スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

「月からの伝言」

煌びやかな光を放つシャンデリア、その下で優雅に社交を重ねる富裕層の人間。
新進気鋭の企業主として名を売り始めた青年、怜鴉は冷めた目線でそれらを視界から外す。
商品の販路を新規開拓する為、今繋がりのあるパイプをより強固にする為、顔つなぎの為。
居なければならない理由は様々あれど、そこに熱量を見いだせない。

「あら旦那様、そう怖い顔をなさらないで? せっかくのワインが台無しですわ」
「すまない、アナ。貴方が美しいから少し悪酔いをしたみたいだ」
「まあ、うふふ。相変わらずお上手ね、"お楽しみ"はお部屋にたっぷりご用意してますわ。エスコートはここまでで宜しくてよ?」
「そうもいかないよ。せっかくのレディ・ローズのお披露目だからね、愛娘を紹介しないと」

互いに口元は淡い微笑みを浮かべたまま、顔を近付けて話し合う様は端から見れば仲睦まじく見えるだろう。
女性は金色に赤みの影が差し緩くウェーブを描く自慢の長髪を肩に流し、垂れ目がちな紫の瞳は柔らかく弧を描いていた。
細身ながらも女性らしい膨らみを持ち、すれ違う誰しもが目を追う美女だ。
対する怜鴉も艶やかな金髪に紅と青に違う瞳は宝石のように澄み、顔立ちは女性的ながら引き締まった長身痩躯は男性的で。
何より立っているだけなのにそこらの人間とは色気が違った。
結婚をして3年、アナスタシアと怜鴉はビジネス上の仮面夫婦を貫いている。
怜鴉には最愛とする者が他にあり、今も上階に取ってある部屋で帰りを待っているのだ。

「そうね、貴方に紹介されるなら本望でしょう。それでは私も、微力ながらお手伝いしますわ。また後でね、ハニー」

怜鴉の頬を白手で撫で、その手を怜鴉が受け取って手の甲へと口付けを降らせる。
別れの挨拶を告げたアナスタシアは蕩ける様な微笑みを浮かべ、人波へと身体を滑らせた。
今回の社交はどこぞの御曹司の誕生を祝っての事だったか。
どこで聞いたのか、怜鴉が部下に作らせたワインを紹介する場に是非使って欲しいと招待を受けての事。
主賓は挨拶も既にすませ、会場中にワインが行き渡っていた。
ゆっくりとレディ・ローズを味わって貰ってから、紹介の場を設けている。
今は壁の花となり、それぞれの反応を様子見ているところだ。
と、そんな怜鴉の隣に人の気配が並ぶ。

「良いワインだ。ここまで透き通るには、幾度も濾過を繰り返し不純物を取り除く必要がある」
「……よくご存じですね。手間をかける分、数は出せませんが自慢の一品ですよ」
「うむ、何せ……俺の妻の地元で作られて居るからな。知って居るよ」

妻の地元、と言われて怜鴉が思い出したのは母だとも姉だとも言える緋色の髪を持った女性。
そして彼女が大切に保持し続けてくれたスターデューバレーの片隅にあるワイン農家の一等地。
互いに結婚をした事は報告していたが、その連れ合いに会ったことは無かった。
改めて隣を見れば、濃紺の髪に穏やかな笑みを浮かべる朝ぼらけの瞳を持つ美丈夫。

「初めまして、三条宗近だ」
「まさか三条財閥の当主に目通り願えるとは……怜鴉・クラインです」
「はっはっは! そう固くなる事は無い、俺はペリカンタウンのしがない町長だ。妻がな、喜んで居たぞ」

和やかに話す口振りは老獪で、見た目にそぐわず好々爺の様。
ペリカンタウンの町長と言われて思い出したのは、現町長がその地位に就いてから保護区としては異例とも言える新規住人の受け入れをしている事。
様々な条件や検査に合格した者だけが居住権を得る、狭き門ではあるのだが。
保護区の中でもスターデューバレーはその土壌の豊かさや逸話から人気は高い。
昨今では居住できずとも観光ならば、とその間口を広げている程。

「僕はあそこの"調停者"に嫌われているので、関わるつもりはありませんでした」

自然界という不思議と、この世界との間を取り持つと言われる調停者。
人間からは魔術師が、自然界からは精霊がそれに属すると言われている。
都市に住む者はそれがおとぎ話と同等の眉唾物、偽物かほら話の一種だとされていた。

