よもや今更になって人に使われる事になろうとは。
己の隣に同じように顕現された同じ刀派の懐かしい刀を見て三日月宗近は笑んだ。
「兄上、どうなさいました?」
「否、何でも無い。それより息災であったか、小狐丸」
「ええ、よもやこのような縁があるとは思いませんでしたが」
同じ事を考えている兄弟刀とも言える刀にころころと笑む。
敵も無く、鍛刀もなされているだろうと本丸へ帰城した所だった。
「不殺の刀と呼ばれる御身が戦場へ出るとは。いかがでしたか?」
「うむ、まあ問題は無い。この身が人となり己で振るうとは思わなんだが、悪くない」
「それはそれは、良う御座いました。ご不快とあらば不肖私めがあれを斬ってやろうかとも思いましたが」
「ああ、あれは中々に面白いな。本来ならば人の身に封じた我等を使う側であろうに」
「あれは戦を知って居ります」
井戸水を頭から被ってぞんざいに血を洗い流し、母屋へと入っていった"主"を思い浮かべる。
短くは無い緋色の髪に翠の瞳。
緋翠と名乗ったあれは率先して前を走った。
刀剣男子より早く、先へと。
そうして短剣である五虎退で刀を受けるより、己に傷を受けて庇い立てる。
刀であればそれを振るう者の力量や状況次第でいつ折れてもおかしくは無いというのに。
更にこの本丸であれば同じ刀を二振り顕現するのも容易いであろう。
その可能性を己の身一つで排除する愚直な姿勢。
「戦など、ついぞ亡きものと思っていたが」
刀を使う時代は終わり、展覧されるだけと思っていた。
だが、それにしては。
「人の身とは思えぬ霊力……神気か。あれは何だろうなぁ」
人になった自身の手をためつすがめつ、今は己の霊力と相まって残滓は消えたが心地良い物だった。
特に水気の強い人間の霊力だったからか。
どこか懐かしい心地さえしたものだ。
「三日月ー、小狐丸ー」
母屋からの呼ばれる声に、庭で物思いに耽っていた二人は顔を見合わせて足を進めた。
二人が縁側に来る頃と廊下の奥から刀剣男子を連れた"主"が姿を出したのはほぼ同時。
「紹介する。三条刀派の三日月宗近、小狐丸だ」
「秋田藤四郎です、よろしくお願いします」
「僕は乱藤四郎、よろしくね?」
「俺っちは薬研藤四郎だ。兄弟と五虎退は同じ粟田口刀派だ、よろしくな」
「で、このちっこいのが左文字刀派の小夜左文字。それと大きいのが蜂須賀虎徹、真作だそうだ」
「君も人が悪いな、天下五剣の御前で言わなくても良いだろうに」
「そうか? そういえばそうか、あんた天下五剣だったな。不殺の刀である事しか気にしてなかった」
忘れていた、と顔面に書いてある程分かりやすい顔に、三日月は腹から笑った。
美しいと飾り立てられ、褒めそやされる事はあったがこの様に扱われたのは初めてだったからだ。
隣では小狐丸が驚いた顔をし、にんまりとその目を細める。
二人の胸中は一つ、実に面白いの一言に尽きた。
「まあ紹介や交流は各々で、分隊して出陣するぞ。最初は五虎と蜂須賀、小狐に秋田で行く。五虎は刀を貸してくれ」
「大将が戦に出るのか?」
「大将だから出るのさ」
口端を上げて笑う姿は肝の据わった戦人のそれ。
小狐丸の言葉通り戦を知っているのだと改めて推察し、それにしても女御が何故と疑問が浮かぶ。
あれ自身に聞いたところでやはり本音で答える事は無いのだろうとも思った。
背を向けて行く緋翠は髪を一つに結い上げ、着物に一本足の下駄と戦向きでは無い。
だが三日月は確かにあれが戦場を駆けるのを見た。
まるで天狗か鳥のように一所に落ち着かずに飛び交う様は見事。
しかし身を庇う仕草を見せないあれは、
「我等よりよほど刀の様だ」
「どうかしたのか? 三日月の旦那」
「なに、爺の独り言さ」
見上げてくる藤の瞳に、笑みを浮かべて煙に巻いた。
主達の帰りを待とうと縁側に腰を下ろした。
果たして無事に戻った面々とは入れ違いで三日月達は維新の時代へとやってきた。
緋翠が今使っているのは薬研藤四郎であり、付喪神として顕現を解いた状態である。
先程と同じように偵察を加州清光に任せ、索敵をしていた。
「ねぇねぇ主さん、どうして僕たちだけじゃないの?」
「ん、俺の気性の問題さ」
似たような疑問に似たような答え。
顕現された際、刀剣には時代に対する最低限の知識と敵を覚えさせられる。
だがその知識の中に審神者が戦うなどどこにも無かった。
何故自分から戦場へ出るのか、それこそ命すら危うくなると言うのに。
「人は脆くか弱いものだが、それでも往くか」
「あまり俺をみくびるな、三条の。或いはお前達より死ににくいものさ」
「その根拠を知らねば、我等とて肩を並べる気にならぬとは思わんか?」
「……それもそうか」
偵察をしてきた加州が戻り、敵の数と陣形が知らされる。
それに合わせ、有利に進む陣形が告げられた。
三日月は右端に配置され、言葉を交わしていた審神者が離れていく。
また、離された。
先程の戦陣でもそうだったが、己を太刀と同じ戦力だと自負している節がある。
「舞い踊る椿は綺麗であろうな」
