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輪廻応酬




善い行いをすれば、良い事が必ず返ってくる。
輪廻は廻っても、魂の繋がりは途絶えることはない。



「いってらっしゃい、きをつけてね」
土地神となった僕達は滅多なことで御山を下りたりしない。
それでも、何の娯楽も無い山の代り映えのない様子をただ眺めているのはとてもつまらない。
だからこうして娯楽を探しに里へ下りる事がある。
神様と言っても結局は元人間なわけで、暇を持て余してすることも無いとなれば後は本を読むくらいしか思いつかない。
可愛らしい子供向けの昔話の本なんて、神様になってすぐに読み終えてしまった。
生きていたころに文字を読む練習をしていてよかったと思った。
本を読むのは知識を得られるのもあるけど、空想の世界に浸ることができて楽しい。
まだ文字を読めない怜悧がたまに、どこから持ってきたのか判らない本を読んで欲しいと持ってくることがある。
恐らく誰かから貰った絵本だろうそれを、怜悧は大切に抱きしめながらくしゃくしゃになった今でも大事そうに持っている。
「僕が帰るまでいい子にしてるんだよ」
怜悧はこくんと頷いて、境内で下級の妖怪たちとおはじきで遊んでいる。
表情一つ変えない弟の周りを、下級妖怪たちが楽しそうに遊んでいた。
「妖怪達の方がよっぽど情があるなんて、皮肉だよね」
誰に言うわけでもなく漏らした言葉は冷たくなった空気に溶けた。
そろそろ冬が来る。
村人たちの蓄えは十分だろうか、後で見ておかないといけない。
まだ、死なれては困るから。冬の支度は万全とまではいかなくても、僕が加護してやっているのだから寒さに飢えて死なせる訳にはいかない。
冬支度が済んでないのなら、収穫できる野菜の量を少し増やしてやらないといけない。
「ああ、もう。何で神様になったんだろ…
怜悧は動物とか植物とか下級妖怪の世話しかできないし」
文句を垂れながらもなってしまったものは仕方がない。
里がようやく見えてきた頃、普段の装いを人に紛れやすい格好に偽装して、黒髪黒目の大人の姿を取ると、人の流れに紛れて里に入り込んでいった。
書店で良さそうな本を片手一杯に買い付けて、解れた布団や着物を縫い直すために反物や布も買い、久しぶりに心地よい気分で御山に帰る道の途中。
知らない気配を感じて立ち止まった。
結界の中に入り込んだ気配は二つ。
今にも消えそうなくらい弱々しいもの。
怜悧は気が付いているのかな?
とりあえず気配の元を探ってみると、あまり人が寄り付かない獣道を通った形跡があった。
「手負いの妖怪か何かかな?
弱ってるみたいだけど、まさか陰陽師にやられたとかじゃないよね」
面倒ごとには巻き込まれたくない。
厄介な妖怪だったら困るのでとりあえず獣道の気配をたどっていくと、社のいくばくか手前の雑木林に子供が二人、倒れている。
年の頃は十かそこらの子供が二人、抱き合う様にして倒れていた。
気配はここで途絶えている所を見るに、この子供達が気配の主らしい。
「…人間の子供に見えるけど、何か混じってる匂いがする。
おーい。生きてる?」
ぺちぺちと頬を軽くたたいてみるが、反応が無い。
もう死んでしまったのかと思い、どうしようか考えてると片方の子供が目を開いた。
「……あ」
真っ赤な綺麗な瞳。紫銀色の髪の間から宝石の様な真っ赤な瞳が僕を捕らえた。
「たすけて…」
「助けて欲しいの?」
子供は力なく頷いた。
「………いいよ、助けてあげる」
「朱乃を、たすけて。おねがい…俺は、どうなっても、いいから」
「お前達も双子なの?……ふうん。
いいよ、二人とも助けてあげるから、安心していいよ」
そう告げれば赤い目の子は安心しきったように気を失った。
「…綺麗な目。それに、僕らと同じ双子の兄弟。
助けてあげるよ、僕は可哀想な子供には優しい神様だからね」
そういってから、子供をまじまじと見下した。
一気に二人も連れて行けそうにない。
「怜悧、聞こえてる?
社の近くに怪我人が居るからちょっと来て。
あと運べる奴らも連れてきて、僕一人じゃ連れてけないから」
『…ん、わかった』
双子だからか、神様だからか、それとも双子の神様だからか。
僕と怜悧は遠く離れていても強く念じれば言葉が届く。
暫くそこで待っている間、子供の側で座り込んで様子を見ていた。
「綺麗な顔してるのに、ぼろぼろだ。
必死に逃げてきたのかな?赤い目の子、朱乃を助けてって言ってたけど、こっちの子が朱乃って名前なのかな?
うん…この子の方が衰弱してる。痛めつけられてるって感じだね」
じっと観察して、綺麗な顔の双子がどれだけひどい扱いを受けてきたか、容易に想像がついた。
汚いボロボロの薄い着物一枚で、この寒くなった御山の獣道を隠れる様に裸足で逃げてきたんだろう。
「大丈夫だよ、僕が守ってあげるから」
そういって肩にかけていた羽織を子供達にかぶせてやる。
「怜鴉、けがしてるひとはどこ?」
後ろで聞きなれた小さな声に振り返る。
怜悧が下級妖怪たちを連れて小さな籠に薬草を詰め込んで立っていた。
「ここ、この二人がそう」
「…わかった、ひどそうなのだけ、なおしちゃうね?」
怜悧は倒れてる子供達の脇にちょこんと座って手をかざした。
柔らかな光と共に、子供達の脚の傷は綺麗に消えていった。
それが消えても怜悧が手をかざしている様子から、見えない部分にも酷い怪我を負っているのだろう。
やせ細った子供達が酷く不憫に思え、昔の自分たちと重なった。
「ひどいけがはなおした。あとはおやしろでやすませればだいじょうぶ」
「そう、じゃあ皆でこの子を運んでくれる?
僕はこっちの子を連れてくから」
今はまだ大人の姿のままだから、子供一人くらい連れていける。
ひょいと赤い目の子を抱き上げれば、思ったよりも軽くて少し驚いた。
下級妖怪たちが朱乃と呼ばれた子を運んで、社に戻ってくると布団を敷いて子供の体を横たえた。
「このこよわってるね、こっちのこはけがだけみたい。
ひどいけがだったけど、なおしたからへいきだよ」
「…怜悧、僕は……この子達を助けたい…。
多分この子達も何かを抱えた双子…僕らと同じ」
「…ん、いいよ。怜鴉がそうしたいなら」
怜悧は少し驚いたみたいだったけど、子供の額に手を当てた。
「…すこし、じゅんびしないと…。
おくすりつくるから、みんなもてつたって」
怜悧は取り巻きと化してる下級妖怪たちを引き連れて薬の材料を取に行った。
この御山にはたくさんの妖怪が棲んでいる。
彼らから、幼い怜悧は薬の作り方をいつの間にか学んでいた。
薬草を育て始めて、薬を作っては動物を、植物を、妖怪を、人間を癒してきた。
時々それがうらやましいと思う事がある。
僕も薬は作れるけど、怜悧の様な薬草を育てられはしない。
双子だけど、霊力の質が違うから。
白蛇が最初に怜悧を食い殺したように、怜悧の霊力は極上。
下級妖怪なんかは僕を恐れるけど、ああして怜悧の腰巾着の様に付きまとってる。
護衛としては心もとないけど、一人よりは安心するからそのまま放っておいてる。
この子達も、きっとそんな何かを求めて逃げてきたんだろう。
普通で居たいだけなのに。
「判るよ、僕もね普通で居たかったから」
「ん…」
なるべく優しく、壊れない様に額を撫でれば少し熱を持っていることが判った。
「大丈夫だから、安心してお眠り」
微笑みかければ、張り詰めていたものが解けたように少し微笑んだ気がした。



