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きみのために



ガシャン!と音を立てて装備品が床に落とされる。
相当機嫌が悪い証拠だ。
それもそのはず、神毒の影響が強い前線には並の兵士では役に立たない。
そうなればなるほど、その役割は全てただ一人に一任される。

神殺しの英雄、レイア・クラインに。

彼がそう呼ばれるのは実際だいぶ先の事だが、この侵食し続けるこの地で抗い続けるには負担が大きい。
「オベロン、剣の調子が悪い。
検査して」
「私は忙しいんだけどね」
そう言っても今この戦線はレイア一人で維持されているようなもの。
彼が倒れたら、全て終わる。
レイアはいつも理性的で、戦局を常に把握してそれに必要な自分に瞬時に切り替える。指揮能力の高さもさながら、身体能力や戦闘能力はやはり一般的なそれから大きく外れている。
それに耐えうる強固な精神も。
オベロンはレイアの剣を手に取り、丹念に調べていく。
「……剣に問題は無いみたいだ。
だがパスが弱くなってる、レイアくん側の問題かもしれないね」
剣を鞘に納めると、レイアが振り返った。
綺麗な宝石を嵌め込んだオッドアイが強い意志でオベロンを見た。
「そう、ならやって」
「毎回毎回君はそうして自分を捧げてまでどうして戦うんだい?」
献身的なタイプじゃないだろ君、と言われてレイアは珍しく俯いた。
「僕が化け物だからさ」
人に愛されたかった、愛を知らない英雄。
孤独な彼は望んで化け物になる道を選んだのに。


