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不思議のダンジョン 7

灰が降る中、崩れかけた居城のかつては煌びやかであっただろう中庭で。
お前が今にも死のうとしている。
音はない。
世界が終わりの白に染まっていく中、お前の紅だけが鮮やかだ。

「どうして」

言葉になったかは分からない。
けれど、応えるようにまつげが震えて、青い瞳が見えた。

「……ぁ、」
「なんだ」
「ぁなた、が……ぶじで、よかっ……」

見慣れた泣き顔ではなく、本当に嬉しそうに、幸せそうにお前は笑う。
どうして、死にかけの今になって、そんな表情をするのか。
どうして、お前が死にかけているのか。
神はお前を取り返そうと、手に入れようと矛を振るったのに。
殺し合いの間際、相打ちになるだろう一撃を受けたのはお前だった。

「たすけ、れて……はじめて、うれし……」
「もう、いい。話すな」
「はじめて、だったの……あなたが、あなたの、そば……しあわせ、でした」

満足そうに、笑いながら、死のうとしている。
言葉が届かない。
温もりが遠くなる。
彼女の存在が、光りになって消えて征く。
側に居たことが幸せだったというのなら、それは。

「……俺も、だ。お前が居て、お前と居て、幸せだった」

だから、彼女が完全に消えてしまう前に。
自分の胸元を上から握り締め、自分の心臓を抉り出した。
魔王の核となるこれを捧げ、お前に約束を送ろう。

「もう一度、お前に会いに行く。今度こそは」

お前が好きだと言った花畑に、二人で行こう。
同じ人間となって。
愛らしいと喜んだ花を、お前に贈ろう。

「シャリテ、お前を――」



長い夢を、見ていた気がする。
口に残る鉄の味と、僅かな温もり。
頬にが触られていると気付いて、何度か瞬きをすれば周囲がよく見えた。
視界の端に揺れる稲穂の金糸が、柔らかく手触りが良いのを知っている。
記憶にあるそれよりも煤けて血が絡んでいるのは何故だろう。
そして何より、シュノの頬を両手で挟んで口付けられているという、この状況は何だろうか。
口の中に残るのは血の味だろう。
そして、シュノの刀はレイリの腹部を鍔部分まで深く突き刺していた。
辺りに散った紅い華が、先程の夢と既視感を覚える。

「レイ、リ……」
「シュ、ノ? ……よかっ……」

身動ぎをする度に刀が身体を傷付け、痛みが走るのだろう。
背を支えて身体を離し、刀を抜きさろうとして戸惑った。
けれど小さくレイリが笑って刀を握るシュノの手に手を添えた事で、一気に引き抜く。
赤い花が宙に舞い、けれどそれ以上は広がらずにレイリの傷も治癒をしていった。
レイリは尚もぐったりと全身から力を抜いて、支えるシュノの手に身体を預けている。
今は、その温もりと重みが愛おしい。

「悪かったな」
「気にしないで、僕がしたくて、やった事だから……」
「そうじゃなくて」

多分、何を言ったところでレイリは理解出来ないだろう。
長い夢の中で見た魔王と女神の話など、当事者ですら覚えている者は居ないのだから。
何より、今はシュノとして、レイリが愛おしいと分かるから。
それだけで十分だろう。
きっかけは遙か昔の名残だとしても、今のシュノが惹かれたのは今のレイリだ。

「出発前。お前を、傷付けた」
「あれは……本当の、ことだから……」
「だとしても、お前が弱いのは……お前のせいじゃない。努力は、してるだろ」

それまでの突き放す言葉から一転、レイリのしている事、したい事を努力だと認められてレイリは驚いた。
一体何があったのかと、きょとんとシュノを見上げてしまう。

「シュノ……どうしたの?やっぱり僕の血でおかしくなった!?」
「は? お前……いやに鉄臭いと思ったらお前の血か」

ぺろり、と口の端を舐め上げる様を真下から見たレイリは、かっと頬が熱くなるのが分かった。
シュノはそのままでも端正な顔立ちなのが、更に色気を感じて縮こまる。
気になるのに直視が出来ない為、ちらちらと様子を見るようにしてしまう。
そんなレイリを見下ろし、シュノは小さく微笑んだ。

「なんだよ」
「え、あの……やっぱりどこか、おかしくなったんじゃないかって……」
「おかしく、は……まあ、なったな」
「嘘、どうしよう!?」
「でもまあ、悪い気はしねぇ。今までのは、まあ……八つ当たりだ。悪かった」

明らかに優しくなった眼差しと頭に乗せられた手の重みに、頬を染めながらレイリは頷いた。

不思議のダンジョン 6

白ウサギが案内する、列車というトロッコを人が乗れるように改造した物に乗ること五回。
開いた扉を抜けた先はその階層の中央に送り届けられ。
再度列車に乗り込もうと思うなら、その階層の駅を探さなければならない。
そんなまか不思議な空間をさ迷い続け。
似たようなエリアを通り抜けると、それまでの少女趣味の階層とは違った場所に出た。
人より大きなサイズの靴、本、スプーンなどの数々。
まるで自分が小人になったような既視感に、脳が混乱する。
出てくる敵もトランプから果物と動物が組み合わさった物へと変わり。

「なるほど、今度はガリバー旅行記か」
「……これも異世界の?」

聞いた事の無い名前にレイリが伺い見れば、うぐいすは黙って頷き返す。
先程も異世界が関わって居たのは、単なる偶然だろうか。
けれど考えをまとめようとする前に、彼がそこに居た。
中央の噴水を見つめるように、こちらに背を向けて。

