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出会い、紅色。4 side緋翠

緋翠がそれに気付いたのは、わりと直ぐだった。
二の丸発足が落ち着き、週のほとんどをそちらで過ごしながら一の丸に戻っていた時のこと。
前兆は何も無かった。
ただそうとなった日の午後、国永が宗近との手合わせ当番を放棄した。
何故そんな勝手をしたのかと問いただそうとすれば、宗近が声を上げたのだ。

「すまぬ主よ、俺が原因なのだ。あれを責めないでやってくれ」

鷹揚の態度で普段過ごす宗近は、けれどどこまでも公平で、こうやって他人を庇うのは珍しい。
三条刀派や幼く見える短刀を相手にもそれを覆すことはない。
となれば、本当に己のせいだと反省しているのだろう。
まずは話を聞いてから判断をするかと、いつかのように緋翠は宗近のみを執務室へ呼びだした。

「昨晩、国永を抱いた」

そして一言目がこれだった。
意味が分からない。
抱いたとは、つまり国永が女役をしたということだろうか。
それよりもまず、恋仲だったのか。

「つまり痴情のもつれか?」
「ちじょう? いや、強引だったのでな……身体が辛いのもあるだろうが、顔を合わせづらいのだろう」
「……まて、強引だと? それはつまり……了承を得なかったのか」

世間ではそれは、恋仲だろうと強姦になるのだと教えてやった方が良いのだろうか。
そもそも、本当に関係が成立しているのかも怪しい。
問えばやはり、そんな関係ではないという言葉が返ってきた。

「お前……折って欲しいなら刀解なんぞせずとも折ってやるぞ?」

割と本気でへし折ってやろうかと、殺気を込めて目の前の刀を見る。
申し訳なさそうに眉を下げながら、宗近は反意はないと語った。

「あれには俺の神気が必要だと、そう言ったな」
「確かに言ったな。けれど俺は、勝手をしろと言った覚えはないんだが」
「あの子を傷付けたくなかったのだ。生殺の権威を他者が握るなど、ましてそれが主以外の者に左右されるなど、あってはならん」

言っていることとやっていることが真逆ではないのか、と緋翠は思う。
けれども、確かに自身が他者に依存して存在をしているなど、あの刀は許さないだろう。
鶴丸国永は飄々としているようで内面は冷静冷徹、気位の高さに見合った矜持を持っている。
様々な主を転々とする来歴ゆえか、どこか他人を寄せ付けない壁をもつのだ。
そんな自分が、敬意を払っている者の力が無ければ本来の力を振るえないとなれば。

「まあ、間違いなく刀解を申し出るだろうな」
「稚児ならば、そう珍しいことでもなかろう」
「ん、まあ……そうか?」
「あれには俺の補佐役とは、そういう意味もあると告げてある」
「お前なぁ……」

確かにそう告げられたならば、生まれの古い者であればこそ納得はするだろう。
何にせよ悪手。
自分が鶴丸国永を、あの国永を求めた意味を理解しているのだろうか。

(多分、してねぇよなぁ)

本霊と交流をしたことのある緋翠だからこそ分かる。
三日月宗近は何にも囚われない。
それは誰のものにもならないという意味もある。
誰のものにも、どのような感情も覚えない、左右されない。
いっそ神らしいほどに傲慢で、何にも干渉されない孤高の存在。
けれどそれは付喪神であればこそ、本霊であればこその話だ。
人の器は心に満ち、感情に溢れている。

(会いたいとは、愛したいということ。相手を求めること、それは恋じゃねえのか)

まだ見ぬ白き鳥に恋をしたとて、おかしくはない。
何せ鶴丸国永は、三日月宗近を模して打たれたとされている。
その全てが自分の存在を肯定する相手を悪く思うことなど出来まい。

(まあ気付くかどうか、伝えるかどうかは本人次第)

どんな理由があれ、勝手は許されない。
規律があるからまとまりが生まれ、組織が成り立つのだ。
逆を言うなら、身勝手はどんな理由があろうと許されない。

「審神者として、此度の申し上げをする。三日月宗近、お前には謹慎を命ずる」
「あいわかった」
「俺は少々疲れた。離れを建てるので、そのあつらえをするように。期間は一ヶ月、離れから出ないように」

緋翠の休養する離れを整えるように、とは建前だ。
流石に近侍を強姦罪で謹慎とは外聞が悪すぎる。
何より、本丸内に不和を持ち込みかねない不安の種は潰すしかない。
加州清光にだけは訳を話し、二人の仲裁を頼むつもりだが。

「近侍は……そうだな、第一部隊の隊長を国永に任せるから、そのつもりで居ろ」

隊長を任じた男士は成長の幅も大きく、第一部隊のそれは近侍も担うこととなっている。
近侍と部隊長は別の方が効率的だと思うのだが、今の政府のシステムとやらがそうなっているのだ。
故に、国永が近侍を担うのと同義だ。
宗近は跪座のまま、静かに頭を垂れた。
出来ることなら、この謹慎中に自身の感情に気付いて欲しいものだが、と緋翠はため息を吐く。



話を聞いた加州清光は、嫌そうに顔を歪めて手に持つ書類をまとめる。

「何それ、緋翠ちゃん完全にとばっちりじゃん。あの爺さん何考えてんの?」
「とばっちり、というか……まあ内輪揉めだよなぁ」

他の刀剣男士に対するより幾分気軽に緋翠は返す。
紅い瞳を細めて怒る加州清光、通称沖田刀とは長い付き合いだ。
それこそ、彼が実際に振るわれていた時代から。
性格の悪い沖田総司が使っていたとは思えないほど実直で純粋なこの刀を、緋翠は当時から可愛がっている。
勿論そこには大和守安定も含まれているのだが、あちらは少々小難しいことが苦手であり、ともすれば行動派だ。
今回の話をするには彼ほど向いていない者も居ないだろう。
突発的で突拍子もないため、思わぬ解決を導くこともあるのだが。

「全く、忙しい時期に変な問題起こさないで欲しいよね」
「まあそんな訳で、近侍に国永を付けるから補佐を頼む」
「……それって、国永さんじゃないと駄目なの?」
「駄目じゃねぇけど、宗近は練度も頭打ちだからな。後進の育成としては丁度良い」

政府考案の試算表によって打ち出されたステータス、とやらをモニターに映しながら緋翠は言う。
練度の高い者でまとめている第一部隊は遡行軍への遊撃も兼ねているのだ。
通常の審神者には発令しないような時代、場所へと独自に調査が可能だが、その分やることは多い。
だからこそ、そんな緋翠に本丸の数を増やせなどと無茶な話がくるのだが。