「その"調停者"だが、伝言があってな……時の流れがあるのを忘れてた、元気にしているか?と」
「……は?」
「うむ、自然界には時間の概念がないようでな。あちらは見た目も変わらんだろう、故に忘れていたようだ。ちなみにお前の言う調停者は代理でな、人前にあまり出てこんのだ」

宗近の話す内容は全てあの町に詳しい者なら知り得る事であり、理解出来る事だ。
怜鴉が出て行ってから20年近く。
当時の"彼"に最愛の見た目が近付くほど、故郷を奪い家族とも言える存在と引き離したことを憐れに思った事もあった。
けれど結局は自分から引き離す事など想像も出来ず、むしろそれ以上に愛し幸せにすれば良いのだと考えを改め。
その為の地力を付けようと動いていたら、気が付けば成功者と呼ばれる程の富と栄声を手にしていた。
ついでにかの町からの通達で土地を余らせるくらいならと、自分が好むワインを作らせる事に着手し。
どこかで、最愛に故郷の繋がりを感じさせたいと思っていたのも確かで。
つまり言いたい事は一つ。

「馬鹿なの? いや、呑気過ぎない?」
「はっはっは、手厳しいな! あの子もな、親を探したりと色々あったのだ。父に免じて許しておくれ」
「許すも何も僕が決める事じゃ……待って、父って何? 誰が誰の?」
「うん? まああの子の伴侶には父と呼ばれて居るし、実質俺があの子の父のようなものだろう。それにお前もな、妻は母なのだろう?」
「……あの人には恩があるけど、貴方が父だなんて認めませんよ」
「む、やはり手厳しいな。……ところで、今度の春に町で祭りがあるのだが、顔を出さぬか? もう一人の息子にも会ってみたくてなぁ」
「……だから、父だなんて認めないって」

鷹揚に頷きながらも聞き流す相手に、自分よりも目上と言えるだろう相手にいつものように振る舞うわけにもいかず。
部下への激励を兼ねて町へ顔を出すのはやぶさかでは無いかと怜鴉は予定を考え始めた。
ただし、これから先も目の前の無駄に顔の良い男を父と認めるつもりはない。

「20年前のあの日」

20年ほど前、一つの農家が火事に見舞われて町から姿を消した。
その頃というと当時の町長が不正をしていたり、新進企業がスーパーとして突出してきたり、或いはよからぬ宗教が流行ったり、モンスターのスタンピードにより居住を追われたり。
ともかく様々な悪事が横行している時だった。
そんな彼らに嫌気が差した者は早々に町から離れ、その地が自然の緑に呑まれていったり。
椿緋翠は孤児だったが保護区入りが決まり、血の繋がらない男性に引き取られた。
町の中心地から少し離れた場所で、それなりに広い農家を手伝う事となった。
手伝うと言っても男性、晴明は祖父と変わりない年であり手の届く範囲で作物を育てるだけの日々。
学校も無かった事から早々に時間を持て余した緋翠は、毎日森に入って遊んでいた。
そのうち、森の入り口から少し奥へ行ったところに流行らないブドウ農家を見付け、家の子供と遊ぶようになった。

「怜鴉、こっちにベリーが生ってる」
「ひすい、どこ? 早いよ、待って」

緋翠の見た目は少女と言うより青年に差し掛かった中学生くらいと言っても良いくらいには育っている。
自然界の影響を受けやすい子供、自然界への影響を与えやすい子として保護された者達には、稀に身体年齢が実年齢より早い成長を見せる者が居た。
緋翠はそれである。
そしてそんな緋翠が目に掛け、遊んでいたのは5歳になったばかりの小さな男の子。
もっとも、その子供は頭の作りが違う、神童だったようで年に見合わぬ理知的な瞳で饒舌に話すのだった。
怜鴉は家で、両親に放っておかれて過ごしていた。
所謂ネグレクトではあるが、暴力は無かった。
両親は、畑の世話と町長に課される増税で必死だったため、自分たちの事しか目に入ってなかったのだ。
二人は森で遊ぶことで身体を鍛え、知識については緋翠の家で晴明が教えてくれた。

