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スイートドラッグ




「やぁあああああああッ!!!」


鶴の絶叫で目が覚める。
「あが、ぐ、ひぁっ、あひ、ぐずり゛
おぐずり゛ほじい」
喉を掻きむしりながら泡を拭きながら痙攣する。 薬を断って二週間たった。
鶴は相変わらず俺を認識出来ない。
鶯に昼間鶴の監視を任せ、俺は大学で研究を進めながら鶴の回復を待つ。
三条から渡された薬のボトル。
鶴に投与された媚薬成分の強い常習性のドラッグを打ち消す作用がある薬。
俺はこれを鶴に与えていない。
鶴が本当に薬を必要とするギリギリまで待って、ダメなら投与するつもりだった。
そう決めていたがあの子は我慢強いのか、俺の声が届いているのか、薬を求めはするが、与えないとひとしきり暴れて気を失う。
「いい加減与えてやれ、毎夜毎夜うるさくて叶わん
それに鶴の体にも悪い」
鶴が暴れ出すようになってから、休みの前の日は黒葉が泊まりに来てくれるようになった。
欠伸をしながら目線だけで訴えられる。
はぁ、とため息をついて悶え苦しむ鶴を抱き起こす。
「鶴、口を開けて、薬だぞ」
「くすり、はぃ、あーん」
口を開けて雛鳥みたいな鶴にキスをする。
そのまま鶴が吐き出さないように舌で押し込む。
「ん、ちゅ、ふぁ」
薬を飲んだ音がすると、唇を話す。
糸が二人を繋ぎ、とろんとした瞳の鶴が物欲しげにこちらを見上げる。
抱きしめたい気持ちを抑え、鶴から離れる。
「……」
鶴がなにか言いたそうにこちらを見る。
薬の効果も抜けてきているはずで、認識出来なかったものが少しづつ認識できるようになってきているようだ。
最初の頃はご主人様だと認識していたのを、疑問の残る口調でおにいちゃんと呼ぶようになった。
が、俺が誰の兄で、兄がなんであるかはまただぼんやりとしている。
「にいちゃん、にいちゃ…」
涙を零して縋る鶴の身体を抱き締めて安心させる様に撫でる。
薬で飛んでる今は鶴の深層心理に影響が出やすい。
「ああ、兄ちゃんだ」
「にいちゃ、こわい、たすけて、にいちゃ、にいちゃ」
舌足らずな声で、震える身体で、涙を零して、俺に縋る可愛い鶴。
「ああ、助けてやる。
鶴が兄ちゃんの言う事ちゃんと聞けたらな?」
「きく、ちゅゆ、いいこする、にいちゃ、にいちゃ、こわいよぉ、たすけて、はやくきて」
「鶴は何が怖いんだ?」
「ご主人様、知らない人、一杯…
ちゅゆに、痛いこと、する。
おしり、いっぱい、知らない人、ずぽずぽ、て、やなの、ダメって、おくすり、あたま、おかひくなて、やなのに、ちゅゆ、みんなのおよめさん、おなか、あかちゃん、はらませるて、やだって、たすけてって、よんでるのに、だれか、わからない」
「そうか、鶴が呼んでるのは兄ちゃんだ。
助けに来たぞ、ほら、良く見ろ、鶴の大好きな兄ちゃんだろ?」
鶴はぐちゃぐちゃの顔を上げて俺を見上げ、濁った目のままふにゃっと笑う。
「にいちゃ、……にぃ、く、に…にぃ」
かくんと倒れ込む身体を抱きしめれば、戸口で見守ってた黒葉がすかさず鶴の脈や心音を確認する。
「眠っただけだ、大分刷り込みが上手くいってるようだな。
この分なら三条の薬は本当に必要無いな」
「この子は俺のモノだ、何とかするさ」
倒れた鶴の体を抱き締めて、頬をすり寄せる。
可愛い俺の宝物。
何にも変え難い、一番愛しい弟。
「脈も安定してきたし、今日はもう休ませてやれ」
「ああ、そうする。
君も休めよ、連日お鶴の世話で疲れたろ?」
「お鶴は俺の弟でもあるんだ、当たり前だろう。
お前も早く寝ろ、目元の隈が隠しきれなくなる前にな。おやすみ」
黒葉が居なくなり、ベットに寝かせた鶴の頬を撫でる。
愛しい鶴、だけど今は俺の鶴じゃないから。
すぐに元に戻してあげる。
お預けした方が、キミは何倍も効果が出るだろう?


「にいちゃ…お、おくすり、くださ…」
「我慢しろ、お預けだ」
冷たい目で見下ろさる。
息がヒュッと詰まる。
薬漬けにされた身体は薬とちんぽを求めて震える。
「おねが、げんかい…おちんぽほしい、おくすりほしい、おまんこ、つかって?」
おにいちゃんは無表情で手を払い、机に広げた本に目を落とす。
どうして、何がダメなのかわからない。
こうすればご主人様はおちんぽもおくすりもくれたのに……。
「おにいちゃん、つる、わるいことした?
つるわるいこだから、おちんぽもおくすりもくれないの?」
「そうだな、鶴は悪い子だ。
俺が欲しければ薬なんかに頼るな」
「くすり、がまんしたら、いいこ?」
もう、頭が割れそうなくらいおかしくて、死んじゃいたくなるほど辛くて苦しい。
どうしてこんな事を強いられるのか判らない。
大切だった、名前も知らない人。
その人が悲しむから、嫌だった気がする。
何が嫌?薬?セックス?
大切な人が誰か判れば、それも思い出せるかな。
「薬に頼らなくなったらだな
それとも薬に頼らないと君は俺で気持ちよくなれないかい?」
「そんな事無い!国兄はいつも俺に優しくしてくれた!」
無表情に、冷たい口調で言われた言葉に腹が立って、つい口を出た言葉に驚いた。
おにいちゃんはもっと驚いたみたいで、宝石みたいな綺麗な目を見開いてる。
「あ、え……?おれ、なんて?
くににぃ、やさし…おれの、にいちゃ……
あ、あ、うわあああああああああぁぁぁ!!?」
「鶴、可愛い鶴。おいで?」
おにいちゃんが、両手を広げてにっこり優しく笑う。
初めて見たおにいちゃんの笑顔なのに、すごく懐かしい。
そうだ、この人が、俺の、大切な…
霧がかった思考が一気に晴れたのと同時に俺は国兄の腕に飛び込んだ。
「国兄!国兄!」
「はは、俺はここにいるよ」
「国兄ごめんなさい、いっぱいいっぱいごめんなさい!」
「もういいよ、大丈夫
鶴が元に戻って良かった」
「国兄、俺、嫌いになった?
俺、汚れちゃった…国兄だけのものなのに、いっぱい、抱かれ……あ、ああっ…」
涙をボロボロこぼして泣すがる。
俺はずるい、こんな事しちゃいけないのに、最低だ。
「鶴、確かに俺は怒ってる。
あれだけ言ったのにキミが警戒を怠るからこんな事になったんだ」
あやす様に背中を撫でられ、言葉が胸に刺さる。
「だから今度から依頼は一人で受けない事。
どうしても一人じゃなきゃダメならその依頼は断れ、鶯がいないなら俺が行く。
判ったな?」
「ん、ん、約束する、絶対一人で行かない!
うぐと、国兄と行く、約束する」
「よし、いい子」
ぎゅっと抱き締められちゅっと触れるだけのキスをする。
「ん、んちゅ…は」
「物欲しそうな顔…でもあげない。
薬の効果が抜け切るまでな?」
「そん…な…俺、我慢したよ?
お願い、少しでいいから、いい子にするからおちんぽちょうだい」
「駄目だ」
いつもより低い声で拒絶され、ひゅっと喉の奥が詰まる。
「あ、あ…国兄、ぐに"に"ぃ、だずげで"、おりぇ、おかじぐな"……ああああああああぁぁぁ、おくすり、おくすりおくすり!
おちんぽおくすりくらしゃい」
「鶴、鶴は俺との約束を破った悪い子。
これはお仕置きだ、我慢出来ないなら外に出てその辺を歩いてる奴にちんぽ嵌めてもらえばいい」
「いや!国兄いがいは、もう、嫌だよ…」
どうしてそんな酷いことを言うのか理解できない。
「じゃあ我慢出来るだろ?」
「……我慢したら…捨てないでいてくれる?
キスは?キスもダメ?ぎゅーもダメ?
えっちな事我慢するだけじゃダメ?」
「だーめ、えっちもフェラもオナニーもだめ。
キスならとぎゅーは……まぁいいか。
でもどうしても我慢出来ない時だけだ」
「…判った、我慢出来なくなったら、国兄のとこいく。 できるだけ我慢する。
なぁ国兄、約束するから、今度は絶対守るから、一緒に寝て?
絶対我慢するから、お願い、こわいの」
「ああ、大丈夫。
兄ちゃんがずーっとそばで守るからな?」
ちゅっと額にキスをされ、抱き締められてベットに寝かせられる。
安心する大好きな兄の匂いに満たされ、薬が欲しくてたまらないのを我慢する。
ぜぇぜぇと呼吸が乱れ、狂いそうな重圧に耐え、国兄にしがみつく。
「大丈夫だよお鶴。お鶴なら耐えれる。
怖いことは何も無い、全部兄ちゃんがぶっ飛ばしてやるからな」
優しく抱き締められ、頭を撫でられてふわりと唇が重ねられる。
男達の玩具になっていた時のキスなんか比べ物にならない程気持ちいい。

