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恥はかき捨て



「鶴丸先輩」

優しく微笑まれる。
パリッとアイロンがけされた清潔なシャツ。
キツくない丁度いい香りの香水。
細長い指が大学内に出店している有名コーヒーショップのタンブラーを持ったまま柔らかな唇にコーヒーを運んで行く。
その唇に思わず目を奪われる。
カッコイイと思っている。
恋人関係になってからのいちはに宝物みたいに俺を大切にしてくれた。
だけど、正直いって欲求不満なのは若さゆえ仕方の無いことなんだと思う。
キスだけじゃ足りない。
もっと先が欲しい。
でもそれを求めたらいちに嫌われるんじゃないかって不安。
いちが帰ってしまった寂しさを埋める為に、いけないと判っていても下肢に伸びる手を止められない。
手元にはいちが泊まる時用に置いてあるスエット。
今朝までいちが着ていたからまだ匂いが残ってる。
それをぎゅっと抱きしめて鼻先を埋める。
いちの匂いに包まれる安心感と、ずくずくと熱を持つ下肢は硬く反り返り解放の時を今かとまちわびていた。
物凄い罪悪感がそこに手を添えるのを躊躇わせた。
しかしここは俺の自宅で誰も見ていない。 一応カーテンは閉めて、ズボンを下着ごと降ろすとソファーに身体を横たえた。
いちのスエットを抱き締めながら、スマホにずっと保存したままの留守電を再生する。
ああ、恥ずかしい。何をやっているんだろう。
そう考えるも、そっと添えた手で自身を慰めながらいちの声と匂いに熱を持った身体はどんどん高まっていく。

「ふぁ、んっ、いち、いちぃ……あぁんっ」

耳元で何も知らない恋人がデートの予定の確認の電話を何度も再生していた。
「鶴丸先輩、愛してます」
最後に照れた様な愛の言葉に、付き合いたての頃はきゅんきゅんした。
でも今は、こんな浅ましい行為に使っている。
最低だ、でもやめられない。
気持ちいい、いちがしてくれているみたいで体の芯があつい。
もう少し出でそう。
だけど足りない、まだ足りない。

「いちっ!いちっ!も、おれ、たりにゃい、キスじゃ、もっっ触って、いち!いち!いちぃぃぃ!」
「鶴丸先輩、すいません。
私今朝定期を忘れたみたいな……ん、ですが……」

一瞬何があったか理解出来なかった。
いちは合鍵を持ってるし、いちいちインターフォンを鳴らさなくてもいいと言っていた。
いくら自慰に熱中していたとしても、どうして玄関が開く音に気がつけなかったのか。
今の俺はソファーに横たわり、脚を開いていちのスエットをおかずに盛大に射精した所で、自分の腹といちのスエットに放たれた精液が飛び散ってる。
「い、ち……あのっ…これは……!」
事情を説明したいが言葉が出ない。
全身の血が顔に集まるのがわかる。

「いちっ……きらいに、ならないで」

ようやく消え入りそうな声ででた言葉。
恥ずかしくて涙が溢れてきた。
「失礼しました…その、一応声をかけたのですが…」
気まずそうにいちが顔を逸らす。
「でも、嫌いにはなりません。絶対に」
「いち…」
恥ずかしさのあまりにスエットで顔を覆ったままみっともなく泣きわめいた。
いちは定期を回収してすぐに、何も言わずに出て言った。
嫌われたかと思い、一晩泣きはらした後に次の日大学でいちの姿をみかけるといつもと同じように接してくれて安心した。
そんないちの優しさがたまらなく愛しかった。
いちのスエットはしっかり洗ってまだ俺の家のタンスにしまってある。
いちが泊まりにきたときのために。

かうんせりんぐ。

「さて、俺が今君と話している目的は分かるかい?」

そう口を開いたのは、真っ白な男だった。
黒鶴と似た顔の、けれど真逆の色合いを持つ男。
椿国永。
今は結婚をして、小烏国永と名を改めている。
長く色の抜けた睫に縁取られ、思慮深く顔を覗き込んでくるのは紅い色の瞳。
アルビノだと、彼は言っていた。
先天的に弱い者とされた彼と、後天的に弱くあった黒鶴はよく似ている。