「……緋翠が本当に、母様だったら良かったのに」

毎日やつれ、くたびれた顔で、ふかした芋一つをお弁当に畑に出て行く両親。
生きて居るのが不思議に思えるほど、骨と皮しかない立ち姿に憐れを覚える。

「なら、母様って呼べば良いさ。俺が生んでなくても、お前が甘える相手として母様になれるなら、嬉しい」

10歳にも満たない子供と、5歳の子供の会話である。
子供が、怜鴉が本当に笑った顔など、今まで見た事が無かった。
けれど、甘えろと言われて呆けた後に怜鴉が浮かべたのは、親しい者にのみ見せる安堵の笑顔。
驚きと、それ以上に嬉しくて、愛おしくて、慈しみたいという想いが緋翠の中に溢れた。
どこかの世界で、本当に親子だったのでは、と思うほど。
このとき緋翠の中で、怜鴉は可愛らしくて口やかましい、愛しい我が子となったのだ。

だから、火の手が上がった農家が怜鴉の家だと聞いて、緋翠は何も知らずとも走り出した。
町の入り口近くにある森の奥、びっしりと生ったブドウで埋まっている筈の、その家へ。
炎はブドウの支え木すら燃やし尽くし、物の焦げる目に痛い刺激臭が蔓延していた。
それでも必死に家の中へ足を踏み入れれば、炎の熱さを忘れる程冷たい表情の美青年が怜鴉の前に立っていた。

「おい、それを返せ」
「嫌だ、これは僕のだ。そう決めたんだ」
「あのなぁ……それは元々俺のもんなんだよ。たまたまそういう形になっただけ。だから返せ」

にらみ合う二人を注視しながら、緋翠は魂すらも吸い取られそうな美青年が自然界の者だろう事を理解していた。
だとしたら、何故そんな彼が気に掛ける何かを怜鴉が持っているのかを気にするのが普通だろう。
けれど緋翠は、

「どういう行き違いかは知らないが、この子を俺の息子に預けてやってはくれないか!」

煙を吸わないよう、低い姿勢でハンカチを口元に当てていたのを、一転。
怜鴉が抱き締める子供ごと両手を広げて背に庇った。
美青年の足下では、大人だったものが自嘲するかのような顔で事切れている。
自分だけでは怜鴉を生かすには足りないと、咄嗟に判断しての言葉だった。
恐らくは自分も殺されるのだろうと、目だけは離すまいと見つめていた先、

「あんた、こんな所で……いや、そうか…………それがお前の望みなら、叶えよう」
「へあ?」
「いらなくなるまで、そこのガキが死ぬまで、手出しはしない。心が生まれるか知らんが、それで良いなら任せよう」

いつの間にか火事の炎は家を飲み込み、けれど青年のお陰か熱さは微塵も感じなかった。
もはや敵意も無くして立ちすくむ相手に警戒しつつも、怜鴉の腕の中を見てみれば。
どこを見ているのか、何を感じているのか不明な、目の前の美青年そっくりの人形のような人間が居た。
不思議を"隣人"にしていたせいか、元から勘が鋭かったから保護されたのか。
緋翠には腕の中のそれは生まれたての美青年の影、力の一部なのだという事が分かった。
同時に、最初はきっと違う人物が美青年を見て己のモノにしたいというよからぬ欲を覚えただろう事も。
そして願えば叶ってしまうという、谷の異常性に、彼も又巻き込まれたのだと。

「……すまない」
「非を認めるという事は、お前が全ての責を負うという事か?」
「いや、それは無理だ。けれど、町の異常性に見ぬフリ聞かぬフリで無関係を装っていた。その結果、こうなってしまって、すまない」
「その顔で謝られると……いや、単なる独り言だ。謝罪はいい、あんたは許す。それは預ける。万が一人の元に置いておけないようなら、引き取りに行く」
「わかった」
「名前は、俺が朱乃だから、一文字同じ奴にしてくれ」
「……何かいみがあるんだね? わかった、じゃあ……しゅり、朱璃にする」

もう話さない、とばかりに抱き締める怜鴉の身体に、回される腕。
先程までは確かに意思を感じそうにもなかったそれが、赤い目が怜鴉を見つめている。
嬉しくなった怜鴉は感激に珍しくも満面の笑みを浮かべ、気絶した。
色々とありすぎて処理しきれなかったのだろう、何と言っても身体は5歳児だ。
その後、緋翠の家へと運び込んだ二人は一週間もしないうちに大きな町へと引っ越していった。
町にある様々な悪事情から、少しでも遠ざけ守る為に。
スターデューバレーはペリカンタウン、ここに巣くう悪の根は未だ深い。

「月と天女」

スターデューバレーには様々な逸話がある。
その中で最も有名なのは、自然豊かであるが故に不思議が隣人のような顔をして存在しているという事だろう。
こんな昔話がある。