俺はやっぱり、この人の為に産まれてきたんだと自覚した。

大学組(3人小話)


「あー、クソ真面目に授業受けるのもかったるいなぁ」
大学の二階にある喫茶店スペースで文句を言うのは、今し方合流した赤い髪の女だった。
女性にしては品の無い様子で椅子にどかりと音を立てて座る事に国永は顔をしかめる。

「煩い、静かに出来ないのか君」
「何見てんだ? 心理学の本なんて今更だよ、な…………「なるほど!」とわかるマンガはじめての恋愛心理がく……え?マジで何見てんだよ?」

こわっ、逆に怖いっ、と静かに騒ぐ紅い髪の女――ヒスイに然りと同意を示すのは同じ大学の黒葉だった。
高校の時にヒスイが加わるまで、二人は中学からの付き合いらしいが、その黒葉ですら言葉を無くしている。
いや、完全に面白がっている方だろう。

「で? 何でそんなもん……弟の事とは別件か?」
「ああ、講義の講師が書いたとかで配られたから見てる」
「ほう、何か理解できた事はあるか?」
「さあな……愛着理論だのコミュニケーション上の心理作用だの恋愛心理学は納得できない」

真剣に読んでいる内容がまさかの恋愛ハウツー本、しかも初級編で詰まっていれば笑えるという物で。
国永の見た目は極上、中性的な面差しにルビーのような瞳、桜色の髪は儚さを醸し出している。
一方で、器用貧乏という言葉が当てはまるほどの天才性。
何でも見る、聞くだけで粗方の事は理解してしまう。
ただし、機械工学と恋愛以外。
恋愛観が全く無いくせに誰とでも付き合い、2.3ヶ月で相手を振り、そしてまた相手を作るという、いわゆるモテ男という奴だ。
突き合うのに特定のタイプは居ないが、相手の名前を知らない事もざらなら行為の途中で止めるのもざら。
そんな国永だが、女子からの人気は圧倒的らしく、近くに女が居ると周りの目線がきつくなった。

「まあお前の場合、ぐずぐずに腐ってる腐葉土みたいなもんだから、当てにすんな」
「おや、砂漠に希にあるという底なしの砂溜まりでは無いのか?」
「どっちも良い意味で無いのは理解した」
「悪い悪い、おこんなよ。茶でも奢ってやるからさ」
「……ハニーシュガーディッシュもつけたら許す」
「では俺はカフェオレとココアドーナツにしよう」
「誰がお前の分も出すって言ったよ」

どっちかと言えば共犯とも言える黒葉に軽く睨み付けてからシニカルに笑い、しゃーねーなーと財布を尻ポケットに入れてレジに並ぶ。
何気に面倒見が良くサバサバとして常に不適に笑ってみせるヒスイは、生徒達の憧れが強い。
顔は美人、体はスレンダーで翠の瞳を優しげに細めて相手の相談にも真剣に乗る。
姉御肌な所が年下には人気で、年上には頼られたいと狙われていた。
もっとも本人は性別関係なく雑食で恋人の数は数知れずというスケコマシとしても有名であった。
本音は弱った人間を捨て置けないお人好し、動物愛護、などと国永と黒葉の両名から呼ばれているが。

「ほら、買ってきたぞ」
「ふむ、お前はカツサンドにしたのか」
「これから文化祭準備で動くからな、今のうちに食っておく」
「文化祭」

聞いてぱちり、と眼を瞬かせたのは黒葉だった。
不意に両隣から怪しげな目線を受ける。

「まさか忘れてたのか?」
「俺は君に外ステージのダンスを頼まれた気がしたが?」
「いや、忘れては居らぬ。ダンスの方は後輩にお前を誘うよう頼まれたのだ。ヒスイが何をしでかすかと思ってな」
「展示スペース。将来的に独立して店を出すって言ったら、店を想定したショウケースを作れって」
「店……アクセサリーか? それなら行けると思うけどな」
「まあ、それとドレスとかレースかな。パンク系な服も一式作りたい」

次々ともたらされるアイデアに、黒葉は首を捻った。
動く和人形とも言われている黒葉は、表情をあまり変えないが漆黒の髪を褒めそやされ、それこそ雛人形の様に扱われている。
初めて出会った人間にエスコートをされていたり、飲み物を渡されていたりと。
大抵は断るのだが、たまに踏んで下さい、尻を叩いて下さい、蹴って下さい等の見当違いなお願いもされる。
しかも告白の度に男女問わず言われるのだから、本人は溜まった物では無い。
それすらも残りの二人は笑い話にするのだが。

「多くは無いか? 裏で作り置きでもしているのか」
「アクセ系はしてあるのが幾つか。服はデザイン決まってるから仮止めで良いし、問題は展示方だな」
「展示方法? ハンガーじゃ駄目なのかい?」
「お前……味気ないだろう。せめてマネキンが欲しいが……そこで頼みがある」

頼み、と聞いた瞬間に国永と黒葉は手元を見下ろした。
よもやこの様な安上がりで済ませる気なのか、と。

「いや、礼は別に用意するよ。服のモデルになってくれ、本番は針金でマネキン作るから」
「俺達の寸法? 俺は問題ないけど……ああ、黒葉は女性用か」
「国永、口が過ぎるぞ?」

にこにこと笑いながら怒る黒葉に、国永は大人しく口を閉ざした。
しかし礼は別に、と言われてもアクセサリーに興味のある方でも無し、黒葉にはあまり旨みの無い話だ。
それでも友人の頼みというなら断る理由も今のところ無い。
ならば何か出来てから礼を頼めば良いかと判断し、黒葉は頷いた。
国永はもうヒスイの作ったリストから礼を選んでいる。
見目を気にしている風でも無いのにシルバーアクセを好むのは、やはり趣味の一つだろうか。

「寸法って、どこで計るんだ?」
「ああ、この後講義無かったよな? プリンター室行こうと思って」
「プリンター室?? そんな物があるのか」
「おいおい、3Dプリントが出来るってんで使ってる学生も結構居るんだぜ? そこで二人の手のデータ採って、あと足も欲しいな。あと国永の首回りとー……」
「おいおい、大分大掛かりだな……」
「っても、プリンターで作るだけだけどな。首はネット使うけど、手と足はコピー機に突っ込むだけだし」
「機械は分からん。所要時間は?」
「10〜20分、すぐ終わるさ。その後に寸法をメジャーで測らせて貰う」

