真っ白でノリの利いたシーツの上を繊手が滑る。
桜貝の爪が握り締めたそこにはくしゃりとシワが寄るのが見えた。
けれど、それをしている国永には手を緩めることも気にすることも敵わない。
むしろより力を込め、身の内を過ぎる快感から耐えるしか無い。
「っ、……ぐっ」
漏れそうになった声と比例するように、ぐちゅりと水音が耳元を掠める。
音の出所は国永の秘部であり、後ろから覆い被さって身体の中心を暴いてる宗近だ。
穿つ宗近自身に身の内を擦られる度、たまらない快感に背筋が震える。
国永に出来ることは熱に溺れないよう必死に歯を食いしばり、そうでなければシーツを噛みしめることだけ。
決してすがることのないよう、手を握りしめることだけだ。
そんなわずかな矜持すら、身体を重ねる度に忘れてしまいそうだった。
後ろからのし掛かる重みと温かさに目が熱くなり、勘違いしそうになる。
彼がこんな行為を、国永を抱くのは全て国永のため。
刀剣男士として特が付いた頃からずっと続く因習だ。
顕現時こそ倒れたものの、一週間もすれば体調はすっかり良くなり熱も下がり、身体が動くようになった。
その間に再契約とやらも済ませたようで、今は審神者の霊力を強く感じるほど。
国永に割り当てられたのは宗近の隣の部屋。
世話役に名乗り出た宗近に、緋翠が配慮してのことだった。
もっとも、世話役とは名ばかりで着替えの手伝いから食事の準備まで、他の男士の手を借りている。
「国永は物覚えが早いな」
「むしろあんたが不器用なんだと思うぜ? どうしたら腰帯が固まって解けなくなるんだ」
目の前に立つ天下五剣を呆れた顔で見返し、膝を折った状態で指先に力を込めた。
こうやって国永が宗近の着替えを手伝うのも、一度や二度では済まないほど。
そうそうに自分の身の回りを整える術を覚えた国永の方が、宗近の日常の世話をしている。
まだ体力が完全には戻っておらず、身体の使い方も不慣れだろうと出陣は見送られていた。
本丸に居る男士はまず内番で身体の使い方、体力配分に慣れてから戦場に送られる。
見る聞くだけの今までとは大違いで、人の器というのは意外と厄介だ。
「む? うむ、これがなかなかどうして難儀でな」
「戦の時はどうするんだ。あんな豪奢な装束、一人で着れるのかい?」
「小さい子等や式神が手伝ってくれるでな」
本丸の主である緋翠が陰陽師であることもあり、日常的なことは彼らが担ってくれる。
それならば内番とやらも是非手伝って欲しいところだが、何かしら理由があって男士の担当となっていた。
ともあれ、その内番の一つである畑の世話とやらが国永は苦手だ。
白い内番着は汚れが目立つと洗濯役に苦情を言われ、雑草抜きや鍬を振るうのは足腰に負担が掛かる。
日差しを遮る場所もないため、日光が容赦なく降り注ぐことが意外ときつい。
疲れるという体験も最初は驚きがあり楽しかったが、それ以上に動けないことが不満に変わった。
「そういえば、国永で良かったのか? お前はまことに鶴のようなのだから、鶴丸が良かったのではないか」
「ん? なんだその話か。ああ、確かに白をまとって赤く染まるのは鶴らしいだろうが……」
それは戦場でだけで良い、と言外に告げる。
緋翠が本霊の三日月宗近と契約をしている故にそちらを三日月、刀剣男士である分霊を宗近と呼んでいた。
国永にとってそれは刀匠である父の師を意味するものだったのが、今では目の前の男を意味するものと変わった。
並み居る刀剣男士の中でも最上と言われ、天下五剣で最も美しいとも言われる本体を持つ宗近は、見目も美しい。
だからというわけでもないのだが、国永にとっては特別な存在であることに違いは無く、対等でありたいと思ったのだ。
まずは名の呼び方から、と自身を国永と呼ぶよう触れ回ったのはつい先日のこと。
それに、本来の鶴丸国永とは色彩が違うらしいと知ってからは余計に鶴丸を名乗る違和感を覚えてしまったのだ。
「まあ良い。主から、そろそろお前を出陣させよと言われた。初陣は明日だ」
「いよいよか! 腕が鳴るなぁ」
「隊長は俺だからな、分からないことがあれば遠慮無く言うと良い」
「あんたが隊長って……第一部隊か!精鋭なんじゃないのか?」
「それだけ期待をされているということだ。何より、お前は俺の補佐なのだから」
機嫌が好さそうに、けれど常と変わらぬ微笑みを浮かべて宗近が言う。
いずれ近侍を務める宗近の補佐を担って欲しい、とは主からも聞いていた。
