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晴れ時々、天氣雨。

レシュオムさん、と呼ばれて振り向くと普段から騎兵隊の事務を担当している者がいた。
戦闘より情報整理や伝達を主に従事しているその者から、一枚の手紙が差し出される。

「天氣雨から?……セオの月、25日目にお伺い致します」

「入り用の品目リストを作って欲しいとの事で。いつもの物と、一通りのツールを20本ずつで良いでしょうか?」

「うん、そうだね! あとは、鉄剣がくたびれてきたから、それも20」

「はい!」

羊皮紙に今のメモを取りながら考え込む青年に、ふふ、と小さく含み笑いを浮かべたレシュオム。
馴染みにしている行商からの手紙に、きっと隊長が喜ぶのだろうと思いを馳せた。



カラカラと音を鳴らして進む荷車と、それを引く二足歩行の巨鳥の手綱を持ちながら人通りの多い道を、大きな虎に乗り歩く。
気だるげに虎の背に乗りローブを羽織るのは、フードを目深に被った狐顔の青年だ。
文字通りの、狐顔。
鼻の長く、斜めに線の引かれた糸目、フードからはみ出した二本のとんがり。
その全てが石膏か何かの材質で作られた仮面である。
顔の上半分を完全に隠し、唯一見える口元は横一文字に引き結ばれている。
行商"天氣雨"のヒスイ。
馴染みの客にはよろず屋として、基本的には露店で装飾品を主に商売をする青年の、行商として活動している時のスタイルだ。
そうして慣れた道を歩いて小門を潜り抜け、古城の脇へと馬車や虎を留めて城の中へと入っていった。
中は人で賑わい、カウンターに出ている者は全て話中のよう。
一度外に出ようかと青年が正門を振り返ると、金髪をポニーテールにしている少女の青い目と行き合った。
少女は嬉しそうに破顔すると、片手をあげて歩み寄る。

「お久しぶりです、ヒスイさん」

「ああ、久しぶり。っても俺は二月に一度は来てるけどな」

「それ、久しぶりって言える間隔ですよ」

「……そうだっけ? それより、頼まれてた武具と食材と雑貨の類、あとルアス西の廃鉱の地図が出来上がったな。積み荷の確認を頼みたいんだが……」

「今日は事務方も忙しいので、私が担当しますね。地図は写本しても?」

「悪いな。地図は1ヶ月貸し出しで……」

さっそく商談話を詰めながら表門へと出、荷を積んだ守護獣を呼び寄せる。
馬車を引いた巨鳥と荷を山積みにした虎がゆったりと歩み寄った。

「ラピス、ルビィ、あと少しだぞ」
「荷物を卸したら馬屋の者を呼びましょうか」

「いや、この後人のところで休ませるから。水だけくれ」

「はい、分かりました」

笑顔で了承したレシュオムは早速、木桶を手に水場へと走っていく。
まさか本人が行くとは思っていなかったヒスイは面食らい、驚いた後に吹き出した。
こういう気安さは悪くない、と上機嫌で荷ほどきをする。
少し経って荷物を広げきる頃にレシュオムは戻ってきた。
隣に見知らぬ青年を伴って。

「お待たせしました!」

「いや、別に」

事務方の人間が点検に来たのかと思ったヒスイは、しかし青年が手に何も持っていない事を疑問に思う。
そして青年の雰囲気がどこかチグハグで、

「……なあ、そいつは何だ?」

言うか言うまいか迷った結果、ヒスイは面の奥から睨むように青年を見た。
邪推をする気配が青年にも伝わったのか、彼は一瞬だけ身震いをする。

「彼は先月入隊をした隊員で、名前はエルスです。エルス、こちらは出入りの行商のヒスイさん」

「よろしく、お願いします」

おずおず、という言葉が似合う程緩慢に頭を下げるエルスを見、ヒスイはただ黙って無言を貫く。
レシュオムもヒスイの常にはない様子に首をかしげた頃、ようやくヒスイは口を開いた。

「あいにく、戦闘方の魔術書は仕入れてないんだが……」

「戦闘方?」

「魔術書?」

エルスとレシュオムは不思議そうに首をかしげる。
見当違いの二人の様子にヒスイも困惑し、それ以上の言及をとどめた。
レシュオムは少しだけ思案した後に首をかしげながらも話し始めた。