ようやく分かる単語が出てきた事で国永と黒葉はほっと一息吐いた。
あれやこれやと難しい事や構想を聞かされても、結局はやってみないと分からないのだ。
たかが文化祭一つによくもまあ、講師の嫌がらせをそれ以上の物で返そうとしおって。
喧嘩は売られたら買う、の主義であるヒスイを見て、黒葉はため息を吐いた。

「そういえば黒葉、お前は? 医学部の方では何かやるのか?」
「うむ、どこぞの大学病院教授をお呼びして講義だな。その後、解剖をする」
「え、人間?」
「牛か豚だった気がするな。学生に人間は捌けぬよ」
「無難だな」
「その後、バーベキュー大会だ」
「「おい」」

自分で解剖した肉を食うのもまた醍醐味、と頷く黒葉に胡散臭そうな物を見る目の二人。
明らかに医学部が一番常規を逸してるよな、とコソコソと話し合う。
こんなデコボコな親友組だったが、結局は三人の中では己が一番マシだとそれぞれで思っているのだった。

催眠コネクト10

夜、それも皆が寝静まった深夜。
同じ室内で動くモノの気配を感じて正常に目を覚ます。
布団が乱れて抜け出ているのを確認し、パタリと扉が閉まってから行動を開始した。
夜目は利く方なので明かりは取らず、足音を殺して一定距離で尾行をする。
対象は……椿国永だ。
昼日中で見せる彼の雰囲気とは違い、ぺたぺたと裸足の足でゆっくりと歩く様は不気味。
ふらり、ゆらりと暗闇の中に白い姿を浮かべるのは幽鬼のようだ。
儚げに、けれども確実に前へと進んでいく彼は……その実、猟奇的。
獲物が掛かるのを待っている毒林檎のような毒を制する、それが指令だった。

「こんばんは」
「…………」
「この時間の徘徊は推奨しかねます。部屋に戻りましょう」

返事は無い。
しかし、国永の肩は揺れていた。
それが笑いからだと気付いたのは、瞳孔の開いた瞳でぎょろりと振り返られたから。

「はは、あははははは!!今度はお前が俺を閉じ込めるのかい?枷を付けて、首輪を付けて、犬のように這いつくばらせて……あいにくだが、そういう趣味は無いんでお断りだなぁッ!!ヒャハ、キャハハハハハハッ!!!!」

三日月を背負い、闇の中で哄笑する姿。
月に魅入られた狂人、というのを思い出して背を震わせた。



「それでは国兄さん、今日はこちらのおつかいをお願いしますね?」

そう口にして封筒をにこにこと差し出し、国永も嬉しそうに受け取った。
今の国永は自称7才、幼い言動と行動はいつもの彼とは大違いだ。

「うん!あのね、がんばるね?つるといっしょ、いーい?」
「ええ、良いですよ。鶴丸さんとお手々を繋いで、転ばないように気を付けて下さいね?」
「はーい!くに、つるといっしょ!つる、ころぶない、みてるね?」

クスクスと無邪気に紅い眼を細めて微笑む国永は、自分が何故ここに居るのかを知らない。
ただ皆を家族だと認識しており、この家を帰る場所だと認識している。
弟は鶴丸と鶯であり、父は黒葉、母は一期、ここは兄で宗近は特別、ノインを姉だと。
何故学校に行かないのかは聞かない。
ただ、日々を皆に可愛がられてゆったりと過ごしていた。

「よーし、国兄! 今日のお使いは何なんだー?」
「つるー! ふふふ、あのね、あのねぇ……あおいおはなと、きいろのおはなと、しろいおはなと、いっぱーい!」

後ろから鶴丸に抱き締められて嬉しそうに微笑み、封筒の中身を開けて一枚一枚取り出していく。
家中をお花で飾りたいと言った国永に、ゲーム性を持たせよう、と提案したのは鶴丸で。
庭の花や温室の花、一つ一つを写真に撮り、丁寧にカードにしたのは一期だ。

「あおいおはなはねぇ、さ、い、ね、り、あ、だってぇ!おにわにあるの!」

ふにゃふにゃと無垢な微笑みを浮かべて鶴丸を仰ぎ見る国永は、鶴丸の見た事がない姿。
国永はいつだって冷静で、超然と構えて、大人の表情を浮かべていた。
鶴丸を見るその瞳は愛しいと細められた事はあれ、頼られるような、幼い表情は見た事が無い。
少しだけ、ショックだった。
兄が自分を理解出来なかった時よりも、兄を追い詰めていたと知らされた時よりも。
国永の事なら何でも知っていると思っていたのに、今の姿は知らない誰かの様で。
無邪気な笑みを見ると、無垢な行動や発言を聞くと、寂しくなる。

「つる? つー、きょうのゆびわ、なにいろー?」
「ん?あ、ああ……そうだな。桜色……いや、ピンクかな」
「ぴんく? うん!かわいいねぇ、つる、にあうよ!」

嬉しそうに抱き返してくれる国永に、ピンクが一番似合うのは国永だと言いたくなった。
国永の色だから好きで、そして国永は今も鶴丸が寂しくなるとこうやって喜ばせてくれる。
どれだけ変わってもやっぱり兄なのだと、愛しい旦那様なのだと思い抱き締めた。

「つーる、おはないっぱぁい!あ、ちょうちょ、ちょうちょ!」
「国兄待って、そのままじゃ転ぶって!足下危ない!」
「きゃんッ!」

石に気付かなかった国永は足を取られて転ぶ、と見せ掛けて前転で回避する。
元々身体能力の高い方と言える反応に、安堵の息を吐いた。

「国兄、大丈夫か?」
「ふふ、あはは、おもしろーい!あのね、こてんしたら、おそらあってね、くに、おしりにしちゃうとおもったの」
「ん?転んで空が反対にあったから面白いの?」
「うん!ねぇねぇ、つるもしよー?」

嬉しそうに微笑みながら首を傾げてくる姿は、もの凄く可愛い。
甘えてみせてくれる国永に心の涙を零して頷きながら、今日の予定が無かった事と遊ぶ係を勝ち得た事を感謝した。
しかし、

「お鶴、国永。今帰ったぞ、迎えておくれ」
「あ、くろばー!おかえりなさーい!」

至福の時間は突如として響いた声に打ち切られる事になる。
驚いて声の出所を探せば、今日は午後休としていた黒葉が微笑みながら手を振っていた。
走って黒葉の元に行く国永を追って、鶴丸もついて行く。
もうすぐ一期のおやつが出来上がると聞いて、黒葉と手を繋ぎながら室内へ入っていった。
これから一杯遊ぶのだと楽しみにしていた鶴丸は肩を落とし、しかし喜んで後を追う。
リビングにはここも揃っていて、彼は小さな白いウサギのぬいぐるみをファンから貰ったと言って国永に渡した。

「ここ、ありがとー! ふふ、くろばみてー、このこ、しろちゃん!」
「おお、可愛いなぁ。おや、しろと名付けたのか?大事にしてやるのだぞ」
「うん!」

膝の上にぬいぐるみを載せて嬉しそうに笑い、両隣から温かい眼差しを受ける国永。
喜ぶ国永にそんな幻視をし、不思議と泣きそうになった。
温かくて、幸せで、きっと兄が欲しかったのはこれだ、と。

「おや、どうした?」
「ちか兄……ううん、おやつ待ち!」

そうか?と優しく微笑まれながら目尻を撫でられ、恥ずかしくも微笑んだ。
隣に座り直してくる宗近と話をし、国永の様子を並んで見る。
ぬいぐるみを撫でたり抱き締めたり、と珍しげに触って喜んで居た。
ふわふわの毛並みを頬に当ててうっとりと微笑み、桜色のサラサラとした髪と同じく頬を桜色に染めている。
二人の心の中は一つの思いで満たされた。
今日も嫁、旦那が可愛い、と。

