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ダウト



ねぇ、ユウ。
ユウがいつかあの人を見つけて……

僕の前からいなくなる、その時がきたらどうか……



残酷に、無慈悲に、僕を捨て去って欲しい。





「楓、次の任務だ」

誰より優しいユウ。
ユウが他人に冷たいのは、自分の記憶を少なくする為。
長く生きれない自分との別れを、残された人が悲しまないように。
それを知っても、僕はユウが好き。
深く深く刻み込んで欲しい。
ユウが居なくなっても一人で生きて行く為に。
それが、ユウと付き合う時に交わした約束。
ユウの死を超えて、生きていく呪縛。
僕はユウの死を持って永遠に彼の愛に縛られて生きていく。
ユウの全てを手に入れられたなら僕はきっと一人で生きていけるのに。

あの人が邪魔だなぁ……

ユウの心を唯一奪うもの。
だから僕は、蓮の花が大っ嫌い。

「次はどこに行くの?」
「師匠の護衛だと。
途中マリとデイシャに合流する」
「師匠の護衛?
また急だね…この前イエーガー元帥が亡くなったことと何か関係あるのかな?」
隣を歩くユウはいつも僕に歩調を合わせてくれる。
「さぁな」
「でも嬉しいな、久し振りに四人揃っての任務だし、師匠に会えるし」
「俺じゃ不満なのかよ?
判ってるのか?旅行じゃねぇんだぞ」
「わかってますー。
ユウと一緒で不満なわけ無いじゃない。
むしろ一緒じゃない方が不満なんですけどー。
僕の敬愛する兄弟子様はお強くて一人で幾つも任務を転々として暫く帰ってこない方が多いですからねー」
「めんどくせぇ拗ね方するんじゃねぇ。
さっさと行くぞ」
誰も居ないからか、それとも急いでいるからか、ユウの手が僕の手を握る。
僕より少し大きくて無骨な手は優しくて、自然と笑顔になる。


それからは悲惨なものだった。
デイシャが死んで、とても悲しくて…
旅を続くけるという師匠に同行して日本まで渡り、方舟でユウと別れた。
ユウは強いから、必ず帰ってくると信じて。
その先でクロウリーとも別れ……
僕は哀と戦った。
華鳥で哀を引き裂いた感触が残ってる。
哀と別れたくなくて、哀を連れ帰ったのがいけなかった。
哀はノアとして囚われ、拷問に近い実験を受けた。
ねえ、どうしてだろう。
守りたいものはいつも、簡単に壊れてしまうの?
プラントを奪い返しに来たノアによって哀はまたノアに帰ってしまった。
レベル4の襲撃で沢山の家族が死んだ。
ホームもボロボロになってしまった。

悲しい、哀しい、かなしい………

あの人の正体がアルマだと知ったのはそれからすぐだった。
ユウから全てを聞いたわけじゃない。
過去を話すのを嫌うユウの事もあるが、セカンドエクソシスト自体が極秘情報なせいもあった。
それでも付き合って、体を重ねるうちに情が湧いたのか、ポロリと漏らすことが稀に会った。
僕があの人の存在やユウの寿命について知ったのも、僕が昔廃人寸前まで繰り返された悲惨な実験の話をつい漏らしてしまったからだ。
一度死んだ僕達。
それが奇妙な絆を産んだのかもしれない。
ずっと怖かった、ずっと憎かった。
どこにいるかも、生きているかも、顔も名前も知らない"あの人"にユウを奪わる日が来ることに。
ユウの寿命が枯れ果ててしまう事が、本当はずっとずっと怖かった。
ただ、それをどうしてもユウに知られたくないから、僕はひとつ自分に嘘をついた。

「ねぇ、いつかユウがあの人を見つけて…
僕の元を去ってしまう時が来たらお願い。
残酷に、無慈悲に、捨て去って。
僕の事は忘れて、決して振り返らないで。
僕は君を許すから、愛してるから、優しくしないで……」

嫌な予感はしてたんだ。
ずっと、ずっと。
本当はいつか来る別れにずっと怯えていた。
目の前で、ユウとアルマが消えていった。
約束したのに、無慈悲に捨ててくれって。
そうすれば、幸せに、望む最期を迎えようとするアルマを、ユウを…笑って見送れたのに。


どうして、あんなに悲しそうな顔をするの?
ユウの願いが叶ったのに、ずっと探してた人をようやく見つけて、残りの時間を幸せに過ごして欲しいのに。
戦いで傷付いてボロボロの僕の心まで壊していかないでよ……


