「全くお前様という奴は、とんでもなく、突拍子もなく、可もなく不可もなく、規格外じゃの」

もはや恒例行事となったウィッカからの苦言、ないし感想を聞き流しながら、シュノは今し方自分を殴り殺そうとしていた相手をやり返す。
本当なら道具の一つも使いたいところだが、あいにくここに使えそうな物はない。
故に殴る蹴る千切る削ぐという原始的な方法でやり合うしかない。
ウィッカとの会話は彼女の気が向けば応じられ、そうでなければ再び牢に繋がれるという相変わらずの生活だ。
変わるのはその拘束方法で、初めは枷だったそれが縄になったり壁に埋め込まれたりと種類に事欠かない。

「これは殺して良いのか」
「うむ、もはや我を無くした畜生に過ぎぬでな。人であれば救わねばならぬが、魔憑きという病に冒され冒涜され飲み尽くされたそれは、もはや抜け殻。人によく似た単なる魔物じゃからなぁ」

にやにやと、けれど悲しそうに顔を歪ませるウィッカの返事を聞きながら、襲い来るそれにとどめを刺す。
心臓の位置に手の平を突き出すだけだったが、シュノを三人並べてもなお厚い塊はそれだけで沈黙した。
手にした心臓という筋肉の塊はシュノの手の上で脈打っていたがそれも握りつぶす。
今回は壁に枷を突き刺すという簡単なようで硬い緊縛から抜けてきた後なので、とにかく疲れた。
その場に座り込み、汗や血で汚れた髪をかき上げて視界を確保する。
ウィッカは表情を変えながら、けれど気にした様子も無く毎度形の違う下僕に掃除をさせた。

「それで、魔憑きってなんだ。俺の、器?とは違うのか?」

物を教えると言ったわりに自分から情報を何一つよこさないウィッカに、疑問を投げかける。
そうしないと彼女との会話は成り立たない。
能動的なようでいて受動的、それがウィッカだ。

「器は器、魔憑きは魔憑きじゃなぁ。どちらも魔に堕ちる、あるいは魔に至るという点では同じ。だがそもそもの成り立ちが違う」
「成り立ち」
「ほれ、魔物は瘴気が生み出すと言ったであろう。瘴気が魔を形作ると言ったであろう。あれがな、人体に入り込みコブのようになるのが魔憑きじゃ。人には魔力があるでな、瘴気が身に巣くうことは元来ありえん。魔力はプラスの力、瘴気はマイナスの力と思って良い。あるいはS極とN極、惹かれ合えど、殺し合えど、影響し合えど混ざり合うことは無い」
「ぷらす……えす……? だが、これが居るだろう」
「うむ、故に自然では無いなぁ。瘴気は魔力を解かし飲み込むが、魔力は瘴気を弾き解かす。ま、相反する力よ。摂理を超えた存在よ。それだけなら魔族という例外が居るが、器はそちらに近いの」
「まぞく……また新しいのが出たな。瘴気があると駄目なのか」
「人であり、魔でもある、魂を持つに至った魔物が魔族じゃな。あれらは一過性で繁殖する者では無いから増える事はマレ。繁殖したとてそれは下僕でしかない魂のない魔物よ。瘴気はこの世界が出来た時からある故、駄目という訳では無いなぁ。瘴気は魔力に、魔力は瘴気にと循環する事でこの世界は成り立って居る」
「……なるほど」

だから人である冒険者は魔物を狩るのか、と何と無く理解する。
魔物が人間を襲うのは、瘴気のとかしのみこむ、とかいう性質の性だろう。
冒険者が魔物を狩ればそれらは形を失い、はじきとかすという事になるのだろう。
それらを自分の中で咀嚼しながら、結局最初の疑問には何ら答えていない事に気付く。

「おい、結局その瘴気が人間に入るとどうなるんだ」
「超常の力を得るな」
「ちょうじょう?」
「腕にそれがある者は腕力が、足にそれがある者は膂力が、目にそれがある者は魅了など」
「へぇ……便利だな」
「そうでもないぞ。言うたであろう、いずれ瘴気は飲み込むと。まず精神が持たぬな、それに迫害もある。人間は異質を嫌う性質、致し方なかろう。次に肉体が変容し、最終的には魔物に成り果てると思われる」
「ふーん……ん? 思われる?」
「うーむ、そこに成り果てた者はワシも知らん。とんと覚えが無い。いやはや、やはり根源から分かたれ神毒を受けた影響じゃな。今のワシには情報を更新する術がない。どれもこれも、いにしえの賢知という奴じゃ。ワシに出来る事、せねばならぬ事はそう多くもない。人を救い、人の助け手となり、大多数の人の味方となる事。総評で人を侵害してはならんという事じゃ。そのついでに、情報の更新と魔へと堕ちた者を処して居る」

これまでのウィッカの言から、彼女が人では無いという事はよく分かった。
多少長く生きている事も、時折底知れない力を見せる事もよく分かった。
けれど、その精神のあり方だけはよく分からない。
ここにはシュノが出会ったことは無いが、多くの気配がある。
恐らくはそう少なくない魔憑きがシュノと似たように閉じ込められているのだろう。
閉じ込めてどうするのかというと、食事を与えるなどをしてとにかく生かす。
そして一人一人、じっくりと、どういう類いのそれなのかを確認し、一人ずつ何かをする。
何かをして、どうにかなると、ウィッカはそれを処分する。
つまり、

「あんたは何をしているんだ?」
「ワシか? 見て分かろう、魔憑きを救おうとして居る。これでも堕ちるまでは人じゃからな、救わねばなるまい。この世界、こちら側、この大陸には存在せぬが外科摘出手術をする事でコブを取り払い、瘴気を取り除いて居る。そしてそれを成した個体の全てが魔へと堕ちるに至ったため、処して居る」

殺すためではなく生かすためにコレを続けている、という言葉に驚いた。
むしろ殺したくて魔に突き落としてるの間違いでは無いかと。
げかしゅじゅつとやらが何かは知らないが、ウィッカと会話をする為にシュノが殺してきた彼らは苦しんでいた。
そしてウィッカは、慈愛に満ちた顔で、憎悪に満ちた顔で、悲哀に満ちた顔で、喜悦に満ちた顔で全てを行っている。
彼女の中でも整理のつかない感情が溢れているのだろう。
けれどどこまでも受動的なウィッカは、情報を更新しないと他に手段がないのだ。
なるほど、あまりにも意味が無い。
自分の中で納得したシュノは、それら全てに興味が無かった。

「結局、器って何の器なんだ」
「ああ、言っておらなんだか? 魔王の器じゃよ」