「国永はぬいぐるみがお好きですか?」
「えっと、ぎゅうってできる、すき」
「おやおや、普段からお鶴を抱き締めていたからなぁ。癖になっていたか」
「くせ?? わかんない、でも、あんしんー!」

にこにこと無邪気に、そして無垢に笑う姿は見た目は変わらないとしても幼く見える物。
可愛らしいと見る裏では、本来の姿を見せて欲しいとも思うのだった。



地面に倒れ伏した体を腕で支えて起こし、左右非対称の憎悪の表情をノインに向けてくる。
本気で殴りにこられ、蹴りを交わし、格闘を交えて吹き飛ばしたのはノインの方だった。

「クソッ、くそ、くそ、くそくそくそくそクソッ!! 何なんだお前、異常だ!化け物めッ!!」
「そうです、銀狼会に居た頃の私はバケモノでした。ですが今は元兵士であるだけの、ただの人間です」
「兵士? そんなもんじゃないだろう? 君は……精神性の欠如、感情の欠落、倫理観の崩壊。急所を狙う一撃、攻撃予測の為の隙、殺意も無く人を殺す事に特化させた確実性。ハハッ、アハハはハハハははッ!!! 君は兵器だ、人間の形をしただけの、兵士という名の兵器だッ!!!!」
「何と言われても構いません。戦闘面で貴方は私に劣っています」
「あーあーあー、くそ、愉しいなぁッ!お前みたいな化け物を相手に、するの、は……」

どさりと重たい物が落ちる音と同時に、地面に倒れて動かなくなった国永を見る。
意識を完全に失ったようで、少しの間警戒をしてから傍へと寄った。
苦しそうな顔をしているが脈拍、怪我ともに異常なしと確認をしてから横抱きに抱える。
洗濯室という水洗面を一カ所に集約した場所で改めて細かな怪我を見、泥を落としていった。
深夜、一週間に二度か三度の割合で国永は夢遊病のように彷徨い出す。
何かを探すように、呼ばれるように。
事前に聞いていた彼とは異なる精神性で攻撃をしてくる様は、手負いの獣の様。
昏く濁った紅い瞳は何も映さない。
精神下で負った傷を払うかのように、発散するかのように暴れる。
それだけならまだ良いのだが、日々そんな状態では体が衰弱する一方だ。

「国永さん……皆さんが心配していますよ……」

朽ち果てるまで叫び続け、狂い続け、踊り続ける。
そんな人形の様な真似は、望んでいないでしょう?

ラブドラック




鶴が失踪して1週間。
鶯にGPSを辿ってもらっても倉庫街に鶴のスマホが落ちていただけ。
依頼人の情報も一切無かった。
鶯も黒葉も毎日必死に探し回った。
うまく隠しているのか、鶴の目撃情報は出てこない。
そうして時間だけがすぎていく中、手紙が届いた。
中には一枚の写真が入っていて、花嫁の様なヴェールと、コルセットだけを付けた鶴が男を銜えてぐったりとしていた。
目は虚ろで、口からだらしなくよだれを垂らして身体を投げ出した姿に、息が止まった。
男の顔は加工されていて判らない。
あの日、何故一人で行かせてしまったのか、後悔した。
「国永…」
「鶯、俺なら平気だ。
そうだ、チキンカレーをあたためないと…
鶴が帰ってきたら、食べたいって…」
鍋をあけてカレーを虚ろに眺めながら喜ぶ鶴の顔を思い出す。
しかし、頭にもやがかかったみたいに笑う鶴が上手く思い出せない。
その時だ、玄関のチャイムが鳴る。
黒葉では無い、黒葉はチャイムなど鳴らさず勝手に入ってくる。
国永が玄関に向かうと、三条宗近がたっていた。
「知り合いの刑事に頼んでな、お鶴を見た者がいないか聞いたところ、喫茶店でこの女と会っていたらしい。
それでだ。この女を軽く尋問したところ、鶴はここに居るらしい」
三条は雪山から仲良くしている。
大人で落ち着きのある三条に頼るのは悔しい気持ちもあったが、利用出来るものは利用しろと頭を撫でられた。
「ありがとう、三条」
「構わん、鶴は俺にとっても大事な友人。
見過ごすことなどできなかっただけだ。
国永、殺すなよ。それ以外なら俺が何とかしてやる」
「難しいな、手加減できるかな」
「できる。何よりお前が手を汚すのは鶴が一番嫌がることだ。
あとの処理はこちらに任せてくれ、二度と陽の光を浴びさせはしない」
「……善処はする。
鶯、黒葉を呼んでおいてくれ。
多分薬を使われてるから処置をしてもらう、病院には連れて行きたくない」
「……判った」

鶯は、それ以上何も言わなかった。
敵に情けをかける訳では無い。
鶯とて兄を純粋に一途に愛してきた親友があの様な事になって腸が煮えくり返る思いだ。
自分以上に鶴を溺愛してる国永が何も感じないはずはなかった。
だから何も言えなかった。
下手な慰めも同情も、今の彼には必要なかったからだ。



どれくらいの間、そうしていたかわからない。
沢山の男が、自分の穴を犯して笑う。
「んほぉぉぉぉぉ!!ちんぽ、ちんぽきもひぃ、もっと、もっとおまんこずぽずぽしてぇ!!」
ヨダレをこぼし、みっともなくチンポを強請る。
何で俺、こんな事してるの?
おにいちゃん、たすけて……
おにい、ちゃん?おにいちゃんて、だれ、だっけ?
「鶴ちゃーん、おまんこドロドロになってきたね?
鶴ちゃんの直腸子宮にちんぽでちゅっちゅ気持ちいいかなー?」
「お゛、お゛、お゛、ぎもぢぃです!
もっと、子宮まんこにこだね、くだしゃい!」
「行くぜ、本日何発目だ?
まぁいっか、子種ぶちまけてやるから孕めよ鶴!!」
髪をぐいっと引かれ、強引なキスと共に押し潰されるように腹の奥に肉棒が突き刺さり、熱い飛沫をぶちまける。
「はへぇ、ひっ、はぁん…」
ズルッと中から引き抜かれ、大量の精液が溢れる。
「はー、ヤッたヤッた。
鶴ちゃん孕んだら俺の嫁にしてやるからいつでも言えよ?」
「はひぃ、ちゅゆのまんこ、つかってくれて、ありがと、ごじゃましゅ」
家に呼ばれていた男の人達が帰ってくるとごしゅじんさまがおまんこを綺麗にしてくれる。
「あいつらなんかの子種何か孕まはするわけねーだろ。
鶴はもう俺のガキを孕むって決まってんだ」
そう言って俺の腹の奥を穿ちながらキスをしてくる。
キスの合間に何か小さな錠剤を喉奥に押し込められ、一気に視界が白くなる。
なにも、わからない、なにも……


たすけて……****…


薬で飛んだ鶴から自身を引き抜く。
成程、あいつがハマる程、この身体は極上だ。
性技も知識もからっきしの癖に必死にしがみついて縋る姿が愛しい。
それにしても、椿国永が一向に訪れないのは様子がおかしい。
弟を寝盗られて絶望したのか?
取り敢えず冷蔵庫から冷えたビールを取り出して煽る。
その時、ピンポーンとチャイムがなった。
誰かが忘れ物でもしたか?と思い、ドアを開けるとそこには満面の笑みの椿国永が立っていた。
「やぁ、こんばんわ。
弟を引き取りに来た」
いきなり顔面に一撃をくらい、後ろに吹っ飛ばされる。
大きな物音に、鶴が驚いて目を覚ます。
「ひっ、あ、あ…」
ガクガクと身体を震わせ、壁際に逃げてシーツをかぶる。
「や、やぁ、こわい、こわい、たすけて、たすけて」
「ああ、キミはあとだ。
今兄ちゃんは忙しい
弟が随分と世話になったな?
まったくキミはゴキブリ並みにしつこいな、もう少し弁えたらどうたい?」

