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アイ。

目が潰れそうなほどの目映い光の中。
一人の華奢な身体の幼子が立っている。
あの時と同じように手を差し伸べながら、あの時とは違う無垢な笑顔を浮かべていた。
真白のローブに身を包んで、真黒のヴェールに顔を隠し。
白く細く小さな身体が柔和の笑みを称えてそこにある。

「椿、国永――貴方はここにあるカミを、病める時も、健やかなる時も。
富める時も、貧しき時も。シモベとしてこれを愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

知らない誓約に知らない言葉。
女のようで男のようで、子供のようで年枯れた老人のようで。
けれど、求められる答えは分かっている。
カミサマに求められ、必要とされ、捧げる事が出来るなら。

「カミよ、この身は貴方の物です。貴方の贄です。貴方に愛を誓います」

満足そうにカミは笑う。嗤う。晒う。



白い背景、白いベッドの上、真白の青年は目元に電子的な光を映すサンバイザーを付けて横たわっていた。
先の出撃で負った背中と頭の傷が原因で救護室にて"治療"をされているのだ。
サンバイザーが光を通す度、白磁の指をピクピクと跳ねさせて肌を赤く染め上げる。
彼が今見ているのはサブリミナルを含んだ映像で、アラガミや敵対者の顔が殲滅の文字と交互に現れた。
その文字が現れる度、人体の急所に貼られた電極パッドから微弱な電流が流れて快楽を生み出す。
他にも快楽や雌犬、交合の文字と男同士のセックス、受け手側の表情をアップした映像など。
様々な交合における快楽の情報を視覚で刷り込み、それを身体でも覚えるように"治療"は進められていた。
投薬により意識を曖昧にされ、白く染まっている脳内を文字通り脳髄まで犯していく。

「ひ、あ!? あ、ああ……あ"、はぁ、あん……、んぁ――ッ!!」

洗脳により与えられた快楽に従順に反応し、身体が快楽を示しだした。
サンバイザーの下では琥珀色の瞳孔を収縮する瞳に涙を浮かべ、過ぎた官能に舌を伸ばし唾液を零す。
食いしばり赤に発色した唇から溢れ、端から垂れる唾液の筋が光に照らされて妖しい。
快楽が白い脳内に焼き付き、焼き付いた快楽に悶えていた。

「ひぁ、ああ……ん、くぅ、ひッ!? ぁ、や、ぁあ"あ、あひッ!? いぃぃい"い"い――!!」

処理しきれない快楽に、再び意識が白く濁っていく。
口から出している喘ぎももはや無意識で言葉すら出てこない。
陶磁器の様な白い肌を大きく仰け反らせ、身体全体を小刻みに震わせていた。
ポール型の拘束具を付けられた両足の指がぎゅっと力を込めて丸くなる。
頭の上に両手を一括りに革バングルで拘束され、完全に身動きを取れない状態だ。
もはや何度目かも分からない絶頂を向かえ、国永の身体から力が抜けていく。
"治療"に当たっていた医師がサンバイザーを外すと、焦点の定まらない淀んで濁った金色が見えた。
虚脱症状にある様子を見て、足の拘束を外し自身の白濁と汗で汚れた国永を横向きに抱え上げる。
くったりと首を落とす国永の口からは、飲み込まない唾液が垂れていた。
大人しくされるがまま、いつもの活発な彼とは違う様子に驚く事もなく白い身体を持ち歩く。
ゆったりと揺れを少なく移動された先は、多くの仮面を付けた男達が待ち構えていた。

「椿国永、さあ……彼らに奉仕をするんだ。お前の愛を示しなさい」
「――……ぅ、あ?」

抱える男の言葉に反応し、骨張った細い指先をピクリと揺らして国永はゆったりと首をもたげる。
男が誰だとか、場所に反応した訳では無く、この言葉こそが彼に刷り込んだキーワードだったからだ。
細い首に乗る小さな桜色の頭を傾げ、ぼんやりとした表情のまま自分を抱える男の唇に唇を重ねる。
夢中で口を、舌を絡める国永の目元は涙と発情でほんのりと赤く染まって蕩けていた。
ちろちろと唇から伸びる舌も赤く、官能をそそる蛇のようですらある。
はぁ、と呼吸の合間に離された顔を今度は別の手が引ったくる。
その手に請われるままに視線を動かして仮面の男に唇を寄せる。
誘蛾灯に誘われるように、或いは誘蛾灯が誘うように官能を灯らせた。

「ん、む……ちゅ、……ちゅく、あむ……ん、んむぅ……ちゅるぅ、ちゅう、ふぁ……」
「お、良いねえ。国永君って言ったっけ? この調子なら口淫もイケるんじゃない?」
「今まで穴をお試し頂いた事はあるのですが、口淫は自己意識があると難しいんですよ」

仮面の男から国永の顔を、口に手を入れて舌を指で挟みもてあそびながら医師が言う。
抱き上げていた手を下ろせば、国永の身体を支える物は他に無く。
先程の絶頂の余韻で足に力が入らず、かろうじて膝立ちになった国永は大人しく医師にされるがまま。