「ふーん……」
「なんだ加州、寂しいのか?」
「え!や、あの!? さみしい、なんて……と、当然じゃん」

ぽつり、と小さく顔を逸らしながらの一言に、緋翠が固まって加州を見る。
普段から審神者に愛して欲しいと直接的な表現の多い加州清光だが、緋翠にはあまりそういう態度は取らない。
それは自分が愛されているという自信からであり、信頼しているからであり、素直になれない元主の影響だ。
恥ずかしげに顔を逸らすも、耳は赤く染まっている。

「お前、ほんと……そういうとこ可愛いよなぁ」
「かわ!? だ、だって俺達の主でもあるんだから、当然でしょ!?」
「うんうん、そうだな。やっぱりどっちかに出ずっぱりってのもなぁ」

宗近のとんでもないしでかしで荒ぶっていた神経が、ほっこりと緩んでいくのを感じた。
結局は緋翠が留守がちで相談することも出来ないから起こったこと。
審神者は擬似的にでも土地神として本丸に据えられている。
離れてしまえば結界が緩む隙を与え、異物が入り込みやすくもなる。
早々に改善策を考えなければならないな、と加州の頭を撫でながら緋翠は考えるのだった。

出会い、紅色。3 side宗近

国永に特が付き、人としての身が安定したことを宗近は安堵していた。
顕現時に見せた瞳の暗さはなりを潜め、快活な様子で本丸の皆とも良好だ。
戦時においてはその来歴の多さからか、様々な目線で戦略を練り上げる。
また、知るという行為に興味があるのか読書も好み、兵書にも明るかった。
あとは出陣を重ねて実戦経験を重ねれば、案配も分かるようになるだろう。
そう思っていたところ、国永の顔色が優れないことに気が付いた。
目の下に微かに隈が出来、夜も部屋から抜け出して眠れていないようだ。

(主が言っていた神気不足だろうか?)

ただのそれとも思えぬ様子を見ているうち、出陣後に不調が顕著であると気付いた。
人の身に慣れると付いてくる問題として、三大欲というものがある。
食欲、睡眠欲、性欲。
それらを上手く晴らしてやり、または損なうことがないようにしなければならない。

(国永は食べることもあまり得意ではないようだったな)

宗近は甘味、とくに餡子の甘さを好ましく思っていた。
数があり目の前に置かれるとつい手が伸びてしまうのだが、国永は美味いと言いながらもあまり手を出さない。
小食、という体質のようなものだとはその時に知った。
それと同じであまり人の欲を感じられず、ともすれば無頓着なのかもしれない。
しかし放置をしていいものでもなく、知識は豊富でも性の晴らし方は知らないのだろう。

(ならば、教えてやらねばならぬな)

自分は国永の世話役なのだから、と宗近は一人気合いを入れるのだった。



晴らしてやると決めたのなら、早い方が良いだろうと宗近は早晩行動を起こすことにした。
折しも留守にしていた主が戻ってきたことで酒宴があり。
そこを抜け出した国永を捕まえ、飲み直すという名目で宗近の部屋に二人きりになることが出来た。
最初は大人しく飲んでいたのだが、白磁の肌に青白さが目立つことが気になって宗近は口を開く。

「自慰はしているのか?」

驚きに、というより意味を解していないというように国永は首を捻った。
それにやはりか、と心内で納得し人の生態を講釈しながら手を伸ばして触れる。
初めて触れる肌は柔らかく、吸い付くような心地よさがあった。
何をされているのか理解の遅れた国永の反抗は遅く、つたないものであった。
宗近の手淫の動きに翻弄され、声を漏らして身体をよじる姿は愛らしい。
血色の悪かった肌が桜色に染まっていく所は艶があり、自分がそうさせていると思うと興奮した。
潤む紅い瞳が徐々に蕩けだし、きらめく様は宝石のよう。
ぺろり、と興奮から乾く唇を舐めやりながら、宗近は食い入るように国永を見つめる。
己の手によって乱れる国永を、美しいと思った。
そうして間を置かず、白濁が吐き出される。
ひとまずはこれで体調不良も改善するだろうと思ったところ、ふと手の中の精から神気を感じた。

「なにか……おかしい、かい……?」

国永にそう声を掛けられるまで、手に受けたそれを様々にもてあそんでいることに気付かなかった。
視線を向ければ、不安そうに下から見上げてくる国永と目が合う。
笑みを浮かべて首を振り、何も可笑しくないこと告げてやる。

「いやなに、お前もこれで立派なおのこだと思ってな」
「……人を、なんだと……」

言い様に国永は体をくたりと床に投げ出し、荒く息を吐く唇が赤く染まっていた。
色気を多分に含んだ姿に一瞬胸の弾む思いがするのを、首を振って誤魔化す。
けれど体液に神気が含まれるなら、そこから取り込ませることが出来るということだ。
血液でも構わないだろうが、そうすると身体に不要な傷を作ることになる。
こちらなら自慰を手伝うついでとでも言い置くことが出来るだろう。
ならば早速、と宗近は夜着をくつろげ自身を取り出した。
逸物を重ねて擦り合わせるそれは、兜合わせと言われるもの。
途中で国永から思わぬ反撃をされたが、それ以外は問題なくことを済ませることが出来た。
身体を床に投げ出し、腹に宗近の残滓をまとわせながら国永は意識を落としている。

(思ったより、これは……)

扇情的な姿に、目が惹き付けられた。
無理矢理意識を引き剥がし、注意深く様子を窺う。
青白かった肌は色を取り戻し、呼吸も安定している。
思った通り神気を取り込んでいるようだが、それもごく僅か。

(これは、胎内に直接注いでやった方が良さそうだな)

箪笥から手拭いを取り出し、国永の身体を拭ってやりながら思案する。
現代はそうでもないようだが、戦国の頃など衆道は珍しくもなかった。
宝刀と飾られていた宗近でもそれは知っており、忌避もない。
国永の身体を思えば、拒否されようとその身を暴く必要がある。
ならば、せめて彼が恨みやすいようにその特異性は内密にしておいた方が良いだろう。
例え嫌われることになろうとも。

(国永が在るためには必要なこと)

元より自分の我が侭により、不便を強いてしまうのだから。
身体を清め、眠る国永を抱き上げて部屋へ送り届けながら心を決める。
次の日、国永は気恥ずかしそうにしながらも普通だった。
ただ余計な世話はいらない、と少しだけ不服を宗近に告げた程度。
けれど宗近としては、それに頷くわけにはいかない。
その後眠りについては改善されたようだったが、やはり国永は直ぐに不調を覚え始めた様子。
宗近はその日の夜、国永を抱いた。