昔々、谷の入り口に位置する所で木こりを生業とする男が一人住んでいた。
男は毎朝、近くにある湖に足を運んでいたのだが。
在るとき天女が舞い降りるのを見たと町の者に話し始めた。
天女は美しく、空から湖の端に降り立つと羽衣を木にかけ水浴びをするのだという。
陽の光を浴びて緋色に輝く髪は長く上質な絹のようであり、瞳は若葉を思わせる新緑色。
男は一目で天女に恋をしたという。
どうにか添い遂げることが出来ればと悩んだ男は、一つの罪を犯すことにした。
天女の羽衣を盗み、隠してしまえば天へ帰れず共に居られるのでは、と。
果たして天女は、羽衣を失った瞬間に色を無くしてしまったという。
緋色の髪は白金に変わり、瞳は琥珀の色合いに。
更には記憶を無くしてしまった彼女を、木こりは娶る事にした。
いつの間にか連れ合いを持つようになった木こりを町の人は祝福し、二人は仲の良い夫婦となった。
一年、二年と時が流れ。
木こりは町の酒場で飲んでいる内、気が大きくなったのか天女の話をし始めた。
天の者、人とは思えぬ隣人とは触れ合ってはいけない。
それらを見掛けても、情を傾けてはいけない。
時の流れの違うそれらと関わっても、不幸しか訪れないのだから。
町の者はそう木こりに説き伏せたが、運悪く木こりの妻がその場に訪れた。
妻は夫の罪に怒り、深く悲しんだ。
羽衣を探そうとする妻を木こりはついに、自身の持つ薪小屋へと閉じ込めてしまう。
けれど、とある冬の日の夜。
とくに寒かったその日、木こりは妻を心配し小屋へと訪れた。
妻はその横をすり抜け、白い三日月の映る湖へと身を投げ出してしまう。
すると、不思議な事に。
それまで白かった妻の髪は緋色に、琥珀の瞳は新緑に輝き。
水面が泡立つと夜を纏った大層美しい男が現れ、天女へと立ち返った彼女を抱き締め、空へと帰ってしまったのだという。
木こりは二度と妻と出会う事は無く、一人寂しく湖の畔で泣き暮らした。

単なるおとぎ話の一つとして、町にある絵本にもなっている話しだ。
実はこの話しには続き、というより裏話がある。
世界の創世以来、人の世には様々な神が暮らしていた。
封じられた神もその内の一柱だったのが、他の神からもあまりに目に余る邪振り。
そのため、この土地に件の好き勝手を振る舞うイタズラ好きな神が封じられたという。
目付に選ばれたのが自然界という現の隣にある世界で暮らしていた天女だ。
天女は暫し、魔術に精通する人と交流を深めながら町を見守っていたという。
神はその天女に目を付け、木こりに扮すると町の人に紛れて近付き、記憶と力を奪ってしまった。
そうして彼女をあざ笑っていたのだが、それを面白く思わなかったのが天女の本来の番である月の化身だ。
自分の力の一番増す時、彼女を取り戻しにやってきたのだった。
無事に番を取り戻した月の化身は、町を気に入り以後は天女と二人住み着いたという。



「そんな二人の子孫がこの家、俺は先祖返りでその天女に瓜二つなんだとか」
「それ! それ、僕のかあさまととうさまだ!」

またも紛失図書を見付けて持ってきたキツネの子供に、手直しした絵本を読み聞かせてやっている最中。
興奮気味に椅子の上で跳びはね、手にしたマグカップに入っているココアを零しかけていた。
彼が跳ねる度に金の稲穂の髪がふわふわ、その頭の上にある狐の耳はピクピクと。
たまたま町長邸に用事があってやって来た長義は、町長夫人の突然の告白に驚く。
狐の子とは幼馴染みを介して交流を深めていたので、彼が俗に言う"隣人"である事には気付いていた。
けれどまさか、毎日顔を合わせていると言って過言ではない人物までがその筋であったとは。
しかもまだ十にも満たないような小さな子供の血縁だとは。

「……それって、いつ頃の話しなんです?」
「さあ? 200か300か……怜悧の居た自然界とこっちの世界は、時の流れが違うらしいからな」
「えっと、怜悧くんが両親と離れたのはいつ頃?」
「んぇ? えっと……わかんない。さいしょ、朱乃がさがしにきたの。そうしたら、かえれないっていわれて……」