付きっきりで看病して5日目の朝、子供の一人が目を覚ました。
菫色の綺麗な瞳をした綺麗な子供。
怜鴉がこの子は朱乃っていう名前だって教えてくれた。
「ここは…?はっ、朱璃、朱璃は!?」
暫くぼんやりしていた朱乃は急に起き上がってあたりを見回した。
そして隣に眠る赤い目の子を見つけて近寄った。
「朱璃!」
「ねむってるだけだよ、だいじょうぶ」
僕に気が付いてなかったのか、急に声をかけられてビクッと震えるのが判った。
ぎゅっと朱璃と呼ばれた子を抱きしめてこちらを警戒する様に見ている。
きっと、こんな風に追い詰められるほどに辛い事があったんだろう。
「ぼくは、ここのかみさま。
怜鴉がきみたちをたすけるっていうからたすけた」
「かみ、さま…?だって、お前は子供じゃないか」
「……もう、ずっとずっとずっとむかし、ここのかみさまにいけにえにされてここでしんでから、ずっとこのすがただよ。
きみもけががひどかったから、まだねててね」
多分知らない人がいると落ち着かないかもしれないから、僕は立ち上がって何か食べるものを探しに行くことに
た。
お社にはきちんと毎日お供え物が備えられてる。
お米や漬物、果物にお菓子。
綺麗なお花も一倫添えられていた。
この土地は神に呪われていると恐れる村人も多いけど、中にはこうして神様としてきちんと祀ってくれる人もちゃんといる。
目が覚めたなら、栄養のある物を食べたほうがいいと思って、お供え物をよそに森の方に入っていった。
栄養を取るにはやっぱりお魚がいい。
薬草と一緒に焼けば病み上がりにはきっとちょうどいいはず。
『れいりさま、きょうどこいくの』
『れいりさま、あそぼ、あそぼ』
「きょうはおさかなをとりにいくの。
みんなてつだってくれる?」
『おさかな!おさかなとれるよ』
『れいりさまおさかなたべる?』
「ううん、ぼくじゃなくて…ええと……怜鴉のおきゃくさん」
取り巻きと怜鴉が揶揄ってくるようになった、下級妖怪たちを連れて川に重なを取りに来た。
僕と一緒に居る子達は大体が神様に守護を求めなければ淘汰されてしまう弱くて小さな存在達。
そんな子達が神様と慕ってついてきてくれて、小さな体で協力して一生懸命取ってくれたお魚はあっという間に籠一杯になった。
「みんなありがとう、もういいよ」
そういってお礼代わりに金平糖をバラまけば、嬉しそうにそれを拾ってもぐもぐと食べる。
「みんなのおかげでおさかないっぱいとれたよ」
『れいりさま、うれしい?』
「うん、うれしいよ」
そういえば下級妖怪たちが嬉しそうに喜んだ。
僕は感情が判らなくなって、笑うことが出来なくなっちゃったけど、そうやって笑う皆を見てると嬉しくなる。
人には愛されなかったけど、こうして僕を慕ってくれる存在が居る限り、その子達を守っていこうと思っている。
怜鴉が連れてきた子達はどんな子だろう?
僕たちと同じって言ってたから、きっと酷い目にあった子達なんだろう。
ともだちに、なれたらいいな。
そんな、叶いもしない淡い期待を胸に抱いて、社に戻った。
僕たちの棲む社は、きちんと設計されていて小さな村が管理する社にしては大分大きい。
本殿の後ろに奥の間があり、そこは神様のお部屋と言われて人の立ち入りが禁止されている。
実際そこは僕たちの私室になってる。
年に一度のお祭りの時に使う神具や僕たちが普段使うお茶碗とかいろいろな物を押し込めてる宝物庫って人間が呼んでる物置に、お祭りの時に炊き出しを行うための小さな調理場と井戸もある。
調理場にお供え物のお米でご飯を炊いて、取ってきたお魚を薬草で焼けばそこそこおいしそうなお昼ご飯になった。
僕が本殿の戸を開けて中を伺うと
「なにしてんの、邪魔なんだけど」
お散歩から帰ってきた怜鴉がお供えのお饅頭をもぐもぐしながら背後に立ってた。
「あ、えと…ごはん、たべるかなって……
ひとりめがさめたみたいで」
「ふーん、じゃあ持ってきてやれば?」
怜鴉は僕を押しのけてずかずかと本殿に入っていく。
僕はお膳に三人分のご飯とお魚をのせて本堂に運んだ。
もう一人はまだ寝てるみたいだけど、起きたら持ってきてあげればいいと思ってた。
「お前、朱乃だっけ?何であんなところに倒れてたの?
わざわざ人の通らない道を選んで、僕が見つけなかったら死んでたよ?」
怜鴉は上座にどかっと座ると朱乃をじっと見た。
「…俺達は…逃げてきたんだ。村が水害で、作物が育たなくて…。
俺と朱璃を人柱にして堤防を作るって…」
「ふぅん……どこにでもありそうな胸糞な話だな。
それで、お前達は逃げてどこか行く宛てはあるの?」
「行く宛てなんて、ない。
俺達は鬼子だから、災いをもたらすって……。
俺達は何もしてないのに、ただ、必死で生きてるだけなのに…」
ああ、それはすごく、身に覚えがある。
「行く宛てが無いならここに居れば?
お前達、混じり物でしょ。鬼子って双子の比喩だけど、お前達の場合満更比喩じゃすまされないから人柱にされたんでしょ」
ビクッと朱乃の身体が震えた。
「これでも神様だからね、判るんだよ。
先祖返りかな、お前達には確かに鬼の血が流れてる。
人の子だけど、人の子には収まりきらないから、人の暮らしは無理だよ」
怜鴉の色違いの瞳にじっと見つめられて、朱乃が息をのむ。
「僕達もなまじ霊力が高かったから生贄にされて殺された。
怜悧は生きたまま土地神だった白蛇に食い殺されて、僕は蛇と相打ちになって死んだ。
死ぬ間際、瀕死の状態で蛇を喰らったのが良かったのか、気が付いたら神様になってた。
だから僕たちはこの土地神の白蛇として僕達が死んだ日からずっとこの御山でカミサマしてるってわけ。
行く宛てが無いならお前達を僕達の使いとして神隠ししてあげるよ」
にこりと怜鴉が笑った。
ああいう時の怜鴉は、悪い事を考えてるときの顔。
そして、断られることが無いと判っているときの顔。
「ここに居ても、いいのか…?
俺達、鬼子なのに…本当に?」
「いいよ。だってここの神様の僕がいいって言ってるんだから、誰も文句は言わないよ。
いいよね、怜悧」
一応意思確認はしてくれるみたいだけど、いやって言っても押し通されるに決まってる。
それに、僕にはこの二人を見捨てることはできない。
「いいよ。もうぼくたちみたいなかなしいこどもをふやしたくない」
「ええと…朱乃だっけ。お前は怜悧の使いになってやってくれる?
そいつずっとチビのままだけど山の見回りとか色々してるから手助けしてやって。
お前、力が人より大分強いでしょ?」
「……ほんとにカミサマなんだな…
わかった、カミサマの手伝いする。
けど朱璃…兄は体が弱くて…その、力仕事はあまり向いてなくて……
その分俺が働くから、朱璃も一緒に…」
「判ってるよ。僕達だって双子なんだ、引き離したりなんてしない。
引き離される恐怖と哀しさは、もう十分すぎるほど味わったから」
怜鴉が珍しく視線をそらした。
僕が死んでしまってから、白蛇を使って僕を呼び戻すまでの間、どれだけの時間があったのか判らない。
それでも、気の強い兄が初めて泣き顔を見せて、僕をきつく抱きしめたので全てを理解した。
僕が大人の姿になれないのは、先を知らないから。
怜鴉みたいに大人になった自分を想像できないから。
怜鴉みたいに大人の姿で、流暢に話したり、綺麗な着物を着て、姿を変えられないのは、その先の自分を知らないから。
怜鴉みたく、と思って何度か試したこともあったけど全然うまくいかなかった。
「それじゃあご飯にしよう、朱乃はご飯食べれそう?
ここには食力は割と潤沢にあるからひもじい思いはさせないからね」
「…怜鴉、なんかこのこたちにすごくやさしくない?」
「お前は僕の弟だろ、文句言わない」
朱乃と怜鴉と三人で食べるご飯は、なんだかすごく美味しかった。
朱璃も早く起きないかな?この子はどんな子なんだろう?
二人は僕のともだちになってくれるかな?
そう期待を膨らませて、眠る朱璃を眺めた。