「エルスは平民、今のところ職業は決まってないんです。彼を連れてきたのは、通常業務を教えるためと休憩をかねてです」

「職業がない? それにしては……何か、魔力が多いな」

「魔力?」

「魔術を使う為の基、キャパシティーだよ。てっきり魔術師かと。でも……開いてるのに閉じてるな、お前」

開いてて閉じてる、とオウム返しに言葉を繰り返すエルスに、レシュオムは思い当たることがあったようで驚いた顔をする。
そうして慌てて顔を背けると、どこかへと念話で話しかけ始めた。
手の空いたヒスイはもう一度、魔術の目を開いてエルスを眺め見る。
エルスの周囲は滲んだように景色が歪み、それとは別に黄色の光が目映く点滅している。
黄色は大まかな属性を表しているので、恐らくエルスは土属性が強いのだろう。
滲む景色の範囲はそれだけの魔力の量を表していて、本人を飲み込んでなお円は広がろうとしていた。
だが、それは時折小さく、そして大きくと刻々と姿を変える。
滲む範囲の色は大きさの割に淡く、薄い水の膜が張っているだけのように見えた。
多いのに少ない、濃いのに薄い、開いてるのに閉じている。
相反する印象を併せ持つエルスを、ヒスイは睨むように観察し続けた。
そうして、

「ヒスイさん、今お時間よろしいですか? 隊長がお話をしたいと……」

「隊長さんが?」

何か心を決めたような固い表情をしたレシュオムからの提案に、ヒスイは首をかしげるのだった。

穏やかな朝の。

「……暑い」

隣から小さく聞こえた声にふと意識を寄せれば、腕に包んだ気配が熱を持っている事が分かった。
眠りから閉じていた目を空ければ、やはり猫のように丸くなった金髪の少年が己の腕枕に収まっている。
暑いなら離れてしまえば良い、とは思わない。
汗を流しながらも、無意識につぶやくほど暑いのだとしても、離れようとしない恋人は可愛い。

「レイリ」
「んー……」

男二人が寝ても余裕のあるベットの上、脇に置いてあるテーブルの上に水差しはない。
涼めるモノはないかと考えながら男、シュノは白い手を幼さの残る額に滑らせた。
二十歳を越える頃になっても、シュノの見るレイリは可愛い。
金髪に柔和な笑みを浮かべれば幼さはなおも引き立つ。
それをレイリが気にしているところが面白く、しかし侮られる原因となっているのは気に入らない。
体温のあまり高くないシュノの手は涼やかだったらしく、レイリの眉間に籠もった余計な力が抜けていく様が見えた。
眠っているのに表情がころころと変わる様を楽しみ、

「レイリ、起きろ」

耳朶に直接吹き込むように囁きかける。
肩をふるりと震わせて、碧い瞳が金糸の間から光をのぞかせた。

「……しゅ、の……」
「嗄れてるな、水飲むか?」
「ん……離れるの、や」

眠さを理由に、目を覚ましてなおも甘えてくる恋人の額に口づけを落とす。
そうして足裏に手を入れて背中を支えると、危うげな身振り一つ見せずに抱き上げた。
穏やかな夏の日の出来事。

トロンプ・ルイユの裏話。

女子寮に通されたリアンは、高い作りの廊下に石造りの壁に、故郷の神殿を思い出した。
案内をしてくれる講師の後に続いて迷わないよう、あちこちを見ながら歩く。

「そんなに頭を振っていては、首が疲れません?」

暗に部屋への案内ではなく、女子寮全体を案内しようかと提案してくれた桜色の髪の少女に首を横に振って応えた。
後で一人で冒険をするのも楽しそうだし、何より同室者に早く会ってみたかったのだ。
これから数年をこの学校で過ごす上での、最初の友達。
閉ざされた空間で外を夢見ていた少女は友達に憧れていたのだ。

「センセは、何の授業が教えてくれるです?」
「私は弓術の担当です。それと、あなたが怪我した時に治療をする保険医です」
「保険医! センセがセンセなんです? 驚きです!」

リアン的には先生はお医者さんなんですね、という含みを込めての発言だったが、少女は苦笑をして首を傾げる。
それを意味が伝わってないからだ、と気付いたリアンも頭を傾げた。