「あ、う……ぐ、ぅぶ……ちゅぶ、あへぇ、なう゛ぅ……えれぇ……」

ぐにぐにと舌をつままれ、指を押し込まれてはギリギリまで引き抜かれ。
疑似口淫をしているように動かされるのを、ちゅぶちゅぶと音を立てて指を追い。
口の端から垂れる唾液には気にも留めず、指で歯列をなぞられる悦びに金色の目を細めた。
白い首筋は唇が指に吸い付く度に筋を浮かばせ、内股の薄い肉がヒクヒクと痙攣を起こす。
徐々に起ち上がりつつある中央の男性器からは先走りを溢れさせ、再び下半身を濡らしていく。
革バングルで拘束された両手を前に突きだして空を掻き、尻穴をぱくぱくとさせて悶えていた。
瞳を蕩けさせて一心に口内を犯す指に吸い付き、身体を震わせて先走りをしとどに漏らす扇情的な姿に、仮面の男達は情欲を感じて逸物が起ち上がるのを感じる。
そのうちの一人が不意に国永の腰を掴み、ズラしたスラックスの間から勃起したソレを後孔に突き挿入れた。

「か、ひゅ――!!!」

肉を暴かれる刺激は全て、快楽へと変換される。
しかもそれが性感帯を一気に貫き、更に痛ければ痛いほど、酷ければ酷いほど好く感じると暗示を受けていた。
国永の身体を尊重しないそれはまさに理想的で、僅かの刺激すら快感として倍増していく。
先走りや自身の精でとろとろに濡れ解されていた穴に無理矢理突き挿入れられた感覚で、国永は背筋を走る快感に勢いのなくなった白濁をまき散らした。

「あ、ああ……ひぃ……お、おお、おほぉ……!?」
「いやぁ、いつ入れてもきつくて良い尻穴ですねえ!」

男は笑いながら腰を突き出し、パンッと尻を叩くように密着させる。
その度に国永は引き延ばされた肉壁のシワを収縮させ、より男の肉棒を締め付けた。
腹の奥に届く衝撃と熱に舌を伸ばして悦び喘ぐ。
支えのない腕を前に突きだし、床に付けて背を仰け反らせた。
そのうち他の男達も我先にと肉の薄い胸を揉み、桃色の乳首を弄り、白魚のような背中でセンズリをし、肉欲の塊で頬を叩く。

「あん、あ、はぁ、あ、ひぃ、んぁ、あ、ん……ふぁ、あ、あえ、ひ、ぃいッ!!」

体中にもたらされる熱に刺激に、脳を快感で埋め尽くしながら国永は喘ぐ。
頬を叩く男のモノにすりすりと頬擦りをし、後ろ髪を掴まれて顔を引き起こされた。
手を拘束する革バンドは外され、両手で別の男の逸物を握らされる。
唇に先走りのリップを塗られたところで、国永は堪えきれずに男のモノへと舌を伸ばした。
最初はちろちろと、次は竿や玉をぺろぺろと舐めて雁に口を近づける。
舐めようと伸ばされた舌はしかし、男が腰を突き出してくる事で口付けを通り越してぬるりと喉奥まで侵入をした。
喘いでいた国永はその衝撃に目を見開いて嘔吐き、反射的に締まった喉が男の欲に絡みつく。

「くっ、良いぞ! 良い子だ良い子だ、そのまま締めてろよ!」
「――う゛ぇ、え、う゛、ぶほ、おぐ、ぐぅう、んえ、えぐ、おぼぉッ!?」
「おい、白ちゃん苦しがってるぞー?」
「そういうお前だってずっと乳首ばっかじゃん、赤く腫れてかーわいそー」
「あ、俺もうイク! 国永くんの中でイク、イク!!」

腹の最奥に熱を叩き付けられ、きゅうっと締まった尻が叩かれて更に締め付けを強くし。
とにもかくにも引き抜かれる感触も、腹の中で暴れる熱も、別の男に割り入れられるのもまた好い。
自身でも腰をへこへこと前後に動かしながら手を動かし、口を蹂躙するモノを受け入れた。
喉奥に熱が叩き付けられたと同時、体中に観客の白濁を受け止めながら国永は中イキした勢いで潮を噴く。
飲み込むには勢いのきつすぎたそれを鼻や口から垂れ流し、顎を掴まれて上向かされた。
白い光がちかちかと目の裏を走り、焦点が合わなくなったのは過ぎる快感故。
汚れて穢れて淀んだ光のない金色の瞳を蕩ける熱で溶かし、思考も気持ち良い事だけで埋め尽くされた国永は頬を緩めてあへ顔で笑う。
もう一度眼前に突き出された逸物へ、今度は自分から先端を舐めて吸い付き、口の中へと導きながら。
国永の身体は悦楽に震え溺れていった。



白い病室に横たわる桜色の青年。
それが誰であるのかを理解した瞬間、

「くににぃー!!」

白い少年は抱き着くように覆い被さって涙を流した。
深く寝入った訳でも無かった国永はすぐに気が付き、少年――弟の鶴丸の頭にぽん、と手を置いて意識がある事を伝える。

「ごめんな、怖かったろう? ちょっとドジっちまったなぁ」
「ぅ、うう……くにに、ごめ……ごめんなさい……」
「鶴? 何も、君が泣く事ないんだぞ。一緒の隊でもなかったし……ちゃんと戻ってきたろう?」

異常に怯えた様子を見せる弟に不思議に思いながら、そこが懐かしくてくす、と笑いが零れてしまった。
せっかくの可愛い顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃの不細工にして謝る弟が可愛すぎて仕方が無い。
例え鶴丸がきっかけで死んだとしても、きっと俺は本望だと笑って言うだろう。
この世でたった一人の、俺の可愛いカミサマ。
この身は君の物であり、君の為にあり、俺は君を愛してる。

命に嫌われている。

僕らは命に嫌われている。



いつか、どこか、誰かが言っていた言葉。
その通りだと思う反面、随分つまらない事を聞いたと思う。
幸福も、別れも、愛情も、友情も、滑稽な夢の戯れ。
結局いつかは死んでいく。
なら、どこでどんな風に死ぬのが理想だと言えるだろう?

