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すたばれ。家出しました。

夏も盛りを過ぎた頃、昼には作業を終えた面々はリビングに集まって休憩をしていた。
この日のデザートはふわふわのかき氷。
シロップは白蜜を作った後に収穫した果物と掛け合わせ、果汁たっぷりに仕上げている。
初めて見るそれに興奮した黒鶴は、トントンと扉を叩く音に気付くのが遅れた。

「たーずー!」
「ふぇ!? ヒナ!?」

外から響いてきた甲高い声に肩を跳ねさせ、慌てて扉を開けた先にはクマのぬいぐるみを抱き締めた雛鶴が小さなバックを背負って立っていた。
以前、黒鶴が一人で居る時に高熱を出して彼の家に世話になった事がある。
そこから千羽、ひいては雛鶴と話すようになったが、家に突撃されたのは初めての事だった。

「おれ、今日はたずの家にとまる!」
「俺の家、って……今は他にも居るけど……千にぃはどうしたんだ?」
「……いいのぉーッ!!」

ぷんぷんという擬音が聞こえそうなほど怒り心頭の様子に、黒鶴は目を白黒とさせる。
様子を見ていた面々も小さな客人におや、という顔をして迎え入れた。
即座に南泉が氷を削り初め、一人分のかき氷が用意される。
弟歴は自分の方が長いから、自分の方がお兄ちゃんと言ってはばからない雛鶴。
年下だけれど兄貴ぶるという年少の子らしい発想に、黒鶴は押され気味だ。

「そうら、ヒナよ。三色ジャムにしてやろうなぁ」
「え、なにこれふわふわ! たべていいの??」

ぱちくりと大きな蜜色の瞳を忙しなく瞬きし、喜色満面で駆け寄る雛鶴。
対する白月は突然の来客に慌てる事も無く対応し、まるで孫と爺のようにも見えた。
呆然と、我に返った後は憮然としないものを感じながら黒鶴も席に着く。
先程まで座っていた席は雛鶴に取られてしまったので、今は長義の隣だ。

「……なんか、むかつく……」
「たず? どうしたの、珍しい」
「ぅー……分かんない、けどなんか……もやもやする……」

苦虫を噛みつぶした顔で唸る黒鶴に長義は首を傾げ、南泉は驚いた。
一見感情的な黒鶴は癇癪を起こす以外で負の感情を表すことは珍しい。
出したとしても悲しみや切なさといった面で、怒りはあまり持続しないようだ。
せっかくかき氷に感動していたのに、と大きな口でふわふわの雪をき込みはじめ、

「いッ――たぁああッ!!?」

キン、と突然痛み始めた頭に涙ぐむ。
夏らしい事をするのも初めてならかき氷、アイスを食べるという習慣もなかった黒鶴には冷たい物を一気に摂ってはいけませんというお約束も初めて。
雛鶴はきゃっきゃと喜び、白月は驚いて手を伸ばし茶を勧める。
少しずつ温かい物を取り、抱えていた頭を解いて一息吐いた。

「お、驚いた……冷たいのって、こわい……」
「うんうん、そうだろう。ゆっくりお食べ」
「たず、つめたいの食べるときは、ゆっくりだぞ!」

意気揚々、天使の微笑みを浮かべながら雛鶴が胸を張る。
確かにこの食べ物はそうした方が好さそうだと頷き、今度はちまちまと小さく食べ始めた。
そうして一緒にかき氷を楽しめば胸のもやつきもすっかりどこかへ飛んでいってしまい、綺麗に平らげて話しは雛鶴の持ってきたぬいぐるみに飛んだ。

「ヒナもぬいぐるみ抱いて寝るんだ?」
「ん、せんにぃがくれたの!」
「……そういえば泊まるって言ってたけど、千羽の許可は? あんのか?」
「……いいの! ヒナ、いえでしてきたの!」
「いえで?」

ってなぁに?と言いそうな程首を傾げているのは黒鶴一人。
長義と南泉は幼い頃から雛鶴にべったりの千羽を知っているだけにぎょっと驚き、白月は感心したように頷く。
ぷっくりと桜色のほっぺを膨らませ、雛鶴は思い出した怒りを露わにした。
黒鶴としては仲の良い兄弟が喧嘩をするという場面に行き会うのが初めてだったので、どこかもの悲しく感じる。
しょんぼりと、自分の事のように落ち込んだ黒鶴は雛鶴の顔を覗き込んだ。

「泊まるって言っても、場所がないし……そもそも、どうしてだ?」
「……だってせんにぃ、ヒナにだめだめって言ってばっかり。ヒナ、おてつだいできるもん……」

くしゃり、と泣きそうに顔を歪ませる雛鶴に驚き、黒鶴はぎゅうっと抱き締めた。
慰められた事はあれど、慰めた経験は多くなく。
むしろどうやったら慰められるのか分からず、思うままに行動した結果だ。
少なくとも自分は寂しいときや悲しいときに抱き締められると落ち着いたから、という経験談でもある。
突然のことに驚き、雛鶴は泣きそうになったのも忘れてしまった。

