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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
善い行いをすれば、良い事が必ず返ってくる。
輪廻は廻っても、魂の繋がりは途絶えることはない。
「いってらっしゃい、きをつけてね」
土地神となった僕達は滅多なことで御山を下りたりしない。
それでも、何の娯楽も無い山の代り映えのない様子をただ眺めているのはとてもつまらない。
だからこうして娯楽を探しに里へ下りる事がある。
神様と言っても結局は元人間なわけで、暇を持て余してすることも無いとなれば後は本を読むくらいしか思いつかない。
可愛らしい子供向けの昔話の本なんて、神様になってすぐに読み終えてしまった。
生きていたころに文字を読む練習をしていてよかったと思った。
本を読むのは知識を得られるのもあるけど、空想の世界に浸ることができて楽しい。
まだ文字を読めない怜悧がたまに、どこから持ってきたのか判らない本を読んで欲しいと持ってくることがある。
恐らく誰かから貰った絵本だろうそれを、怜悧は大切に抱きしめながらくしゃくしゃになった今でも大事そうに持っている。
「僕が帰るまでいい子にしてるんだよ」
怜悧はこくんと頷いて、境内で下級の妖怪たちとおはじきで遊んでいる。
表情一つ変えない弟の周りを、下級妖怪たちが楽しそうに遊んでいた。
「妖怪達の方がよっぽど情があるなんて、皮肉だよね」
誰に言うわけでもなく漏らした言葉は冷たくなった空気に溶けた。
そろそろ冬が来る。
村人たちの蓄えは十分だろうか、後で見ておかないといけない。
まだ、死なれては困るから。冬の支度は万全とまではいかなくても、僕が加護してやっているのだから寒さに飢えて死なせる訳にはいかない。
冬支度が済んでないのなら、収穫できる野菜の量を少し増やしてやらないといけない。
「ああ、もう。何で神様になったんだろ…
怜悧は動物とか植物とか下級妖怪の世話しかできないし」
文句を垂れながらもなってしまったものは仕方がない。
里がようやく見えてきた頃、普段の装いを人に紛れやすい格好に偽装して、黒髪黒目の大人の姿を取ると、人の流れに紛れて里に入り込んでいった。
書店で良さそうな本を片手一杯に買い付けて、解れた布団や着物を縫い直すために反物や布も買い、久しぶりに心地よい気分で御山に帰る道の途中。
知らない気配を感じて立ち止まった。
結界の中に入り込んだ気配は二つ。
今にも消えそうなくらい弱々しいもの。
怜悧は気が付いているのかな?
とりあえず気配の元を探ってみると、あまり人が寄り付かない獣道を通った形跡があった。
「手負いの妖怪か何かかな?
弱ってるみたいだけど、まさか陰陽師にやられたとかじゃないよね」
面倒ごとには巻き込まれたくない。
厄介な妖怪だったら困るのでとりあえず獣道の気配をたどっていくと、社のいくばくか手前の雑木林に子供が二人、倒れている。
年の頃は十かそこらの子供が二人、抱き合う様にして倒れていた。
気配はここで途絶えている所を見るに、この子供達が気配の主らしい。
「…人間の子供に見えるけど、何か混じってる匂いがする。
おーい。生きてる?」
ぺちぺちと頬を軽くたたいてみるが、反応が無い。
もう死んでしまったのかと思い、どうしようか考えてると片方の子供が目を開いた。
「……あ」
真っ赤な綺麗な瞳。紫銀色の髪の間から宝石の様な真っ赤な瞳が僕を捕らえた。
「たすけて…」
「助けて欲しいの?」
子供は力なく頷いた。
「………いいよ、助けてあげる」
「朱乃を、たすけて。おねがい…俺は、どうなっても、いいから」
「お前達も双子なの?……ふうん。
いいよ、二人とも助けてあげるから、安心していいよ」
そう告げれば赤い目の子は安心しきったように気を失った。
「…綺麗な目。それに、僕らと同じ双子の兄弟。
助けてあげるよ、僕は可哀想な子供には優しい神様だからね」
そういってから、子供をまじまじと見下した。
一気に二人も連れて行けそうにない。
「怜悧、聞こえてる?
