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ネガイゴトひとつだけ

 


きっと、俺は永遠に


逃れることはできないけれど

この手を断ち切れば

大切な、最愛の兄だけは救えるはずなのに

それでも、どうしても、この手を離すことができない





夜遅く、任務で遅くなった俺が部屋に戻ると国兄がベットでうたたねをしていた。
俺を待っていてくれている間に眠くなったらしい。
普段は俺の事を気使っていろいろと手回しをしてくれていることは何となく知っていた。
疲れているんだろう。そう思っても、心配になってしまって兄の寝顔を覗き込む。
すうすうと小さな寝息を立ててベットに散りばめられた桜色の髪に指先で触れてみる。
「ただいま、国兄」
眠った国兄をなるべく起こさない様に布団をかけようとすると、国兄の瞳がゆっくりと開かれる。
「ん…つる?おかえり。ごめん、寝てたみたいだ」
俺の姿を確認すると、寝転がったまま手だけを伸ばして抱きしめられた。
「今日は怪我はないかい?任務はどうだった?」
「怪我はしてないよ、任務は…」
そう聞かれて、どう返答したらいいか少しだけ戸惑った。




「つる、わざわざ来てもらって済まぬな」
任務帰りにそのままちか兄に呼び出しを食らい、護衛任務を引き受けた。
「ううん、大丈夫だぜ。ちゃんと国兄の許可ももらってるし。
っていうかちか兄も大変だな」
ちか兄は軍の偉い人。
小さい頃に好きだった相手に似てるらしく俺達兄弟を何かと目にかけて指名をしてくれるのはありがたかった。
ただ、俺はこの人が少し苦手だった。
嫌いではない、好きじゃないわけでもない。
ただ、この人の国兄を見る優しいまなざしと、欲にまみれたまなざしがまじりあった何とも言えない視線が耐えられない。