朱乃、というのは狐の子である怜悧がいつも一緒に居る鬼の青年だ。
あまり人好きではないようで、森の中にある魔術師の塔と呼ばれる場所で暮らしている。

「ちなみに、朱乃が帰れなくなったのは20年くらい前だぜ」

にやにやと、更に混乱するような情報を町長夫人は与えてくれる。
この口振りからして、きっと目の前の人物も関わって居るのだろうと呆れた目で見てしまう。
怜悧は両親を探しに隣の世界からやって来たと聞いていた。
かなり近いけれど全くの別人を両親と間違え、それを分かっているのか居ないのか。

「一応、直接ではないにしても報せては居るんだがなぁ。新婚旅行、とやらが忙しいらしい」
「しんこん、りょこう……」

まさかのハネムーンが理由で子供達を放っておいてるのか、と唖然としてしまう。
しかも何やらやらかしていそうな気配がする言い回しだ。

「えっとね、かあさまから、わるい子をみつけたり、こまったら、こっちのかあさまに言うんだよって、おてがみもらったの」
「元々怜悧を跡継ぎ、というか次の調停者に指名するつもりだったらしい」
「その調停者とか、悪い子を見付けるって、何?」
「隣人トラブルの解消……の、受付窓口、かな」
「ああ、モンスター討伐とか」
「そうそう。俺とか朱乃の名前で出してるあれな」

なるほど、言われてみれば鉱山へ直接顔を出している訳でも無い彼らが内部の事情に詳しい理由が頷けた。
ようするに又聞きだとか、何かの気配だとかそういったものだろう。
大抵は探偵と言う名の何でも屋を生業とする者が請け負うが、掲示板の募集で稀に長義が手伝う事も合った。
都会で暮らしているだけでは分からなかった不思議が、ここでは渾然と存在しているのを改めて肌で感じる。

「ちなみに怜悧はこう見えて16、朱乃が18だから二つ下だな」

突然言われる数字に、目を瞬かせて首を傾げた。
16、とは何が。
まさか、年齢?どう見積もっても7歳前後にしか見えないこの小さな狐の子が?
思わず怜悧の顔を見れば、大きな碧の目を瞬かせてふにゃりと笑った。

「ぼく、16だよ!」
「うそ!? うちの双子より年上!?」

長義の双子の弟達より頭半分小さいのに、と言いかけて流石にそこは口をつぐんだ。
ショックを受けた怜悧が目を見開いて固まったからだ。
もしかすると大声に驚いただけかもしれないが、少し待つと大きな目を潤ませ始める。

「あの、ぼく、ちゃんと16だよ……? えっと、つかれちゃうから、こっちだと少しちいさいけど……」
「え、あ、ごめん。そうだね、事情がある、よね?」

こっち、という事はきっと元の世界では違うのだろうと考え直す。
それにしても見た目通りの幼い精神性なのは、身体に引き摺られての事なのだろうか。
下手をすると町に居る誰よりも幼い気がするのは、きっと気のせいなのだろう。
先程の話しでは、こちらでは百単位の寿命があるようだし、隣人というのは不思議なものだと長義は無理矢理納得するのだった。

「降り立つ地」2

ふわりと柔らかな金の髪を風に吹かれた少年は、胸元に抱いた古本をぎゅっと抱き締めて辺りを見回した。
そうする事少し、とくに何も変わらない町の様子を後目に、短い足でとてとてと小走りに進み出す。
目指す場所は町長邸の家主の元。
丁度玄関先で手紙を手に取っていた家主、三条緋翠の緋色の長い髪が見えた。

「かあさまー!」

呼ばれ、振り向いて少年を把握した彼女は、吊り目気味の三白眼を柔らかく和ませる。
柔らかな微笑みを浮かべ、手を差し出して少年を迎え入れた。

「ふふ、おはよう怜悧。今日も元気なようで何よりだ」
「うん、僕は元気だよ!あのね、朱乃がこれ見付けたから、渡しておけって」

胸元に隠すように抱いていた古本を差し出せば、驚いた顔をした後破顔して受け取られる。
怜悧には見覚えのない本は、かろうじてページが読める程度でくたくたになっていた。
彼女、緋翠は町長夫人で、紛失図書の扱い窓口をしている。
どういった経由か、この町に関する本はどんな場所へ渡っても様々な旅路を経て、必ずここへ帰ってくるのだという。
森の中で見付けたり、浜辺に流れてやって来たり。
そんな図書の修繕をし、元の読めるような状態に戻してやるのを得意としているんだとか。