出会い、紅色。2 side国永

真っ白でノリの利いたシーツの上を繊手が滑る。
桜貝の爪が握り締めたそこにはくしゃりとシワが寄るのが見えた。
けれど、それをしている国永には手を緩めることも気にすることも敵わない。
むしろより力を込め、身の内を過ぎる快感から耐えるしか無い。

「っ、……ぐっ」

漏れそうになった声と比例するように、ぐちゅりと水音が耳元を掠める。
音の出所は国永の秘部であり、後ろから覆い被さって身体の中心を暴いてる宗近だ。
穿つ宗近自身に身の内を擦られる度、たまらない快感に背筋が震える。
国永に出来ることは熱に溺れないよう必死に歯を食いしばり、そうでなければシーツを噛みしめることだけ。
決してすがることのないよう、手を握りしめることだけだ。
そんなわずかな矜持すら、身体を重ねる度に忘れてしまいそうだった。
後ろからのし掛かる重みと温かさに目が熱くなり、勘違いしそうになる。
彼がこんな行為を、国永を抱くのは全て国永のため。
刀剣男士として特が付いた頃からずっと続く因習だ。



顕現時こそ倒れたものの、一週間もすれば体調はすっかり良くなり熱も下がり、身体が動くようになった。
その間に再契約とやらも済ませたようで、今は審神者の霊力を強く感じるほど。
国永に割り当てられたのは宗近の隣の部屋。
世話役に名乗り出た宗近に、緋翠が配慮してのことだった。
もっとも、世話役とは名ばかりで着替えの手伝いから食事の準備まで、他の男士の手を借りている。

「国永は物覚えが早いな」
「むしろあんたが不器用なんだと思うぜ? どうしたら腰帯が固まって解けなくなるんだ」

目の前に立つ天下五剣を呆れた顔で見返し、膝を折った状態で指先に力を込めた。
こうやって国永が宗近の着替えを手伝うのも、一度や二度では済まないほど。
そうそうに自分の身の回りを整える術を覚えた国永の方が、宗近の日常の世話をしている。
まだ体力が完全には戻っておらず、身体の使い方も不慣れだろうと出陣は見送られていた。
本丸に居る男士はまず内番で身体の使い方、体力配分に慣れてから戦場に送られる。
見る聞くだけの今までとは大違いで、人の器というのは意外と厄介だ。

「む? うむ、これがなかなかどうして難儀でな」
「戦の時はどうするんだ。あんな豪奢な装束、一人で着れるのかい?」
「小さい子等や式神が手伝ってくれるでな」

本丸の主である緋翠が陰陽師であることもあり、日常的なことは彼らが担ってくれる。
それならば内番とやらも是非手伝って欲しいところだが、何かしら理由があって男士の担当となっていた。
ともあれ、その内番の一つである畑の世話とやらが国永は苦手だ。
白い内番着は汚れが目立つと洗濯役に苦情を言われ、雑草抜きや鍬を振るうのは足腰に負担が掛かる。
日差しを遮る場所もないため、日光が容赦なく降り注ぐことが意外ときつい。
疲れるという体験も最初は驚きがあり楽しかったが、それ以上に動けないことが不満に変わった。

「そういえば、国永で良かったのか? お前はまことに鶴のようなのだから、鶴丸が良かったのではないか」
「ん? なんだその話か。ああ、確かに白をまとって赤く染まるのは鶴らしいだろうが……」

それは戦場でだけで良い、と言外に告げる。
緋翠が本霊の三日月宗近と契約をしている故にそちらを三日月、刀剣男士である分霊を宗近と呼んでいた。
国永にとってそれは刀匠である父の師を意味するものだったのが、今では目の前の男を意味するものと変わった。
並み居る刀剣男士の中でも最上と言われ、天下五剣で最も美しいとも言われる本体を持つ宗近は、見目も美しい。
だからというわけでもないのだが、国永にとっては特別な存在であることに違いは無く、対等でありたいと思ったのだ。
まずは名の呼び方から、と自身を国永と呼ぶよう触れ回ったのはつい先日のこと。
それに、本来の鶴丸国永とは色彩が違うらしいと知ってからは余計に鶴丸を名乗る違和感を覚えてしまったのだ。

「まあ良い。主から、そろそろお前を出陣させよと言われた。初陣は明日だ」
「いよいよか! 腕が鳴るなぁ」
「隊長は俺だからな、分からないことがあれば遠慮無く言うと良い」
「あんたが隊長って……第一部隊か!精鋭なんじゃないのか?」
「それだけ期待をされているということだ。何より、お前は俺の補佐なのだから」

機嫌が好さそうに、けれど常と変わらぬ微笑みを浮かべて宗近が言う。
いずれ近侍を務める宗近の補佐を担って欲しい、とは主からも聞いていた。
けれど顕現したてのひよっこには分不相応な役回りである気がしてならない。
本当に補佐が務まるのか、むしろ自分より前に顕現した者の方が道理が分かるのではないかと思う。
とくに初期刀の加州清光は人をよく見ているし、面倒見が良い方だと感じた。
他の男士との関係も、よく仲裁に入っているところを見るに良好のようだ。
実力を発揮する前から過分な評価が下されているようで、国永としては納得がいかない。
それが表情に出ていたのだろう、宗近は苦笑をすると真面目な顔で国永の頭に手を置いてきた。

「お前が思う以上に、お前は強い。それは戦場へ出れば直ぐに分かる事だろう。そしてお前は理知的で、期を読む力、周囲を見る目に優れている」
「……褒め殺しだな。せめてあんたと肩を並べるか、背中を預かってから聞きたいぜ」
「おお、そうか! うんうん、よきかなよきかな」

口元を夜着の袖で隠しながら頬を赤らめて微笑む姿は、美しいと言うより愛らしいといえるものだった。
どうして宗近が国永に固執するのか、その理由すら考えたこともない。
ただ弟子筋の刀だから、刀派が近いから、弟のようなものなのだろうとしか、思っていなかった。



人の器となってから初めての戦場は、感動を国永に与えた。
土を踏む感触、敵から受ける殺気、刀を思うままに奮えるというのは存外悪くない。
踏み込みすぎれば傷を負い、痛みを覚えたけれどそれが生きている感覚を覚えさせる。
何よりも目を惹かれたのが、三日月宗近の太刀筋だった。
本体の形は刀匠が目指した故か似ていたが、戦い方はまったく違った。
動き回り奇襲を好む国永に対し、宗近はあまり動かない。
暢気な彼らしいといえばそうだけれど、振り下ろされる刀は滑るように弧を描き、閃く刃は三日月のよう。
絵筆のように振るわれる一撃は、けれど圧倒的な威力で敵を屠る。
これが自分の父が目指したものかと、胸が熱くなった。
本丸に帰還してからもしばらくは熱が引かず、いつかその隣に並んでみせると夢想する。
ただの刀に宿っていた頃と違い、人の身体は熱しやすく感情というものに左右されやすかった。
これこそが驚きだと、国永は毎日を充実して過ごしていた。
そうしていれば気が付けば出陣回数も両手を上回るようになり、特付きとあいなった。