哀、ユウ、アレン、ラビ……
大切な人達がどんどん居なくなっていった。
切なくて悲しくて寂しくて

ユウ、ごめんね、ごめんなさい。
僕は嘘つきだよ。
居なくても生きていけるなんて嘘だよ。
君がいないと何も出来ない。
苦しくて、息ができない。

お願い、お願いします。
神様が居るならお願いだから…
僕の大切な人をこれ以上奪わないで…
貴方の下僕として命尽きるまで戦うことを誓います。
手足がもげようと、致命傷を負おうと命が尽きるその瞬間まで皆を守る為に戦います。
僕の命を、全てをあなたに捧げます。
だからどうか、僕の大切な家族を返してください。
奪わないでください。
冥福なんて祈らせないで。
生きている、幸福だけを祈らせて欲しい。

みんなが幸せに笑っていられるなら、そこに僕が居られなくても構わないから。


かみさま、かみさま。
おねがいをかなえてください。



イノセンスは何も答えてはくれなかった。

夢主設定 椿国永

椿国永

愛称:国兄
年齢:不明(外見は20歳前半)
人種:不明(教団の守り手、精霊)
177cm
55kg

趣味:観察
好きなもの:生きてるもの、成長、変化
嫌いなもの:退屈

桜の襟足だけが長く跳びはねた髪
紅い瞳

黒の教団創立時に、設立場所に封印された白い古刀が本体の精霊
分析ではおよそ1000年前から存在していたとされている
20年前から受肉し教団内に存在していたのを研究、実験を重ねられて他の守り手に運用
アジア支部の守り手、精霊フォーの大元
名前は本体の鶴丸国永と研究者の名前から命名

ヘブラスカの下に封印された本体近くだと霊体と受肉体を変化出来る
霊体時、壁の通り抜けも自在に出来るが触れる事は出来ない
受肉時、普通の人間と同じで食事や睡眠が必要、食べる量は寄生型イノセンスと同じ位
エネルギーの供給は人間の精気>食事>>>光合成、睡眠は消費を抑える

自我に目覚めたのは約10年前、楓やリナリー、神田等のちびっ子と触れ合うようになってから
基本的には教団に入り込んだアクマの駆除が仕事
アクマか人間かは感覚的に、生き物じゃない事が分かる
武器に使う刀は受肉する力の延長で強化している
怪我は裁断されても時間が経てば徐々に治る(第二より遅く、回数制限は無し)
クロス・マリアンとは実験の過程で身体を重ねた経験あり(小僧と呼んでいる)
退屈が嫌いだと言ったら料理を教えられ、以後は腕を上げて食堂に出入りをしている
生きている人間を好ましく思っていて、特に適合者を憐れに思い、慈愛の感情が強い
自ら食事を作ったり手当をしたり、何かと面倒を見がち

ちっちゃいこ。

ソカロ元帥のお弟子さんたちは、他の人より戦闘がとくいです。

アクマを引き寄せるヴィオレは良い囮になるらしく、イノセンス探索や調査というよりアクマの居場所へ行く事が多い。
ともなれば、当然団服という防具の消耗が激しくなりやすく。
加えて本人が特殊な素体であるために、定期的な黒の教団への出頭が求められていた。

教団にかえると、やさしい人がいっぱいいます。

見た目は10歳未満にしか見えないヴィオレは、とにかく歩幅が小さい。
並の人より鍛錬を詰んでいるので走り続けるのは苦ではなく、段差も問題なく飛び越える。
けれどその身体の軽さが及ぼす弊害で、列車への乗り込みと人混みは少し苦手だ。
教団の科学室にて。
本日の定期検診を受けたヴィオレは、ソファに座ってココアを飲んでいた。
三人掛けのソファは広すぎて、背もたれは遠い。
更に足も宙に浮いたまま、両手でカップを持ち上げて懸命に息を吹きかける姿は稚い。
あえてヴィオレが座る方とは反対側に、赤い髪のエクソシスト・ラビと年若い研究員ジョニー、科学室班長のリーバーは座る。
今は室内なのでフードを降ろしたヴィオレの大きな紅い目も、まろい頬も、困ったように下がる眉も見放題だ。
更に本人はぶかぶかのゆとりがある服を好んで着るので、袖からはみ出た小さな手が愛らしいことこの上ない。
ニヨニヨと一部だらしのない顔を晒していた彼らは、けれど顔を付き合わせてため息を吐いた。