「これはまた、暇つぶしに丁度好さそうな……スターデューバレーの成り立ち、か。」

一度本を閉じ、部屋の中へと招き入れた緋翠は少年、怜悧にクッキーとココアを差し出した。
怜悧は母親とはぐれて恋人、朱乃と二人、魔術師の塔に住んでいる。
自然界で暮らしていた彼らが今人間界に居る事は、割愛するとして。

「今日、新しい人来る?」
「ああ、手紙で町に戻ってくると言っていたな。日付は……今日か!」

しまったな、と渋い顔でカレンダーを覗き込む緋翠。
怜悧は首を傾げ、さっき吹いた風の中に知らない人の匂いが混じってたのは、その人だったのかも、と内心で納得した。
どんな人かは分からないけど、嫌な感じはしなかったので一目見に行くのも良いかも知れない、と計画立てる。

「丁度、一昨日の地震で岩崩れが起こった場所だな……」
「うぇ? それって」



「え、町までの道が岩崩れのせいで通れ、ない?」
「お前さんに手紙を送ろうとも思ったんだが、着けばどのみち分かるかと思ってなぁ」
「なに、それ……」

無人駅から降りて旅館へ顔を出してから町へ、幼馴染みの所へ顔を出しに行こうと思っていた長義は、出鼻から挫かれてやる気を無くしていた。
入り口のカウンターにぐったりともたれかかり、全身で残念だと語りかけている。
そんな長義に宿泊名簿を作り、部屋を割り当てながら話し相手を務めているのは血の繋がらない伯父であり、旅館の主である長船大般若だ。
話しを聞くに、長義が出発した日の午前中に発生した地震で岩が崩れ落ちてきたのだとか。
しかもその岩は大きく頑丈で、それなりの採掘用の爆弾を用意しない限りはどかせそうもないのだとか。
運が悪い事に、それは旅館と町を繋ぐ一本道を塞いでしまった。
更には町と鉱山、ひいては冒険者ギルドへと繋ぐ道も断たれており、外部との繋がりがある旅館側の処理は後手に回される事に。

「まあそう落ち込むな。パティシエの学校を卒業して直ぐこっちに来たんだろう? ゆっくりすると良いさ」
「……弟達に会えるし、暫くは側に居てやれるって事だから……別に、落ち込んでは……」

単なる強がりの嘘だった。
確かに年の幼い双子の弟を大般若に預けていた為、長期休暇でもない限り会うことも叶わず楽しみではあった。
けれど、新しい手紙が来る度、就寝前にそれらを読み返す度に思っていたのは初恋の彼の事。
想いが叶うとは思っていないが、会える事を楽しみにしていたのだ。
どんな話をしようか、どんな事をしようか、お菓子は好きだろうか、毎日好きなときに顔を合わせられるのは、成長した彼に会えるのはどれだけ幸せだろう。
そんな詮無いことを思い付く度、苦笑が漏れた。
ようやく、会えると思ったのに。

「双子はー、そろそろ洗濯も終わって戻ってくるだろう」
「あの子達にそんな事させてるの?」
「手伝いたいって言い出したのはあの子等の方だぜ? お兄ちゃんに褒められたいのさ」

ニヤニヤと、カウンターに片肘を突いて嫌な笑いを浮かべながら大般若が長義の顔を覗き込む。
両親は双子が5歳になった頃に事故で亡くなり、その後は親類の縁でここへ預けられていた。
まだ幼い内に離れてしまったので、兄らしい事をした覚えは少ない。
そんな双子ももう、9歳になっただろうか。
ガタガタと騒がしい物音が近付いてくる気配を感じ、身体を起こせば正面の扉が開く。

「きわめ? くにひろ?」

双子が戻ったのだろうかと声を掛けると、そこに居たのは艶やかな黒髪に琥珀の目を持つ小柄な青年だった。
一瞬の呆けた表情の後に、ふわりと花が開くような微笑みを浮かべる。
開け放たれた扉はそのままに、長義へと向かって小走りに近寄り、

「ちょーぎ!!」

鈴のなるような声音は低いながらも甘やかで、腕の中へ飛び込んでくるのをそのまま受け止めた。
見た目よりよほど軽い衝撃の後に、涼しげな花のような香りが際立つ。
知らない青年の筈なのに、長義にはそれが幼い頃に可愛がった少女のような幼馴染みの姿に重なって見えた。