「特付きか、人の身体に慣れた証拠だな。どうだ調子は?」
「ああ、悪くない。むしろ調子が良いくらいさ」

国永の顕現が安定するようになってから留守がちだった主と、久々に顔を付き合わせる。
政府に求められた二の丸発足もひとまずは落ち着いたらしい。
夕食はちょっとした宴席となり、慣れてきた酒の味を楽しんでいたところに緋翠がやってきたのだ。
真名と顔を隠しがちな審神者が多い中で、緋翠はどちらも隠さない。
国永の印象としては女だてらに人間離れした雰囲気を醸し出す、底知れない者。
けれど同時に、似たような気配を知っているような気がして、どこか懐かしい気持ちにさせる。
全くもって不思議な御仁だ。

「それは重畳。まあ特付きになると人の性質も活性化するから、何かあったら直ぐに言え」
「人の性質? それってどんな……」
「ああ、まあ人肌恋しくなるとかで花街に行ったり、好物や習性が出来たり……伊達なら光忠が料理好きになったのもこの頃だな」

身内の、それも弟のように思っている人物の意外な情報に目を丸くする。
思いも寄らない変化が起こるが、人に慣れた分だけ本来の力を発揮できるようにもなるのだとか。
それはそれで楽しみだと、国永は言葉半分に受け取って酒を楽しんだ。
夜半も過ぎてくる頃になれば酒で潰れた者や飲まない者は床につくこととなる。
国永もそんな者達を見送りながら、自身も早々に床につこうと部屋へ向かっていた。
ここ最近、眠りがいやに浅く、寝付きが悪いことが気になったのだ。
とくに出陣帰りは熱がなかなか引かず、もやもやとする。
更には疲労が溜まりやすく抜けにくいようで、微熱を出すことも多くなった。
以前は無かった変化に、これが特付きとなった影響かと軽く考えていた。
だから国永は、その途中で掛けられた宗近の誘いに応じ、二人で飲み直すことにしたのだ。
それが何故か今、酒の入った徳利も杯も放り出して急所を宗近に握り締められている。
内腿を片手が抑えるように撫で、股の間で兆すモノを握り込まれていた。
上下に擦り上げられる度、腰が跳ねて目の前を白い光りが散る。
何が起こったのか分からないが、原因が宗近であることだけは分かった。
確か、飲んでいる最中に体調不良を感付かれてしまい、

「自慰はしているのか?」

そう聞かれたのだ。
じい、と言われて思い当たることの無かった国永は首を捻った。
そうして人間としての身体に関する講釈と共に、宗近の暴挙が始まったのだ。

「あっ、ひ、ぁあ!? や、なに――」
「男はな、ここに熱が溜まりすぎると体調に出る。戦場のような命のやりとりをする場では、とくに溜まりやすくなるのだ」
「ひっ、それ、てぇ……や、だめ、だっ……」
「安心しろ、今回だけだ。自慰については、加州に冊子を頼んでおこう」

国永が悶え、宗近の肩を押し返そうと伸ばした手はいつの間にか縋り付くように握り込んでいる。
歯を食いしばって声を堪えようと思うのに、激しくなる手の動きと水音に何も考えられなくなった。
その水音が兆した自身から溢れる先走りだという知識もない。
ただ次々と溢れるそれを手に絡め、裏筋を爪先で引っ掻くように擦られる。
とくに尿道の入り口を親指の腹で広げるように刺激してやると頭を振り乱して悲鳴を上げた。
性的な触れ合いに全く免疫のない国永には、それら全てが堪らないのだ。
しかも触れてくる相手は憧憬とも尊敬とも言える感情を覚えていた、美しい麗人。
やるせなさと訳の分からない快感に流され、

「あぁ、ひ!? や、でるっ、なに……で、ちゃあ、ぁアッ!!?」

そう時をおかずして国永はその繊手の中に果てたのだった。
熱が引く感覚と、過ぎた快感に小刻みに震えを残す内腿を投げ出し、かろうじて後ろへと倒れ込む。
荒い息で肩を揺らし、胸を揺らし、少しずつ整えてくるとようやく他を見る余力が出てきた。
無体を働いた宗近は、その手に出した国永の白濁をしげしげと見ている。
何なら指と指の間で擦り合わせ、粘性の高さ故に糸を引く様を観察していた。
まさか口に入れたりしないだろうな、とそれの出てきた場所が場所だけにひやりとする。

「なにか……おかしい、かい……?」

脱力感からもつれる舌で問いかければ、きょとりと目を瞬いて見詰められた。
そして縁側で茶を飲んでいる時のような長閑さと鷹揚さで、笑みを浮かべて首を振る。

「いやなに、お前もこれで立派なおのこだと思ってな」
「……人を、なんだと……」

顔の前から離れる手に安心し、ついでに文句の一つを零しながら身体から力を抜き去った。
やがて疲労感からやってくる眠気を覚え、久しぶりによく寝れそうだと目を瞑り。
次の瞬間、再び身を襲う得体の知れない感覚に国永は目を見開いた。
がばりと反射で上体を起こせば、何故か再び握り込まれる自身が見える。
しかも、今度は手だけではなく国永のモノよりも立派で天を向く逸物があった。

「――……は? あぁ!?」

意味が分からないと固まっている間に、宗近のモノと一緒に握り込まれる。
またも襲い来る快感に背筋が、内腿が震え、瞼の内を白い光りが明滅した。
更に自分のモノだけではない熱を裏筋に感じ、訳が分からなくなる。

「ふぁ、あっ、や……くぅ、ん、ふっ……」
「……はは、二度目なのに元気なものだな」

宗近が何かを言っているけれど、国永にはその意味を考える余裕はない。
脈打つ熱が震える度、背筋を怖気が走る。
逃げたくとも急所を握り込まれては行き場がないどころか、動く度に熱が裏筋を擦るのでどうしようもない。
国永ばかりが翻弄され、声を上げるのに宗近は多少顔色を変えた程度。
良いようにされている状況が面白くない、と勝ち気な面が頭をもたげる。
国永の方が先走りの量は多いとはいえ、宗近の逸物からも出てはいるのだ。
ということは国永が感じている怖気を、頭が真っ白に飛ぶような衝撃を、逃げたくなるような快感を宗近も感じているはず。
半分は無意識に、残る部分は負けん気の強さから、後ろ手に手を付いて腰を浮かせた。