滑稽で愉快でなんとも哀れだ。


「そういうの、嫌いじゃないけどね」
超越者であるレイアは魔力器官の維持が難しい。
それは元々器官を持たないレイアは自力でそれを生み出すという、並の人間には出来ない方法でそれで魔術を使えるようになった事に由来する。
ある種外法のような方法な為大成した魔術師の様な大掛かりな魔術は使えなくても、身に宿る莫大な魔力のお陰で一般的な魔術師よりは強力に使える。
レイアは体への負荷を考えて剣に属性を付与させて戦う方法を好むが、ここ数日は魔物の数が多く、流石にレイアも広範囲の魔術で焼き払う方法を取らざるを得ない状況がつづいていた。
レイアの身体には、当然相応の負荷がかかり暴走の危険があった。
だからこうして、暴走する前にわざと器官を暴発させてそれを強制的に魔術を使用不可にした状態で修復させる。
あまりの激しい痛みに並の者は耐えきれずに死に至る。
レイアはそれを、もう幾度となく繰り返してきた。
他の誰でもない、たった一人の為に。
砦にレイアの絶叫が響く。
強固な精神力をもつレイアすら声を上げるほどに強烈に激しい痛みはレイアの体を駆け巡り、グラッと身体が傾いたのをオベロンが受け止めた。
「レイア様っ!!」
駆け付けたジュリアンが傍により、ひょいとレイアの体を抱き上げた。
ぐったりと意識を失ったレイアは荒い呼吸を繰り返している。
一介の将としては細すぎる肩と小さな身体。
こんな軽すぎる身体でこの戦線をたった一人で維持している主に何も返せない事を悔やんだ。
「しばらくは目を覚まさないよ」
「理解っている、今セバスチャンがアナスタシア様を呼びに行ってる」
そう言ってレイアを抱き抱えたまま寝室に向かった。
ドアが乱暴に開かれた事でシュリがびくっとして柱に隠れるがジュリアンは気にも止めずにレイアの身体をベットに横たえた。
「失礼します」
そう断りを入れ、服を脱がせて夜着に着替えさせる。
その間レイアは苦しそうに呻くが目を覚ます様子は無い。
いつもの事だ。
暴走を阻止するために魔術回路をわざと暴発させるとレイアは回復の為深い眠りについた。
こうなると身体が回復するまでいくら女神の力を持ってしても5日はかかる。
レイアの疲弊具合によってはもっと長くなる事もある。
ジュリアンがレイアの着替えと顔を冷たいタオルで拭いて、苦しげなレイアを懸命に世話する。
コツコツとヒール音が反響してアナスタシアが部屋に入ってくる。
険しい顔をしたアナスタシアはレイアをじっと見た。
「オベロンがあらかた処理を終えていますね。
このまま放っておいてもレイア自身の回復力で十分でしょう」
そう言ってアナスタシアはシュリを振り返った。
「シュリ、レイアをお願いできますか?」
柱の影からこちらをみていたシュリはおずおずとこちらに向かって歩み寄ってきた。 「レイア、どこか、わるい?」
「暫くは目を覚まさないでしょうけど、死にはしませんよ」
表情は変わらなくても瞳が不安に揺れる。
「レイア、苦しそう…」
「ええ。自力で回復できるからと言っても身体の内部を吹き飛ばしたのです。
いくらレイアとはいえ無事では済みません」
「レイア…」
苦しげに呻くレイアの手を両手できつく握る。
「シュリ様…俺達は隣に居りますので何かありましたらすぐにお呼びください」
一応セバスチャンが声を掛けるがシュリは手を握ったまま動こうとはしない。
ジュリアンがセバスチャンの腕を掴んで首を振る。
今はそっとしておくべきであり、レイアが目を覚ますまでここを守り抜く義務があるからだ。
シュリの精神状態に気を配る必要はあるが、今は二人きりにさせておくことにした。
今までこの状態のレイアにシュリを立ち会わせて来なかったつけが回ってきたのか、不安そうに手を握る。
「レイア、いやだ、おきて」
レイアは苦しそうにブランケットを握るだけ。
こんな苦しそうなレイアは見た事がなかった。
レイアはいつも自信に満ち溢れて、綺麗な瞳を柔らかく緩めて微笑んでいた。
「レイア…」
ぽろっとシュリの瞳から涙が零れた。
自分でもわからない感情が込み上げてきた。
「レイア、レイア。
どうしたらいい?おれ、レイアに何が出来る?」
レイアは応えない。
汗が滲んで、苦しげにうめくだけ。
シュリをすくい上げた優しい手が冷たく感じた。
失うのはいつも一瞬だ。
「レイア、いやだ」
深く昏睡してるレイアはどれだけ揺すっても目覚めない。
綺麗な宝石の様な瞳は閉じられて、白い肌が月明かりに青白く映えた。



長い夢を見る。 いつもの事だ。
ふわふわ浮かぶ、ぼくのたいせつな―――


「う、んっ……」
重い体を動かして、瞼を開ける。
いつまで眠っていたのか。
体は重くて力が入らない。
「クソッ…」
こうなったらもう仕方ない。
ジュリアンがめちゃくちゃ世話を焼いてくるのがウザイけど体が動かないから仕方ない。
シュリ、寂しがってないかな?
いつも寂しい思いをさせて、嫌いになったしりしてないかな?
ああ、いやだな。すごく不安になる。
「レイア?おきてる?」
シュリの声がすぐ傍で聞こえた。
「シュリ……どうして」
「良かった、レイア」
ぎゅっとシュリが抱き着いてきた。
「レイア、全然動かないから…死んじゃったかと思って……」
「僕がシュリを残して死ぬわけないじゃない?
僕を誰だと思ってるの?」
撫でたいのに、体を動かすと痛みが走る。
「ぐっ…う」
「レイア、まだどこか痛いのか?」
「大丈夫、だよ。
でもシュリがぎゅってしてくれたら早く治りそう」
シュリは、レイアにぎゅっと抱き着いて、隣に蹲る。
「僕には君がいてくれればそれで十分なんだから」
「ん、俺もいっしょがいい」
甘えるシュリの頭を、痛むのを堪えてゆっくり撫でる。
暖かなシュリの体温を感じながら、瞼が重くなる。
「レイア、ねむい?」
「……うん。シュリが、暖かいから……
ねむく、なってきたな…」
「じゃあ俺がこうしてれば、レイアねれる?」
「うん、ぎゅってしてくれる?」
シュリの暖かな体温に、眠りに落ちた。



