スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

僕の名前は。

僕には大事な家族が4人居ます。
一人は僕を部屋に連れていってくれるママ。

「にゃんちゃーん、ただいま、おかえりー!今日も良い子にちてまちたね」

大きな部屋からママに連れられて行ったのは、少し狭くて入り組んでるけど落ち着く匂いのする部屋。
ここにはもう一人、大好きなママと一緒に暮らしている人が居ます。
外から足音が聞こえてきて、僕は入り口の板に向かって鳴きました。

「お、にゃんだチビ、もう帰って来てたのか?長義もお疲れ」

ママを長義と呼ぶこの人は、お母さんです。
色んな人にオカン、と呼ばれている頼もしい人で、僕ともよく遊んでくれます。
どこか僕に近い雰囲気を感じるのは、何ででしょう?
僕が疲れてお腹が減ると、抱き上げて撫でながらおやつをくれるんです。
おやつはママが作ってくれてたり、お店で買ってきたりしてるそうです。

「な、南泉!?お前……今の……」
「にゃ?どうした?あ、隠れて間食しようとしてたのかー?」
「白月じゃあるまいし、そんな事するわけ無いだろう」

だよなぁ、と笑って頷くお母さんの足下に擦り寄って、匂い付けをします。
これをしないと何となく落ち着かないからするんだけど、お母さんはしゃがんで喉を撫でてくれました。
ごろごろと鳴る喉は僕がご機嫌な証拠です。
お母さんやママに触られると嬉しくて、一緒に居るとすぐに鳴っちゃいます。
そう、僕は二人に飼われている猫です。
始まりは、僕の一番大好きなあの人が僕を見付けてくれた事がきっかけです。
雨の降っている時でした。
とっても冷たくて、本当のお母さんとはぐれてしまった僕はまだ目も見えてませんでした。
泥の匂いがしました。
暗くて、寒くて、冷たい、死の匂い。
そんな匂いと一緒に、あの人が来ました。
あの人から、そんな匂いがしてました。
雨でびしょびしょに濡れた身体で、泥の付いた手で、震えているだけの僕を抱き上げてくれたんです。

「何だチビ、震えちゃって……君、一人かい?一人なら……一緒に行こうか」

冷え切って震えてるのは、あの人も同じでした。
それでも、凄く温かくて優しい声が聞こえてきたんです。
僕、もう大丈夫なんだって嬉しくて、眠っちゃったんです。
だからあの人が僕の本当のお母さんを先に見付けて埋葬してくれた事も、僕が衰弱して命が危なくなったのも、知りませんでした。
この後、あの人が熱を出して倒れたのも、知りませんでした。
次に目が覚めた時には、僕は大きな部屋で様子を見られていました。

「おやチビ助、目が覚めたか?腹が空いていよう、どれ……ミルクをやれば良いんだったな」

穏やかな声を聞いて、うっすらと光りの漏れる向こうに最後の一人、おじいさんを見付けました。
彼はいつも和やかで静かな雰囲気をしていて、とても優しい人です。
僕は、彼の膝の上で寝るのが大好きです。
慣れない手つきで、それでも優しく抱き上げてくれて、ミルクを飲ませてくれました。
その後は顔を拭いて、この時の手つきはちょっと乱暴で痛かったんですけど、その後は頭を撫でてくれました。

「おや、その子の目が覚めたのかい?」
「ああ長義や、今ミルクを飲ませたのだが……見て貰って良いだろうか?」
「任されたよ。ミルクは……全部飲んだんだね、すごい回復力だな」
「うむ、小さき命は真に生命力に溢れているな。良い事だ」
「相変わらずじじ臭い……でも、これで鶴が喜ぶね」

たず、というのが僕の命の恩人で、大好きなあの人の事です。
真っ黒い髪に、僕とお揃いの目の色。
寂しくて、でも強い、そんな人です。
僕は皆さんに助けられて、ママの猫になりました。
名前は五虎退。
虎に負けない位強くなれ、とあの人が名付けてくれました。
僕には大好きな家族が4人居ます。
僕は五虎退、今日も皆さんと一緒に元気に過ごしています。

お見舞いの日。

その日、怜悧は怪我をした足が原因で熱が出るかも知れないと、処置のために近くの病院へ入院する事となった。
馴染みの医者が居るその病院、部屋は救急のため二人部屋だと案内される。
そして、

「え?国お兄ちゃん?」
「……ん?」

たまたま検査の為に二、三日入院する事となった黒鶴と出会いを果たした。
長い睫はけぶるように飴色の瞳を縁取り、跳ねる艶やかな黒髪はうなじを隠すように伸ばされている。
人嫌い故か独特の雰囲気を醸し出す黒鶴は、中性的な面立ちも相まって知り合いの兄と慕う人物によく似ていたのだ。
首を傾げる動作をし、けれど固まる怜悧を胡乱げに見詰めただけですぐに目を背けて音楽機器の操作を始める。
視線を外されてようやく、怜悧は自分の不躾さに気付いて顔を赤くした。
怪我をした足をかばいながら松葉杖で窓側のベッドに腰掛け、一息を着く。
チラリと後ろを見れば開けられたカーテンの隙間から、退廃的な様子で携帯を操作する彼が見えた。
五条黒鶴。
確かそんな名前だったと思う。
名字を見て知り合いを思い出した怜悧が改めて彼を観察すれば、面立ちが似ていなくも無い。
最初に思い付いた人物は壊滅的に機械操作が苦手だった事を考えると、後者の親戚だろうか。
直接的な知り合いでもないのだから、と気後れして結局話しかける勇気が出ず。
怜悧は布団にぽすりと埋まるように眠り込んでしまった。



――ふと、賑やかな雰囲気に目を覚ます。
いつの間にか寝入っていたのかと怜悧が起き上がると、

「だから、黒鶴が入院中なんて知らなかったんだって!」
「……鶴丸、うるさい。検査入院でいちいち説明するかよ」
「怒られてしまったな。しかし伽藍堂の店主殿が居るとなると、店は暫く?」
「まあ……どうせそこの鳥頭と同じ道楽だからな。クソ不味いコーヒーを出して良いなら店番は頼んでるけど」

――がらんどう?
確か義父である作家の宗近がよく執筆の合間に抜け出す店の名前だ、と思いながら周囲を見回せば、案の定義父の姿と見慣れた先輩の姿があった。
どちらも仕事中のはずで、何故ここに居るのかと首を傾げる。

「あ、怜悧起きたのか!怪我したって?大丈夫か?」
「む?おや、起こしてしまったか。よく眠っていたのに、すまんなぁ」

申し訳なさそうな顔をする絶世の美丈夫と、その隣に心配ですと顔一杯に書いてある落ち着きの無い年齢不詳な青年を見、怜悧はくすくすと笑みを零した。
二人共、早速見舞いに来てくれたんだと思うと申し訳ないと思うより先に嬉しくなる。

「僕なら大丈夫。ちょっと足切っちゃって、縫うために来たようなものだから」
「足、切る!?ぬ、ぬぬぬうって、大怪我じゃ無いか!何でそんな危ない事――」
「鶴丸、うるさい。ここ、病室。静かに出来ないなら帰れ」