「……お前、また変な事考えてんだろ?」
「シュン、御託は良いからアラガミの誘導でチキンなよ」

胡乱げな表情で話しかけてくる後輩を鼻で笑い、持ってきたタバコに火を付ける。
予定ではあと10分、この地点にやってくるアラガミの駆逐ないし討伐だ。

「誰がチキンだ。ったく……性格わりぃーの、弟にチクるからな!」

きゃんきゃんと吼える姿は小型のなにがしを思い浮かべて、国永は比較的この青年を気に入っていた。
自分に素直で強欲傲慢、言い訳ばかりで生き汚い。
国永にはない執着だ。
青年は嫌がるだろうが、生存率を考えるなら国永との仕事を優先した方が良い。
この仕事を選んだ理由はそんなとこだろう。
紫煙を深く肺に入れ、吐き出して風に流す。
空はもう随分と昔から、灰色に染まっている。

「あー…………鶴が足りない。癒されたい。えっちぃ事したい」

本当なら今頃は部屋で二人、非番を楽しんでいる筈だったのだ。
それを顔見知りのお偉いさんが鶴丸を借りだし、後始末や前準備に国永は追われている。
何という不遇。
煙の甘さや苦さを舌に感じても、少しも空腹は満たされはしない。

「なあシュン、レーション持ってないかい?」
「……誰がやるかよ。自前の喰えよ」
「ばっかだなぁ、自分のを喰ったら後で喰う分が無くなんだろ?」

心底呆れたと言わんばかりに紫煙を吐き出せば、瓦礫が蹴飛ばされて飛んできた。
当たったら最悪、記憶がなくなるぞ?と思って避ける。
シュンが華奢な身体を大きく拡げながら威嚇していて、まるで鳥のようだと思った。
余計に阿呆っぽいという感想は言わず、地面に視線を落として煙草を吐き捨てる。
忌々しく火を靴底で消せば、その動作で国永が本格的に不機嫌なのを見取ったシュンが距離を取った。

どうせ死ぬのなら、夜の闇より朝の光の中が良い。
アラガミに喰われるより、民間人の下手なてっぽうで。
いっそ今回、国永から鶴丸を奪っていった三条宗近の目の前で。
呆気なく食らった攻撃で、オモチャのように死んでいくのだ。
宗近の腕の中で、徐々にイノチの焔を削りながら。
そうして愛しい白いカミサマの祈りの歌を聞きながら。
この世界を愛した、と言って死にたい。
きっと自分は笑っているだろう、満足に。
また生まれ来る時を、苦しいと感じながら。

最後の我が侭くらいなら、叶えて貰えるんじゃ無いだろうか。
酷く魅力的な終わり方に思え、

「実際、トンチキな考えだよなぁ……」

くつくつと喉の奥で笑い飛ばす。
どれだけ願おうと叶える神は亡くなって久しく、世界にはカミサマもどきが跋扈する。
誰が祈りを、願いを聞くと言うのだろう?
自殺、他殺、死へのカタルシス、タナトス衝動、他諸々。
随分と命に粗末な時代になったものだ。
カミサマもどきを殺して回る、ゴッドイーターはその最前線を逝く。
空気の振動と地面の微弱な揺れ、何より匂いに異質な物を感じて国永は顔を上げた。

「シュン、下がれ。戌の方向から来る! 10秒で接敵だ!」

声を掛けて自身の神機に手を掛ければ、それが意識の表層を撫でるように繋がった事を知覚する。
言われた通りにシュンが動くのを見ながら待ち構えれば、瓦礫の山を踏みしめてそれが来た。
獣神、ヴァジュラ。
虎かライオンか、猫化の動物に似たその身体を空中に踊らせながら接敵する。

「撃て! 弾幕射撃! 征くぞ!!」

常は穏やかな琥珀の瞳を怒らせ、鷹のような瞳孔を開きながら国永は槍を片手に踏み出した。
その合間を縫うようにジーナの神機がバレット弾を撃ち出し、獣神が狙いを定める前に槍を顔面に繰り出す。
表層を薙ぐだけで留まった刃先を引くと、前肢を上げて薙ごうとするのは同時。
引いた槍の石突きで地面を叩き、助走も付けずに跳ね飛び上がる。
通常、空中戦は人間には不向きとされている。
だが国永はエアリアルマスター、空中戦における戦闘を得意としていた。
飛び上がった先で穂先を獣神の襟に突き刺してみせる。

「カレル、警戒、援護ッ! シュン、前進、叩け、ヤれッ!!」
「そ、んな事言われて、急に出来るかよ!!?」
「おい、馬鹿ッ!!」
「警戒! 伏せろ! 隠れろッ!!」