「カウンセリング、だっけか?鶴丸の紹介だろう」
「そう、カウンセリングだ。とは言っても俺は心療医ではないから、真似事だな」
「鶴丸は腕が良いって言ってたぜ」

黒鶴が変な事件に巻き込まれたと知った従兄弟が、どうしてもと紹介をしてきた。
以前、精神的な患いから熱を出した事を気にしていたらしい。
心理学者を生業としている彼にならば、気軽に話せるのではないかという事だった。

「けどなぁ……話しをするとは言っても、特に思い当たる事は無いんだが」
「急に言われたらそうなるだろうなぁ……俺としても問題はないと思ってる。まあ単なる雑談だと思ってくれ」

くすくすと笑みを浮かべる白い人の雰囲気は甘く、和やかなものだ。
柔らかく笑う表情も、話し方も、優しく包み込んでくれるような雰囲気を覚える。
まるで白月のような人だな、と親近感を覚えた。
鶴丸が好むのも分かるかも知れない。

「雑談かぁ、そうは言っても……鶴丸から聞いてるとは思うが、俺は人嫌いでね。面白い話しが出来るとは思わないんだが」

少しだけ遠慮がちに黒鶴が口にする内容を、国永は苦笑しながら聞いている。
今回黒鶴は知らない事だが、鶴丸から国永に頼まれた内容にはカウンセリング以外にも目的があった。
何の気なしに鶴丸が聞いてしまった内容、親しい人間との扱き合いという観点から貞操感を危惧してのものだった。
国永にとっては耳が痛いことに、女が抱けないという欠点を持つ彼は男に抱かれる事に何の嫌悪感も持たなかった時期がある。
番を持った今では彼以外に考えられない事ではあるのだが、ようは弟のように思っている黒鶴がそんな趣向の持ち主だったら。
考えすぎだと思ったのだが、うっかり探偵業に身が入らないなんて事になっては身も蓋もない。
そういった紆余曲折を経て、結果は伝えないまでも探りを入れ、もし可能なら矯正をするという話しが成されていた。
考えすぎだとは思うが、快楽に流されやすい可能性は捨てきれない。

「お互いに見知らぬ仲だから、踏み込んだ話しが難しいのは承知の上さ」
「……いや、俺は君の事を聞いている。椿というのはあれだろう?九尾の従兄弟殿だ」
「九尾……ああ、彼女か。実際に会ったことは片手に足りる程度、むしろ妹……の方と縁があってな」

ややこしい内容だが、黒鶴の喫茶店は本名、椿久弥という女性の画廊を元にしている。
そしてその女性は椿国永と血の繋がった従兄弟であり、椿緋翠という書類上の妹が居た。
意外なところで繋がっている事を、世間は狭いというのだろう。

「九尾の方は君たちの事を知っていて、たまに話しを聞いていたんだ。あと、鶴丸が兄と呼んで懐いてたのも片方は君だろう?」
「うん?そうなのか……ああ、今では母さんって呼ばれているけどな」
「母さん、か……。確かに、女性的というか……物腰の柔らかさがそれっぽいのかもな?」
「そういう君は、幼馴染みに母親が居ると聞いたぜ?」
「ああ、うん。長義と南泉な。実の親より口やかましくて参るぜ」

ははっ、と朗らかに笑う様はむしろ好ましいもので。
そういう意味では黒鶴の手綱は二人がきちんと握っているように見られた。
逆に言うならそんな二人と事に及ぶとは思えないのだが、そこは本人の心情次第。
鶴丸の話を聞く限りでは感情対応型、とくに頭で深く考えるより行動する方が早いタイプ。

