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ツイステ。ご褒美。

常に大勢の客で賑わっているモストロ・ラウンジだが、客を入れない事もある。
それは事前に予約をされていた何かの記念日だったり、半年に一度のメニュー開発の時だったり。
そしてメニュー開発の時には従業員をしている生徒が招かれる側に回る事があるのだ。

「俺、この日だぁーいすき!」
「……俺も、千にぃのご飯好き」

ふにゃふにゃの笑顔を見せるのは白き天使と名高い雛鶴で、ほっそりと笑みを浮かべるのは海の妖精と名高い黒鶴だ。
白と黒の違う色合いだが似通った顔立ちの二人が並ぶ先には、テーブルの上に所狭しとケーキや軽食が置かれている。
人間になって良かったのは美味しいご飯が食べられる事、という雛鶴はきらきらと目を輝かせていた。
そんな雛鶴にまだダメ、と声を掛けながらそわそわと周囲を見回すのは黒鶴。

「う? たず、どしたの?」
「え? いや……別に……」
「あ、分かったー! このタルトが気になるんだ!」
「……それはヒナだろ。苺好きだもんな? ゼリーが宝石みたいにキラキラしてるし」

苺と生クリームたっぷりのタルトに掛かるジュレが煌めき、宝石みたいだと目を和ませる。
雛鶴はうんうんと首を大きく縦に振り、止められていなければ今にも飛び付きそうな程うきうきと上機嫌だ。
それでも我慢しているのは、この日が普段二人が頑張っているご褒美の日だと知っているから。
二人の友達を招待する事を許され、普段は裏方に回っている千羽が給仕をする。
きっちりと燕尾服に身を包む千羽はいつもの五割増しで格好良いと、何かと賑やかな雛鶴が惚気全開になる日でもあった。
黒鶴はそんな風に元気な雛鶴を羨ましいと思うと同時に、素直な所に嫉妬をする。
白月への想いを認識してから、思うように素直になれない事が多くて癇癪を起こしそうになるのだ。

「……ヒナは何も考えてなさそうで羨ましい」
「むっ、俺だって色々考えてる!」
「例えば?」

言われ、きょとりと目を瞬かせてから上を向いてえーと、と悩み始めた。
やっぱり何も考えてない、と黒鶴がため息を吐いたところで、

「お客様、お待たせ致しました。お連れ様が見えましたよ」
「――ッ!!」
「あ、千にぃッ!!」
「すまない、待たせたか?」
「お招き頂きありがとう。ふふ、今日のメニューが俺が考えたのもあるんだって?」
「悪い、練習してたら遅れた! はーっ、腹減ったぁ……」

執事風の燕尾服で白月、長義、南泉を伴って現れた千羽にさっそく雛鶴のハートの視線が飛ぶ。
全くもって羨ましい。
自分はそんな風に熱くて甘い視線を白月には投げられない、と黒鶴は遠慮がちに見上げ。

「怒っているか?」
「……別に。また千にぃが無茶言ったんだろ?」

黒鶴の頬を指の裏でくすぐりながら微笑んでくる白月に、あり得ない輝きが見えたような気がして慌てて顔を逸らす。
最近直視出来なくなってきた、と高鳴る心臓を押さえてぎゅうっと黒鶴が目を瞑った。
まさかその様子を目撃した千羽が白月を射るような目で睨んでいるとも知れず。
雛鶴は千羽に夢中でハートを目に浮かべているので気付かず、長義と南泉はいつもの事だと黙殺する。

「たず、気に入ったお菓子はあった?」
「あ、ん……これ、この、宝石みたいなの!」
「お、これってあれか? ハーツラビュルをモチーフにしたっていうタルト。たずが好きそうだよなぁ」
「ん、美味しそうだし、綺麗……」