「シュノ!!」

背に流れる紫銀の髪、故郷の村のものだと言っていた珍しい布の羽織。
走り寄り、無事を確かめようと身体に触れる。
普段なら人肌を嫌うシュノに振り解かれる筈の手は、身体の横に力なく下ろされたまま。

「しゅ、の……?」

正面に回ったレイリが見上げた先には、何も映さない菫色の瞳が空を見つめていて。
違うけれど、似通った人をつい先頃見たばかりで。

「う、そ……」

誰よりも強くて、精神的にも達観していると思っていたシュノが。
人形の様にそこに立っていて、

「シュノ?」

道の奥から掛かった声に、シュノの指先がピクリと揺れた。
姿を現したのは左右だけが長い、緋色の髪のショートヘアの女性で。
どうしてここに居るのか、という事と男性の筈では、という混乱で動きが固まる。
なのに、緋色の人物はにやりと見慣れた笑みを浮かべ、

「なんだ敵か。シュノ、片付けろ」

敵、誰が、誰の敵、そもそも敵とは、彼、いや彼女にとって敵とは誰か。
思考が空回りをした瞬間、バチンと熱い物が頬に当たってレイリの身体が跳ね飛ばされた。

「レイリ!! シュノ、どうして――え?」

一瞬のうちに見失っていたレイリを見付けた面々が走り寄り、鶴丸が声を掛けようとして固まる。
見知った筈の人物の、見知らぬ姿。
何よりもこんな所でこんな風に出会うとは思っていなくて。
更に声を掛けるよりも早く、シュノが腰に刷いた刀を抜き放つ。
構えもなく自然体で、刀を持つ手をだらりと垂らしながらふらりと前に倒れ掛け、

「――グゥッ!?」

レイリに向かって腰を落として直進、というより飛び込んできた所を鶴丸が短刀を逆手十字に持つことで刀を受け止める。
ただ単に刀を振り下ろした、という安直な動きなのに、動きが圧倒的に速い。
庇われたレイリは、信じられない思いでシュノを見ている。
標的としてレイリへ向けるシュノの瞳は昏く、何の感情も表さない。

(先生は、覚悟を決めろって言っていた)

それは、こんな形では無かったかも知れない。
けれど今ここで動かなければ、もっと最悪に、大切なものを失うかも知れない。
それなら、

(僕は、迷わない)

腰に差したレイピアを引き抜き、鶴丸の横から突きを繰り出す。
後ろに大きく跳躍したシュノに軽々とそれは避けられ、間が出来た。
背後に居る女性はその様子を見、笑みを消して背を向ける。
この場をシュノに任せて去ろうとするのを、見失ってはいけないとレイリは判断した。

「鶴丸、うぐいす!」
「任せておけ」
「え、でも、レイリは……!?」

走り出すうぐいすの横で、鶴丸がたたらを踏んで振り返る。
レイリはシュノから目線を離さずに、身体を半歩ズラしてレイピアを前に構えた。

「僕がシュノを抑える。必ず後から行くから」
「シュノをって、そんな……」

シュノと組むことは無いけれど、鍛錬で彼の実力の一端を知る鶴丸は青い顔をする。
けれどレイリだって実力が劣るわけではない。
多くは無いけれど遠征に行くこともあり、魔物を相手取る事もある。
それに、誰にも言ってはいけないと言われた奥の手がレイリにはあった。
シュノを相手にすればどれだけの被害があるか分からないが、その奥の手に頼れば間違いは無い。
その為には他に人がいない方が都合が良い。

「黒葉、彼らを……彼女を頼みます」

気の置けない先輩であり、兄であり、全幅の信頼を寄せる人物に後を託す。
尚も気が引けて残ろうとする鶴丸の背を押し、黒葉が走り抜けた。
後に残ったのは虚ろな瞳を向けるシュノとレイリだけ。

「絶対に、きみを連れて帰る」

覚悟なら、決めた。
後は行動するのみだ。



シュノの剣筋は、光りが踊る様に滑らかで。
シュノの躍動が、まるで舞いを踊っている様に軽やかで。
シュノは、シュノは、こんな雑な戦い方はしない。
息が詰まるほど瞬間的に、圧倒的で、刹那的なシュノの戦い方が、僕は好きだ。
だからこそ、糸の付いた人形みたいな戦い方をさせる相手が許せない。



レイピアと刀、点と線の打ち合いはシュノの方が優勢で。
上段から振り下ろされる一撃を跳ね、次いで打ち込む。
けれどそれを見えぬ剣線で払い除けられ、斬撃がレイリの頬を掠める。
微かな血の跡を残したそれは、瞬きの間に消えて無くなった。
レイリの奥の手は並外れた自己治癒能力だ。
聖職者の使う癒しの術よりも早く正確に、どれだけ深い傷だろうと、それこそ欠損であろうと治せてしまう。
致命傷ですら何事も無かったかのように治るそれを、ノエルは再生の力だと言った。
教会が認める、失われた女神に由来する能力。
再生出来るのは個人のみとはいえ、過ぎた力は他者を惑わし破滅を呼ぶ。
故にレイリは教会に、ノエルに預けられてからはずっと、能力を抑える術を学んでいた。
日常ではそれを抑え込み、ノエルと兄弟子である黒葉だけが知っている秘匿としていた。
だからこそ、その力を十全に使える状況でならレイリに負ける要素はない。

(でも、負けないだけじゃ駄目だ)