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因果応報




神様に捧げられた
哀れな生贄にされた


双子の兄弟のお話。


「早くしなきゃ……」
小さな子供が一人、寒空の下薄着のままで暗い森の奥に入っていった。
子供の母が病に倒れてひと月。
父は母の薬を買う為に朝早くから夜遅くまで働いている。
子供はそんな父と母の為に、森の奥に生えているという薬草を取りに来た。
薬はお金がかかるけど、薬草を煎じればお金もかからず母も元気になると思ったからだ。
森の奥は恐ろしい神様の棲むお社がある場所で、子供は絶対に入ってはいけないと言われている。
お社に入れるのは一年に一度のお祭りの時、村人全員でお社の前でお祈りをして神様に今年の豊作をお願いする代わりに今年とれた一番最初のお米をお供えする。
このお米を奉納してから三日たたないと村人は米を食べることを許されなかった。
神様が今年最初のお米を食べてからじゃないと食べることを許されなかった。
村の大人が厳しく戒律を守り、子供にもそれを厳しく守らせているのに、村の子供達は疑問であった。
それでも、言われるがままに言いつけを守ってきた子供は今日、初めて言いつけに背いて禁じられている森の奥の神域へと足を踏み入れた。
奥へ奥へと進んでいくとどんどん辺りが昏くなっていく。
まだ昼だと言うのにうっそうと茂った木々が太陽の光をさえぎってしまっていた。
「薬草、薬草を探さなきゃ…」
嘘か本当か判らなくても、恐ろしい神様が居ると言われたらやはり怖い。
それでなくても辺りは鬱蒼として暗くて怖い。
薬草を探しに来た子供はあたりを見回すが、見たことのない草ばかりでどれが薬草なのか全くわからない。
「…どうしよう…どれが薬草かわからない…
母さんが、母さんが死んじゃうよぉ…」
そういって両手で顔を覆い泣き崩れると、不意に誰かの気配を感じた。

「なにしてるの?」

幼い子供の声に目を開けると、目の前に小さな少年がちょこんと座っていた。
真っ白な着物に羽織を羽織っていて、赤い留め紐が花みたいだと思った。
子供より幼い少年は首をかしげながら子供をじっと見上げている。
表情はあまりない、肌も白く、神も薄い金色で大きな瞳が空の様な青い瞳をしていた。
「え、と……母さんが病気で…薬草を探しに…」
「びょーき……やくそう……」
舌足らずな声で返した少年は立ち上がると子供に手を差し出した。
「ぼくしってるよ、こっちだよ」
村の子ではない少年の手を取るのを子供は戸惑った。
それでも、両親の為にぎゅっと子供の手を握る。
その時、少年の手の冷たさに驚いた。
しかしそれを気にした様子もなく、少年は歩き出した。
子供用の小さな赤いポックリが歩くたびにシャンシャンと鈴の音を奏でる。
そういえば、先ほど少年が近付いてきたときにこの鈴の音は聞こえなかった。
薄暗い道をどんどん奥に進んでいく冷たい手の白い少年。
子供はだんだん恐怖を覚えた。
「あ」
少年が小さな声を上げて子供から手を離した。
シャンシャンと小さな音を立てて子供から離れると、木の根元から何かをひっこぬいて子供の元に戻ってくる。
「はい。このきのこはえいようがあるからおかあさんにたべさせてあげて」
表情は無いが、差し出されたのは大きなきのこが二つ。
おかゆに混ぜてあげれば母でも食べれるだろうかと、子供は礼を言って受け取った。
少年はまた手を握って暗い森を歩きだした。
得体のしれない不思議な少年。
この少年は誰なんだろう?でも、きっと知ってはいけないと子供の中の何かが言っている。

この少年の正体を知ってはいけない。
この少年の機嫌を損ねてはいけない。
この少年から一刻も早く逃げなければいけない。

「ついたよ」
連れてこられたのは神様が棲むというお社にあるご神木だった。
「ここ、神様のお家でしょ?
ここのものを勝手に取ったら神様に怒られるって大人の人が言ってた」
「…そうなの?だいじょうぶだよ」
そういって少年はご神木の根元に生えていた草をぶちぶちと引き抜いて戻ってきた。
「これはぼくがきみにあげたものだから、だいじょうぶ」
そういって薬草と思しき草を大量に子供の持っていた籠の中に押し込んだ。
「え、でも…」
「おかあさん、まってるよ。はやくかえってあげなよ」
「……あのっ!君の名前…教えて!俺、ハルっていうんだ。
晴れの日の晴って書いて、ハル」
「……なまえなんてない。すきによんでいいよ」
「……えと…じゃあ真っ白だからシロ!
シロはどこに住んでるんだ?母さんが良くなったらお礼にいくからさ」
「……ここ、ここでいいよ。まいにちここにきておいのりしてるから」
少年は俯いた様子で小さな声で言った。
「あの…やくそう。かならずかんそうさせてからせんじないと、どくになるから、きをつけて」
「わかった!本当にありがとう、シロ!」