ぴしゃり、と隣のベッドから飛んで来た絶対零度の冷たい声に、鶴丸が慌てて両手で口をむぐうと押さえた。
てっきり怒鳴られると思っていた怜悧は、常に無いその様子に驚いて目を白黒する。
こそ、と耳元に近寄ってきた義父の言葉によれば、怜悧が起きる前にも一悶着あったらしい。
どうやら隣の彼は予想通り五条鶴丸の従兄弟であり、面識があったらしい。
店以外で久々の再会がまさかの病院となり、病弱な彼を心配して声を上げたところ怒られたのだとか。

「くにのような見目をしているが、中身は苛烈でなぁ。実直さは翠のようだ」
「母さん?……そういえば、母さんは……」
「うむ、鶴丸が居るのなら邪魔になるだろうと。夜には着替えを持って顔を出すと言っておったよ」
「う……じゃあお説教もその時かなぁ……」

へにゃり、と辟易して項垂れる怜悧の頭を撫で、ほけほけと嬉しそうに義父は微笑む。
最近は学校が忙しくて顔を合わせてもろくに会話が出来なかったので、怜悧としても触れ合えるのは嬉しい。
しかし、その理由が自分の不始末なのでやはり申し訳なさが浮かんできた。
口を開こうとした怜悧を、けれど義父は静かに頷いて微笑む事で制してくる。

「こうしてお前を心配出来るのは、父として役得だな。存分に甘えると良い」

父として、と言われてしまえば怜悧には後を続ける言葉は浮かばず。
嬉しさと恥ずかしさで頬を紅潮させて頷くしか無かった。
と、隣で従兄弟と話していた鶴丸が椅子を持って中間に座り込んでくる。

「国兄からプリン貰ってきたんだ!大部屋だって言ったら結構くれたから、黒鶴も食えよ」
「プリン」

嬉しそうに弾む声が聞こえ、黒髪の彼が飴色の瞳を輝かせているのを見た。
こうして素直に感情の発露を覗かせているとやはり鶴丸に似ている所があり、怜悧はそっと安堵の息を吐く。
第一印象では冷たい、どちらかと言うと己の想い人のような他人と一線を置きたがる方なのかと思ったのだ。
作り物めいた表情の無さが無関心さの表れだとしたら、怜悧としては少し居心地が悪い。
なのでこうやって鶴丸が間に入ってくれる事も、知り合いの知り合いという事も、一方的な安堵感が生まれた。

「……色々ある。これ、何だい?」
「お、それはマンゴーだな。果肉入りだから美味いってさー、黒兄の一口メモに書いてある」
「マンゴーは嫌いだ。もっと普通のが良い」
「お前、また食わず嫌いだろ!国兄のプリンは全部美味いんだぞ!?」
「……鶴丸うるさい。あ、これコーヒーか?良い匂い……これにする」
「無視するな!」

賑やかなやりとりに、意外と子供っぽい所もあるのだと怜悧はくすくすと笑みが溢れてしまう。
そうして黒鶴が避けたマンゴープリンを受け取り、宗近は抹茶、鶴丸はイチゴを手に取った。
頂きますのかけ声と共に食べ始め、直ぐに黒鶴が目を瞬かせてスプーンを止める。

「――……美味い。これ、既製品じゃないんだよな?個人でここまで作れるの、長義くらいだと思ってた」

独り言のように呟く内容に、ちょうぎ?と首を傾げた。
知り合いの名前なのかも知れないが、どこかで聞いたような気が、と考え始める。
と、不意に通路の向こうから賑やかな人の気配が伝わってきた。
コンコン、と遠慮がちに扉をノックする音と複数の人達がやって来たのは同時で。

「あれ、鶴が馴染んでるなんて珍しい」
「本当にゃ?ってにゃんだ、従兄弟じゃん」

銀髪の涼しげな目元の青年と、金髪の猫の様な印象の青年、その後ろに鶴丸に負けず劣らずの白髪をした美丈夫が立っていた。
見掛けない人達と、たず、という言葉に隣の彼の知り合いかな、と首を捻る。
案の定そうだったようで、けれど予想外の反応は怜悧の真隣から上がった。

「白月、か?久しいな、息災だったか」
「…………」
「うん?どうした、お前も見舞いに来たのだろう?まずは座ると良い」

完全に固まって無表情のまま、義父の宗近を凝視する青年。
瓜二つと言って良いほど似ているのに、真逆の色彩を彼は持っていた。
片や青白く憂い顔で、片や頬を紅潮とさせた微笑みを浮かべている。
白い髪もあいまった彼の顔の白さは際立ち、見ていて気の毒な程であった。
不意に座っていた筈の黒髪の青年が起ち上がり、白い彼の前まで行く。

「白月?どうした、君……何かあったのか?」
「……ぁ、ああ……いや……すまん、少しぼうっとしていた。……まさか貴方と、ここで相見えるとは……」
「うむ、偶然とは時に恐ろしいなぁ。聞けばここに居る五条鶴丸の従兄弟殿だとか。こっちに居るのは怜悧と言ってな、俺の最愛の息子だ」

甘く蕩けた微笑みで頭を撫でられ、怜悧は頬が紅潮するのを感じた。
母と睦み合っている時によく見る表情だが、友人だった頃と違って堂々と名乗れるのが嬉しいのか愛おしくて仕方ないというのが伝わってくる。
いわゆるデレデレ顔を、他人が見ても美しいと思わせる迫力のあるのが義父の美点であり欠点だ。
怜悧が頭に宗近の手を載せたまま会釈をすれば、わずかに顔色を取り戻した彼が苦笑する。

「そうであったか、俺は三條白月。ここな五条黒鶴の友人でな。この者等も皆、幼馴染みなのだ」

さんじょう、名字も同じなんだ、と怜悧は頷きながら白い彼を見る。
よく見れば透き通る白髪は彼によく馴染んでいて、地毛なのだろうという事がうかがえた。
先程先に入室していた彼らも頭を下げて挨拶とし、怜悧はもう一度会釈をする。

「僕、父さんの親戚の人に会うの初めて」
「うん?そういえば……そうだったか?はっはっは、年のせいかなぁ」
「俺達でも聞いてないし、そんなに付き合いはない方なんじゃないか?」

こそり、と鶴丸が声を潜めて口にした。
が、潜めている割に普通の声量になっていたため、相手方にも伝わったらしい。
白月、と名乗った青年に向かって、幼馴染み達が声を掛けている。

「白月、君……まさかあの、三条家の宗近さんと知り合いな訳じゃないよね?」
「……いや、彼はあの、三条家の宗近殿だ。知り合い、と呼べるかは……どうなのだろう」
「は?お前にしては珍しく煮え切らにゃい態度だにゃ?」
「うむ、まあ。現況を連絡しあう程度の間柄、というか……」
「――つまり、何?白月、俺に隠し事か?」

漏れ聞こえる会話から、一瞬不穏な空気を読み取った怜悧は思わず、

「あの!」
「……何だよ、チビ」
「ち、チビ??いえ、ちびですけど……あの、父さんが、さっき久しぶりって言ってたので、実際に会ったのは今日が久々って事なんだと。その……きっと、隠し事ではないんじゃないかな、って……」