社の近くに怪我人が居るからちょっと来て。
あと運べる奴らも連れてきて、僕一人じゃ連れてけないから」
『…ん、わかった』
双子だからか、神様だからか、それとも双子の神様だからか。
僕と怜悧は遠く離れていても強く念じれば言葉が届く。
暫くそこで待っている間、子供の側で座り込んで様子を見ていた。
「綺麗な顔してるのに、ぼろぼろだ。
必死に逃げてきたのかな?赤い目の子、朱乃を助けてって言ってたけど、こっちの子が朱乃って名前なのかな?
うん…この子の方が衰弱してる。痛めつけられてるって感じだね」
じっと観察して、綺麗な顔の双子がどれだけひどい扱いを受けてきたか、容易に想像がついた。
汚いボロボロの薄い着物一枚で、この寒くなった御山の獣道を隠れる様に裸足で逃げてきたんだろう。
「大丈夫だよ、僕が守ってあげるから」
そういって肩にかけていた羽織を子供達にかぶせてやる。
「怜鴉、けがしてるひとはどこ?」
後ろで聞きなれた小さな声に振り返る。
怜悧が下級妖怪たちを連れて小さな籠に薬草を詰め込んで立っていた。
「ここ、この二人がそう」
「…わかった、ひどそうなのだけ、なおしちゃうね?」
怜悧は倒れてる子供達の脇にちょこんと座って手をかざした。
柔らかな光と共に、子供達の脚の傷は綺麗に消えていった。
それが消えても怜悧が手をかざしている様子から、見えない部分にも酷い怪我を負っているのだろう。
やせ細った子供達が酷く不憫に思え、昔の自分たちと重なった。
「ひどいけがはなおした。あとはおやしろでやすませればだいじょうぶ」
「そう、じゃあ皆でこの子を運んでくれる?
僕はこっちの子を連れてくから」
今はまだ大人の姿のままだから、子供一人くらい連れていける。
ひょいと赤い目の子を抱き上げれば、思ったよりも軽くて少し驚いた。
下級妖怪たちが朱乃と呼ばれた子を運んで、社に戻ってくると布団を敷いて子供の体を横たえた。
「このこよわってるね、こっちのこはけがだけみたい。
ひどいけがだったけど、なおしたからへいきだよ」
「…怜悧、僕は……この子達を助けたい…。
多分この子達も何かを抱えた双子…僕らと同じ」
「…ん、いいよ。怜鴉がそうしたいなら」
怜悧は少し驚いたみたいだったけど、子供の額に手を当てた。
「…すこし、じゅんびしないと…。
おくすりつくるから、みんなもてつたって」
怜悧は取り巻きと化してる下級妖怪たちを引き連れて薬の材料を取に行った。
この御山にはたくさんの妖怪が棲んでいる。
彼らから、幼い怜悧は薬の作り方をいつの間にか学んでいた。
薬草を育て始めて、薬を作っては動物を、植物を、妖怪を、人間を癒してきた。
時々それがうらやましいと思う事がある。
僕も薬は作れるけど、怜悧の様な薬草を育てられはしない。
双子だけど、霊力の質が違うから。
白蛇が最初に怜悧を食い殺したように、怜悧の霊力は極上。
下級妖怪なんかは僕を恐れるけど、ああして怜悧の腰巾着の様に付きまとってる。
護衛としては心もとないけど、一人よりは安心するからそのまま放っておいてる。
この子達も、きっとそんな何かを求めて逃げてきたんだろう。
普通で居たいだけなのに。
「判るよ、僕もね普通で居たかったから」
「ん…」
なるべく優しく、壊れない様に額を撫でれば少し熱を持っていることが判った。
「大丈夫だから、安心してお眠り」
微笑みかければ、張り詰めていたものが解けたように少し微笑んだ気がした。
付きっきりで看病して5日目の朝、子供の一人が目を覚ました。
菫色の綺麗な瞳をした綺麗な子供。
怜鴉がこの子は朱乃っていう名前だって教えてくれた。
「ここは…?はっ、朱璃、朱璃は!?」
暫くぼんやりしていた朱乃は急に起き上がってあたりを見回した。
そして隣に眠る赤い目の子を見つけて近寄った。
「朱璃!」
「ねむってるだけだよ、だいじょうぶ」
