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アカイキオク




「レイリ、良い子ね…
あなたは何も知らなくて良いの、無垢なまま、穢れを知らずに無垢なままで居れば良いの。」


「無理だよ、お母様。
世の中は汚いことだらけ、無垢なままじゃ生きていけない。」


「だから、貴方がレイリを守って上げて?
世界はレイリを必要としているの。
ねえ…お願いよ、イリア…
私の……可愛い……もう一人の息子……」



動かなくなった、大好きだったお母様。
何一つ自分のものにならないこの理不尽な世界の中でたったひとつ大切だった、無くしたくないもの。
でも、喪う恐怖に怯えることも、もうない。
「お母様が居ないなら、もうここにいる必要もない。」
炎の様なアカイ瞳が、ギラギラと殺意を込めて父親を見上げた。
「きゃぁぁぁ!!奥様っ!?
誰かぁぁ、奥様が、奥様がぁぁ!!」
偶然近くを通りかかったメイドが声を張り上げた。
「この悪魔が!!お前もすぐ母の元に送ってやろう。」
父親が血に染まった剣を振りかざす。
その、ほんの一瞬に風が動いた。
母親の亡骸を抱き締めながら、幼い少年が懐に忍ばせたシルバーのナイフ。
よく研ぎ澄まされたそれが的確に父親の心臓を貫いていた。
「レイリ様!!なんと言うことを…」
半狂乱なメイドが煩く喚く声を流して、少年は立ち上がった。
「煩いよ、俺はレイリじゃない。」
父親を殺したときと同じ、シルバーのナイフがメイドの胸を突き刺した。
「この家も、お前達も、クライン家も、みんな燃えてしまえば良いんだ!!」
少年はランプや燭台を次々に壊し、家に火を放った。
瞬く間に燃え広がった炎は屋敷をすぐに多い尽くしてしまう。
逃げ出す使用人は皆殺した。
気が付けばエントランスは血に染まり、死体が詰み上がっていた。
ごうごうと燃える炎、人間の焼ける臭い、血のこびりついた自分自身。
「レイリ、お前の大事なものは皆壊してやったぞ?
大好きな両親も、使用人も、みんなみんなお前が殺した!!」
狂ったように笑い声を上げて、少年はふっと床に倒れた。



あつい…熱さに体が焼かれているようで…


僕は目をさましたんだ。



「……ひっ…」

最初に目に飛び込んだのは赤。
火が真っ赤に燃えて音をたて、血にまみれた僕の両親と大切な人たちを燃やしていく。
皮膚は爛れ、赤黒い焼けた肉がジュクジュクしたケロイドみたく、表面を焦がしていく。
「ぅ……ぉえ…」
気持ち悪くて、床に手をついて空っぽの胃から込み上げてくるものを吐き出した。
「何で……こんな、いや……」
「……レイ、リ……ぼっ、ちゃま…」
微かに声がして、振り向くと見慣れた黒い燕尾服が飛び込んできた。
「じいや!!」
「……御無事、でしたか……さぁ、早く…お逃げ…くだ……い……」
ふらふらと歩み寄るその姿は既に炎に巻かれて助からないのだと子供心に理解した。
「や…だ…怖い……じいやも一緒に来てよ。」
「無理です…私は、もう……貴方はクライン家の唯一の希望……」
「意味が良く判らないよ…ねぇ、なんで皆燃えてるの?
なんで僕は何ともないの?」
「知らなくて良いのです。
逃げなさい…早く…ここから……」
そう言って、じいやは目の前で倒れて動かなくなった。
「お前が殺したんだよ、皆。」
ふと、頭の中に響く声。
彼はこうして時々僕に語りかける。
いつも、僕を助けてくれた兄の様に慕っていた声の主は冷たく嘲笑うように言い放った。
「これは皆、お前がやったこと。
お前が引き起こした、お前が全ての元凶だ。
良い気味だな、レイリ。」
始めは訳が判らなくて、ただじっと見慣れた人物が炎に巻かれて灰になる過程を見つめていた。
顔が爛れ、目玉が眼窩から零れ落ちたとき、反射的に叫びをあげた。
「ひぃっ……あ……う、うわあああああっ!!」
恐怖が、一瞬で脳を支配した。
走り出して、必死に走って、無我夢中で。
まとわり付くような熱気は、肌を溶かすように絡み付いてくる。

