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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
真っ暗な闇。
辺りに広がる闇、闇、闇。
「おかあさま…おとうさま…レイシー…どこ?」
幼い少年は暗闇の中を一人歩き続ける。
ぎゅっと抱きしめた黒猫のぬいぐるみに顔をうずめながら歩いていくと、急に辺りが真っ赤になる。
「あ…あ!」
ごうごうと音を立てて燃え盛る炎。
人の焼ける匂いと、苦しげな声。
「あつい…くるしい…たすけて」
「どうしてたすけてくれないの」
「おまえがころした」
あちこちから聞こえる怨嗟の声に少年は泣きながら必死に走った。
「おとうさま!おかあさま!!レイシー!!」
必死に呼ぶのは信頼できる親と世話係の名前。
燃える屋敷を駆け回って、べしゃりと転ぶと目の前に焼けただれた誰かだったものが横たわっていた。
「ひっ!」
黒く燃えた体から眼球がどろっと零れ落ちて少年の前に転がってくる。
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!」
少年の心はとうとう限界を迎えてその場にうずくまって泣き出してしまった。
両親も、世話役も、使用人も全員が燃える屋敷で怨嗟の声を上げながら死んでいった。
「おまえがころしたんんだよ」
目の前に自分と同じ少年が狂ったように笑っていた。
ただ一つ違うところは、青いはずの瞳が真っ赤に染まっていた事。
「イリア…どういうこと?」
「レイリが殺した。
お前のせいでみんなが死んだ、お父様もお母様も使用人も全員死んだ!
全部全部お前のせいだ!お前なんかが生まれたせいだ!!」
イリアの高笑いと共にレイリが悲鳴を上げる。
狂ったように、喉が枯れるまで叫び続ける。
「ぁ―――ッ、ぐ、ひぁ、ああ!!」
レイリは怯える様にベットから転がり落ちた。
そして冷たいフローリングだと気づいてハッとしてあたりを見る。
「うるせぇ!静かにしろクソガキ!」
いきなり扉が開いて見知らぬ神父が怒鳴り込んできた。
レイリは恐怖でガクガクと震えたまま、頭から布団をかぶって入ってきた神父を見上げる。
「ひっ!」
「チッ…めんどくせぇな…」
その神父がそっとレイリの前に屈むと、怯えるレイリを抱き上げて背中をぽんぽんと撫でて落ち着かせる。
「ひっく、う、うぇぇっ…」
泣きじゃくるレイリを、何時間も、根気強く落ち着かせて、ようやく泣きつかれて眠ったレイリをベットに戻そうとして、また大きなため息を吐いた。
「クソ。面倒ごとばかり押し付けやがって…」
目元が真っ赤になるまで泣きじゃくり、糸が切れた人形の様にぱたりと動かなくなったレイリ。
まだ9歳になったばかりだと言う小さな体には包帯があちこち巻かれているが、おそらくすぐに外せるだろうことは知っていた。
再生の女神、シャリテ。
その失われた女神の魂をレイリは宿している。
それが判るのはノエルが初代騎兵隊長レイア・クラインの子を授かりし聖女アナスタシアの直系の子孫だから「視える」のだ。
この小さな子供がこの先背負うであろう過酷な運命もすべて。
逃れられない宿命は決して悪い事だけではない。
ノエルの腕の中で気を失ったまま、ぐったりと意識を落とすレイリの小さな体をベットに寝かせた。
レイリを引き取ってからここ連日ずっと夜になると悲鳴を上げて泣き叫び、訳の分からない事を言っては狂ったように頭をかきむしる。
面倒なことが嫌いなノエルにしては珍しく文句を言いながらもレイリの面倒を見ている。
夜は火事の記憶を夢に見るのか、取り乱すレイリを落ち着かせるために自室にレイリを連れていき、自室で行えない仕事以外はレイリを目の届く範囲において夜も一緒に寝ている。
暖かなぬくもりにレイリも安心して眠れるようになってからはノエルが居ないと寂しそうにしていることが多くなった反面、家族を失ったばかりということもあってノエルに強く依存してしまった。
それでも昼間は光を宿さない瞳でぼんやりと外を眺めたり鏡に向かって何かを話しかけたりしている。
唯一屋敷を逃げ延びた時に持っていた黒猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま。
「ぼくがうまれたから…しんだ。
ぼくがしんだら、みんなかえってくる?ねぇ、イリア…」
『しらない。死んだら返ってこない。
死は終わり、終わったらリセットなんてできない』
「どうしてぼくはいきてるの…?