「これは……」
シュリの食事を持ってレイアの様子を見に来たジュリアンとセバスチャンはベットで眠る二人を見つけて微笑んだ。
「食事は置いておこうか」
「そうだな、起こすのは流石に忍びない。
レイア様が目覚めたなら、呼ばれるだろう」
レイアの傍で丸まったまま眠るシュリと、そのシュリを抱きしめながら眠るレイアは幸せそうだった。


たそがれびより




レイアの寝室におやすみ前の紅茶を届けて、その日一日の仕事を終わらせるとセバスチャンは自分達の部屋に戻る。
明かりのついた部屋に、少し微笑みが漏れてしまうのは惚れた弱みというものだ。
「ジュリアン、まだ起きていたのか?」
ずっと黄昏が続くこの世界で時計が無いと正確な時間が分からないほどに薄暗いままだ。
二人の寝室はジュリアンの希望でレイアの居室の近くに作られた、眺めのいい部屋だった。
いつでもレイア様のお側に駆けつけられるように。
実に彼らしい理由であり、なし崩しに彼と付き合うことになったセバスチャンもその部屋を使うことになった。

明かりが漏れる部屋の戸を開ければ、温かな光がともされたランプに照らし出されて部屋の中央手前に置かれたソファーにもたれ掛かるようにジュリアンが寝入っていた。
手元には読みかけの本、テーブルには中身が冷えきったティーカップが置かれていて、セバスチャンを待ってる間に眠ってしまったらしいことが伺える。
聖職者としてのローブ姿では無く、パジャマにガウンを羽織っているだけでは寒かろうと思ってどうしようか悩む。
そのまま起きるまで寝かせておくか、ベットに運ぶか。
とりあえず毛布をかけて自分も寝る準備を整えてからジュリアンの隣に座る。
普段あまりしっかりと見ることがないジュリアンの寝顔に目を奪われる。
柔らかな栗毛の髪に隠されるように閉じられた瞳。
貴族の生まれらしい綺麗な顔立ち。
その甘いマスクと、気遣いの出来る振る舞いはご令嬢からの黄色い歓声を一身に浴びることもあったらしい。
セバスチャンには預かり知らぬ貴族の夜会での話ではあるが。
レイアからはジュリアンはそれなりにモテたときく。
熱狂的なレイア信仰者という点をのぞけば、よりどりみどりだろうに。
「……なんで俺なんだ?」
他にも相手は選べただろうに、なぜ自分なのか単純に疑問だった。
ジュリアンの肩にもたれ掛かるように寄り添って、温もりを感じているうちにうつらうつらと眠気が襲ってくる。
「ジュリアン…」
無自覚に、恋人の名前を呼んで眠気に負けて目を閉じた。


「……ん」
不意に目を覚ますと毛布がかけてあり、肩に重みを感じた。
「私は……寝てしまっていたのか。
お前がかけてくれたのか?」
もたれかかったまま反応しない恋人の顔を覗き込むと、どうやらセバスチャンも寝てしまったらしい。
柔らかな髪から覗くほんのり色付いた頬に触れ、コツンと額を合わせる。
仕事疲れで起きる気配のない恋人の唇に触れるだけのキスをして肩を抱き寄せる。
可愛い、愛しい、気が付いてしまえば留まることを知らない思い。
「好きだ」
誰に告げるわけでもなく、眠っている恋人に愛を囁く。
自分にあてがわれた部屋に、当然のようにセバスチャンが帰ってくるのが愛しい。
机に飾ったボトルシップをまじまじと眺めては、不思議そうに首を傾げたり、微笑んだりするのが愛しい。
自分はあまり物を持たないと言いつつも、ジュリアンが作ったボトルシップをあげたら喜んで小さく笑ったのが愛しい。
心配性でお人好しで、どこか目が離せない。
こうして隣にセバスチャンが自分に寄り添い、無防備にも寝顔を晒している。
「可愛い私のセバスチャン。
愛しているよ、これからもずっと」
ぎゅっと抱き寄せて頬を合わせながら小さく微笑む。