見ず知らずの青年にいきなりこんな、白い彼を庇うような事を言われる筋合いは無い。
そう言われるだろうと思って身を固くしていた怜悧は、

「……ぁ、そう、か……そうだよな。悪い、えーと、怜悧だよな。止めてくれて助かった。白月、ごめん。君だって驚いてるのに、俺も驚いて、つい……」
「いや、良いのだ。元はと言えば宗近殿が悪い」
「おや、俺か?ふむ……ならば、遠縁の……はとこ、とでも言っておけ」
「宗近殿を、はとこ、と?冗談が過ぎるぞ」
「何、あながち間違いでも無かろう。どこぞで繋がっては居るのだからな?はっはっはっ!」

鷹揚に笑いを浮かべて押し切る宗近と、終始苦い顔を浮かべてため息を吐く白月。
義父の、最愛以外に関する適当加減をよく知る鶴丸はまたか、と放置を決め込み。
怜悧は話しについていけず、周りの彼らに目を向けた。
銀髪の青年は目が合った事で笑顔になり、手を振ってくれる。
その姿を、大学の特別講義で見て覚えていた怜悧は嬉しくて足が痛むのも構わず突進していった。

「あの!大学病院付属大学の特別講義に来て下さった、長船長義さんですよね?」
「うん、そうだよ。こんな所に居るって事は、怪我でもしたのかな?」
「はい、そうなんです……。って、あの!先生の話、食が生活を整える、ひいては生きる力になるって、凄く感動しました!」
「ああ、栄養学の事を話したあれか……人の受け売りだから」
「受け売り?」
「あの子。たず、って僕らが呼んでる子。昔は病弱でね、今は克服したからこそ、彼が言っていたんだ」

鶴丸と話しをしながら白月の様子をチラチラと見ている黒髪の彼を見る。
病に冒された者特有の気配というか、雰囲気というか。
そういったものを一切見せずに居る今は、少し線が細すぎる華奢な青年にしか見えない。
感動した言葉が彼の言葉だったとしても、やはり怜悧は長義に対して胸が熱くなるものがあった。

「それでも、先生の栄養学の教え方はとても面白くて引き込まれました」
「……あの大学、って事は……君も医者になろうと頑張ってるんだね?」
「あ、はい……僕なんかが、おこがましいって、思うんですけど……」
「成長したね。嬉しいよ」

真正面から微笑まれ、頭に手を置いて撫でられ、不思議に嫌な感じはしなかった。
むしろもっと前にも似たような光景があったような?
と考えたけど、その手がすぐに去って行ってしまった。
憧れの先生に出会えた嬉しさで思わず飛び出してしまったが、一息吐けば今度は恥ずかしくてベッドに戻る。
待っていた鶴丸がさっきのは?と口にするのを大学の特別講義の先生、と答えた。
それで納得したらしい鶴丸は口を挟まず、宗近と白月の様子を見る。

「なるほど、喫茶店の店番とは白月の事であったか。俺も結構通っていたのだが……会わなかったなぁ」
「特に必要もなかろうと思ってな……。しかし、……宗近殿は随分と変わられた」

まるで人間のようだ、と感慨深げに呟かれた内容に首を傾げた。
人間のようだもなにも、宗近は会った時から何も変わっていない。
いや、夫婦となってから母に対して何の遠慮もなく愛を囁くようになっただろうか。
しかし怜悧にとっては憧れの父のような存在だった事に変わりは無い。
白月はしげしげと宗近を見、何度か頷いてからようやく微笑んだ。

「今の貴方ならば、何の問題もなかろう」
「おや、それではまるで俺から逃げていたようではないか?」
「あなや!逃げていたつもりは無いぞ?だが、鶴とあまり会って欲しくなかったのは事実だ。鶴は気にしていないようだがな」
「ふふ、何やら訳ありのようだ。どうだ、今度酒でも汲み交わさぬか?俺の惚気話しを聞いてくれるなら、お前の相談に乗ってやろう」
「はっはっは、それは良い考えだ。では、その様にお願いしよう」

似た口調、似た顔で和やかに会話が繰り広げられ、完全に置いてきぼりになった一同は首を捻った。
とりあえず、父に友達が増えたと言う事で良いのだろうか、と怜悧は嬉しくてほくほくと笑う。
唯一我関せずでプリンを食べていた黒鶴は、長義にこのプリン作ってと早速強請っていた。
レシピを知らないから、と長義が言うと、今度は鶴丸にレシピを寄越せと話しかけている。

「国兄秘蔵のレシピだぞ!?そう簡単に渡せるか!」
「ちっ、ケツの穴の小せぇ男だな。普段格好付けなんだから、こういう時は男らしく即決しろよ」

中性的とは言え、むしろ小綺麗な顔をしている黒鶴が口汚く罵るのを聞いて怜悧は驚いた。
見た目と口調のギャップがありすぎる、と。
不遜な態度は慣れている相手にしかしないのか、怜悧が見詰めていると眉を潜めて視線を外してしまった。
少し見過ぎたかな、と反省する。
目の前では携帯を操作して連絡先の交換を終えた宗近と白月が顔を上げた。

「では、我々はそろそろお暇するとしよう。くにのレシピは後日、白月に渡せば良いか?」
「うむ、頼む。栄養価が高いもので鶴が気に入るのは珍しいのでな」

ほくほくと満足そうに笑う白月に宗近がひっそりとイタズラげに笑う。
あ、何か良くない事を思い付いた顔だ、と怜悧は思った。
怜悧の想い人である朱乃がなかなか一緒に風呂に入ってくれないと嘆いていた時、同じ顔を怜悧は見た。
こっそりと白月の耳元で何事かを呟いた宗近は、ぎょっと目を剥いた彼の反応を見て満足そうに頷く。
どこか嫌そうな、真剣な顔をしてから数秒。

「……宗近の兄様、よろしく頼むぞ」
「はっはっは、あい任された!」
「げっ、宗近が舎弟を増やした……!!」

まさかの兄様呼びに、そういえば宗近は家族というものに対して憧れを持っていたなぁと怜悧はのんびりと事態を把握した。
宗近が近親者にこういったワガママを言うのも、家族の枠に入れるのも珍しい。
嬉しくなった怜悧は後で母さんに報告しなきゃ、と携帯を持ち出した。
more...!

ぷちデート。

学校というものは集団生活をする上で、まとめ役というのを必要としてくる。
そんな訳でこの学校でも自薦他薦含め、生徒会選挙があった。
圧倒的な投票数で会長となった三條白月。
これは彼が当選した日の事。

「白月!当選おめでとう、会長なんて凄いじゃないか!」
「おお、鶴か、ありがとうな。しかし……俺に会長が務まるだろうか」
「ははっ、君にしては随分弱気だな?格好良いじゃ無いか、似合ってる。……そうだ、長義も副会長に就任したし、祝いに何か贈ろう!次の週末までに何が欲しいか考えておいてくれ」

就任した本人以上にウキウキとした様子で黒鶴は白月の肩を叩くと、いそいそとその場を離れてしまった。
週末まで、という事は出掛ける準備をしておく必要がありそうだ、と白月は黒鶴の突発的な発案に予定を明けておこうと手帳を覗く。
これはひょっとしてデートになるのではないか?と一瞬だけ頭を過ぎり、しかしすぐにいつもの幼馴染みメンバーだろうと考え直した。
丁度週末の予定は空いている。
それを確認した白月は、行き交う人に祝いの言葉を掛けられながら鷹揚に笑みを返して残りの時間を過ごした。