「レイシー……たす、けて……怖いよ…」

ぎゅっと、大切なぬいぐるみを抱き締めて辺りを見回した。
怖い、赤い炎が、血が僕を嘲笑う。
「レイシー…レイシー…助けて…」
足がしだいにすくんできて、動けなくなり、そのまま床に座り込んだ。
もう、死んだ方がましだった。
しかしながら、運命は死を許さないもの。
「坊っちゃん…ご無事で!!」
見慣れた白金の髪がふわりと身体を抱き締めて、安堵したのと同時に一気に恐怖が襲ってきた。
「レイシー、お母様達が…僕が、イリアが言ったんだ…全部、僕のせいだって…
僕がいたから…僕が生まれたから…みんな、僕の…せいで…」
頭が混乱しているせいか、なかなかうまく言葉が出てこない。
レイシーは何も言わないでただずっと僕を抱き締めてくれた。
「良いですか、よく聞いてください。
あなたはこれから一人で生きていかなくては行けません。」
「え…?」
突然言われた事が理解できず首を傾げた。
「坊っちゃんは強い子です、大丈夫。
貴方にはもう私は必要ないんです。
行きなさい、そして生きなさい。
貴方の運命に出会うために。」
レイシーは優しく笑って僕を突き飛ばした。
「レイ…」
「さようなら、レイリ坊っちゃん。」
突き飛ばされた間にがらがらと瓦礫が降ってきて、燃え盛る炎に遮られた。
みんな、居なくなった。

そこから先は、よく覚えてない。




「子供?」
「司祭様、どうかなされましたか?」
「…いえ、お屋敷の側に小さな子供が…」
消火活動に当たっていた町の男は司祭の腕に抱かれた幼い子供を見た。
「この子供はクライン家の御子息ですよ。
名前は…確かレイリ様…とか…。
今街の者で消火に当たってますが、難を逃れたのはこの御子息だけみたいですね。」
既に気を失っている子供は、暗がりの中で気が付かなかったが血塗れの服を着ていた。
「この子供…」
司祭が何か言いかけたときだ、抱き締めた小さな体がのやけ爛れた腕や手の火傷が急速に修復されているのに気が付いた。
もしやと思い、首元を確かめると赤い薔薇型のアザがくっきりと刻まれていた。
「女神の魂を持つもの…ですか…」
これは大変な拾い物をしたと、司祭は喉の奥で笑いを噛み殺した。
残された親族は分家に嫁いだ叔母一家のみだったが、彼女が独り遺されたレイリを気味悪がり引き取りを拒否したためレイリは教会の預かりとなった。
火傷の跡も数日のうちに綺麗に消えて跡も残らなかった。
ただ、余程ショックだったのか、暫くは声を出すこともできず、グッタリとベットの上から動かなかった。
「君、名前を言えるかね?」
司祭は毎日毎日そうレイリに問いただした。
レイリはぱくぱくと口を動かし何かを伝えようとするが、声がでない。
「無理しなくて良いんだ。」
そんな日が続いていき、この子は一生このままだろうかと思い始めた日、突然悲鳴が聞こえて、慌ててレイリの居る部屋に向かう。
ベットは血塗れて、レイリの両手から真っ赤な血が流れていた。
昼間に果物を剥いた時の小さなナイフが引き出しから出され、床に転がっていた。
「…あ…ぁ、ごめんなさい…ごめんなさい…」
初めて聞いたその声は、まだ幼く舌足らずなものだった。
涙を溢し、体をガタガタと震わせながら怯える小さな体がとても苦しそうに見えた。
司祭はレイリの体をぎゅっと抱き締めて頭を撫でた。
「落ち着いて、深呼吸してごらん。
ここには君を怖がらせるものは一切ないのだよ。」
「かは…っ、あう…ぐ…」
なかなか上手く対処できずに居るレイリを、司祭は決して甘やかさずに、しかし絶えず声をかける。
「…ぁ、は…はっ…」
次第に呼吸が落ち着けば、ベットに寝かせて塞がりかけたキズに包帯を巻いていく。
「何があったか、話せるなら話してごらん。」
レイリは、零れ落ちそうなほど涙をためた瞳で司祭を見上げた。
「僕が……殺した……皆……」
そして、レイリが小さな手をぎゅっと握り締める。
それはまるで痛いのを我慢する子供のかおだ。
彼の心はズタズタ引き裂かれ、傷みを伴っているのだろう。
その瞳には光は消えて絶望という闇が色濃く映っている。
「一緒に来なさい。」
司祭はふと何かを思い付いたみたいに、レイリの手を引いた。
レイリは虚ろな瞳のまま、ただ手を引かれるままに歩いていった。
「ノエル、ちょっといいかい。」
連れてこられたのは礼拝堂。
そこには、まだ年若い青年が昼寝をしていた。
「何ですか、俺は今忙しいんですけど。
面倒なことはお断りです。」
「まぁ、そう言わずに。
面白い子を見つけてね、君に頼もうと思って。」
そう言って司祭は隣にいたレイリをノエルの前に突き出した。
「ただのガキじゃないですか。」
「ただのガキじゃない、この子はいずれ世界を救う柱になるだろう。」
まだ幼い子供の瞳は、既に絶望に染まり、体の至るところには包帯が巻かれていた。
「こんなガキが世界を?馬鹿げてる。」
ノエルは鼻で笑い飛ばしたが、司祭はレイリの首筋に刻まれた赤い薔薇型のアザを見せた。
「これは、女神の魂を宿している証拠だ。
彼はいずれ偉業を成し遂げる、それだけの加護がある。
様々な人が、彼の周囲に集まってくるだろう。
良いものも、悪いものもだ。
ただ、今の彼は善悪の区別もつけられない幼子だ。」
「だからって俺に何でもかんでも押し付けないでください。」
「このまま、この子が陰謀渦巻く世界の渦中に身を投じていけというのかね。
随分と薄情に育ったものだ。」
「……判った、判りました、やれば良いんだろやれば!!」
「良かったねレイリ。
今日から彼が君の保護者だ。」
レイリは相変わらず聞こえていないのか興味が無いのか、俯いたままだ。
「可哀想に、まだこんなに小さいのにご両親を無惨に亡くされたんだ、無理もない。」
「知らねぇですよ。
俺に預けるなら俺なりのやり方で鍛えていきますんで。」
司祭は笑って、レイリの頭を撫でた。
「愛情をもって接すれば、それは必ず彼に伝わるし、答えてくれるだろう。
ノエル、君が彼を救う光になることを、私は望むよ。」
「冗談、生憎そんな安っぽいキャラ設定じゃないんで。」
ノエルはダルそうに体を起こして、レイリの手を引いた。
「女神の魂を持つものは世界に愛された者。
放っていても問題はないが…
ノエルなら、あの子を正しく光の方へ導いていけるだろう。」
司祭はひとつ、笑いを噛み殺して踵を返した。
此から彼らに訪れる運命が幸福なもので有るようにと、小さな祈りを込めながら。