国永が号を送った瞬間にジーナが再度、バレット弾で顔を狙いカレルは瞬時に隠れてみせた。
シュンも今度は号令の通り、伏せて隠れているのを視界の端で確認して国永はキツい目線を獣神に送る。
襟元に刺さった槍を抉り、振り落とされる様に見せ掛けて宙を舞う。
着地は地面に寝て見えるほど低く、瞬発力はアラガミにも劣らない。
振りかぶった前肢が再度下ろされるのと同時、国永も引き寄せた槍を振るう。
先程と違ったのは槍の刃先で挑むのではなく捕食モードを覚醒させた事。
前肢を捕食で掴んだ瞬間、身体ごと捻る事で捻り喰った。
痛覚のないアラガミが雄叫びを上げる顎に、するりと入り込んだ国永が下から突き上げる。
カレルやシュンの出番もなく、アラガミは一掃された。

「ジーナ、周囲を確認、敵影の補足、無ければ帰還するぞ」
「了解」

未だ高所から様子を見ているジーナに号令を飛ばし、国永はヴァジュラの死骸に腰を下ろして煙草に火を付ける。
その瞳は戦闘の後も生々しく、瞳孔を開いたままになっていた。
カレルは堂々と、シュンは不機嫌さを出したまま渋々歩み寄ってくる。

「く、国永……あのな……」
「シュン、人間に四肢があるのは何故か知っているかい。踊り狂う為にある」

一度、大きく煙を吸い込み空へと吐き出す。
いつもは余計な事を言うシュンもカレルも黙ったまま。
戦闘の前後、特に後の国永は厳しい。
本気で人に価値を見いだせないと語っていて、ゴッドイーターは消耗品だと言っている。
軍人故の思考であり、酷く合理的だ。
だが、その中で生きる為の教えを説いても居るのだ。

「お前達が生きて居るのは、命を捨てる覚悟を見せたからだ。人より死に方が上手い奴が生き残る」

この意味が分かるか?と、静かの声で問われてしまえば後は何も言えなくなる。
ほどなく、ジーナから任務完了と帰還の声が上がり、迎えを待つ事になった。
獣神の死骸を漁り、警戒の必要もなくなった中。
国永は退屈なあくびを一つ漏らすのだった。



ほんの少し、他人より死に嫌われているから生き残るのだ。

Crazy night

 

開幕ブザーと共に幕は上がった。
それは世界一幸福で不幸な物語。

 


フラッシュバックするのは、真っ赤な部屋と、空を劈く悲鳴と、獣の唸り声。
遠くに綺麗なお月さまが見えた。


「いや、いや、たすけて、かみさま…」

母親にかぶせられたマントを深くかぶりタンスの中で震えるしかできなかった自分を守るために犠牲になった両親。
両親を食い殺したアラガミが、どこかに居なくなるまで震えていた

 

「助かったのは子供一人か…」
「ああ、命がけで子供だけは守ったんだろうな。
立派だが、まだ小さいのに可哀想になぁ」

遠くでぼんやりと聞こえる声に耳を傾けながら、施設へ移動するために生存者を集めていた大人たちに保護された子供は抱きあげられてその場を後にするときに見てしまった。
真っ赤に染まった、母親と父親の無残な姿を。
ひゅっと息が詰まって声が出なかった。
がくがくと体を震わせる。声が上手く発せない。
指先から体温が零れ落ちて行くみたいに、体の芯が冷えていく。
「あ、うあ……ああ…あ」
大好きな両親はもういない。
アラガミに殺された。
アラガミが憎いという気持ちと、アラガミが怖いという気持ち。
それ以上に誰かが居なくなることへの恐怖が子供の心にいとも絶やすく亀裂を生みだした。
壊れるのは一瞬だった。
生存者を安全な場所に移送するためのトラックが到着するまでに集会所に集められた人たちの中には知り合いや家族に再会できた者達も居たが、子供にはそんなものはもういない。
「知り合いは居そうか?」
辺りを軽く見回ってくれた大人が声をかけてくれたが、子供は首を振ることもできず、静かに涙を零していた。
「おい、輸送のトラックが到着した、子供とけが人を先に輸送する事に……あれ、その子にそっくりの子をさっき診療所で見かけたぞ?兄弟じゃないのか?」
「兄弟?そうなのか?」
聞き返された子供は虚無の瞳で大人たちを見上げた。
「…この子、両親がアラガミに…タンスに隠れていて助かったんだ…。
もしかしたら、見ていたのかもしれない」
「そうか、なら尚更早く連れて行ってやるといい。
人違いでも一人でいるよりは年の近い子と一緒に居る方が安心だろ」
そういって連れていかれた診療所の奥の方で子供とそう変わらない少年が頭から血を流して横たわっていた。
「!!」
目の前に両親の血塗れた姿がフラッシュバックして、また息が詰まる。
上手く呼吸できなくて、何より、それが誰であるかも理解できなくて…
ただ、また誰かが居なくなってしまうんだと思うと思わず駆け寄っていた。
「おにぃ…ちゃ…」
恐る恐る声をかけると、ゆっくりと目が開いて、ぎゅっと手を握ると一筋の涙を流した。
この人も、きっと大切な人を無くしたんだろう…。
子供はなんとなくそう思った。
助けて欲しかった、助けたかった。
一人になるのは悲しくて怖くて寂しいから。
「ごめ、な…。なまえ、わか…な…」
「ん、うん……ちが、おれ……」
違うんだと、言いたかったのに。
否定してしまうとこの人はどこかに行ってしまうんだと思うと不安になった子供は知らずに涙を流していた。
もう、誰も居なくなってほしくない。
「だから……もう、いちど……。
はじめまして、を……しようか……おれ、たぶん……くになが。
きみの……にいちゃん、だ」
少年は血を沢山流して、辛そうなのに、それでも子供の為に微笑んでくれた。
「……いい、の?」
遠慮がちに聞き返すと少年はいいと言った。
かみさまは両親を助けてくれなかったけど、新しい家族を子供に与えた。
「おれ、つる……つるまる。
……おにぃちゃ、くににぃ……いたい?」
ぎゅっと手を握って、どこかに行かない様にきつく握ってつなぎとめる。