ふにゃりと柔らかく、うっとりと微笑む黒鶴。
そんな顔は自分だけに見せて欲しいのだが、と白月は苦笑した。
けれど直ぐに黒鶴の隣に席を決めて座ると、千羽に飲み物を注文する。
貴公子然とした微笑みで一礼する千羽は、存分に楽しむように言って雛鶴へウィンクをして去って行った。
はう、と熱い吐息を零す雛鶴。
他にも様々な果物を使ったタルトやケーキを一口大にしたものを黒鶴に、一切れ分を雛鶴の皿に長義が取り分けた。
戻ってきた千羽がそれぞれに飲み物を配ってから膝に雛鶴を乗せ、準備完了となる。

「それじゃあ、記念すべき何でもない日を祝って――」
「長義! 今日はその面倒くさい規律はにゃしだって!」
「面倒くさいとは随分な良いようだね。偉大なるハートの女王の教えだよ?」
「だがな、ここはハーツラビュルの寮ではない。オクタヴィネルだ」
「何より、今日はその何でもない日じゃないぜ? 可愛い弟達の慰労会さ」

雛鶴を背後から抱き締め、自身のカップを手に持って掲げてみせる千羽に長義も苦笑した。
それもそうかと気を取り直し、皆でカップを掲げて乾杯の音頭と共に甘い午後を楽しむのだった。

ツイステ。何でもない日。

魔法の鏡に導かれ、異世界「ツイステッドワンダーランド」に召喚されてしまった春告朱乃。
相棒の小狐の姿をとる半妖、怜悧と共に仮面の学園長の保護を受け、元の世界へ帰る方法を探し始めるのだった。


オクタヴィア寮はモストロ・ラウンジには愛らしいウェイターとウェイトレスが居る。
男子校であるナイトカレッジに通う以上、そこで働くのは寮生であり男子だ。
にも関わらずウェイトレスと言うのは、格好に起因する。
寮長には弟が二人居り、愛らしい双子の兄弟だ。
片方はきっちりと制服を着込んで無邪気さが愛らしい白い髪色の椿雛鶴。
もう片方は制服を着崩して常に不機嫌そうな態度の黒い髪色の椿黒鶴。
双子らしいそっくりな顔立ちと華奢で細身の彼らが件の給仕係。

「ヒナ、次これ8番テーブルに! そのまま15番に注文行ってくれ」
「はーい! 千にぃ特製ホットサンドおまちどー!」

燕尾服で愛らしい笑顔を振りまくのは雛鶴。
ラウンジ内を所狭しと銀盆片手に走り回る姿が人気で、彼個人にサービスを頼む専用メニューが用意されているほど。

「たず、あと10分でステージだけど平気かい?」
「……ん、そろそろ準備する」

フワフワのフリルが着いたスカートを翻し、淡い菫色のエプロンドレスでドリンクを作るのは黒鶴。
恥ずかしがり屋で人と話すことが苦手だけれど、仲が良くなると無邪気に笑う姿がたまらないと人気の高い彼にも、専用メニューが用意されている。
そのうちの一つ、決まった曜日と時間に開かれる黒鶴の小コンサートはラウンジでも倍率が高く、入場制限が掛けられるほど。
そんな愛らしい双子が安心して働けるのは彼らの兄、千羽の尽力が大きい。
黒鶴の幼馴染み、規律に厳しい長義監修の元、事細かくルールを敷いてガス抜きを兼ねた専用メニューという抜け道を設ける事で管理。
更に雛鶴と黒鶴の周囲を観測と監視する魔法のオーブをもう一人の幼馴染み、白月に監修を頼む事で安全を確保という徹底ぶり。
慈悲の精神を重んじる海の魔女アースラにならって万人に平等な慈悲を、という名の徹底的な守銭奴かつブラコンとしての地位を確立していた。

「なあなあ千にぃ、あの……あいつらは?」
「いつもの特等席に来てるよ。あいつらに聞いて貰うんだろ?存分に歌っておいで、俺の歌姫」
「ふふ、千にぃ、キザっぽい! ……ありがと、いってくるな」