「今日の測定も変わらず……なあラビ、少しは変わってる所があるんじゃ?」
「いんやぁ……俺の目でなんべんも、隅々まで見たけど121cmの6kgに変わりないさー……」
「ばっ! おま、レディの体重を公表するんじゃない!」

リーバーに叱られながらもラビの落ち込んだ顔は変わらない。
ヴィオレはそんな三人を見て困ったように身動ぎ、カップから口を離す。
戦地以外で声を出すことを禁じられているヴィオレの意思表示は、肩から提げているメモ帳で行われる。
しかし今は手が塞がっているため、それが出来ないのだ。

「せめて横! 縦はこのさい諦めるにしても横!!」
「このぷにぷにのほっぺもつるつるの小さい頭も可愛いけど、もう少しもちぷよが良い!」

吠えるジョニーとラビのコンビに、ヴィオレは更に縮こまる。
と、そんな二人の頭に重いファイルが叩き付けられ、強制的に沈黙させられた。
呆れた顔で背後に立つのはリナリーであり、横には楓が立っている。

「もう、測定が済んだならご飯って言ってたじゃない!」
「ヴィオレ、おいで」

ぷんぷんと怒り顔のリナリーが二人を叱り続けるのを脇に、楓が笑って両手を広げた。
カップをテーブルに置いてからぴょんと飛び降り、足下まで走り寄る。
直ぐさまヴィオレの両脇に手を入れて持ち上げ、片腕に乗せて抱き締めた。
ふくふくとした頬を自身の頬と擦り合わせ、再会の挨拶をする。
それから頭を撫でようと持ち上げられた楓の腕が、固まった。

「ヴィオレ、また髪短くなった? せっかく伸びてきてたのに」

しょんぼりと悲しそうに眉を寄せる楓に、困ったヴィオレは首を傾げる。
身体の全てがアクマを引き寄せるヴィオレの髪は、アクマを撒くのによく使われた。
顔の横に垂れる部分だけは嫌がるので、後ろの伸びた髪を刃物で切るのだ。
本人が、時には一緒に行動している団員やソカロ元帥が無造作に千切るのでぼさぼさだ。
ふわふわ、くるくると癖のある髪とあいまって、更にぬいぐるみらしさを醸し出している。
女の子なのに、と楓やリナリーが言ったところでヴィオレはそれを止めない。
ごめんねの気持ちを込めて、ヴィオレは短い腕を伸ばして小さな手で楓の頭を撫で返す。
きょとん、とした後にふわりと目を和ませて笑う楓。

「行こっか、ユウが場所取りしてくれてるんだ」
(ん、ん!)
「ヴィオレが好きなドーナツも頼んであるよ」
(ドーナツ、うれしい)

頭を縦に振り、楓に掴まる反対の腕を振って喜ぶ。
言葉は話せなくても、身体で表せば楓も喜んで頷いてくれる。
そしてヴィオレがドーナツ以外も、丸いものが好きだと知っていてくれる。
楓はヴィオレを抱き上げたまま重さも感じないかのように、流れるように食堂へ移動した。
いつも混み合う席は、ぽっかりと一部分だけが空いている。

「ユウ、おまたせ!」
「遅いッ」
「食べないで待っててくれたの? ありがとう」

ふにゃりと嬉しそうに笑う楓はいそいそと、ヴィオレを横に降ろして席に着く。
ユウ、と呼ぶとしかめっ面で怒る神田も、楓にだけは怒らない。
他の人は神田を怖いというけれど、ヴィオレは怖さが分からなかった。
いきなり大きな声を出すのは驚くけど、それだけだ。
師匠であるソカロ元帥も強面で恐ろしいと言われるけど、やっぱりヴィオレはそう思わない。
かわいい、やわらかい、やさしいとは違うんだなと思っている。
でも怖いと言われるなら、きっと怖いんだろう。
それよりも今は目の前にある山のようなドーナツに夢中だ。
ヴィオレが大好きなまん丸の形に、砂糖やチョコ、クリームがついている。
一人でも食べられるけれど、楓とリナリーは一緒に食べるときには隣に居てくれた。
そうして頬をぬぐってくれたり、丸いものを分けてくれるのがヴィオレは好きだ。
フォークに刺したドーナツを、おいしいおいしいと一口ずつ味わっていたヴィオレの前に、不意に一つの皿が寄せられる。
見れば、丸くてつるんとした皮に包まれていた。
それを寄せてくれた神田を仰ぎ見、首を捻る。

「桃饅頭だ。食え」

言葉少なに説明され、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
隣で楓が、小さく笑う気配がしてやっぱり仰ぎ見る。