「かみさま、みつけた。
おれだけのあたらしいかぞく」

 


単純なのはつまらない?
ならもっと狂わせて
この狂った世界で生きてくために

 


「つーる」
施設に入って1週間。
鶴丸は両親を亡くしたトラウマから毎夜魘され、何かに怯えていた。
何をするにも国永の後を雛鳥の様について回り、それ以外は常に何かに怯えていた。
国永がおやつをもって2人が過ごしている部屋を訪れる。
小さな子供用のベットの中からもそもそと何かが動いて、ぎゅっと抱きしめると薄汚くなったマントを被った鶴丸がふにゃりと笑った。
「くににぃ…?」
舌足らずに自分を呼ぶ声に国永は微笑んでおやつを差し出した。
「これ、貰ったから一緒に食べよ?」
ベットにちょこんと座るとフードの中に隠れた鶴丸の額をこつんと頭を合わせる。
手に持ったのはクッキーだった。
薄い布に包まれたクッキーを差し出して鶴丸の口の前に持っていく。
一瞬戸惑ったような表情を浮かべてから鶴丸がぱくっとそれを口に含むと、一瞬にして花が咲き誇ったように微笑んだ。
「おいしい!」
「ははは、そうか。良かったな。もっとたべるかい?」
国永はにっこりと微笑んで鶴丸の口の前にクッキーを差し出した。
差し出せばぱくっと食べて嬉しそうに微笑む鶴丸の表情が変わるのが嬉しくて、持ってきたクッキーを全部鶴丸に食べさせてしまった。
「あれ、ごめん鶴、もうおやつなくなっちゃった」
「…え?くににぃぜんぜんたべてないのに、おれぜんぶたべちゃった…?」
「鶴の為に持ってきたからいいんだよ」
「…でも…」
「鶴は体もちっちゃいし、いっぱい食べてくれないと俺が心配だから、だからいいんだよ」
よしよしと国永が頭を撫でると頬をほんのり桜色に染めた鶴が照れたように微笑む。
「じゃあ、きょうのばんごはんのおかずいっこあげるね?」
「うん、ありがとう」
「くににぃだいすき。ずっといっしょにいてね…つるを、ひとりにしないでね…」
身体をぴとっと寄り添わせると伝わる体の震え。
最近はこうして国永の前でなら年相応の表情を見せるようになったが、それはあくまで国永の前でだけ。
幼い心に刻まれたトラウマはそう簡単に元には戻らない。
施設では他にも大勢子供は居るが、明るい国永はすぐに友達を作ってくるのに鶴丸は一向に部屋から出ることができずにいた。
まだ幼い鶴丸には大好きだった両親が突然いなくなったことも、アラガミに殺されたということも受け入れがたい事実で、でも現実逃避しようにも目に焼き付いた光景と耳に残る悲鳴が離れない。
壊れて狂っていく小さな弟の身体を抱きしめて、国永は今日も鶴丸に笑いかける。
「しないよ、ずっと一緒だ。
君が望むなら俺はずっと一緒に居る。
俺も鶴のそばを離れたくないしな?」
国永が笑うと安心する。
国永の言葉を信じているから、疑っていないから。


だってこの人はかみさまがくれた鶴丸の家族になってくれた人だから。


何も知らない兄弟は荒廃した世界で身を寄せ合う。
この先にどんな運命が待ち受けているのかも知らずに世界の歯車に飲み込まれていく。
それは心を失った子供と少年の、歯車が回りだす前のつかの間の幸せ。

そのエンドロールが褪せるまでの。

ドーナツホール

その日は、やっぱり雨が降っていた。



気が付けば、体中が痛かった。
後になって聞いたのは、左側を中心に瓦礫に挟まっていたらしい。
背負ったカバンと倒壊した家屋にあった本棚の僅かな隙間に助けられた。
何があったのかは今でもよく分からないけれど、どうやら運が良かったらしい。
残った傷は頭に一つ、それと心を無くした事。
それがこの手に残ったものだった。

「子供が居たぞー! まだ息がある!」
「おい、こいつ見ない顔だな……」
「いや、さっき似た顔を見たぞ? 集会所に……」

大勢の大人の声にうっすらと戻った意識を頼りに目を開けても、何も見えてこなかった。
身体が濡れた感覚と、手の平に伝わる触感から、雨が降っているんだと理解して。
どこもかしこも痛くて、痛くないところを探す方が難しくて。
どこかへ、行こうとしてた気がするのに。

「おい、大丈夫か? 慎重に引っ張れ」
「この子、目が……」

先程より近くなった大人の声に、目をもう一度開けても何も見えない。
いや、ちょっとだけ動く陰や色が見えた気がしたけど、それだけ。
ぼんやりとしか映さないのは、何でだろう。

