家に着いた鶴丸は、そのまま国永の手を引いて自室へと連れて行った。
幸い家には誰もおらず、部屋は防音性に優れている為に他の音が聞こえてくる心配も無い。
ベッドに座らせてイヤホンを外しても、反応は無かった。
ぼんやりと若干伏せられた瞳が白くて長い睫に散らされて静かに緩やかに、閉じては開いてを繰り返す。
「なあ国兄、俺の事は分かる?」
「はい。椿鶴丸、国永の弟で妻。間に一子、シヴァという女児をもうけた、母親。甘えたがりで不安症、お人好しで純真に人を信じる事が出来る、国永の一番の宝物」
「……国兄の一番の……! な、なあ、その……いつも通りの話し方は出来ないのか?」
なんかこそばゆい、と言えば瞬きを一つ落とした後に表情は柔らかく微笑んだものに変わった。
それでも瞳の虚ろな色は変わらなくて不安になったけれど、鶴丸も笑んで返す。
「分かった、鶴」
「良かった……!! あ、この調子なら目を覚ましてって言えば戻る?」
「目なら覚めてる。起きてるから行動してるんだ」
何か不審でも?と言いたげに小首を傾げられれば、がくりと肩を落とすしか無かった。
そういう意味では無い。
正面に膝を立てていた鶴丸は国永の膝に崩れ落ちるように項垂れた。
どうすれば元に戻るのか、エンドローズは一日放置で良いと言っていたが、こんな姿を見ているなど、鶴丸にとっては苦痛でしか無い。
だが様子を見ていなければいけないという事は側を離れる訳にはいかないだろう。
「いっそ、いつもは聞けない事を聞いてみる……?」
純粋な好奇心と、不安から出た言葉だった。
国永には、弟である鶴丸には隠し事が多い。
それは誰に対しても同じだったが、鶴丸は特に自分へのそれを強く感じていた。
いつもは秘密主義な兄の本音が覗けるかも知れない。
底知れない悪魔の誘惑。
「君が聞きたいなら」
「国兄?」
「聞きたいなら、構わない。聞かれないから答えないだけだから」
あっけらかんとした当の本人からの軽い答えに、罪悪感を強く抱き始めていた鶴丸は脱力する。
流石は国永、この性格をして自分の兄であるだけはある。
「じゃあ初恋はー?」
実は研究室でのやりとりからこっそり気になっていた事を拗ねながら聞いてみる。
彼女が居たというのなら、その中の誰かだろうと思って。
「高一の頃。中一に上がったばかりの鶴に。雨に打たれて帰って来た時」
「え……?」
「シャツが透けてて、雨を含んだ髪から滴る水滴と、その直後に向けられた笑顔に性的興奮を自覚した」
「ちょ、何、最後の、ええええ?!だって、そんな素振り一度もッ」
「兄に手を出されるなんて想像してない、むしろ嫌悪するかも知れないと思って……無垢な君に知られたくないから黙ってた」
「嫌悪より、むしろ嬉し……あう、何だよそれ……じゃ、じゃあもしかして、国兄のズリネタって……」
それ以上先を想像してしまって顔を真っ赤にしながら伏せる鶴丸に、国永の表情は変わらない。
これはそういう状態だからなのか、それとも元々からそうなのかは判別が付かなかった。
「ズリネタ……自慰? それについては何も無い。繁殖欲求から来る本能の一つだし、擦ってれば快感を拾うのは簡単だ。視覚や聴覚の情報は必要ない。体調を崩すから習慣的に抜いてはいたけど、それだけだ」
「え、じゃあ高校の頃の彼女は?」
「黒葉に他人を知るには同じ場に立ってみる事も必要だ、と言われて感情理解の一環として」
「んん?つまり?」
「性的興奮は覚えてないし、誘われてもヤってない。高校から爛れた生活になるつもりは無かった。ただ大学は一人暮らしで独立した生活をしようとこの頃から考えていた」