「えっと……俺も、熱出したり、だめって言われる事多かった。ダメって言われると、悔しくて……」
「……たずは、そんなときどうしたの?」
「やっても良い事を数えたよ。ご飯作りでも、サラダとかは、良いって言われたから。あとは……ある程度、熱出さなかったらって」
「ふむ、頭ごなしに否定するより堅実だな」
「……ヒナも、できる?」
「ひなは十分出来てるよ。店番だって出来るだろ?」

千羽が牧畜の世話をしている間、店に来た人の対応をしていた姿を思い出しながら黒鶴は慎重に言葉を紡ぐ。
小さな子供が一人で留守番しているだけで黒鶴には凄いと思えた。
少なくとも、自分が同じくらいの年の頃はまだ病弱で一人で居させて貰えなかったから。
何でもしようとするのは凄いけど、少しずつで良いと思ったまま口にする。
思い出の中のヒナそっくりの雛鶴の姿に長義と南泉は微笑ましい気分で見守った。

「ん……あの、あのね、たず……」
「うん。明日で良いから、千にぃと話そう? 今日はお泊まり会だ」

ふにゃりと柔らかく笑い、紅い眼を細める黒鶴。
昂揚に頬を赤らめた雛鶴も頷き、くしゃりと笑顔を浮かべた。
そんな風に幼い笑みを浮かべる二人を見比べ、長義はこっそり千羽に許可を取りに席を立ち、白月は今日の寝床をリビングのソファに決めるのだった。

すたばれ。熱の日。その後。

高熱を出しながらも、冷たいタオルを額に載せて上機嫌にふにゃふにゃと笑顔の黒鶴は今。
千羽の用意するお粥をふーふーと冷まして貰った後に、あーん、と促されて大人しく口をかぱっと開いている。

「熱くはないか?」
「ん……むくむく……ん、んん、おいしぃの、にぃた、あいとぉ」

ふにゃふにゃ、を通り越してふにゃんふにゃんになりながら布団へと戻り、はふ、と息を吐く。
お椀の中はまだ半分ほども減っていなかったが、元々食欲は薄いと言っていたので良しとした。
それよりも未だ高いままの熱が心配で、首筋の体温を測ろうと手を当てれば、やはり熱いまま。

「ん……ふ……にぃた、の……てって、……きもちぃ……」

火照る身体が冷たい物を欲しているのだろう。
額のタオルを取り上げてサイドテーブルに置いてある氷の浮かぶ洗面器に広げて浸け置き、水滴が落ちない程度に軽く絞ってもう一度黒鶴の額の上へ。

「ちべたっ」

舌っ足らずに言うところが可愛らしく、千羽はくすくすと小さく笑った。
多分、黒鶴の前では初めて。
いつもきつい目線を向けていたことを自覚しているが、だからどうなるとも思っていなかった。
が、今黒鶴は熱で潤みきった目を瞠り、驚いた後にふにゃりと満面の笑みを浮かべる。

「にぃた、わらったぁ」

きゃっきゃ、と嬉しそうに笑う黒鶴に、すっかり毒気を抜かれた千羽は苦笑をした。
町の外の人間だからと、雛鶴を連れて行こうとする人間ではないかと一方的に警戒していた。
それは杞憂だったのだ。
熱のせいとはいえ、こんなにも無垢な心で向き合ってくるのは年齢よりも幼く、いとけない。
黒鶴は悪い人間ではない、むしろそんな事をする子ではないというのがよく分かった。
にぃた、と言われる度にまるでもう一人弟が増えたようで、微笑ましい。

「ああ、千にぃたはな、黒鶴が可愛いから、愛おしいから笑うんだ」
「いとーし? にぃた、いととーしわらうの?」
「ふ、ふふ、糸通しじゃないな。たずが笑うと嬉しいから、にぃたも笑うんだよ」
「きゃー、むふふふ、うれひぃ……」

両手で頬をぺちんと叩き、顔を赤くして目を閉じ左右に振り、嬉しくて悶える、とでもいうのだろうか、そういう事をする。
雛鶴のような幼い行動を見るうち、こんな弟が居ても良いなという気持ちになりはじめ。

「熱が上がるから大人しくな?」
「はぁーい……にぃた、て、ちゅないれ?」

言い付け通りに目を瞑れば、直ぐにでも眠気がやって来たのだろう。
舌っ足らずな物言いすらもふにふにと崩れていき、

「ああ、起きるまで繋いでるから、安心しろ」

愛しさからくすくすと微笑み、額にキスを落として頭を撫でてやった。
数秒してから隣に持ってきた椅子に腰を下ろせば、黒鶴がすーすーと寝息を立てている事が分かった。
時折ぶるりと身を震わせ、小さく丸く身体を折り畳む。
また熱が上がるのかも知れないと、毛布を取りに行くために手を離そうとした瞬間、ベッドの中から小さなすすり泣きが聞こえてきた。