どうしていっしょにおわっちゃだめだったの?」
『女神の魂をもっているから。
お前の器はお前のものじゃない。
女神のものだから、お前は死ねない。
運命がお前を生かそうとする、理がお前を生かそうとする』
「…しにたい、しなせて…
おかあさまと、おとうさまと…レイシーと、みんなのところに」
『行けない。お前はたとえ死んでも魂ごと保護される。
いつか、女神が求めるあの人に出会うまでは…』
「イリア、たすけて。おとうさまとおかあさまにあいたい……」
『誰もお前を許さないよ、お前がみんなを殺したんだから』
「………そっか」
レイリは今日も鏡の中の赤い瞳をする自分と会話をする。
誰にも心を開かず、どこか遠くで光を映さない瞳のまま一日ぼんやりしている。
シスター達もどう対応していいか判らず、ノエルの部屋でおとなしくしているうちはそっとしておくようになった。
レイリは今日もノエルの部屋の窓辺に置かれた椅子にちょこんと座ったままぬいぐるみを抱きしめて虚ろに外を眺めている。
最近は多忙なノエルが不在でも昼間は部屋でおとなしく過ごしているレイリだが、焼けるような夕暮れ時は火事の情景を思い起こさせるのか、ひどく取り乱す。
なので夕暮れになる前にローゼスがレイリの部屋を訪れて、分厚いカーテンを引いて夕暮れの光を遮り、昏くなった部屋でレイリの小さな体を抱きしめる。
ローゼスは虚ろなレイリの頭を撫でながら、優しく声をかけて落ち着かせるように語り掛けるが、腕の中のレイリは過呼吸を起こして苦し気に喘いでいる。
「レイリ、大丈夫だからしっかりして」
何度でも同じことを優しくゆっくり語り聞かせ、背中を撫でれば次第にレイリの呼吸も落ち着いてくる。
顔中を涙と涎でぐちゃぐちゃにしながら、ビクビクと体を痙攣させつつ、大人しくなるまで待つ。
「大丈夫よ、レイリには私もノエルもついているからね」
「っつ、あ、ぐぅ…」
「ほら、可愛い顔が台無しよ?」
レイリのぐちゃぐちゃの顔をハンカチで拭いて、綺麗にしてやれば小さな手が縋る様にぎゅっとローゼスの服を掴んできた。
荒い息を繰り返しながらも、それがゆっくり穏やかになるのを確認するとレイリの小さな体をベットにそっと横たえた。
そして小さな手をぎゅっと握る。
「大丈夫よ、大丈夫だからね。
私がそばに居るからね」
よしよしと頭を撫でながらレイリが落ち着くまで手をきつく握って声をかけ続ける。
恐怖で訳も分からず泣きじゃくるレイリが疲れ果てて気絶する様に意識を落とす。
最近は常にこんな感じだった。
電池の切れた人形の様に眠りに落ちたレイリがぐっすり眠っているのを確認すると、レイリ用の夕食を取りに部屋を後にする。
暖かな食事をなるべく用意してあげたいが、火や肉を見るのはレイリが火事や亡くなった使用人の焼死体を思い出させるのか、ひどく取り乱して怯えてしまう為、あらかじめ調理した卵やパン、スープなどの簡単な食事にしている。
まだ一人で食事をできるほど体力も精神が回復していないため、食事の世話は顔見知りで安心できるローゼスが一任されている。
ノエルが戻ってくるまでの間、そうしてレイリは生かされていた。
「レイリ、ご飯食べれる?」
部屋に戻って来てから優しい声でレイリを起こす。
光を失った深い深海の様な青い瞳がゆっくりと目をあけて虚ろにローゼスを捕らえた。
「……」
「ご飯持ってきたよ。
少しでいいから一緒に食べよう?」
何の意思もなく、レイリがローゼスを見上げると小さな口を少し開いた。
「あら、甘えん坊さんね」