耳が真っ赤になりながらも狸寝入りを決め込む可愛い恋人に気付かぬ振りをしながら。

好きの意味




すきって気持ちに素直になれない。
愛情とかよくわからない。
でも、あんたと一緒にいたいとおもった。
ずっと、ずっと、ずーっと。

それだけじゃ、理由にならないかな?


「さむ…」
悴んだ手にはぁっと息を吹きかけて温める。
外は粉雪がぱらぱらと降りしきっていた。
「会うの久しぶりだし、喜んでくれるといいけど…。」
緩みきった表情を浮かべて、ゆるく編まれた薄水色の三つ編みが風に揺れた。
はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
「ただいま、エンドローズ。」
慣れ親しんだ恋人の家の扉を開けると、小さな少女がろうそくの詰まったかごを持っていてこちらを振り返った。
薄い紫色の髪に金色の瞳のその幼い少女はリボンやフリル、レースなどがふんだんに使われたエプロンドレスを着ていて、サイドを束ねている髪には黄色い花の髪飾りが付いていた。
「えっと、だれ?」
「おきゃくさま?マスターに、ごよう?」
少女は無表情のまま首をかしげた。
「えっと、あんただれ?エンドローズは?」
「プリマはようせい、マスターはいま、おへやでねてる。おこしちゃだめなの」
「ふぅん、俺はアリシア。エンドローズの…」
「アリシア…?」
奥から慣れ親しんだ声がして、柔らかな桃色が飛び込んできた時には既に彼はアリシアの腕の中にいた。
「おかえり。」
「うん、ただいま。俺がいなくて寂しかった?」
ぎゅっとエンドローズの身体を抱きしめて冷えた身体を温める。
「うん、まぁ…それなりには?」
「久しぶりに会えたのにつれないなぁ。
そこは寂しかったーって素直に言えないの?」
「一人じゃなかったから、寂しくなかったのは事実だし。」
そういってエンドローズはきょとんとしているプリマを見た。
ようやく拘束から解放されたエンドローズはプリマを手招きした。
おぼつかない足取りでこちらに歩み寄るプリマを、アリシアはじっと眺めた。
「なに、これ」
むすっとわかりやすく嫉妬するアリシアを上目で見て、プリマの頭を撫でた。
「妖精。拾ったんだ。」
「ふーん…妖精って拾うものなの?」
「まさか、妖精は本来妖精の国から出てくることはないけど、この子はワケありでね。
国を追い出されてしまって衰弱してたところを俺が見つけて保護したんだよ。
今は契約して使い魔として働いてもらってる。」
「マスター、ろうそく…もってきた」
プリマはずいっとろうそくの入ったかごをエンドローズに差し出した。
「ありがとう、プリマ」
頭を撫でられて満足そうなプリマを横から見ていたアリシアは面白くなさそうにエンドローズをぎゅっと抱きしめた。
「今日は随分甘えてくるね?」
「寒いから、あっためてよ。」
「…だめだって、プリマが居るし。
寒いならお風呂沸いてるから、入っておいで。」
「むー。」
子供のように頬を膨らませて、アリシアはエンドローズから離れた。
「お風呂、はいってくる。」
「うん、行っといで。」
エンドローズはにこっと笑って、プリマの手を引いて奥の部屋に姿を消した。
幼いプリマの手を引く姿は、親子のようにも見えるので余計に悔しくなる。
「あんたの近くに…一番そばに居たいのに…」
子供っぽいわがままはいわないでおこうと思っていた。
それでなくても仲間内からも外見は大人で中身は子供だと比喩されるのが気に食わないのに、これじゃあ反論の余地もない。
深くため息を吐きながら、暖かな湯船に身体を浸して温める。
「俺が欲しかったのは、こんなぬくもりじゃないのに。」
膝を抱えて、俯いたまま小さな声で呟いた。
「…さみしいよ…」
溜息とともに消えた言葉は、ぬくもりとともに溶けていった。