週末である。
寮に外出届を出し、黒鶴の準備が出来るのを入り口で待っていた。
一緒に出てきても構わなかったのだが、何故か渋る彼に早々に追い出されたのだ。
黒いシャツにスラックスという無難な服装で待っていると、

「悪い、待たせた!長義と南泉は別に用があるとかで、二人だけになるんだけど良いかい?」

首にスカーフを巻き、Tシャツにシャツを引っ掛けたラフな格好で黒鶴がやってきた。
当然その背後にはいつもの姿があると想っていた白月はきょとん、と目を剥き。

「ああ、いや、構わんぞ。それで、どこへ行くかは決めてあるのか?」
「まずは長義の祝い品を買おうと思ってる。どうせ君は決めてないんだろう?」

ニヤリ、と悪戯っ子な笑みを浮かべる艶やかな黒髪の彼に、白月は苦笑で返した。
あれから何度か悩んだのだが、一向に決まらなかったのだ。
黒鶴も部屋ではゲームをしていたりマンガを読んでいたりと、気にする様子も無かったのでいつの間にか失念していた。
それよりこれはもしや、デートという奴では無かろうか、と白月は内心でドキドキしている。
気にする素振りのない黒鶴は手を差し出し、

「行こう、白月」

立ち呆けする白月の細く長い指に指を絡めて歩き出してしまった。
ナチュラルに恋人繋ぎで歩き出す黒鶴に、ドキドキを通り越してドギマギする白月。
隣では頭一つ分低い位置にある小さな黒い頭が揺れ、この後の予定を口にしていた。
うん、うん、と相づちを打っているが内容は殆ど頭に入ってこない。
繋いだ手の温かさに胸がほっこりと温かくなり、時折見上げてくる上目遣いの飴色の瞳にすっかり夢中だ。

「ろつき、白月!」
「お、おお!?」

突然引かれた手に、顔が急激に近付いて唇が触れそうになる。
背を折る形になった白月を気にする事なく、不機嫌そうに眉を潜めて怒り顔の黒鶴が見上げていた。

「君、俺の話全く聞いてないだろう?」
「いやいや、聞いていたぞ。まずは長義の贈り物を買ってから昼餉にするんだろう?街は久々だなぁ」
「……本当に聞いてたのかい?」

不審そうな目で見てくるが、それよりこの状況に気付かないのだろうかと考え、徒労に苦い笑いが込み上げてくる。
恐らく、分かっては居ないのだろう。
幼馴染みと二人、迷子防止に手を繋いで歩いているだけ。
例えそれが肩が触れ合う距離だろうが、恋人繋ぎをしていようが、唇が触れ合う距離まで近付こうが、それだけだ。
他人の目など意識しない黒鶴は、言い換えれば白月の目も気にしない。
ならば、自分としてはデートで良いのではないだろうか、そう思い始めたら途端に気分が浮ついてくる。

「鶴、楽しみだな」
「お?おう、そうだな!」

お祝いがそんなに嬉しいのかと勘違いする黒鶴に、白月はそれを正さずににこにこと笑った。
繋いだ手に力を込め、今度は白月から引っ張るように前に出る。
うわ、と小さな悲鳴を出しながらも、白月がここまで機嫌が良いのも珍しいと黒鶴は文句を引っ込めた。
それに、白月は気付いていなかったが、繋がった手にちらりと視線を落とした黒鶴は微かに頬を朱に染める。
自分の細長いだけの節くれ立った指とは違う、大きくて長い綺麗な指。
それが絡められた手の平は熱く、まるでデートみたいだとひっそりと微笑んだ。
そんな調子外れの二人が来たのは大きな百貨店で、まずはぬいぐるみが置いてある手芸コーナーへとやってきた。

「ぬいぐるみを買うのか?」
「いや、何かここに羊毛フェルトの材料があるらしくて。たまにやってるだろう?」
「ああ、あの針を刺していく……あれをしている時の長義は無表情で恐ろしいなぁ」
「せいしんしゅうちゅう?とかで、ハマってるらしい。だからカゴ一杯キットを買ってこうかと」
「ほう、カゴ一杯……こづかいは足りるか?」
「足りる!……けど、白月のお祝いは五千円以内な」

恥ずかしそうに尻すぼみになりながらの言葉に、白月はくすくすと笑みを零す。
随分と奮発したものだと考え、それだけ嬉しかったのだろうと思えば愛おしくなった。
ふと、隣を見れば白い鳥と黒い鳥のぬいぐるみが目に入る。
くりくりとした目の白い鳥に比べて目付きの悪い黒い鳥が、まるで黒鶴のように思えてきた。
黒鶴が繋いだ手を解いてキットを漁っている間、白月は一心にもふもふと黒い鳥を触り続け、

「お、それにするかい?」

後ろから話しかけられた瞬間、固まってじっと黒い鳥を見詰めてしまった。
誰が声を掛けてきたのかはすぐに分かったが、何となく今まで考えていた事を意識してすぐには反応出来なかったのだ。
白月?と訝るような声が聞こえ、一拍おいてから振り返る。
案の定、黒い髪の毛を鳥頭のように跳ねさせた飴色の目の人物が居て、一つ頷いてから黒い鳥と白い鳥の両方を手に取った。

「いや、これは俺が買う」
「そうかい?そんなに気に入ったなら俺が贈っても良いんだぞ」
「いや……俺が買う。鶴はこういったモフモフが好きだろう?」
「……好きだけど」

ぬいぐるみが好きな男子がおかしいか、と不安に瞳を揺らす黒鶴に微笑みを返して頷く。
何故こういった女子が好みそうな物を集めているのかを知っている白月には、何ら可笑しい事は無かった。
ただモフモフを可愛がる時の黒鶴は安心しきってうっとりと愛らしい笑顔を浮かべるので、白月はそれを愛でるのが好きだ。
決して黒鶴が可愛がった後の温もりの残ったぬいぐるみを抱き締めたい、黒鶴似と認識したぬいぐるみを抱き締め頬擦りをし、キスをしたい等と下心を持ったわけでは無い。
断じてないのだ、と覚悟を決めてレジを通し、合流がてら黒鶴の持った袋も回収する。

「次は昼餉だったな。確かここにはすたーぱっくす、が入っている」
「スターバックスな。コーヒーか、良いな!……って、君は足りるのかい?」
「うむ。少し心許ないが、それは時間をずらせば良い。そろそろ休憩したかろう?」

人の事を意識しない黒鶴だが、人が多い場所に居て疲れない訳では無い。
むしろ外に慣れていない分、幼馴染みの誰よりも疲れやすいはずだと気遣う言葉に、黒鶴は頬を朱に染めた。
遠慮がちに頷くのを確認した白月は、今度は自分から先ほどの様に手を繋いで店を探す。
実は長義と南泉に、コーヒー店をハシゴするのが好きな黒鶴がいつ行きたいと言い出しても良いようリサーチしていたのだ。
勿論、呪文のようなメニューも練習した。
二人がリサーチを理由にデートを繰り返しているのを白月は知っていたし、いつか黒鶴と自分もと夢を見た。
今がチャンス、とばかりに店内へと入り込み、