「……たず?」
「ふ……にぃ……う、ふぇ……」
「たず、大丈夫。大丈夫だよ、兄ちゃんはここに居るからな?」

声を殺し、ぎゅうぎゅうと身体を丸く固める様は苦しかろう。
それでも離れた手を探そうと、ぱたり、ぱたりと力なく手が振るわれた。
もう一度手を握り直し、これでは毛布を取りに行くのは難しいだろうと迷った千羽は、布団の隙間から身を潜り込ませる。
小さく固まる身体を包み込むように抱き締め、背を撫でてやればぽろりぽろりと眠ったまま涙を流す黒鶴がしがみつくのが気配で分かった。

「今日は兄ちゃんと一緒に寝ような。ずっと隣に居るからな」

雛鶴が熱を出した時と同様に、小刻みに震える熱い身体をぎゅうっと抱き締める。
はふ、と小さく吐息をつく気配がし、涙で濡れた頬や目尻にキスを落とせば次第に呼吸も落ち着いていった。
この調子なら朝方には熱も落ち着くだろうと安心し、心底安堵する自分に気付く。
結局、一度でも懐に入れてしまえば情が移ってしまうもの。
そうなれば以前のような態度をとる事も難しく、これが絆されるという事なのだろうと苦笑する。

「参ったな……まさか、ひなみたいに愛おしいと思うようになるとは……」

千羽にしがみつき、はふはふと苦しげながらも力の抜けた顔をする黒鶴。
ひなのように愛おしい、けれどひなへ向けるそれとは違う感情。
今は居ない町の青年が、きっと千羽は見過ごせないと笑っていたのを思い出す。
良い奴だから、打ち解けたらあっという間だと偉そうにふんぞり返っていた通りになったのは癪だが、彼が近くに居ない分は面倒を見るのも悪くないと思うのだった。



朝、日が昇るのと同時に珍しく黒鶴はすっきりと目を覚ました。
節々が痛かった身体は身動きが取れないだけで、馴染み深い熱にうなされる感覚は無い。
なのに動けない理由は一つ。
隣に眠る白い青年が、黒鶴の身体を抱き締めているから。
熱を出した後の事はあまり記憶になく、視線を巡らせると見慣れない部屋に居ることから自分は連れ出されたのだと予想が付いた。
従兄弟に面立ちの似た白い青年、千羽が寝ているところを見るに彼の部屋だろう。
けれど黒鶴の記憶する彼はきつい目線を送ってくる事はあれど、こんな風に隣で寝るような間柄ではなかったはず。
困り切った黒鶴はとりあえず千羽が起きるまで、彼の寝顔を見る事しか出来ない。
伏せられた睫が長く、朝日を受けて銀に輝く顔はどちらかというと診療所の国永に似ているだろうか。
男らしいと言うより中性的な面を堪能していると、ふいに睫が震えて琥珀の瞳が覗く。
寝起き特有の潤んだ瞳が一度、二度と瞬きを繰り返し、

「んぁ……おはよう、調子はどうだ?」

ふにゃりと力の抜けた笑みを浮かべて驚きに目を瞠った。
固まる黒鶴をよそに額をくっつけ、触診した千羽はくわり、と大きく欠伸をすると満足そうに笑う。
そのまま黒鶴の頭を撫で、じっくりとこちらを見てくるのを黙って見返した。
と、不意に眉根を下げた千羽が首を傾げる。

「たず? どこか苦しいなら、兄ちゃんに遠慮なく言えよ」
「……え、いや……」
「熱は下がったけど、食欲はあるかい?」
「ん……あの、にいちゃん、て……」
「うん? ……ああ、そうか。昨日の事は覚えて無いか?」

こくり、と小さく頷くと少しだけ寂しそうに千羽が笑った。
それが何だか申し訳無くて、黒鶴は何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返し。
頭の上からくすくすと聞こえてくる笑い声にきょとんと目を見開く。

「昨日の君はな? 熱のせいで子供返りをしていて、俺のことをにぃたにぃた、って呼んでたんだぜ」
「え……え、えええ!?」
「ははっ、その様子だと本当に覚えて無いんだな。離れようとしたらぐずって大変だったんだぜ」
「ご、ごめん……」
「いや……悪かったな、今まで。君が警戒するのも無理はない」

しょんぼりと肩を落とす様はらしくなく、けれど黒鶴の知っていた千羽というのはその程度なのだと考え直した。
雛鶴を大事に思うあまり、少しブラコンな所があると聞いている。
ブラコン、というのがどういう事かはよく分からなかったけれど、千羽にとって自分はよそ者だから仕方ない。
むしろこうやって面倒を見てくれた分、有り難いことなのだと思う。