僕に気が付いてなかったのか、急に声をかけられてビクッと震えるのが判った。
ぎゅっと朱璃と呼ばれた子を抱きしめてこちらを警戒する様に見ている。
きっと、こんな風に追い詰められるほどに辛い事があったんだろう。
「ぼくは、ここのかみさま。
怜鴉がきみたちをたすけるっていうからたすけた」
「かみ、さま…?だって、お前は子供じゃないか」
「……もう、ずっとずっとずっとむかし、ここのかみさまにいけにえにされてここでしんでから、ずっとこのすがただよ。
きみもけががひどかったから、まだねててね」
多分知らない人がいると落ち着かないかもしれないから、僕は立ち上がって何か食べるものを探しに行くことに
た。
お社にはきちんと毎日お供え物が備えられてる。
お米や漬物、果物にお菓子。
綺麗なお花も一倫添えられていた。
この土地は神に呪われていると恐れる村人も多いけど、中にはこうして神様としてきちんと祀ってくれる人もちゃんといる。
目が覚めたなら、栄養のある物を食べたほうがいいと思って、お供え物をよそに森の方に入っていった。
栄養を取るにはやっぱりお魚がいい。
薬草と一緒に焼けば病み上がりにはきっとちょうどいいはず。
『れいりさま、きょうどこいくの』
『れいりさま、あそぼ、あそぼ』
「きょうはおさかなをとりにいくの。
みんなてつだってくれる?」
『おさかな!おさかなとれるよ』
『れいりさまおさかなたべる?』
「ううん、ぼくじゃなくて…ええと……怜鴉のおきゃくさん」
取り巻きと怜鴉が揶揄ってくるようになった、下級妖怪たちを連れて川に重なを取りに来た。
僕と一緒に居る子達は大体が神様に守護を求めなければ淘汰されてしまう弱くて小さな存在達。
そんな子達が神様と慕ってついてきてくれて、小さな体で協力して一生懸命取ってくれたお魚はあっという間に籠一杯になった。
「みんなありがとう、もういいよ」
そういってお礼代わりに金平糖をバラまけば、嬉しそうにそれを拾ってもぐもぐと食べる。
「みんなのおかげでおさかないっぱいとれたよ」
『れいりさま、うれしい?』
「うん、うれしいよ」
そういえば下級妖怪たちが嬉しそうに喜んだ。
僕は感情が判らなくなって、笑うことが出来なくなっちゃったけど、そうやって笑う皆を見てると嬉しくなる。
人には愛されなかったけど、こうして僕を慕ってくれる存在が居る限り、その子達を守っていこうと思っている。
怜鴉が連れてきた子達はどんな子だろう?
僕たちと同じって言ってたから、きっと酷い目にあった子達なんだろう。
ともだちに、なれたらいいな。
そんな、叶いもしない淡い期待を胸に抱いて、社に戻った。
僕たちの棲む社は、きちんと設計されていて小さな村が管理する社にしては大分大きい。
本殿の後ろに奥の間があり、そこは神様のお部屋と言われて人の立ち入りが禁止されている。
実際そこは僕たちの私室になってる。
年に一度のお祭りの時に使う神具や僕たちが普段使うお茶碗とかいろいろな物を押し込めてる宝物庫って人間が呼んでる物置に、お祭りの時に炊き出しを行うための小さな調理場と井戸もある。
調理場にお供え物のお米でご飯を炊いて、取ってきたお魚を薬草で焼けばそこそこおいしそうなお昼ご飯になった。
僕が本殿の戸を開けて中を伺うと
「なにしてんの、邪魔なんだけど」
お散歩から帰ってきた怜鴉がお供えのお饅頭をもぐもぐしながら背後に立ってた。
「あ、えと…ごはん、たべるかなって……
ひとりめがさめたみたいで」
「ふーん、じゃあ持ってきてやれば?」
怜鴉は僕を押しのけてずかずかと本殿に入っていく。
僕はお膳に三人分のご飯とお魚をのせて本堂に運んだ。
もう一人はまだ寝てるみたいだけど、起きたら持ってきてあげればいいと思ってた。
「お前、朱乃だっけ?何であんなところに倒れてたの?