にこにこと上機嫌に裏方に徹して料理を作り続ける千羽は、黒鶴にウィンクと頬を撫でて緊張を解しながら笑う。
つられて黒鶴もふにゃりと柔らかい笑顔を零し、今日の歌姫の調子も上々のようだ。
歌う時に幼馴染みが見えないと上手く歌えないという彼の為、そして幼馴染み達の熱い要望の為、一番前の目立つ席に彼ら専用のテーブルを作ったほど。
何せ黒鶴は幼い頃は病弱で、そのせいもあってか千羽の過保護は増長した。
目に入れても痛くないほど双子を可愛がり、二人共俺の嫁と言わんばかりの溺愛っぷり。
雛鶴は本当に嫁にしてしまい、他の男達の狙いは黒鶴に集中した。
ところが黒鶴には幼馴染みという鉄壁と、完璧超人の彼氏が出来。
結果、せめてファンクラブは容認して欲しいという要望が殺到。
それを聞き入れた時の千羽の背後には阿修羅像が降臨していたとか居ないとか……。
そんな訳で、日替わりであるがモストロ・ラウンジにはウェイターとウェイトレスが存在するようになったのだった。

「朱乃、これ、んーまい!」
「そうか、良かったな」

というどうでも良い情報ばかりが集まり、肝心の元の世界に戻る方法は一向に見つからない監督生・朱乃は今日も小狐・怜悧と共にデートを満喫するのだった。

ツイステ。寮分け

ハーツラビュル寮 ハートの女王
厳格な精神 規律
長義(副寮長)・包平(寮長)

オクタヴィア寮 海の魔女アースラ
慈悲の精神 モストロ・ラウンジ
千羽(寮長)・雛鶴(副寮長)・黒鶴

スカラビア寮 魔術師ジャファー
熟慮の精神 思慮深く知略に優れる
国永(寮長)・一期(副寮長)

ポムフィオーレ寮 美しき女王
奮励の精神 魔法薬学や呪術 独自の美意識
ヒスイ(寮長)・鶯(副寮長)

イグニハイド寮 ハデス
勤勉な精神 最新テクノロジー
白月

サバナクロー寮 スカー
不屈の精神 スポーツや格闘技、肉体派
鶴丸(猫/ライオン)・南泉(ハイエナ)・小竜

ディソムニア寮 マレフィセント
高尚な精神 魔術全般に秀でる
黒葉(副寮長)・宗近(寮長)・鬼丸(角あり)

寮外
般若(学園長)・怜悧(小狐/立派な大人になる)・朱乃(監督生/怜悧をまともな大人にする)

いちつる
かねうぐ
ちかひす
しろくろ
にゃんちょぎ
くろくに
せんひな
はんこりゅ

すたばれ。交流会。

週に一度、狭い町での交流会を兼ねてスタードロップサルーンは開かれる。
その日も町の面々が集まり、仲の良い面々やそうでもない者達で賑わっていた。
黒鶴も農業に慣れ初めた折、長義や南泉、白月に誘われて顔を出すようになった。
店の片隅にあるビリヤード台を占拠し、小休憩に店の手伝いをしていた長義とカウンターで話しをする。
よくある日常の一幕に、その日は更に診療所を預かる小烏夫婦が混じっていた。
いつも通り小柄で華奢な黒葉を膝に乗せ、出された料理をあーんの要領で餌付けしながら自身はコニャックを煽る国永。
仕事中は括っている桜色の髪を下ろし、ラフな格好で般若と会話をしながら笑っている。

「なあなあくにせんせー、学校で鶴丸達に会ったって本当?」

ふと、昼間話題に上がった意外な繋がりについて口にする。
丁度般若との会話が一段落したのを見越した黒鶴は興味津々と国永に話しかけた。
そんな黒鶴に苦笑し、首を傾げた国永は口を開く。

