイリ?寒いのか?」
「…そう、だね…ぎゅってして」
そう言ってレイリはシュノに抱きついた。
今はこうしてシュノと温もりを分かち合っていたかった。
嫌な感触など忘れて、シュノだけを感じていたかった。
「シュノはあったかいね」
「そうか?ならお前は俺のそばに居ればいい。
そうしたら、寒くないだろ」
「ん…そうだね…」
レイリはやはりどこか寂しげに笑う。
「レイリ、シュノ」
背後から声をかけられ、振り返れば灰を入れる容器を持った緋翠が入口に佇んでた。
「火鉢の灰掻きするから向こう行ってろ、吸うと身体に悪いから」
「かあさま…」
フラフラとレイリが緋翠に近寄り、ぎゅっと抱き着いた。
「どうした?」
「昔の…っても数ヶ月前か…
あの男に…いい様にされる夢をまだ見るんだ」
何も言えないレイリの代わりにシュノが呟いた。
「夢、みるの……
あの人が、僕の中に入ってきて、痛くて、気持ち悪くて、シュノを、母様を呼ぶのに誰も聞こえないの
あの人が、僕を、汚して、身体がドロドロで、グチャグチャで、痛くて……」
「……レイリ、お前まさか…」
「…抱かれてたの、あの人…僕のこと、可愛いって、好きだって…」
レイリは今まで緋翠が見たことがないほど冷たい表情を浮かべていた。
「眠っても、覚めても、ゆめかどうかわからないの…
ここには、シュノも、母様もいるのに…
どうして、なんだろ……あの人の呪いかな…
ぼく、悪い子だから…だから、しあわせに、なっちゃ…いけなかったのかな…」
レイリは声を上げて泣いたりしなかった。
幼い頃は何かある度にシュノにしがみついて泣きじゃくっていたのに。
レイリは己の現状を罪だと認識しているようで、それが不安になり、それをひた隠して気が付かないふりをしていた。
恐らく無意識に。
だがそれも限界に達し、溢れる感情が押し寄せる波のようにレイリを飲み込み、深い深い暗い闇に引きずり込もうとしてる。
「レイリ、あいつはもう居ない。
ここに居る限り手出しはできない、させない」
「母様…の、声が…する…」
レイリはまるで見えていないように、緋翠の身体を確かめるように触れる。
「レイリ?」
「シュノ、まて…」
緋翠がシュノを制して近寄らせないようにして、レイリの身体をふわりと抱き締めると、途端にレイリは意識を失った…。
と言うよりは意識が居なくなったのだろう。
「相当強烈な心の傷だったんだな。
気付かなくてすまん」
レイリは目は開いてるのに何の反応も示さない。
辛い記憶を記憶を消し去ってもいいが、レイリ自身乗り越えなければまた同じことを繰り返す。 今のレイリは閉じ込め症候群に似ている。
自ら自分の内側に閉じこもっている。
「レイリの意識に少しだけ…」
抱きしめたレイリの頭を撫で、額を合わせた。