ローゼスはにこりと微笑んでレイリのベットに腰を掛けてパンを小さく切って口元に運んでやると、ぱくっと小さなパンの欠片を口に含んだかと思うと暫くぼんやりした後にゆっくりともごもご口を動かした。
「大丈夫?まだ食べれそう?」
レイリは無表情のまま口を開ける。
次にスクランブルエッグをスプーンに乗せて口に運んでやる。
二、三口食べるとレイリは首を振ってローゼスの服にぎゅっとしがみついた。
「もういらない?」
「……ん」
レイリは頭を擦り付けながら小さな声でつぶやいた。
「せんせぇはいつかえってくるの…」
「ノエル?そうねぇ…そろそろ仕事が終わる頃だとは思うけど…。
アイツも色々と忙しい奴だからねぇ。
ふふ、レイリはノエルの側の方が安心できるみたいね」
にっこりと微笑んでローゼスがレイリの頭を撫でる。
「……ローゼス…いっちゃうの?
ごめんなさい、おいてかないで」
ぎゅっとしがみついて泣きながら声を押し殺す様に震えている。
「大丈夫、何処にもいかないよ。
レイリを一人にしたりしないから、泣かないで?
ノエルが帰ってくるまで一緒に居てあげるから」
泣きじゃくるレイリの涙を手で拭ってあげると、一瞬安堵した表情を見せた
レイリがもう少し幼い頃、父親の名代としてクライン家に訪れて小さかったレイリを抱きしめた事があった。
何処までも広がる広い海の様な碧い瞳。
ふっくらと桃色の頬に艶やかな薔薇の様な唇。
叔父が天使だと溺愛するのも納得できるほど愛らしい子供だった。
小さなレイリは好奇心旺盛で見たことのない物にすぐに興味を示して両親を困らせていた。
そんなレイリを知っているからこそ、ローゼスは今のレイリがどれほどの恐怖と苦痛を味わっているのか理解できる。
「本当に何があったの…」
考えれば考えるほどに不可解極まりない事だった。
クライン家は没落してきているはいえ、あのレイアの直系。
その血筋というだけで利用価値はいくらでもある。
クライン家を皆殺しにして幼いレイリだけを残す意味がどうしてもわからなかった。
ただ単に殺し損ねたとは思えない。
使用人全員が皆殺しにされているのだから、嫡男であるレイリを見逃す理由がない。
大人すら残忍に殺して証拠もすべて燃やし尽くした知能犯なら、幼いレイリなど息を吐く間に殺せただろう。
レイリに利用価値を見出して、新たな英雄に祀るならそのまま誘拐されていただろう。
クラインの血筋が邪魔だというのならレイリ諸共殺されていたはずだ。
その状況はまるで、幼いレイリが屋敷の人間を殺し火を放った様だ。
レイリは幼すぎてその身に起きたことを何一つ理解できていない。
命を狙われていないと言い切ることはできない。
どうしたらこの小さな命を守れるのか考え抜いた結果、ノエルに任せるのが一番安全だった。
「クソガキはもう寝たのか?」
思考の途中に不意に扉が開いた。
不機嫌そうに書類の束を抱えたノエルはどさりとそれを机に置いて処理をし始める。
ベットではレイリが小さく息をしながらぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら涙を零して眠っている。
「…ええ、泣きつかれて寝ちゃったみたい」
「それは静かでいい」
ローゼスがレイリをベットに横たえて布団をかぶせると、ノエルは何も言わずに書類を片付けていく。
「じゃあ、レイリをお願いね」
振り返りも、返事もしないがこうして面倒くさがりな彼が手のかかるレイリの世話をしているのだからそんな必要はない事は知っていた。
ローゼスが部屋を出ても、ひたすら書類の整理に没頭する。
夜、突然目を覚まして泣きわめくこの幼い子供のそばに居るために。