国永は見下ろすと、男を殴りつけ昏倒させた。
「叫ばれても面倒だし、何より汚い豚の声は聞きたくない
俺の鶴に触れた手はこれかい?」
高笑いが響き、男の指が反対方向に曲がる。
ぼき、ぼき、ぼきと一定のリズムを刻んで指があらぬ方向に曲がっていく。
「ひっ、あ、あ…ごしゅじ、さま…」
「ああ、この粗末なものも使えなくしておこうか。
君にはもう、いらないだろ?」
男の一物を握り、有り得ない方向に曲げる。
身体がビクビク震える、動かなくなる。
「さてと、邪魔者はいなくなった」
国永が笑顔で振りかえる。
「やっ、あ、たすけ、たすけて」
シーツを掴んだまま逃げようともがくが、ベットに繋がれた鎖のせいでベットに倒れ込んだ。
「た、たすけ、ひぃぃっ!!───!!」
助けを求めたい名前があったはずだった。
でも霧がかったみたいに思い出せないことに息を詰まらせる。
「つる、悪い子だなぁキミは。
兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはないぜ?」
「ひぃっ!や、来ないで、たすけて、たしゅけ、くらさ…」
「少し黙ろうか」
「あぐぅ、ひ、う」
鶴丸の細い首を絞めあげる。
ビクビクと身体が跳ね、唾液を零しながら、ぐりんと白目を剥き、ぐったりとベットに沈みながら失禁しながら意識を落とした。



可愛かったはずの弟。
愛しくて、欲しくて、たまらなかった弟。
ようやく手に入れたのに。
俺の可愛い鶴を穢し、壊した奴を許せるわけが無い。
だが、こんなやつはどうでもいい。
鶴の状態を考え、あたりを漁ればたくさんのアダルトグッツと使用済みの注射器が大量にゴミ箱から見つかった。
舌打ちして鶴の体を調べれば、腕にいくつもの注射痕があり、あざになっていた。
「やっぱり薬物か…あの様子だとただの媚薬ってわけじゃないな」
冷静になった頭で、引き出しを開ける。
薬はすぐ見つかった。
個包装された注射器にピンク色の液体が注がれていた。
「これか、チッ、常習性のあるやつか」
鶴の様子だとだいぶ薬物をキメられた様だ。
鶴が着ていた服を探して着せてやる。
失踪してた一週間、ろくなものを食べさせてもらえず、乱暴に抱かれた体は痣だらけになって痩せ細っていた。
意識の無い鶴を抱き上げ、そのまま自宅に連れ帰る。
「国永、鶴は…」
「薬物を投与されてる。
黒葉はいるか?」
「鶴丸の部屋に…」
さすがの鶯もやせ細った幼馴染の姿に言葉を飲んだ。
そのまま黒葉が待つ鶴の部屋に向かう。
「戻ったか」
黒葉は部屋に医療道具を用意していた。
鶴をベットに寝かせるとテキパキと点滴を打って、血液を採取し、鶴の体を調べて処置していく。
説明が面倒だから、こういう時に親友が医者だと助かると思った。
「栄養剤と生食を日に1回、毎朝俺が変えに来る。
食事が出来るようなら軽いものから食べさせてくれ、食事の内容と水分を取ったら細かくメモして俺にくれ。
身体のあざには毎日2回この塗り薬を」
「ああ、わかった。ありがとう。
検査は多分薬物反応が出ると思う、この薬だ」
「……腕の注射痕と一致するなら常習性があるかもしれないな。
これは三条の力を借りるとしよう。
医療なら俺の専門だが、薬の分析は専門外でな」
「ん、頼む」
「お前は鶴に着いていてやれ。
長い戦いになるぞ」
「ああ、判っているさ。
この子は髪の毛一筋、細胞の一片まで全て俺のものだ」
「薬物中毒患者は何をするかわからない、籠には厳重に鍵をかけておけ。
内鍵と外鍵、二重に付けるのがよい」
「そうだな、鶴が目覚める前に鶯に調達してきてもらおう。
駅前のホームセンターならまだ空いてるはずだ」
「そうしてくれ、俺は今日は帰る。
また明日様子を見に来る。
気がついた事があれば教えてくれ」
「ああ、また明日な」
黒葉が出て行ったあと、眠る鶴の頬を撫でる。
こうなるとは知らなかったとは言え、最低限危機管理を持つように口を酸っぱくして警告していたのに。
馬鹿な弟。だがそこが愛しい。
「どんな風に、君を堕としてやろうか?」
考えただけで笑いが止まらない。
鶴は俺だけのものだ。
誰にも渡さない。



長い夢を見てた。
どんな夢かはあんまり覚えてない。
でも、怖い夢だった。
必死に誰かに助けを求めて、でもその人の顔も名前も何も思い出せなくて…
ただ、すごく大切な人だった。
「ん、あ……」
「起きた?飯食えるか?」
今まで来たことない新しい人。
目の前のテーブルには暖かなお粥が湯気を立ててる。
ごくり、と喉がなった。貪りたい気持ちを抑えズボンと下着を脱いで脚を広げる。
後ろを指で慣らすのを見えるような体勢で進めていく。
「あ、はっ、ごしゅじ、さま、ちゅるのまんこ、使ってくださ」
「何故?そんなことはいいから早く食べろ、冷めるだろ」
「えっ?」
椅子に座ったまま本をめくる綺麗な桜色の髪の人。
「……たべて、いいの?」
今まで、ご主人様が満足しないと食事を与えられなかった。
1回じゃ満足しなくて、帰ってくるのも遅いから、一日一回食べれれば良い方で、お水以外の久しぶりの食事。
「あ、い、いただきます…」
暖かなお粥が空腹だった胃に満たされる。
「おいし、あったかい…」
まともな食事は久しぶりな気がする。
あっという間に食べ終えると、桜色の人が食器を片付ける為に出て行ってしまう。
懐かしい気がするあの人、一緒にいて安心する…
なのに、なんで恐怖を感じるんだろう?
目を合わせるのが、こわい。
戻ってきた桜色の人はまた椅子に座ったまま本を読み始めた。
俺の事なんかまるで眼中に無いみたいに。
「あ、のっ…」
「なんだい?トイレか?」
「……違う、けど、あの………しないの?」
「何を?」
「……えっち」
「興味無い、良いから飯食ったら寝てろ」
毎日、起きている間はずっと誰かに抱かれていた。
だから、しなくていいって言われるとは思わず、呆然としてその人を見ていた。
本に目を落としたままこちらを見向きもしない。
たまにこちらを見たかと思うと冷たく無表情で、怖い。
ベットに潜り目を閉じる。
怖いのに、どこか安心する不思議な感覚を覚えながら、眠りにつく。

変化が起きたのはその日の夜だ。
「っは、あ、あ、う…おくすり、おくすり、おくすり、ほし、おねが、おくすり、ください」
いつも薬が与えられる時間になっても薬が貰えず、俺は禁断症状に悶えていた。
頭がおかしくなりそうで、ヨダレや鼻水が垂れてくる。
「おねがい、します、なんでも、します、から…おくすり、ください」
脚にしがみついてすがれば、あからさまな溜息とともに乱暴に床に押し倒された。
「ひぃぃ、あ、あ、おねがい、おかひくなりゅ、おしり、むずむずして、ひゃは、らめ、もうらめ!たすけ、たすけて、────!!」
はくはくと息をしながら縋り付く様に見上げる。
「鶴の欲しいのはどんな薬?」
「きもち、よくなる、くすり
朝は注射、よるはじょうざい」
狂ったように暴れて薬を求めれば、腹を殴られた。
「ひぐ、ぅえ……おぇっ」
「鶴、悪い子だなぁ。
君にはそんなもの必要ない」
「あ、え?なんで?
おねがい、おくすりくらさい。
おれ、しんじゃう、たすけ、たすけて……おにいちゃん、こわいよぉ」
頭が、霧がかった頭が、こわれる、このまじゃ、たすけて、だれか、だれか、おにいちゃん、俺の、おにいちゃん……
おにい、ちゃん…?
ガクガクと体が震え、口から唾液がだらしなく零れる。
もう限界だった。
「あ、あ、ああああああああぁぁぁ!!」
狂ったように叫びながら俺の意識はそこで途切れた。