「えーと……うわ、なんだこのメニュー……え、えっと、あの白いの……」
「バニラクリームフラペチーノで良いか?」
「え?あ、ああ……うん」
「では俺はバターミルクビスケットを二つとエスプレッソにするとしよう。ああ、どちらもトールで頼む」

順番待ちをし、いざ自分の順番となるとメニューに四苦八苦する黒鶴。
それを彼の好みと指差す物から推定した白月があっという間に注文を済ませ、ぽかんと黒鶴は虚を突かれて固まってしまった。
どうした、と首を傾げながら聞いても大人しく首を振るだけで。
もしや格好付けてしまったのがバレたのだろうか、と白月は内心反省をする。
が、

「……君がこういうのを、スマートにこなせる方だとは思わなかった」
「そうか?まあ、横文字は少し苦手だな」
「少しじゃなくて、かなり、だろ?……前に誰かと、来たのかい?」
「いいや、これが初めてだ。長義や南泉が土産にくれるので知っては居たが」
「……そう、か……。いや……格好、好かった……」

ちらちらと目線を外しながらの言葉に、頬を朱に染めてきゅっと小さな口を窄みながら恥ずかしげにはにかむ笑顔に、白月は内心ガッツポーズをしたい気持ちだった。
彼とて普通の年頃の男子だ、好いた相手に格好良いと褒められて悪い気はしない。
緩む頬を自重する事もせず、黒鶴をにこにこと笑んで見詰める。

「何だよ……」

褒めた事を意外だと思われたのか、途端に不機嫌を装って睨まれた。
その様子を余すところなく脳裏に焼き付け、耳元に唇を近付ける。

「惚れ直したか?」

むしろ惚れ直して欲しい、という願いを込めた一言に、ぽかんと固まる黒鶴。
おや、やはり意識して貰うには難しいかと苦笑をし、白月は注文を受け取って席を探す為に視線を外した。
故に気付かなかった。
固まった後に首元から耳までを一気に紅潮させ、弱って息を呑む黒鶴の姿を。
白月が目線を戻した頃には背を向け、既に息を整え始めていたのでその片鱗はうかがえない。

「変な事言うなよなっ!!」
「あなやっ!?」

ばしっと背中を強めに叩かれてズンズン空いた席へと進んでしまう黒鶴。
両手に荷物と飲み物を持った白月は、じんじんと痛む背に苦笑をして後を追った。
今はまだ、すれ違いの多い二人だった。

のんべえ達の宴。

「たずはぁ、ふぁーすときす、したことあるぞぉー」

突然の黒鶴の告白に、その場に居た全員が固まった。
幼馴染みのママ代表、長船長義は酔いの回った頭で首を傾げ。
オカン代表、一文字南泉は飲みかけの酒を盛大に吹き出し。
博愛主義、三條白月は笑顔のまま片手のコップを粉砕する。
各々が自由に衝撃を受けている中、事の発端である五条黒鶴はけらけらと無邪気な笑いを浮かべたまま白月に抱き着いた。


何故あのような事が起こったのか、それは久々の休日を酒盛りで過ごそうという事になったからだ。
日頃の鬱憤が溜まった長義が飲みたいと言い始めた事をきっかけに、白月と長義が乾杯の合図で飲み始める。
黒鶴は病弱だった頃の名残か酒に弱い体質だった。
なので欲しがる彼には気分だけでも味わえるように透明なジュースを与え、白月は日本酒を、長義はカクテルを口にする。

「だからぁ、にゃんせんは甘すぎるんだよ。すごーく甘い!そこがさぁ、まあ、あいつの好い所だけどさぁ……」
「うんうん、ママは苦労するよなぁ!」
「これこれ二人共、そう早いペースで飲まない方が良いのでは無いか?酒は楽しく飲む方が美味い」
「何だよ白月、自分だけ分かりきってるみたいな言い方!鷹揚も過ぎれば嫌味だよ?」

座った目が長義の酔いを表していて、白月は苦笑をするしかない。
似たようなペースで白月もお猪口から辛口の日本酒を飲んでいるが、酒豪である彼に酔った気配は見受けられなかった。
代わりに何故か、全く酒を口に付けていない黒鶴がふにゃふにゃと身体を揺らしている。

「そうだ、嫌味だー!白月は何でも出来て嫌味ー!」
「あなや!鶴はそう思っていたのか?俺は悲しいぞ……」
「たず、白月を泣かせては駄目だよ。本当に泣いてないから面倒な事になる」

ママからの叱責の言葉に、上機嫌だった黒鶴はみるみる頬を膨らませて不機嫌になった。
ぷっくりと膨らんだ頬は飴色の大きな瞳とあいまってリスのような小動物を思わせ、嘘泣きをしていた白月はくすくすと笑みを漏らす。
それが気に入らなかったらしい黒鶴は白月の隣まで移動してくると、ぽかぽかと広い胸を叩き始めた。

「白月のせいで怒られた!おーこーらーれーたー!」
「おやおや可哀想に、すまんなぁ、鶴よ」

笑いながら頭を撫でて謝るが、なおも気に入らなかったらしい黒鶴が今度は頭を使って白月の腹をぐりぐりと押し付ける。
次第に胸元からくすくすと笑みの波動が漏れるのを感じ、黒鶴が機嫌を直したようだとほっと一息を付いた。
長義はそんな二人の仲むつまじい様子を胡乱げな表情で見詰め、はぁっと思いため息を吐く。
ぐりぐりからぎゅうぎゅうと抱き着く方に方向転換した黒鶴は、背中を叩かれて白月にあやされながら首を傾げた。

「長義、今日はご機嫌ななめー?」
「ご機嫌ななめー、だよ!な、南泉の奴……にゃんせんの奴……」

わなわなと震え始めた長義はコップを引ったくるように掴むと、それを一気に傾ける。
その乱雑さに普段の彼には見られない乱れを読み取った白月は首を傾げ。
黒鶴はにゃんせん、遅いなぁとぽつりと呟く。
おそい、という言葉をオウム返しにした長義はぶわっと堪えきれなかったように涙を浮かべた。
常ならぬ様子に黒鶴はぎょっと、白月はおやおやと困ったように顔を向ける。
長義は酒に酔うと説教癖があったが、それを過ぎると今度は泣き上戸が入るのだ。
だから速いペースで飲むな、と忠告したのだが、意味は無かったようだ。
あわあわと、きょろきょろと分かりやすく動揺する黒鶴が何を思ったのか、

「ちょぎ、長義ー!ごめん、泣くなー!これ、ジュース、飲んでないから、良いよ!」
「……鶴よ」
「う?なんだぁ??」
「それは俺の酒だ」
「――あッ!?」

手元にあった白月のお猪口を長義の口に付け、思い切り傾けてからの言葉だった。
ぐび……、ぐび……とようやく呑み込んだ、と言わんばかりの喉の音と同時に、長義の口から溢れた酒が雫を垂らす。
かくん、と力の抜けた長義は両手をだらんと地に着けて固まったまま動かず。
下戸に辛口の日本酒はさぞキツかろう、と、頷いた白月は長義を真剣に見た。
急にキツい酒を飲まされて気持ちが悪くなってもすぐに対応出来るよう、もしくは何かしらの感情の暴発に備えて。

