「よし、できた。
二人ともとっても可愛いわよ。」
にこっと笑って頭を撫でるローゼスに、ニコニコと笑いながらレイリがぎゅっと抱きついた。
「これでおかしもらえるの?」
目をキラキラと輝かせながら、レイリはジャックランタンを象ったポシェットを提げて隣でむすっとふて腐れているシュノの手をぎゅっと握った。
二人ともお揃いの黒猫の衣装を着て、猫耳のフードを被っている。
因みにこの衣装はローゼスのお手製で、孤児院の孤児達全員の分をローゼス一人で手掛けていた。
「ねぇ、シュノ。たのしみだね?」
シュノは俯いていた顔をあげてレイリをじっと見た。
何処と無く嫌そうなシュノは黙ってポシェットの紐を弄っていた。
「シュノは行きたくないの?」
「だって、こんなかっこやだ。」
「…えっ…シュノ、いかないの?」
可愛らしい猫耳のパーカーにズボンも猫の尻尾がついていて、元々愛らしいこの子供達が着れば可愛さも増すと言うものだが、シュノとしては何か気に入らないらしく外に出るのを渋る。
嫌がる子供を無理矢理外に出すわけにもいかず、少し残念そうにローゼスがシュノの着替えを用意しようと立ち上がると、今まで意気揚々と外に繰り出そうとしていたレイリがシュノの隣にちょこんと座った。
「レイリ?いかないのか?」
「うん。シュノがいないとつまらないもん。」
だったら一緒に居た方がいいでしょ?と、シュノの手をぎゅっと握った。
この二人はスラム街で身を寄せあって生きてきた戦争孤児で拾われた当初からお互いに強く依存していて、特にレイリは未だにシュノにべったりだった。
最近でこそよく笑うようになった二人だったが、最初の頃は手の施しようがない状態で、このまま互いが互いに依存したまま成長してしまったら…と、ローゼスは二人の将来を密かに案じていた。
しかしながら、シュノはローゼスが思っていたのと違う言葉を口にした。
「レイリ、いきたいならいけばいいだろ。
なんでもおれにたよるな。」
突き放したような言葉に、キョトンとしたレイリの瞳にじわじわ涙がたまる。
大きな瞳に涙をためても、それを零さないように懸命に耐えてシュノの服をぎゅっとつかむレイリ。
「だって…シュノがいるからたのしいんだもん。
シュノがいないならなにしてもたのしくない。
おかしだって、おいしくない。」
まだ9歳とは思えない発言に、ローゼスは黙って二人を見守っていた。
「独りにしないで…
一人はいや…もう、嫌なんだ…」
大きな瞳を潤ませて、レイリがシュノを見上げた。
「それは違うんじゃない?」
困り顔のシュノと、今にも泣き出しそうなレイリをぎゅっと抱き締めて、ローゼスが優しく頭を撫でた。
「アタシ達、家族じゃない。
レイリもシュノもひとりぼっちじゃないわよ?」
「えっ…?」
驚いた声をあげたレイリはシュノをちらりと見た。
すると、シュノは珍しく驚いたようにローゼスを見ていた。
「あら、あなた達は違ったの?
少なくともアタシやノエルはそう思ってるはずよ?」
「テメェ、勝手に俺様を巻き込むんじゃねぇ。」
ローゼスの背後から気だるい声がしたと思うとレイリが弾かれたように顔をあげた。
「せんせい!!」
レイリはノエルに駆け寄ると、ぎゅっと足元に抱きついた。
元来より人懐っこい性格のレイリだが、特にノエルには一際よく懐いていた。
そうなると、面白くないのはシュノの方だ。
先程までシュノが居ないと嫌だと泣いていたくせに、ノエルが来た途端に笑顔でノエルに抱きつくレイリが気に入らない。
シュノはレイリの手を掴むと、ノエルから引き剥がした。
「シュノ?」
「おかしもらいにいくんだろ。」
グイグイ引っ張られ、訳が判らずに首をかしげながらも、ノエルとローゼスを振り返りにっこり笑って元気に行ってきますと告げたのはさっきまで泣きそうな顔をして居たはずの子供で、その変わり身の早さにクスリと笑みをこぼすと、隣でノエルが深い溜め息を吐いた。
「相変わらず、あのガキどもは手が焼ける。」
「そう?二人とも良い子じゃない。
特に問題があるとは思わないけどね。
お互いに依存しあってる以外は。」
どこか楽しそうにローゼスが呟くと、ノエルが肺に貯めた紫煙を吹き出した。
「バカか。それが大問題だろ。」
そう言いつつも、全く問題があるようには見えない辺り、所詮は他人事であるのだから。