「ユウがね、ヴィオレの分って頼んでくれたんだよ」
「蕎麦の他に食うもん頼んだだけだろう」
「でも、ヴィオレの好きな丸いものにしてくれたんでしょう?」
「うるせぇッ、黙って食え!!」

くわっと急に大きな声を出した事に驚いたけれど、丸いものが嬉しくて笑顔で何度も頭を下げた。
そしてフォークを置き、桃饅頭を一つ取ってかぶりつく。
ふんわりとした皮の中には甘い餡子がたっぷり入っていて、ヴィオレは美味しいと笑った。
ドーナツも好きだけど、これも好き、とお気に入りを覚える。
神田が皿を寄せた時には大きいと思わなかったけれど、ヴィオレの握り拳くらい大きいそれはかなり食べ応えがあった。
小さな口でじっくりじっくりヴィオレが食べている間に、神田は3個も食べ終わってしまう。

「……遅ぇ」
「仕方ないでしょ、ヴィオレは小さいんだから……。けど確かに、ちょっとゆっくりかも」

食べ終わった神田が頬杖を突いて、楓は食後のデザートを頼んで。
ようやく神田がくれた桃饅頭を食べきり、またドーナツに取りかかるという所だった。
首を傾げて二人を見上げれば、神田は呆れて、楓は困ったように笑う。

「ヴィオレも寄生型だよね……っていう事は、量を食べないと間に合わないはずで……」
「お前、よく任務までに食い終わるな」
(えっと、あの)
「だってヴィオレは一回ずつ少ない量を頼んでる、から……え、ちゃんと食べてる?」

心配になってきた、と楓に顔を覗き込まれて、ヴィオレは困りながら肩下げポーチから包みを取り出した。
手の平にころりと出すのは、手製の丸い丹薬だ。
渋い青い色合いと一気に広がる草の匂いに、神田と楓は顔を顰める。
独特な匂いは嫌がる人が多く、ヴィオレも少し苦手だ。

「え……っと……なにそれ、毒?」
(おくすり)
「は?」
「……つまりヴィオレは、足りない分をこれ、で?」

これ、と嫌そうに震える指で差され、こくこくと縦に頷く。
丹薬を再び包みに仕舞い、ポーチにしまい、ドーナツを再び食べようとフォークを手に取った瞬間。
ガタンッと荒い音と共に隣に居た楓に身体を持ち上げられ、小脇に抱えられ。
まだ山の残っているドーナツのお皿を神田が持ち上げ、二人は並んで早歩きで食堂から飛びだしていく。

「ユウ、科学室! こんな薬じゃ大きくなるものもならないよ!!」
「るせぇ、分かってる! おい、お前はこれでも食ってろッ!」

怒られながら、揺られながら、それでもドーナツを食べれるように緩めてくれて。
嬉しさを噛みしめながらヴィオレはドーナツに口を付けた。

カナリア 5

甘い物はおいしくて、ふわふわしてるものは気持ち良くて、丸の中には幸せがいっぱい。
哀が教えてくれたいっぱいの幸せ。

「おにいちゃん、ドーナツはどうして真ん中がないの?」
「え? うーん、どうしてかな……」

ロードとティキがドーナツっていう甘くて美味しいのを持ってきてくれた時のこと。
私はどうやって作ってるのか、なんでこの形なのか不思議に思った。
ロードが持ってきてくれた本は、計算が一杯だったり、ご飯の作り方だったり。
お花を育てる本が欲しいって言ったら、用意してくれたもの。
ティキはシュクダイを混ぜるなって言ってたけど、シュクダイって何だろう。

