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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
目の前が、真っ赤に染まる。
その光景は今となっては日常的なもので特にこれといった感情がざわめいたりはしない。
わたしは所詮道具なのだから。
あの人のお役に立てればそれでいい、それでなければ壊れるだけ。
「ふう…。」
魔物の急所に奥深くまで突き刺さった、短刀をゆっくり引き抜いた。
ぴしゃっと、肉と血が地面に打ち付けられる。
一見しただけでもかなりの業物とわかるその繊細な作りと美しい刃は、柄まで魔物の血で汚れていて、幼い娘の手を血濡れにしていた。
黒い装束を纏った幼い娘はため息一つ吐いて夜の闇に姿を消した。
「副隊長、おわったわ。」
「そう、ご苦労だったね。」
騎兵隊の駐屯地に戻ると、顔を覆っていた頭巾とマフラーを外して素顔を晒した娘は、赤と銀の長い髪をふわり風になびかせた。
「偵察に行くほどでもなかったわ、二、三匹気づかれた分は処理しておいた。
あと、人の匂いがしたわ…そうね…まるで狸か狐のよう。」
その娘の容姿からは想像もできないような大人びた口調に、目の前の男は驚きもしない。
彼女はそういう人種なのだから。
「ありがとう、コーラル。
その狸か狐はどうした?」
「もちろん、監視をつけておいたわ。
処理するにも別に後でもいいでしょう?」
「ああ、そうだな。どうせ黒幕がいるだろうし。」
「疲れたからもう寝るわ、貴方も早く休むことね。
年寄りの言うことは聞いておくものよ」
「年寄り扱いされたら怒るくせによく言うな」
「あら、レディーに対して年齢の話をするのはタブーじゃない。
そんなこともわからないなんてまだまだ青いわね。
隊長ばかり愛でるのもいいけど、そういう気遣いを学んだほうがいいと思うわ」
コーラルは物怖じもせず、表情も変えずにシュノに言い放った。
「…大きなお世話だババア」
「浅学がにじみ出ているわよクソガキ。
とにかく、偵察に放った子達が戻るまでババアは休ませてもらうわ」
そういうとコーラルは張ってあるテントの奥に消えた。
「ゼクス、あのババアを黙らせる薬ってないか?」
「無理ですね。」
「…だよなぁ」
珍しくシュノの心が折れているのを目の当たりにしたゼクスは目をまるくした。
この手の人種は苦手なのか、深い溜息を吐くシュノを物珍しげに観察していた。
「クソ…レイリがたりねぇ。」
ぽつりと無意識に呟いた独り言に、ゼクスは何も言わないでだまってその場を去った。
コーラルは幼い身なりをしているが、魔族で実際の年齢はシュノ達よりもはるかに上だ。
コーラルはこの世界に突然現れて帰り道が判らなくて困り果てていた時に偶然騎兵隊に拾われた。
元の世界ではこの長寿の種族の出らしく、幼女の様な外見をしているが実質年齢は3桁になる。
そんな彼女の知識は豊富であり、また物事を客観的に見れる冷静な所も有って隊長からの信頼もあつい幹部の一人だ。
隠密活動を非常に得意とし、暗殺や諜報に特化している。
なので、レイリの命を狙う連中やレイリを貶めようとする連中に牽制としてシュノがコーラルに手をくださせることが多い。
幼い彼女では相手も油断しやすいのか、簡単に懐に潜り込み本人も気がつかないうちに殺してしまい、その痕跡を一切残さない相当の手練だ。
それ故に、彼女はいつでも黒い衣装をまとっていることが多い。
闇に紛れて相手の気がつかないうちに息を止める。
それが彼女の戦法だった。
「偵察隊が戻ってきたわ。」
次の日の夕刻、魔物の残党を狩りから戻ったシュノに、コーラルが知らせた。
「黒よ」
「そうか。」
今回の魔物の襲撃を受けた村から周囲をざっと調べたが、討伐対象となっていた魔物の生息区域を遥かに北上し、この村の近くに巣を作っていたことがわかっていた。
そして、その魔物が生息区域を出てまでこの村にきたのは、何者かが故意に魔物の嫌う臭いや植物を植えて追いやったからだ。
つまり、その場所に何か魔物がいられたら都合の悪いことがあるのだろう。
そして、最近貴族間で実しやかに囁かれている不老不死の薬があるという噂。
おそらくそれが関係しているのだろうと思っていたが、コーラルが調べさせて黒だというなら間違いないのだろう。
「この件に関しては、わたしたち騎兵隊が出ることじゃないわ。
大人しく騎士団に引き渡したほうがいいと思うけど」
「…そうだな、だがちょうどいいことに俺はその顔に見覚えが有る。」
コーラルが書かせた今回の事件の元凶の人物の肖像画をみて、シュノが美しい顔を歪ませた。
「こいつは前にレイリに散々言い寄った挙句に脈なしと判った途端にありもない噂話をでっち上げてレイリを貶めようとした奴だ。」
「…感情的ね、あなたの頭の中にはレイリしかないわけ?」
「どうとでも言え、俺はどんな方法だろうがレイリを傷つける奴が許せないだけだ。」
細く小さな肩を震わせながら、声を殺して啜り泣くあの後ろ姿を、その時のシュノは抱きしめてやることもできなかった。
「まぁ、わたしのボスを馬鹿にされるのはわたしも馬鹿にされているようで癪に障るわ。」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」
「わたしだって一応は人の形をしているんですもの、感情くらいあるわ。
たとえおつむが果てしなく緩くて一年中お花が咲いているような砂糖の塊でも、わたしには従うべきボスなのよ。
いやいやしたがっている訳じゃないんだから、その編は言わなくても察しなさいよ。
ほんと、これだから青いボウヤは…」
「御託はいいからさっさと行ってこい」
コーラルは無表情のまま、それでもどこか楽しそうな様子で頭巾をかぶった。