週に一度、狭い町での交流会を兼ねてスタードロップサルーンは開かれる。
その日も町の面々が集まり、仲の良い面々やそうでもない者達で賑わっていた。
黒鶴も農業に慣れ初めた折、長義や南泉、白月に誘われて顔を出すようになった。
店の片隅にあるビリヤード台を占拠し、小休憩に店の手伝いをしていた長義とカウンターで話しをする。
よくある日常の一幕に、その日は更に診療所を預かる小烏夫婦が混じっていた。
いつも通り小柄で華奢な黒葉を膝に乗せ、出された料理をあーんの要領で餌付けしながら自身はコニャックを煽る国永。
仕事中は括っている桜色の髪を下ろし、ラフな格好で般若と会話をしながら笑っている。
「なあなあくにせんせー、学校で鶴丸達に会ったって本当?」
ふと、昼間話題に上がった意外な繋がりについて口にする。
丁度般若との会話が一段落したのを見越した黒鶴は興味津々と国永に話しかけた。
そんな黒鶴に苦笑し、首を傾げた国永は口を開く。
「そうだけど、誰に聞いたんだい?」
「南泉。くろせんせーとくにせんせーは元から町の人だって聞いて、鶴丸がこっちに来たのはせんせー達が居たからだって」
「うーん……確かに俺と黒葉はこの町の生まれだけど、鶴丸のジイサンとは面識無かったし……どうだろう?」
「俺、学校は殆ど保健室登校だったからあんまり思い出無いんだ。くにせんせーたちの話し聞いて良い?」
「良いけど、驚くなよ?」
くすくすと柔らかく笑った国永は、黒葉にも了承を取ってから簡単な鶴丸との出会いを話し始めた。
進学校で有名なその高校は寮を完備していた事もあり、特殊な理由で学校へ通えなかった黒葉と国永は高校から通うこととなった。
黒葉が優秀だったこともあり、勉強面の問題は早期に解消され。
そんな二人は既に籍を入れていたこともあり、別々のクラスに別れてしまった。
けれど寮の部屋は一緒の二人はいつも一緒に居り、昼は国永の作るお弁当を二人で食べていた。
そんな生活が変わったのは、二人が三年に上がった頃。
寮に鶴丸が新一年として入ってきた事がきっかけだった。
「なあ黒葉、あの子どう思う?」
「次はこの問題だ。……あの子?」
「ほら、白くて元気な子猫さ。へいへい」
とある問題から一年と同じ階に寮部屋を持っていた二人は、国永の勉強を黒葉が手広く教えながら話していた。
国永が提供する話題は外部の新一年生について。
顔や家柄の良さで人気の高い三条宗近と鶯・ホケキヨを悪友とし、無邪気に学校生活を送る五条鶴丸。
けれど持ち前の元気の好さが禍してか、とある人種から目を付けられていた。
いわゆる不良と呼ばれる人種と、親の目を離れた事でハメを外しがちな人種。
「だがお前が気に掛けていると噂があったな。それならば平穏に過ごせるのではないか?」
「おっと、情報が早いなぁ。まあ……俺のテリトリーに入ってきたからな」
「屋上か」
授業をサボりがちな国永は、中央棟の屋上を縄張りにしていた。
急激に刺激を欲する身体を沈める為、黒葉と別々の時間を潰すために居るだけなのだが。
黒葉の体力を気遣って、火照る身体を摘まみ食いで冷ます日々。
そんな折り、授業をサボった鶴丸がたまたま屋上に迷い込んだのだ。
「んー……俺としては色惚けに喰われるに一票。ああいうてらいは、知らんうちにパクっと喰われるな」
「ほう。では俺は、お前がその色惚けから守ってやる方に一票だ。あれは赤子と変わらん」
赤子、と口にする時に優しく微笑む黒葉を見、国永は苦笑を浮かべた。
故郷の町、世話になった家で自分たちが世話をしていた可愛い赤ん坊。
出てくる時には3才になり、口達者で歩ける楽しさから目が離せなくなっていた。
他人を見て可愛い、守ってやりたいと思うようになったのは、間違いなく彼らの存在が大きい。
国永も黒葉も、お互いを必要としてそれ以外は拒絶していたが、赤ん坊はそんなのをお構いなしに引っかき回してきて面白かった。
何より笑顔が可愛くて、ずっと笑っていれば良いのにと思ったものだ。
「確かに、長義や南泉と変わらないな。好奇心旺盛で、無邪気に首を突っ込みたがる」
「面白いモノは好きだろう?」
「……ははっ、違いない」
何がそこまで嬉しいのか、国永を見掛けると鶴丸はセンパイ、センパイと懐いて駆け寄ってくる。
黒葉にも懐いていたが、とにかく国永を兄貴分として尻尾を振る様は愛らしい。
更に彼に付き添ってやってくる三条の御曹司は、可愛くない口を利きながらも世話をされる事が嬉しいのか率先してくっついてくる。