子供が駆けて行った後姿が見えなくなったのを確認してから、境内の戸を開いた。
「お前はまたお節介焼いてきたの?
どうせまた裏切られるのに」
境内を開けると、煌びやかな着物をまとった兄の怜鴉がお供え物だろう大福を食べながら寝転がっていた。
もうずっと昔、僕たちはここで死んだ。
生まれつき霊力の高かった僕たちは異形の者が見えていた。
そんな僕たちを両親も村の人たちもみんなが恐れた。
そして、七つになる前に神へを返されるためにここの社に住み着いていた白蛇に捧げられ、何の抵抗もできないまま僕は生きたまま蛇に食い殺された。
瀕死だった怜鴉が何とか白蛇を殺してそれを喰らい新たな神になった。
そして白蛇の死骸を贄に僕を呼び戻して、僕は怜鴉の半神になった。
二人で一人、双子の神様。
神様になったからには祀ってもらわないとただの霊体と変わらない。
だから僕達は村人に加護を与える代わりにこの村から逃げ出すことを許さない呪いをかけた。
僕らが神として機能しなくなり消える時は、ここの村人は誰一人生き残っていない時。
僕たちを誰も愛してくれなくて、畏怖と厄介払いのつもりで捧げた生贄。
怖かった、痛かった、苦しかった、もっと生きて居たかった。
誰かに愛してほしかった。
でも、誰も僕たちを愛してくれないなら……。
「だって、おかあさんがびょーきだって…
あのこには、あいしてくれるおかあさんがいるみたいだから」
僕らが欲しいものは、もう手に入らないもの。
自分たちであの夜に壊してしまったもの。
それでも、まだ僕は求めている。
「諦めなよ、どうせまた裏切られる。
何十年前かと同じ、またここを荒らしに来るよきっと」
「…それでも…」
僕はぎゅっと怜鴉に抱き着いて涙を零す。


それでも、愛されたいと願うのは罪な事なのかな?


怜悧は呼び戻してからずっと、感情を無くしてしまった。
昔はよく泣いて、怯えながら僕の後ろをくっついて歩いてたけど、少しは笑ったりもしていた。
あの日から怜悧は抜け殻の様になってしまった。
生贄に捧げられた社で、大きな白蛇が怜悧を飲み込んでいくのを見てるしかできなかった。
バキバキと骨が折れる音に怜悧の凄まじい悲鳴と流れる血。
小さな怜悧の身体が蛇の口の中に飲み込まれていく恐怖。
ずっとずっと生まれてからずっと一緒にあった弟が肉塊に変わっていく瞬間、凄まじい怒りと恐怖が押し寄せてきた。
僕達は孤立していたから何よりも孤独を恐れていた。
僕だけが怜悧を理解して、怜悧だけが僕を理解してくれた。
お互い共依存して、摩耗した精神を何とか保っていた。
それが断ち切られた瞬間、僕の中の全てが音を立てて壊れた気がした。
どうして怜悧が殺されなきゃいけない?
どうして僕が死ななきゃいけない?


僕たちより無能な奴らがのうのうと生きている世界でどうして?


そのあとはよく覚えてない。
気が付いたら息絶え絶えの白蛇に瀕死の僕。
死にたくないって気持ちから蛇を喰って僕が新たな土地神になった。
怜悧の小さな体は骨が折れてぐにゃぐにゃして蛇みたいだった。
もう光を映すことのない硝子玉の瞳から涙が溢れていて、何のために生まれてきたんだろうって思った。
だから、呪ってやることにした。
この村の奴らを全員ここから逃がさない。
誰一人逃がさないで、ここで僕たちに怯えながらずっとずっと暮らすんだ。
僕は今でも村人を強く憎んでいる。
神様になった以上、奴らが僕の作った規律を守る以上は加護を与えなければいけないけど、そんな言いつけ必ず破る奴は居る。
今回の子供みたいに。
あの子供は怜悧が追い返してしまったからお咎めなしにしておいてやろう。
けれど、きっと怜悧は裏切られる。
そうなったら、また泣かれると面倒だから僕が始末しておいてあげようかな…。
泣き疲れて眠る怜悧の頭を撫でながら、ぼんやりと社の窓から見える空を眺めていた。
僕らは多くを望んだわけじゃない、ただ”普通”を望んだだけだったのに。
それは命を失い、人であることを捨てなければならない程に、身の程知らずな願いだったっていうんだろうか?


「シロ!」
ハルはそれから数週間経った頃にやってきた。
「ハル…?本当に来たの?」
「うん。俺の母さん、シロの教えてくれたキノコ食べて薬飲んだら元気になってさ。
明日から里に奉公に行くんだって。
だから今日は神様にそのお知らせに来たんだ」
村の住人はどうしても生活に困窮した時、里に奉公に出すことがある。
その時は必ずこの社に来て奉公に行ってくる、必ず戻ってきますという旨を伝えに来るようになった。
奉公に出る村人には必ず蛇を忍ばせて、確実に村に戻るつもりが無くなった時、蛇がその村人の喉を食いちぎる。
そうして過去に何人も殺してきた。
そうしてどんどん感情が凍り付いていく。
「ふぅん…そうなんだ」
「全部シロのおかげだよ、本当にありがとう」
「…別に。良かったね、オカーサンが良くなって」
「あ、うん……」
「……風が変わった…。
ねぇ、早く帰った方がいいよ。
あと、ここの事は誰にも言わないでね」
ハルににこりと笑いかければ、ハルはどこか戸惑ったように僕を見ていた。
そして何かを言おうと口を開いたとき。
「ハルー」
遠くで母親の呼ぶ声がした。
「ほら、早くいかないと。
オカーサンが呼んでるよ?」
にこりと笑いかけながら、首をかしげて見せればハルはもう一度礼を言って母親の元に駆けて行った。
「なにしてるの、怜鴉」
背後から重そうな桶に水をたっぷりと入れた怜悧が不思議そうにこちらを見ていた。
「うん?暇つぶし」
「そう…」
怜悧は特に気にした様子もなく、雑にご神木とされる木に水をかけている。
怜悧の足元には低級の妖怪たちがわらわらと集まっていて、桶を運ぶのを手伝っている。
「お前が大事な薬草をあげた子、母親が元気になって奉公に行くんだって」
「…そう」
表情こそあまり変わらないが、少し嬉しそうに口元を緩めた。
「それだけなら、いいけどね」
「…?」
「なんか、きな臭いんだよな。
お前、今日……いや、お前に出来るわけないか」
そういう仕事は僕の役目。
怜悧の霊力は元々癒しや浄化に特化しているらしく、薬草を育てたり、元気のない草木や理不尽に傷つけられた森に棲む獣や妖怪たちを癒していた。
その分僕は何かを壊す方に特化している。
陰陽師という生き方があれば調伏に特化できたかもしれないが、今はしがない土地神だ。
怜悧の力で村人に恩恵を与え、僕の力で村人を殺す。
本当に、双子の神様とはよくいった物だ。
役割分担まできっちり分かれているなんて。
こうなることが運命だったみたいじゃないか。
「怜悧、そういえば今日はお前が面倒見てたあの熊の子供が生まれるよ。
神様として、出産見届けて祝福しておいで。
土地神なんだがら、ちゃんと森に棲む動物や下級妖怪、草木の世話までちゃんとしないとだめなんだからね」
「……それ、ぼくにばっかりやらせてない?
怜鴉、ぜんぜんやらないじゃない」
「神様なのに自分の力を上手く使えない愚弟の力を流してあげているのは僕でしょ?
良いからお前は僕の言うことを聞いていればいいんだよ」
怜悧は少し不満そうだったが、相変わらず表情は変えずにとぼとぼと来た道を引き返していく。
怜悧は僕みたいに霊力で大人の姿を取ったりはしない。
ずっと死んだときの、幼い姿のまま、舌足らずな喋り方で、壊れた人形みたいにそこにある。
ただでさえ感情が欠落している弟の前で、これ以上人間の汚い部分は見せたくない。
怜悧はまだ、何かに縋らないと神としてすら生きていけないんだから。