「……もしかして、たず?」
「ん、たず、くろたず! ちょーぎ、うれしい」

震えそうになる腕で抱き返せば、腕の中の小さな頭が大きく縦に振られる気配がする。
どうしてここに、と聞きたいのにそれ以上に嬉しさが際立つ。

「ああ、五条のとこも今泊まりに来てるんだ。言い忘れてたな」
「五条の……って、鶴丸さんも? 二人は町に住んでるんだよね?」
「何でも屋……探偵、だったか? 依頼って事で色々町の事を手伝って貰ってるんだ。今回は隣町に出掛けたんだが、珍しく坊が行きたがってなぁ」

お前さんに会えるって分かってたのかね?と快活に楽しげに笑う大般若。
そんな馬鹿なと思うけれど、昔から黒鶴は人より勘が鋭い事があった。
普段はふわふわと少女のように、子供のように無邪気なのだが、そうした時の黒鶴はまた頑固でもあった。
視線はもう長義と同じくらいには育っているのに、相変わらず抱き締めた肩は薄く腰も細く、ともすれば頼りなさげで。
昔は女の子のような可愛らしさが目立ったけれど、顔を見合わせると中性的、くらいには男らしくもなったような気がする。
大きな琥珀の瞳は柔らかく細められて輝き、整った顔立ちは美人になった。

「たず、大きくなったねぇ」
「ん、ん! ちょーぎ、おひさまみたい、いいにおい! ママみたい」

肩口にぐりぐりと額を擦りつけられ、くすぐったいと笑い声を上げる。
イタズラが成功した子供の様に顔を上げてにんまりと笑う姿は男の子のそれだ。
ふいに、開いたままの正面の扉に影が差す。

「あー、たず! まずは双子と長義を会わせてやろうって言っただろ!?」
「え、長義? 長義がもういるのか?」
「鶴丸、声がおおきい……長義、おかえり」

賑やかな声の主は全身が白く、黒鶴と同じ琥珀色の瞳が特徴的な男性。
その後ろから腰くらいの身長の、小さな頭が二つ。
一人は金髪に碧眼でパーカーを袖まくりしていて、もう一人は黒髪に碧眼でパーカーを目深に被っている。
色合いは違うけれどそっくりの顔は、小さい頃の長義とも瓜二つ。
年の離れた愛らしい双子の少年を見て、長義は手招きをしながら笑い掛けた。

「ただいま、極、国広。久しぶり、大きくなったね」

空になった大きな洗濯籠をそれぞれ脇に置いて、極は黒鶴とは反対側の長義の腕の中へ。
国広は恥ずかしげに、それでも様子を窺いながら直ぐ側へやってきて長義の服の袖を握り込んだ。
離れた当時は国広と同様に人見知りで恥ずかしがりやだったのに、極はすっかりふてぶてしくなったらしい。
手紙や電話以外での久々のやり取りに、少しの間は寂しさも紛れる気がして嬉しくなったのだった。

「降り立つ地」1

汽笛を響かせ、徐々に二両編成の列車が減速していく。
唯一の荷物である旅行鞄を手元に引き寄せ、緑の森が深く広く続く懐かしい景色を堪能する。
彼、長船長義は幼い頃に過ごした町へ帰ろうとしていた。
故郷はスターデューバレーという星が降る谷の合間にあるペリカンタウンという町だ。
古くから神に愛された土地だとか、妖精が住む森だとか、谷に降る流れ星には願い事を叶える力があるとか、そんな不思議が公然と伝わっていた。
長義自身は信じて居ないが、そういうおとぎ話が好きそうな幼馴染みを知っている。
隣町、というには森を挟んでかなりの距離を空けるが、大都市として名を馳せるシティがあり、その病院で過ごした数年の内に仲良くなった相手だ。
別に病気があった訳では無いが、ペリカンタウンで生まれた子供は様々な検査を必要とするらしく。
病院内の学童や学校の合間に行われるそれは、負担にならない範囲でゆったりと行われた。

「南泉、元気かな……」

同じ町の生まれであり、長義よりも先に故郷へ戻った幼馴染みを思い出す。
金色の稲穂の髪に、気の強そうな猫目を持つ少年。
男の子らしく悪ぶってみせながらも、他の幼馴染みや年少の子供達に優しくて頼り甲斐のある子供だった。
最初は一緒に居るのが楽しくて、それが徐々に好意に変わり、長義の初恋となった相手。
たまに町に戻れた長期休暇のときは、少しの距離でも離れるのが寂しかった。
そのうち、学校へ進学する必要が出来てからは離ればなれになり手紙のやり取りだけになってしまったが。
昨年の夏、幼馴染みの一人である三条白月が町へ来たという知らせを受け。
相変わらず何を考えているのか分からない所があるのんびり屋で、絵本作家をしているというけれど仕事をしている所を見た事が無い、とか。
浜辺に家を建てて一人暮らしをしているけれど、気が付くとご飯を抜くくせに大食らいだとか。
生活力に乏しくて心配だから、暇を見付けては様子を見にいくとか。