「君は一人でもよくやってる。十分すぎるくらいな? だからまあ……たまには頼ってくれて良いぜ」
「あり、がとう……」
「よし、目が覚めたなら飯にしよう。ヒナもそのうち起きてくる頃だ」

ぽんぽん、と頭を撫でられて離れていく温もりに、思わず手を伸ばして千羽を引き留めてしまった。
驚いた千羽が目を瞠り首を傾げるのを、何度か迷って口を開いた。

「ありがとう。あの……千羽、さん」
「……千にぃ」
「え?」
「君が良ければ、千にぃって呼んでくれないかい? 弟が増えたみたいで嬉しい」
「ん……ありがとう、千にぃ」

弟、黒鶴も弟という身内に含めてくれるのかと嬉しくなり笑って頷く。
ずっと兄という存在に憧れていた夢が叶い、嫌われていなかったのだと分かって安堵した。
何より覚えていなくても、千羽が触れる温もりに安心したのも確か。
千羽もふわりと柔らかい微笑みを浮かべた事で、認められたのだと分かる。
久しぶりに出した熱は、けれどそう悪い物でもなかったのだった。

すたばれ。てがみ。

拝啓 鶴丸、一期さん

改築の許可、ありがとう。
あれから長義と南泉、白月が家に引っ越してきたんだ。
一階の二人が使ってた部屋を俺と白月が、二階の新しい部屋を長義と南泉が使ってる。
白月と一緒に寝てるんだけど、良い匂いがすると思ったらお香を焚いてるんだって、良い匂いで俺は好き。


「いちー! たずから手紙来てたぞー!」

宗近の持つ別荘を借りて一週間、以前に出した手紙の返事を受け取った鶴丸は笑みを浮かべて一期を呼ぶ。
淡い水色の封筒は長義に貰ったと書いてあり、共同生活は順調のようだ。
今一期と鶴丸は天空の庭と呼ばれる名で有名の渓谷都市に居た。
眼下に広がる棚田には果樹が植えられており、朝靄の中で見える光景はまさに天空の庭と呼ばれるに相応しい光景だ。
一期の旅行に着いてきて分かった事だが、人の手が入らない場所へ行くことが多く危険な場所も多い。
自分も着いてきて良かったと心底安堵したのは、一度や二度では済まない。

「たずさん達はお元気そうですか?」
「ああ、上手くやってるみたいだ。人付き合いなんてろくにした事が無いから心配だったけど……」
「ふふ、あの子は貴方が思うよりしっかりしてますよ」

嬉しそうに笑い、鶴丸が読み上げる手紙の内容に耳を傾ける一期。
鶴丸にとって黒鶴は病弱で身体の弱い、滅多に会えない弟のようなもので心配が先に勝る。
けれど、同じく弟の多い一期の方が兄歴は長い分、自分より見えるものがあるのだと思うと少しだけ妬ける気がした。
これは勿論、そういう一期の一面を引き出した黒鶴に対して、だ。
コーヒーを注いでくれた一期が鶴丸の座るソファの隣に腰掛け、先を促してくる。
肩を抱く手に頬を擦り寄せ、胸元に頭を預けて再び手紙の文字へと視線を落とした。


朝は長義がご飯を作ってくれて、昼は俺、夜は二人で作ってるんだ。
収穫した野菜を使ってレストランに出す試作品を作ってくれて、好き嫌いが多かった俺でも食べれるものが増えた気がする。
俺は食べる量が少ないって言われるけど、白月は食べる量が多いみたいで、長義と南泉も驚いてた。
この間は、森にいる新しく出来た友達、のところにも届けて、美味しいって褒められたんだ。
えっと、二人が帰ってきたら、食べて欲しい……かも。
一期さんみたいに上手じゃないけど、褒められたんだ。


「ふふ、褒められたのがよほど嬉しかったんですね」
「うん、そうだなぁ。たずがこうやって自分から何かしたいって言うの、初めて聞いたかも」
「そうなんですか?」
「どっちかっていうと、俺がたずに何かしたいっていう方が先に立って……うん、多分初めてだな」

いつも鶴丸が何かをするまで、ぼんやりと過ごす事が多かった従兄弟を思い、成長にじんわりと胸が熱くなる。
嬉しいような、寂しいような、不思議な心地だ。
気には掛けていたけれど一緒に過ごす時間というのはほとんどなく、近いようで遠い、そんな存在だった。
黒鶴が農場へ来たのも、身体の為に良いんじゃないかと鶴丸が働きかけた事が大きい。
改めて、彼を呼んで良かったと思った。

「それにしても、良かったですね。元々改築予定でしたけど、何事もなかったようで」
「清麿は流石に腕が良いよな。水心氏の面倒も見たはずだけど、その辺りはどうなったんだろう?」
「他の方が上手くやったのでは?」
「ああ、そっか。長義や南泉に任せれば、あの二人は慣れてるしな」


あと、そう、農場に新しい仲間が増えたんだ。
白い子猫。
いつの間にか軒下に居たのを見付けて、母猫が居ないから世話をしてたんだけど、懐いたみたいで。
鶴丸って、猫は大丈夫だったよな?一期さんはどうだろう。
もし、農場ではダメってなったら、長義が引き取って良いって言ってくれてるんだけど……。
二人が良いなら、このまま子猫も一緒に住みたい、な。
五虎退っていうんだ。
トラみたいな白と黒の毛で、大人しくて良い子なんだ。
千にぃは牧畜を増やす分には問題ないって教えてくれた。
……だめ、かな?