わざわざ人の通らない道を選んで、僕が見つけなかったら死んでたよ?」
怜鴉は上座にどかっと座ると朱乃をじっと見た。
「…俺達は…逃げてきたんだ。村が水害で、作物が育たなくて…。
俺と朱璃を人柱にして堤防を作るって…」
「ふぅん……どこにでもありそうな胸糞な話だな。
それで、お前達は逃げてどこか行く宛てはあるの?」
「行く宛てなんて、ない。
俺達は鬼子だから、災いをもたらすって……。
俺達は何もしてないのに、ただ、必死で生きてるだけなのに…」
ああ、それはすごく、身に覚えがある。
「行く宛てが無いならここに居れば?
お前達、混じり物でしょ。鬼子って双子の比喩だけど、お前達の場合満更比喩じゃすまされないから人柱にされたんでしょ」
ビクッと朱乃の身体が震えた。
「これでも神様だからね、判るんだよ。
先祖返りかな、お前達には確かに鬼の血が流れてる。
人の子だけど、人の子には収まりきらないから、人の暮らしは無理だよ」
怜鴉の色違いの瞳にじっと見つめられて、朱乃が息をのむ。
「僕達もなまじ霊力が高かったから生贄にされて殺された。
怜悧は生きたまま土地神だった白蛇に食い殺されて、僕は蛇と相打ちになって死んだ。
死ぬ間際、瀕死の状態で蛇を喰らったのが良かったのか、気が付いたら神様になってた。
だから僕たちはこの土地神の白蛇として僕達が死んだ日からずっとこの御山でカミサマしてるってわけ。
行く宛てが無いならお前達を僕達の使いとして神隠ししてあげるよ」
にこりと怜鴉が笑った。
ああいう時の怜鴉は、悪い事を考えてるときの顔。
そして、断られることが無いと判っているときの顔。
「ここに居ても、いいのか…?
俺達、鬼子なのに…本当に?」
「いいよ。だってここの神様の僕がいいって言ってるんだから、誰も文句は言わないよ。
いいよね、怜悧」
一応意思確認はしてくれるみたいだけど、いやって言っても押し通されるに決まってる。
それに、僕にはこの二人を見捨てることはできない。
「いいよ。もうぼくたちみたいなかなしいこどもをふやしたくない」
「ええと…朱乃だっけ。お前は怜悧の使いになってやってくれる?
そいつずっとチビのままだけど山の見回りとか色々してるから手助けしてやって。
お前、力が人より大分強いでしょ?」
「……ほんとにカミサマなんだな…
わかった、カミサマの手伝いする。
けど朱璃…兄は体が弱くて…その、力仕事はあまり向いてなくて……
その分俺が働くから、朱璃も一緒に…」
「判ってるよ。僕達だって双子なんだ、引き離したりなんてしない。
引き離される恐怖と哀しさは、もう十分すぎるほど味わったから」
怜鴉が珍しく視線をそらした。
僕が死んでしまってから、白蛇を使って僕を呼び戻すまでの間、どれだけの時間があったのか判らない。
それでも、気の強い兄が初めて泣き顔を見せて、僕をきつく抱きしめたので全てを理解した。
僕が大人の姿になれないのは、先を知らないから。
怜鴉みたいに大人になった自分を想像できないから。
怜鴉みたいに大人の姿で、流暢に話したり、綺麗な着物を着て、姿を変えられないのは、その先の自分を知らないから。
怜鴉みたく、と思って何度か試したこともあったけど全然うまくいかなかった。
「それじゃあご飯にしよう、朱乃はご飯食べれそう?
ここには食力は割と潤沢にあるからひもじい思いはさせないからね」
「…怜鴉、なんかこのこたちにすごくやさしくない?」
「お前は僕の弟だろ、文句言わない」
朱乃と怜鴉と三人で食べるご飯は、なんだかすごく美味しかった。
朱璃も早く起きないかな?この子はどんな子なんだろう?
二人は僕のともだちになってくれるかな?