「それより頭の怪我だ、止血しながら診療所に」

声が何を言っているのか理解出来なかったけど、押さえつけられた頭が痛くて。
多分唸って暴れようとして、それにも疲れてまた眠ろうとして。

「今寝たら死ぬぞ! 頼むから目を開けてくれ!!」

大人に揺さぶられて抱き締められて、頬に衝撃と熱があって殴られたと気付いた。
揺れはずっと収まらなくて吐き気がするし、熱で頭がぐるぐるするし。
最悪な気分を味わいながら、気が付いたらどこかに寝かされたようで。

「坊主、水は飲めるか? それと、弟を連れてきたぞ」
「……おと、と……?」
「覚えて無いのか? まさか……いや、今は大人しくしておけ」

また知らない人が話しかけてきて、そこで思い付く。
俺は、どこから来て、誰を知ってて、何をしてたのか、全く分からない事に。
弟なんて知らないって言いかけて、親が誰かも分からない事に気付いて。
胸にぽっかり、穴が空いたみたいで。

「ひ、ぁ……あの……、おにぃ、ちゃ……」

空いた隙間を考えていたら、小さく怯えた声が響いた。
目を開けたら、思ったより近くに白いモノが居て、無事な右手を遠慮がちに繋いでくれる。
熱に喘いでる中で、体温なんてよく分からないのに、凄く安心して温かくて涙が出た。
小さな手だ。
多分、俺の手より小さい。
それでも、この手が俺の命を繋いでくれる気がして、嬉しかった。

「……ごめ、な……。なまえ、わか、な……」
「……ん、うん……ちが、おれ……」

泣き出しそうな声だ。
多分、俺よりおさない。
けど、俺の為に泣いてくれる、優しさがあふれてた。

「だから……もう、いちど……。はじめまして、を……しようか……おれ、たぶん……くになが。きみの……にいちゃん、だ」
「……いい、の?」

遠慮がちな声だった。
何がそうさせるのか分からなかったけど、良いと言った。
この子が、俺の生きたい場所で、ぽっかりの穴を埋める縁で、カミサマだ。
この子を守る為に俺は生きて、この子の為に死ぬ。
すごく、魅力的だ。

「おれ、つる……つるまる。……おにぃちゃ、くににぃ……いたい?」
「ん、つるまる……つる、か。かわいい……いたいけど、つるが……て、ぎゅって、したら……」

痛くなくなったよ、そう慰めようと思った。
それより先に、鶴丸が両手でしっかりと右手を握ってきて、驚いて言葉を無くした。

「にい、ちゃ……しなな、で……!!」
「つる……。な、とうさんと、かあさん、は?」
「っ……ぁ……! ぐ、ぅ……ふぇ、ええっ!!」

吐くのを堪えるような、泣くのを堪えるような、かえるが潰れたような声が聞こえてくる。
そういう事なんだと、分かった。
小さな弟と、俺を残して、死んだんだと思う。
実感がないせいか悲しいとは思わなかったけど、鶴丸を可哀想だと思った。

「……おれは、だいじょうぶ。……つるが、なく……から……」

兄ちゃんはしっかりしないと、そう言いたかったのに言葉は続けられなくて。
凄く疲れたのと眠くて仕方がなくて、そのまま寝てしまったらしい。
寝た瞬間に鶴丸が凄い声で泣いたと聞いたけど、全く聞こえなかった。



「国兄! 今日の勉強、わかんないとこあったんだけど……」
「うん? どれ、どこが分からなかったんだ?」

あの時の悲劇から数年、二歳違いの弟と一緒に隣町の孤児院に引き取られた。
町はアラガミの襲撃と暴動で建物の多くが倒壊して、大人だけで暮らすのもやっとだったらしい。
それで子供のうちから軍隊として教育する為に孤児院に集めるという話しがあって。
俺達はそこへ送られた。
最初のうちは弟の鶴丸が発作を起こしたり、大変だった。
泣き虫で落ち込み虫で部屋からも出てこない、そんな調子で。
その頃の口癖は国兄がうらやましい。
だから俺の笑った顔は君の顔だし、俺の性格は君の性格でもあるって言い続けて。
幼さの残る鶴丸の外見は、それでも俺にうり二つと言って良いほどそっくりだった。

「国永ー! 今日の配給でドーナツ出たから、お前の分も取っておいたぞー!」
「マジで!? うわ、やりー!ありがとよ、愛してるぜー!!勿論、鶴の分もあるんだよな!?」

遠くから掛けられた友人の声に返せば、隣で鶴丸が驚いたように肩を跳ねさせる。
それから俺の服の裾をぎゅうって掴んで、顔を俯けた。
この位性格は違うけど、これでも大分マシになった方。
俺はどうしたら鶴丸が落ち着けるのか、安心出来る大人になれるのかを研究中。
両親の事を思い出せたら参考になるのに、相変わらず記憶はポンコツだ。
その分鶴丸が覚えてるから、それで良いとも思う。
最近になってようやく少しずつ話せるくらいには、あの頃より成長してる。
鶴丸は俺が離れていく事が怖いらしいけど、そんな日はきっと来ない。
だってあの日、あの時から俺の存在理由は鶴丸の為にあるんだから。