「……それは、知ってる。凄く寂しくて、何でって、いつも一緒なのにって、裏切られた気がして……」
この言葉に応えは無かった。
質問にはなっていないと思ったからか、言う必要は無いと判断したのか。
結局、こんな状態でも本音を語ってくれないのか、と後ろ暗い思いに取り付かれた鶴丸は、
「ねえ国兄。今ここで、俺の目の前で、シて?」
「ここで、自慰を?」
「そう、国兄の気持ち良い所を、俺に教えて? 俺が良いよって言うまで、ずっと」
「分かった。……コンドームと、ローション、紐はあるか?」
「棚の中。……って本当に良いの?」
「君が望むなら」
虚ろな紅い瞳が鶴丸を映さずに、一番嫌いな言葉で頷かれた瞬間。
鶴丸の中にあった罪悪感は暴力的な物へと変貌した。
いつも自分に遠慮する兄を、自分の目の前で下したいと。
あるいはただ抱き締めてくれれば良かったのに、と悲しみで叫びたくなった。
国永は棚の中から探していた物を持ってくると、再びベッドの縁に座ってスラックスの前をくつろげる。
いつもは鶴丸の中を柔然に犯すソレは、何事も無く萎れていて鶴丸は喉を鳴らした。
今すぐ舐めたいと疼く舌を、これは罰だからと押さえ込む。
「ん……俺が自慰をする時は、コンドームを填めるんだが……」
気持ち良い所を教えて、と言ってあったせいか状況説明を始める国永の手が自分のモノを両手で包む様に触れてしごき始めた。
萎えたソレは最初こそなかなか立たなかったが、やわやわと触っているうちにやがて自立する位にはなり、口で封を切ったコンドームを自分のモノへと宛がう。
「イった時に、飛び散るのとか掃除が面倒で……まあローションをここで使うから結局は同じなんだろうが……」
コンドームで入りきらなかった根元の方に紐を括ってから片手にローションの中身を出し、
両手でこねてから再び自身を包む様に触れた。
はぁ、と小さく深呼吸する中に含まれる熱を感じて顔を伺い見れば、目元を赤らめている国永に見つめられていて。
あまりに不意の事に、胸が詰まるような思いがした。
「ぁ、ん……俺が、きもち、いいのは……はっ、雁首のとこ、と、根元の……ぁあッ、たま、と……たま、の、あいだのぉ、おく……ここぉッ、が……ん、いい、ぐりぐり、てぇ……いじ、ん……」
「う、あ……エロ――!? ふ、普段から、そんなに声出してるのか?」
「ちがッ!これ、は……み、みられてる、と……君が、見てる、から……!」
「お、れ? あは、嬉しい……ねぇ国兄、ここは触らなくて良いの?」
あまり触ろうとしない先端部分の中心、鈴口をぐりっと人差し指で押すようにすると国永の体が跳ねる。
唇を噛んで頭を左右に振り、快感を逃そうとしていた。
「そこ、は、触らないッ! あふ、ん……こういんでも、ない限り」
「ふーん……それって、今までの彼女とか? 生でしたり、した?」
初めてが兄とだった自分と違い、兄は女の人を知っている事を、気にしないようにとしていた。
他の誰より、国永のもう一人の番いより愛してると言われても。
実際に愛されていると感じても、初めての相手だけは変えようがない。
「んひぃッ――な、い!」
無意識にぐりぐりと弄っていた指を止めて再び国永を見上げた。
は、は、と切れ気味に呼吸を繰り返しながら涙目の紅い瞳を鶴丸へと向けながら、緩やかに首を振る。
「なまは、したこと、な……。きみが、つるが初めて……」
「え……だって、女の人を抱いた事はあるんだろ?」
「それはある、ん……けど、ぁん……きもち、わるくて……はぁ、なにより、つるから、れんらく、きたら、すぐ出れるよ、に……んぅう、らから、イったこと、な……しゅいん、か、こういんらけ……」