「そうだけど、誰に聞いたんだい?」
「南泉。くろせんせーとくにせんせーは元から町の人だって聞いて、鶴丸がこっちに来たのはせんせー達が居たからだって」
「うーん……確かに俺と黒葉はこの町の生まれだけど、鶴丸のジイサンとは面識無かったし……どうだろう?」
「俺、学校は殆ど保健室登校だったからあんまり思い出無いんだ。くにせんせーたちの話し聞いて良い?」
「良いけど、驚くなよ?」

くすくすと柔らかく笑った国永は、黒葉にも了承を取ってから簡単な鶴丸との出会いを話し始めた。



進学校で有名なその高校は寮を完備していた事もあり、特殊な理由で学校へ通えなかった黒葉と国永は高校から通うこととなった。
黒葉が優秀だったこともあり、勉強面の問題は早期に解消され。
そんな二人は既に籍を入れていたこともあり、別々のクラスに別れてしまった。
けれど寮の部屋は一緒の二人はいつも一緒に居り、昼は国永の作るお弁当を二人で食べていた。
そんな生活が変わったのは、二人が三年に上がった頃。
寮に鶴丸が新一年として入ってきた事がきっかけだった。

「なあ黒葉、あの子どう思う?」
「次はこの問題だ。……あの子?」
「ほら、白くて元気な子猫さ。へいへい」

とある問題から一年と同じ階に寮部屋を持っていた二人は、国永の勉強を黒葉が手広く教えながら話していた。
国永が提供する話題は外部の新一年生について。
顔や家柄の良さで人気の高い三条宗近と鶯・ホケキヨを悪友とし、無邪気に学校生活を送る五条鶴丸。
けれど持ち前の元気の好さが禍してか、とある人種から目を付けられていた。
いわゆる不良と呼ばれる人種と、親の目を離れた事でハメを外しがちな人種。

「だがお前が気に掛けていると噂があったな。それならば平穏に過ごせるのではないか?」
「おっと、情報が早いなぁ。まあ……俺のテリトリーに入ってきたからな」
「屋上か」

授業をサボりがちな国永は、中央棟の屋上を縄張りにしていた。
急激に刺激を欲する身体を沈める為、黒葉と別々の時間を潰すために居るだけなのだが。
黒葉の体力を気遣って、火照る身体を摘まみ食いで冷ます日々。
そんな折り、授業をサボった鶴丸がたまたま屋上に迷い込んだのだ。

「んー……俺としては色惚けに喰われるに一票。ああいうてらいは、知らんうちにパクっと喰われるな」
「ほう。では俺は、お前がその色惚けから守ってやる方に一票だ。あれは赤子と変わらん」

赤子、と口にする時に優しく微笑む黒葉を見、国永は苦笑を浮かべた。
故郷の町、世話になった家で自分たちが世話をしていた可愛い赤ん坊。
出てくる時には3才になり、口達者で歩ける楽しさから目が離せなくなっていた。
他人を見て可愛い、守ってやりたいと思うようになったのは、間違いなく彼らの存在が大きい。
国永も黒葉も、お互いを必要としてそれ以外は拒絶していたが、赤ん坊はそんなのをお構いなしに引っかき回してきて面白かった。
何より笑顔が可愛くて、ずっと笑っていれば良いのにと思ったものだ。

「確かに、長義や南泉と変わらないな。好奇心旺盛で、無邪気に首を突っ込みたがる」
「面白いモノは好きだろう?」
「……ははっ、違いない」

何がそこまで嬉しいのか、国永を見掛けると鶴丸はセンパイ、センパイと懐いて駆け寄ってくる。
黒葉にも懐いていたが、とにかく国永を兄貴分として尻尾を振る様は愛らしい。
更に彼に付き添ってやってくる三条の御曹司は、可愛くない口を利きながらも世話をされる事が嬉しいのか率先してくっついてくる。
鶯も自由人の割りに黒葉や国永の言う事は大人しくきく辺り可愛げがある。
後輩を性処理の相手としてではなく、一個人として尊重しようという気持ちが浮かぶのは初めての事。