「鶴……」
俺の物でない鶴。
俺の物でなくなってしまった鶴。
ちゃんと、俺のモノに戻してあげる。
そうしたらまた、愛してあげる。
「鶴、キミは薬はもういらない」
「う、あ……くすり、いらない?」
濁った目の鶴に語り掛ける。
いつもの俺で、声色で、耳許に囁く様に。
「そう、クスリはもうキミには必要ない
欲しいとも思わない、身体も求めない」
「ほしく、ない、くすり、いらない?」
鶴は暫くそれを繰り返してるうちに、がくんと倒れ込み、そのまま眠ってしまう。
たった一週間でどれほどの責め苦を味合わされたのか、泣いて縋る、鶴のお兄ちゃんと呼ぶ声が胸を締め付ける。
この痛みなんだ?
なんでこんなに痛いんだ?
鶴をベットに寝かせて、手を離す。
無くした温もりを探すように、鶴が涙を零して小さく呟いた。


──にぃ…

催眠コネクト 後日談




俺はただ、国兄に喜んで欲しかっただけなんだ……




運ばれて行く兄を呆然と眺めていた。
なにを、間違ったんだろう?
兄に連れられてここに来た、兄に望まれて男の奴隷になった。
全ては愛しい兄の為。
兄を支えるため。
壊れた兄を支えて、寄り添う、俺は国永さんのお嫁さんだから。
でも、これは国永さんが望んだ事じゃ、なかったの?
俺が、国永さんを追い詰めたの?
鶯も、黒兄も、ココも。
みんなが俺にダメって言ってた。
俺は何でか判らなかった。
夫を支えるのは妻の役目。
国兄はちか兄の妻だけど、俺の旦那様だから。
国兄を支えるのは俺の役目。
国兄のそばで快楽を与えて、悦んでくれたのに。
つる、いいこって、いっぱい褒めてくれたのに。
なのに、俺のした事は全部間違いだったの?
「あ…あ、くに、にぃ……」
ぎゅっとシーツにくるまって震える足が縺れ、べしゃりと床に叩きつけられる。
「鶴丸」
鶯がそっと支えてくれても、呆然と兄の姿を追うしが出来なかった。



自宅に戻された国兄にはノインという看護師が付き添い、面会は断れた。
国兄は、客室に運ばれてから熱に魘されている。
俺は独り、事務所の二階にある自室に引き篭もっていた。シーツを頭からかぶり、ベットから外を眺める。
雨が降っていた。
雨は嫌いだ、悲しい気持ちになるから。
家に帰って、鶯はいちに泣き付かれて、黒兄は軽度の催眠状態だったから影響が軽いらしく、国兄の様子を見に行っていた。
思えば黒兄が来た時、国兄は少し様子がおかしかった気がする。
よくよく考えたら、あの潔癖な兄が見ず知らずの男の性奴隷になり、犯されることに喜ぶなど絶対に有り得ないのだ。
おかしいと、思っていたはずだった。
怖くて、逃げようって言ったのに、国兄が大丈夫だよって、逃げないから、置いていくことが出来なかった。
いつしかご主人様と呼ぶのに慣れてしまったあの男に犯されて喜んでいた自分を嫌悪し、それが兄を追い詰めていたなんて。
「───っあ、は、はぁっ、あぐっ」
息ができない。
まるで息の仕方を忘れた様に。
喉に手を当てて必死に嗚咽を堪える。
涙が溢れ、身体が震え、悪寒が走る。
俺はなんてことをしてしまった…?
答えは出ない。
身体に刻まれた紋が狂わせたのだと言われてもピンと来ない。
いちや黒兄、ココに合わせる顔がない。
でも、1番顔を合わせられないのはちか兄だ。
様子がおかしいと感じた時点で相談するべきだった。
そうしたら国兄はこんなに酷くはならなかったかもしれない。
俺じゃ、国兄を助けられなかった。
この身も、心も、穢されてしまった。
国兄をずっと愛して、全部国兄だけの物だった。
ちか兄は特別だった……
ご主人様も、特別だった?
判らない、判らない。
「いや、いやだ。ごめんなさい…」
静かな部屋に、嗚咽の声だけが漏れる。
「おれは、せいどれい?ちがう、おれはくににぃのおよめさんで、ごしゅじんさまのどれいで、ちんぽがだいすきないんらんで、みるくが……
いやっ!ちがう、ちがう、もうおわった、それはちがう、ちがう、ちがうちがうちがうちがう、ア"ア"ア"ア"ア"!!」
狂ったように叫びながら、周りにあるものを薙ぎ倒していく。
大切だった物も、何もかもが壊れていって判らない。
「おれの、せいだ……」
ころんと足元に転がったカッターを拾い上げる。
「俺なんか、居なくなればいい
ぜんぶ、おれのせいだから、ごめんなさい、おれ、いなくなるから、ゆるしてください…」
カッターの刃を手首に当てて思いっきり引く。
痛みはあまり無い。
細い赤が白い肌に走り、内側から溢れるようにぷつぷつと赤い玉が溢れてくる。
「ははは、あかい、まっかだな…
これでつるらしくなったかな…」
暗い瞳で微笑んで、首筋にカッターを当てる。
「さよなら、国永さん……」
目を閉じて、一気に引いてしまおうとしたのに、手が震えた。
かたかたと震えてうまく死ねない。
怖くて、怖くて、国兄の居ない世界に行くのが嫌で。
閉じた瞳から涙が伝う。
こんな筈じゃなかった。
俺はただ、国兄に幸せになって欲しかった。
その為なら国兄が、ちか兄の物になっても、知らない男に体を開けと言われても、快楽に従順になれと言われても、親友すら捧げても構わなかったのに。
間違いだと思えなかった。
鶯が何度も止めてくれたのに、黒兄に助けを求めることが出来たのに。
それをやらなかったのは全て俺の意思で、兄と一緒に居たいなら、真っ先にしなくなればならないことだった。

『ごめんなさい、弟君。
君はこう言うのには滅法弱い体質みたい。
効果は抜けたけど痕が残ったわ』

身体に残されたのは己への罰だろうか。
こんな汚れた身体で、愛しい兄のそばに居る事は許されるのか?
俺は消えなきゃいけない、あとはちか兄が上手くしてくれる。
ちか兄なら国兄を幸せにしてくれる。
俺はもう国永さんの番でいられない。
ベットに体を投げ出して、目を閉じた。
もしかしたら目が覚めたら全部悪い夢で、国永さんが俺に笑いかけて、抱き締めてくれて、鶴は泣き虫だなって、そんな都合のいい事を考えながら意識を手放した。