「で、どうしてこうなった?」
髪を丁寧にタオルで拭いてゆくる編まれていた三つ編みを編みなおすエンドローズを見上げた。
「久しぶりに会ったし、なんだか甘えたそうだったから…ね?」
「そーそー、そうやってあんたは俺だけを甘やかしてくれればいいのー」
「すねないでよ、俺だってアリシアに会えなかったのは寂しかったんだよ。」
そう言って編み終わった三つ編みを離してぎゅっとアリシアを抱きしめた。
「寒いね、今日。」
「雪降ってたから、外は真っ白だった。」
椅子に座ったまま身動きがとれなくなってしまったアリシアを背後からぎゅっと抱きしめているエンドローズがくすくすと笑みをこぼした。
「プリマに妬いてた?」
「…うん。」
「よしよし、素直でよろしいね。」
「…あんたの、一番は俺じゃないと嫌なんだ。」
抱きしめる腕にそっと手を重ねる。
「俺の一番はずっとアリシアだよ?」
「わかってる、わかってるけど…心配なんだよ。
あんた、あーゆうちっさいのに弱いし。
性別ないのにあんな女物のひらひらした服着せたりとか…」
「あのね、人を変態みたいに言わないでくれるかな。
だって可愛い子が可愛い服着ていたら可愛いじゃない?」
先ほどの安心させるような言い回しとは違って、少し焦っているのか言葉尻があやしくなってくるのに、アリシアは少しだけ微笑んだ。
「プリマに構うのもいいけど、大概にしないと俺怒るから。
あんたは俺のものなんだからね」
そう言って、ぐいっと引き寄せて軽くキスをおとした。
「ん、そんなの言われなくても知ってる。」
「楽しんでるだろ、俺がこうしてあたふたしてるの見て。」
エンドローズはにっこり笑ってアリシアの腕の中に収まった。
「可愛いなぁとは思っているよ?」
「またそうやってすぐ子供扱いする。
俺、もう子供じゃないのに。」
抱きしめた身体をテーブルに押し倒して、柔らかな頬に手を沿わせる。
「身長も伸びたし、こうしてあんたを抱きしめてキスすることだって…」
「そうだね、出会った頃は小さくて可愛かったのに。」
「どうすれば、あんたの理想になれる?
俺、全然わかんない。」
思いつめたように顔を埋めてくるアリシアの頭を撫でて、天井を仰ぎ見ながら呟いた。
「そのままでいいよ、そのままのアリシアが好きだから。」
「……うー…」
ぐずる子供をあやすように頭を優しく撫でて、ようやく身体を離した。
「ほら、おいで?」
「……うん。」
体は大きくなっても、無垢な心のまま自分に全てをさらけ出してくるアリシアを、単純に愛しいと思っている。
アリシアもそんなエンドローズの気持ちは理解しているつもりだったが、いかんせん感情たちがざわついてセーブしきれない。
特に騎兵隊に所属するアリシアは遠征に参加することも多く、大半を離れて過ごしているために余計に。
一緒にベットに入って、抱きしめた恋人の身体が自分よりちいさく感じるようになったのはいつごろだったか…と、アリシアは腕の中に抱きしめた身体に力を込めた。
「すき、大好き…」
「知ってるよ」
「でもすき、すごいすき。あんなちびすけに負けないくらい好き」
「判ってる。それにプリマは…」
「でも、好きだから。聞いて、俺の言葉。俺の気持ち、ちゃんと届けたい。」
まっすぐな瞳が揺らぐこと無く真っ直ぐにエンドローズを見つめる。
「俺も、アリシアがすきだよ。
だから一緒に居るし、いつも君の帰りを待っている。」
「…ごめん、俺嫉妬ばっかりして。あんたから見たらまだまだ子供かもしれないけど…
頑張って大人になるから、嫉妬しないようにするから、嫌いにならないで…」
アリシアのいいところは気取らないこと、素直なところ。
こうして失敗も素直に認められるところ。
そんな謙虚な所に惹かれたエンドローズは、アリシアの頬に手を添えてそのままちゅっと軽くキスをした。
「嫌いにならないよ」
「…よかった」
久しぶりにあった恋人のぬくもりを感じながら、アリシアは幸せそうに目を閉じた。