けれど顕現したてのひよっこには分不相応な役回りである気がしてならない。
本当に補佐が務まるのか、むしろ自分より前に顕現した者の方が道理が分かるのではないかと思う。
とくに初期刀の加州清光は人をよく見ているし、面倒見が良い方だと感じた。
他の男士との関係も、よく仲裁に入っているところを見るに良好のようだ。
実力を発揮する前から過分な評価が下されているようで、国永としては納得がいかない。
それが表情に出ていたのだろう、宗近は苦笑をすると真面目な顔で国永の頭に手を置いてきた。
「お前が思う以上に、お前は強い。それは戦場へ出れば直ぐに分かる事だろう。そしてお前は理知的で、期を読む力、周囲を見る目に優れている」
「……褒め殺しだな。せめてあんたと肩を並べるか、背中を預かってから聞きたいぜ」
「おお、そうか! うんうん、よきかなよきかな」
口元を夜着の袖で隠しながら頬を赤らめて微笑む姿は、美しいと言うより愛らしいといえるものだった。
どうして宗近が国永に固執するのか、その理由すら考えたこともない。
ただ弟子筋の刀だから、刀派が近いから、弟のようなものなのだろうとしか、思っていなかった。
人の器となってから初めての戦場は、感動を国永に与えた。
土を踏む感触、敵から受ける殺気、刀を思うままに奮えるというのは存外悪くない。
踏み込みすぎれば傷を負い、痛みを覚えたけれどそれが生きている感覚を覚えさせる。
何よりも目を惹かれたのが、三日月宗近の太刀筋だった。
本体の形は刀匠が目指した故か似ていたが、戦い方はまったく違った。
動き回り奇襲を好む国永に対し、宗近はあまり動かない。
暢気な彼らしいといえばそうだけれど、振り下ろされる刀は滑るように弧を描き、閃く刃は三日月のよう。
絵筆のように振るわれる一撃は、けれど圧倒的な威力で敵を屠る。
これが自分の父が目指したものかと、胸が熱くなった。
本丸に帰還してからもしばらくは熱が引かず、いつかその隣に並んでみせると夢想する。
ただの刀に宿っていた頃と違い、人の身体は熱しやすく感情というものに左右されやすかった。
これこそが驚きだと、国永は毎日を充実して過ごしていた。
そうしていれば気が付けば出陣回数も両手を上回るようになり、特付きとあいなった。
「特付きか、人の身体に慣れた証拠だな。どうだ調子は?」
「ああ、悪くない。むしろ調子が良いくらいさ」
国永の顕現が安定するようになってから留守がちだった主と、久々に顔を付き合わせる。
政府に求められた二の丸発足もひとまずは落ち着いたらしい。
夕食はちょっとした宴席となり、慣れてきた酒の味を楽しんでいたところに緋翠がやってきたのだ。
真名と顔を隠しがちな審神者が多い中で、緋翠はどちらも隠さない。
国永の印象としては女だてらに人間離れした雰囲気を醸し出す、底知れない者。
けれど同時に、似たような気配を知っているような気がして、どこか懐かしい気持ちにさせる。
全くもって不思議な御仁だ。
「それは重畳。まあ特付きになると人の性質も活性化するから、何かあったら直ぐに言え」
「人の性質? それってどんな……」
「ああ、まあ人肌恋しくなるとかで花街に行ったり、好物や習性が出来たり……伊達なら光忠が料理好きになったのもこの頃だな」
身内の、それも弟のように思っている人物の意外な情報に目を丸くする。
思いも寄らない変化が起こるが、人に慣れた分だけ本来の力を発揮できるようにもなるのだとか。
それはそれで楽しみだと、国永は言葉半分に受け取って酒を楽しんだ。
夜半も過ぎてくる頃になれば酒で潰れた者や飲まない者は床につくこととなる。
国永もそんな者達を見送りながら、自身も早々に床につこうと部屋へ向かっていた。
ここ最近、眠りがいやに浅く、寝付きが悪いことが気になったのだ。
とくに出陣帰りは熱がなかなか引かず、もやもやとする。
更には疲労が溜まりやすく抜けにくいようで、微熱を出すことも多くなった。
以前は無かった変化に、これが特付きとなった影響かと軽く考えていた。
だから国永は、その途中で掛けられた宗近の誘いに応じ、二人で飲み直すことにしたのだ。
それが何故か今、酒の入った徳利も杯も放り出して急所を宗近に握り締められている。
内腿を片手が抑えるように撫で、股の間で兆すモノを握り込まれていた。
上下に擦り上げられる度、腰が跳ねて目の前を白い光りが散る。
何が起こったのか分からないが、原因が宗近であることだけは分かった。