「む……」
「白い子猫ですか、良いですね! つる?」
「……猫は良いけど……何で千羽は千にぃなんだ。それなら俺は鶴にぃじゃないか?」

ここには居ない黒鶴に対して恨めしい気持ちが現れ、思わずジト目で手紙を見る。
そんな鶴丸を冷ややかに見つめた一期はため息を吐き、胸元に預けられた頭に頬を擦り寄せた。

「良いじゃないですか、あちらは雛鶴さんのとはいえ本当の兄ですし」
「俺だってたずの兄貴だー!」

ぶーぶーと文句を言いながら腰に手を回してぐりぐりと頭を擦り寄せて甘える鶴丸に苦笑し、一期はおざなりに返事をする。
それより手紙に続きはないのかと促せば、自分も気になったらしい鶴丸が渋々読み上げ始めた。


牧畜はウシとニワトリをまず飼おうと思ってて、名前を付けてあげると良いんだって。
二人に聞いてから名付けをして、飼おうと思ってるんだ。
あ、でも鶴丸はネーミングセンスないからダメ。
一期さん、何か良いの思い付いたらよろしく。
えっと、あとは、……手紙って苦手だ。
日記みたいになっちゃうし、ちゃんと読めてる?変じゃない?


「あ、この気持ち分かる。俺も手紙って何書けば良いか悩む方」
「そうですね……近況報告をするにしても、こまめにやり取りをしていると早々書くことはないですし」

うんうん、と二人で頷き合う。
それでも手紙を止めないのは、届くまでの間が楽しみだというのが大きい。
鶴丸は一期と遠距離恋愛をしていた時も、想いが通じ合った後も、やはり一期からの言葉を楽しみにしていた。
そうしてやり取りした大事な手紙は、今も箱に入れて大切に仕舞ってある。
寂しい時も嬉しい時も、一期と離れている間に何度も読み返した鶴丸の宝物だ。


あ、そういえば、白月が白化症だって話しはしたよな?
友達が、うつろの精霊を倒せば記憶が戻るかも知れないって教えてくれたんだ。
だから、鶴丸は止めるだろうけど今度皆で鉱山に行ってみる。
無茶だって言われても、やる。
から、先に謝っておく、ごめん。
早々 黒鶴より


「――っはああぁぁぁ!?」

読み上げると同時、鶴丸は思わず驚きに声を上げた。
しな垂れていた身体を起こし、何度も手紙の同じ部分を読み返す。
どう見ても鉱山に行く、としか読み取れず、それはスターデューバレーに住む誰しもが危険な場所であると知っていた。
そんな場所へ行くことを許すとは、他の三人は何をしているんだと焦り、戸惑う。
一期も手紙の内容と鶴丸の反応に驚き、暫し言葉をなくしていた。
が、不意に何かを考えるように顔を俯け、鶴丸を見て口を開く。

「つる、このままだと無謀な挑戦をするかも知れません」
「だ、だよな、え、どうしよう……宗近? いや、鶯か緋翠……手紙を出して止めた方が良いよな? 髭切は何してんだ……」
「ええ、ですからまず、つるがテストしてはどうです?」
「……テスト?」

ぽかん、と阿呆の子の様に口を開いて固まる鶴丸。
その顔を見て噴き出さないように空咳をして、一期は頷いた。

「鉱山へ行くには髭切さんの許可も必要ですよね? それ以外に、貴方も試験を出すのはどうでしょう」
「試験、ってどうやって……」
「……スライムハッチ」

短く切られた言葉にはっと息を詰め、鶴丸は顔を青くする。
それは町の人間なら誰しもが知る診療所を勤める夫婦のお仕置き方法。
かつて何度か過ぎたイタズラをした鶴丸はお世話になった事があり、そのおぞましさと若干の気持ち好さにハマりつつある。
というのを脳内で反芻した鶴丸は赤くしたり青くしたりと忙しく顔色を変え。

「ぐ、ぐちゅぐちゅで、ぬるぬるの……ずるずる……」
「はいはい、貴方が好きなのは分かりましたから」
「好きじゃない、好きじゃないぞ! 気持ち悪いしどれだけ泣いても許して貰えないし身動き取れないし……その……熱くなるし……」
「はいはい、それでですね。あれなら人の手で管理している分、力を付けるにはもってこいでしょう?」
「う……まあ……国兄が世話してるって言ってたしな……。力試しにも良いかも……」