呼ぶ声、呼ばれる声




闇から次々と伸びる手。

それはいつも、僕をつかもうとしていて…

捕まってしまったら、逃げられないと何故か知っていて


だからいつも、僕はそれから逃げていた。



闇の中、一寸先どころか足元すらよく見えない常闇の世界。
次々と延びてくるその手が恐ろしくて必死に逃げる。


「やだっ…来るな…来るなっ!!」


どれ程逃げても、逃げた先から手が伸びてくる。
逃げれば逃げるほど、伸びる手の数は増えていく。

何かが、身体に触れる。
ゾクッと今まで感じたことのない恐怖に慌ててそれを振り払った。
「嫌だっ、触るな、僕に触るな!!」
武器になるものは何もない。
この暗闇から伸びてくる手以外は何もない。
「もぅっ…いや…やだっ…僕が、何をしたって…言うんだ…」
声を震わせて、泣きながら…それでも前に走り続ける。
不意に、地面がぐにゃりと柔らかくなり、視界が反転した。
もともと、視界には闇しかないのだから上下も左右も関係ないが、横から伸びていた手が今度は上から迫る。
身体は既に他の腕が抑えてくる。
「やっ…だ…誰か…たす…けて…」
迫る手は身体を撫で回し、何かを探してるようだ。
「やっ……離せ、離せっ」
泣きながら叫ぶ。そうしないと恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

「……ア……イア……」


誰かが、僕を呼ぶ声がした。
その声には聞き覚えがあって、僕は必死に手を宙につきだした。


「助けて、シュリ……」



急激に意識が覚醒して、目が覚めた。
目の前では半身を起こしたまま、心配そうに覗き込むシュリ。
シュリが、助けてくれたのか…
そう思って柔らかな頬に手を添えると、珍しく甘えるように擦り寄ってきた。
「大丈夫か…酷く、魘されてた…。」
「大丈夫なわけあるか…最悪な目覚めだよ。」
最悪な気分を払拭しようと、シュリの身体を抱き寄せてキスをしながら押し倒した。
シュリは物珍しげにこちらを見ただけで、抵抗はしなかった。
寝間着の浴衣をはだけさせてる間にシュリが首に腕を伸ばしてきた。
その瞬間、あの恐怖が蘇ってきた。