そう期待を膨らませて、眠る朱璃を眺めた。
神様に捧げられた
哀れな生贄にされた
双子の兄弟のお話。
「早くしなきゃ……」
小さな子供が一人、寒空の下薄着のままで暗い森の奥に入っていった。
子供の母が病に倒れてひと月。
父は母の薬を買う為に朝早くから夜遅くまで働いている。
子供はそんな父と母の為に、森の奥に生えているという薬草を取りに来た。
薬はお金がかかるけど、薬草を煎じればお金もかからず母も元気になると思ったからだ。
森の奥は恐ろしい神様の棲むお社がある場所で、子供は絶対に入ってはいけないと言われている。
お社に入れるのは一年に一度のお祭りの時、村人全員でお社の前でお祈りをして神様に今年の豊作をお願いする代わりに今年とれた一番最初のお米をお供えする。
このお米を奉納してから三日たたないと村人は米を食べることを許されなかった。
神様が今年最初のお米を食べてからじゃないと食べることを許されなかった。
村の大人が厳しく戒律を守り、子供にもそれを厳しく守らせているのに、村の子供達は疑問であった。
それでも、言われるがままに言いつけを守ってきた子供は今日、初めて言いつけに背いて禁じられている森の奥の神域へと足を踏み入れた。
奥へ奥へと進んでいくとどんどん辺りが昏くなっていく。
まだ昼だと言うのにうっそうと茂った木々が太陽の光をさえぎってしまっていた。
「薬草、薬草を探さなきゃ…」
嘘か本当か判らなくても、恐ろしい神様が居ると言われたらやはり怖い。
それでなくても辺りは鬱蒼として暗くて怖い。
薬草を探しに来た子供はあたりを見回すが、見たことのない草ばかりでどれが薬草なのか全くわからない。
「…どうしよう…どれが薬草かわからない…
母さんが、母さんが死んじゃうよぉ…」
そういって両手で顔を覆い泣き崩れると、不意に誰かの気配を感じた。
「なにしてるの?」
幼い子供の声に目を開けると、目の前に小さな少年がちょこんと座っていた。
真っ白な着物に羽織を羽織っていて、赤い留め紐が花みたいだと思った。
子供より幼い少年は首をかしげながら子供をじっと見上げている。
表情はあまりない、肌も白く、神も薄い金色で大きな瞳が空の様な青い瞳をしていた。
「え、と……母さんが病気で…薬草を探しに…」
「びょーき……やくそう……」
舌足らずな声で返した少年は立ち上がると子供に手を差し出した。
「ぼくしってるよ、こっちだよ」
村の子ではない少年の手を取るのを子供は戸惑った。
それでも、両親の為にぎゅっと子供の手を握る。
その時、少年の手の冷たさに驚いた。
しかしそれを気にした様子もなく、少年は歩き出した。
子供用の小さな赤いポックリが歩くたびにシャンシャンと鈴の音を奏でる。
そういえば、先ほど少年が近付いてきたときにこの鈴の音は聞こえなかった。
薄暗い道をどんどん奥に進んでいく冷たい手の白い少年。
子供はだんだん恐怖を覚えた。
「あ」
少年が小さな声を上げて子供から手を離した。
シャンシャンと小さな音を立てて子供から離れると、木の根元から何かをひっこぬいて子供の元に戻ってくる。
「はい。このきのこはえいようがあるからおかあさんにたべさせてあげて」
表情は無いが、差し出されたのは大きなきのこが二つ。
おかゆに混ぜてあげれば母でも食べれるだろうかと、子供は礼を言って受け取った。
少年はまた手を握って暗い森を歩きだした。
得体のしれない不思議な少年。
この少年は誰なんだろう?でも、きっと知ってはいけないと子供の中の何かが言っている。
この少年の正体を知ってはいけない。
この少年の機嫌を損ねてはいけない。
この少年から一刻も早く逃げなければいけない。
「ついたよ」
連れてこられたのは神様が棲むというお社にあるご神木だった。
「ここ、神様のお家でしょ?
ここのものを勝手に取ったら神様に怒られるって大人の人が言ってた」
「…そうなの?だいじょうぶだよ」
そういって少年はご神木の根元に生えていた草をぶちぶちと引き抜いて戻ってきた。
「これはぼくがきみにあげたものだから、だいじょうぶ」
そういって薬草と思しき草を大量に子供の持っていた籠の中に押し込んだ。
「え、でも…」
「おかあさん、まってるよ。はやくかえってあげなよ」
「……あのっ!君の名前…教えて!俺、ハルっていうんだ。
晴れの日の晴って書いて、ハル」
「……なまえなんてない。すきによんでいいよ」
「……えと…じゃあ真っ白だからシロ!