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ぼくはくま




人の血が多少交じってもやはり妖である以上、危険には変わりない。
ぱたぱたとしっぽを振りながら朱乃の後を付いてくる狐の子。
子供二人寝には広すぎる大人用のダブルベッドは、それが必要になるまで飼い殺すために誂えているようだった。
そんなベットのうえで怜悧は大きなテディベアと遊んでいた。
霊力が強すぎる怜悧は非道な実験で体力が落ちている上に霊力が許容範囲を超えて身体に悪影響を受けている。
実験が幼い怜悧に与えた影響は、項を焦りすぎて人身的配慮を欠如させたためか、酷く他人に怯える様になってしまった。
何かに縋らないと怜悧は自分を保てなかったのだろう。
「くまさん、きょうは、おてて、を、なおしますね」
舌足らずな声は掠れて、目は虚ろだった。
綿のはみ出たテディベアの右手をぎゅっと握るとテディベアの手は綺麗に縫い合わさっていた。
「はい、なおりました」
笑うでもなく、一定のトーンで無表情にテディベアとお話する怜悧は、何も知らない人から見たら一見微笑ましい光景の筈なのに不安になるだろう。
表情も感情もない子供が、テディベアとごっこ遊びをしてるのだから。
「くまさん、いたいとこ、ないですか?」
こてんと首を傾げる。
テディベアは勿論何も返さない。
「怜悧、何してるんだ?」
二人の部屋に備え付けのバスルームからシャワーを浴びた朱乃が怜悧を見た。
「くまさんのおてて、なおせたの!」
朱乃の方を見て少しだけ、口元を緩ませて、自分の目の前にずいっとテディベアを差し出した。
解れていたテディベアが綺麗に元通りになっていた。
素直に嬉しかったな。
「そうか、怜悧は優しいな。
くまさんも喜んでるみたいだ」
「このくまさん、ぼくのおともだちなの。
ここにきてからずっといっしょだったんだ。ねー?」
怜悧が返事の無いテディベアを無理やり頷かせた。
初めて会った時、自分より大きなテディベアを抱いて、怯えるように体を隠していた怜悧。
あの時のテディベアは今ではすっぽり怜悧の腕の中に収まるサイズになっていた。
不安定な怜悧の精神を安定させれば霊力も安定すると考えて与えたのだろう。
研究員も職員も誰も怜悧からそれを引き剥がしたりせず、常に一緒に行動させていた。
朱乃が壊れそうな怜悧を抱き締めて、大丈夫だって、必ず俺が守るって言ってくれて少し安心した。
もう誰も悲しんで欲しくないから。
薬物実験がある程度の成果をだしたってきいたけどそれは嘘だってすぐ分かった。
ぼくは鼻が利くから。
日に日に弱っていく怜悧。
精神を摩耗させる朱乃。
助けは来ない。
いつまで耐えればこの地獄から開放されるのか…あるいはされないのか。
もう二人にはそれを考える余裕も無かった。
怜悧を抱き締めて朱乃が眠りに落ちると、時折誰かの名前を小さな掠れた声で読んでる事があった。
大切な人なんだろうか……
怜悧は泣きながら母親を呼んでいた。
おかあさま、たすけてって。
怜悧の母親がどこで何をしてるのか知らないけど、助けに来て欲しかった。
実験は日に日に酷くなって、怜悧はどんどんやせ細って、朱乃は感情を無くしていった。
つらくて、かなしくて、くやしかった。


やめて、これ以上大切な人に酷い事しないで!
そう言っても届かない。
モノの声なんて、届かない。
それでも叫び続けた、いつか誰かに気付いてもらえる様に。


「おや?これは珍しい… 」


ある時僕を手に取ったのは二人が懐いてる優しい大人の人。
優しい声、優しい手、優しい匂い。
だけど少しだけ、悲しい匂いがする女の人。

『あなたは、僕の声が聞こえる?』

「ああ、きこえる。
だが、雑音が酷くてよく聞き取れん」

『お願い、二人を助けて!!』

「何だ?すまん、よく聞こえない、もう一度頼む」

『たすけて!』

ぼくは必死に叫んだ。
きっと僕は、怜悧の力を借りて声を届けてる。
だけど怜悧は凄く弱っていて、うまくこの人に力が届かない。
涙が溢れた。
作りもの目から、ポタポタと血のように赤い涙がこぼれてきた。
おねがい、たすけて。
偶然生まれた自我だけど、あの二人とお話したかったけど、あの二人を助けるためなら……ぼくは…


『おねがい、たすけて!!』





幼い子供の声を聞いた。
怜悧とも、朱乃とも、怜鴉とも違う。
悲しく泣き出しそうな小さな子供の声。
手に持った、怜悧が大切にしていたテディベアは一瞬のうちにボロボロになってあちこちから綿がはみ出していた。
「たすけて……これはお前の命を引き換えに願ったことか?」
怜悧の力のほんの一部、弱々しい波動を感じで手に取った。
手に取った瞬間、語りかけてきた声。

『……が………て』

雑音がひどく聞き取れない。
どうやら怜悧が連れ回してる間に無意識に自我を芽生えさせてしまったようだ。
審神者として自分の式として与えた自我ならともかく、幼い怜悧が無意識に与えた自我は恐らくは精神の摩耗を防ぐ為の空想の人格。
一方的なもので彼に自由はなかったはずだ。
いつからかは分からない。
初めて会う前からずっと一緒だったという。
そんな長い間、二人を見守ってきた彼が命懸けで俺に伝えた言葉。
「たすけて、か……」
ベットでお互いを抱き合って眠る幼い子供達の不健康な身体と光を宿さない瞳。
「くま殿、二人は必ず俺が助ける。
安心して眠ってくれ」
綿のはみ出たテディベアを抱えて本丸に戻る。
まずは敵の洗い出し、そして決定的な証拠が必要だ。
どうしてもという時は、あの子達を問い詰めることになるが。
「主、戻ったか…
おや?そのぼろぼろのくまはどうしたんだ?」
ちょうど部屋に戻る前に三日月に会った。
腕の中のぬいぐるみを不思議そうに見ている。
「彼は子供達の危機を命懸けで知らせてくれた英雄さ」


ぼくはくま。
きみのとなりで、ずっとみているよ。
さみしいときはだきしめて。
かなしいときはなみだをふいて。

ぼくはくま。
きみにえがおをとどけるよ

こどもの、あそび。 side国永

椿の審神者と呼ばれる主の本丸は、少々変わった形をしている。
弟子を取らない代わり、最前線で戦績も通常より高く求められる。
同じ刀を二振り顕現しないという法則にのっとりながらそれらを解消するために、4つの本丸を維持する事にしたのだ。
それぞれ春夏秋冬の冠を与えられ、時計の針のように時空をズラして四方に広がっている。
同時に存在しているのは中央棟と呼ばれる建物のみ。
そこには審神者の私室や執務室の他、共同の蔵書室も存在する。
これらを利用し、簡単な申請で万屋へ行かずとも中央棟では同位体に会えるとあって各本丸の鶴丸国永は四半期に一度、会合を行っていた。
小さな生き物を預かるようになった国永もまた、欠かさずこの会合へと足を運んでいる。