完全な消耗戦ではいずれ力尽きる。
それが体力か、精神力かの違いでしかない。

(先生は、血を媒介にした再生の力だと言っていた)

血に宿るから、それが尽きぬ間は権能を与えると。
もし、この力が本当に血に宿っているのなら。
あるがままの魂の形に戻す再生の力があるのなら。
一か八かの賭けに、レイリは乗ることにした。

不思議のダンジョン 5

未開の地へ行くに辺り、空の遙か彼方にある土地へ行くための手段が問われた。
結果として、ブランの近くに在るダンジョンの最下層に扉がある事が判明。
隊員を集めている間に収集した情報から、魔術だとすると起点があるはずだという事から調べた結果だ。

『恐らく、ブランダンジョンの内部はガタガタだろうな』
『先生、見てないのに分かるんですか?』

レイリは今、突入準備の傍らでノエルと念話を行っている。
声に出さずとも意識を傾けるだけで特定の相手との会話が出来る念話は、神の加護の一つだとされていた。
傍受される事もなく、妨害される事も稀なそれは、内密の会話には丁度良い。

『こんだけ大規模の改変やらかしてんだ、予想は付く』
『そうなんですね』
『あそこでは何度か魔竜が確認されてたな、今も起きてる可能性がある』
『じゃあ別働隊に周回と討伐をさせます』

一つ一つ、確認をしながら足取りを決めていく。
普段はここまでノエルが口を出すことはないので、内心の警戒度が窺えた。
それと同時に、やはり経験者からの忠告は有り難いと思う。
レイリだけでは、シュノはどうなったのか、ヒスイは、国永を解放するためには、と同じ所で思考が止まりそうになる。

『シュノは生きてる』
『え?』
『他の遠征隊は知らねぇが、シュノは生きてる』
『……どうして?』
『あれは化け物だ』
『――そんな、そんな言い方!?』
『良いから聞け』

面倒くさそうに掛けられる念話に、叫びだしそうな口元を抑えて呼吸を整えた。
昔から、ノエルは不思議な事を言い当てていた。
たんに勘が鋭いという以上の事も。
まるで見てきたかのように語り、時には救いを与えてきた。
ずっと側で見てきたからこそ、ノエルが言う事に嘘はないと分かる。

『起源は流石に分からんが、あれは人の殻を与えられた化け物だ。よくぞ擬態させたと思う』
『……っ』
『だからこそ、次にシュノに会うことがあったらどうするか、覚悟を決めていけ』
『覚悟……』

恐らくはノエルなりの最大の助言。
人よりも多くを知るからこそ、見えない苦悩もあっただろう。
それならば、レイリがする事は一つ。

『いってきます』

腰にレイピアを差し、前を向くだけだ。



周囲を見回したレイリは、それまで見た事も無い光景に唖然とした。
愛らしいピンクのカーペットに、沢山の花の数々。
時にはお茶会をしていたらしい会場まで見受けられる。

「これが……あの空中の島?」
「随分と少女趣味というか、可愛らしいな」

一緒に来ていた鶴丸、黒葉も物珍しげに周囲を見回していた。
うぐいすだけは首を傾げて何事かを考えながら道を歩いて行く。
案内もないのにすんなりと歩いて行く彼に、索敵だけはしっかりとしながら後を追う。
何度か出会った魔物はトランプのカードに頭が着いた擬人であり、背中に溶けかかったロウソクを乗せたネズミであった。
トランプ兵は武器こそ槍や剣、盾や弓など普通の編隊と変わらない。
そうして行き着いた島の端、無人の線路と小さな家があり。

「ああ、やはりそうか」
「え、何?何がやっぱりなんだ?」
「っていうかうぐいす、知ってるの?」

家に張られた標識を見た瞬間、うぐいすが納得したとばかりに頷いた。
そこには愛らしい文字で、

『不思議の国駅』

と書かれて居る。
うぐいすが語るには、これのモチーフとなったであろう書籍が存在するという事。
それは一般に出回る物ではないので、知っている者は限られる。

「噂によると、その本を書いたのは異世界からの渡り人らしい」
「異世界からの……それで変な感じがするのか」

鶴丸が納得したとばかりに頷き、そわそわと辺りを見回す。
書籍が子供向けの絵本だったという言葉の通り、お菓子で出来た家など子供が好きそうな物が沢山あった。
状況が状況で無ければ一行は楽しく探検していただろう。
そして線路を検分していた黒いローブの男性が近寄ってきた。

「痕跡を辿りましたが、この駅を通ることで次のエリアへと移動をする様です」
「それって、エリア毎に移動を進めると黒幕に繋がる?」
「黒幕かは分かりませんが……この空間の中心点に近付ける仕様にはなってますね」

銀色の髪に涼しげな目元で話すのは、王国の守護者と名高いマグノリア家からの監視であり戦力である参謀だ。
ゼクスは魔術師であり研究者でもある為、こういった状況での解析に長けている。
中心点、と言われて首を傾げるのはレイリだ。

「単なる島じゃないの? 外からは一つの影しか見えなかったけど」
「そうですね……ミルフィーユのように折り重なっている、と言えば分かりますか?」
「重なってる……わりに普通の空で、他が見えないのは、隠されて――」
「――誰だッ!?」

ゼクスと並んで考察を深めていたレイリを遮り、鶴丸が短剣を投擲する。
いつの間にか戦闘態勢に入っている彼の手には2本、更に反対の手に4本の短剣が握られていた。
誰もが警戒を怠っていた訳では無いが、盗賊なだけあって鶴丸の索敵能力は高い。
見える範囲には生け垣しかないようだが、ナイフが飛んでいった方向からガサガサと音がし、