寝ても覚めても、地獄は続いているというのに。



国永が倒れて早三日が経とうとしていた。
今は俺も落ち着きを取り戻している。
後は国永の回復を待つだけだが、自分は分野が違うのでリンドウの指示でノインが泊り込みで国永の面倒を見ている。
俺は朝と夜、国永が眠っているあいだ、ほんの少しの時間顔を見るだけ。
触れることも許されない。
そう考えると怒りが込み上げる。
なぜもっと早く対処しなかったのか。
眼を使えば国永に掛かった催眠を解き、今後一切催眠や精神操作を無効化するなど容易だった。
期待していたのだ、国永はきっと自分で催眠を解き、俺の元に戻ってくると。
国永の愛をおのれの都合のいいように過信していた。
国永も人間だ、完璧ではない。
心の弱い隙を狙われて、付け込まれて、傷口を抉られて滅茶苦茶に破壊された。
同じ事をあの男にしてやりたかった。
自分の力では到底叶わない圧倒的な力の前に屈し、プライドを引き裂き、同じ様に奴隷に仕立てて殺して下さいと自ら願うまで完膚なきまでに破壊し尽くして廃人にしてやりたかった。
それでもまだ足りない。
国永が、鶴丸が、鶯が、黒葉が、小狐が、吉光が受けた心の傷を思えばあの男は地獄の責め苦を全て受けてもまだ足りない。
だが、きっとあの場にいた全員がそんなことは望まないだろう。
それを望めば奴と同じになってしまう。
だから、あえてリンドウと手を組んだ。
それが間違いだったとは思わない。
自分には力が及ばない事もカバーしてもらえたことには素直に感謝している。
たが、時間がかかり過ぎた。
その間にも国永の精神は蝕まれ、沢山の男が国永を抱いた。
国永に非は無い、恨んでもいない。
むしろもっと早く助け出してやれなかったことに後悔しかない。
そうして悩んでいると遠慮がちにドアが叩かれた。
「宗近兄さん、お昼をお持ちしました。
執筆は順調ですか?」
吉光が疲れ切った笑顔を浮かべてサンドイッチを持ってきた。
愛しい妻の弟分と番なら俺にとっても大事な弟だと話せば、照れたように兄と呼んでくれるようになった。
吉光にも悪い事をした。
国永だけで済んでいた問題が鶯まで飛び火し、挙句最愛の弟夫婦まで巻き込むことになってしまった。
「ああ、順調だ。
吉光も少し休め、此度はお前も心を砕く想いだっただろう。
鶯も、もっと早く俺が動いていれば巻き込まずに済んだやもしれぬ」
「いえ、鶯は催眠下にも意識ははっきりとあったようでお二人程の被害は無かったと…鶯も心配していました。
特に…鶴丸先輩が…」
「お鶴か…」
鶴は自分の意識を保ったまま、催眠状態に陥り、あの男の甘言に耳を貸してしまった。
一途に兄を思う優しく無垢な心を汚い欲のために利用された。
「事務所の自室に引きこもったまま、食事も取らずにいるようなので心配で…
鶯が様子を見に行っても、拒絶されてしまって…」
「そうか、判った。鶴のことは俺に任せてくれ、
吉光も大変だろうが皆を支えてやってくれ」
「いえ、私は何も……」
「吉光だけでも無事で良かった。
皆に精の付くものを食べさせてやってくれ。
どんなときも腹は減るものだからな」
「そうですね…ならこれは宗近兄さんにお願いしてもいいですか?」
渡されたのは美味しそうなオムライス。
たしか鶴が好物だったなと思い当たり合点が言った。
「ああ、頼まれよう」
吉光と分かれ、鶴の探偵事務所の鍵を開ける。
こんなくらい場所だっただろうか?
以前はもっと光に満ちて暖かい場所だった。
「鶴、話がある。
開けてはもらえぬか?」
「ちかにぃ……?」
すぐに声がして中からカチャリと鍵が外されて鶴が顔を覗かせる。
天使のように愛らしく笑いかけてくれた筈の鶴は昏い闇を纏った瞳で怯えたように俺を見上げる。
頭からシーツを被り、ほんの少し鼻につく嫌な匂いを纏いながら。
「入っても良いか?」
「……うん」
久し振りにはいる鶴の部屋。
鶴をベットに座らせて、テーブルに食事を置く。
「吉光と鶯が心配していた、食事も取らないで引きこもっていると」
「……あじが、しないんだ……
それに、俺は、心配して貰えるような人間じゃない」
震える鶴を抱き締めて頭を撫でる。
「鶴、それは違う。
お前は何も悪くない、お前は被害者なのだ。
全て、あの男が悪い」
「でも、おれっ、おれ!」
「ああ、判っておる。
国永の為にお前はただ自分に出来ることをしただけ。
その認識が、すり替えられるように仕組まれただけ、お前も国永も、全てがアイツの都合のいい役を演じさせられただけだ」
「でも…」
「鶴、俺の目を見ろ…お前が望むなら、今までのことを『無かった』事にしてやろう」
「…え?無かった…?」
このままでは鶴は壊れてしまう。
少しだけ、眼を使い暗い感情をシャットアウトさせる。
この程度なら、本人が気が付くことも影響もないはずだ。
「同じと思われるのは癪だが、あの男がおまえ達にしたのは脳に直接指示を与える洗脳系の催眠だ。
記憶を抉り、差し替え、蓋をすることで国永の愛を自分に向けようとした。
だが奴は記憶を完全に消すことは出来ない、なかったことには出来ない。
出来るのは蓋をして見ないふりをさせるだけ。
心が感じる違和感を拭うことが出来ないから、催眠をどんどん上書きして国永の心を破壊し、記憶を植え付け偽りの愛に浸った。
そんなことしても国永の愛は手に入らぬと言うのにな」
鶴の瞳が不安そうに揺れ、見上げてくる。
「俺はな、奴より強く、危険な力を持っている。
洗脳ではない、支配だ。
俺の三日月の瞳はな、心に直接命令する。
死ねといえば死ぬ、記憶を消せといえば記憶を消して、その記憶は二度と戻らない。
惚れた人間を番にするように仕向けることも可能だ」
「!!?」
「案ずるな、国永にもお前にも眼は使っていない。
国永は自分の意思で俺を……
いや、こんな話の後で信じろというのは無理な話だな」
「…俺は、ちか兄を信じてるよ…
あの人には、違和感を感じた。
国兄があの人を愛してるって笑うの、幸せそうじゃなかった。
でもちか兄は違う、ちか兄はもっと大切な…優しい顔で笑ってた」
「ありがとう、お前がそう信じてくれるなら俺はお前達兄弟をあらゆる脅威から守ると誓おう」
鶴の方を抱き寄せ、頭を合わせて微笑む。
記憶の中で鶴が不安な時いつも国永がそうしていたから。
「ちか兄、ほんとに、ぜんぶ、なかったことになる?」
「ああ、お前が望むなら」
「それは、国兄も?」
「……不可能ではない。
だが、俺は国永の承諾をなしにそれをする気は無い。
俺の眼は魔眼だ、人を狂わせ、壊す魅了の魔眼。
だけどな、国永だけが俺の眼を好きだと言った。
だから俺はこれを国永には使わないと決めていた。
だが、もっと早くこれを使えば国永をここまで追い詰めることは無かった。
すまなかった」
「ちかにぃ……」
ぎゅっと鶴を抱き締めれば国永同様甘える様に小さく震える手で服を掴まれる。
「ちかにぃ、おれ、わすれたくない。
わるいこと、いっぱいした、まちがった。
だけど忘れたら、なんの解決にもならない」
洗脳されていた3カ月間を思い出して震える鶴。
好きでもない男に幾度も身体を許した。
兄のためだったはずの行為はいつしか兄を追い詰めた。
「ちかにぃ、おれ、国兄のために、出来ることある?
洗脳されないようにとか、できる?」
「ああ、できるぞ」
「なら、して?次はおれ、ちゃんと守るから、国兄が喜ぶこと、間違わない。
国兄に、間違ってるってちゃんと言う」
「よしよし。いい子だな。
俺の眼をじっと見ろ」
鶴の昏い眼を見つめ返し、小さな声でつぶやく。
「鶴、お前は剣。
大切なものを守る強き剣。
お前の心を誰も穢す事は出来ない。
その魂は高潔なままだ」
鶴の瞳がぐらりと揺れると、そのまま倒れ込んできた。
「鶴、大丈夫か?
お前の身体の構成を少し書き換えた。
人が施す程度の催眠や洗脳はお前には効かない。
そしてこれは俺からの贈り物だ」
そう言ってから、右目の瞼にキスをする。
「ん、あ、あつい、ちか兄、め、あつ…」
「お前には俺の力の一部を付与した。
たった一度きりだが、相手を意のままにできる。
死ねといえば死ぬ、引けと言えば引く。
二度と会うなといえば生涯二度と会うことは無い。
よいか、使い所と使い方を間違えるな、お前なら心配ないと思うがな」
「じゃあ、これで国兄を守れる?
国兄を洗脳から解くことも?」
「可能には可能だ。
だが今の国永の状態を眼で弄るのはやめておけ、あれは根が深すぎてお前では対処しきれん。
国永自身には、ああならないよう対策は施す。
国永に納得してもらった上でな?
だからそれはお前が無事に生き残るための切り札として持っていてくれ。
ああ、それといつぞや雪山で見た化け物。
ああいった類には効かぬからな、気を付けるのだぞ?
それが聞くのはあくまで『人間』だけだからな」
「ん、くににぃ、守るために、つかう。
生き残るために」
「いい子だ、よし、なら昼飯だ。
吉光がお前のために好物を作ってくれたぞ