「っ!?」
「ふ、ぁ、……ははっ」

擦れる逸物に息を詰める宗近に、してやったりと国永が笑う。
よく分からない状況ながら、意表を突けたことが嬉しかったのだ。
そこからは宗近が握り込む手を強くしたことでまた主導を取られてしまったが。
またも何かが込み上げる感覚とともに国永は吐精した。
手に受けたそれを、互いに塗り込めるように更に手を動かす。
少しの間を置いて宗近もまた吐精し、白濁を国永の腹へと散らした。
宗近の精を受けた部分を中心に腹が熱くなり、満たされるような心地と共に国永は意識を手放す。
ただ人の身を知らぬ故の、一時の出来事だと思って。
それが間違いだと知ったのは、数週間後のことだった。

出会い、紅色。 side緋翠

審神者として椿の名を襲名した緋翠は思う限り、それなりに上手くやれている。
ひとつは早い時期、それこそ本丸の発足時に三日月宗近を鍛刀した事。
これにより強力な戦力で迅速に遡行軍の制圧が可能だった。
もう一つは初期の審神者等の活躍により戦線が安定、それに際して後続者の教育が推奨となったがそれを回避したこと。
代わりに審神者達の問題を解決する役目を仰せつかったが、これはむしろ好都合だった。
困ったことは一つだけ、戦力の増強を急務とする時の政府からの任務。
采配は上手く行っているとはいえ、資材や一度に鍛刀出来る刀には限りがある。
しかも同じ刀を励起しようとしても、鍛刀時に含まれる術式には眠りを施すものがあり。
結果、二振り目の励起は現状不可能となっていた。
そこで政府から、新たに本丸の土地を渡すので同時運営をしてはどうかと打診され。
手が回らなくなったところで審神者補佐として、なし崩し的に弟子を取らせたいのだろう。
遡行軍は様々に分化した組織のようで、時の政府にも尻尾を掴ませないで居ることが多く常に手は足りていない状況だ。
気持ちは分かるのだが、人の手が届く範囲というのはたかが知れている。
緋翠は、それをよく知っていた。

「難しい顔だな?」
「ん……ああ、宗近か。まあな、また例の催促だ」

近侍であり第一部隊の隊長である宗近に声を掛けられ、手紙を文机に放り投げながら返事をする。
本霊の三日月宗近と繋がりがあるため、緋翠はそちらを三日月、彼を宗近と呼び分けていた。
刀剣男士が増えるという集団生活を強いられる上で、戦闘面は宗近に。
それ以外の生活面では初期刀の加州を頼ることがある。
長く生きているとそれぞれ譲れないことも多く、付喪神は人の心と寄り添ってきたので顕著にそれが表れた。
代表格で言うのなら、源氏と平家、新撰組と維新といった具合だ。
更に人の器を使うため、そもそもが身体の扱いに慣れていない者が多い。
早い内に励起した者等を中心に、世話役や教育係を決めて貰っている。

「そうかそうか、主は優秀だからな」
「ぬかせ。しかし、二の丸を作るとなるとやはり近侍にはそれなりに仕事を振り分けることになるな」
「うむ、以前から話のあったそれか。俺は構わんが……補佐が欲しい所だな」
「ああ、それなら加州を――」
「主よ、一つ頼みがあるのだが」
「うん? お前から言い出すのは珍しいな。何だ?」
「うむ。補佐役は、俺に決めさせて欲しいのだ。加州は今でも手が足りんようだしなぁ」

確かに、はたきを手に振り回しながら指示を飛ばす姿をよく見掛けた。
相方の大和守安定もその後追いながら、行く先々で何事かをやらかしじゃれ合っている姿を思い出す。
身体の使い方を覚えさせるため、生活全般を式神を使わずに男士へ振り分けているので、とにかく問題が出てきた。
鍛刀による刀剣男士の励起にそこそこの数の顕現維持、更に遠征や出陣への送り出しに手入れと、霊力を使う機会は多いので温存するに越したことはない。
さいわい、本丸は審神者の神域と言って良く、都合の良いように出来て居るので使わなければ回復は早い。

「めぼしい奴は居るのか?」
「居るには居るが、今は居らぬな」
「ん?なんだそれ?」
「主よ、この配合で太刀の鍛刀を一つ頼みたい」

宗近は懐から紙片を取り出し、それを見せてきた。
確かに組み合わせによって鍛刀されやすい刀というのはあるが、確実ではない。
宗近の先程の口振りからすると、鍛刀した男士を補佐にするつもりのよう。

「良いぞ。何なら、一度と言わず10でも20でも」
「いや、一度で良いのだ。来なければ、他の者に頼むだけよ」

常と変わらずに微笑む姿は、見た目のわりに好々爺染みたそれに近い。
一度で良いなどと、まるで願掛けのようだ。
否、恐らくは願掛けも含まれているのだろう。
けれどそれ以上に手応えも感じているように思えた。
三日月宗近は日々を安穏と過ごしているようでいて、最も無謀からかけ離れた男でもある。
勝算があるから自信があるのか、あるいは自信が勝算を引き寄せるのか。
とにもかくにも、予定が詰まっているため緋翠は早速行動を起こすことに決めた。



桜の花弁が舞い散る中、励起したのは白の麗人だった。
震えるまつげの先までが長く、白く、白磁の肌に白銀の髪、白い着物に身を包んでいる。
第一印象は細く儚げに思えたが、本体である太刀がその存在は並々ならぬことを表していた。
恐らく本霊は高位の付喪神。
鍛刀時間から当たりを付けていたのか、隣に立つ宗近は満足げに微笑んでいる。

「よっ、鶴丸国永だ――」

名乗り口上と共に開かれた瞳は、紅い。
熱を感じないそれは鶴という猛禽類より、爬虫類を思わせる。
それに何より、見知った敵の気配をまとっていた。
しかしすぐにまん丸に見開かれ、苦しげに歪められることとなった。
同時に、地についた足がたたらを踏んで身体が中に投げされる。
驚きに固まる緋翠の横を、雅やかな風が通り抜けた。

「おどろい、たな……俺が……」
「大丈夫か?」
「ああ、だいじょ――……」

顔を上げた鶴丸国永の紅い瞳と、緩く細められた朝ぼらけの月が見つめ合う。
いつもは鷹揚な笑みを浮かべている彼には珍しく、表情は戸惑う者のそれだった。
暫し、誰も話さずに沈黙が舞い降りる。
そうして全てを理解した緋翠はため息を吐き、

「まずは彼を医務室へ連れて行こう」
「いむしつ?」
「やはり、どこか悪いのか?」
「それを調べるんだ。人の器に慣れていないこともあるだろうが、明らかに調子が悪そうだ」