「す、すみません……あの、すみません……」

出てきたのは、大剣を背負った白金の髪に青灰色の瞳の一人の少女だった。
見覚えのない姿に敵かと思いきや、慌てた様子でゼクスが歩み寄る。

「レシュオム!? どうしてこんな場所に……いえ、それより何故着いてきたんです!?」
「すみません、ゼクスさん。あの……当主様が、皆さんが危ない場所に行くって……」

体格に恵まれた訳でも無いゼクスの胸ほどの身長が、幼さを物語っている。
ゼクスが知っていたこと、当主という言葉を聞く限り彼女もマグノリアの一員なのだろう。
そういえば遠くの島国より迎え入れた少女が居ると耳にしたが、その子供だろうか。
だとすればまだ成人前、冒険者の称号すら与えられる前だろう。

「ゼクス、その子は?」
「はぁ、ええ……マグノリアの子です。迎え入れたばかりで、まだ未教育ですが」
「マグノリア……って、ちっさ!?え、こんな小さい子があの戦闘集団の……?」

鶴丸の驚きにレイリは首を傾げ、そうして一つ思い付いて苦笑を浮かべた。
王国の守護者と名高いマグノリアは、別名戦闘の鬼とも呼ばれている。
全員が戦いに長けた強者であり、貴族でありながら血筋ではなく養子を取るという方法で一族を増やしていた。
故に一人一人が有名であり、今代は特に大人が多かったためだろう。
まるで血に飢えた狼に出会ったような驚き方に、一部からはため息が漏れた。

「私、騎兵隊の隊長さんに言いたい事があって……」
「え……僕? それでこんな場所まで追ってきたの?」

そういえば、この浮島へ来るにはダンジョンの最奥へ行く必要があったのだけれどどうしたのだろう、と頭の片隅で思う。
目覚めた魔竜討伐に残してきた面々が殲滅をしている隙を伺ったのだろうか。
それにしても、誰か一人でも見掛けていれば間違いなく止めただろう。
不思議に思っている間にレシュオムは小さな身体で跪き、両手を組んで祈りの格好を取った。

「我が剣、我が盾、我が命は貴方の為に。私、レシュオム・マグノリアはレイリ・クラインを我が主とします」

ふわり、と微かな風がレシュオムのポニーテールを揺らし。
言葉を無くして見守る面々の前で、レシュオムが立ち上がって満足げに微笑んだ。

「レシュオム、貴方という人は……ッ!!」
「すみません、ゼクスさん」

謝罪を口にしながらも、先ほどの様な気弱さはどこへいったのか。
むしろ鶴丸や国永がイタズラを仕掛けた時のような快活さでレシュオムは笑う。
一体今のは何だったのか、と置いてきぼりな鶴丸やうぐいすは首を傾げた。

「マグノリアの者には、番の様に一人一人に定められた主が存在します。今のはその主に捧げる宣誓で……」
「生涯の中で主に会う確率は高くありません。なので、主人が未判明の方は、平等に国の組織へ就くと聞きました」
「え、っと……それって? レシュオム、きみ、何歳?」
「13です」

何か重大な事を聞いた気がするのに頭が回らず、思わずで聞いた年齢に目眩を覚える。
この国では成人を15歳と定めており、つまり少女はまだ未成人と言う事になる。
未成人の、しかも愛らしい少女の主。
なんだか危険な気配がした。

「危ない場所へ行くと聞いて、どうしても我慢出来なくて……」
「だからと言って、こんなだまし討ちの様な真似をして良いとでも?」
「こうでもしないと、騎兵隊へ就けないと思って……もうゼクスさんが居ますし」
「僕のことは兄と呼ぶように言いましたよね」
「は、はい……えっと、ゼクス兄さん」
「え、そこ?今注意するのそこなの?」

危ない場所へ来た事や突然の宣誓よりも気にするべきはそこなのかとレイリは心底呆れを感じる。
どうにもズレた兄妹だ。
武器を持っているにしてもマグノリアに入ったばかりの女の子が居て良い場所では無い。
けれどレイリの困惑を余所に、

「みぃーつけたぁー」

甘い声が背後から響いた。
見た目だけはレシュオムと同じくらいの幼い少女が、宙に浮かんで笑っている。
尖った耳はその種族が魔女である事を表していた。
場違いなほど愛らしいエプロンドレスに、胸に抱いたクマのぬいぐるみ。
一見すると無害そうな少女に、振り返り様にゼクスは魔術で岩の固まりを作りだして放り投げ。

「ええ、レシュオムは強いので」

いつも通り涼しげな声で、本を構えて魔女に対峙する。
真っ直ぐに飛んだ岩は宙を飛ぶ少女の脇をすれすれに飛んでいき、

「なぁに?当たらないじゃなぁーい」

小馬鹿に笑う魔女に同じ魔術を更に繰り出していく。
目線で、レイリに先へ行くように促しながら。
このまま置いて行って良いのか迷ったが、宙に居る魔女に迫る影に気付いた瞬間、驚きに目を瞠った。

「ええ、当たりませんよ。足場ですから」
「あしばぁ?」
「本命は、」
「――後ろです」

巧妙に岩の影に隠れながら、魔術で作られたそれの間を飛び回って着実にレシュオムが迫っていたのだ。
いつの間に抜いたのか、背後の大剣を両手に構えていた。
腰を思い切り振り絞り、回転の勢いを付けたまま上段から振り下ろす。
隙を付いた一撃はしかし、魔女がすんでの所で躱す。
一旦地へと降り立ったレシュオムは、けれど小さな身体を生かして這う様に走り抜けた。