もじもじと、開いていた足を閉じて膝を擦り合わせ顔を赤くする鶴丸を無視し、一期は頷いて見せた。
例え帰った時に鶴丸がそこへ通っても、最終的には一期が色々と世話をする事になるのだ。
そうなるのなら一石二鳥、いや三鳥くらいの勢いで一期は肯定した。
手紙では今にも行きそうな雰囲気だが、実際に行動するまでには説得と準備で時間が掛かるだろう。
それを見越した上で、まず手紙で伝えてから鶴丸は一度帰郷をした方が良いと伝えた。

「それは良いけど、いちは?」
「私は日程を早めて次の町へ向かい、資金繰りをしておきます。つるはハッチの建築と試運転を……盛らないで下さいよ?」

一緒には行ってあげられませんからね、と耳元で囁けばとろりと潤む目を向けてくる。
完全にスイッチが入ってしまった鶴丸に苦笑し、ひとまず手紙の返事は置いておこうと彼のお姫さまを抱き上げて寝室へと消えるのだった。

すたばれ。おはよう。

目蓋の裏に日差しを感じ、ふわりと浮き上がるように意識を取り戻す。
瞑った目は朝の気配を感じ取り、けれどまだ残る眠気に目を開けるのを惜しむ。
鼻先を掠める潮の香りと、それとは違って柔らかく落ち着く仄かに甘い香りに意識は移る。
どこかで嗅いだことのある香りをもっと吸い込みたくて、黒鶴はもそりと寝返りを打った。
そうして強くなった香りに口が緩み、頭を擦りつけて楽しむ。
柔らかい匂いとは違う堅さと、何よりも心地よい温かさに微睡んだ。
抱えるようにしていた脚を伸ばし、触れる温かさを足先で追って絡める。
きゅう、と堅い何かに腕を回して温もりと香りを楽しんだ。

「……白月、たずは?」
「しー……よく眠っているようだ」

耳朶を打つ掠れた声と、優しい響きにもう一度沈みかけた意識が引き戻される。
今の声は、どこかで聞いた事がある。
しろつき、たず、と言っていた。
たず、たずは、黒鶴のこと。
ともだちの、ちょうぎと、なんせんと、しろつきが、そうよぶ。
しろつき、そうだ白月は友達で。
友達で、昨日から、一緒に暮らすことになった。
そこまで考えてようやく、自分がしがみつく温もりを見る事が出来た。

「おや……起こしたか?」
「……んー……?」

楽しげに細められた瞳は青白く、冬の夜空の月を映す。
目を開けたままぼんやりとする黒鶴の目元を無骨な指の背でなぞり、黒鶴の前髪を掻き上げた。
黒鶴とは反対の白い髪を枕に垂らし、顔を覗き込んでくる目は優しい。

「し、ろぉ……?」
「そうだぞ、おはよう」
「……ぉは、よ……」

掠れて普段より低い声で、回らない舌でオウム返しに言葉を返す。
ぱちり、ぱちりと長い睫を何度か合わせて目を開こうと努力した。
そんな寝ぼけている黒鶴の頭を、髪の感触を楽しむように白月は何度も撫でる。
撫でる度に艶やかで細やかな髪は指の合間をすり抜け、さらりと落ちていくのを楽しんだ。
こうやって人に触れたいと思うのも、触れるのが楽しいと思うのも、今まではなかった事だと白月は自認する。
長義や南泉、黒鶴と過ごした時間の事は覚えていなくとも、身体に残る何かはあったのだろう。
彼らと関わる時、胸の海が波打つのを確かに感じる。
起きようと奮闘しているらしい黒鶴を見て微笑み、いとけない者へ胸の奥に温かみを感じた。
言葉にするなら、恐らくこれが、愛おしい、という感情だろう。
無垢な者、無邪気な者、小さな子供は愛おしい。
その中でも黒鶴はとくに愛おしく、触れていたいと思わせる。
愛らしい、子供。

「起きるか? 寝ていても、良いのだぞ。朝は長義が作るそうだ」
「……あさぁ……、ちゅくう?」
「ふふ、まだ寝ぼけているようだなぁ。よしよし」

寝ぼけている黒鶴の背を宥めるように何度も擦る。
そうしているうち、眠気に勝てなかったようで黒い子供は愛らしい寝顔を晒してすうすうと再び眠りについた。
白月の身体にぎゅうっと抱き着いたまま。
この辺りは背後に木々や渓の関係で朝に吹き込む風は夏でも涼しい。
お陰で子供体温の黒鶴を抱いていても暑いという事は無く、……否、少しは暑いが耐えられなくもない。
眠りながらも頬を擦り寄せ、胸元にしがみついてくる寝顔は愛らしい。
普段は甘えているという自覚のせいか、どこか遠慮がちに触れてくるのだが、今は薄く笑みすら浮かべて安心しきっているようだ。