「仕方ないから守ってやるかー」
「バカにつける薬は無いというしな。適度に痛い目を見せながらそうしてやると良い」

何よりも嬉しいのは、まるで人形のようだと言われる黒葉がくすくすと楽しそうに笑う事。
彼らに懐かれる以上に黒葉が彼らに懐いているので、国永としては嬉しさと嫉妬で困ってしまうのだ。
そんな彼らが似合いの夫婦だと言ってくれる事が嬉しく、そして誇らしい。

「そういえば、お鶴が花火しようって言ってたぜ」
「はなび……ああ、あれか。しかし火気厳禁だった筈だが……手持ちならば言い訳も出来るか」
「いや、打ち上げ花火。ドラゴン買ってた」
「……どらごん??」

何よりも、彼らがもたらす驚きによって黒葉がきょとん、と愛らしく目を丸くする所が可愛い。
人よりも知識は多いのに、誰よりも外を知らない彼がこうやって外を知っていくのが嬉しくて堪らない。



「って、結局くにせんせーのノロケしか聞いてない……」

話しを大人しく聞いていた黒鶴が頬をぷく、と膨らませて拗ねる。
愛らしい後輩が愛らしい息子になり、更に愛らしい子供が町に増えた。
そもそも人間不信に陥っていた国永と黒葉が人と接する事が出来るのは、生まれたばかりの長義や南泉と出会ったからだ。
一心に愛される赤子を見て人間不信が緩和され、その家の者となら普通に接する事が出来るようになった。
国永は自分では淡泊な性質だと思っていたが、意外と執念深かったらしい。
そう思ったのは、そもそもの学校へ行く理由、医者になろうとした事に起因する。

「そもそも授業をまともに受けてなかったからな。俺は元々、町の人間が好きになれなくてなぁ。医者になったのは生殺与奪権を握れると思ったからなんだ」

けろり、と笑いながら言われた内容に黒鶴は頬を引き攣らせ。
その割りには町の人間一人一人を気に掛ける様子と噛み合わず、首を傾げた。

「昔のこの町はあまり褒められない理由で有名だった。それに俺達は関わっていたのだ」
「……だから町の人間は好きじゃ無かった。けれど、山鳥毛と般若は違っててなぁ」

黒葉と交互に、お人好しだったんだ、と語る口は軽い。
長義と般若が義理の親子なのは知っていたけれど、それと関係があるのだろうかと疑問を抱く。
酒のお代わりを頼んだ国永は上機嫌に更に口を開いた。

「その頃、二人の家には生まれたばかりの赤ん坊が居てな? その世話を慣れないあの人達の代わりに俺と黒葉で見てたんだけど……ああ、長義と南泉な。二人共本当に可愛くて、南泉なんて黒葉が抱っこしないと寝なかったんだぜ?」

くく、といたずらな笑みを浮かべて店の奥、ビリヤード台で遊ぶ南泉を見る。
人を選ぶのは意外だったと思う反面、小さい南泉が小さい黒葉に抱っこされてる所を見たかったとも思う。

「疲れた黒葉を山鳥毛が抱っこして、俺は長義を抱っこしたまま般若の膝に乗って、まあそんな事もあって少しずつ考えを変えていったんだ」
「じゃあ、学校に行った時は?」
「……黒葉がなぁ、子らの未来を守るのも悪くない、って言ったから」