「はは、それだけ君が信頼してるって事じゃ無いか。しかし、人嫌いと言った割に案外普通だな」
「そうなのか?まあ、君は話しやすい方だから」

きょとん、と目を瞬かせて首を傾げる動作は幼く、ふにゃりと力の抜けた笑みはあどけない。
なるほど、確かに鶴丸のような人間には捨て置けない人種だろうと頷く。
そして危惧していた人嫌いという宣言も、率先して自分から関わろうとしないからだと結論づけた。
病弱だから、人との関わりが下手だからと変に鬱屈したところも見せず、むしろ真っ直ぐに目を向けてくる様は前向き。

「それで、何だったか。最近の事件とやらを話せば良いのかい?」
「うーん……そうだな、どう思ったかを聞いておこうか」
「どう、か。難しいな……猫屋敷は驚いたけれど、面白かったぜ?」
「面白い?例えば?」

一瞬だけ言いよどんだ黒鶴が足を組み換えるのを見、国永も同じように足を組み換えて微笑んで見せた。
相手と似たような動作で警戒心を解くという、心理学で初歩的な動きの一つだ。
何気ない動きから感情を、考えを読み解いていくのはパズルのようで面白い。

「猫と話しが出来るとは思わなかったんだ。意外とイタズラ好きな子が多くて、人との違いが面白かった。まあイタズラの内容は応相談って感じだけどな」
「ふむ、それは意外な共通点だなぁ。しかし猫と話しか、色んな話しが聞けるだろうな?」

くすくすと互いに笑いを含みながら口にした内容に、けれど本当に猫と会話をしたとは国永は気付かない。
黒鶴も通じてないのを理解した上で会話を続けていく。
怪我をしたが、それはむしろ自分がヘマをしたからで何かを恨んだりはしていない事。
血糊や人の作り物には驚いたが、幼馴染み達が居たから混乱はしなかった事。
他にも猫耳が生える事件があった事などを話しても、国永は驚きはすれど否定はしなかった。
むしろ経験の差で言えば自分の方がよほど変な事件に巻き込まれて居ると言える。

「なかなか面白い経験だったと思うんだ!ふわふわの毛がそのまま頭と尻について、ピクピク動いて可愛かったぜ」
「その話を聞く限り、俺達もきっとそうだったんだろうなぁ……。理性、いや知性か。知性がある状態で理解出来れば良い経験だな」
「ああ、触られる場所がどこも気持ち良くて、もっと触って欲しいと思うのは初めてだった」
「……気持ち良い?」
「何て言うのかな、背筋に甘い痺れが走って……体温が心地良いんだ。安心出来て、嬉しいって思った」
「それはー……今も、そう思う事はあるかい?」

これは少し、危ういのではないかと国永は口を開いた。
うっとりと夢を見るような目は緩み、口端が上がって頬も上気している。
似ている表情を国永は知っていて、けれどそれと同種のものかは判断が難しい。
恋に恋する夢見がちな女性がしたり、或いは賭博で勝った者が浮かべるそれ。
つまり、脳内麻薬で一時的にハイになっている状況だ。
勿論それだけで悪いという事は無く、日常どんな場面でも様々な人が感じる事はあるだろう。

「いや、今はないな。けれど……前ほど、触れ合いに戸惑う事は無くなったかも」
「触れ合いに戸惑い?」

人懐っこそうな人物からの意外な言葉に、首を傾げてみせた。
幼い類いの表情が多い黒鶴には珍しく、その言葉に悲しみと怯えを含んで苦く笑う。
何かを後悔するようなそれは、酷く大人びて見えた。

「国永さんはさ……どうして結婚したんだい?」
「ん……まあ、愛してるから、かな……一緒に生きたいと思ったから」
「俺、それが分からない」

それ、と言われて悲しそうな顔をする黒鶴に、少し前の自分が重なって見える。
気持ちを押し付けるものを愛とは信じない、そんなものはいらないと忌避していた自分。
そう思うだけの今までがあり、理由があった。
今はむしろ自分を支えてくれる、許容して安心させてくれるものが愛なのではないかと思うようになり。
まるで迷子のように心許ない顔をする黒鶴が、悲しく見えた。