「やめろっ!!」

シュリが手を払うと、シュリは驚いて手を引っ込めた。
怖い…伸ばされる手が怖い。
触れられるのも…。
相手はシュリなのに。




どうせ人間はいつも裏切るもの…




「本当に…大丈夫か?
お前、何かおかしいぞ。」
払われた手をどうしようかと迷いながら、レイアを見詰めた。
普段の傍若無人な態度とは全く異なり、何かに怯えたような…
こんな弱々しいレイアは見たことがない。
レイアはいつも凛としていて、我が儘で、強引で、人の気持ちなんて考えもしないけど、弱い自分を絶対にさらけ出さなくて、それが俺には少し寂しくて…
なのに、今何かに怯えるレイアを心の底から愛しいと思えた。
勝手に英雄に祀り上げられて、強くあることを強いられたレイアはきっと、無意識に自分を抑制していたのかもしれない。
もともと欺くことが得意なレイアだ、自分すら欺くことは容易いのだろう。
「……ごめん、悪いけど、ちょっと独りにして。」
そう言って薄い羽織を一枚つかんでレイアは部屋から出ていった。
乱された寝間着を整えてどうしようかと迷っていると、部屋からでてすぐの柵を乗り越えているレイアが目にはいった。

ざわざわと肌が一瞬で粟立つ感じがした。
そのまま、部屋を飛び出してレイアの腕を掴む。
「レイア!!」
レイアは振り返りもせずにそのまま何かに引かれるように闇の中に身体を傾けている。
目は開いてるが、虚ろげで光がない。
まるで夢遊病の様に。
「レイア、おい、しっかりしろ…レイア!!」
何度呼び掛けてもレイアは呆然としたまま、ふらふらと身体を傾けていた。
そして、そのまま呑み込まれるように闇に落ちていった。
レイアが落ちていく瞬間、真っ白な無数の手がレイアの身体に向かって伸びてきていたのを見て、珍しくレイアが怯えていたのはこれだったのかと合点がいった。
「お前らなんかに…レイアは渡さない。」
掴んでいた腕を引いて、レイアをぎゅっと抱き締めると、そのまま闇の中に身を投じた。
幸いなことに廻りには大きな木が生い茂っていたから、それがうまく落下の勢いを殺し、二人とも軽い怪我で済んだ。
レイアはぐったりと意識を失っていたが、大事には至ってない様子に安心した。
「シュリさん、どうかしましたかー
凄い音がしましたけど!!」
どうやら今の音を聞いて何人かは目をさましたらしい。
レイアは青白い死人のような顔でぐったりとしたまま、目覚める気配はない。
「何でもない。」
どう説明すれば良いかわからず、自分も正しく状況を理解した訳じゃなかったので、取り合えずレイアをおぶって部屋に戻ることにした。
首を傾げたレイシーも、それ以上の追求はしなかった。
このまま、もしかしたら目をさまさないかもしれない。
そんな風に考えてしまいそうな自分の思考を停止させた。
それを、一瞬でも考えたら本当にレイアが二度と戻らない気がして。
このまま、レイアが戻らなかったら気が狂いそうになる。
本当に、自分勝手で自由奔放な癖に人の心を掴んで離さない魅力。
それにどっぷり浸かってしまった俺はもう、レイアが居ないと生きられなくなってしまっていたと、今更ながらに気付く。
そっと唇に触れてみる。
求めてほしくて、そっと…唇を重ねた。
軽く触れるだけのつもりだったのに。
「んっ!?」
頭をグッと押さえられて、舌を絡め取られる。
気が付いた瞬間には最早腰に腕が回されていて、逃れられないままもつれ込むようにベットに押し倒された。
「随分魅惑的な起こしかただね。
昨日あんなに可愛がってあげたのに足りなかったの?」
いつも通り、何も変わらないレイアがそこにいた。
射抜く様な赤と青のオッドアイがにんまりとゆがむ。
「お前…覚えてないのか?」
いつも通り過ぎて、逆にこっちが驚いた。
「なにが?」
「……いや、覚えてないなら良い。」
「シュリのやらしい顔なら覚えてるよ?」
「死ね、今すぐ死ね。」
いつものレイアに、少し安心した。
「それで?目の前の可愛いシュリは頂いても良いわけ?」
俺は暫く考えてから、何も言わずに手を伸ばした。
レイアはそのままぎゅっと抱き付いた俺を抱き締めた。
「いいよ、あんたの好きにしろよ。」
にっこりと、レイアが笑った。
それだけで、俺は幸せだった。