「や、あ……あぐっ…」
レイリの声がする。
「ひっ、や…もう、やめて…ごめんなさい!」
「何を謝るんだレイリ?
ほら、私の想いを受け止めるんだ」
「いやっ、いやだ、かあさま、かあさま!!!」
レイリの悲鳴はだんだん大きくなる。
白い廊下を抜け、白い部屋を訪れる。
「――――ッ!!?」
白い部屋に、白いベット。
一糸纏わぬ姿で乱雑に投げられたレイリの身体。
部屋に漂う鼻をつく臭い。
「レイリ!」
抱き起こすと、身体になにか付着している。
身体中に赤いアザが散らばってる。
「あ、う……」
虚ろな目で涙を流してレイリが何かを呟く。
「……けて、……たす……か、さま…」
口から何か白い液が零れ落ちている。
それは顔だったり、身体だったりあちこちに付着していて、緋翠は思わず口元を覆った。
下半身にはシーツがかけられていたが、一部に赤いシミが付いていた。
「い、たい…たすけて……しゅの、しゅの…」
緋翠が見えていない様にそればかり繰り返すレイリ。
「かあさま、しゅの、たすけて……
もうやだ、いたい、気持ちわるい
どうして僕だけこんな事するの?
僕が悪い子だから…?」
泣きながら悲鳴をあげる。
黒く深く冷たい闇が当たりに広がり、レイリの身体が闇に沈んで行く。
緋翠は闇からレイリを掬い上げると、きつく抱きしめた。
「助けに来たよ、レイリ。
もう大丈夫、大丈夫だから。
俺が―母様が守ってやるから。」
「無理だよ、その子は抜け殻。空蝉だから」
ふと、背後に聞こえた声に振り返る。
そこにはレイリが立っていた。
にやにやと嫌な笑を浮かべたまま。
「僕は、汚く穢れた罪を孕んだ子。」
「そんな事は無い」
「母様には判らないよ、恐怖、苦痛、絶望を味わった後に好きでもない奴に無理矢理体を開かされるの。
気持ち良くないのに気持ちいいっていうまで終わらない。
気に入らなければいたい事をされる。
僕は人間の玩具なんだ、人間以下のゴミクズだよ」
「そんな事は無い!」
「男だから孕めるわけないのに、沢山中に出して膨れた腹をみて漸く満足するんだ。
嫌だけど逃げれなかった。
逃げたらシュノに酷い事をしたから」
「レイリ…」
「最初の内は逃げない様に足を折られた。
でも結局シュノに良く判らないけど酷い事、した」
レイリは他人事のように淡々と語るが、その目は虚ろで涙を零していた。
「レイリ、こちらにおいで」
ふと、室内に男の声が響いた。
レイリはその声に反応してフラフラと歩いていく。
「レイリ!」
「だめ、だよ。これは罰。
シュノに縋り付いて何もしなかった、僕の罪。」
男の元まで歩き、抱き締めれる。
「やめろ、これ以上レイリを苦しめるな!」
赤い炎が部屋を包み込み、男を飲み込んでいく。
あまりの熱さにレイリは突き飛ばされたが、レイリには熱は感じなかった。
「えっ…」
「お前はもう十分苦しんだ。
シュノがもうそんなお前を見ていられないって言ったんだ。
下らない意地張ってねぇでさっさと戻って来いバカ息子!」
ギュッとレイリを抱き締めると、レイリも空蝉も途端に輝き出した。
「許して、くれるの」
「ああ、許すも何もシュノは最初から怒ってない。
お前を深く愛してるからお前が傷つくのは辛いんだ。
お前はこれ以上、大好きなシュノを苦しめるのか?」
レイリが首を振った。
「大丈夫、もう夢も見ないし、見ても平気だな?
あれは夢だった、もう終わったことなんだからな」
「……ありがとう、かあさま…」
ニコリと笑ってレイリが緋翠に抱きついた。
その瞬間に意識は弾け飛び、現実にもどされた。
「レイリ…緋翠?」
唐突に倒れた2人をシュノが心配そうに覗いていた。
「シュノ、俺は平気だ。
今はレイリに付いててやれ」
そう言って布団を敷いてレイリを寝かせた。
「レイリは…?」
「大丈夫、もう大丈夫。
レイリはレイリなりにお前を守ろうとしたんだよ」
「そんな事…」
「シュノ、お前がレイリを思うのと同じ位レイリもお前を思ってるんだ、判るな?」
シュノの頭を撫でて緋翠が笑った。
「俺はな、お前達にその気持ちをずっと忘れないで欲しいと思う。」
シュノはレイリに視線を落とし、頷いた。
「お前もレイリも大事な俺の息子だ。
何かあれば俺にすぐ言え、遠慮なんてするなよ?俺達は親子だからな」
「……ありがとう、母さん」
シュノが顔を少し赤くして、でも嬉しそうに微笑んだ。
「(このシュノは今までで一番幼くて可愛いな)」
緋翠はニコリと笑って、愛しい息子をその腕に抱いた。
「シュノはレイリの兄代わりとしてずっと守ってくれたもんな。
今度からは俺も、刀剣も式神もいる。
だから、一人で背負うなよ。
一人でなんか絶対に無理なんだ、いつか取り返しがつかなくなる。
頼ることは負けじゃない、だからお前が俺にレイリの事を話してくれたから俺はレイリを助けられた。」
「…ああ、判ってる。
同じ事は繰り返さない、俺はレイリにはいつも笑っててほしいから」
「なら、お前が無理をすればレイリが悲しむのは理解出来るな?」
シュノは頷いた。
「よし、じゃあレイリが目を覚ましたら目一杯甘やかしてやるか。
まずはぎゅって抱き締めて大好きだって一杯言うぞ、あとどれだけレイリが俺たちに愛されてるか教えてやるか」
眠るレイリを優しく見つめて、緋翠は笑った。

長い悪夢はようやく終わりを告げたのだった。

椿の初陣

果たして新たに顕現させた二振りの刀、三日月宗近と小狐丸を伴って緋翠は合戦場へ往くべく鳥居の前に居た。
三日月はどこか呆けた拍子で狸を思わせ、小狐丸は名も相成ってか獣然とした気配で狐を思わせる。
どちらも主、審神者である緋翠の力量を測ろうとしているのだろう、警戒の色が濃い。
背を向けても刀を突きつけられないだけマシかと思うままにさせた。
それよりも心配なのは今以て尚不殺の刀と言われる三日月の心の内と、五虎退の様子だ。