確か、飲んでいる最中に体調不良を感付かれてしまい、
「自慰はしているのか?」
そう聞かれたのだ。
じい、と言われて思い当たることの無かった国永は首を捻った。
そうして人間としての身体に関する講釈と共に、宗近の暴挙が始まったのだ。
「あっ、ひ、ぁあ!? や、なに――」
「男はな、ここに熱が溜まりすぎると体調に出る。戦場のような命のやりとりをする場では、とくに溜まりやすくなるのだ」
「ひっ、それ、てぇ……や、だめ、だっ……」
「安心しろ、今回だけだ。自慰については、加州に冊子を頼んでおこう」
国永が悶え、宗近の肩を押し返そうと伸ばした手はいつの間にか縋り付くように握り込んでいる。
歯を食いしばって声を堪えようと思うのに、激しくなる手の動きと水音に何も考えられなくなった。
その水音が兆した自身から溢れる先走りだという知識もない。
ただ次々と溢れるそれを手に絡め、裏筋を爪先で引っ掻くように擦られる。
とくに尿道の入り口を親指の腹で広げるように刺激してやると頭を振り乱して悲鳴を上げた。
性的な触れ合いに全く免疫のない国永には、それら全てが堪らないのだ。
しかも触れてくる相手は憧憬とも尊敬とも言える感情を覚えていた、美しい麗人。
やるせなさと訳の分からない快感に流され、
「あぁ、ひ!? や、でるっ、なに……で、ちゃあ、ぁアッ!!?」
そう時をおかずして国永はその繊手の中に果てたのだった。
熱が引く感覚と、過ぎた快感に小刻みに震えを残す内腿を投げ出し、かろうじて後ろへと倒れ込む。
荒い息で肩を揺らし、胸を揺らし、少しずつ整えてくるとようやく他を見る余力が出てきた。
無体を働いた宗近は、その手に出した国永の白濁をしげしげと見ている。
何なら指と指の間で擦り合わせ、粘性の高さ故に糸を引く様を観察していた。
まさか口に入れたりしないだろうな、とそれの出てきた場所が場所だけにひやりとする。
「なにか……おかしい、かい……?」
脱力感からもつれる舌で問いかければ、きょとりと目を瞬いて見詰められた。
そして縁側で茶を飲んでいる時のような長閑さと鷹揚さで、笑みを浮かべて首を振る。
「いやなに、お前もこれで立派なおのこだと思ってな」
「……人を、なんだと……」
顔の前から離れる手に安心し、ついでに文句の一つを零しながら身体から力を抜き去った。
やがて疲労感からやってくる眠気を覚え、久しぶりによく寝れそうだと目を瞑り。
次の瞬間、再び身を襲う得体の知れない感覚に国永は目を見開いた。
がばりと反射で上体を起こせば、何故か再び握り込まれる自身が見える。
しかも、今度は手だけではなく国永のモノよりも立派で天を向く逸物があった。
「――……は? あぁ!?」
意味が分からないと固まっている間に、宗近のモノと一緒に握り込まれる。
またも襲い来る快感に背筋が、内腿が震え、瞼の内を白い光りが明滅した。
更に自分のモノだけではない熱を裏筋に感じ、訳が分からなくなる。
「ふぁ、あっ、や……くぅ、ん、ふっ……」
「……はは、二度目なのに元気なものだな」
宗近が何かを言っているけれど、国永にはその意味を考える余裕はない。
脈打つ熱が震える度、背筋を怖気が走る。
逃げたくとも急所を握り込まれては行き場がないどころか、動く度に熱が裏筋を擦るのでどうしようもない。
国永ばかりが翻弄され、声を上げるのに宗近は多少顔色を変えた程度。
良いようにされている状況が面白くない、と勝ち気な面が頭をもたげる。
国永の方が先走りの量は多いとはいえ、宗近の逸物からも出てはいるのだ。
ということは国永が感じている怖気を、頭が真っ白に飛ぶような衝撃を、逃げたくなるような快感を宗近も感じているはず。
半分は無意識に、残る部分は負けん気の強さから、後ろ手に手を付いて腰を浮かせた。
「っ!?」
「ふ、ぁ、……ははっ」
擦れる逸物に息を詰める宗近に、してやったりと国永が笑う。
よく分からない状況ながら、意表を突けたことが嬉しかったのだ。
そこからは宗近が握り込む手を強くしたことでまた主導を取られてしまったが。
またも何かが込み上げる感覚とともに国永は吐精した。
手に受けたそれを、互いに塗り込めるように更に手を動かす。
少しの間を置いて宗近もまた吐精し、白濁を国永の腹へと散らした。
宗近の精を受けた部分を中心に腹が熱くなり、満たされるような心地と共に国永は意識を手放す。
ただ人の身を知らぬ故の、一時の出来事だと思って。
それが間違いだと知ったのは、数週間後のことだった。