「覚えてないなんて、嘘だよ。」
眠ったシュリの髪を撫でながら、ぽつりと呟いた。
呼ばれた、何て言ったらシュリは心配するに決まってる。
自分の意識とは別に強引に。
帰っておいでと、呼ばれた気がして…。
闇に身を投じたときは心地よかった。
懐かしい故郷に戻る感じで。
でも、それと同時にこのままだとシュリと二度と会えないと思ったのも事実。
あそこでシュリが助けてくれなかったら、僕は死んで向こう側に戻されたんだろう。
「そんな運命は、覆してやるよ。
僕は強欲なんだ、一度手に入れたものは絶対手放したりしない。絶対にね。」
誰に向かって言ったわけでもないが、言葉にすれば何者かの気配が緩んだ。
「シュリがどれだけ嫌がって、泣いて懇願しても絶対に逃がしたりしない。
それ以前に、シュリが離れたくならないように僕がしっかり調教するけどね。」
眠ったままのシュリの頬に触れて、キス。
シュリはくすぐったそうに身を捩らせただけで起きたりはしなかった。
「誰が相手でも、僕はシュリを手放さないよ。
例え神でも、殺して見せる。」
そう告げたらモヤモヤとした気配は完全に消えた。
どうやら居なくなったようだか諦めてはいないらしい。
そんな気がした。
「何度来ても無駄だよ、シュリを手放すくらいなら…
こんな世界僕が滅ぼしてやるよ。」

破滅の道でも、二人ならきっと怖くなんて無い。


棒アイスの話



〜初代編〜


レイア「あっつー…だるー…」
シュリ「そんな通路のど真ん中で寝るな、邪魔だ。」
レイア「何でこんな暑いんだよ、イライラする。
ねぇ、なんとかしてよ。」
シュリ「知らね、水でも被ってろ。」
レイア「……水…ねぇ…(にやり)」
シュリ「(あ、こいつ今絶対しょうもないこと考えた。)」
レイア「じゃあ、水、かけようか。」
シュリ「待て、何でお前は俺に向かってバケツを構えてる?」
レイア「……?」
シュリ「何その、見て判らない?って顔。」
レイア「判らないなら実際やってみれば良いと思うよ。」
シュリ「お断りだ。」
レイシー「はいはい、そこまで。おイタはダメですよ。」
レイア「……ちっ」
レイシー「そんな隊長に良いもの差し上げます。」
レイア「なにこれ、棒アイス…」
レイシー「まん中を折れば二つになりますから、御二人でどうぞ?(にこっ)」
レイア「ありがとうレイシー(にやり)」
シュリ「……(嫌な予感)」
レイア「シュリ、何顔そらしてんの?こっち向け。」
シュリ「や…だ、」
レイア「シュリ、言うこと聞かない悪い子にはお仕置きするよ?」
シュリ「くそっ…」
レイア「はい、良い子良い子ー(棒アイス押し込み)」
シュリ「Σむぐっ…ん…む…」
レイア「ははっ…エロい顔して。」
シュリ「んん…は……んっ(涙目)」
レイア「……(あ、此れやばいかも)」
シュリ「レイア……いい加減…むぐ…離せ…冷たい」
レイア「……涼しくなる方法思い付いたよ、シュリで。」
シュリ「……一回死んで頭冷やしてこい(冷たい目)」



〜夫婦編〜


レイリ「しゅーのっ!!(抱き付き)」
シュノ「どうした?」
レイリ「アイス食べよ?」
シュノ「貰ったのか?(なでなで)」
レイリ「うん!!ポッキンてやる奴。」
シュノ「へえ…懐かしいな。」
レイリ「はい、シュノの分。」
シュノ「ああ。」
レイリ「……ちゅ…ん…はむ…」
シュノ「……お前…それ、人前で食べるのやめろ。」
レイリ「え、何で?」
シュノ「こう言うことになるから(押し倒し)」
レイリ「そんなの、シュノだけだと思うけど?」
シュノ「(自覚ないのが一番厄介なんだよな)」
レイリ「(シュノ、絶対自分がモテてる自覚ないんだろうなぁ…)」
シュノ「レイリ、食うの遅くね?」
レイリ「シュノが噛んで食べるからだよ!!」
シュノ「アイスは噛んで食うものだろ。」
レイリ「舐めるものだよ!!」
シュノ「ふーん…じゃあ…」
レイリ「えっ…?ん、ふ…ふぁ…ちゅ」
シュノ「ん…ちゅ…レイリ…」
レイリ「しゅの…もっと…」
シュノ「ああ、まだアイスは沢山あるからな。」
レイリ「ふぁ…しゅの、もっと欲しい…」
シュノ「(あざとすぎたろ…)」