鶯も自由人の割りに黒葉や国永の言う事は大人しくきく辺り可愛げがある。
後輩を性処理の相手としてではなく、一個人として尊重しようという気持ちが浮かぶのは初めての事。
「仕方ないから守ってやるかー」
「バカにつける薬は無いというしな。適度に痛い目を見せながらそうしてやると良い」
何よりも嬉しいのは、まるで人形のようだと言われる黒葉がくすくすと楽しそうに笑う事。
彼らに懐かれる以上に黒葉が彼らに懐いているので、国永としては嬉しさと嫉妬で困ってしまうのだ。
そんな彼らが似合いの夫婦だと言ってくれる事が嬉しく、そして誇らしい。
「そういえば、お鶴が花火しようって言ってたぜ」
「はなび……ああ、あれか。しかし火気厳禁だった筈だが……手持ちならば言い訳も出来るか」
「いや、打ち上げ花火。ドラゴン買ってた」
「……どらごん??」
何よりも、彼らがもたらす驚きによって黒葉がきょとん、と愛らしく目を丸くする所が可愛い。
人よりも知識は多いのに、誰よりも外を知らない彼がこうやって外を知っていくのが嬉しくて堪らない。
「って、結局くにせんせーのノロケしか聞いてない……」
話しを大人しく聞いていた黒鶴が頬をぷく、と膨らませて拗ねる。
愛らしい後輩が愛らしい息子になり、更に愛らしい子供が町に増えた。
そもそも人間不信に陥っていた国永と黒葉が人と接する事が出来るのは、生まれたばかりの長義や南泉と出会ったからだ。
一心に愛される赤子を見て人間不信が緩和され、その家の者となら普通に接する事が出来るようになった。
国永は自分では淡泊な性質だと思っていたが、意外と執念深かったらしい。
そう思ったのは、そもそもの学校へ行く理由、医者になろうとした事に起因する。
「そもそも授業をまともに受けてなかったからな。俺は元々、町の人間が好きになれなくてなぁ。医者になったのは生殺与奪権を握れると思ったからなんだ」
けろり、と笑いながら言われた内容に黒鶴は頬を引き攣らせ。
その割りには町の人間一人一人を気に掛ける様子と噛み合わず、首を傾げた。
「昔のこの町はあまり褒められない理由で有名だった。それに俺達は関わっていたのだ」
「……だから町の人間は好きじゃ無かった。けれど、山鳥毛と般若は違っててなぁ」
黒葉と交互に、お人好しだったんだ、と語る口は軽い。
長義と般若が義理の親子なのは知っていたけれど、それと関係があるのだろうかと疑問を抱く。
酒のお代わりを頼んだ国永は上機嫌に更に口を開いた。
「その頃、二人の家には生まれたばかりの赤ん坊が居てな? その世話を慣れないあの人達の代わりに俺と黒葉で見てたんだけど……ああ、長義と南泉な。二人共本当に可愛くて、南泉なんて黒葉が抱っこしないと寝なかったんだぜ?」
くく、といたずらな笑みを浮かべて店の奥、ビリヤード台で遊ぶ南泉を見る。
人を選ぶのは意外だったと思う反面、小さい南泉が小さい黒葉に抱っこされてる所を見たかったとも思う。
「疲れた黒葉を山鳥毛が抱っこして、俺は長義を抱っこしたまま般若の膝に乗って、まあそんな事もあって少しずつ考えを変えていったんだ」
「じゃあ、学校に行った時は?」
「……黒葉がなぁ、子らの未来を守るのも悪くない、って言ったから」
すり、と膝に乗った小さな身体を抱き寄せて項に鼻先を擦り寄せて国永が甘える。
それをくすぐったいと言いながら、黒葉は好きな様にさせた。
こうして二人を見ていると黒葉が世話をされているのと同時に、国永が甘えている事がよく分かる。
好き、という好意や愛、というものがまだよく分からない黒鶴だが、二人の関係はどこか胸を刺激された。
ちらりと店の奥に目を向けると、こちらを見ていたらしい白月と目が合う。
その瞬間、柔らかな表情が蕩けるようにふわりと優しく笑うのだ。
好意はよく分からないが、大事にされていると思う。
白月の笑みを見た瞬間に頬をぶわりと紅潮させた黒鶴を、国永が横目に見て笑った。
「お鶴が居なくて寂しいかも知れないけど、今だけだぜ?」
「な、なにが!?」
「人の変化はあっという間って話しさ。あんなに小さかった長義と南泉がこんなに大きくなったんだ! 黒鶴だって白月だって、ちゃーんと変わるのさ」
「……くにせんせー、酔ってる?」
「すこぉーしなぁー!」
ははっ、と明るく笑う顔からは、口を濁す過去を話す時の薄暗さなど微塵も感じさせず。
静かに笑う黒葉から頬にキスを受け、幸せそうに笑う二人はどこからどう見てもおしどり夫婦なのだった。