「……国兄、何か楽しい事考えてる?」
「お、分かるかい? 何、人生には驚きが必要だろう」

だから君が望むなら、俺はずっと傍に居る。
俺のこの手は、真っ白な俺のカミサマが掴むためにあるのだから。



もう、心の穴は空いていない。

花の名前

雨粒の残る森の中。
水たまりを跳ね飛んで避けながら、一人の少年はある物を探してさ迷っていた。
草の合間を掻き分け、木の幹をよじ登って探すそれは、食べられる物。
朝に母が言っていたのだ、もう食べられる物がないと。
夜に父が言っていたのだ、外へ出るのは危険だと。
大好きな二人が困っているのを見て、少年は自分が探してこようと決めた。
小さな身体でもすばしっこいと言われ、物覚えが良いと褒められた事もある。

「おれが、いっぱいもってかえったら、ふたりともきっとよろこぶ!」

少年は知っていた、二人が毎夜喧嘩をしている事も。
少年は知っていた、周囲から少しずつ子供が居なくなっていく事も。
少年は知っていたのだ、もうすぐ自分の番が来る事を。
だから少年は行動した。
少しでも長く一緒に居られるように、いずれ居なくなった時に悲しんで欲しかったから。
近場の食料は既になく、遠くにあるという町の近くなら森があると。
そこならば食べる物があるかも知れない、けれどそこは立ち入ってはならない場所。
大人の足でも遠いと言われる場所に、少年の足ではもっと遠く感じたけれど、やって来た。

「……なんにも、いない? ひかり、きれい」

人の話し声も遠く、少年の独り言すら簡単にかき消えてしまう空気の停滞。
それを感じて、どこか夢のような心地で少年は森を歩く。
生来では動物の鳴き声や息吹が感じられるだろう場所は、静かに時を止めていた。
命のない森は、やがて消えていくだろう。
ひとりぼっちの寂しさに、少年の心にも段々と恐怖が舞い戻ってくる。
それは、何者にも侵される事を許さない場所だと。
しかし森をさ迷う足を止めず、少しずつ進めていた時、急に目の前が開けた。
大きく空いた空間は葉の隙間から柔らかく光を通し、空の青色が垣間見える。
その地の中心にはわき水から生まれた小さな池が広がっていた。
池の中心には、更に小さな足場があり、花に埋もれるように男の子が一人眠っていた。

「だぁれ?」

少年の幼心は男の子に夢中になり、気付けば池を越えて島とも呼べない足場に付いていた。
知らない子、綺麗な子、優しそうな子。
いくつもの気持ちを浮かべながら、少年は男の子の頬に手を伸ばす。
温かく、柔らかな感触。
頬に触る手がくすぐったかったのか、男の子は笑みを浮かべてゆっくりとまろい瞼を持ち上げる。
そこには藍色の海をたゆたう三日月が浮かんでいた。
少年はその色に感動をし、じっと無遠慮に瞳を覗き込む。
目が合い、男の子は首を傾げながら身体を起こして口を開いた。

「お前……だれだ?なぜ、ここにいる?」

その声すら透き通って綺麗だと少年は思った。
ぽかん、と感動のままに口を開き固まる。
と、男の子は小さく笑って少年を見下ろした。

「あなや、言葉をわすれたか? お前、俺の言葉がわかるか?」

気持ちの良い眠りから急に起こされた事を怒る事なく、柔らかく微笑んでかけられる声に、存在に、見惚れる。
まるでこの世の人ではないかのような、人離れした雰囲気に少年はうきうきと心を弾ませて大きく頷いた。

「うん! おにいちゃん、かみさま?」
「かみ? これは異なことを……面白い子供だなぁ。俺はお前と同じ、ただ人だ」
「ただびと??」

聞き慣れない言葉に、少年は楽しくて仕方が無いと笑ったまま首を傾げる。
年は僅かに男の子の方が上だろうが、それでも子供に違いない。
けれど出会い方と持ち合わせる雰囲気に、少年はすっかりカミサマに違いないと信じ切っていた。

「うむ。お前、どこから来た? ここへは来てはいけないと、言われなかったか?」
「……あ……!」

男の子がころころと笑いながら言う内容に、少年は一瞬にして怯えるように表情を曇らせる。
なんとも幼く、そして子供特有の表情の機微に男の子はすっかり気を許していた。

「えっと……ごはん、さがしてる。たべるもの。でも……ないしょ、なの」

怒られるとでも思ったのか、目の端に涙を浮かべながら下を向く少年に男の子は笑う事を忘れて首を傾げる。
内緒で幼い子供が探さなければいけないほどの貧困を、彼は知らなかった。
男の子の周りには望んでいなくても人がモノを差し出してきた。
飢えるという感覚を味わった事がない事に餓えていて、けれどそれを知らずにいた。
なので男の子が初めに思った事は、

「食べる物を見付けたら、お前は笑うか?」

怒る事より、悲しむ事より、もう一度少年の笑顔が見たいという事だった。
不思議そうな顔で臆面も無く正面から見上げ、目と目を合わせてくる少年の無垢が男の子には心地良い。
どうせ見るのなら、笑顔が良いという傲慢ではあった。
けれど、少年は無邪気にまろい目を緩ませて笑う。

「おにいちゃん、いっしょにさがして、くれるの?」
「はっはっは、よきかなよきかな。お前が笑うのなら、教えてやろう」

誰とも知らない相手ではあったが、お互いに気に入り、幼い故の人見知らずで打ち解けた。
わずかの間にはすっかりと、男の子は少年の幼さを気に入っていた。
小さいわりにちまちまと動き回る快活さは、男の子にとって心地よかった。
唯一気に入らなかったのは、