「えっと、センセはセンセ……リアンが言葉、分かるないです?」
「えーと、はい。私は保険医兼弓講師ですよ」

聞きたい事はきっとこういう事なのだろう、と微笑んで頷く。
それに言葉が伝わったのだと理解したリアンは安心したように笑った。
リアンの笑顔を確認してから、少女は手で通路の先を誘導して足を進める。
今度は大人しく着いていくリアンは、道順をしっかり頭に入れるように前を見た。

「センセ、リアンは変わらないです?」
「うーん……はい、私は17ですよ。リアンさんは16歳でした?」
「です、リアンが16で来ました」

接続詞がおかしい言葉だが、それでも意味を伝えようとしてくるのは好ましく映る。
リアンの言葉に頷いた少女はくすり、と口元を抑えて笑い、

「騎兵隊に、リアンさんと同じ年の妹が居ます。私は戦闘に向いていなくて……王立学校で講師をさせて頂く事になりました」
「センセが妹、リアンと同じ! リアン、騎兵隊入るです。センセは働き者です!」

感動して目を輝かせながら講師へと笑顔を向け、両手を差し出すリアン。
その幼い挙動に心からの笑顔を零しながら、両手を握る少女。

「リアンさん、妹をよろしくお願いします」
「センセが妹、リアンと仲間。センセは近くて、リアン嬉しいです」
「ふふ、私、リラ・スカーレットって言います」
「リラセンセ! リアンが友達なってくれますか?」
「はい、喜んで」

ふわりと笑い合う少女達は、秘密の笑みを浮かべ合った。
何よりも初めての友達が出来た事に、リアンは嬉しくて笑う。
今度は片方だけ手を繋いだまま、リラはリアンを案内した。
講師が一人の生徒を贔屓している、と言われかねない光景だが、誰も居ない今だけは2人はただの友達だ。
ジグザグに走る壁を越えて扉が連なる辺りに来ると、リラは手を離して一つの扉を手で指した。

「ここがリアンさんのお部屋です」
「リアンが部屋、センセは近い?」
「いいえ、私はここの上階に住んでいますから……今度、遊びに来て下さいね」
「はいな!」

大きく頷いた笑顔のリアンを合図に、微笑んだリラは扉にノックをして開け放つ。
中には既に2人の人影があり、彼女達は驚いたように扉の方を見ていた。
一人は桃色のくせっ毛をポニーテールにした元気そうな少女で、もう一人は白銀の髪を後ろでハーフアップにまとめている少女。
穏和そうに微笑んだ白銀の髪の少女が口を開いた。

「リラさん、こんにちは。その方が留学生の?」
「ええ、リアン・エトワールさんって言います。よろしくお願いしますね、タウフェスさん」

頷く彼女は足音のしない歩みで進んでくると、リアンに手を差し出す。
物語のお姫様のような笑みに、ふわふわとした気分になったリアンは頬を染めながら同じように手を差し出した。

「わたし、タウフェス・マグノリアと言います。仲良くして下さいね?」
「り、リアンが言います。よろしくがお願いです!」

言っているうちに自分の調子を取り戻したリアンは満面の笑みを思い出し、タウフェスと握手をすると部屋の奥へと歩み寄っていく。
そこには固まったままの桃色の髪の少女がおり、彼女に向かって笑顔で手を差し出した。

「リアンが言います、よろしくがお願いです!」
「え、あ、うん……アタシはトラヴィス・アンフレール。よ、よろしくオネガイシマスネ?」

何故か微妙な顔立ちで片頬をひくつかせた笑みを浮かべたトラヴィス。
その様子にリアンは首を傾げ、失礼しますね、というリラの言葉を背後で聞いた。
せっかくの友達が帰っていく所に挨拶を交わせなくて、軽くショックを受けるリアン。
が、次の瞬間にはトラヴィスが大きな溜め息を吐いたのでそちらに気を取られて視線を向けた。

「あー……なんて言うかごめん、アンタ達みたいに行儀良くは出来ないわ」
「ギョウギよく?」
「今は講師の目もありませんし、わたし達だけですから。トラヴィスさん、普通にして頂いて構いませんよ」
「フツウ?」

オウム返しに、トラヴィスとタウフェスを交互に見るリアン。
そんなリアンにくしゃっと顔を緩めて笑みを浮かべたトラヴィスが、頭に手を乗せて動きを止めさせた。
リアンはトラヴィスを仰ぎ見る。