ハートのオムレツ



「隊長…何…してるんですか…」


レシュオムは一瞬青ざめた。
宿舎の食堂に設置されているキッチンで、料理をしていた人物がキョトンと首をかしげた。
騎兵隊は基本的に炊事係が数人で当番制を組んで食事を用意するため、隊員がここを利用することは殆ど無い。
しかし、不規則な生活のため、食事の時間に間に合わなかったものがごく稀に利用することはあるが、そこに立つのはまさに騎兵隊のトップである隊長の青年で、また彼は貴族の出身故、料理の腕は壊滅的だった。
甘いものを除けば。
「えっと…ちょっと…ね?」
にこっと笑って誤魔化そうとするが、レシュオムの不安そうな視線に耐えきれず、渋々事情を白状した。


「……はぁ…大体事情は理解しました…。」
レシュオムは大きなため息をつき、レイリはしゅんと頭を垂れている。
「つまり、シュノさんと喧嘩して言い負かされたのでぎゃふんと言わせてやろうとシュノさんの食事に砂糖をぶちまけてたんですね?」
「……はい。」
「だめですよ、食べ物を粗末にしては。
それに、シュノさんはそんなあからさまな嫌がらせに屈すると思えません。」
「……でも、シュノだって…悪いもん。」
「隊長、どうせならシュノさんに美味しく食べてもらった方がいいんじゃないですか?」
「…それは…そうだけど…料理はあんまり得意じゃないし…。」
レシュオムはにこっと笑ってレイリの手をギュッと握った。
「私が教えますから、一緒に頑張りましょう!!
大丈夫、隊長甘いものだけはプロ並ですから、出来ますよ!!」
熱心なレシュオムにつられて、レイリは頷いてキッチンに向かった。


とは言ったものの、さすがにいきなり本格的な物を作らせるのは心配だったため、何か簡単なもので、手の込んだように見えるものを考えていたレシュオムの目の前に、騎兵隊がペットとして飼育している鶏が今朝生んだ卵がボウルに押し込められていた。
「隊長、オムレツにしますか。」
「オムレツかぁ…難しくない?」
「そんなには。」
そう言ってボウルに入った卵を渡した。
「まずは卵をわってかき混ぜてください。」
「うん、判った。」
この辺はお菓子作りにも必要な行程なため、大丈夫だろうと残りの食材を探しはじめた。
「レシュオム、これでいい?」
溶き卵の入ったボウルを抱えるレイリが不安そうにレシュオムを見ている。
「はい、大丈夫です。
それじゃあ次は具材を切っていきましょうか。」
この時、レシュオムはまだ知らなかった。
レイリがこの溶き卵にとんでもない隠し味をぶちこんでいたことを…。


「野菜は細かく切った方が彩りのバランスにもなりますし、食べやすくていいですよ。」
「あっ、隊長!!危ないですって!!包丁使うときは、包丁を持って無い手は猫さんの手ですよ!!」
「違います違います、猫さんの手は添えるだけー!!」
レイリは左手に包丁を持ったまま首をかしげた。
「……隊長、失礼します!!」
上手く口頭で伝えられないレシュオムは、レイリの背後に回ってそっと手を添えた。
「まず右手を猫さんの手にして、食材に添えて、押さえます。」
「うん。」
「次にこの手に沿って食材を切ります。」
「なるほど、これで手を切らないようにしてるんだね?」
ざくざくと野菜を刻む包丁裁きは見ててハラハラする子供のそれと同じだった。
リンゴは綺麗なウサギに剥けるのに、どうしてにんじんが皮を剥く度小さくなるのか、レシュオムには理解できなかった。
最終的にこじんまりした野菜を刻み、殆どみじん切りになった具材を溶き卵の中に混ぜていく。
あとはフライパンに卵を流して形を整えていくだけ。
ふわふわとまでは行かないが、それなりに美味しそうな形にはなった。
「上手にできましたね。」
「うん。シュノ、喜んでくれるかな…」
はにかみながら、ケチャップでハートの模様を描いていく。
「隊長のお手製なら、シュノさんは喜びますよ。」
当初の目的も忘れ、嬉しそうに笑うレイリを見て、レシュオムは満足気に微笑んだ。
「あの…ね、自分で渡すのは、ちょっと恥ずかしいから…
レシュオムが渡してくれない?」
「それは…構いませんが…良いんですか?
こういうのは直接本人に渡したほうが…」
「そうなんだけど…一応まだ喧嘩中だから…ちょっと会いづらいでいうか…」
消えそうな声で呟くレイリに、仕方ありませんね…と、オムレツを受け取った。
「今回だけですよ?」
つくづく、自分は彼の困った顔に弱いと思いながら、それでも自分を頼りにしてくれているという証で、つい了承してしまう。
甘やかさない様には、しているつもりだがにこりと笑った顔を見ればそんな気も失せてしまう。
それが彼のもつ独特な雰囲気故なのかは判らない。
それすらも、武器にしてしまう彼の策中にハマっていることを、レシュオムはまだ気付いては居なかった。