「親が与えてくれる安心は?友人を支えたいと、力になりたいと思った事は?誰かの特別に、一番になりたいと思った事は?」
「うん、それは分かる。けど、俺にとっての最上は大好きって事までだ。特別っていうなら、一人一人特別で同じはないだろう?一番だって、比べようが無い」
「まあ、そうだな……」
「幼馴染みを皆違うように大好きだ。恋愛とか、よく分からない。……国永さんが知りたいの、そういう事だろう?」

真っ直ぐに射貫く目線に、国永は唐突に理解した。
目の前に居るのは恐ろしく純粋に、無垢に育った子供なのだと。

「参ったな。……いつから分かってたんだい?」
「何となく。いや、鶴丸からの紹介って言われなければ気付かなかったかもな。警戒、してたろう?」
「まるで動物だな、君は」
「そもそもがおかしいんだよ、変な事件の話しだってそれのかこつけだろう?」

よもやそこから疑っていたとは、驚くと同時にそれに警戒してるのも事実なんだけどと苦笑が漏れ出る。
こちらの意図する事、陽動の内容は把握出来てもやはりそこまで。
否、それ以上の考えには及ばないところがやはり幼いのだろう。

「俺自身が話しを聞いてみたかったのも本当だけどな。しかし、君は随分愛らしいな」

雛鳥が成長すれば、どのような姿で空を舞うのか。
それを見て見たいと思う国永だった。

事件のその後。

白月と夜に秘密を抱えるようになった黒鶴は、少しだけ変化があった。
それは幼い頃のように、幼馴染み達に対する距離が縮まるというもの。
例えば、

「南泉、抱っこ」
「は?お前にゃに甘えてんだよ」

口では文句を言いながらも両手を差し出せばすっぽりと胸の中に収まる華奢な身体。
その体勢で何をするのかと言えば、白月のタブレットで動画を見るという物。
ご丁寧に南泉も興味のあるジャンルのそれを、膝の間に収まった黒鶴と一緒に二人で見た。
これが他の者であれば長義も嫉妬をしてみせるのだが、愛猫が二匹仲睦まじくしているようにしか見えない。
愛故の親目線というか、飼い主目線というか。
とにかく和ませる光景にしかならないのだ。
また別の機会には、

「長義ー、長義!今日の飯は何にするんだー?」
「こら鶴、料理中にひっつかれたら危なくて仕方ない。大人しくしてくれる?」
「んー」

言いながら、すりすりと背中にひっついて頭を擦り寄せてくる末っ子の甘え方に長義も慣れた様子で手元に集中する。
南泉としては羨ましい限りだが、そこにやましいものを見いだせないので放置を決め込んでいた。
何より嬉しそうに無意識に頬を緩ませる黒鶴は、雰囲気が幼くて子供の甘えにしか見えないのだ。
長義が嫌がるようなら無理にでも引っぺがすのだが、腰に手を回して大人しく背中にひっつくだけなので微笑ましいもの。
けれどそういった甘え方を見せる様になったのは二人に対してのみであり、白月とは変わらないように見えた。

「っていうので、お前達どうなってるの?」
「うん?いや、なに……そう変わりないぞ」
「怪しい……。そもそも俺達に甘えてくるのに、お前に甘えにゃいってのがおかしいだろ」
「ふむ、そうは言ってもなぁ……見えないところでは、甘えてくるのだぞ?」

そこにどんな意識があるのかは不明だが、二人きりの時には確かに甘えられているという自覚はある。
とは言っても、そこにあるのは末っ子特有の誰かを甘やかしたい、という甘え方だ。
テレビを見る時は膝枕をして頭を撫でたり、本を読む時は白月の背に張り付いたり。
特に夜寝る間際に子守歌を歌うようになったのが、白月としては最も嬉しい点だった。
学生時代、迦陵頻伽とあだ名を付けられたくらいには黒鶴は声が良い。
それも途絶えて久しかったのが、よもやまたも聞けるようになるとは。
しかし、そういった嬉しい触れ合いが増えた反面、内面を表す態度に変わった様子が見られないのが問題だ。