「早く行って下さい、邪魔です」
「二人でやる気か!?」

短剣を構えながら今にも飛び出そうとする所をうぐいすに止められながら、鶴丸が吠える。
目線は魔女とレシュオムから外さないまま、ゼクスは頷いた。

「あの子は強いですよ。僕では勝てません」

一瞬、言葉の意味を計りかねて鶴丸が固まり。
その隙を見てうぐいすが鶴丸を担ぎ上げ、レイリに向かって頷いてみせる。
レイリもその様子を見、二人を信じる事に決めた。

「分かった、頼んだよ!」
「ええ、頼まれました」

かくして、第一の魔女はマグノリアの兄妹が相手取ることとなった。

不思議のダンジョン 4

思いも寄らぬ好機に恵まれ、コーラルは内心の興奮を抑える事に神経を集中させていた。
心にあるのは、この世界で最も大切であり、唯一無二の存在の役に立つこと。
悠久の時を生きるとも言われている真祖の吸血鬼の一人としてコーラルは生み出された。
この中つ国が主神により作られ、隔離をされてからは効率よく人間を管理する事に奔走し。
外の大陸の事を人々が忘れてしまうほどの長きを生きてきた。
それもこれも全て、生みの親であるただ独りの人、現在はシグルド王となっているオーディン神の為に。

「それじゃあ、行ってくるね。……後はよろしくお願いします」

ぺこり、と頭を下げて隊の面々を引き連れてレイリが去って行く。
その後ろ姿を眺めながら、挨拶など律儀なものだとコーラルは見送った。
今彼女が居る場所は中央聖堂の離れにある一室だ。
天蓋付きの大きなベッドがメインとなった家具の配置がしてある部屋は、療養用にしては不思議な気がする。
けれど種族柄、教会を嫌煙してきたコーラルには聖堂における普通の設計が分からない。
なのでそういう部屋も一つはあるのだろうと、意識の片隅に追いやる。

「それよりも……今はクニナガね」

ベッドの中央で黒い痣に侵されながら眠る様は、まるでおとぎ話のお姫さまのよう。
先程の光景を思い出すに、国永は恐らく超越者だ。
過去、堕神討伐で救国の英雄となったレイア・クラインがそうだった。
コーラルが生を受けてから2000年、身体を持ってからは1000年、オーディン神は時に職業の分化や統一を数々こなしてきた。
それは全て自身が負った人間への転生という呪いを打ち消し、完全なる神へ返り咲くための手段。
二つの職業素質を持つ者を達成者と呼び、その魂が神性を帯びる事からオーディン神が転生する候補として有力視をしている。
先天的なものもあったが、大抵は中つ国を支える女神を利用して後天的に造り出す事が出来た。
例外である複数の職業素質を持つ最初の一人はレイアだった。
それをコーラルが知った時には、彼は堕神討伐の傷でこの世を去っていた。
ならばその血筋に素質が受け継がれているのでは、と監視の意味を含めて騎兵隊に入隊し。
500年経った今もクライン家に異能が生まれた形跡は無く。
父は転生の度に劣化し、最盛期の権能は今や見る影もない。

「……これで、活路が見いだせれば良いのだけど」

国永から視線を外し、窓の外を見る。
もしもの事を考え、父との連絡はほぼ断っているに等しい。
コーラルが父にまみえる事が出来るのは、転生の儀式の時のみ。
以前は、何か楽しい事が合った時、コーラルが新しい魔術を編み出した時など抱き上げて頭を撫でてくれた。
よくやった、お前はいい子だねと褒められた時には至福を感じた。
その手がコーラルの手を引いて、同じ歩幅で歩いてくれるのが嬉しかった。

「貴方は、どんな夢を見ているのかしら……ねえ、クニナ――」

振り返った時、差し込む光の具合でか国永が眠るベッド脇に一人の青年が居るように見え。
コーラルが息を呑んで固まり、瞬きの間にそれは消えていた。
水色の淡い髪色に、金の瞳を持っていた気がする。
見覚えの無いはずのその姿が、一瞬の幻でしかない青年が、瞼に焼き付いた。
ゆっくりと周囲を見回しても、誰も居ない。
コーラルの耳は扉の開閉音を拾っていないし、国永の事は極秘なので人が近寄るわけも無い。
念のため魔術で探っても、やはり近しい場所に人の気配は無く。
なのに、コーラルの背筋をじっとりとした汗が流れる。
あれは、多分、好くないモノだった、と。
思い返せば向こうの景色が薄く透けていたような気がする。
もしも本当に何かが居たとするならば、精霊の類いだろうか。

(そういえばここ、中央聖堂って誰の管轄だったかしら)

今代は黒葉という聖職者だった。
併設している孤児院で幼い頃から育てていた秘蔵っこの筈。
それを育てたのは前騎兵隊隊長のノエル。
その前は、と考えたところで、唐突に思い付く。
先代大司教、マーリン。
20年前の魔女戦争でロッソの魔女と結託し、玉座の間で父を追い詰めた憎き仇。
好々爺の印象が強かったが、若い頃の彼は先程見た青年と瓜二つだったはず。
オーディン神の権能である極大魔術のグングニルが魔女とマーリンの魂を貫き、代償にシグルドはその寿命を大きく削られた。
本来ならグングニルは魂を消滅させるもの。
けれど、もし、何かがまかり間違って消滅しきれなかったのなら。
いかなる奇跡の賜物か、マーリンが半精霊となったのなら。
迂闊に国永に手を出すのは、まずいかもしれない。