お前が元気にならぬと国永が起きた時心配するだろう?」
「国兄が、しんぱい……たべる
国兄に、しんぱいかけたくない」
「よしよし、いい子だ。
手の傷は後でちゃんと黒葉に見てもらうんだぞ?
そしてもうしないと約束してくれ。
でないと俺が国永に叱られてしまう」
「うん、ごめんなさい…
もう二度としない、絶対しない、ごめんなさい、ごめんなさいちか兄」
「お前が謝ることは何一つない。
お前は被害者、全てはあの男が悪いのだからな。
だが、お前が最近ここに引きこもるから俺はあのベットに一人で寝てとても寂しかった。
良ければ今夜からはまた一緒に寝てくれぬか?」
鶴はオムライスを頬張りながら花が咲き誇った様に笑った。





「よっ、その後調子はどうだ?」
尋問を終えた秋風楓はギロりとリンドウを睨み付けた。
「まだそんな気力が残ってたか。
まぁお前もツイてないというか、命知らずだよな。
よりによって三条宗近の番に手を出して惚れるなんざ…
まぁ。別に奴じゃなくてもお前の行いは許されたものじゃない。
お前さんがもしも改心する機会が欲しいと言うなら、情報と引き換えに命だけは保証してやる」
「ッ、だ、れが、てめぇら、なんかに!
国永は俺様のモンだ!返せ!返しやがれ!
国永、国永ッ、国永国永国永国永国永くにながくにながくにながくにながッ!!」
「そうか、そりゃ残念。
リエル、入ってこい。飯の時間だ」
重圧な戸を開けて入ってきたのはやけに細身に小柄な黒髪の少年だった。
大きな菫色の瞳、その瞳に魅入られる。
ゾクりと肌が粟立つ。
この少年を見てはいけない、認識してはいけない、気が付いてならない。
頭がガンガンと警鐘がうるさいほどに頭に鳴り響く。
「ごはん?」
「ああ、だが食いすぎるなよ?
こいつからは引き出したい情報がある」
「………半分ならいい?」
首を傾げてリンドウを見上げる少年はゆらりと笑った。
「そうだな、まずは3分の1」
そう言われて、リエルはゆっくり楓に近付く。
歯奥が震えるほどの恐怖など初めて知った、本能が逃げろと告げている。

この少年は人間ではない、と。

「ふんぐるい、ふんぐるい、いあ、ぐらーき」

かろうじて聞き取れた言葉に背筋が凍る。
そして辺りが真っ暗になり、国永が立っていた。
蔑むような目でこちらを睨み、その身体からは無数の棘が生えていて、妖艶に笑う。
「なぁ、お前のせいで俺はこんな姿になっちまったんだぜ?
責任取ってくれるよな?愛してくれるんだろ?旦那様?」
瞳孔を開き、首を傾げて歩み寄る国永から逃れようと必死にもがく。
「く、来るな!お前は国永じゃない、俺の国永じゃない!」
「そうか、宗近なら、どんな俺でも愛してくれるのに…
君は俺の体しか愛してくれないんだな、残念だ、お前はもう要らない」
国永はその美しい顔を恐ろしい程歪めて高笑いをした。
「やっぱりお前は宗近に及ばない!
お前程度じゃ気持ちよくなれない!
宗近、宗近宗近、あぁ宗近!
俺の愛しい旦那様!」
その声はもはや国永の声ではなかった。
あちこちから反響する何百という声。
自分が狂わせて来た人達の声が、目の前の自分が最も欲した男から溢れ出る。
その中には鶴丸や鶯、黒葉に小狐の声もあった。
その全てが自分に恨み言を投げかけ、呪詛を吐く。

お前は三条宗近の足元にすら及ばない

と。
やがて国永の姿をしたそれはぐにゃりと歪み、見るもおぞましい姿に変わっていく。
「ひっ、た、すけ……」
辛うじて出した声に耳元から声がした。
「俺がそう言って、君はやめてくれたかい?」
憎々しげに囁かれたそれと、無数の棘が楓の体を貫くのは同時だった。

目の前で急に楓が激しく痙攣し、失禁しながら口から唾液をこぼすのを宗近は眺めていた。
「俺の魔眼と似ているが…
もっとおぞましいもののようだな」
「ああ、『人間』には、使えないだろう。
お察しの通りこいつは人間じゃない。
母親がこいつを妊娠中にとある団体に拉致され、ある神に捧げられて従者になり、リエルを産んだ。 こいつは産まれながらに従者としての力を持った半端者だ」
「…人の命を弄ぶなど…」
目の前の少年は首を傾げて宗近を見る。
愛しい義弟に良く似ているが、表情はない。
「まぁ、今はこういった輩から情報を引き出す為に協力して貰ってる。
こいつの見せる『夢』はどんな拷問よりも効果がある」
「成程、対象の最も恐るものを引き出す為『夢』か…」
「リエル、お疲れさん。
この後あいつと出掛けるんだろ?
ほら、書類にサインしておいたからもう行っていいぞ
まだ日が出てるからコート忘れるなよ!」
「はぁい、ありがと、隊長」
リエルはリンドウから紙を受け取ると初めて嬉しそうに微笑み、ぎゅっと紙を胸に抱いて出ていった。
「アイツには強い力が宿っていてな、陽の光は弱点なんだ。
アイツは警察関連の研究所の地下で飼い主と暮らしてるんだ。
まぁ、そういう事で秋風楓の知ってる情報を吐かせたあとリエルに食わせる。
あれは人から溢れる恐怖を食う生き物だ。
二度と陽の目はみれはしない。
組織にそういう奴らが集められた精神病院があってな、そこに収容される」
「そうか、本当は八つ裂きにしてやりたいが…
鶴…義弟がな、優しい子でこんな奴の命でも失われたら気にするからな。
そうすれば国永も気に病む。
納得は行かぬが、二度と国永に近付けないように徹底的にやってくれ。
それで妥協してやろう」
「それは心配ない、こいつはもう廃人だ。
それに、国永を恐る様にリエルに細工させた。
自分から、命の恐怖に立ち向かう勇気があるやつじゃないさ」
「そうか、なら俺は失礼する。
今日は義弟と約束しているからな」
宗近はもはや楓を見向きもせずに部屋を出た。
「ちか兄?もうお話終わったのか?」
白いロングトッパーのフードで顔を隠す鶴は宗近を見つけて駆け寄ってきた。
「ああ、あの男は精神病院に移されるそうだ、もうお前達の顔すら覚えておらぬよ」
心配そうな鶴の頭を撫でる。
「ちか兄、眼…」
「俺は何もしていない。
言っただろ?俺では殺してしまうと」
「ん、悪い奴でも、殺しちゃったらあいつと同じくなる。
それに、ちか兄にそんな酷いことして欲しくない」
本当にどこまでも真っ直ぐで無垢な子だ。
宗近も国永も、この子を守る為ならそんな事塵とも思わないのに。
「ああ、約束する。
さて、用事はすんだから昼飯でも食いに行こう」
「うん!」
愛しい義弟と麗らかな午後の日差しを浴びながら、手を繋いで歩いていく。
最愛の妻が目覚めた時に、不安にならない様に硬く繋いで。

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