すり、と膝に乗った小さな身体を抱き寄せて項に鼻先を擦り寄せて国永が甘える。
それをくすぐったいと言いながら、黒葉は好きな様にさせた。
こうして二人を見ていると黒葉が世話をされているのと同時に、国永が甘えている事がよく分かる。
好き、という好意や愛、というものがまだよく分からない黒鶴だが、二人の関係はどこか胸を刺激された。
ちらりと店の奥に目を向けると、こちらを見ていたらしい白月と目が合う。
その瞬間、柔らかな表情が蕩けるようにふわりと優しく笑うのだ。
好意はよく分からないが、大事にされていると思う。
白月の笑みを見た瞬間に頬をぶわりと紅潮させた黒鶴を、国永が横目に見て笑った。

「お鶴が居なくて寂しいかも知れないけど、今だけだぜ?」
「な、なにが!?」
「人の変化はあっという間って話しさ。あんなに小さかった長義と南泉がこんなに大きくなったんだ! 黒鶴だって白月だって、ちゃーんと変わるのさ」
「……くにせんせー、酔ってる?」
「すこぉーしなぁー!」

ははっ、と明るく笑う顔からは、口を濁す過去を話す時の薄暗さなど微塵も感じさせず。
静かに笑う黒葉から頬にキスを受け、幸せそうに笑う二人はどこからどう見てもおしどり夫婦なのだった。

すたばれ。くろくに。

くすん、くすん。
微かにすすり泣く声が響くそこは、磨りガラスで柔らかな日差しを遮られたサロンだった。
所々に咲く花は綺麗に整えられ、人の手が掛かっている事が見受けられる。
その中央、白いシーツが掛けられたふかふかの布団に埋もれるようにして、黒い少年が蹲っていた。

「どうしてそんなに泣いてるんだい?」
「……とりが、いなくなった」

その傍ら、白銀髪の少年が眼下の隈も濃い状態で話しかける。
空ろな瞳は少年を映しているのに、少年自身を見てはいなかった。
黒い少年は華奢な身体に見合わぬ枷を足に付け、悲しげに歪む顔を地に落とす。
そこには白いシーツにじっとりと不快な痕を残すように、赤黒い塊があった。
ぼんやりと、白い少年はそれを見て口を開く。

「キミがのぞむなら、オレはキミのはなしあいてになる」
「……のぞむ?」
「ひつようってこと。オレはそういうことで、つれてこられたんだ」

舌っ足らずな口調で黒い少年は話しかけた。
それを、白い少年はつまらなそうにどこを見るでもなく頷く。

「けど……せんせいに、おこられる」
「へいき。オレはヨバしんのたまもの、だから」
「よばしん?」
「そう」

ヨバ神とは、古くからある信仰の一つだった。
古くからある町ならば誰もが知っているような、この世界の創造神。
けれど少年達は、そんな教えすら知らずに育った。
あまり意味は分からずとも、関係なかった。
話して良い相手が居る、それは確かに黒い少年にとっては救いであり、支えであった。
白い少年にとってもそれは同じ事で。
少年達は、疲れ切っていた。
相手が疲れ切っている事が分かって、自分だけではないと安心した。

「はじめまして。おれは……くろば」
「はじめまして。オレは、……くになが」

白い少年は名前を言う時に、つまらないという顔をほんの少しだけ傷みに歪め。
黒い少年は名前を言う時に、少しだけ思い出すのに時間が掛かった。
互いに互いを改めて視界に収め、細く弱々しい身体だと思う。
そうして、彼が自分の名前を言う時に、笑えるようになれば良いのに、と微かに思った。