ちらり、と視線を鶴丸国永の足下に向ける。
何とか立ち上がろうとしているのだろう震えが走る足は、生まれたての子鹿のように頼りない。
支える宗近の腕がなければ崩れ落ちていることだろう。
宗近は一つ頷いてみせると彼の膝裏に手を入れて持ち上げて見せた。
咄嗟に、何をするのかと不服に伸ばした腕はしかし、力なく宗近の狩衣を握り締めるだけの結果となる。
医務室は薬研藤四郎が今は在駐していた。
以前に顔を合わせた事があるらしく、薬研と鶴丸国永は知古の仲らしい。
検査すべき内容と、結果は全て執務室へ送るように指示する。

「俺は近侍と少し相談があるから、世間話でもして待っていてくれ」
「ああ、分かったぜ大将」
「鶴丸、お前の鍛刀で不備が出た。少々政府と掛け合いが必要でな、ちゃんと動けるようになるから安心しろ」

不備、と言われて眉を潜め、不快を表す。
それはそうだろう、下手をしたら出来損ないと言われたも同然だ。
隠すことも出来たが、あえて口にしたのは確実に解決出来ると自負しているから、問題ないと伝えるため。
力なく頷く彼を見、薬研に後を任せて部屋を後にした。
足早に向かった先で政府との連絡を取る端末を引き寄せ、部屋に防音の結界を張る。

「さて宗近、言う事はあるか?」

正面に座す最上の刀を睨め付けた。
鶴丸国永の不備は、神気を過剰に取り込みすぎたことに由来する。
審神者と違い、元が神である刀剣男士には本来影響はないはずだった。
けれど混ざった神気が不具合を引き起こし、審神者との契約がごく薄いものとなってしまった。
それにより、不安定な存在として人の器にも付喪神としても定着出来ずに居る。

「おお、よく分かったな」
「分からいでか……なんで資材に神気を含ませるなんて無謀な真似を」

下手をすれば鍛刀失敗どころか、政府に知られれば研究対象として厄介なことになっただろう。
幸いというべきか、刀剣男士の神気に反応して自動で記載される刀帳の記録にはまだ載っていない。
いつ頃そうなるかは不明だが、今のうちに契約を結び直せるということだ。

「鶴丸国永は、白銀の髪に黄金の瞳を持った細面の男士だと言う」
「ああ、そうだ。お前は演練でもまだ見掛けたことがなかったか」
「一目見たかったのだ。俺を求め、越えることを願って打たれたあの子を」

千年の時を揺るがずに存在する、というのは並大抵のことではない。
小狐丸や鶴丸国永の伝承は、間違いなく三日月宗近の支えとなってきたのだろう。
あの宗近が手段を問わずに求めるほど。
それはまるで、恋のようだと緋翠は思った。
けれどその代償を背負うのは白の子、鶴丸国永だ。
緋翠の霊力と繋がり、宗近の神気、それらが複雑に絡み合った存在。
下手を打てば、抑圧に堕ちるかもしれない不安定な魂。

「まったく、前もって報せてくれればいいものを……」
「すまなんだ、止められると思ってな」
「分かってんじゃねぇか」
「ほんの、呼び水になればと思ったのだ」
「……まあ、上手くやった方だな。あとは今後の調整次第ってわけだ」

実際、強引な呼び方にしては安定している。
上手くいけば普通の刀剣男士には使えないはずの陰陽道の技を仕込めるかも知れない。
気がかりは、あの紅い瞳だけ。
それともう一つ。

「今は顕現が安定してないから俺の管轄だが……特がつく頃にはお前の神気が必要になってくるぞ」

練度が上がると刀剣男士は存在が安定してくる。
そうなると本来の力を発揮出来るようになるのだが、あの鶴丸国永は審神者の霊力だけで存在している訳では無い。
まず間違いなく、三日月宗近の神気が必要となるだろう。
神気を分け与える方法は霊力を明け渡す方法に似ていると聞く。
ようは十把一絡げの対応があるのだ。
一番良いのはそれまでに宗近が自身の想いに気付き、鶴丸国永に打ち明けることだろう。
緋翠とて、流石に他人の心に土足で踏み入るような真似はしたくない。

「ふむ、俺の神気か」
「方法は任せる」
「あいわかった」

素直に頷いてみせる宗近にため息を吐き、暫くは様子見と決め込むことにした。
鶴丸国永に関しては、今のところは二人の間だけの話とする。
ひとまず式神として主従契約を結び直せばひとまずの問題は解決出来るだろう。
あとは状態を見て、安定しているようなら新たな本丸の発足に緋翠は動くこととなる。
留守が多くなる間、代理として出陣を差配するのは近侍の仕事だ。

「端末の使い方は知ってるな? まあもし分からなければ清光に聞け」
「加州か。あれと主は何やら縁があると聞いたが」
「……まあ、昔な。あいつは気配りも出来るから本丸の様子は任せてある」
「あいわかった。俺は戦闘の、加州は内務の裏方だな」
「まあそうだな。慣れるまでは頻繁に戻るようにするが、今後は留守が多くなると思う」
「おお、人気者というやつだな! 任せておれ、爺は気が長い方でな」
「お前の気が長くてもなぁ……まあ良い。今回は謹慎はなしとするが、また問題を起こすようなら容赦なく罰を下すからな」
「うむ、肝に銘じよう」

和やかに微笑む顔からは、反省の色は見受けられない。
宗近自身が顔色を読ませないというだけでなく、本当に理解しているのか怪しいものだ。
だが経験上、人ならざるものというのは変化しづらいのだ。
人の心に寄り添ってきた付喪神とはいえ、神という完全な存在と人の隔たりは大きい。
それが人の器という不完全なものに降ろされたのだから、徐々に変化していくだろう。
その変化が与える影響を最小に抑えることが、審神者に求められるものでもある。
とはいえ、長く在るということは他よりも変化がしづらく、それを受け入れることも容易ではない。
問題にならなければ良いが、と独りごちながら緋翠は思案に耽るのだった。

