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幽霊塔の吸血鬼 10




馬車に揺られているうちに眠ってしまったのか、シュノは王都の教会前で御者に起こされた。
数日間まともに眠っていなかったせいか、レイリの行方が判った安堵からか随分ぐっすり寝てしまったらしい。
シュノは御者に礼を言って降りると、教会に向かうことにした。
教会の入り口には、朝早いというのに一人のシスターが箒を持って掃除をして居た。
「あら、遅かったのね。」
シスターはシュノに気が付くとにっこりと笑ってそう言った。
「レイリなら中に居るわよ。」
教会の扉を開き、まるでついてこいと言わんばかりに歩き出すシスターに、シュノは黙ってついていく。
さすがに教会の空気はシュノの身体には辛いものがあるが、レイリに会いたい一心で気だるい身体を動かした。
王都の教会は広く、礼拝堂の横のドアから神父やシスターが暮らす居住スペースになっており、レイリの部屋の前まで案内されるとシスターはノックもせずにドアをあけて中にはいるように視線で促した。
「レイリ…?」
「あ?」
部屋の中には確かにレイリが居た。
ただし、中身が違った。
「何だ、シュノか。
レイリじゃなくて残念だったな」
イリアはベットの上で片膝を立てながら窓の外を眺めていたが、シュノに気が付くとニヤリと笑った。
「つか、よくここが判ったな。」
「レイリが屋敷以外に帰る場所はここしかねぇだろ。」
「違いねぇ。
街で捕まった時はどうしようかと……」
イリアの言葉を遮るように、シュノがイリアを抱き締めた。
「もう、お前でもいいから、このままで居させろ」
シュノの腕の中に収まると、イリアはその赤い瞳を柔らかく揺らして目を閉じた。
「まぁ、お前が来たら返してやるつもりだったけど…」
そう呟くと、急に全身の力が抜けたようにぐったりした。
「イリア?」
しばらく呼び掛けても反応しないので、頬を何度か軽く叩いてみると、ゆっくりと青い瞳が開いた。
「しゅ…の」
掠れた声で呟くのは、紛れもないレイリだった。
「僕は…夢を見てるの…?」
「夢じゃねぇよ、心配かけさせやがって…このバカ…」
ぎゅっと離さないようにレイリを抱き締めると、レイリがそっと背中に腕を回してきた。
「ごめん…」
「どうして突然居なくなったんだ」
「ごめん…ごめん…」
泣きながらレイリがシュノにしがみつくので、それ以上何も言えずにきつく身体を抱き締めた。
嗚咽を漏らしながら、震える小さな身体は以前よりも細く骨張っている気がした。
「少し痩せたか?
アイツらに何か怖い亊されたのか?」
「ん…平気、なにもされなかったよ。
ただ、ご飯が食べたくなくてそれでかも」
「皆お前を心配してる。
帰ったら、レシュオムがパンケーキ作ってやるとさ。
ハチミツとクリーム一杯かけて、好きなだけ焼いてくれるっていってたから」
「うんっ…帰りたい…」
すすり泣くレイリの頬を撫でて涙を拭うと、レイリがようやく顔をあげた。
「イリアが…何かシュノに酷いことしたんでしょ?」
レイリがシュノの着物をぎゅっと握りながら呟いた。
「別に、酷いことじゃない」
「朝起きたらシュノがぐったりしてて…
羽も出てたし、イリアがシュノを無理矢理抱いたって…
だから僕…その…シュノに嫌われたんじゃないかと思って……」
「バカだな。そんなことで嫌いになるわけないだろ…
……本当に…心配したんだからな…」
抱き締める力が強くなるのを感じて、レイリは改めてシュノに愛されていると感じて、そんなシュノの気持ちを疑った自分を恥じた。
「ごめん…本当にごめん…」
「もういい、お前が無事ならそれでいい」
シュノの温もりを感じて、レイリは安心したように目を閉じた。
「ほんとはすぐにでも帰りたいんだけど…
羽を切り落とさないと駄目だから…」
「切り落とす…?なんで?」
「ぼくはまだうまく羽を隠せないから…
このまま街に戻ればまた捕まるし、このままだと色んな亊に影響を受けやすいんだって」
レイリの話では、幼い天使はや混血は常に魔力を垂れ流している状態で、悪魔の格好の餌になる。
「今までも、何回か羽が出ちゃったことがあって…
羽って天使には重要な役割がある器官なんだ。
天使であるって証明になるし、力の源みたいなものなんだって。
だから、僕みたいな中途半端な存在が羽持ちだとただ力を垂れ流しちゃうから、羽を切って力の流れを遮断するの」
「羽、切るの痛くないのか?」
レイリは泣きそうな顔でシュノを見上げた。
「………めっちゃ痛い」
「なら、そのままにしとけ。
俺が絶対守ってやっから」
シュノはレイリをぎゅっと抱き締めて頭を撫でた。
「…ん…でも…」
「それ、可愛いからそのままで良いって。」
優しく撫でられる手に、心地好く目を閉じてると嬉しそうに羽をパタパタ揺らした。
それが妙に似合っていて、羽を優しく撫でると
「ひぃんっ!」
ビクッとレイリが驚いて身を縮ませた。
どうやら羽は敏感のようで、それも根本に近いほどレイリは最中のような甘い声で鳴いた。
「……ふぅん…」
シュノはにやりと笑って羽の根元をぎゅっと掴んだ。
「ひっ、あぁんっ!」
レイリが体を震わせながら、涙目でシュノを恨めしそうに見上げる。
「それは、反則だろ…」
「だから嫌なんだって、ばぁ…
んっ、ふにゃ…」
だんだんレイリの体から力が抜けてきて、シュノにもたれ掛かるように倒れ込むと、頭を優しく撫でながらシュノがレイリを抱き締めた。
「もう無理、我慢しようと思ったけど無理だ」
「ふぇっ…や、はね、はねはぁっ…羽はらめぇぇ!!」
羽の根元を弄るだけでレイリは蕩けたような甘い声を漏らした。
確かにこれは、危険かもしれない…。
シュノは内心そう思いながらもレイリの羽をぎゅっと握る。
レイリは最早自力で体を支えられない程にふにゃふにゃと倒れ込んだ。
頬を赤く染めて、見上げる。
「ああ…これは、ヤバイな…
可愛すぎてどうにかなりそうだ」
「ちょ、ホンともう…やめ…」
「その辺にしとけクソガキども」
今にも致すという寸前で止められて、シュノは不服そうに声の主を睨んだ。
「まさかテメーがレイリと契約するとはなぁ。」
タバコをふかしながらにやにやと意地の悪い笑みを見せた男に、シュノは視線をそらした。
「あんたに関係ないだろ。」
「まぁな、ただレイアの思惑通りに事が運んで面白くねぇのは事実だな、つまらん」
「俺はあんたのおもちゃじゃねぇよ」
二人の間で首をかしげるレイリはシュノを見上げた。
「シュノ、先生と知り合い?」
「……こんなやつ知らね」
「俺だってこんな可愛くないガキは知らん」
そう言って、男―ノエルはレイリに近寄ると首根を掴んだ。
「ひぁあ!?」
「吸血鬼なんかと契約なんてするからレイリの力が中途半端に覚醒しちまったんだぞ。
しかも麓の街で既に正体までバラしやがって、このバカが」
「不可抗力ですよぉ!僕悪くないもん!」
じたばたしながら抵抗を続けるレイリを、ノエルはずるずると引きずった。
「まてよ、レイリをどこにつれてく?」
「あ?羽落とすんだよ。」
ズルズルと引き摺られるレイリはそれを聞いて抵抗をやめた。
「無理に落とす必要ないだろ!?」
「あるから言ってるんだ。
レイリは、レイアとシュリの魂を宿してるんだ。
あれほど強大な相反する力をその身に宿しているんだ、器がただの人間なわけないだろ。」
「……は?…どういう…?」
「レイリの器は天使が人間の女を孕ませて出来たガキだ。
つまり、どういう事か判るな?」
ノエルの言葉にシュノは黙った。
黙ると同時になぜシュリがそれを許したのか判らなかった。
「シュリは…知ってたのか?」
「知ってるよ、アイツがレイアのする事を咎めると思うか?
巡り巡ってそれは全てがアイツのためなんだからな。」
「ねぇ、どういう事?
先生、僕はただの混血じゃないの?」
ノエルは掴んでいた手を離した。
「お前は本当に頭が花畑なのか?
レイアが人間の女にお前を生ませたんだ、それもただの女じゃない、巫女の血統の女だ。
だから、お前の体はレイアに馴染みやすいし、他の奴等が入り込みやすいんだよ。」
「……だから、今まで羽を?」
「そうだ、レイアは天使にとっては大罪人だ。
だからお前からレイアの痕跡を残すものが少しでもあればお前は天使からも人からも悪魔からも狙われる。」
「……シュノ…僕、知らなかった…
こんなに自分が面倒な存在だって…」
「面倒だと思ったらこんな場所まで迎えに来ねぇよ。
今さらお前が何であっても手放す気はねぇ」
「シュノ…ありがと…」
レイリの体をきつく抱き締めれば、震えているかと思ったその小さな体はしっかりとシュノの背中に手を回した。