「にゃんせん、おそわれ……キス……約束……僕だってまだあいつとちゅうした事ないのにぃー!!!」

うわーん、と大きな声で子供の様にめそめそと泣き始めた長義。
まるで幼い頃の黒鶴を思い出すようなその泣き方に懐かしさを覚え、けれど、長義とはこんな奴だったか?と思わざるを得ない。
白月はよく、長義の恋愛相談を聞く機会があった。
彼が南泉を想う淡い恋心も、それにより胸が苦しいと静かに泣く姿を見た。
しかし今のように号泣と言わんばかりにうわーーんと幼く泣く姿は初めてだった。

「ふぇ、えええ!?ちょ、長義!?どうしたんだ!?」
「ううう、たずぅうう…………僕、もう可愛い末っ子といきるぅうう」

酒臭い息のまま黒鶴に突進しタックルする勢いで押し倒す。
当然耐えられなかった黒鶴は床と長義の間でサンドイッチの具になってしまい、ぐえっと息を吐き、そして吸う。
先程長義が運悪く口にした日本酒は、下戸であれば匂いだけで酔えるほど濃いものだった。
ふわぁ、と言いながらその濃い酒の匂いを顔に浴び、黒鶴は表情を蕩けさせる。



そうして仕事の終わった南泉が立ち寄った頃には酒に弱い二人組は出来上がっていた。
地面に突っ伏してめそめそ泣き崩れる長義と、それを眺めて苦笑を浮かべて黒鶴を助けようと腰を上げた白月。
長義と地面の間でぼんやりと、ふにゃあっと柔らかく笑って手を振っている。

「にゃーせ、だぁ!ちょぎ、にゃーせ、きたぁ!」

ぽんぽんと肩を叩きながら上機嫌に笑う様子は、誰がどう見ても酔っ払っていた。
白月が居ながら何故?と疑問を覚えるが、それより異常なのは長義だ。

「うっわ、酒くさっ!お前等いつから飲んでるんだよ」
「おお、南泉。丁度良い、こちらへ来て長義をどかしておくれ」

辟易した顔を隠す事なく披露する南泉を、気にした風もなく白月は早くしろと急かした。
黒鶴をとられてあけすけに不機嫌な笑みを隠さない白月に、南泉は苦笑する。
そうして末っ子をママから解放しようと近付けば、
「にゃんせん、ばかぁーー!!!」
うわーんと黒鶴を抱き締めたまま長義は涙を流して風圧のすさまじい蹴りを放った。
額すれすれにそれを南泉が避けると、当たらなかった事に頬を膨らませて怒り始める。

「何でよけるんだよ!にゃんせん、ばか!」
「いや、普通避けるだろ!?あんにゃの食らったらただじゃすまんにゃ!?」
「あはははは!」

挟まれた黒鶴は、二人の攻防を見て上機嫌に笑っていた。
白月はぐぬぬとなりながら、しかし愛らしく笑う様子もまた可愛いモノだとどこか満足めいて苦笑をする。
そうこうしているうちに足を受け止められ、動きを封じられた長義が舌打ちをした。
むぐむぐと苦しくなった黒鶴が長義の腕の中から抜ければ、それは南泉が長義を押し倒しているようにも見えて。

「――なっ!?」
「あば、れん、にゃッ!!」

夢中になっている南泉は気付いていないが、まるで無理矢理事に及ぼうと足を拓かせているようにも見える体勢。
それに気付いた長義は慌てて足を閉じようと引き寄せ、

「にゃんせん、ばかっ!ばかぁっ!!」

掴まれていては引くに引けないそれに、今度は別の意味で涙目になりながら南泉の頭を掴みに掛かった。
恥じらいに頬を赤く染めながら涙目で上目遣いになり、息を荒く自分の名を呼ばれた南泉は、ごくりと喉を鳴らして長義に見入る。
頭を掴む手を取り上げ、乱暴に長義の頭の上で抑えに掛かった。
拍子に、膝が長義の身体を押さえつけて完全に動きを封じる事になる。
やだ、やだぁといつもより幼く抵抗らしい抵抗も出来ずに涙を浮かべる長義を、南泉は、

「すとっぷ、だ。少々おいたが過ぎるぞ?」

唇を奪うべく近付けられた顔と顔の間に、白月の繊手が伸びた。
冷ややかな声とその手に自分の行動を思い出した南泉は一気に身体を赤く染め、

「にゃあああああ!?」

ずざざざざ、ともの凄い勢いで土下座しながら後ろに下がる。
開放感に息を吐く長義は、酔いで頭が回らない事も相まって先程の危うさには気付いていないらしい。
二人を見ていた黒鶴は、いつからかもう片方の白月の繊手で目元を覆い隠されている。
見えない、みーえーなーいー!と必死に手をどけようとしている黒鶴の声も、南泉の耳には入っていなかった。
危なかった、色々と。

「ふぇ、にゃんせん、ひどい。ばかぁ……」
「酷いって……悪かったにゃ……」
「ほらほら、南泉も無事に着いたのだ。改めて乾杯しよう」

用意していた空いているコップを南泉に渡し、自分が飲んでいた日本酒を注いでやる。
そして座り直した長義が泣きながらコップを手にし、黒鶴もジュースの入ったコップを持ち上げ。

「「「かんぱーい」」」
「……ん?鶴よ、お前のそれ、中身はジュースか?」
「ふぇ?ちょぎとおにゃじのらよ?」

くぴーっとコップを傾けた黒鶴がふにゃりと笑みを零す。
その力の抜け具合と言葉に、南泉が固まった。
改めて見てみれば、長義がおもむろに自分の飲んでいるカクテルを黒鶴のコップに注ぎ足し始める。
酒に弱い者同士が一体何をしているのかと、未だ素面の二人は呆気にとられた。
匂いですら酔い始めていた黒鶴が更にへにゃへにゃと力を失ってテーブルにもたれ掛かる。

「うう、にゃんせ……どうせ、どうせぼくは……にゃんせ、おんなのこのほうがいいんだろぉ」
「長義は一体にゃにを言ってるにゃ?」
「さてなぁ?キスの約束がどうのと言っておったが」

キス、と聞いて思い付くところがあったのか、次第に南泉は顔を歪ませる。
それは苦いものを含んでいて、白月はおや?と首を傾げた。
言いづらそうに何度か口をつぐみながら、小さく口の中で呟く。

「にゃんで長義が……あれだって教え子の冗談にゃ……」
「教え子の冗談?」
「……次、試合で勝てたらキスして欲しいって。けど、それだって俺を出汁に本命に声掛けてたし……」
「なるほど……南泉は心の機微を読むには長けているが、抜けている所があるからな」
「にゃ?」
「長義に聞かれていたのだろう」

ぽかん、と気の抜けた表情をした後に、盛大に吠える南泉の声が聞こえた。
長義が南泉を想っているように、南泉も長義を想っている。
が、本人達はどうにもすれ違いばかりで互いに思い合っている事を知らない。
それを相談として聞くばかりの白月には分からない機微が多く、勉強しているのは内緒だ。
ふと、顔を上げた黒鶴が口を開く。
そして冒頭の反応に戻るのだ。
けらけらと笑う黒鶴にひっつかれ、白月は混乱の窮地にあった。

「おわっ、白月お前、手!手ッ!!」
「うん?ああ、そうだな……それより鶴よ、そのファーストキスの相手とは誰だ?俺は知らんぞ」
「……うぇー?たずのぉ、ちすはぁ……」
「キスは?」
「……ち、す……わぁ……」
「たず?」