子供とはいえ酷い世界を目の当たりにしてなお、この世界で生きていると言うのはそうゆうことだ。
「トリックオアトリート!!」
教会に併設されている孤児院の子供達は毎年ハロウィンになると教会の信者の家を回るのが習わしになっている。
他の孤児達に遅れて仲良く手を繋いで訪れたのは、信者の間でも特に可愛がられている二人組だ。
「シュノくん、レイリちゃんいらっしゃい。
好きなお菓子をどうぞ。」
「おばさんありがとう!!」
「……ありがとう。」
中から出てきた恰幅のよい女性はバスケットの中にたくさん入ったキャンディーやチョコレートを差し出した。
可愛らしくラッピングされたお菓子を嬉しそうに選ぶレイリと、手前の小さなチョコレートを選んでポシェットにしまうシュノを、女性は眺めていた。
「レイリ、はやくきめないとおそくなったらめいわくだろ。」
「あ…うん、じゃあこれにする。」
レイリは最後まで悩んでいた二つのロリポップとかぼちゃの形のチョコレートから、ロリポップを選んでポシェットにしまった。
「ちょっと待って、これも持っていきなさいな。」
おばさんはにっこり笑ってレイリとシュノに先程までレイリが悩んでいたチョコレートを一個ずつ握らせた。
「他の子には内緒だよ?」
「わぁ!!ありがとう!!」
「よかったな、レイリ。」
レイリはにっこり笑っておばさんに手を降って家を出た。
シュノに手を引かれ、予め決められたルートを回ると他の家でも同じ様に二人だけ特別だと良いながらおまけしてもらって、二人のポシェットはあっというまにパンパンになった。
チョコレートを口に含みながら、手を繋いで二人はすべての家を周り終えて孤児院に帰る途中の小さな広場のベンチに座っていた。
「かえらないのか?」
「うん…もうちょっとだけ…。」
レイリがシュノにもたれ掛かるように擦り寄ってきた。
甘えてくるレイリに嫌な顔ひとつせずにレイリの顔を覗いている。
「シュノ、らいねんもそのつぎも、ずっといっしょだよね?」
「うん、ずっといっしょだ。」
「ぼくがおとなになっても?」
「レイリがおとなになっても。」
「そっか…よかったぁ…。」
にっこり笑ったレイリは、シュノの頬にちゅっと小さなキスをひとつ落とした。
シュノはレイリが笑った顔が好きで、幸せそうなレイリを見ているだけで自分も暖かで優しい気持ちになれた。
「かえるぞ。」
「うん。」
いつものようにシュノに手を引かれ、レイリは来た道を引き返していく。
「ただいまー。」
「あら、おかえりなさい。
遅かったのね。」
孤児院に帰ればローゼスが笑顔で迎えてくれて、ぎゅっと抱き締めてくれる。
親の居ない二人にはそれが少し気恥ずかしくもあり、暖かく心地良いものでもあった。
「お菓子は沢山貰えた?」
「うん、あのね、みんなにはないしょだよっていわれたけどね、とくべつにたくさんもらったの。」
レイリは嬉しそうにパンパンに膨らんだポシェットを誇らしげに差し出した。
「そう、それは良かったね。
シュノも沢山お菓子貰えた?」
「……うん、あまくないの…もらった。」
「あら、それは良かったわね。」
「おい、ガキ供。
メシにするからさっさとこい。」
痺れを切らしたノエルが二人を促す。
「今日はハンバーグだぞ。
遅れたやつはメシ抜きだからな。」
「やだー、シュノはやく!!」
「まてよ、これへやにおいてからだろ。」
バタバタと部屋に駆けていく二人の小さな背中を眺めながら、ローゼスは子供を見守る母親のようににっこり笑った。
談話室で他の子達とお菓子を食べていたレイリは、シュノの隣にちょこんと座った。
「シュノ、なにたべてるの?」
「ソーダあめ。」
「ちょっとちょうだい!」
するとレイリは何を思ったか、シュノの唇に自分の唇を重ねて、飴を奪い取る。
シュノも特に驚く様子もなく、周りの子供達の方が驚いていた。
暫く口の中で飴を転がしていたレイリは飽きたのシュノに口移しで飴を返した。
「……これは、さすがにちょっと…問題よねぇ…。」
「知らんぞ。もう俺様の手には負えねぇ。」
ローゼスとノエルが呆れ返っている間、お腹一杯になった二人は身を寄せあって天使のような寝顔を晒していた。
ノエルはシュノを、ローゼスはレイリを抱き上げて二人の部屋に連れていく。
部屋の真ん中に置かれた子供用のダブルベットに二人を寝かせて布団をかけてから静かに部屋を出た。