「……不思議だな」

安心している様を見ると胸が温かく、悪い気はしない。
昨夜はうさぎのぬいぐるみを抱き締めて眠る黒鶴を、背後から抱き締める様に眠った。
起きてもそれは変わらず、むしろ赤子が丸くなるように身をかがめているのを見守り。
それがやがて寝返りを打ち、擦り寄ってくる脚や身体を感じた時に嫌悪感はなかった。
空ろの身となってからは他人の体温を煩わしいと思いはしても、心地良いと思うことは稀。
恐らく幼子のような黒鶴に保護欲のようなものが刺激されたのだと思う。
今はせめて、この幼子が安心して眠る時間を守りたいと思うのだった。



白月に朝の挨拶を交わした長義はそのまま、リビングを通ってキッチンへと向かった。
冷蔵庫にある物は好きに使って良いと言われていたし、何よりこの場で調理をするのは初めてでもないため勝手は知っている。
だが、ふと先程の光景を思い出して手が止まった。
ぐっすりと眠っているらしい黒鶴が、白月にしがみつくように身を寄せていた。
その背を撫でる白月の目は優しく、微笑む姿は親密なそれにも見えて。

「……あの二人、何かあったのかな……」
「んにゃ? にゃにかって?」
「うわぁ!?」

独り言に返答があったことに驚き、跳ねる肩を押さえることも出来ずに振り返る。
眠そうに目を擦りながら、くわりと大きな欠伸をする南泉が居た。

「お、おはよう……」
「ん、はよー……で、にゃにかって?」

癖だけではなく跳ねる柔らかな髪を掻き上げ、首を傾げる姿は猫のようだと思う。
寝起きの南泉を見る機会がやってこようとは。
内心驚きながらも目は離さず、余すことなく焼き付けようと見つめる。

「あ、いや……白月とたず、仲良さそうだったから……」
「んー? ああ……まあ、そんにゃもんじゃねぇ?」
「そう? むしろ白月はたずとは距離を置いてる気がしたけど……」
「白月にゃら、まあ。けど、ヒナとクロはそんにゃ感じだったろ」

言われ、幼き日を思い出す。
確かにヒナとクロはいつも一緒に居て、どこへ行くにも手を繋いでいた。
自分は南泉の後を追ったり、先へ行こうと走ったり。
振り返ればいつだってヒナの隣にクロが居たのだ。

「……そっか。それなら、まあ……あ、南泉、二人を起こしてきてくれる?」

フライパンに広げたベーコンエッグの焼き色を確認した長義は、南泉の言葉に頷いて四人分の朝食をよそい始めた。
今朝はパンとベーコンエッグにポタージュと簡単な朝食だ。
頷いた南泉が二人の眠る部屋に消えていき、直ぐに顔を紅くして出てきた。
何かあったのかと驚きに目を瞠っていれば、

「あいつら、にゃんかあったのか……?!」

やっぱり君も同じ事言うんじゃないか、と長義は思わず笑ってしまったのだった。

すたばれ。共同生活。

ルアウパーティーも無事に終わったその日の夜、改築され二階建てとなった農場の家に長義と南泉、白月がやってきた。
ずっと楽しみにしていたこの日、黒鶴は少し大きいサイズのパジャマにフラワーダンスで買ったウサギのぬいぐるみを抱えて待っていた。

「皆、いらっしゃい!えっと……お、おかえり……?」
「ふふ、ただいま。お邪魔するね」
「おう、たでーまー!」
「今帰った。と言っても、本格的な引っ越しは明日以降だがな」

白月の言うとおり、寝間着や替えの服だけを持った三人は軽い荷物だけを持ち寄っている。
昼間はパーティーの準備をしていた事もあり、荷造りを初めてはいるが持ち込む物の相談などもあって後回しにしていた。
黒い髪の小さな頭に淡い桜色のぶかぶかパジャマ、喜色満面の笑みで出迎えという状況に三人は思わず頬を紅潮させる。
そういう気持ちはなくとも、可愛い事をされると反応してしまうのが男子の性。
おかえり、という言葉とそれに返ってくる声に気を取られていた黒鶴は気付かない。

「にゃあ、それ……」
「うぇ? あ、鶴丸が用意してくれたんだ。同じサイズで良いと思ったんだけど、少し大きかったみたいで……」
「似合ってるよ、可愛い」

男に可愛いというのは褒め言葉だろうか、と口にしてから長義は気付く。
けれど、黒鶴は目を瞠った後に恥ずかしげに、けれど嬉しそうに笑ったので間違ってはいないのだと思った。
黒鶴本人は可愛いより格好良いの方が良い、と口では言うもののやはり言われれば嬉しいようだ。

「たずよ、そのウサギはどうしたのだ?」
「え? あ……。そ、の……きんちょう、してて……」

ぽぽぽ、という文字が聞こえてきそうな程、頬を赤らめて目線を反らす黒鶴。
白月の言葉は誰かに贈られたのか?という意味を含んでいたのだが、この分だと自分で買った物のよう。
更に緊張していたから緩和の為に胸に抱いていた、というのは幼い子供のよう。
恐らく日常的にぬいぐるみを持っていたのだろうと思わせるには十分で。