何の反応もしなくなった黒鶴を見ると、白月の腹に顔をくっつけたままくぅくぅと寝息を立てている。
幼い頃と同じように安心して緩みきった顔で眠る彼を見、白月はため息を吐いた。
長義がそれを見て首を傾げる。

「たず、ふぁーすときす、したって……誰とだろう?」
「いや……してにゃいだろ、だって俺達しらにゃい……」

困惑した様子で白月の傷付いた手を介抱しながら、南泉は事実を淡々と呟いた。
うんうんと頷いた長義はのんびりと眠そうに目を擦りながら欠伸をする。
白月は空いている手で黒鶴の頭を撫で、その柔らかな寝顔を堪能した。
いつも一緒、どんな事も話してくれていると想っていた。
知らない事は何一つないと。
否、何一つ取りこぼす事は許すまいと監視してまで逐一確認をしていた。
それなのに、自分の知らないうちに黒鶴が一つの段階を経てしまった事が許せない。

「この礼は、きっちり返させて貰わねばなぁ……」

ひっそりと、静かに笑みを称える白月。
その表情は見えないまでも、不穏な彼の雰囲気に南泉は顔を青ざめて長義は眠そうにもう一度欠伸をするのだった。

真白の月と黒き鶴。2

サブとドムの関係というのは支配にしろ調教にしろ、サブからの信頼という許しがなければ行えない。
その得意な関係性は一見ドムの方が優位なようで、主導権を握っているのはサブの方だ。
初対面で命令なんてもってのほか、万が一サブが限界を感じた場合は事前に決めた合い言葉で行為の終了を言い渡せる。
ドムはサブを虐げる存在ではなく庇護し、様々な形で愛でる者であり。
求めているのはサブからの信頼や尊重だ。
その形はドムからサブへ首輪を贈り縁を繋ぐ事で、番や相棒、パートナーになって昇華される。
鶴丸国永は三日月宗近と仮の共生関係にあった。
ドムである三日月の求めに、サブの鶴丸が応じた形だ。
鶴丸は熱を吐き出す行為として身体を拓く事を承諾し、それは夜毎行われる日常となった。
"この本丸に顕現"したからには必要な事であり、熱を溜め込めば身体が不調を訴える。
抱かれる事自体に拒絶を感じる鶴丸はそれを、人間の身体とは面倒だと半ばないがしろにしていた。
三日月が一度イクまでは付き合うが、その後は強請られても頑なに拒否を続ける。
しかし遅漏といって良い三日月を満足させるには、鶴丸は何度もイク事になってしまう。
日に日に熱を溜め込み、些細な愛撫にすら敏感に反応を示すようになっていく身体を持て余していた。
"同時期に顕現した小烏丸"は同じ受け手であるが、番の獅子王と上手くいっている様子。
とろり、と熱に潤む瞳で獅子王を見詰め、その手に蕩けていく姿を本丸の中でよく見掛けた。
二人は日のある内であろうが人目があろうが、お構いなしに行為に耽る。
本丸でそうやって盛る事は日常茶飯事、遠征や下手をすると出陣中も行為に及ぶモノが居た。
それを"おかしいとは思わない"が、少なくとも鶴丸には理解出来ない。
そもそも身体を繋ぐ事を忌避する自身が"異端"なのだと気付いたのは、小烏丸と入った出陣後の風呂場での事。
白い戦装束を乱雑に洗濯籠に入れながら、鶴丸は隣で脱衣する小烏丸に注視した。
彼の格好は他の小烏丸と違い、蓮の花を連想する飾りにシースルーの前掛けが特徴的。
後ろは背中を大きく開く形であり、小さな尻を申し訳程度の下着と飾りが包んでいる。
その尻飾りの間から小烏丸が前屈みに動いた際、とろりと白濁液が漏れ出てきた。

「んっ、あ……!」

微かに伝わる感触に小烏丸が切なげに喘ぎ、ぎくりと身体を竦ませた鶴丸が見たのは足の間、内股に刻まれた朱金の神気を帯びた黒い刃紋だった。
見覚えのあるそれは小烏丸自身を表すものであり、誰かしら身体の一部にそれを宿している事に思い付く。
しかし鶴丸は"顕現してから"一度も自身の身体にそれを見た事は無かった。
小烏丸のように、太腿まで長く足を包む具足の内側にも、腹や背中にも存在しない。

「……なあ、こがらす。その刃紋って……」
「ん、ぅ……?どうした?」
「――いや、なんでもない」

上気する頬に悩ましげに潜められた眉でそこしれない色香を漂わせる小烏丸に気後れし、鶴丸は口を閉じた。
もしこれで自身の不足が見つかったとして、自身は認められるだろうか。
否、刀解を申し込むだろう。
三日月を満足させられない事が自身の不備に起因するならば。
完璧なあの人に近付きたいと、自分のモノにしたいと思うのは第二性の本能だと思っていた。
けれど今、それは人間が望む欲に近いのではないのかと、ならば鶴丸にはそれを抱えたままでいられる気がしない。
人間に真の意味で近付くならば、いっそ付喪神として、刀として折れてしまいたい。

「つるよ。何かあれば、このちちに話すといい。力になるぞ?」
「本当に何でも無いんだ。それより、先に入った獅子王が待ちかねてるんじゃ無いかい?」
「む、そうか?われは長風呂だから、いそがねばな!」
「ははっ、今日は茹だる前に出るんだぞ」

以前に長風呂が好きだと言って風呂に浸かりすぎ、茹で蛸状態になった小烏丸が発見された事がある。
丁度獅子王が目を離した隙に溺れかけ、直ぐに回収して事なきを得た。
それを苦言する事で、誤魔化した鶴丸は内心で小烏丸に謝罪する。
出来ればこれは覚悟を決めてから、自身の手で解決したかった。



高ぶる熱を、いきり立つ自身の欲を晴らしたいと思う傍ら、鶴丸はそれを否定するようにシーツを握る手に力を込める。
力を込めすぎて白くなる指先が痺れを痺れ伴う痛みを覚えてもなお、シワになったそれを手放す事が出来ない。
いっそ他の皆のように悦楽に溺れる事が出来たなら。

「鶴丸、何を考えている?」
「あああッ!!ひッ、いや、はなして、みかづきぃ!!」

背後から最奥を突き立てられ、突然の乱暴な刺激に背をしならせて鶴丸が叫んだ。
快感を覚えさせられた身体に叩き込まれるのは強烈な熱の奔流だ。
意識を白く染める悦に怯え、それを認める事も出来ずに悶える。
悦ぶ身体とは反対に、濁る意識が恐怖を生み出して溺れる事を許さない。
頭を振り、揺れる腰を必死に抑え込んで意識の消失に備える。

「やら、やら、だめッ!イぐ、イっちゃ、らめぇええええッ!!!?」

四つん這いになった腕はもはや力を失い、尻を高く突き上げるようにくずおれた。
もうすぐ堪え難いほどの快楽に呑み込まれてしまう、という瞬間。

「がぁああッ!?な、んれぇ!?」
「……ふむ、嫌だと言ったでは無いか。イキたくないのだろう?」

遠慮無く握り込まれた自身の肉棒に掛かる爪の綺麗な指が、爆ぜる事を許さない。
だらだらと白濁交混じりの先走りを溢れさせながら、吐き出す事が敵わなかった熱が身の内で暴れ始める。
出したい、出して気持ち良く意識が白く濁るほどの快感に溺れたい。
けれど同時に、それ無しではいられない程に病み付きになるだろう事が恐ろしい。
自分だけは正気なのだと、快感になど負けないと自負し、刀としての矜持が許さない。