「そりゃあ、一番美味い部分だからドーナツ屋が独占してんだろ」
「え、本当?」
「いや、知らねぇけど……」
「ティッキー、嘘いくなーい」

ぶーぶー、って口を尖らせてロードがブーイングをする。
嘘だったの?って首を傾げたら、哀が表情を明るくした。

「それなら、ドーナツの真ん中には幸せが詰まってるのかも知れないね」
「しあわせ?」
「うん、パンケーキもお菓子も、真ん中に一番美味しい物が乗ってるでしょう?」

言われて思い出すのは、ロードが用意してくれたカップケーキ。
甘いクリームがのってて、時々果物とか栗とか入ってる。
思い出すだけで胸がぽかぽか、ふわふわしてくる。

「まんなか、しあわせ?」
「うん、幸せが詰まってるんだよ」
「まんまる、しあわせ」

美味しくて嬉しくて、だから丸は幸せが一杯なんだって言われて何度も頷いた。



同じくらいの子と、大きな子、数人が集まって体がくたくたになるまで訓練をする。
他の子は"鴉"になるため。
ヴィオレはけれど、"鴉"にはなれない。
暗い部屋に縛り付けられてる間、ずっと聞こえてた声の人物。
ルベリエという長官が言うには"カナリア"にしかなれない、と。
カナリアは、鉱山労働者が毒ガス事故に遭わないようにする為の先遣の鳥。
鳴くのは危険を知らせるその時だけの、人を助けるために犠牲になる小鳥。
同じ鳥、主の手足なれど、犠牲になる鳥と、主の目となる鳥。
"カナリア"になれるのは、アクマを引き寄せる事が出来るヴィオレだけ。
髪の毛が、血が、声が、そこに居るだけでアクマの好む香りと、音になる。
故にヴィオレは、人の前を立つための訓練を続けた。
痛くて苦しくて泣きたくなっても、泣いてはいけなくて。
他の人から隔離され、同じくらいの子供達から睨むように見られても。
訓練以外は暗い部屋に戻されて、白くて仄かに光る女神像にお祈りをする。
体が重くなる術を使われて、訓練で怪我をして、引き摺るように女神像の前へ行って讃美歌と祈りを捧げる。
少しでも長く立って、動いて、生きる。
ただただ、居なくなるその日まで、少しでも長く。
運が良かったのは、"カナリア"になる為のおクスリで体が丈夫になった事。
運が悪かったのは、"鴉"が使う術式のほとんどを私が使えなかった事。
一年、二年と過ごすうちに、見習いの子供達はどんどん成長して色んな術を覚えたり体も大きくなっていく。
私はどんな状況でも怪我をせず、した場合は痛みに耐えて、声を出さない事を求められて。
血が出るような怪我はすぐに処置をする為に、応急手当の仕方を覚えた。
同じ年に見えた女の子が女性らしく成長をして背も高くなった。
なのに、私の背は伸びなくて、体付きも変わらない。
でもだからこそ、変化のない体は間合いを完璧に覚えられるし、逃げ方も分かっている。



リンがソレと話をしたのは、一度だけ。
訓練の合間、丸い握り飯とわずかなおかずを食堂で口にしていた時。
自分たちとは離れて座る小さな子供も、同じ内容を食べている事を観察していた。
子供は白い髪に紅い眼をしていて、下の子供と同じ11歳になっても見た目は出会った時のまま。
成長期であるはずの年頃なのに、時が止まったように変わらない。
指導官からはあまり関わるなと厳命されていて、名前も知らない。
他の子供は訓練の後も同じ雑魚寝部屋へ押し込まれるけれど、その子供を見たことは一度も無い。
何一つ術も覚えられないソレを、子供達は出来損ないだと認識していた。
どんなに覚えが悪く、成績が良くなくても、あれよりはマシだと。
成長をせず戦力にならず、逃げ回るしか出来ないあれは劣っていると。
微かな愉悦と、仲間意識だけが子供達を支えていた。
だから余計に関わろうとは思わなかった。
けれど、ソレが食事を前にして戸惑い、手を迷わせた上でまずおにぎりを口にし。
今度は暫くしてから、ほんの僅かに眉間の皺を深くしておかずに手を出している。
思い出せばいつもそうだった。

「にぎり飯が好きなのか」

気が付けば吐き出す息に紛れ、声が出ていた。
フードを目深に被ったソレが振り仰ぐ。
後ろに立っていたリンを見上げる瞳は丸く、まつげまで白い。
何より驚いたのは、その目の赤さと年に似合わぬ暗さだった。
どんよりと昏く濁り、ガラス玉のようにリンを映している。
一度手元の、そう大きくはないのに端が欠けた程度の握り飯を見てから、首を横に振った。
その様子を見てからリンは何となく思い付いた事を、今度は自分の意思で口にする。

「なら、丸が好きなのか」

ソレはゆっくりとリンを振り仰ぎ、瞬きをする。
そして小さな口が震えと共に開かれて、

「リンにいさま!」

同じ子供、テワクという少女に呼ばれた拍子に閉ざされて視線が逸れた。
もう振り返ることも、意識を向けることもないと気付いてリンもまた歩き去る。
少しだけ、その声を聞いてみたかったと思いながら。