「それで、春の。何か面白い物を見てるんだって?」

蔵書室の片隅にある窓際のティーテーブル。
そこに4つの同じ顔が並んでいる。
春の、と呼ばれたのは始まりの本丸に所属する桜の髪に紅い瞳を持つ国永の事。
口を開いたのは夏の本丸に居る個体だ。
驚きを仕掛けるのが好きな鶴丸国永であるが、その中でもとくに絡繰りいじりや発明好きなのが特徴だ。
最近は調剤に目覚めたらしく、薬研藤四郎と珍妙な品を作っている。

「面白いって程でも無いな。人間の子供なんて見慣れてるだろう?」
「良いじゃないか、子供。愛らしいだろう?」

何が不満なんだい、と琥珀の目を瞬かせるのは秋の本丸に居る個体だ。
面倒見の良さが長じてか、他の『自分』と比べても兄貴然として小さなモノが好きらしい。

「そうかい? 子供なんて脆いだろ、すぐに壊れそうだ」
「確かに……あれは放っておくとすぐに駄目になってしまいそうだ。とにかく弱い」

冬の本丸に居る個体は他の『自分』よりもやや幼い顔立ちをしていて、とにかく落ち着きがない。
大元は同じ『鶴丸国永』であり、同じ審神者によって励起されたはずなのにこれだけの違いがある。
考えとしてはどの個体のものも理解出来るのだが、表面に出てくる反応はそれぞれ。
そこに飽きが来ないとも言えるし、けれど年がら年中顔を付き合わせたい訳でも無い。
普段は文でやりとりをしているし、四半期に一度くらいが丁度良いだろう。
壊れそう、と言われて真っ先に思い浮かんだのは半妖の子供の青白い顔だった。
言葉で表すのならば、そう、弱い、だ。

「子供のうちはどうしても、な。けれどその分生命力に溢れてるだろう」
「せーめーりょく」
「笑ったり泣いたり、感情が直ぐに変わるのが面白い」
「かんじょー」

秋のが目を輝かせながら子供について講釈するのを、棒読みで繰り返す。
思い返すのは主から頼まれている子供達の様子なのだが、生命力や感情といったものとはほど遠い。
不思議そうにこちらを見て、秋のは首を傾げる。

「なんだ、きみのとこのはそうじゃないのか?」
「今はとにかく弱っててなぁ……あと、これまでの環境が悪かったらしい」
「環境。そういえば人の子は環境に左右されやすいんだったか」
「まあ、簡単に言うと遊び方すら知らないようでな。秋の、何か良い方法はないか?」

遊び方どころか人の営みすら危ういとは説明しづらく、子供の扱いに長けた自分に問うた。
今のところ衣食住は問題ないと思えるので、子供らしいことを教えていきたいのだ。
国永に思い付くのは外遊びがほとんどであり、やんちゃな遊び方はまだ早いだろう。
そうなると退屈をもてあます度に動き回っていた国永ではお手上げだ。

「絵本はどうだい? 読み聞かせなら粟田口にしてやったりするだろ。本ならここにあるし」
「まだ文字が読めないんだ」
「じゃあ図鑑だ! 絵が沢山あって面白いだろ」

秋のの言葉に、冬のが乗ってきた。
確かに図鑑なら絵を見るだけでも面白く、時間をつぶせるだろう。
夏のにも何か思い付かないかと聞いてみた。
口をついて出るのは竹で作る水鉄砲や竹とんぼなど、ほとんどが外遊びの道具だ。

「あ、それならあやとりなんてどうだい? 力は要らないだろ」
「あやとり……確かに紐があれば遊べるな」

その後はそれぞれが持ち寄った菓子を摘まみ、新しい驚きの模索などをして過ごした。
戻り際、秋のが子供の好きな食べ物や遊びをまとめた冊子を作ってくれると言う。
弱っている子供にはとにかく好きな物を食べさせ、色々な遊びを経験させた方が良いらしい。
ありがたくその気遣いに乗る事にした。



庵に戻ってきた国永はさっそく、あやとりを試してみることにした。
手で紐を括って様々な物を表現するこれは、なかなか面白い。
一人で遊ぶそれから、二人で遊ぶようなものまである。
冬のがオススメの図鑑は草花についての物で、庭を散策する時に良さそうだ。
夏のは後で工作キットを作ってくれると言っていたが、それに手を出すのは当分先だろう。

「くにとうさま、それなぁに」
「ん、これかい? これは蝶々さ」
「すごい、複雑だ」

左右から覗き込む子供達、怜悧と朱乃に手の中を見せる。
あやとりで作ったのは蝶々で、指に引っ掛けた一輪の紐が絡み合って成り立っていた。
国永と宗近に慣れてきたらしい彼らは、二人を父様と呼んでいる。
女である主が母様だから、男なら父様となったらしい。
何故か国永の呼び方を、母様と父様でしばらく悩んでいたことが懐かしい。
是非とも父様と呼んで欲しいと言ったところ、しぶしぶ納得されたのだ。
宗近が大変残念がっていたので、こらしめておいた。

「これはあやとりって言ってな、色々作れるんだぜ」
「……むずかしそうだ」
「いいや、やり方が分かれば簡単さ」
「僕も、僕もやってみたい」

珍しく怜悧が目を輝かせながら身体を乗り出す。
小さな手を伸ばしてくる様が愛らしく、国永は微笑んで手の中の紐を解きほぐした。
そのまま蝶々を手渡されると思っていた怜悧は目を見開いて固まる。
どうしたのかと顔を覗き込むと、段々と潤む大きな青い瞳とぶつかった。

「とうさま……ちょうちょ、こわれ……ぼく、ごめんなさい」

ふにゃあと浮かぶ涙の粒に国永は慌て、朱乃がすかさず怜悧を抱き締める。
少々きつい眼差しを受け、頭を掻いて混乱を示した。
身体の調子が良くなってくると少しずつ積極性を覚え始めたのだが、急な怯えや困惑、果ては落ち込んでみせたりと忙しい。
情緒面が不安定なのは今までのことが原因であり、長期的に改善していく他ない。
さいわい、朱乃は終始落ち着いて怜悧をなだめてくれる。
けれど彼も本調子でないのは確かなので、国永としても少しずつ対応に慣れていこうとはしていた。

「怜悧、大丈夫だ。蝶々が壊れたんじゃなくて、怜悧と一緒に作ろうとしたんだ」
「ふぇ……つくる?」
「そう、父様と一緒にあやとりで蝶々を作ってみないか? 朱乃と遊ぶことも出来るんだぞ」
「え、あれ二人でも出来るのか」

朱乃も驚きに目をみはり、腕の中の怜悧を見る。
怜悧はぱちぱちと瞬きを繰り返し、首を傾げていた。
再び泣き出す前に落ち着かせようと、国永も朱乃ごと怜悧を抱き締める。

「あやとりはな、交互に紐を取り合って形を変えて遊ぶんだ。指に引っ掛けてな」

言いながら怜悧を抱き上げて膝に載せ、朱乃と向かい合う形にした。
そうして小さな手を握り込み、指に紐を絡ませる。
朱乃には指と紐を取る部分を説明し、怜悧の手から移動したそれが川の字を作った。
今度は怜悧の握り込んだ手と一緒に指を絡め、また手の中に戻し。
ひとつひとつの動作の度に腕の中の怜悧が見上げてくる様がくすぐったい。
少し不器用なところのある怜悧は何度か紐を取り落としてしまったが、今度は泣き出すこともなく笑顔だった。
やはり子供の世話など自分には向いていないと国永は思う。
けれど、それが嫌かと言うと案外そう悪くもない気がして笑みがこぼれる。
少なくとも、怜悧と朱乃が笑っていられるようには頑張ろうと思った。
その為にもまずは情報収集のため、秋の本丸の鶴丸国永へと便りを記すのだった。