「ぐ、ぅうううッ」

暴力的なまでの欲に、口の端から涎を垂らして耐える。
そうすれば嵐が過ぎ去り、熱が収まるはずだと信じて。
一言、イカせて欲しいと強請れば直ぐにでも楽になれる。
けれどどうしても、口に出す事がはばかられた。
何度も開きそうになる口を意思の力だけでねじ伏せ、閉じる事は苦痛を生み出す。
どちらがより早く楽になれる方法なのか、考える事は随分と前から止めてしまった。

「鶴丸。決してイかず、萎えさせろ」

冷酷なまでの己のドムの命令に、サブの本能は抗えない。
抗う意思を持てない。

「――アッ、あぁああ"あ"!?」
「うむ、少し時間は掛かるがこれも有効か」
「あ、ぐぅ、ひぎぃッ!あ、み、みかじゅきっ!みかじゅきぃッ!!」

己の支配者からの命令を忠実に叶える身体は、満たされる本能に悦びを感じる。
なのに抑え込まれた熱が鶴丸の身体を包み、行き場を失くして溜まっていく一方。
ついにはアナに挿れられていた堅い逸物すら抜き去られ、突然の喪失にパクパクと物欲しげに蠢動する。
その様子を満足げに見ながら、三日月は手早く鶴丸と自身の着物を直してしまう。

「は、ぁ……はぁ……なん、で……」
「なに、お前が嫌がっていたのでな。嫌な事を強要されるのは辛かろう?今までは俺に付き合わせて悪かった。もうしないと誓おう」
「……し、ないの?もう……触らない?」
「うむ。共寝の抱き枕にはなって貰うが、それだけだ。その位なら良いだろう?」
「――……っ、それだけ……なら……」

強制的に下げられた熱にうなされ、上がる吐息を抑えようと試みながら三日月の言葉を反芻する。
欲吐き出す行為は苦手だ。
強要されず、もうしないと言う、それが鶴丸の望みだった。
嫌がり、それでも耐えていたのは――何の為?
脳裏を過ぎる答えに肌が泡立ち、背筋が冷える。
いけない、これ以上考えては。

「鶴丸、どうした?疲れたろう、今日はもう寝よう。湯浴みは明日、起きてからにしような」

ふああ、と先程まで欲を発散していたはずの口で欠伸をする。
呑気に微笑む姿は、どこから見ても好々爺のようだ。
一寸迷った鶴丸は大人しく頷き、三日月の腕に収まって後ろから抱き込まれる形で横になった。
灯りを落とした部屋は暗く、暫く待てば背後からは静かな寝息が聞こえてくる。
くうくうと猫のように大人しいそれがうなじをくすぐり、鶴丸はくすぐったさに身を竦めた。
眠気が訪れる気配は、ない。
元々人のように過ごす事が苦手な鶴丸は、その中でも眠る事が一番不得手だった。
睡眠を必要としないわけではないが、意識が落ちる感覚が好きでは無い。
背後の体温と寝息に当分起きない事を確認し、水を飲むために腕の柔らかなオリから抜け出して部屋を出る。
喘ぎ、懇願を繰り返した喉が掠れて痛みを覚えていた。
足音を消すために爪先で歩く事を意識しながらとある部屋の前を通った瞬間、

「――あアあぁッ!!いい、きもちいぃいッ!!!」

艶やかな嬌声が耳朶を打った。
ぎくり、と身を竦めて息を潜める。
思わずその場にしゃがみこみ、障子に影が映らない位置まで這った。
壁に背中を預け、口を両手で押さえ込み気配を隠す事に専念する。

「ははっ、すげぇなこがらす。アナの奥がさっきからずっと震えっぱなし、そんなに気持ち好い?」
「ん、いぃいい!きもひ、もっとぉ!あ、ああ、おく、きもひ、ぐぽぐぽしへぇッ!!!」
「あははははっ!!!」

愉しそうに笑う声と快楽に染まった艶やかな喘ぎ、じゅぶじゅぶと鳴るのは淫猥な水音。
パンパンッと激しく打ち付ける音が更なる嬌声を喚び、唸るような獣の声が聞こえる。
こんなに近付く前に気付けなかった己の不注意に、止まない情事の音に涙目になった。
早くこの場から離れなければいけないのに、驚きに萎えた足は動いてくれそうも無い。
完全に抜けてしまった腰に力が戻るまで耐えなければいけず、緊張感から耳がより鮮明に音を拾い上げてしまう。

「こがらす、どこがきもち?」
「あの、あのね、いりぐち、ぐちゅぐちゅ、しゅき!おく、おにゃか、ずぽって、ずんずん、しゃれて、しろくなうの、しゅきぃ!!」
「へえ、入り口好きなんだ?縁の辺りとか、緩んで指も入りそうだもんな。擦られるの好き?」
「ん、んんんッ!!ひっ、あ、あ、しょれぇッ!!あ、ゆび、いっしょ、じゅぽじゅぽぉおほおお!!!」

回らない舌でひぃひぃと悦び喘ぐ知り合いの声に、胸から熱い何かが込み上げてきた。
先程まで自分も味わっていたその享楽に、腹の奥がむずむずと疼いてくる。
そういえば、今日は三日月が中に出してくれなかった。
思い付くとどんどんと腹が熱くなり、刺激を求めて腰が揺れ始める。

「すげぇ腰揺れて気持ち良さそう。ぁ、んあっ……は、急に締め付けて、どうした?」
「も、ちょうらい!ししお、らしてぇ!!おにゃか、とぷとぷ、いっぱいにしへぇ!!」
「はぁっ、んー……でも、がまん、した方が……気持ちよく無い?」
「やあっ!!がま、れきにゃい!らして、きもひぃ、しへぇ!!」
「あははははっ、ワガママ!良いぜ、それじゃあ一杯気持ち良くなって、一杯出して?」

淫猥な水音が、獅子王のその言葉を皮切りに更なる速度と強さで響き渡った。
小烏丸の嬌声はもはや悲鳴に近く、息つく暇も無く漏れ出してくる。
その心底気持ち良さそうな、快楽の悦びに震える声が腰に響いて鶴丸の熱を呷りだした。
下半身に伸びそうになる手を、着物の裾を握り締める事で耐える。
しかし鶴丸の事を知らぬ情事の音は続き、次第に目頭が熱く、涙が潤み始めた。
噛みしめる口の端から唾液が溢れ、熱にうなされた頭で息をしようと懸命に舌を伸ばす。
もはや気配を消す事を意識している余裕は無かった。
熱を晴らしたい、腹の奥の疼きを止めたいと、そればかりが思考を占める。

「あ"ーッ、イ"ぐッ、ぎもぢッイ"イ"ーーーーッ!!!!」

絶頂を迎えた小烏丸の艶やかな声に背を押されるように、鶴丸は脱兎のごとく逃げ出した。
more...!
prev next
カレンダー
<< 2019年12月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31