廻帰永劫



僕たちは、俺達は

生まれた時から一つだった。
片方を捨てて生きていけるほど器用じゃなくて。
だから一緒にもがいてる。
いつか、二人が幸せになる未来の為に。


神様に神隠しされた双子の鬼の子。
あれからもういくばくかの年月が流れた。
幼かった鬼子も美しい美丈夫へと成長を遂げていた。
幼かった朱乃は背も伸び、身体は鍛えられ引き締まっているが、細身に見える。
立ち姿はしっかり青年のそれになり、幼いままの怜悧を抱きながら御山の見回りを毎日欠かさずしている。
身体が弱かった朱璃も、以前とは見違えるほど元気になったが、元来の性格ゆえかあちこちで歩いたりするよりは社で繕い物をしたり、境内の掃除をしたりしている。
怜鴉は相変わらず、気まぐれに村人に加護を与えたり、規律を侵したものを処罰したりしている。
少し変わった事と言えば、朱璃達の成長に合わせて怜鴉も同じくらいの年代の姿を取るようになったこと。
つまらなさそうに毎日を過ごしていた怜鴉が良く笑うようになったこと。
朱璃も朱乃もあまり表情豊かな方ではないから、怜鴉が居るだけで場が明るくなる。
怜悧は相変わらず、ずっと何も変わらない。
ただ、それでも怜鴉に言わせれば朱乃と居る時の怜悧は嬉しそうだと朱璃に話していた。
そんなある日。
何時もの様に日課の見回りに出るのに、怜悧を起こしに行くといつも朝早く起きている怜鴉が怜悧の隣で小さく体を丸めて眠っていた。
何時もの青年姿ではなくて、おそらく死んだときの年齢の子供姿で怜悧と左右対称になって布団で同じ格好で眠っている。
いつもは寝転がりながら小説を読んでいて、朱乃が部屋を訪ねれば「おはよう」といって微笑みかけてくるのに、今日はどこか辛そうだ。
「……寝かせておくか」
なんだか起こすのが忍びなくなった朱乃はそっと二人の寝室の襖を閉めた。
「起こさないのか?」
朱璃が不思議そうに朱乃を見上げる。
手にはおひつに一杯の炊き立ての白飯。
「珍しく怜鴉が寝てるから…、寝かせておこうと思って。
見回りは俺一人で行ってくるから朱璃は二人を頼む」
「わかった、気を付けて行ってこい。
帰ったら朝食にしよう」
「ああ、じゃあ行ってくる」
朱乃がその日、一人で山の巡回に出かける。
巡回と言っても御山はとても広いので、朝に見る場所は決まっている。
怜悧は蛇だから何かが隠れていても温度や気配で感じるが朱乃は鬼の血を引いているだけの人間。
ある程度、妖怪達から教えを請い鬼の力を多少使えるようになったが、怜鴉と怜悧の足元にも及ばないそれに少し歯がゆい思いをしている。
腕の中で壊れそうな心を必死につなぎ合わせているような怜悧。
力を籠めれば消えてしまいそうな儚い泡沫の夢の様な存在。
だから怜鴉も不安になるんだろう。
魂を呼び戻しても、半神にしても、ここに居る怜悧があの時手放してしまった自分の半身なのかが判らないから。
怜悧に似た何かかもしれない、怜悧の形をした抜け殻かもしれない。
普段そんな様子を微塵も見せないくせに、怜鴉はずっと怜悧を失うことを恐れてる。
怜悧もそれに気づいていて、自分が本当に怜悧なのか不安でしかたないのだ。
何とかしてやりたいと思う朱乃の心は揺れ動いていた。
怜鴉と怜悧は朱乃達を救ってくれた。
あのまま無意味に生きていても虐げられるだけだった。
人柱にならなくてももっと酷い事になっていたかもしれない。
あの時人柱になって死んで居ればよかったと思う程に。
そうならずに済んだのは一重に怜鴉と怜悧のお陰で、朱乃も朱璃も二人の為に何かしたいとずっと思っていた。
一緒に居てくれればいい。
多くを望まない優しくて悲しい神様はそういった。
それは二人の強い願いだというのはすぐにわかった。
それでも、二人はもっと多くを望んでいい。
裏切られて、愛されなくて、殺されて、カミサマになって…。
小さな箱庭で村人を管理していると言ってるけれど、それは逆に慈しんで守っているようにも見えた。
「…何か、出来ればいいんだけどな」
小さな体でカミサマをしている時の怜悧を思い浮かべて、思わず笑みがこぼれた。
「あ、しゅのー。おはよー」
「れいりさまは?きょういない?」
「しゅのひとり?けんかした?」
怜悧の取り巻き達が朱乃を見つけると駆け寄ってきた。
「なんでそうなるんだよ、喧嘩なんてしてない。
怜悧が疲れてるみたいだから朝寝坊させてるだけだ。
お前達も今日はあまり怜悧に付きまとうなよ?」
「えー、れいりさまおつかれ?」
「あそんじゃだめ?」
「じゃあきょうはしゅのであそぶー」
取り巻き妖怪たちは朱乃の腰やら肩にぶら下がって楽しそうに遊んでいる。
「こら、俺で遊ぶな!」
結局何も解決しないまま、朱乃は取り巻き妖怪たちを追い払って社へ戻るのだった。