ろくでもない町に生まれた以上、ろくでもない人達に囲まれろくでもない人生を歩むのだと思っていた。
スターデューバレーには一つの言い伝えがあった。
冬の夜空にひときわ明るくかがやく、この谷からしか見られない星がある。
どうしてかは分からないが、その冬星を目にすれば幸運が訪れると言われている。
この谷の名前も星の見える谷、というところから来ているのだろう。
けれど、実際にこの町で行われているのは、信心の皮を被った獣の宴。
一年に一度、冬星という役を与えられた子供を金で買った者達が貪っているのだ。
馬鹿馬鹿しい。
その冬星という役割を与えられるのは、毎年決まった子供だった。
黒い髪が艶やかで、白くきめ細かい肌がしっとりと手に馴染む、華奢で小柄なお人形。
名を、小烏黒葉といった。
町唯一のうだつの上がらない医者を両親に持ち、幼い頃から聡明な子供だった黒葉は町長の目にとまった事が始まりだった。
あの手この手で両親を追い詰めた町長は、全てに目を瞑る代わりに幼い子供を差し出せと迫ったようだ。
物心つく頃には父の使っていたドイツ語の医学書を読みあさる子供に畏怖の念を抱いていた両親は喜んで差し出した。
それからの黒葉は小さな家に囲い込まれ、唯一許されるのは本を読むこととサロンでひなたぼっこをする事。
成長することすら許されなかった。
町長は過度のショタコンで、黒葉を性的に慰み者にした。
それだけでは飽き足らず、年に一度お披露目という名の奉仕を求めたのだ。
常に愛らしく振る舞うこと、体格を維持することを求められ、それが当然の暮らしだった。



あるところに一人の子供が居た。
蝶よ花よと育てられた子供には母が一人。
彼女との生活は恵まれたものではなかったが、苦しくとも子供にとってはそれが当たり前の事だった。
変わったのは、彼女が長い間家を空けた数日の事。
急に子供に愛を囁くようになり、子供の肌を暴くようになった。
母と呼ばせなくなり、自分の傍に居るよう強要し、常に名前を呼ばせ見つめるように言い出した。
子供が困惑を示せば泣き喚き、拒否をすれば仕置きと称して狭い物置に閉じ込めるようになり。
子供に愛を求めるようになった。
初めは母への思慕から言われるとおりにしていた子供は、どんなに愛を囁いても彼女は自分を見つめることは無いのだと気付く。
それでも愛される事を望む彼女の言うとおりにしなければ、体罰や暴言が降り注ぐ。
次第に冷めていく心に、愛とは何かと疑問が沸いた。
萎える心が、冷める身体が、彼女を拒絶するようになり、いつものように子供を閉じ込めた彼女は唐突に帰らぬ人となる。
彼女が残した手紙には、彼女を見る事も無く棄てた"国永"への恨み言が残されていた。
初めから代わりである事を求められ、見ず知らずの女に育てられた事が綴られている。
子供がその手紙を見るまで、閉じ込められてから数日の時が流れていた。
憔悴しきった心と身体で感じたのは、虚無だった。



二人が出会ったのは、町長が気まぐれに渡した小鳥に黒葉が執心した事がきっかけだった。
結局小鳥は黒葉を世話する者に処分されてしまったが、今度は話しても大丈夫な相手を用意する。
ヨバ神の賜物とされ、町の人間にはひた隠しにされていた国永だった。

「くろばは……冬星祭がきらい?」

彼だけは特別に許され、サロンに居る短い間だが黒葉の傍に居ることを許された。
それは彼が女の愛に苦しめられ、感情らしい感情を面に表さなかったから。
見目が良かった事も相まって国永もまた、町長のお気に入りだったからだ。
女が居なくなった後、国永は親戚の家に引き取られたが上手く馴染めず。
それもまた、町長にとって都合が良かったのかも知れない。
何度か顔を合わせるうち、二人は祭りの話しをした。

「いいや。だが、疲れる……一晩で何人もの相手は、きつい」
「そうか」

黒葉は国永と話す時だけ、口調を改めた。
舌っ足らずに物を話せば幼さが際立ち、町長や獣が喜んだからしているに過ぎない。
自分を隠さなくて良い相手というのは、居心地が良く楽だった。