俺の罪を見透かされている様で、怖い。

この人も、俺から国兄を奪っていくのだろうか。
あの人たちの様に…。
俺の意思を奪って、国兄の意思を奪って…

「つる?どうかしたか?」
考え事をしていたら突然ちか兄の顔が目の前にあった。
「え!?ご、ごめん、ちょっとぼーっとしてた…」
神機をきつく握り、指定されたオウガテイルの集団を駆除していく。
数は多いが一人でさばけない数でもなし、当然すぐに討伐任務は完了した。
「ご苦労だったな、けがはないか?」
「…ないよ、大丈夫。
小さな擦り傷を隠すように背後に回し、ヴァリアントサイズをどさりと置いた。
「やはり、どこか怪我をしているのか?先ほどから様子がおかしいが…」
「何でもないって!ほんと、大丈夫!」
「我慢をするな、見せてみろ」
ちか兄は珍しくとがめるような強い口調で俺に言った。
「ひっ!」
びくっと体が震えて、嫌なのに、逆らえない。
隠していた傷からはじくじくと血があふれ出てきている。
「やはり怪我をしておったか。
命じる様な言い方をして悪かった、驚かせたか?
だが、国永に鶴を借り受けるときは怪我一つさせないようにと言われていてな」
ちか兄が俺の手を取ってそっと唇を傷口に近付けてぺろりと舐める。
「ヒッ、あ!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
ちか兄の手を思わず振り払ってしまい、呼吸が速くなる。
いやだ、もういやだ、これ以上俺を、国兄を苦しめないでほしいのに。
「…すまなかった、驚かせたか?」
ちか兄は少し困ったように微笑んで頭を撫でてくれた。
「…ご、ごめん、その…突然だからびっくりして…」
「そうだな、国永にも俺の偶像を鶴に重ねるなと怒られたばかりだった。すまなかった、忘れてくれ。もうしない」
「……国兄が…?ちか兄にそんな事…?」
俺達が護衛任務に当たる間、かしこまらなくてもいいと言われてはいたが、そんなに簡単にちか兄に意見を言うような関係だったのだろうか…。
「ちか兄は……その…国兄と…」
知りたい気持ちと知りたくない気持ち、両方がせめぎあい言葉にならない。
「うん?」
「え、と……国兄と仲いいよなって…」
「仲がいいかどうかは判らんが、鶴は大切な存在だから傷一つ付けずに返すように言われていてな」
「そんな、これはちか兄が悪いんじゃなくて俺が…」
そう言いかけて、俺はふと、この人の方が自分より国兄を幸せにしてくれるんじゃないかと思えた。
軍のお偉いさんらしいから、あの地獄の様な世界から国兄を救い出してくれるんじゃないだろうか。
そう考えると、一気に恐ろしくなってきた。
この人は、国兄を連れて行ってしまう気がして。
「ち、かに…あの…」
国兄を頼む、国兄を連れて行かないで…
どちらの言葉も出てこなくて、ぽろぽろと涙があふれてきた。
国兄は俺のたった一人の家族で、大切な心のよりどころ。
でも、俺が居るせいで国兄がどんな酷い地獄に居るのかを、俺は知っている。
当の本人でさえ知らない、淫蕩と欲望の世界に身を置いているということを。
「くにには、おれの、たった一人の家族で…
俺は、くににが居ないと、息が、できなくて、怖くて…」
ああ、俺はどこまで卑怯な人間なんだろう。
自分をか弱く見せれば、相手が同乗してくれるのではないかと…
そんな淡い期待を寄せてしまう。
「お願いだから、おれから、国兄を取らないで…」
もう、耐えられない。
これ以上は耐えられない。
大好きな兄が、俺の為にすべてを捧げてくれた兄が、汚い欲に咽び泣く姿を見るのは、気が狂いそうだった。
俺が国兄と本当の、血のつながった兄弟だったら、こんなことを悩む必要のなかったんだろうか?
ちか兄は静かに俺を見据えた。
「…悪いが、それを決めるのは国永出会って俺ではない。
そればかりは、俺も気軽に返答することはできぬ」
そして、ちか兄から発せられた言葉は俺の思惑とは全く違った言葉だった。
「国永を地位や権力で手に入れようとなどは考えておらぬ。
だが、国永に思いを寄せる権利は誰にでもある。
それはお鶴、お前にも咎める権利はない。
そしてそれがかなうかどうかも、国永の心次第ということだ」


頭が、グラグラした。
体が宙に浮いているような浮遊感と共に、耳の奥がキーンとうるさい。
心臓が早鐘の様にドクドクドクドクと音をたてる。
冷や汗が止まらない。
蛇に睨まれた蛙とはまさしく今の俺の事だろう。
圧倒的強者を目の前にした家畜は所詮淘汰される存在。


「ところでお鶴よ…お前、先ほどから何やら甘いにおいがするが…
菓子でも隠し持っているのか?」


ビクリと体がはねた。
冷や汗と共に涙がこぼれて、俺はちか兄を見上げることすらできなかった。
圧倒的強者。人間。
それだけで俺は、俺の身体は…
「あはは、え、っと…ちょこ?さっきもらったのが入ってて…
それの匂いかな?」
「そうか、それなら良いが…。
ああ、目的地にたどり着いたようだ。
護衛任務ご苦労だった。報酬はいつもの通りに手配してある」
「……え?あ、ああ…。
その、変なこと言ってごめんな?ちょっと、最近仲良くしていたGEが亡くなって…ちょっと凹んでたっていうか…。
任務に支障きたすなんてまだまだだな!じゃあ俺はこのまま帰るから」
これ以上この空間に居られなかった。
だから逃げようとして愛想笑いを浮かべてちか兄に背を向けた。
「また何かあったら声かけてくれ、じゃあ!」
逃げる様にその場を後にした俺は本部に任務終了の報告をしてからシャワー室で血も汗も涙も、全部洗い流した。
ごしごしと体中をこすって、甘い匂いが消える様に、皮膚がはがれるかと思う程強くこすった。
「いや、いやだ…もういや。」
あふれ出る涙は止まることを知らない。
両親も、国兄も、俺にかかわったせいで命を落としたり、もてあそばれたりしている。