ぐずぐずに濡れそぼった顔や下半身を晒しながらの告白に、思わず息をのんだ。
国永自身からも彼女との淡泊な関係性の話は聞いた事があったけど、改めて思い知らされた。
そんなにも、こんなにも想われていたのだと。
「ねえ、国兄……俺の咥え方って、今までの彼女と比べたら……」
「つたなくて、下手……だけど、鶴が俺のを、咥えてるだけで、イけそうな位、興奮する……。ん、鶴の苦しそうな顔とか、俺ので汚れてる姿とか、それだけで、うれしくて、誰よりも、感じて……ぁあ、だから、下手に教えるより、良いと思って」
話している間も止まらない手に、先走りが溢れて国永自身も血管が浮き上がって筋張っているのが見える。
正直、据え膳とも言える状態の国永に今すぐ甘えて己の中へとくわえ込みたいと鶴丸も思っていた。
けれど、この状況を楽しめるのも今だけ、と思うと悪戯心の方もうずき出す。
指で弄っていたコンドームの薄皮をずるりと投げ捨て、露わになったモノに舌を這わせ、
「ね、俺が下手なら……今、国兄が教えて?」
言いながら舌先で舐り始めた。
自慰の筈の手すらも口の中に吸い込み、指で示された場所を舌先で追って集中的に舐めれば国永は面白いほど体を跳ね上げさせる。
快感に仰け反る背で、抑えきれなくなった嬌声と唾液を口から零し、嫌々と顔を振りながらも止めはしない。
「ひ、いいッ、や、つる、もう、だした、イきたいッ!!」
「まーら、らへ」
「ひゃあん、しゃべらな、あぁああ、そこ、きもひい、もっと……手で玉触って、擦ってぇ」
「ん、あも、ほほ?」
「ん、ん、そこッ!いい、きもひいい、あ、ああ、も、おかひく、なうううッ!!」
「あは、まだまだ試したい事あったけど……"良い"よ、国兄。出して」
「つる、あ、イっちゃ……や、あああ、イきたいのに、イけるのに、イけな――!?」
「え!? だ、大丈夫だから、全部出して良いよ! あ、俺が吸い取った方がイける?」
紐を外してイって良いと言っても体を震わせながらイケないと半狂乱になる国永に、鶴丸は焦って国永の鈴口に吸い付いた。
焦りすぎて当たった歯が皮切りとなり、じゅうううと音が鳴る程吸い付く鶴丸に体を跳ねさせて国永は白濁を吐き出す。
散々留められていたソレは勢いこそ無いものの、ビュク、ビュクと濃く長く吐き出され。
その間中、国永は深い絶頂と多幸感を味わい続けた。
鶴丸は喉を鳴らして飲み込んでいたが、やがて飲み込みきれる量を越えて口を離してしまう。
「あ、勿体な――」
再び吸い付こうとした鶴丸に覆い被さるように国永の体が降りかかった。
驚いて顔を仰ぎ見ると、瞳を閉じて完全に意識を飛ばしているようで。
「くにに!?え、飛ばしちゃった……?」
うっすらと微笑みながら意識のない兄の姿に、胸が高鳴る。
瞬間、びゅくびゅくと白濁を吐き散らしていたモノからは独特の匂いのする液体が漏れ始め。
それがいわゆる嬉ション、というやつだと気付いた鶴丸は兄の体を抱えながら顔を赤く染めてお預けを食らうのだった。
その後、何とか片付けを終えた鶴丸は起きてきた国永に様子を聞いたが、その頃にはすっかり元に戻っていた。
ただ女性関係や初恋云々を聞かれた事は覚えていたらしく、少しだけ恥じらっていたが。
他にはぼんやりとしか覚えていない、等と言われた鶴丸は、例の音楽プレーヤーをこっそり保管する事に決めた。
エンドローズ曰く、あれは国永の脳波が特殊だっただけで誰にでも効くわけじゃない、と注意事項を書いたメモと一緒に。
果たしてまた日の目を見る機会があるのかどうかは、誰も知ることはない。