私、ヴィオレがイノセンスに適合したのは12歳の時だった。
多分、そのはず。
生まれてからずっと似たような子供達の中で過ごして、その中から私だけが生き残って。
別の子供達と同じ訓練をしながら、"カナリア"としての調整も続けて。
それだけの生活の中で、急に訪れた変化。
イノセンスが反応している。
数日前に分かって、"鴉"の中から適合者が出るかも知れないと言われた。
元帥が運ぶそれが届くのを待ちながら訓練をしていたら、炎羽による大火傷を背中に負って。
痛いけど、苦しいけど、倒れるほどじゃない。
骨まで大きくえぐれたらしいけど、焼けたから血は止まっていた。
怪我をしたのが、私で良かった。
ヴィオレはカナリアだから丈夫で、大きな怪我も小さくて済むから。
そうじゃなかったら、鴉の子供達は一人居なくなってたかも知れない。
だから、良かった。
それでも痛くて、苦しくて、熱くて、気持ち悪かったから、部屋に戻った時に女神像にお祈りした。

すごくいたくても、がまんします。
くるしいのも、がまんします。
いなくなるまで、は、いても良いってことだから。
わたしの、たったひとつの、いばしょだから。
あなたがいのりを、あいを、もとめるなら。
わたしはいのりを、うたを、あいを、ささげます。
だから、だから……あいしてください。
あいを、ください。
わたしが、いなくなる、その日まで。

ずっとずっと暗い部屋でお祈りをして、目を開けたら光が見えて。
光りを温かいと思ったら、私はいつの間にか眠っていた。
目が覚めたら、体中が痺れて動かなくて、懐かしい感覚だった。
知らないしわしわの男の人と、長官が話をしている。
実験素体、ダークマター、適合、咎落ち、色んな意味の分からない単語が並ぶ。
日にちの感覚がないからどのくらい話していたのか分からない。
けれど、動いて良いと言われた時には背中の傷は治ってた。
イノセンスが治してくれて、背中に宿ってるって言われた。
十字架に、赤いお花が絡んでるって。
チュウゴクって場所で見れる、彼岸花だって教えられた。
ひがんばな。
悲願のお花?
あいしてくださいってお願いをしたから、かみさまがあいしてくれたのかも。
感謝をして、その身を捧げなさいって長官が言うから。
はい、いなくなるまで、立ちつづけます。
それが私の、ヴィオレの役目だから。
声は出しません、アクマの前へ行くまでは。
余計に動いたりしません、アクマの姿が見えるまでは。
痛くても苦しくても気持ち悪くても熱くても冷たくても怖くても、ぜったい逃げたりしません。
守らなきゃいけない誰かのために、ヴィオレは前に立ちつづけます。
お祈りをささげて、長官がエクソシストになりなさいって許してくれて。
私にイノセンスの使い方を教えてくれる元帥がきてくれるまで、師匠が出来るまで訓練を続けて。

「どうしてお前なんだ!?」
「よせキレドリ!」
「だって、だってマダラオ……っ! あの子なんて、死ぬしか無いのに!」

途中でそんな風に怒られたけど、困って何も言えなかった。
ヴィオレが出来損ないで、劣ってて、他の子供達が選ばれた方が良いのは分かってる。
けど、かみさまのあいが嬉しかったから。
居なくなるまでは、ゆるしをもらえたから。
ごめんなさいは違うし、がんばるも違う気がするから、何も言えなくて。
だから一番おとなの子供が口にした、

「多くのアクマを引き付け、より多くのアクマを破壊しろ。そして死ぬときはイノセンスを残せ」

って言葉に、頭を下げるだけで応えた。
すぐに師匠がきて、私は引き取られることになったから、子供達と会うのはこれが最後になった。
出て行く時に、教えられたこと。
私はヴィオレ・シープっていう名前で、12歳で、カナリアで、アクマを引き寄せる。
アルビノだから白くて、お日様の下ではフードが必要で、人より少しだけ軽い。
師匠はソカロ元帥で、戦うのが好きだから、ちょうどいいんだって。

「行くぞチビ」

笑ってギザギザの歯を見せる師匠に、後ろをついて歩いてく。
師匠の腰より背が低いから顔がほとんど見えないけど、走れば追いつけなくもない。
ヴィオレがエクソシストになったのは、この一年後。

カナリア 4

鏡に映るのは、ふにゃふにゃと波打つ白くて長い髪に、目尻が下がり気味の丸くて赤い目。
さがってる眉は困ってるわけじゃないのに、困ってるみたい。
それが私、ヴィオレの見た目。