「今日はお泊まり会だと思って、無理はしないようにね?」
「ん……。あの、白月と南泉、二階で良いかい?」
「え? 新しい部屋なら、たずの方が良いんじゃ……」
「慣れてる部屋の方が、落ち着くんだ。あと、一階のベッドは大きいの一つしかないから……」

言われ、確かに長義は寝れる場所があれば特に気にしない方ではあるので頷いた。
南泉と二人部屋を宛がわれた方が困ったかも知れない、と思い。
むしろそっちの方が色々と進展するのだろうかと悩んだ。
黒鶴の手伝いをするようになってからは、それまでの事が嘘のように普通に行動出来るようになった。
二人だけで一緒に居ることも多くなり、話しをしたくとも出来なかった前とは雲泥の差だ。
ここでもっと仲を深めたいとも思うが、それによってまた仲が拗れるのも困りもの。
どうしたものか、と悩むあまり、つい返事がおざなりになり。

「俺はたずと二人の方が良い。なに、寝付きは良い方でな」
「し、白月!?」
「あー……んじゃあ、二階は俺と長義で。白月、たずをよろしくにゃー」

あれよあれよという間に決まってしまった部屋割りに長義が口を挟むより早く、南泉は長義の空いている手を引いて階段を上り始めてしまった。
まさか言葉を交わすだけでなく、こうやって自然に触れ合えるようにもなるとは。
感動に打ち震えるあまり、されるがままで二階の部屋へと着いてしまう。

「あー……長義、お前奥で良いか……にゃ?」
「……え? あ、うん、どこでも……」

二階に着くやいなや、するりと離されてしまった手を残念だと思いながら口を開く。
南泉と同じ部屋に居られるならどこでも、とはさすがに恥ずかしさが勝って口には出来ず。
上の空で返答する長義を見、南泉は困ったような呆れたような顔で頬を掻いた。
一寸口を閉じ、そして遠慮がちに開かれ、

「……いや、だったか?」

何のことだろうと首を傾げた。
引っ越しが嫌なら最初から来ていないよ、と思いながら南泉が口を開くのを待つ。
何度か悩みながら口を閉じ、

「俺と一緒は、嫌だったか?」

思いも寄らぬ言葉にぎょっと目を剥いて長義は頭を横に振った。

「まさか! どうしてそんな事を気にするんだい?」
「どうして、って……いや、いやじゃねぇにゃら……良いんだけどよ……」

珍しく歯切れの悪い南泉に、本当にどうしたのかと訝しむ。
まさか熱でもあるんじゃ、と額に手を当てるがその様子もなく。
むしろ突然近付いた長義に驚いたように、南泉は目を見開いて固まってしまった。

「俺は南泉と一緒だと、安心する」

精一杯の好意を言葉に、目線を外しながら額に添えた手を外す。
長義の気持ちに気付くとは思えないが、少しでも伝われば良いと頬を赤らめ。
どきどきと鳴る心臓を誤魔化すように、背を向けて着替えに手を伸ばした。
だから長義にはその背をじっと見つめる南泉の、熱の篭もった目線には気付かないのだった。



二階に上がっていった二人を見送った白月と黒鶴は、荷物を置きに部屋へと戻る。
鶴丸が置いて行った新しいドレッサーを運び直しておいたので、白月はそれを使う事となった。
整理するのを、ウサギのぬいぐるみを抱き締めた黒鶴はベッドに腰を下ろして待つ。
じっとしているのは苦手であり、更に前の晩は祭りと引っ越しへの緊張であまり寝付けなかった黒鶴は、次第にうとうとと船をこぎ始め。

「たず? 眠いか?」
「……んー……」

とろん、と蕩ける瞳で掠れる目を擦り、必死に起きようと頭を振る。
その手に手を重ねることで止め、白月は黒鶴の小さな頭を髪の感触を確かめるようにゆっくりと撫でた。
とろり、という目からうっとりへと変わり、気持ち良さそうに目を閉じて身を任せる黒鶴。
親に懐く子か、飼い主に懐くペットか。
心境は分からないまでも全幅の信頼を感じた白月はほっそりと笑みを浮かべ、

「引越祝いは明日にして、今日はもう寝ようか」
「……んー……?」
「たず、寝るぞ。おいで」

完全に船をこぎ始めた黒鶴を、先にベッドの中に入って手招く。
するすると、白月の掲げる腕の中に音も無く収まった黒鶴は、うさぎを抱き締めたまま白月の腕と胸に頭を預け、くぷーくぷーと鼻を小さく鳴らして本格的に寝入り始めた。
それをくすぐったい気持ちで抱き締めながら、胸に感じる他人の体温を心地良く感じて白月もまた寝付くのだった。
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