「甘えてみせるくらい、今は幸福度が高いって事……?」
「っていうより、にゃんかつっかえが取れた感じだよにゃ……」
「うむ、それはあろうなぁ……。鶴が何を気にしていたのかは分からぬが、な」
「君が何かをした覚えは?」
「それはどれに対してだ?鶴への好意も、触れ合いも変わらんぞ」

否、触れ合いに関してはそれ以上、とは思えども流石に自他共に保護者と名高い二人に本音を言うわけにもいかず。
そもそも、好意に進展無くして欲を発散する方法が変わっただけとも言えるのだ。
黒鶴の白月への信頼は、どこか雛鳥が親を認識する刷り込みにも似ている。
結局は黒鶴の恋愛観が成長しない限り、先への見込みも無いと言う事で。

「前途多難だにゃぁ……」

ぽつり、と南泉の漏らす小さな呟きにそれはお前達も同じだろうと口を突いて出そうになる言葉を呑み込むのだった。



黒鶴が久々に熱を出した翌々日、直ぐに下がったそれに長義からの厳戒令も解けた事で従兄弟が顔を出した。
熱の理由が精神的なものだろうという予測があった事と、最近立て続けに起こった不思議な事件に発起しての事だった。
常とは違うピリピリと緊張した様子の従兄弟、五条鶴丸に黒鶴はため息を吐く。

「鶴丸、うるさい」
「何だよ、まだ何も言ってないだろ!」
「雰囲気がうるさい。そもそも、なんで君が来るんだよ」

むっと頬を膨らませる幼い様子に、じろりと睨み据える事で封殺した。
端から見ればよく似た二人の攻防は子供のじゃれあいのようで微笑ましいもの。
けれど当の本人達は全く気が付く様子も無い。
睨まれて恨めしそうな顔をする鶴丸に、不機嫌さを隠そうとしない黒鶴。

「……宗近と怜悧から聞いたんだよ。体調崩したって」
「はぁ……店と白月か。だからって、わざわざ見舞いに来るのは珍しい」

近年、熱を出して寝込むような事が無かったからだと口にしようとして、けれども再度睨まれて蛇に睨まれたカエルのように縮こまる。
不機嫌な時の黒鶴は少しでも気にくわない事があれば、鶴丸には容赦なく暴れ始めるからだ。

「鶴丸に当たり散らしても意味は無いから、とりあえず良い。で、何が気になるんだ?」
「何が、って……その、事件以降変わった事が無いか……とか?」
「変わった事??例えば」
「例えばー……俺のマブダチを名乗る変質者に言い寄られたり?」
「は?」

お前、何面倒な奴と知り合ってんの?と一睨みで蔑まれる。
理由を知らない人間にするとそうなるよなぁと困り果てた鶴丸は結局口を開く事はせず。
説明をしないまでも動く気配を見せない鶴丸にため息を吐いた黒鶴は心当たりを考え始めた。
最近で特に変わった事。
そう言われて真っ先に思い付くのは、

「なあ、君は相棒と扱き合いをした事はあるかい?」

別方面で鶴丸の度肝を抜く一言だった。
相棒と、扱き合い。
よもや性知識に疎そうな相手からそんな言葉が出てくるとは思えず、扱き合いと言って思い付く者は何だろうとぐるぐると目を回して考える。
結果思い付いたのは、スパルタ染みた特訓か何かだろうというもので。
きっとそうに違いない、とスッキリした顔つきで生暖かいものを見る目で黒鶴を見る。

「あいつがそんな体力勝負、すると思うかい?」
「は?自慰に体力はいらないだろう?」
「じ、じぃいいいい!!?!」

G、爺、辞意と思い付く限りの言葉を当てはめてみた。
が、頷いて指で丸を描いて上下になぞる動作をする黒鶴に、結局答えは一つしか思い浮かばずに。

「お、お母さんそんな恥ずかしい事教えた覚えはありません!!」
「は?誰が母親だ。そんなの長義と南泉で間に合ってるし、君が母親なんてごめんだな」
「辛辣っ!!」
「で、あるのかい?相棒じゃなくても、親友とか友達とか……そんなのでも良い」