レイリは自らの意思でノエルに付いていった。
教会の礼拝堂から、小さな入り口をくぐり地下へ向かう。
シュノも一緒に付き添い、レイリの体を抱き締めた。
いつもの見慣れた部屋。
石畳の冷たい部屋には血の匂いがこびりついている。
それでも空気が淀んでいないのはこの空間が浄化してると言うことになる。
レイリは用意された椅子に座る。
痛覚を遮断し、激痛でショック死しないようにか、レイリの首もとに注射をうつ。
30分ほどして、うつらうつらとしてきたレイリがぐったりと意識を落とすと、羽の付け根をきつく紐で縛った。
「ずっと、こんなことしてたのか…?」
「初めて羽を出したのはこいつが9歳の時だ。
泣きわめくレイリを無理矢理抑えて羽を落とした。
何で俺様がこんなめんどくせぇことをやらなきゃならねぇ。
全てはレイアが悪い。俺の言うことを聞かずに堕天したあげくテメェのガキを俺様に押し付けやがって。とんだバカ弟子だ。」
「あんたにしか頼めないだろ、こんなこと。
元天使長殿。」
「過去の話だ、俺様は彼処が嫌で羽を落とした。」
完全に眠ったレイリの羽を広げると、ノエルはシュノを見た。
「お前が切れ。」
「は?」
「お前の花嫁だろ、ならお前が処理するのが当然だろ」
そう言ってノエルは転がしたレイリのシュノに投げつけた。
「普通はな、羽なんて何度も生え変わるもんじゃねぇんだよ。
一度落とせばそれで終わりだ。
天使でも吸血鬼でも人でもない…
言うならこいつは化け物だ。」
「何が言いたいんだ?」
「せいぜいもて余さないようにしろ、俺様はもう面倒みてやるつもりはねぇ」
それは、遠回しな親心だ。
シュノがレイリを捨てればレイリに待つのは無惨な死か、一生他人に怯えていきる生活だ。
「さっきも言っただろ、手放すつもりはねぇ。
受け入れてやるよ、全部な」
眠るレイリの額にキスをして、シュノは刀でレイリの羽を切り落とした。




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