「ヴィーの髪の毛はふわふわしてて、柔らかいし気持ち好いね」

哀が笑いながら口にする。
でも、私は哀と同じ真っ直ぐな髪が良かったの。

「ヴィーの目ってまん丸で、垂れ気味でかーわいいーよね」

ロードが機嫌良くほっぺたをつんつんしながら言う。
でも、私はロードと同じ猫さんみたいなお目々が良かったの。

「ヴィーは肌白いんだな。哀も白いけど、それとは違う白さってやつか」

ティキが驚いた顔をして首を傾げる。
でも、私はティキみたいなお日様に当たって良い肌が良かったの。
お日様にいっぱい当たって、お花を摘んでいたいの。
教えて貰ったお花の輪っかをつくって、お昼寝をしてみたいの。
出来ないから、それをしてみたいと思う。
哀に話したら、悲しそうにごめんねって言われた。
身体が弱いからベッドから起き上がれなくて、眠る事も多い哀。
哀の側に居るから出来ないんだって思ったみたいで、そうじゃないよって首を振った。

「おにいちゃんと、違うけど、おにいちゃんと、同じだから、嬉しい」

お日様は肌が痛くて赤くなって、あんまり当たると火傷しちゃうから。
明るいところを見過ぎると目が熱くなって、涙が止まらなくなっちゃうから。
違うけど、同じだねって言ったら哀は笑ってくれた。
私の服は最近、ロードが哀とお揃いのものを着せてくれる。
ロードが好きなのはゴシックロリータなんだけど、私達にはロリータ系が似合うって。
ロリータ系が何かはよく分からないけど、白くてふわふわして、可愛いの。

「ヴィー、髪の毛結ってあげる。おいで?」
「ん!」

おにいちゃんは調子が良いと、そう言って私の髪を結ってくれる。
三つ編みだったり、頭の上に一つだったり。
でも顔の横は垂らすように、いつも残してる。
どうしてここは縛らないの?って聞いたら、

「邪魔だった? ごめんね、一緒にくくってあげる」
「ううん、違うの。おにいちゃんが遊んでくれるの、好き。どうしてかなって、思っただけ」

哀が好きならずっとそのままで良い、哀が好きなようにして欲しい。
でも何かあるのかなって、気になるの。
他のところみたいに縛りづらい?
それなら短くした方が良いのかなって。
けど哀は、目をぱちぱちさせてから笑う。

「あのね、ここを残してると本当にヒツジさんみたいだなって。ヴィーに似合ってて可愛いから」

頭を撫でながらかわいいって言ってくれて、嬉しくなった。
哀が笑うとうれしくて、胸がぽかぽかするの。
大好きなおにいちゃんと一緒に居られて、時々夢じゃないかなって怖くなる。
でも、哀は必ず側にいて、静かに寝てる所を見ると安心できた。
起きていると優しい声で、えほんをいっぱい読んでくれた。
眠っていても私の子守歌は聞こえてたって、嬉しかったよって言ってくれる。

「すっかり懐いてるよねぇ、ヴィオレってば」
「なつく??」

哀が起きて居る時間が少しずつ長くなって、ティキに抱っこされながらお庭を散歩してる時だった。
ロードは部屋に置いたテーブル一杯にお菓子を持ってきてくれて、哀が戻ってくるまで食べないで待ってるの。
なつくってなんだろう、一緒に居て良いって事かな。

「哀が好きだねーってこと」
「ん、おにいちゃん、好き」
「ヴィオレのお陰で安定してるみたいだし、良い事なんだけど……」
「?」

むすっとした顔でテーブルに肘を突いて、両足をぷらぷら。
どうしたのかなって気になるけど、ロードが何かを言うまで私は膝に手を置いて大人しくする。
足をぷらぷらするのはちょっと楽しそうだけど、何かに当たると困るから見てるだけ。

「ヴィオレって何なんだろうねー?」
「なん、なぁに?」
「んー、アクマ達に近い気配だけど違うしぃ……でも嫌な感じはしない、人間でもないしぃ……」
「にんげ??」

人間って、人って、動物じゃない人の事だよね。
私のことをヒツジって言うけど、私は本当にヒツジさんだったのかな。
悪魔、は司祭様が聖書に書かれてる怖いもので、人間を堕落させるんだってよく言ってたあれかな。
ロードが言う事は難しくて、よく分からない。
私、私は人間じゃないのかな。
不安になってロードを見上げてたら、ニヤニヤといつものように笑い始めた。