「それでも、国兄がすき…大好き…どうしようもない位あいしてる」


国兄は俺のたった一人の家族で、憧れで、希望だから。
希望に縋らないと生きていけない。
綺麗なお月さまに、太陽を隠されてしまわない様に、”願う事”しかできない。
差し出せと言われたら、差し出すしかなくて、国兄はそれを俺が口にすれば自分がどんなに嫌な事でも受け入れてしまうから。






「国兄が心配するようなことは何もなかったよ?
それより俺疲れちゃった。ぎゅーってして?」
国兄を心配させない様に笑顔で国兄に抱き着いて、すりすりと頬を寄せれば国兄は眠そうな瞳を細めて優しく、あやすように俺を抱きしめた。
「ああ、俺も鶴が居なくて寂しかったよ」
そういってぎゅっと抱きしめられて、優しく頭を撫でられる。
ごめんなさい、心の中でそう謝りながら俺は瞳を閉じて、考えるのをやめて意識も閉じた。
今はただ、つかの間の小さな幸せを噛み締めて居たかった。


ヒトではない俺を、弟と言ってくれた貴方が幸せになるなら、すべてを差し出せるよ言えるような強さが欲しいと願って。


でも。本当は知っている。
願いをかなえてくれる神様はどこにも存在しないんだと。

 

 

罪と罰

 


この心を捧げるのは
神様がくれた貴方だけ。

でもこの声は
貴方を縛り付けるだけの鎖にしかならないのなら…

いっそ、いっそのこと…全部…

 

「つる、どうしたんだい?」
軽く揺さぶられて目を覚ますとそこは真っ暗な部屋に窓から月明かりが漏れていた。
その月明りを受け、誰かが自分の顔を覗き込んでいる。
恐怖に、身体がすくんで声が出せなかった。
「つーる?大丈夫、怖くないよ」
「…ぁ、に…ぃ…」
かすれるような音が喉の奥から漏れていく。
時々、あの時の夢を見る。
両親が悲鳴を上げながら肉塊へと変わっていく光景。
耳をふさぎたいのに、眼をふさぎたいのに。
身動きすることもできず、吐き出す吐息と心音に気が付かれないか必死に祈ったあの時の事。
そして、払った代償の代わりに得たのは、何も知らないこの少年を「家族」にすること。
彼にも家族は居るはずなのに、その家族から彼を奪ってしまった。
それでも、まだ幼かった自分にはこの人がどうしても必要だった。
「ゆっくり深呼吸して?すーはーって、できる?」
国兄はいつも真夜中になって「発作」を起こす俺を宥める為にこうして眠りに就くまでそばに居て手を握ってくれる。
「ぁ、う…は、はぁっ、はあ…すぅ……はぁ…」
途切れ途切れに吐息を漏らせば、ぎゅっと抱きしめられて頭を優しくなでられる。
「そう、いいこいいこ。
ゆっくり、少しづつ長く繰り返して?
大丈夫、兄ちゃんがここに居るからな、ずっと鶴のそばに居る」
俺の一番大事な、命よりも大切な、生きる為の希望。
この人が居れば、俺は生きていける。


この人を縛り付けてでも、俺はこの人と一緒に生きて居たかった。

 

――――何も知らないで、生きるのは本当に幸福と言える?

 

やめて、だって仕方がなかった…

 

――――他人の未来を奪っておいて、自分は生にしがみ付くの?


いや、いや、聞きたくない!


――――両親を殺して、次はその子を殺すの?

 

「違うッ!!!違う違う違う!!!あああ、ああああ――――ッ!!!!」

突然に狂ったように叫び声をあげてベットをのたうち回る。
国兄が驚いた表情をして、必死に俺を抑えようとする。
やがて騒ぎを聞きつけた大人が駆けつけて、暫くして注射器を誰かが持ってきた。
「いや、いやッ!!!助けて!おとうさん、おかあさん!!!」
暴れる俺を大人が二人係で抑え込んで、隣で必死に国兄が俺の手を握って、大丈夫だよって声をかけていて…
ちくっと何処かが痛んだと思うと視界がぐるんと反転して……