本丸別、鶴丸国永
春 国永、鶴丸(黒鶴)
夏 鶴丸国永(愛称無し、薬や道具開発)
秋 千羽(雛顕現後に命名)、雛鶴
冬 鶴丸国永(愛称無し、少年寄りで戦とイタズラ好き)

山吹のもつ奇縁。 side緋翠

人の気配が入り乱れる政府ゆかりの会場。
真ん中には術式が施され迫り上がった舞台があり、左右に別れて人が並んでいる。
その数、6人。
それらはどこぞの審神者が率いる刀剣男士だ。
他の審神者が率いる部隊と対峙することが出来る場、演練場。
今も何度目かの仕合いが行われている。
台座を見下ろすように高くなっている物見台に、緋翠は居た。
裏では園遊会も行われていて、演練に参加した審神者が優雅に茶会をしていることだろう。
緋翠も時折顔を出すが、最近は表のみを利用している。
物見台は半ばが宙に張り出した作りになっていて、休憩スペースとして椅子とテーブルが置かれていた。
緋翠の隣には、小さな身体に金髪と青い瞳の少年が座っている。

「いやーん、今日もぷるぷるしてて可愛いんだからー」

目の前に座った大柄で派手な衣装の人間が、だらしなく頬の緩んだ顔をしていた。
見た目だけなら女性に見えなくもない、かもしれない。
うわずった野太い声と、その身長が2mを越えていなければ。
脇に置いた覆いの着いている長柄の武器が特徴的な、山吹の名を冠する古参の審神者だ。
蒼玉の名をもらったばかりの緋翠の弟子、怜悧を機嫌良く眺めている。

「山吹、あんまり見んな」
「なによ、椿。蒼玉ちゃんが可愛いからって独り占めする気? 見たら減るとか言っちゃうわけ?」
「は? 言わねぇよ」

減るというならば、この場に連れてきた時点で怜悧は居なくなってるだろう。
怜悧の前には今、山吹手製のおはぎが用意されていた。
口いっぱいに頬張ったおはぎに気を取られ、嬉しそうに微笑みながら震えている。
人間の男にいまだ怯えを見せる怜悧だが、山吹のことはその範疇にないらしい。
むしろ自分から話しかけたり、懐いた様子を見せていた。
それ自体は好いことだ。
蒼玉の審神者、怜悧には敵が多い。
古参の中でも緋翠は長いこと弟子を取らなかった。
例外が怜悧であり、人並み外れた霊力は研究所からも目を付けられている。
人間に怯え、率先して交流をせず、むしろ理由もなく怖がる怜悧をいい目で見る者は少ない。
母と慕う緋翠が信頼し、仲を取り持った者で精々。
しかし緋翠の縁故というのは大概が古参の者なのがまずかった。
特殊な立ち位置である故に交流の場がなく、直接的な害意にさらされないのはせめてもの救い。

「それにしても蒼玉ちゃん、甘い物好きなのねぇ」
「ん? まあ、そうだな。そういえばよく食うな……食が細いから口にする物を片っ端から食わせてたけど、おやつ時が一番喜んでたか」
「もう、そんなんでママさんちゃんとやれてるの? 好きなご飯とか分かってる?」
「ままさんって何だよ……ちーずを挟んだ肉の塊は喜ぶぞ」
「チーズインハンバーグね。旗はちゃんと立ててあげた? オムライスとかは?」
「言われたから立てた。もう一人には微妙な顔をされたが、蒼玉は喜んだ。それも好きだな」
「あら意外、ちゃんと面倒見てるのねぇ……あたしの時なんて放置だったのに」

本当に意外だと口元に手を当てながら目を丸くする山吹。
二人の小気味良いテンポの会話を聞きながら至福に震えていた怜悧は、山吹の言葉に首を傾げた。

「山吹さんは――」
「あら、そんな他人行儀じゃなくてお姉さんって呼んで欲しいわ」

ウィンクをしながらの山吹の言葉に怜悧は控えめながらくすくすと笑い。
そうして少し緊張した様子で山吹を見ると、頬を赤く染め上げながら、

「や、山吹おねーさん」

意を決して口にし、恥ずかしさから俯いて縮こまった。
そんな怜悧を見た山吹は緋翠を真顔で見、

「この子、うちの子にしたいわ」
「誰がやるか。そんなことより蒼玉、何か気になったんだろう? どうした?」

うっかり素の野太い声で言われた内容を一蹴に伏した緋翠は、怜悧の頭を撫でながら顔を覗き込む。
二人のやり取りを見ていなかった怜悧は、恥ずかしさの拭えない顔で上目遣いに山吹を見る。
そんな怜悧の様子に山吹はデレデレとだらしない顔。

「えっと、山吹おねーさんも、母さまの子供だったの?」

かあさまのこども。
それは山吹が緋翠の子供だったのかという意味で、怜悧と同じく拾ったのか、という意味だろう。
二人共、虚を突かれて固まった。
友人ならまだしも義理とはいえ肉親?と聞かれて嫌そうな顔の緋翠と目を閉じて苦汁の表情を浮かべる山吹。

「蒼玉、違う。山吹とはこいつが審神者になる前、未成年の頃に助けたことがあんだよ」
「で、助けて貰ったと思ったら顔も知らない私の遠い親戚に押し付けていったのよね」

ことの起こりはそう、山吹がまだ身体の弱い青年で、緋翠がまだ流れの薬売りをしていた頃のこと。



たまたまその村に立ち寄ったのは、今では珍しくなった薬草の生息地だと聞いてのことだった。
山間にあるそこは豊かな農村で、隣にある村へも影響力を広げ。
秋口に差し掛かった季節の頃、畑は頭が重く垂れ下がった稲穂で満たされている。
傍目から見ると平穏そのものと言える光景は、しかし緋翠には酷く歪に映った。
こういった隔絶された場所ではよくあることに、独自の宗教観が根付いていることがある。
それだけなら珍しくもない。
けれど、それが害意を持って手をこまねいているなら別の話。
村を去ろうとすると纏わり付く豪雨に見舞われ、緋翠は足止めを余儀なくされた。
世話を申し出たのは村長の家で、ありがたくお邪魔することにする。
その夜、一人の女性が緋翠の元を訪れた。
何人か居る子供の一人に身体が弱く臥せっている者が居るので、診て貰いたいという。
緋翠はしがない薬売りだが、処方の際に医者の真似事をすることもあったので一つ返事で頷いた。
一宿一飯の恩義を返すつもりで。
案内をされた先は、地下の座敷牢だった。

「だぁれ、お客様?」

か細く掠れた声は若い、少年のもの。
けほけほと咽せる喉は水分が足りていない様子で、天井を仰ぎ見た緋翠は大きくため息を吐いた。

「そうだな、客だ。とりあえず……これを呑め」

背負子から玻璃の水差しを取り出し、中に霊水を満たしていく。
緋翠が手をかざすだけでどこからともなく溢れる水に、少年は大きな目を見開いて驚いた。

「すごい! お客様は、手品師さま?」
「ほう、手品を知ってるのか。まあ似たようなものだが……俺は薬売りだ」
「薬売りさまが、手品師さま?」

なにそれ面白い、とくすくすと無邪気な笑みを見せる。
水差しを受け取ると一口、一口と大事そうに水で喉を潤していった。
その間に改めて周囲を見回す。
木枠の格子に、部屋の中央には煎餅布団、お世辞にも清掃が成されているとは思えないほこり臭さ。
どう考えても、弱った者を置いておく場所とは思えない。