「良かったねぇ、人間じゃなくて。僕、人間は嫌いだからさー」
「……えと、えっと、ロードは人きらいなの?」
「うん、大っ嫌い。殺したいくらい嫌いだよー」

にっこり、笑顔で口にする。
ころすって、痛いことだよね。
それも嫌だけど、でも、嫌いだって言われる方がずっと怖くて。
泣きそうになった所でティキと哀が戻ってきて、ティキがロードの頭を小突く。

「何泣かせてんだよ、哀が怒るぞ」
「ぶー、哀は優しいから怒りませんー! あと泣いてませんー!」
「ヴィー、どうしたの? 何があったの?」

ベッドに降ろされながら手を伸ばしてくれる哀に近寄って、頭を横に振る。
ロードは何もしていなくて、私が勝手に泣きそうになったんだって言いたくて。
頭を撫でてくれる哀の手に、気持ちが落ち着いてくる。

「あの、ロードのきらい、教えてもらって……」
「自分がそうかもって、思っちゃった?」
「ん、ん……」
「あれ、そうなの?」

一生懸命頷く私に、驚いた顔で私を見てくるロードと、そんなロードをジト目で見るティキ。
哀はぎゅうって、背中に手を回して抱き締めてくれた。
少し高い体温に安心したけど、すぐに具合が悪くなったんじゃないかなって心配になる。
涙目になったまま見上げたら、哀が笑って首を傾げてた。

「僕もロードも、ティキも、ヴィーが好きだよ。ね?」
「え? あ、まあ、嫌いではねぇな」
「うん、ヴィーは好きだよー」

驚いた顔でティキが、ニヤニヤ笑ってロードが、優しい笑顔で哀が口にする。
嬉しくて、胸がぽかぽかで、嬉しいから、笑って頷いた。

「わたしも、好き、大好き」

ありがとうって、哀にほっぺたをすりすりして、一緒にベッドにころんて寝っ転がる。
今日は哀はたくさん起きてたから、そろそろ寝るのかも知れない。
お菓子が食べられないのは残念だけど、いっぱいぎゅうってしてもらえたから嬉しい。
さっきまでの怖い気持ちがなくなって、胸がぽかぽか。
そのまま寝るのかなって思ってたら、哀が私の肩をとんとんって叩いた。

「そういえば、ヴィーの年齢が分かったよ」
「ねんれ? 何才?」
「6才みたい。僕は7才だから、一つ下なんだね」

小さいから分からなかったよって笑う。
私は小さいんだ、っていうのと、哀のひとつしたっていう驚きに目をぱちぱち。
でも妹は年下のことを言うし、小さいのは可愛いから良いんだよって頭を撫でて貰った。
これからいっぱい食べて、眠ったら、大きくなれるらしいから、楽しみ。



真っ暗な部屋の中。
部屋の真ん中に置かれた長台に、べったりと、痺れて動けない体をくっつける。
両手は右と左に、針で刺されて、足も両方同じ。
痺れて、痛くて、苦しくて。
最初は声を上げてたけど、変なおクスリを飲まされてからは頭がぐるぐる、ぐちゃぐちゃで。

「カナリア、何故ノアと共に居たのです?」

暗い、暗い、部屋に怖い声が響いてくる。
のあって何、かなりあって何、知らない、分からない、怖い。
おにいちゃん、怖いの、おにいちゃん。
ぎゅってして、あたまをなでて、ヴィーってよんで、いっしょにいて。
おにいちゃん、おにいちゃん、ごめんなさい。
私が、そばをはなれたから、おくれたから、いなくなっちゃった。
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ、いたくて、くるしくて、こわくて。

「答えなさい、カナリア。何故ノアと共に居たのですか」
「かな……ちが、ヴぃ……お、ひつじ……」

涙がぽろぽろ、後から後から出てくるけどどうする事も出来なくて。
嬉しかったの、初めてもらった私だけのもの。
だから違うもので呼んで欲しくなくて、口が動かないけど、それだけは言う。
何度も声は聞こえてきて、そのうち何も分からなくなって。
私を抱き締めてくれる熱も、頭を撫でてくれる手も、温かい声もない。
私には、何もなくて。
私には、何もないから。
良いなあアノ子。
優しい家族も、温かい手も、明るい部屋も、幸せな思い出もあるの。
私はアノ子じゃないから持ってなくて、アノ子は私と違うから持っている。
うらやましいけど、でも、アノ子が幸せそうに笑うと、私は嬉しいかも知れない。
だから、良い。
暗くて、怖くて、痛くて、苦しいけど、アノ子が笑ってくれるなら、私には何も無くて良い。
目の前が、暗くて、深い、霧に包まれていった。
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