号令を掛ければ真っ先に先陣に躍り出る機動力と胆力。
敵兵の打刀をしゃがみ避ければ、地に手を付いて高下駄で刀を蹴り上げる。
そのまま腕に力を込めて飛び上がりながら踵落としをし、手に持つ薬研で首を掻き切った。
上がる血飛沫を避けようとはせずに、隣に居た短刀の一撃を薬研で交わしながら崩れていく敵兵から飛び降りる。
只人の物ではない瞬発力と観察力。
面白い、と三日月は内心笑うに留める。
向かってきた脇差しを半身で避け、空いた身体を斜めに斬り捨てた。
血を流さずに崩れる敵兵を目端にやり、次の敵へと視線を切り替える。
「オラオラオラオラァーッ!!」
「お触り禁止ー!」
加州清光や乱藤四郎の声を聞きながら飛びかかってくる短刀を蹴り飛ばし、審神者へと飛ばした。
それを逆手に持った薬研の刀身で斬り伏せるのを見、先へと足を進める。
戦闘の気配を察してか、次々と骨のような等身が姿を現した。
時に交わし、退き、前へ出て一閃に伏す。
短刀が身を囲んでくるが、特に苦戦する程では無く、切り結びながら確実に数を減らした。
その間も審神者はへばる所かますます動きを活発にして飛び回る。
「蹴り殺すッ」
脇差しの一撃を横に跳んで交わし、その先に居た短刀を言葉の通りに蹴りで刀身をへし折った。
返り血で更に赤く染まった髪を振り乱し、視線は脇差しから離さない。
横薙ぎに払われた脇差しの一閃を食らい吹き飛ぶかのように見えたそれはしかし、反り返って交わしたらしく額を浅く斬っただけだった。
そこから背後にくるくると後転し、地に接する程の深さで懐に飛び込み、薬研をずぶりと柄まで刺し通す。
そうして目前の敵が居なくなった所で、跳ね飛ばされた。
「主ッ!!」
「主さん!?」
加州へと向かっていた敵が審神者に目を付けたようで、気付くのが遅れた。
彼女は手を上げて向かってこようとする加州と乱を制止する。
包囲する短剣の檻を斬り捨てて三日月が傍まで下がれば、軽く血を吐いたようで地面に赤が広がっていた。
「けほっ……問題ない」
「無い訳がなかろう。人の身では辛いのでは無いか?」
「はっ、だったらこんな場所には出ないさ」
口元を乱暴に拭った審神者は野性的な笑みを浮かべている。
見たところ斬り捨てられたような痕は無かったが、そうなると臓腑を痛めた可能性があった。
「下がっていろ」
「そんな事したら、肩を並べて戦えないだろう」
戦える根拠、知りたいんだろう?と横目でイタズラに細められる。
単なる強がりならば足手まといだと不快を顕わに見やるが、気は変わらないらしい。
問答は無用だと薬研を逆手に戦線に踊り出る様は先程と変わらず、ため息をついた。
逆行軍の戦線を崩壊させ、敵の本陣を叩いた後に審神者は帰還をした。
そうして本丸に戻った瞬間、顕現した薬研に刀身を奪われて服を脱がされている。
「大将、あんた! 何で刀身化した俺っちを盾にしない!!」
はだけた着物の下から出てきたのは胸に巻かれたさらしと大きな青痣の出来た脇腹。
やはりあの時痛めていたのかと眉を潜める。
それにしても先の出陣でも思ったが、やはり自身の刀剣を庇っていたのか。
小狐丸はそんな主に呆れたと言わんばかりの表情で様子を見ている。
加州は顔を青ざめ、乱や五虎退に秋田はどういう事かとおろおろしていた。
「問題ない。少し肋を痛めただけだ」
「あのな、こちとら肋が人間にとってどれだけヤバいのかってのは理解してんだ。ナマ言ってんなッ!」
ただでさえ刀剣は手入れをすれば怪我は戻るのに、という言葉を聞いて審神者は薬研を抱きしめた。
全員が身動きを止めて驚き、その様子を食い入るように見る。
「俺は死ねないから平気だよ。お前達が折れてしまわないなら安い」
死ねない、その言葉に皆が疑問を浮かべ。
審神者は全員の顔を見ながら自分の事を話し始めた。
自分が千年生きている半人半妖である事、水気があれば大抵の怪我は治る事。
そして、どれだけの致命傷でも死なない事を。
「だから戦の経験はあるし、引き際は分かってる。ただ神である貴方達にとっては騙していたような物か……。
ならば今一度問おう、貴方達の使い手が私で良いのか」
「……もし否と言った場合は?」
「即、御霊を本霊へお返ししよう。以後この本丸へは降りぬよう尽力する」
蜂須賀虎徹の疑問にも真正面から向き合う。
刀ならば、力ならば、何も考えずに振るえば良い物を、愚直な迄に真摯な姿勢を貫こうとする。
ただ求められるだけだった、与えられるだけだった刀達に、意志を問う。
面白いヒトの子だと思った。
力を貸したいと、力を貸して欲しいと乞うて欲しい、そんな欲が芽生える。
「ぬしさま、今更否と申す者も居りませんでしょう。この身この力、全て貴方様のモノに御座います」
全員の意を汲み取った小狐丸が返答し、膝を折った。
何を言うでも無く、全員が膝を折り頭を垂れる。
「ありがとう。ではお前達全員が俺の刀、俺のモノだ。勝手に死ぬ、折れる事は許さん」
全員が是と言った事で審神者は、主である緋翠はようやく頬に笑みを綻ばせるのだった。