「ごめんなさい…おにいちゃん…」

そのまま意識が途切れた。
次に目を覚ましたのは穏やかな朝で、国兄が心配そうに顔を覗き込んでいて…
孤児院の人も俺の境遇を知っているので酷く叱られることは無かった。


俺は人の死の上に生きている。
そんな俺を本当に心の底から弟だと思い込んで、大切に接してくれる。
俺の、たった一つの宝物。

「つる、どうした?」

いつも、迷惑ばかりかけているのに国兄は笑って俺を心配したり慰めたりしてくれる。
俺が明るく居られないならその分自分が明るくして鶴を元気にさせてやるって、そんな気遣いができる兄が自慢で、憧れだった。
孤児院から、軍の組織に入ってゴットイーターに成る為の適性試験を受けさせられた時も、国兄はずっと俺と一緒に居てくれた。
「俺は鶴を置いていかないし、鶴を独りぼっちにもさせない」
そういってぎゅっと抱きしめられて、この人を守りたい、幸せにしたいと強く思った。
俺が人生を狂わせてしまったから、だからせめて俺の手で、この人だけは幸せにしないといけないと…。
この何もかもが荒んだ世界の中で、ただ一つ見つけた小さな幸せ。
それを誰にも汚させないと誓った。

それなのに…


「ひッ…あ、ああんっ!!」
いやだ、いやだ、こんなことしたくない、だれか、だれかたすけて
「ああっ、や、め…ひぃぃっ!」
見たくない、聞きたくない、嫌なのに、何で、こんなこと…。
目の前で大好きな兄が男達に足を開いて咽び泣いている。
普段は絶対にそんな表情を見せない兄が、恍惚としながら男たちの欲望を一身に受けて悦んでいる。
正気じゃない、もちろん正気じゃなかった。
だって、そうさせたのは俺だから。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

涙を流す権利もない。
俺は国兄からすべてを奪った。
全てを奪って、奪い尽くして…
それでも俺は逆らえない。
大切なのに、かくしておきたいのに、それを暴かれる。
暴かれて、奪われて…

「お前のせいで、国永は不幸になる」

ああ、そうだ。
俺のせいで国兄はこんなことになっている。
俺が、おれが……


俺がヒトじゃないせいで…


「おねが、いします…いうこと、ちゃんと、ききます。
だから、だから、国兄に、これ以上、酷いことしないで…」
卑怯者の俺は涙を流す。
そうしてこれ以上差し出せるものがないのだと、それを示すために。
「お前は家畜だ。人と同列に生きようなどと考えるな。
お前は我々に飼育されている。
貴重な検体だから飼育してやっているということを忘れるなよ」
「…はい、忘れません」
首に嵌められた黒い真鍮製の首輪から伸びる鎖を引かれ、俺はバランスを崩して倒れこむ。
男たちが兄を開放して去っていくと、国兄が可愛そうなほど精液まみれにされてその場に崩れ落ちた。
「国兄ッ!!」
国兄は虚ろな表情で俺を見上げるとにこりと微笑んでから気を失った。
目が覚めれば、今の出来事は何一つ覚えていない。
「ごめんなさい…ごめんなさい国兄…」
意識のない国兄を抱き上げて、俺は涙を流す事しかできない。
大切な、誰にも渡したくない唯一の人。
でも、俺はその隣に並ぶ資格すらない。
なぜなら、この関係すらも既に偽りの物だから…。
全てを知った国兄が、俺の元から離れるのが怖くてずっと言えなかったこと。
俺を利用して、国兄を操って好き勝手していること。
全部俺は知っていて国兄は何一つ知らない事。

ああ、かみさま。
どうしてあの時、俺のこの人を与えたんですか。
俺という鎖に縛られなければ、この人にはもっと違う幸せな人生があったはずなのに。

「ごめんなさい…」
謝罪の言葉を口にするのは、自分の罪悪感を少しでも薄める為。
何も知らない兄は、明日になればいつも通り優しい笑顔で俺を抱きしめてくれる。
たまに甘えた声で俺をねだってくれる。


堕落した家畜を、弟と呼んでくれるこの兄だけは
俺の全てを賭しても、必ず救い出して見せるから…

 

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