シロはどこに住んでるんだ?母さんが良くなったらお礼にいくからさ」
「……ここ、ここでいいよ。まいにちここにきておいのりしてるから」
少年は俯いた様子で小さな声で言った。
「あの…やくそう。かならずかんそうさせてからせんじないと、どくになるから、きをつけて」
「わかった!本当にありがとう、シロ!」
子供が駆けて行った後姿が見えなくなったのを確認してから、境内の戸を開いた。
「お前はまたお節介焼いてきたの?
どうせまた裏切られるのに」
境内を開けると、煌びやかな着物をまとった兄の怜鴉がお供え物だろう大福を食べながら寝転がっていた。
もうずっと昔、僕たちはここで死んだ。
生まれつき霊力の高かった僕たちは異形の者が見えていた。
そんな僕たちを両親も村の人たちもみんなが恐れた。
そして、七つになる前に神へを返されるためにここの社に住み着いていた白蛇に捧げられ、何の抵抗もできないまま僕は生きたまま蛇に食い殺された。
瀕死だった怜鴉が何とか白蛇を殺してそれを喰らい新たな神になった。
そして白蛇の死骸を贄に僕を呼び戻して、僕は怜鴉の半神になった。
二人で一人、双子の神様。
神様になったからには祀ってもらわないとただの霊体と変わらない。
だから僕達は村人に加護を与える代わりにこの村から逃げ出すことを許さない呪いをかけた。
僕らが神として機能しなくなり消える時は、ここの村人は誰一人生き残っていない時。
僕たちを誰も愛してくれなくて、畏怖と厄介払いのつもりで捧げた生贄。
怖かった、痛かった、苦しかった、もっと生きて居たかった。
誰かに愛してほしかった。
でも、誰も僕たちを愛してくれないなら……。
「だって、おかあさんがびょーきだって…
あのこには、あいしてくれるおかあさんがいるみたいだから」
僕らが欲しいものは、もう手に入らないもの。
自分たちであの夜に壊してしまったもの。
それでも、まだ僕は求めている。
「諦めなよ、どうせまた裏切られる。
何十年前かと同じ、またここを荒らしに来るよきっと」
「…それでも…」
僕はぎゅっと怜鴉に抱き着いて涙を零す。
それでも、愛されたいと願うのは罪な事なのかな?
怜悧は呼び戻してからずっと、感情を無くしてしまった。
昔はよく泣いて、怯えながら僕の後ろをくっついて歩いてたけど、少しは笑ったりもしていた。
あの日から怜悧は抜け殻の様になってしまった。
生贄に捧げられた社で、大きな白蛇が怜悧を飲み込んでいくのを見てるしかできなかった。
バキバキと骨が折れる音に怜悧の凄まじい悲鳴と流れる血。
小さな怜悧の身体が蛇の口の中に飲み込まれていく恐怖。
ずっとずっと生まれてからずっと一緒にあった弟が肉塊に変わっていく瞬間、凄まじい怒りと恐怖が押し寄せてきた。
僕達は孤立していたから何よりも孤独を恐れていた。
僕だけが怜悧を理解して、怜悧だけが僕を理解してくれた。
お互い共依存して、摩耗した精神を何とか保っていた。
それが断ち切られた瞬間、僕の中の全てが音を立てて壊れた気がした。
どうして怜悧が殺されなきゃいけない?
どうして僕が死ななきゃいけない?
僕たちより無能な奴らがのうのうと生きている世界でどうして?
そのあとはよく覚えてない。
気が付いたら息絶え絶えの白蛇に瀕死の僕。
死にたくないって気持ちから蛇を喰って僕が新たな土地神になった。
怜悧の小さな体は骨が折れてぐにゃぐにゃして蛇みたいだった。
もう光を映すことのない硝子玉の瞳から涙が溢れていて、何のために生まれてきたんだろうって思った。
だから、呪ってやることにした。
この村の奴らを全員ここから逃がさない。
誰一人逃がさないで、ここで僕たちに怯えながらずっとずっと暮らすんだ。
僕は今でも村人を強く憎んでいる。
神様になった以上、奴らが僕の作った規律を守る以上は加護を与えなければいけないけど、そんな言いつけ必ず破る奴は居る。
今回の子供みたいに。
あの子供は怜悧が追い返してしまったからお咎めなしにしておいてやろう。
けれど、きっと怜悧は裏切られる。
そうなったら、また泣かれると面倒だから僕が始末しておいてあげようかな…。
泣き疲れて眠る怜悧の頭を撫でながら、ぼんやりと社の窓から見える空を眺めていた。
僕らは多くを望んだわけじゃない、ただ”普通”を望んだだけだったのに。
それは命を失い、人であることを捨てなければならない程に、身の程知らずな願いだったっていうんだろうか?