嫉妬しても、すねたりしても、離れていても、
お互いの気持ちが繋がっていれば寂しくない。
今までも、これからも、この先もずっと。
そしてこれからは、小さな可愛い妖精が恋のキューピットになるのかもしれない。
それはまた、別のおはなし

フリージアの髪飾り



「どうしてお前は皆と同じことができないんだ!!」
「この落ちこぼれ、妖精界の面汚し!!」
「お前のような出来の悪い妖精はここには必要ない、何処へでも行っておしまい!!」


口々に、一斉に幼い子供を責め立てるのは、同じような子供サイズの人間。
子供は追い立てられるようにそこから逃げ出した。


ここは妖精の国。
妖精が集まり統治する国は豊かな自然と森の生き物や大人しい魔物が共存している平和な国。
そこに一人の落ちこぼれの妖精が居た。
妖精は他の妖精が出来ることが上手く出来なくて妖精の国を追い出されてしまった。
国を終われた妖精は歩き続けた。
なんにちも、なんにちも。
やがて体力も尽きて地面に倒れたまま一歩も動けなくなってしまい、死を覚悟した。
死ぬのって、怖いのかな…
なんて考えながらゆっくり目蓋を閉じようとしたときでした
「大丈夫かい?」
優しい声に目を開けると、柔らかな桃色の髪の青年が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「……ぁ…」
妖精はかすれた声で、何か伝えようとするのに言葉が上手く出なくて、震える手をきつく握った。
「無理に喋らなくていい。
今手当てしてあげるから、じっとして」
妖精の体はボロボロだった。
裸足の足は傷だらけで傷口から雑菌が入って酷く膿んでいる。
指も爪が欠けて、体のあちこちに切り傷や内出血のあとが見られたが、極めつけは妖精の羽だった。
月の光を浴びて七色に輝く羽はその輝きを失い、ほぼ透明に近い色合いになっていて、かなり弱っているのが一目で判った。
青年は妖精を優しく抱き起こし、鞄から薬を取り出した。
「飲んでごらん、すぐに元気になるよ」
「ん…」
妖精は言われた通りに薬を飲み干した。
目蓋がだんだん重くなってきて目がかすみ、そのまま目を閉じた。
ぐったりしたままの妖精を抱き上げると、青年はそのまま自分の家に連れ帰った。