むしろどんなに親密な仲だろうと、よほどの事がない限り扱き合いはしない、と言いたい。
言いたいが、素直に記憶をフル稼働させた鶴丸の脳裏には学生時代のやんちゃが思い付いた。
その中にはいわゆる十八禁物のビデオを鑑賞する会というのもあり。
ああ、昔の自分は若かったと遠い目線になるのだった。

「扱き合いは生憎ない。ない、けど……そういうビデオの鑑賞会はある。その……個別だからセーフだ」

空しい言い訳に過ぎないが、決して自分は変態では無いのだと証明したい。
しかし黒鶴はそんな鶴丸の内心には全く気付かず、やっぱり経験あるんだな、と納得していた。
いかに仲の良い従兄弟だろうと、普通はそう言った事までは追求しない。
そんな事にすら気付かない程、それぞれの意味で頭をフル回転させていた。
そもそもの話し、つまり黒鶴はそれを誰かとしたという事で、相手は仲の良い相手に限られる。
だとするならば自ずとそれは、

「つ、つまり……セーフだな?」
「ああ、セーフだ。他はとくに。面白い事にはなったけれど」

面白いという一言が気になったが、それで済むのなら最悪の事態にはなっていないのだろうと鶴丸はようやく安堵の息を吐く。
これ以上はきっと考えてはいけないのだ、そう言い聞かせながら納得させた。
藪を突くと蛇が出る、とは相棒の言だ。
多分これは、そういう話題だと顔を真っ赤にさせながら項垂れた。
厄介な事件の気配に飛んで来てみれば、まさかの話しを聞いてしまうとは。
涼しい顔をしている従兄弟に、とんでもない爆弾を落とされたと鶴丸は意気消沈した。

へたれのお月さま。

白月は小さい頃から理解力というものに長けていた。
例えばそれは大人達の会話だったり、物の使い方だったり、長じて人の期待というものを理解する。
大人は神童ともてはやし、同年代の子供達からも一目置かれる事となった。
窮屈な環境は退屈だったけれど、嫌気が差さなかったのは自分を認めてくれる幼馴染みが居たからだ。

「白月はちょっと変わってるけど、それがお前の普通でしょう?」
「ちょっと呆けてるとこがあるのは心配だけどにゃ!」

そう言って許容してくれたのは、銀髪に青い目の長船長義で。
金髪に黄金の目を持つ猫科を思わせる一文字南泉は、笑って仲間に引き入れてくれた。
そうして白月を全面的に信頼し、人の情を教えてくれたのは、

「白月、だいすきぃ!」

あどけなく、花が咲き誇るような甘い笑顔の愛らしい五条黒鶴だった。
己より超然とした人でなしを知っているからこそ、範疇を超える事はなく。
幼いながらに自己を理解してくれる者が居るからこそ、孤独ではあれど人に愛想を尽かす事もなかった。
期待は重く、面倒ではあったけれどそれだけで。
そんな日常が変わったのは、それぞれが成長し学校という社会の中に放り込まれる事になってから。
小学生の頃は良かったが、中学生ともなれば第二次成長期を迎えて男女の性差も目立ち始める事となり。
病弱でひ弱な黒鶴と、体格に恵まれなかった長義はその面立ちと相まってからかいの対象になる事が多かった。

「やっかみなんか放っておけば良いよ。構うだけ無駄」

転ばされた後にもそうやって強がりを言えるのは長義の美点であり、その後はきちんと借りを返すのも流石だった。
けれど黒鶴はそう出来る強さもなく、けれど大人しく出来るほど弱くも無かった。

「やーいやーい、女男ー!」
「お前ほんとに男かよー!」
「女みたいな声しやがって!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!俺は男だ!女じゃないっ!」