「お前、どうしてここに居るのか分かってるか」
「え? どうしてって、生け贄ですから」

不思議そうに首を傾げながら、当たり前のことを少年は口にする。
思った通りの展開に、緋翠は顔をしかめ再度ため息を吐いた。
少年の話によれば。
この村は昔、多大な危機に見舞われたという。
飢饉とそれにともなう口減らし。
当然、足りなくなったのは次代を担う子供だった。
それどころか子供自体に恵まれなくなってしまい、村は解散の憂き目に遭った。
救いの手を差し伸べたのは、一柱の神。
それがどんな神だったのか、今は失われてしまったらしいが眷属であった蜘蛛を遣わせた。
女の姿を取ったそれは自身の髪で織物を作り、不可思議な色合いのそれは大層高く売れたそうだ。
更に女は沢山の子に恵まれ、その子等が手掛ける畑は豊作となった。
こうして村は繁栄することとなり、神の遣いであった蜘蛛を奉るようになったのだ。

「女を迎えた家には、ときどき子供に不思議な色の髪を持つ者が産まれます」
「それが、今代はお前か。しかし今の話からすると、お前自身が奉られてもおかしくないだろう」
「話には続きがあって……何度か訪れた村の危機の度、子供を神に送り返すことで救われてきたそうです」
「……なるほど、送り返す、ね。だが今は危機でも何でも無いだろう」
「でも、危機が起こったら困るでしょう?」

だから先に送り返しておけば、それが防がれると。
よそ者にとっては理解しがたい風習がこの村では根付いていて、信仰は神に力を与える。
農家にとって蜘蛛は害虫を食らうため、益虫と呼ばれている。
そして蜘蛛の子を散らす、という言葉が生まれるくらいには多産の因を含んでいた。
最初の神が本物だったのか偽りだったのか、それ自体は問題ではない。
今では蜘蛛が神として崇められている、ということが問題なのだ。
奴らは巣を張り、絡め取られがんじがらめとなったモノを食らう。
たとえそれが自ら飛び込んだモノではなく、他者によって与えられたモノでも。
暗い闇の中から、こちらを伺う気配がする。
あまり時間は残されていないらしい。

「お前、納得してんのか」

背負子の上部、鍵を掛けてある物入れからある物を取り出しながら緋翠は問うた。
少年がいぶかしげに眉を潜める。
梵字が書かれた細く長い布を取り払っていけば、短刀ほどの長さの護身刀が刃をさらした。

「誰だか知らねぇ奴の何の不満もない今のために、犠牲になる。それを納得してんのか?」
「誰だか知らない、って……この村の人達はみんな知り合いです」
「はん、知り合いねぇ……。じゃあその知り合い程度のために、死ねるのか。カミサマの餌になって良いのか」

死ぬ、餌という直接的な言葉を使うことでようやく、少年は顔色を変えてみせる。
青白く変わったそれは、怯えを示していた。
震えそうになる身体を小さな手で掻き抱き、必死に感情を殺そうとしている。
どれだけ周りに言い含められようと、純粋な恐怖は拭えない。
片手に護身刀を、その反対の手には解いた後のまじない布を握って緋翠は闇を見る。

「俺をここに寄越したのは、お前の母親だ。自分の子供が弱って食われていく様を見ていられなかった、浅ましい女だ」
「お母さま? でも、お母さまは流行病で……」
「決めろ、お前の意思で。誰かのためじゃない、お前のために」
「じぶんの、ため……。それなら、それなら僕は――」



「それで、どうなったの?」

こわごわとした様子で、けれど話の続きが気になったらしい少年が身を乗り出す。
話をしていた山吹は、その見た目通りの幼く無邪気な様子に笑みを浮かべた。

「すごかったわよー、椿ったら。神の6本あった腕を2本で十分だろ、って刀で切っちゃって」
「ひえっ!?」
「あっという間だったわ。あの神が大人しくしないから他の神が怒っていたらしくてね」
「ああ、今にして思えば情報を流した時点で決めてたんだろうな。ご丁寧に雨で足止めまでして……」

げんなりと、小さくため息を吐きながら緋翠が頷く。
頭に被ったフードの端を握り締め、驚きで飛び出た狐の耳をひた隠す怜悧。
少し刺激が強かったかしら、などと山吹は首を傾げてみせた。

「結局椿ってば、その足でお母様の親戚の家にあたしを放置してねー」
「ちゃんと書き置き残しただろ。何かあったら文を寄越せって」
「そうだけど、年端もいかない少年よ? 心細いに決まってるじゃない!」
「なーにが心細いだ。その後あの神をぎゃふんと言わせるって鍛えに鍛えたくせに」
「だって椿が成人したら縁も切れる、はず、多分。とか言うからじゃない! しかも女になりきれって」

女になりきる、ということは山吹の格好は好きでしている訳ではないのか、と首を傾げる。
その割りには声色も口調も女性のものが板に付いていて、怜悧にしてみれば少し大きい綺麗な女の人に見えた。
だからこそ出会いの当初から怯えることもなく、むしろ懐いているのだが。
純粋に瞳を輝かせて瞬く息子を見、緋翠は首を振ってみせる。

「騙されるな、今は味を占めて自分からこの格好だ」
「あら、だってあたしに似合ってるでしょう」

自信に満ちた笑顔で、片目をつむりながら山吹は言い切った。
華々しい着物も複雑に編み込まれた髪型も、そして艶やかな化粧も山吹に似合っている。
刀剣男士の次郎太刀と並べばさぞかし見栄えすることだろう、同類という意味で。

「そういえば、どうして腕がいっぱいだったの?」
「ああ、蜘蛛だからな。神だろうと、むしろ神だからこそそういった物に踏襲するのさ」
「だからあたし、今でも蜘蛛が苦手なのよねぇ。遡行軍の脇差しもほら、蜘蛛っぽいじゃない?」

頬に手を当てながらため息を吐いてみせる山吹に、怜悧は少し親近感を覚えた。
強くてすごい人でも苦手なものがあると思うと、安心する。
まさかその苦手意識のすえ、八つ裂きの末路があるとは思わずに。
これ以上刺激を与えない方が良いだろうと判断した緋翠は、目を閉じて口をつぐんだ。
対面には、にこにこと上機嫌な山吹が居る。
そしてその隣には、近侍の膝丸が。
そういえば膝丸の別名は蜘蛛切だったか、などと思いながら。

「ふふ、母さまって昔から母さまだったんだね」
「……どういう意味だ?」
「確かに、椿は昔から椿だわ。不器用に優しくて、お人好しで、でも厳しいの」

声色こそ優しく、仕方ないという呆れも含んで山吹は笑う。
いつから居て、どうやって生きてきたのか分からない古い友人だけれど。
まるで正義の味方のようだ、と頭の片隅で思いながら山吹は緋翠を眺める。
孤独だった友人は、今は隣に座る息子の口を拭いて母親の顔をしていた。
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