「五虎、お前は一度顕現を解いて刀に憑いて貰い、俺が振るう。良いだろうか?」
「はい、承知しました……!」

ただ刀を借りるだけでは霊刀とは言えず、真価を発揮出来ない。
故に本人に憑いて貰った刀を借りて戦う事にした。
出来れば加州の二振り目辺りを使いたいが、今ある鍛刀部屋は皆塞がっている上にどのような刀が作られるかは分からない。
なれば、と鍛刀を待つ間に資材を取りに行く事にしたのだが。
太刀二振り、打刀一振り、短刀一振り。

「ぬしさま、宜しいので?」
「何の事かな、小狐殿」
「我らに任せず、ご自分も戦場へ?」

瞳を見れば、獣のそれが面白いと語っていた。
心配をしての言葉ではない事くらい分かっていたが、ここまで煽られては引けないだろう。

「無論。大将が往かずして何とす? ああ、だが私一人で十分なれば家臣など要らぬな。期待して居るぞ?」

微笑んでみれば狐は面を喰らったような表情をし、ぎらりと笑って見せた。
それを隣で見ていた三日月が裾で口元を隠して笑う。
加州は緋翠の隣で無茶はしないでと怒った顔をしていて、頭を撫でる事で気を引く。
そうしている間に五虎から短刀と自身を借り受け、帯に差して鳥居に手を当てた。

「ほう、このように成っているのか」

鳥居を潜った先で驚きの声を上げたのは三日月。
笑みを引く唇は更にほころび、三日月を浮かべた瞳孔が縮まる。
一人だけまるで空気が違ったが、それを好ましいと思った。

「気をやっている所悪いが、先へ進むぞ。ここへは敵を倒しに来たんでな」
「あい分かった。ところで主よ、何故男の子の様に振る舞うのだ?」

男の子、と言われて自分の衣裳を見る。
特に何の変哲も無い女物の着物であり、強いて言うなら帯に五虎退を差しているのが男らしい、のだろうか。

「戦は女御の関わる所ではあるまい」
「ふむ。強いて言うなら性分か」
「性分?」
「待つだの文を出すだの、まどろっこしい事は嫌いなんだ」

と、口にしていればモノノ怪の気配を感じて手を上げて皆を制する。
目を加州にやれば彼は引き受けたとばかりに少し前方の木枝へと飛び移った。
暫しの合間を置いて加州は直ぐに戻ってくる。

「前方、敵兵3。特に陣は張ってなかったけど、どうするの主?」
「強襲を掛ける。方陣、小狐丸は右、三日月は左へ、加州は俺に着け」

口にするが早いが、掛け出した。
一本足の高下駄で飛ぶように躍り出れば、敵の短刀が気付いてこちらを向く。
のを、横薙ぎに蹴り飛ばせば小狐丸の所へと踊るように跳ねていった。
地に着いた足は敵の打刀が狙うように突いてくる。
が、

「させないよッ!!」

直ぐに追いついた加州が間に入り、刀で抑えた。
その加州との鍔迫り合いをする打刀を下駄で蹴り上げ、後ろへと飛び退く。
同じように飛び退いてきた加州と入れ違いに敵に五虎退を抜いて斬りかかろうとした。
のだが、敵の打刀が振り下ろしてきた凶器の光を見た瞬間、五虎退を後ろへ下げて反対の腕で受け止める。
肉を断たれる痛みはするが、そこまで深くも斬られなかったらしい。
逆手に持った五虎退で空いている首を掻き切った。
そうすれば肉体は霧散して滅びていき、前方から新たに向かってくる気配が知れる。

「ちょ、緋翠ちゃん!? 何――」
「前方ッ! まだ来るぞ、気を抜くなッ!」

一部始終を見ていた加州から驚く気配が伝わったが、すぐに次に備えろと号令を掛けた。
そうすれば加州の気も敵へと反れ、意識する者は居なくなる。
と、思ったのだが、

「主よ、今の行動の原理は後で詳しく聞かせてくれるのだろうな?」

問題なく短刀を仕留めた三日月が庇うように前へと出、横目に問いかけてきた。
笑みを浮かべているが、先程より険の鋭くなった月に背筋を冷たいものがかする。

「はてさて、何の事やら。白昼夢でも見たんじゃ無いか?」

とぼけながら走り出、加州と小狐丸の間へと飛び込んでいった。
左から右へ、正面の敵を蹴り上げ、ただひたすらに飛びこえ跳びはね時折逆手に持った五虎退で斬り伏せる。
足を止めた時には全身赤く染まっていて、これは酷いなと思った。
ほとんどが返り血だが、隠居して鈍ってしまった身体はすっかり戦い方を忘れたらしい。

「主、酷い格好してる。可愛くないよ」
「はは、すまん加州椿。お前は可愛いよ」
「主、傷を見せよ」

加州の反対側から引っ張られる気配に向けば、戦った後の割には綺麗な身なりの三日月で。
先程の事を言っているのかと大人しく腕を掲げて見せる。
そこには赤い血は走っていたが、浅い傷すら残っていない。

「何にも無いよ」

それこそ狐のように緋翠は笑ってみせるのだった。
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