結果、暴れる事が多くなり一文字の剣道場へと通って鍛える事になる。
少しずつ強くなった事でそれでも暴走する機会は少なくなっていったが、黒鶴の前では女の様、男らしくないというのは禁句になった。
中でも他の者が居る時に小さい頃の話しをするのすら嫌がるようになり、白月は残念な思いを抱えている。
朗らかに伸びる声で歌われる子守歌が特に好きで、黒鶴が体調の良い日にはよく強請ったものだった。
けれど、それすらも失われて久しい。
無邪気に抱き着いてくる回数が減り、好きだと言ってくれる事が無くなり。
慰める回数が多くなり、好意を伝える機会は失われた。
高校に上がる頃にはすっかり互いに人嫌いになり、幼馴染みの前でだけ肩の力が抜けるようになる。
少しずつ昔のような触れ合いが、無邪気な様が見られるようになり。
そうなれば白月はどう距離を詰めたものかと考えあぐねるようになり、一時期のように触れ合う機会がなくなるならばいっそ秘めたままで居ようと考えるようになった。
素直ではない、素直になれない、二人のまま。
白月の思いを知る二人には焦れったいと背中を押されるが、他人に振り回される事で臆病になった心持ちでは正直にもなれず。
結局、二人暮らしをするところまでは持ち込めたがそれ以上はアプローチも出来ずに居た。



そんな長年の片思いに変化があったのはつい最近になってから。
白月の古い記憶にある中では、黒鶴は物を分け合うのが好きな子供だった。
間接キスなど気にもせず、飲み物や食べ物を一緒に食べるのはよくある姿だった。
それが男の格好をする様になった頃、異常なまでに嫌がるようになったのだ。
特に自分が触った物を渡すのを嫌がり、一時は何かがあって潔癖になったのかと三人で心配したほど。
酷くなる様子は無かったので、そういう物かと無理矢理に納得させていた。
そんな黒鶴に更なる変化があったのは唐突で、最近は怯える様を見せながらもシェアをしてくるようになる。
そう思った時、夜半に黒鶴が悶えている事に気付いてしまった。

『ん……はぁ……』

いけない事とは思いつつ、気配を消して仕掛けた監視カメラと盗聴器を回し続け。
布団の中で自慰に耽っていると気付いた時には昂揚した。
それがまさか、様子のおかしさに探りを入れてみれば扱き合いをする事になろうとは。

「あ、あぁっ、ぅんんっ!!」
「たず、たずよ……そんなに尻が良いのか?ういなぁ」

愛らしく抱き込む身体を跳ねさせながら、蕩けた顔で快楽に喘ぐ小さな黒い頭が愛らしい。
口端から唾液を垂らし、腰をビクビクと擦りつけて従順な様子を見せる黒鶴。
少し前は確実に考えられなかった状況に、喜悦の笑みが止まらない。
差し出される白い喉にちゅ、と吸い付き舌を這わせると、たまらないと言わんばかりに頭を左右に振り乱し。

「ひぃっん、あ、しょれぇっ!らめ、きもひぃい!!」

黒鶴の様子にもしやと思い、初回以降用意しておいたローションで後孔を攻めれば身体を震わせてよがった。
前立腺を指で攻め、己のモノを挿入れる訳でも無いすぼみを解し続け。
あの淫夢で開発してしまうきっかけを与えた事を喜べば良いのか、惜しいと思えば良いのか。
気持ちが通じ合った訳では無い。
けれど、恋い焦がれた人物に触れて許される機会は失いがたい。
せめて、せめて今の状況を打破する為に思いを告げる事が出来れば。
そうは思っても、言葉が喉を通る事はなく。
行き過ぎた友情に実体のない涙を流すのだった。

たずとお姫様。

七歳の誕生日を小さな子供達が迎えた頃、少しだけ生活に異変があった。
一つは女の子の格好をしていた黒鶴が男の子の格好をし始めた事。
もう一つは白月の髪が真っ白になった事。
そして、長義が率先して皆の世話を焼き始めた事。
特に変化の無かった南泉は、まるで自分だけ置いていかれている様な気がして不機嫌になる事が多くなった。

「たず!ほら見ろよ、花がいっぱいだぞ!」

今よりももっと小さい頃、黒鶴は身体が弱くて家から外へ出た事がなく。
成長した今となっては、体調が良い日には公園へ遊びに行く事が出来るようになった。
前から花畑へ行きたいと言っていた黒鶴なら、小さいけれど花が満開になった公園はさぞ嬉しがるだろうと南泉は楽しみにしていて。
けれど、男の子の格好をする様になった黒鶴は昔の様に無邪気に喜ぶ事は無かった。