「しらないひとに、なまえ、おしえちゃだめって、かあさんいってた……」

警戒を知らない年頃だろうに、母の教えをしっかりと守ろうとする少年の実直さだった。
が、それも直ぐに

「では、あだ名はどうだ? 俺たちだけの、ヒミツの名だ」

こう言ってやれば、子供というのは秘密を好む者、少年は大きく頷いて了承する。
手を繋ぎながら、食べられる植物を中心に少年に教え、背負いカバンへと入れてやりながら男の子は考えた。
どんな名前がそれらしく、似合いのモノになるだろうか。
先に思い付いたのは少年の方で、大きく手を上げて男の子を見た。

「じゃあおれ、つきってよぶ!」
「つきか、良いぞ。ではオレは……しろ」
「やだ! かんたんすぎる、ちがうのがいい!」

一瞬、簡単な方が良いではないか、と反論しそうになった男の子は、けれど少年の顔を見て口を閉じる。
不服を顔全体で表す少年は、頬を膨らませて赤く染めながら怒り目をしていたのだ。
それにまるでまんじゅうだと吹き出しそうになりながら、男の子は再度考える。
ふわふわと柔らかく、突然舞い降りた白、花のような笑顔を見せ、思わず掴みたくなるような。

「……ゆき、はどうだろう?」
「ゆき? ……ゆき、いい! おれ、ゆき!」

いつだかの冬に見たきりだが、目の前の少年にそっくりだと思った男の子は、満足して頷いた。
白い肌に白い髪の、望月のような琥珀の瞳を持つ幼い子供。
この頃には男の子はすっかりと少年を気に入り、出会いを感謝すらしていた。
男の子がここに居た事はたまたまだった。
一族大事という家庭性と政治力から大成した者達が、男の子の瞳に宿る朝ぼらけの月に特異性を見いだした事。
子供にしては利発で柔軟な思考を持ち、大人と対等に渡り合える胆力もある。
そんな男の子に将来を任せようと考える者達。
アラガミの浸食が懸念され、近々シェルターへと移住する為にやってきた借宿。
屋敷に居ればたくさんの大人の手も、いっぱいの贈り物もあった。
けれどそうして敬う事を喜べるほど、大人でもなかった。
大人しくする事に飽きを感じ、庭の中ならと許可を出された矢先の愛らしい侵入者。
自分らしく、年頃のままに行動をして良いのだと許されたようにも感じ、男の子は安堵を覚えていたのだろう。
少年の好きなモノを好きだと言う幼さも、無邪気さも、無垢な笑顔も、全てが眩しく見えた。

「……俺が手伝ったら、明日もまた会ってくれるか?」
「いっしょにさがしてくれるの? ありがとう、つき!」

ふにゃりと子供特有の柔らかさで微笑む少年に、男の子も満面の笑顔で返す。
二人で歩く森の中は、不思議と恐ろしさも感じない。
寒さも餓えも忘れ、繋いだ手の温かさだけを頼りに遊び回った。

「ゆうひだ! きょうはかえる、つき、またあしたな!」
「うむ、また明日……。気を付けて帰るのだぞ?」
「だいじょうぶ、じゃーなー!」

少女のような顔立ちは他者に惹かれるだろうに、少年は気にした様子も無く走り去る。
男の子は、その時に初めて心許なさと寂しさを噛みしめた。
ともすれば中性的な顔立ちを悲しそうに滲ませて、時間の許す限り見送った。
誰かにそこまで感じる事も、執着する事も、初めての事だった。
一日、二日、……十日も過ごせばもはや手放しがたいモノになっていて、明日にシェルターへの移動を控えた時には、一生を共にしようと心に誓った。
時が経てばそれはやがて恋と呼べたかも知れない。

けれど、十一日目。
少年は白い髪を風に舞わせ、白いフードをお気に入りだと笑っていたその姿を見せる事は無かった。
大事な話があると前もって伝えていたのに。
昼を過ぎ、夕暮れになり、夜半近くなって家の者に連れて行かれるまで、出会った池で待っていても白い姿を垣間見る事すら無かった。
一歳の送りもののように、忽然と彼は姿を消したのだ。
それは男の子にとっては酷い裏切りで、けれど両親を置いて彼だけを連れて行こうと企んでも居たから、当然のことのように思えた。
初めて出来た大切な物を失う事は初めてで、それを自分に納得させる術は持たない。
ともすれば出会いすら嘘だったのではと思う度、少年の笑顔が思い出されて寂しかった。

「お前は嘘つきだな、ゆきよ」

ずっと一緒に居てくれると言ったではないか、そう悪態を吐きながら、それでも無かった事には出来ない。
襟足だけ伸ばした白い髪も、望月を和らげて笑う顔も、鈴のように鳴るつきと呼ぶ声も、幼さ特有のふっくりとした頬も、繋いだ華奢な手の温かさも、全て覚えている。
シェルターへ移動した後、あの辺りで暴動とアラガミの襲撃があったと伝え聞いた。
もしかしたら、巻き込まれたのかも知れない。
否、恐らく巻き込まれたのだろう。
そして命を、落としたのだろう。
そうは思っても過去に出来ず、現在に繋げる事も出来ない。
けれどせめて、少年が生きただろう世界を守る事を贖罪に。
少年を思い出し、縁に縋る事を許して欲しい。



その後、彼らは運命の出会いをする。
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