「そんなに動いてたら首外れるよ。アタシ、トラヴィス。さん付けとかいらないから、普通に呼んで」
「トラヴィス?」
「そ! 改めてよろしくね、リアン!」

くしゃっと緩められた顔はまるで神殿でよく見かけた男の子達のような笑い方で、親しみを覚えたリアンも笑った。
トラヴィスの笑みは王都に来てからは久しく見ていない、自然な笑みで安心する。
リラやタウフェスがおかしいとは言わないが、大人の人の笑みっぽくて落ち着かなかったのだ。

「トラヴィス! リアンが言います。友達良いです?」
「もちろん、アンタは今日からアタシの友達だよ!」
「まあ羨ましい」
「タウフェスも友達じゃん。アンタのその話し方や笑い方はくすぐったいけどさ」

からり、と笑いながら当然のようにタウフェスも頭数に入れるトラヴィス。
なかなか豪気な彼女に、リアンは笑いながら飛びついた。
片手ですんなりと受け止められ、力強さを感じてリアンは更にぎゅーっと力を込めて抱き締める。

「はは、苦しい苦しい!」
「リアン嬉しいです! 友達は一杯、楽しみです!」

身体一杯に嬉しさを表現しながらトラヴィスやタウフェスに懐くリアン。
更に空いている一つのベッドにワクワクと胸を高鳴らせながら、彼女の学校生活は始まった。

みんな大好き。

暗い森の中。
焚き火によって自分たちの居る周辺だけを明るくしながら、その火を見守るヴェリテの隣りにトラヴィスは腰掛けた。
それによって反応するものは何もない。

「何かさ、強さって難しいよね」

空いている肩に頭を預け、目を閉じて小さく呟くトラヴィス。
実戦訓練におけるチーム戦で特攻した彼女は孤立し、早々に戦死。
突出した強さがあれば、周りの敵を薙ぎ払えば簡単だと思っていた彼女は、自信を失った。
トラヴィスの抜けた穴を塞ぐ為にヴェリテが先陣を進み、その分後ろへの注意が疎かになる。
挙げ句に瓦解し、チームは自滅した。
何日か続けて行われるこの訓練は、各々のチームで夜営をする事も求められる。
ヴェリテを見張りに立てた皆は既に就寝中だ。

「もっと派手に戦えば楽だと思ってたよ」
「……頭は悪くない」

溜め息を吐いて頭をぐりぐりと動かすトラヴィスに、ヴェリテは頷いて返す。
話を聞くだけならまだしも、返答まであるとは思わなかったトラヴィスは驚いて振り仰いだ。
ヴェリテは、細長い枝を二つに折って焚き火にくべている。
赤い炎に照らされた彼は全体的に赤く彩られていて、普段の大人しい雰囲気とはまた違って見えた。
強いて言うなら、人間らしく映えて見える。

「でもさ、アタシ負けたよ? アンタ達にまで苦労かけたし」
「何故」
「……何が? アタシが負けたのとアンタ達が負けたのは関係ないとでも?」

本気で不思議がるトラヴィスの言葉に、ヴェリテは頷いて返した。
しかし今チームを組んでいるのは事実なのだし、一人が足を引っ張れば相当な痛手だろう。
チラリ、と横目に見てきたヴェリテと眼が合い、トラヴィスは口を噤んだ。
次いで彼が取り出したのは、革の水袋で。
意図が読めないトラヴィスは首を捻って理解しようとし、三秒で諦めた。
考えるよりも聞いた方が早いのだ。

「それ水? どうするの?」

トラヴィスの目線も水袋に向いている事を確認したヴェリテは、手の平に少しだけ垂らして水溜まりを作る。
指の間から漏れていくそれには気にせずに焚き火へとくべ、

「うわっ!?」

炎が跳ねた。
水ならばただ単に火を消すだけだろうと思っていたトラヴィスは驚いた。
まさか少量の水が跳ねてくるとは思わなかったのだ。
ヴェリテの足下に飛んだ火の粉を、今度は足下の土を手に取ってその上に盛る。
はっきり言って何をしたいのかが分からない。