「白月らしい」

そして、南泉らしい。
三条白月は真っ白で艶やかな髪に、冬の湖に映る月を思わせる瞳を持つ、不思議な少年だった。
整った顔立ちは幼さを残し、浮かべる微笑みは人形のような印象を思わせる。
話す言葉は年嵩の祖父のような口ぶりで、知性が溢れていた。
そんな彼は人から一歩引かれて置かれる事が多くて、どこか寂しそうだった。
けれども残る最後の幼馴染みが懐き、側に居たことで子供らしい顔もするようになって。
長義や南泉が病院から離れた後も、彼は白化症の療養で残っていたと聞く。
色素が無くなり全身が白く染まるそれはアルビノとはまた違い、モンスターが影響をしていると聞いた。
人里離れた自然深い場所に棲息するモンスターは、時折人に害をもたらす。
普段はそれを冒険者ギルドというモンスターハンターを専門とする人達が抑えているけれど、それでも思い出したように被害が出ることがある。
その一つが白化症で、治療法は未だ不明。
心を失う病気だと調べた範囲では書いていたけど、具体的な症状もよく分からない事が多い。
白月が今は普通の生活をしていると手紙には書いていたし、改善されたのかも知れない。
そして直近の手紙には、残る幼馴染みの五条黒鶴が町に来た、と書いてあった。

「たず、元気かな」

思い出すのは女の子のように愛らしい顔と、キラキラと輝く大きな琥珀の瞳。
無邪気な満面の笑顔が、無垢な仕草が可愛らしい。
花が好きで、お菓子が好きで、けれど一杯は食べれない小食だから人が食べてる所が好きで、空想のお友達と遊ぶのが好きな。
ふわふわとした甘い綿菓子のような、無邪気で無垢で甘くて可愛い男の子。
つやつやとした黒髪はさらさらと触り心地の良い猫っ毛で、後ろの髪が長いから本当に女の子みたいだった。
病弱だった黒鶴が元気な日は外で一杯遊んで、それでも駆けっことか激しい運動は出来なかったけれど、具合の悪い日は部屋で絵本を読んだり。
感情の起伏に素直で、大人達は癇癪持ちだと思っていたけれど、それは彼の気持ちを否定していたから。
誰だって頭ごなしに違うと言われ続けたら、悲しくなると思う。
離ればなれになる日は一杯泣かせて、熱を出してしまったから結局会えなかったけれど。

「五条さんっていう人が保護者になって、一緒に暮らしてるんだっけ」

探偵という名の何でも屋で町の人のお願いをこなしてるという、黒鶴のイトコ。
長義も町に住んだらお世話になることもあるだろう。
そんな長義は、町へ戻ったらパティシエとして勉強をした腕を生かしてお菓子作りを生業にする予定だ。
既に町長である三条緋翠とは手紙でのやり取りの末、許可を貰っている。
その中で思わぬ副業として、彼女が土地を遊ばせていた農園を預かる事にもなったのだが。
一応、手伝いの人員を手配すると言っていたので、何も知らぬ手際ではあるがやってみる事にしたのだ。
何よりも材料は自作だが、自由にお菓子の試作が出来る上に農園の土地だけでなくそこにある家を借りられる事が決め手となった。
最初の予定では家族が経営している旅館で住み込みの手伝いをしながら、のつもりだったのだ。
それが畑の世話をしながらではあるものの、まるっきり自分の時間を使えるとなったら話しは変わる。
しかも作ったお菓子は町にあるサルーンに卸す事も出来るよう手配をしてくれているという。
人の少ない町ならではの、持ちつ持たれつの関係性が有効に働いた結果だ。
上手く手が回るようなら、花畑を作っても良いかも知れない。
花や葉はハーブティーにも出来るし、きっと黒鶴は喜ぶだろう。
列車が緩やかに止まった気配を感じて、長義は席を立った。
ようやく、ようやく念願の再会が叶うのだ。
これからの新生活が楽しみで仕方が無い、と荷物を手に駅へと降り立つのだった。
prev next
カレンダー
<< 2022年04月 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30