「シュノさん、お疲れ様です。」
その日一日の執務を終えたシュノが気だるりそうに席に着いたのを見計らい、レシュオムが声をかけた。
「あぁ…」
シュノは絞り出すように呟くとテーブルに突っ伏した。
膨大な仕事量に参ったのか、一日中恋人が側に居なかったのが余程落ち着かなかったか。
おそらくは後者だとさとった。
「お疲れのシュノさんに、隊長から差し入れですよ。」
そういって、暖めたオムレツを差し出した。
「レイリが?」
「一生懸命、シュノさんのために作ったんですよ。」
普段はお菓子しか作ろうとしないレイリが自分のために作ったオムレツを前に、シュノは小さく微笑んだ。
「じゃあ、頂くよ。」
ケチャップでかかれたハートのオムレツをみながら、スプーンを入れた。
普段レシュオムやエアリスが作るオムレツより形も見たも悪いし、具材の大きさもバラバラで食べにくかったが、レイリが作ったのだと思えば愛しさが込み上げてきた。
食の細いシュノに合わせて作られた小降りなオムレツを完食した後に、レシュオムが入れたお茶を飲んで一息ついてから、きっと自分を待っているであろう恋人の部屋に向かう。
電気が消されていて真っ暗な部屋の戸を開けると、ベットでぐっすり眠っているレイリを見つけた。
白いフリルのついたエプロンを着て、ベットに横に寝転がったまま寝てしまったようだ。
「……ったく…そんな格好で寝てたら、身体痛くなるだろ。」
シュノがレイリを抱き上げて、ベットに寝かせると、くらりと目眩がした。
「……?」
心臓がドクドクと脈打つ、呼吸も乱れるし、力が入らない。
妙な冷や汗が背中を伝う。
冷静に考えて、どう考えても目の前で幸せそうに眠る恋人の仕業としか考えられなかった。
何を盛ったかはおおよそ見当がついていた。
「はぁ…お前が、悪いんだからな。」
そう言って意識のないレイリの身体をぎゅっと抱き締めた。
「ふぁ……あれ、シュノ?」
半覚醒のレイリはぼんやり目を開き、ふにゃっと笑ってシュノに抱き付いて甘えるように首筋に額を埋めた。
「レイリ、オムレツ美味かった。」
レイリの柔らかな髪を撫でながら、耳許で甘く囁く。
「だから、お礼にタップリ可愛がってやるよ。」
レイリは、唐突に何かを思い出したようにハッとして顔をあげた。
「あ……いや、その……効いてるの?」
「バッチリ効いてる、責任は取ってくれるんだろ?」
「違う意味で、責任とりたいんだけど?」
「無理だな、お前…こんなにも美味そう…」
ペロッと首筋のアザを舐められて、レイリの身体がビクッと跳ねる。
「観念しろ。」
「……もぅ…仕方ないね…」
目の前の美味しそうな餌を目の前に、シュノは肉食獣独特の眼でにんまりと笑った。



「何でそっぽ向いて拗ねてんだよ。」
背後からぎゅっとシュノが抱き締める。
レイリは先程からシュノに背中を向けたまま、一言も喋らない。
その背中にはキスマークが散りばめられ、シュノの独占欲を誘っていた。
「こっち向かないと、部屋に帰るぞ。」
「やだ…」
モゾモゾと身体を反転させると、ぎゅっと背中に手が回される。
「……ごめんなさい。」
シュノの胸に顔を埋めながら消えそうな声でレイリが呟いた。
「……別に怒ってねーから。」
「うん。」
額にちゅっとキスを落とせば、満足そうに笑う。
愛しい身体をたがいに抱き締めあって、溶けるように眠りに落ちていった。
心地好い眠りに。