「何してんの? 頭おかしくなった?」
「バランス」
「は?」

いきなり口を開いたヴェリテに何と言っていいのか分からず、トラヴィスは胡乱な目線を彼に向けた。
表情を微塵も変えない彼だが、意外と疲れて寝ぼけているのかも知れない。
そう思って腰を突いてみても、チラリと目線が向けられるだけだった。
くすぐったがりもしない。

「足りない物」
「それがバランス?」

頷くヴェリテは再び焚き火へと目線を移し、肩でトラヴィスの頭を小突いた。
促されるままに頭を再び乗せ始める。
こうすると彼の表情が見えないのだが、元より表情筋の動く方でも無し、トラヴィスは軽く息を吐いて望まれたままにした。
静かな呼吸が肩越しに伝わってくる。

「大きい、小さい、多い、少ない。バランスだ」

そしてそれは強さにも関わってくる、とヴェリテは言う。
トラヴィスが弱いのはトラヴィスの問題で、皆が負けたのは皆の問題だと。
かなりの極論で暴論ではないかと思ったのだが、つまり彼は自分なりにトラヴィスを励ましているらしい。
何となくむず痒い感覚になり、落ち着かない気持ちになり。
トラヴィスは心の赴くままに振り返りながらヴェリテの腰へと抱き着いた。

「なんだよー! アタシの事心配してくれちゃってんのー!?」

嬉しい気持ちのままぐりぐりと引き締まった腰つきに頭を擦りつけ、ヴェリテの肘に軽く頭を殴られる。
目線を向けない所から察するに、焚き火に薪をくべるのに邪魔だからだろう。
それを気にせずにうりうりーっと腰に抱き付いたままで居ると、

「あ! トラヴィスがヴェリテの押し倒してる!」
「は!? 何セクハラしてんの!?」
「おや、仲が良いのだね」
「姉さん……」
「お、おまっ……! お前達、不純異性交遊だぞ!!」

起きていた仲間達が次々に口を開いて2人の周りを取り囲んだ。
恐らく、珍しく落ち込んだ様子のトラヴィスが気になってそれぞれ独断で起きていたのだろう。
何だかんだでお人好しで仲間想いなメンバーに、トラヴィスは両手を広げて笑顔で応えるのだった。

 

繋いだ手。

早々に実技訓練の試験を終わらせたリアンとシルフィスは、2人で他の皆の所へ向かって歩いていた。
迷子になるからと差し出されたリアンの手を、恥ずかしげにシルフィスが握り返している。

「あ、見るですシルフィス」
「うん? どうしたのリアン?」

繋いでいた手を引っ張って制止を促す彼女を、青と紫の色違いの瞳で見つめる。
2人の後を着いていく猫のヒゲが、風もないのにさわさわと揺れた。
道を外れて歩いていく2人の前には丘が広がり、小さな花畑が広がっている。
学生がここまで来る事は珍しいのだろう、刈り取られて綺麗に高さを合わせる草は寝転んでいない。

「お花畑、可愛いがです」
「本当だ……こんなとこにあるとは思わなかった」
「ふふ! 素敵が発見ですね?」

嬉しそうに繋いだ手に力を込めて喜ぶリアンの顔は朗らかとした笑顔で、つられてシルフィスも頬を緩ませた。
力を込めて握ってた手をするりと抜き取り、シルフィスの両頬を両手で包んだ。

「もっと笑う、良いです!」

細められた目と頬を紅潮させながら言われると、つられて頬が赤くなる。
そもそも女の子と2人きりというこの状況も、手を繋いで並んで歩くという経験も無いのだ。
自然にそう接するリアンにつられていたが、シルフィスは改まって今の状況を考えてもの凄く恥ずかしくなった。
他の誰かに見られていたら、特に姉に見られようものなら何と言われるか判らない。
なのに目の前でリアンが笑うだけで、嬉しくなるのだ。

「シルフィスが、笑うです。リアン嬉しい!」
「……うん、僕もリアンが笑うと嬉しい」

頬を包まれた手に自分の手を重ねながら、一緒に笑い合う。
年若い少年少女が花畑の中で微笑み合うというのは仲睦まじく、とてもほのぼのとする光景だが、

「あなた達、ここがどこだか判ってるんでしょうね」

一匹の猫の言葉によってシルフィスは全身赤く染め上げて硬直するのだった。

 

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