「しゅの、おかえり!」
本殿の戸を開けると、ぼふっと腰に重たい衝撃と共に怜悧がぎゅっとしがみついてるのが判った。
「おはよう怜悧。良く寝れたか?」
怜悧の頭を撫でながら抱き上げれば、ぎゅっと抱き着かれる。
「ん…しゅのがいないの、さみしかった」
こうして少しだけでも微笑む様に口元を緩ませてくれるようになった怜悧を安心させるように頭を撫でてやる。
「悪かった、気持ちよさそうに寝てたから起こすのは悪いと思って」
怜悧を抱き上げながら席につけば、浮かない顔をした怜鴉と視線が合った。
「……」
何か言いたそうな顔をしていたが、朱乃はあえて目線を反らして腕の中の怜悧を膝に座らせた。
「怜鴉?どうかしたのか」
朱璃が不思議そうに怜鴉の隣に座ってご飯をよそったお椀を置こうか迷っている。
「何でもないよ、朱璃」
怜鴉は朱璃を気に入っている。
それは見ていても明らかで、朱乃はそれを羨ましいとか悔しいとは思ったことは無かった。
腕の中の小さな神様が朱乃にとっての神様だったから。
「取り巻き共が、今日は怜悧様いないのかーって拗ねてたぞ。
怜悧は人気者だな」
「あのこたち、まもってあげないとすぐしんじゃうから。
しゅのであそばれた?ここにはっぱついてる」
胡坐をかいた膝にちょこんと抱っこされた怜悧は朱乃の肩についた葉っぱをとってくすりと口元を緩めた。
「あいつら俺で登山だーとかいって登り始めてうざかった」
「そうなの?しゅのだってにんきものじゃない」
怜悧は朱璃から受け取った最近好物になった焼きおにぎりを両手でしっかりと持ったままもぐもぐと口に運んでいる。
「あっ…」
突然、食べていた焼きおにぎりがぽろりと怜悧の膝に落ちた。
慌てて拾おうとして、朱乃はおかしなことに気が付いた。
怜悧の手が…波打ってるみたいになっていた。
「もうそろそろかな」
怜悧は気にした様子もなく、まじまじと波打つ手のひらを見てから怜鴉の方を見た。
「怜鴉も?」
「ん?……ああ、そうだね。そろそろかも。
最近体が何かムズムズすると思った」
「怜鴉、どうしたんだ?どこか悪いのか?」
朱璃が不安そうに怜鴉を見る。
「大丈夫だよ、脱皮の時期が近いだけ。
僕たちは蛇だから、普通の蛇程じゃなくてもやっぱり何十年かに一回は脱皮するんだよ。
暫く川向こうの洞窟に籠って皮がむけるまでそこにいる。
僕らは同時期に神になったから、脱皮の周期もほぼ同じなんだよね…」
「脱皮……神様の抜け殻とかちょっとご利益ありそうだな」
「抜け殻にご利益なんてあるわけないよ、ただのゴミ。
まぁ、殆どの奴はそう思わないんだけど…。
生まれながらにして蛇神なら違うかもしれないけど、僕等元人間だしホントに何もないから処理にも困るんだよね」
「あとあそこのどうくつ、そろそろにひきではいれないよ」
怜悧や怜鴉が蛇の姿を取っている所は朱乃も朱璃も見たことが無いが、現に波打ってるような怜悧の手は、皮がむけてきている証拠なのだろう。
「そうだね、お前が別の所行けばいいんじゃない」
「……それは、やだ」
「なら我慢しな。それか人型で脱皮したら?」
怜悧は少し考えた後に眉根をひそめた。
「それがいちばんいや」
「じゃ諦めな」
怜鴉は妙に覇気のない声でため息交じりにそういった。
「怜鴉、いつから…?ご飯はいらないのか?」
「今晩から籠るよ。
2.3日位戻ってこないけど僕が居なくてもいい子にしててね?
食事は…いつもはいらないんだけど…」
怜鴉は怜悧をチラッと見た。
「やきおにぎり!」
「……籠ってる間焼きおにぎりをよっつ持ってきてくれる?
夜は危ないから朝と昼だけでいいよ。
場所は朱乃が判るよね?滝がカーテンになって隠れてるけど脇に入り口があるよ。
怜悧、お前昼間に行って朱乃に場所教えておいで」
「わかった」
「朱璃は朱乃と一緒に来るんだよ?
入り口においたらすぐに帰る事、いいね?」
「…入り口?洞窟の中じゃなくて?」
「……うん、あんな姿見られなくないから」
そういって怜鴉はぎゅっと朱璃を抱きしめた。
「僕たちは神様だけど、あの姿を二人には見られたくないんだ。
お前達がそんなことでどうにかなったりしないのは知ってるけど」
それでも、嫌なんだと切なそうに訴える怜鴉はきっと人で居たかったんだろうなと思い朱乃と朱璃はそれ以上何も言えなかった。
「ごちそうさまでした」
怜悧は両手を合わせた後に食器を片しに台所へ向かった。
「んー…。僕も準備するかなぁ」
「何か必要な物があるのか?」
「ないよ?まぁ…気持ちの問題?
基本的に僕らの力に圧倒されて並大抵の妖怪は近付けないし、皮がビロビロなだけで戦えないわけじゃない。
村の方に何かあったら困るなぁってだけなんだけど、今は朱璃と朱乃が居るからそれも心配ないしね」
「そうか、よかった…」
安心した朱璃に、怜鴉も微笑みながら頭を撫でる。
「もう何回もしてきたことだから、そんなに不安がることないのに」
朱璃がぎゅっと怜鴉の手を握る
「俺は初めてだから…」
怜鴉は驚いたように目を開いてから嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、朱璃に一つ約束をあげる。
僕はそれを守るために戻ってくる。
それで安心できる?」
「……」
朱璃が暫く考えた後に
「じゃあ、帰ってきたら…その……一緒に、寝て欲しい。
ぎゅっと手を握って一緒の布団で朝までずっと」
「……え、そんな事でいいの?」
「いい、それでいい。
神様は約束を破らないから、それなら安心できる」
目を細め、口元をほんのり緩めて微笑む朱璃に怜鴉は黙って頭を撫でた。
「判った、神様は約束を破らないからね。
怜悧、お前も朱乃に約束してあげたら?」
怜悧はこくんと頷いて朱乃をじっと見上げた。
「じゃあ俺は…怜悧の笑った顔が見たい…」
朱乃は言い終えてから、ハッとして腕の中の怜悧を見た。
怜悧は少し戸惑った様子で朱乃を見上げている。
「しゅの、ぼく…」
「いい、今のは無しだ!
俺も朱璃と同じでいい」
ぎゅっと腕の中の怜悧を不安にさせない様に強く抱きしめた。
それを見て怜鴉は意地悪くにんまり笑うのを怜悧は横目でぼんやりと見ていた。
朱乃と二人、滝の裏の洞窟の偵察に来た怜悧は入り口になる場所を朱乃に教えると、朱乃の希望で中に入ることにした。
薄暗く、じめじめしているが、どこかひんやりとして流れ落ちる滝の音が次第に心地よくなってくる空間。
上には少し穴が開いている場所があってそこから日の光が少しだけ洞窟内を照らしていたが、基本的に真っ暗だ。
「こんなに暗くて冷たい場所に二人っきりなのか?」
心配そうに、朱乃が辺りを見回しながらぽつりと漏らした。
その言葉も反響して思ったより大きく響く。
「ひとりじゃないから。それにへびはよめがきくんだよ」
怜悧の小さな背中が寂しそうに思えて、ぎゅっと抱きしめた。
「怜悧、俺は怜悧も怜鴉も朱璃も大切だから…
寂しかったら寂しいって言っていいんだぞ?
俺には…何もできないかもしれないけど、そばに居ることはできる。
それは朱璃も同じことを思ってるはずだ」
「…さみしい…?」
「寂しそうな顔してたから。
俺と朱璃は怜鴉と怜悧に命を救ってもらってからずっと、二人のものになったって思ってる。
だから、俺は怜悧も怜鴉も一緒に幸せになりたい…」
「いっしょに…しあわせ」
怜悧は何かを考え込む様にと奥を見た。
小さなモミジの様な手が、きゅっと朱乃の着物を握る。
「ほんとうは、ちょっとこわい。
くらいところ、こわいの。
ぼくたちがしんだときも、まっくらなおどうでわけもわからずころされたから」
「…怖いなら、俺が一緒に居てやる。
どんな姿になっても俺は怜悧が好きだ。怜鴉も、朱璃も好きだ」
ほんのりと、白い頬が赤く染まった気がした。
怜悧はそっと小さな手を朱乃の頬に差し出して、触れた。
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