「……それより、砂場であそびたい」
「にゃんだよ……おひめさまのわっか作るって、言ってたくせに!」
「言ってない!たず、おひめさまじゃないもん!にゃーせ、ばか!」

ちらちらと花に目を向けながらも素直に遊ぼうとしない黒鶴に、南泉は思わず食って掛かっていく。
不機嫌を露わに強い語調で言われ、黒鶴はビクリと身体を揺らしてからむすっと眉を潜めて怒り始めた。
内容は稚拙な罵倒でも、子供という物は感情に過敏な生き物だ。
年の割には舌っ足らずな言葉遣いで、けれどあらん限りの怒気で怒鳴られれば腹が立つ。

「にゃんだよ、たずが言ったんだろ!おひめさまににゃるって言ってきかにゃかった!!」
「言ってない言ってない!ばか!にゃーせ、ばかっ!ばーっか!!」
「にゃんだとー!?」
「こらこらお前たち、ケンカはよくないぞ」
「……ねえたず、おひめさま嫌いになったの?」

今にも泣き出しそうな顔で言い合いを始めようとする二人に、白月が困った笑みで間に入った。
その様子を端から見ていた長義は大いに首を傾げる。
女の子の服を捨てると同時、黒鶴はあれだけ気に入っていた絵本を全て捨ててしまったと聞いていたからだ。
黒鶴はとくに王子様とお姫様が出てくる話が好きだったが、見ると泣き出してしまったと親が困ったように言っていた。

「……きらいじゃない。でも、たず、おひめさまじゃないもん」
「うん、たずはたずだね。わっか作るの、嫌になった?」
「……たずね、かわいいじゃなくて、かっこいい、なるの。だから、しない」

その言い分はよく分からない物だったが、長義は頷いて返す。
本当は、黒鶴が喜ぶと思って輪っかの作り方を親に教わってきたのを教えたかった。
けれど必死に泣きそうになりながら話す幼馴染みに、何だか悲しくなってしまう。
南泉はそんな長義の様子を知っていたので余計に黒鶴を誘おうと躍起になったが、意固地になった黒鶴には逆効果だった。

「そう……いいよ」
「うんうん。だがな、俺は花占いというものがしてみたい。たずよ、やり方を教えてくれるか?」

不機嫌だったり泣きそうだったりとする幼馴染み達の中で、唯一にこにこと笑みを浮かべた白月が口にする。
悪意の無い楽しそうなその顔に、きょとんと目を瞬かせた黒鶴はおずおずと頷いて見せた。

「いいよ。えっとね……おはな、つんで……」

長義はふと、黒鶴が無作為に詰んだ花を見る。
それは六枚の花弁でなっていて、花占いのやり方も教わっていた長義は小さく息を呑んだ。
好き、嫌い、好き、嫌い、と二つの言葉を繰り返して花びらを摘んでいく簡単な遊び。
けれど、そのままでは嫌いで終わってしまうと幼いながらに気付いたのだ。
慌てて止めようと手を伸ばしたがそれより早く黒鶴は始めてしまい、

「にゃーせはたずが、すき、きらい、だいすき、すき、きらい……だいすき!にゃーせ!たず、だいすき??」
「だっ……大好きにきまってるだろ!!」
「やったぁ!!たずも、にゃーせだいすきー!つぎは、ちょぎねぇ?」
「え、僕……?」
「うん!ちょぎはたずが、すき、きらい、だいすき、すき、きらい……だいすき!ちょぎも、たず、だいすきぃ??」

それまでの威嚇する猫が嘘のようにとろける無垢な笑みで花に埋もれて占いをする様子に、長義はおかしくなって笑って頷いた。
本人は嫌がっても、やっぱり女の子のような黒鶴は、女の子のような景色がよく似合うと思い。
白月は満面の笑顔で戯れ始めた幼馴染み達を見て、満足そうに頷くのだった。
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