(この子の力もまだ未熟だろうしね)

隊舎での戦闘の様子を思い返し、力量を分析する。
年齢的にも身体はまだ出来上がっていないだろう。
それならばいっそ監視をつけると同時に、能力を伸ばすよう誘導を掛けるのが一番だろうか。

(それに、魔術への耐性も気になるわ)

眠りの魔術の手応えがあまりにも無かった事が気になる。
ノエルも何かを言い澱んでいたし、まずは情報を集める方が先だろうか。

(丁度良いし、研究素体の子達を潜り込ませましょう)

そうすれば撹乱になる上、いざとなれば国永を手に入れる手段にもなる。
情緒面が不安定な所が玉に瑕だが、だからこそレイリは見放さないだろう。
あのお人好しを上手く利用しさえすれば。
今度こそ、父はコーラルに笑い掛けてくれるだろう。
20年前、グングニルの極光を見たコーラルが駆けつけた時。
オーディン神に目線すら向けられず、使えない子だと告げられた一言が忘れられない。
ただもう一度、好い子だと褒めて貰うために。
静かに横たわる国永を見つめ、再度眠りの魔術を行使した。

不思議のダンジョン 3

隊舎内の混乱はひとまず、役職持ちであるレイリ、ノエルを筆頭に会議室で情報収集に務めていた。
王都内では騎士団を筆頭に、街の安全を確保していく。
騎兵隊はその更に外、他の街の情報を伺っていた。

「報告するわ、水の都ブランの上空に未知の土地を確認。周辺の土地が吸い込まれるように上空へ浮かんでいったと証言があるけれど……」
「周辺の土地、が? それって……どういう事?」
「実態を見ねぇと分からんが、大方大魔術の一種だろう」

室内に揃う隊長、副隊長とその護衛に加え、扉から入ってきたのは幼い少女だった。
けれど彼女は見た目とは異なり、主に諜報活動を生業とする部署の統括である。
今も各地に散らばる部下からの情報を整理し、ひとまずの報告に上がってきた所だ。
赤い瞳は年齢に似合わず、冷静な光りを湛えている。

「まじゅつって、そんな事も出来るのか?」

不思議そうに首を傾げながら声を上げたのは、レイリの背後から書類を覗き見る護衛の一人。
白い銀髪に琥珀の瞳、白磁の肌と物珍しい外見をした彼、鶴丸は国永の弟でありレイリの幼馴染みでもある。
早年、冒険者としての腕前を発揮した鶴丸は入隊をしてすぐに隊長付の護衛として配置された。
隊舎外に行く際は当然として、護衛というよりは主に秘書としての動きが強い。

「普通は出来ないから、魔術だろって言ってんだ」
「そうねぇ……魔術の中には岩を動かすモノもあるから、不可能ではない。けれど……」
「気になるのは規模だよね。それだけの事をするなら腕の良い複数犯……狙いは何だろう?」
「狙い、か。……ともあれ、これで犯人グループは割れたようなものだろう。騎兵隊は先の戦争でロッソの長老と協定を結んでいたな」

席に着いた面々に点てた茶を配りながら、うぐいすが確認の目線をレイリに寄越す。
名前の通りの鶯色の瞳を伏せ気味に、萌葱色の髪に隠れていない片目だけ覗かせている。
ロッソとの協定とは、魔女戦争を受けて互いに不可侵を結ぶというもの。
ほぼ一方的に、陣取った地に封殺する代わりに魔術研究には触れずにおく、という内容だった。
よしんば、成果を狙いに冒険者が行った所で、魔女等のオモチャにされるのが関の山。

「向こうは何て?」
「一族を抜けた者が数名、消息は不明。ロッソの総意ではない故、協力は惜しまない、と返ってきたわ」
「魔女に手を借りるなんて……ッ!!」

静かだった室内に殺気の風が書類を飛ばす。
出所は鶴丸であり、彼は歯茎を剥き出しに噛みしめ、手の指も握り締め、力を込めすぎて白くなり微かに震えすらいる。
魔女戦争で両親を亡くし、目の前で国永を殺されかけた事で、鶴丸は魔女嫌いを通り越して憎悪を抱えていた。
そんな彼に、とりあえず落ち着かせようとレイリが席を立って背中を叩く。
コーラルから見れば、オペラ中の間を繋ぐ茶番にもならない。

「いずれにせよ、敵に魔女が居る可能性が高いわね。狙いとしては復讐、と言いたい所だけれど、王都から離れているし無いわね」

優雅にカップの紅茶を飲み、音を立てずにティーソーサーへと戻す。
貴族の淑女めいた所作と目線で、周囲を見た。

「そう……遠征隊から報告は?」
「今のところ無し。けれど、周辺に付けていた影も音信不通ね」
「それって……シュノが、負けたのか……?」

恐慌から一転、白い顔を青ざめたものに変えて鶴丸が落ち込む。
その後ろで、レイリは今にも叫び出しそうな内心を抑え込んでいた。
一瞬で敵に肉薄する事が可能な身体能力に、剣筋を見せぬ間に屠る腕前。
間違いなく強者である彼を倒せる程の実力者が敵に居るという事に、皆は驚きや畏怖を覚え。
レイリの脳裏に過ぎったのは、彼と別れる間際の会話だった。