「ん…」
目を覚まして、見知らぬ光景に妖精は辺りを見回した。
「目が覚めた?どこか痛いところはない?」
先程の青年がベットの側に座っていて妖精の頭を優しく撫でた。
「あ、の…」
「君は妖精だよね?
妖精は妖精の国から出ることは滅多に無いと聞いていたけど、何か理由があるのか?」
妖精は何と言っていいか判らずに黙り込んでしまった。
妖精の中には国に居ることを窮屈に感じて人の世界に飛び出してくるはぐれ妖精も居て、その類いなのだろうと思うことにして青年は温かいハニーレモンの入ったカップを差し出した。
「暖まるよ」
そう言われて妖精は両手でカップを受け取るとハニーレモンに口をつけた。
「…あったかい…」
「所で、君は行く宛はあるの?」
妖精は首をかしげた。
「いく…あて…?」
「どこかに行く途中だった?
それなら送って…」
「ない、わたし、いらないこだから。」
妖精は表情を変えなかったが、何となく悲しんでいる気がして、ぎゅっと小さな体を抱き締めた。
「そうか、ならうちの子にならない?
ちょうど助手が欲しかったんだ。」
「でも…わたし、なにもできない
だいようせいさまが、おまえ、おちこぼれだって…だから…いらないから、どこかにいけって…」
妖精は国を追われた経緯を拙い言葉でぽつぽつと語った。
青年が理解したのは妖精が月の力を司る妖精で、上手く力を使いこなせずに妖精としての役割を果たせないことから妖精の長である大妖精に勘当されたという事だった。
満月の様な瞳が不安に揺れる様を見て、青年は妖精と契約して妖精を使役する主人になる事を決めた。
「俺の名前はエンドローズ。
君の名前は?」
「…ない、なまえはいちにんまえになったら、だいようせいさまが、くれる」
「そうか…じゃあ、俺が君に名を与えよう。
君は俺に遣え、俺は君に名を与え力を与える。
それでいいかな?」
妖精はエンドローズの服をぎゅっと握った。
「そうしたら…ここに、いていいの?」
「勿論だ」
「なら…いい…」
妖精がそっと目を閉じた。
ふわりと薄い金色の光が妖精を包み込む。
「汝を使役する者、エンドローズが汝に名を与える。
汝の名は…プリムローズ」

初めて名を与えられた妖精は契約の証としてフリージアの髪飾りを手に入れた。
これで妖精は一人ではなくなった。

「これからよろしくね、プリムローズ」
にっこり笑って優しく頭を撫でると、プリムローズは微かに口許を緩めた。
「はい、マスター」



とてとてと先程から忙しなくいったり来たりしている小さな姿を見て、エンドローズは小さな笑みをこぼした。
「プリマ、さっきから何を探しているんだ?」
「マスター、プリマはおせんたく…してた」
ヒラヒラのエプロンドレスを両手に抱えて水場と自室を行ったり来たりしていたらしい。
「何度も往復するのは大変だろう?
ほら、寄越しなさい」
「ひとりでも、できる…」
「いいから。
ついでに俺の洗濯物も一緒に洗ってしまおうか、今日は天気がいいしね」
「うん、プリマがんばる」
表情こそ乏しいが、出会った頃より大分感情を現すようになったプリムローズが洗濯物を抱えてよたよたしながら付いてくるのが愛しく感じるようになった。
「こんなこと、あの子の前で言ったら怒るんだろうけど…」
楽しそうに笑いながら、エンドローズは洗濯物の入った籠を持ち上げて水場に向かう。

今日はいい天気だから洗濯物が早く乾きそうだ。
余った時間はプリムローズを連れてどこかにいこうかと考えていると、よく聞きなれた愛しい声がエンドローズの名を呼んだ。
どうやら忙しい午後になりそうだと一人の笑いながらドアを開ける。


スイートトラップ



お前にあげたいものは、たくさんあるのだけれど…


もし、ひとつだけ。お前に差し出せるとするならば…


僕は、これをお前に差し出すよ。



夕暮れの王都。
騎兵隊の執務室から城下街を眺めていたレイアは、珍しく憂鬱だった。
自分の全てに絶対的自信を持っているレイアが、こういった気分に浸るのは珍しく、隊員たちもあまり近寄ってこない。
窓にもたれかかって、ため息を吐きながら陽が沈んでいく町並みをただ眺めている。
特に、意味などなかった。
ただ、感傷に浸りたい気分な時もある。
普段の彼を知る人物なら、誰でも驚くはずだ。
傍若無人で傲慢。その癖人々を魅了して止まないこの英雄は、所詮他人から見れば英雄様でしかないのだ。
「もう、いいかな。」
今日の分の仕事は優秀な部下に押し付け…もとい、任せてある。
レイアは窓から離れて、そのまま隊舎を後にした。