「シロ!」
ハルはそれから数週間経った頃にやってきた。
「ハル…?本当に来たの?」
「うん。俺の母さん、シロの教えてくれたキノコ食べて薬飲んだら元気になってさ。
明日から里に奉公に行くんだって。
だから今日は神様にそのお知らせに来たんだ」
村の住人はどうしても生活に困窮した時、里に奉公に出すことがある。
その時は必ずこの社に来て奉公に行ってくる、必ず戻ってきますという旨を伝えに来るようになった。
奉公に出る村人には必ず蛇を忍ばせて、確実に村に戻るつもりが無くなった時、蛇がその村人の喉を食いちぎる。
そうして過去に何人も殺してきた。
そうしてどんどん感情が凍り付いていく。
「ふぅん…そうなんだ」
「全部シロのおかげだよ、本当にありがとう」
「…別に。良かったね、オカーサンが良くなって」
「あ、うん……」
「……風が変わった…。
ねぇ、早く帰った方がいいよ。
あと、ここの事は誰にも言わないでね」
ハルににこりと笑いかければ、ハルはどこか戸惑ったように僕を見ていた。
そして何かを言おうと口を開いたとき。
「ハルー」
遠くで母親の呼ぶ声がした。
「ほら、早くいかないと。
オカーサンが呼んでるよ?」
にこりと笑いかけながら、首をかしげて見せればハルはもう一度礼を言って母親の元に駆けて行った。
「なにしてるの、怜鴉」
背後から重そうな桶に水をたっぷりと入れた怜悧が不思議そうにこちらを見ていた。
「うん?暇つぶし」
「そう…」
怜悧は特に気にした様子もなく、雑にご神木とされる木に水をかけている。
怜悧の足元には低級の妖怪たちがわらわらと集まっていて、桶を運ぶのを手伝っている。
「お前が大事な薬草をあげた子、母親が元気になって奉公に行くんだって」
「…そう」
表情こそあまり変わらないが、少し嬉しそうに口元を緩めた。
「それだけなら、いいけどね」
「…?」
「なんか、きな臭いんだよな。
お前、今日……いや、お前に出来るわけないか」
そういう仕事は僕の役目。
怜悧の霊力は元々癒しや浄化に特化しているらしく、薬草を育てたり、元気のない草木や理不尽に傷つけられた森に棲む獣や妖怪たちを癒していた。
その分僕は何かを壊す方に特化している。
陰陽師という生き方があれば調伏に特化できたかもしれないが、今はしがない土地神だ。
怜悧の力で村人に恩恵を与え、僕の力で村人を殺す。
本当に、双子の神様とはよくいった物だ。
役割分担まできっちり分かれているなんて。
こうなることが運命だったみたいじゃないか。
「怜悧、そういえば今日はお前が面倒見てたあの熊の子供が生まれるよ。
神様として、出産見届けて祝福しておいで。
土地神なんだがら、ちゃんと森に棲む動物や下級妖怪、草木の世話までちゃんとしないとだめなんだからね」
「……それ、ぼくにばっかりやらせてない?
怜鴉、ぜんぜんやらないじゃない」
「神様なのに自分の力を上手く使えない愚弟の力を流してあげているのは僕でしょ?
良いからお前は僕の言うことを聞いていればいいんだよ」
怜悧は少し不満そうだったが、相変わらず表情は変えずにとぼとぼと来た道を引き返していく。
怜悧は僕みたいに霊力で大人の姿を取ったりはしない。
ずっと死んだときの、幼い姿のまま、舌足らずな喋り方で、壊れた人形みたいにそこにある。
ただでさえ感情が欠落している弟の前で、これ以上人間の汚い部分は見せたくない。
怜悧はまだ、何かに縋らないと神としてすら生きていけないんだから。