「だが……星は嫌いだ」
「みたのかい?」
「いいや。俺は外を知らぬ。……必要だとも思わぬ」

飼い殺しにする為、町長は家から黒葉を出さなかった。
窓から外を眺める事も禁止されていた黒葉は、本の中でしかその存在を知らない。

「小さな光など、意味が無い」
「……よるは」
「国永?」
「よるは、くろばのいろだ」

目線はあくまで手元の本に落としたまま。
国永は常に退屈そうな、空虚な表情をしていた。
ともすれば、不機嫌なようにも見える。
けれど黒葉はその顔を、泣き出す寸前の子供の顔に見えるのだった。
泣くのを許されない、泣き方を忘れた子供が、途方に暮れた顔に見えるのだった。
口調も常に平坦で、喜怒哀楽に欠けている。
外を知っている国永より、外を知らない黒葉の方がよほど起伏に富んでいた。

「夜は、俺の色……」
「くらくて、くろい。すいこまれる。……あんしんする」
「……そうか」

その言葉だけで、後はもう何も要らないと思った。
心を決めた黒葉の行動は早かった。
誑かした客のうち一人に外への繋ぎを頼み、町長の息子を呼んでこさせる。
そうしてやってきた息子は、父の所業をどう思ったのか。
小さな町に震撼が走ったのは、その少し後。
町長は亡くなり、彼の息子は足を怪我した。
彼が囲って居た子供は助け出され、ようやく日の目を見ることとなる。



「黒葉」
「……国永か? どうした」

二人は無人のホームで列車を待っていた。
学校へ行くには隣町で寮生活をしなくてはならなくなったからだ。
黒葉は将来の目標を、医者に決めていた。

「本当に良かったのかい?」
「何がだ?」
「……医者。君を棄てた親と同じだろう」
「ああ、その事か。俺にとっては造作もない」
「そうだろうな」

国永は肩を竦め、呆れた笑みを口端に浮かべる。
狭い場所に居た時は辿々しかった国永の言葉は、今は流暢に喋れる程には快復していた。
そうして何かを吹っ切ったらしい彼は、もうあの時のような退屈そうな顔はしていない。
代わりと言うわけではないが、黒葉は表情があまり動かなくなった。
むしろ取り繕うことをしなくて良くなったので、必要以上に動かす事がないのだ。
数年で色々と変わり、何より変わったのは国永と黒葉の関係だった。

「良かったのか?」
「何がだい?」
「俺の物になる事だ。それに、お前まで付き合う必要は無い」
「ああ、その事か。俺にとっては造作もない」
「そうであろうな」

二人は、まだ幼いうちから婚約を交わした。
僅かな時間の話し相手から、将来を約束する恋仲になったのだ。
けれど国永は女に棄てられた頃から、男としての機能を失っている。
黒葉は町長に男としての尊厳を奪われ、女役になる事を許容されていた。
相手を満足させる技なら両手に余るほども思い付くが、果たして満たすことが出来るのだろうかと考えない事も無い。

「言ったろう、君が望むなら、と」
「……のぞむ?」
「必要って事。……君には、俺が必要だろう?」

眉を潜め、顔を覗き込んでいるのは国永だ。
言葉の上では黒葉が求めたと言っているようで、本当に求めていたのは……。

「そうだな、お互い羽根を休められる場所は必要だ。お前が眠るには……夜が必要だろう」

この感情を、愛というのか情というのかは分からない。
それでも隣に居て安心して、名前を言う時に笑えば良いと思うのは、相手だけだった。
多分、そういう事から始まる事もあるのだろう。
どちらもほんの少し恵まれなくて、不器用だった。
黒葉が肯定すれば、国永は嬉しそうにはにかんで笑みを浮かべる。

「ああ、俺には夜が必要だ」

するり、と黒葉の華奢な手を包み込む存在。
長く骨張った国永の手だ。
指と指を絡め、繋がった手を握りしめる。
左手の薬指に光る銀色の指輪が、お互いの約束だった。

「国永、きっと幸せにする」
「……バカだなぁ、幸せになろう、で良いんだよ」

くすぐったそうに笑う国永に、ようやく黒葉も笑みを返すのだった。
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