今の彼の心を埋める、たった一つの元に。



「ただいま、シュリ。」
自室に戻ると、ぐったりとした銀髪の少年がこちらを恨めしそうに睨んでいた。
この少年は以前に訪れた侍の里から拐ってきた忌み子だ。
里一番の娘を用意すると言われたが、レイアはそれを断り強引に連れ帰ったこの少年がとてもお気に入りだった。
「今日も仕事が手につかなかったよ。」
「……」
「お前のせいだよ、どうしてくれるの。」
「…知らない、俺のせいじゃない。」
無知ゆえか、世間知らずなのか…
隔離された世界で育ったシュリには、レイアが何者であるか知る由もなかった。
だから、レイアの興味を引いた。
自分を英雄として扱わない、シュリの態度や、美しい容姿、どこか暗い影を背負った儚気な所も、全て。
「僕をこんなに夢中にさせたのは、お前が初めてだ。」
レイアは、ゆっくりとシュリの頬に触れた。
「愛しい、愛してる、そんな言葉じゃ足りないくらいお前が欲しい。」
「意味がわからない。」
「今はまだ、わからなくてもいいよ。
ただ、その意味を理解できる頃になったら、お前はもう僕から逃げられないよ。絶対に。」
シュリは不思議そうに首をかしげた。
「わからない、俺はもうあんたのものだろ?」
シュリの言葉に、今度はレイアがきょとんとした。
「ははっ、ほんと面白いなお前は。」
レイアは可笑しそうに笑って、シュリをぎゅっと抱きしめた。
「シュリ、君にひとつチャンスを上げよう。」
レイアは突然真面目にシュリをまっすぐ見つめて言った。
「なんだよ…」
「いいかい、僕は凄く嫉妬深い。
そして、周りが思っているような高潔な勇者様なんかじゃないんだ。
お前の大切な人でも、僕は僕の目的の邪魔になるなら容赦なく排除する。」
真剣なレイアの言葉のひとつひとつを、シュリもおとなしく聞いている。
「お前が、どれほど止めてくれと懇願しても、嫌だといって逃げ出しても、僕はそれを許さない。
それでも、お前は僕についてくるかい?」
一瞬だけ、シュリが驚いた顔でレイアを見上げた。
「…お前が、何を言いたいのか…俺にはよく判らない。
だけど、俺は…お前以上に大切なものなんてこの世にただ一つとしてない。」
それを聞いたレイアは、驚いて、それからやんわりと微笑んだ。
「ばかだね、お前は。せっかく僕が逃げる最後のチャンスを与えてやったのにふいにするなんて。」
もう一度、シュリの体をぎゅっときつく抱きしめる。
シュリの甘い匂いがレイアを満たしてく。
もう、後にはもどれない。
「もう、2度と離さないよ。
お前の全ては永遠に僕だけのものだ、勝手に傷つくことも死ぬことも許さない。絶対にだ。」
「ああ、俺の全てはお前のものだ…
だから、俺にもお前の全てをくれ、ずっと側に…離れないように…」
ぎゅっと、シュリの腕が背中に回される。
暖かい気持ちにで満たされる。
欠けていた何かが、ぴったりとハマったみたいに、二人の心が幸せで満ち溢れた。
「それは、最高の殺し文句だね。
いいよ、シュリにあげるよ…僕の全て。僕の心を。」

シュリは、嬉しそうに笑って、ぎゅっとレイアに抱きついた。

愛しくて、愛しくてたまらなくて
自分自身がおかしくなってしまいそう。
僕の想いはかけらになって、シュリの心に染み込んでいく。
じわじわと、ゆっくりと…本人も気づかないほどに。


それが、僕の仕掛けた最初の罠。
お前に僕が差し出すものは、恋という名の甘い罠。

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