喧嘩の理由も忘れて、二人は幸せそうに甘い夢の中へとその身を委ねていった。


Star dust sweets



「ただいま、レイリ。」
遠征から帰ったシュノは珍しく上機嫌で恋人のもとを訪れた。
「お帰りなさい、シュノ。」
愛しい恋人の帰還にレイリはぎゅっとシュノに抱きついた。
シュノはレイリの体を抱き締めながら、頭を撫でた。
「良い子にしてたか?」
「もー、子供扱いしないでよね。
てゆか、僕と君同い年なのに何でいっつも僕の方が年下に見られるし。」
「そりゃぁ…なぁ。」
頬に手を添え、親指で柔らかい頬をぷにぷにと撫でる。
「お前、童顔だし、チビだし性格も喋り方もガキっぽいし…あと…」
そう言いかけてシュノはレイリを見下ろした。
今にも泣きそうな程瞳に涙を貯めながらも、それを溢さないようにしてシュノを睨み付ける。
そんなもの、シュノから見ればただのかもねぎなのだが本人は全く気が付いていない。
「そうやってすぐ泣くところも、ガキっぽいな。」
「な…んでっ、そんな意地悪、言うの…」
堪え切れずに一度堰を切ってしまえばあとは止まることなど知らずに零れ落ちるだけ。
そんな恋人の涙を指の腹で軽くぬぐいながら、少し苛めすぎたかと反省する。
別に憎たらしくて苛めてるわけではなく、ころころ変わる表情が面白く、愛しいからだ。
「悪かった、機嫌なおせよ。」
シュノがレイリの後頭部に手を添えて、そのまま唇を重ねた。
「ふぁ…ん…」
そのまま舌を絡め取られれば、レイリは微かにシュノの着物を握りしめた。
息継ぎの合間に、シュノが何かを小さなものを口に含むが、すっかりキスに夢中なレイリは気がつかない。
「ん…っ、んん!?」
舌で咥内に押し込まれる甘い固まりに驚いて、反射的に離れようとするが、シュノが何かをしっかり固定してる為か、びくともしない。
「ん…は、ふ…ふぁ…」
「甘いな。」
とろとろに蕩けたレイリを抱き締めながら、シュノはレイリの手に小さな瓶を握らせた。
「なに、これ…?」
「土産。金平糖って砂糖の菓子らしい。」
色とりどりの小さな砂糖の塊が小さな瓶のなかに収まっていた。
「星屑を詰めたみたいだね。」
「そうだな。気に入ったか?」
「うん、ありがとう。」
口の中に広がる甘味に、レイリはご満悦の様だった。
露店で見掛けたときから、レイリが好きそうだなと思い、購入したのは正解だったといえる。
嬉しそうなレイリを見て、本当にそう思った。
「仕方ないから、これで許してあげる。」
そう言って瓶から取り出した金平糖を一粒、シュノの口の前に突き出した。
「はいはい。」
そう言ってシュノは金平糖を口に含み、レイリを抱き寄せてキスをした。
二人の温度でゆっくり溶けていく金平糖は、甘さを残して消えていった。
名残惜しそうに唇を離すと、珍しくシュノが頬を赤くしていた。
「レイリ、そんな顔すんなよ。
誘ってんのか?」
「そんなこと言うならもう一個押し込むよ。」
「口移しなら大歓迎だけどな。」
金平糖より甘いお菓子を目の前に、シュノはソファーにレイリを押し倒した。
「や…まだ昼間っ…」
「今更何が恥ずかしいんだよ。」
「明るいから…やだ…恥ずかしい。」
レイリはシュノを押し返しながら頬を赤くして見上げた。
「じゃあ…キスだけ。」
そう言ってレイリの舌を絡めとり、貪るように口付けた。
遠征にレイリが参加しなくなり、離ればなれな時間はやはり不安なもので、帰ってくる度に愛しい半身の存在を色濃く思い知らされる。
「レイリの中、甘いな。」
「変な、言い方するなよ…」
ペロッと唇を舌でなぞれば、快楽に慣れた身体は甘い誘惑に陥落した。
「しゅ、の…」
「金平糖みたいだな、お前。」
どこもかしこも甘ったるくて、色んな色を持っていて、キラキラ輝く星屑みたいな。
極上の砂糖菓子。
「じゃあ…僕はシュノに食べられちゃうのかな…」
甘ったるい声で、色香を含んだ妖艶な笑みで。
絡み付くように回される腕に答えるように二人はソファーに沈んだ。


あとのことは、散らばった金平糖だけが知っている


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