『お前を見てると、苛々する。弱い癖に高望みで、理想を俺に押し付けんな』

弱いことも、それに見合わない望みを持っている事も、全部分かってる。
何度も悩んで、後悔をして、それでも前を向くしかなくて。
弱くても良いと抱き留めてくれたのは、単なる慰めで、嘘だったんだろうかとやっぱり悩んで。
もう一度話し合いたいと思ったのに、そんな機会すら奪われるなんて思ってもみなかった。
何の根拠もない、明日すら分からない世界なのに、シュノが居なくなるなんて微塵も考えて無くて。
ただひたすらに、どうしてという思いばかりが募っていく。
と、沈黙が降りていた室内に、新たな声が舞い込んだ。

「邪魔するぞー? ……お、皆ここに居たのか」

狐の半面を頭の横に、桜色に染めた跳ねっ毛に赤い瞳を持つ国永だった。
驚きに固まった全員を見回し、不思議そうに微笑みながら首を傾げている。

「どうした? 下も騒がしかったし、何かの演習かい?」
「演習、って……あれだけの事があったんだから、当たり前だろ! 国兄達は大丈夫だったのか?」
「あれだけ、って……何かあったのか? 俺はいつも通り納品に着たんだが」

本気で不審がる様子に、鶴丸が息を呑む。
レイリも同様の薄ら寒さを感じ、鶴丸の手を引いて国永から距離を取った。
コーラルは首を傾げながら冷静に見極めようと両手を空にし。
うぐいすもまた距離を空け、ノエルは席の下でチェインメイスを構える。
そもそもあれだけの騒ぎがあって、ポーションの納品に来られるわけがないからだ。
縦や横に揺れた世界は軒並みガラスの類いを破壊していった。
混乱する人々は道に飛び出したために人で溢れかえり、馬車が通れる空き間もない。

「ねえ国永……ヒスイは?」
「ヒスイ? あいつなら調剤室に……待て、なんでそんなに距離取るんだ?」

本心から不思議で仕方がないと言わんばかりの国永に、対応を迷う。
国永が敵な訳が無い事は、騎兵隊の誰しもが分かる事。
レイリやうぐいすは同じ孤児院で育った上に、鶴丸に至っては肉親ですらある。
そもそも彼は両親を魔女に殺されていて、憎む相手ではあれど決して手を組む相手ではない。
仮に敵に回るとしても、鶴丸を人質に取られでもしない限りあり得ない。
国永にとって鶴丸は、双子の兄弟であるとともに絶対に守りたい相手でもある。
12歳の少年が、離ればなれにされるからという理由だけで大人の庇護から抜け出す程に。

「国永。ヒスイは、どこ?」

まさか、そんなという疑いと、信じたい思いからレイリは質問を重ね。
国永は、

「ヒスイ、は……」

考え込む素振りをして俯いた瞬間、地面からぞわりと黒い霧が立ち上り国永を呑み込んだ。
それは茨の蔓のように国永の身体を這い昇り、頬にまでそれが差し掛かった時、国永の瞳は黒く濁っていた。

「魔術ッ!」
「国兄ッ!?」

鶴丸とコーラルの声は同時、行動としてはコーラルの方が早かった。
躊躇いも無く魔術で炎の鞭を出現させ、国永へと向けて射出する。
それを、

「アイスランス」

国永が冷静に無詠唱の魔術ではじき返した。
そのまま、腰に下げていた剣を抜き放ち、手近に居た鶴丸へと斬りかかる。
斬りかかられた鶴丸は驚きと悲哀に動きを止めたままになり、レイリがすかさず腰に刷いていたレイピアを抜いて掛かった。

「――ッ、鶴丸!!」
「うそ、くにに、なんで……」
「チッ」

距離を取るか、せめて防御をして欲しいというレイリの声に気付く様子もなく、呆然と立ちすくむ鶴丸。
それを、舌打ちと共にチェインメイスを振るったノエルが強引に鎖に絡めて部屋奥へと放り投げる。
狭い室内では剣を振るいにくいだろうに、国永はものともしない。
剣を振るう合間、反対の手に氷の槍を再度出現させ、ノエルへと狙って射出する。
それを、コーラルが風の魔術で掠い取り、天井へと向けさせた。

「これは、国永の偽物、か?」

躊躇いながらも横やりを入れるタイミングを計るうぐいすが口にすれば、

「違うッ、ほんとに国兄だ!双子だから俺には分かる!!国兄、なんでッ!?」
「テメェはそっから動くな、ガキ!」
「むしろ問題なのは……あの子の方よ、魔術師か何か?剣も嗜み程度の腕じゃ無いんだけど」

一触即発、点で攻めてくるレイピアを線の動きの剣で弾くなど、剣士としての腕前が並では無い証拠。
そもそも、国永は剣士であると自明していたし、職業を表す刻印は剣士のそれであった。
戦うところは、パートナーであるヒスイ以外は見た事が無い。
だからこそ、今まで剣士であって魔術も使えるという特殊性にコーラルは心が浮き立った。

