秋の匂いが濃くなってきた縁側で隣り合って座り、団子をおやつにお茶を汲み交わす雛が二人。
一人は黒い髪に白磁の肌を持ち、蜜色の瞳を眠たげに揺らしている鶴丸国永の亜種、黒鶴だ。
もう一人は本丸の主が最愛とする人間であり、紫銀の髪に紅い瞳を持つ時渡りの寵児、朱璃。
黒鶴は彼の護衛として、そして世話役という名目で傍仕えを命じられている。
けれどもその中身は子猫のじゃれあいや友人同士の付き合いと何も変わらない。
奔放な黒鶴は戦いよりも日々の営みを好み、当初は魂の摩耗から人間性の希薄だった朱璃に主以外との関わりを配慮した組み合わせだった。
「んー……この団子おいしー……」
もにもにと団子を噛みながら寝そうになるという、まるで子供のような反応をする黒鶴。
けれど秋を満喫している黒鶴とは違い、朱璃はおやつに手を出すでもなく湯飲みを握り締めている。
いつもぼうっとしている方ではあるけれど、それとは違う迷いのような気配を感じ、黒鶴は朱璃の整った顔を下から覗き込んだ。
「朱璃、どうかしたのかい?」
「ん……れいあ、が……」
「怜鴉? 主が?」
こうやって意思を持って会話を出来る程に快復したのは、怜鴉が朱璃を慈しみ、時節の流れを固定せず現実の流れに添うようになってから。
更に雛、と呼ばれる精神的に幼かったり見た目が幼かったりする亜種の男士達と過ごしたのも良かったようで。
ゆっくりとだが、自分の気持ちを伝えるための、言葉を使うようになり始めた。
「れいあが、わらうんだ」
怜鴉が笑う。
超然とした風体の怜鴉だが、恐らくは人の子。
機嫌が良ければ笑うし、不機嫌なら怒る事もある。
もっともそんな風に機嫌が良い怜鴉など、朱璃の隣でしか見られないのだが。
刀剣男士の中でも黒鶴の事は気に入っているようで、だからこそ最愛の傍に居ることが許されている。
朱璃の言いたい事はまだよく分からず、小首を傾げて言葉を待った。
けれどそれが全てだったようで、手の中の湯飲みを弄んでいる。
「……あー……珍しいよな、主が笑うの」
「そうなのか?」
「うん、わりと難しい顔してるか、笑っても見下すみたいな……」
「? ……みたことない」
「そりゃあ、怜鴉は朱璃が居れば嬉しいもん」
嬉しい、と口にすれば顔を顰めて口を結んだ。
先程から、一体何を言いたいのかと黒鶴は混乱する。
朱璃自身も言いたいことを探しているようで、そういった時は見守る方が良いのだと黒鶴は学んでいた。
なので残りの団子を口に含み、温い茶を飲んで景色を眺める。
前の審神者から受け継いだこの本丸は庭がとくに綺麗で黒鶴のお気に入りだ。
今の主はその息子、実際に血は繋がっていないらしいけれど、朱璃もそうだと聞いた。
黒鶴を顕現したのは前の審神者だと聞いたが、縁が深かったのはその影の方。
以前は時間遡行軍として動いていたらしいが、黒鶴にとっては新しい家に移った程度の認識でしかない。
と、
「うれしい、は……どういうもの?」
「うん?」
「うれしいは、かんじょう。かんじょうは、こころがかんじる」
「うん、そうらしいな?」
「こころ、どうなる?」
嬉しいと心はどう感じるのか。
深く考えた事のない黒鶴は、嬉しかった思い出を探る。
以前は深く考える事を禁じられ、そう出来ないように術を施されていた。
だから黒鶴の記憶というものは、この本丸に来てからのものしかない。
それでも、長義に褒められた時、南泉と遊んだ時、双子鶴といたずらをした時には感じたはず。
そして、
「白月が、隣に来ると……この辺りがきゅうってなる」
白月。
番だと言われ、自然と受け入れていたその存在。
自分は彼の為に居るのだと言われ、そうある事を当然だと思っていた。
そんな黒鶴にも、変化があった。
以前と同じように傍に居てくれる白月に、胸の辺りが苦しくなる事がある。
白月が笑ってくれたり、頭を撫でて、触れてくれる時。
何よりもその朝ぼらけの冬の瞳で黒鶴を見つめてくれる時、胸が苦しくなり、頬が熱くなるのだ。
「きゅう……こころが、きゅう……うん、なる」
「だよな、じゃあそれが嬉しいだと思う!」
「どうして、うれしいになる?」
「え……どうして……」
どうしてだろう。
嬉しいと思うのは分かって、そうなるのは当たり前だと思ってたけれど。
自分を認めてくれるから、でもそうじゃない時も嬉しいは感じる。
団子を食べても嬉しいし、花を見ても、花輪を作っても嬉しい。
今度は黒鶴も難しい表情になり、朱璃と同様に愛らしい顔をむすっとしたものへと変えてしまう。
「あのさぁ……」
「それ、好きだからだと、思うぜ?」
突然空から降ってきた声に顔を上げれば、屋根からだらりと垂れ下がる二振りの白い姿。
小さく神出鬼没な鶴丸国永に、黒鶴と朱璃は驚きに目を瞬かせた。
よ、と軽いかけ声とともに地面へ降り立つ二振りは、手付かずの朱璃の団子に目を光らせる。
一口サイズで食べやすいようにと作られたそれを、朱璃は手に取って雛たちに配った。
「すきは、どういうもの?」
「うれしかったりー、一緒に居たいって思ったりー」
「あと独り占めしたい! でもいっぱいの中にも居て欲しいしー、その中からおれを選んでほしい! なぁ、おつるー?」
「ねぇ、くににぃー? でも一番は、さわってほしいかなぁ」
「さわってほしい……さわる……」
触る、っていうのは少し違うような。
けれど感じ方は皆違うのかもしれない。
それに花や団子には違うけれど、長義や南泉、とくに白月には。
考えているうちに白月が傍に居るときみたいに頬が熱くなる。
隣を見れば、朱璃も紅い瞳を潤ませて頬を桜色に染めていた。
普段は整って涼しげで綺麗な顔が、今は可愛いと思う。
何よりそうやって顔色を変えていると、生きているのだと実感できた。
「わかった。れいあに、いう」
「……え、言うって、何を?」
「すき」
すき、隙、鋤……好き?
黒鶴が固まっている間に、朱璃は普段は見せない機敏さで立ち上がると廊下の奥へと歩いて行ってしまう。
慌てて黒鶴が後をついていくのを、後ろから呑気な声が追いかけた。
「あー、うん、好きって分かると伝えたくなるよな。くににぃ、だいすき!」
「うんうん、分かる分かる。おれも、おつるがすきだぜ」
そうなのか、そういうものなのか。
だから朱璃も、普段はぼんやり後を付いてくる事が多い彼も、自分から動き出したのか。
好きって凄い、好きって強いと黒鶴は感動する。
そうして、大好きな朱璃の口から好きと言われた主を想像し、わくわくとはやる心のままに追いかけた。
朱璃が伝えて、怜鴉が嬉しいと思ったなら。
黒鶴も、白月に伝えてみようと思うのだった。