「国永、待って、やめて!話を聞いて!!」
「身の内を焦がせ焔燃の炎――バーニングデス」
「くにっ!? ぐぅッ……」

強制的に体温を引き上げ、身体の内から焼かれる痛みにレイリが呻き、膝を突く。
けれどトドメをさす訳では無く、国永は剣を片手に口を開いて室内中に響く声で歌い始めた。

「nascer do sil palavras milagre……」

光りが帯となり、国永の周囲を取り巻いていく。
音楽、ひいては音を使って鼓舞し己の戦力を底上げする技は吟遊詩人のそれ。
精霊視の出来る人間が居れば、国永の周囲を舞う彼らが見えただろう。
魔術師は己の魔力を用いて変革を起こすが、その上位職である吟遊詩人は世界に居る精霊に働きかけて変革をもたらす。
中と外で指向性が違う技は、同時に習得する事は叶わない。
鶴丸ですら知らなかった国永の特異性に皆が驚き、動きが数手遅れる。
その隙を狙って国永はレイリへ向かって剣を振り下ろし、

「国兄だめぇええええッ!!」

今にも泣きそうな顔で、形振り構わずに鶴丸がレイリと剣の間へと身体を投げ出す。
誰もが間に合わないと思った刹那、国永が一瞬だけ動きが鈍くなり。
瞬間、ノエルの振るったチェインメイスの鎖が国永の剣を巻き込み破壊した。
鶴丸の頬を掠めたそれは一筋の傷を作り、勢い余った鶴丸はレイリの上に覆い被さって床を転がる。
目を見開いてその様子を見る国永の瞳は赤い色を取り戻し、微かに弟の名前を口にした。
正気に戻った様子を見せたが、次の瞬間には再び肌の上の黒い痣がうごめいてみせ。

「ぁ……あ、あぁああ"ァああ!!?」
「国永!?」

悲痛な顔で絶叫する国永を、足下から吹き上がった青白い炎が呑み込んだ。
ジュウと何かが灼ける音が響く。
咄嗟に手を出したうぐいすは手の平を舐める炎に驚き、けれど感じない熱に首を傾げた。
そうして、その炎が呪いを灼く聖職者のそれだと気付く。

「コーラル!」
「――お眠りなさい」

ノエルの呼び声に、コーラルは迷わず眠りの魔術を行使した。
拮抗する間もなく、叫びだした時と同様唐突に炎は弾けて消え。
どさりと音を立てて国永の肢体は床に投げ出された。
慌てて鶴丸が這い寄り、安定した呼吸にそれまでずっと我慢していたものが溢れ。
ぐったりと意識の無い身体を抱え、鼻を啜りながら後から後からと溢れてくる涙を流した。

「の、の"え"る"、ぐに"に"……」
「殺してねぇよ。大方、天氣屋をさらう時に呪いを食らったんだろ」
「とは言え、一時的に眠らせただけだから楽観視も出来ないわよ」
「さっきの炎……あれで浄化出来てないの?」

先生が使ったんですよね、とレイリが聞いても黙り込むノエル。
眉間の皺を深いものとさせ、国永を睨み据える。
暫くそうしていたかと思うと舌打ちと共に首を振り、否と意思表示した。

「呪いの質が悪ぃのもあるが、食らったのがコイツだから浄化しきれなかったってのがある」
「この子……クニナガ、だったわね。何か理由があるの?」

コーラルが問いかけるも、殆どの人間は不思議そうに首を傾げている。
唯一分かっているだろうノエルは黙ったまま煙草に火を付け、鶴丸は遠慮がちにそんなノエルを横目に見ていた。

「まあ良いわ。それで、どうするつもり?」
「レイリ、俺はこのまま待機する。てめぇはコーラルとソレを中央聖堂に届けて黒葉と合流しろ」
「はい、え、先生は行かないんですか?」
「隊を指揮するヤツが必要だろ。さっさと大本を叩きに行ってこいクソ弟子」
「あら、彼はどうするの? 私が着いていないと魔術が切れるわよ」
「ふー……だからコーラル、てめぇも中央聖堂で待機だ。この呪いは元凶を始末すれば解ける」

レイリを睨み付けながら紫煙を吐き出し、コーラルにも指示を飛ばす。
本来なら隊長を引き継いだ時点でお前が振るべき采配だ、と目が語っていた。
ぎくりと背筋を冷たいものが流れつつ、レイリは頷いて編成を考える。
未知の場所へ行く上に国永の安全を考えると、なるべくなら短期決戦で済ませたい。
そうなると個人での行動も可能であり、動きを予測できる者達で固めたい。
となれば、必然的に少人数での立ち回りが求められる。
攻守のバランスを鑑みて、と考えを巡らせた所で、

「……俺が行く」

ぼそり、と地を這うような低い声が聞こえてきた。
それが静かに怒りを称えているときの国永の声に聞こえ、目が覚めたのかと皆が目を向ける。
が、赤い瞳は未だ白いまつげの下に隠されている。
白い顔で寝息を立てることも無く昏倒していると、まるで人形のようで不安が増した。
そんな国永を胸に抱え、人懐っこい琥珀の瞳を怒りに燃やす鶴丸がレイリを静かに見ている。
白銀の髪に琥珀の瞳を持っていて間違いなく鶴丸であると分かるのに、まるで国永がそこに居るように思えた。
関係の無いところで、やはり二人は双子でありよく似ているのだと改めて思い知る。

「レイリ、俺も行く。国兄にこんな事させた奴らを、魔女を……俺が殺してやる」
「……僕が指示しない限り、単独行動は認めないよ?」
「分かってる。だから、行かせてくれ」

ここで拒否をした所で、無理矢理着いていくか最悪一人で乗り込みかねない気迫があった。
それならば手の届く位置で監視をしようとため息を吐き、一つ頷いてみせる。
他のメンバーは中央聖堂に居る黒葉を交え、うぐいすも連れて行く事とした。
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