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鶴丸国永は刀である

鶴丸国永はかつて白い刀剣だった。
月に見守られ、花を愛で、それで満足していた気がする。
気がする、というのは不明瞭だからだ。
神として、人として人格を有していた筈だが思考にもやが掛かったかのように曖昧だ。
分かるのは今の己は光の傍にある事、光を守る事、敵を斬る事。
いつの間にか黒く染まり、黄泉路から自分を求める声が聞こえるようになったから聞く事を放棄した。
眠くなる時、何かを口にしたくなる時、身体が熱を帯びる時と緩慢な変化は、花が、もう一人の自分が管理をしてくれるのに任せている。
ただ光に求められた時に敵を斬り、それ以外は彷徨っている。
まるで暗い夜の中を歩くように、昏い墓に居続けているかのように。
寒いのは嫌だった。

「ほい、国永。ちゃんと噛んで飲み込めよ」
「あむ……」

騒がしい食堂の一角で、緋翠は国永に飯を食わせている。
差し出されるスパゲッティに口を付けてちゅるちゅると吸い込んだ。
言葉のままに噛んで飲み込み、という単調な作業を繰り返している。

「今日はご飯ちゃんと食べてくれるね」
「味分かってるのか、こいつ。せっかくの国兄のご飯なのに……」
「味覚は存在してる筈だ。美味いと思うかは好悪の問題だから分からんが……怜悧、この後は俺達で修練場か?」
「うん、母さんと鶴お兄ちゃんと国永さんで行こうかと」
「確かにバーサーカーは強いらしいけど、暴走する危険があるんだろう? お前に危険はないのか?」
「それは通常の聖杯戦争に於ける場合らしいぞ。カルデアから魔力供給をされているから、後は俺達で止めれば良い」

緋翠の話に釈然としないながらも頷いた鶴丸が国永を見るが、相変わらず美少女然とした顔で変わらずに餌付けされていた。
怜悧はその様子を可愛いなあと漏らしながら笑顔で眺めている。
けれど鶴丸にとっては最愛の母と同じ名前でどこまでも変わらない表情に不気味さすら感じた。

「こいつって、本当に人間なのか?」
「ああ、お前達と何ら変わらないぞ。こうやって飯を食うし、人に甘えてくる事もある。発情する時に下手に抱かれたらこちらが潰されるから、大概は後ろを弄ってやったり口淫で散らしてやる」
「なっ、だか……!?」
「君、未成年の前で何を言い出すんだ!」
「ん? 閨事の話だが……ああ、国永の鳴き声は可愛らしくて極上だぞ」
「え、あの、僕……そういうの気にしないようにするから……」
「全然大丈夫じゃないし気を遣われてるぜ!? 仮にも母と呼ばれるならもっと……いや、何でも無い」

国兄を見習えと言いかけた鶴丸は、むしろ両親自体が恥じらいをあまり感じない人種だったと思い出す。
他の質問なども怜悧の耳を押さえながら何でも無いと全て却下する姿勢を見せれば緋翠が笑う。
そうして国永が食事を終えれば全員でDr.ロマンの所へ行き、皆の力量ならと5回連続戦を設定して貰った。
カルデアへ来てから幾度かメンバーを変えて修練をした事はあるが、今のメンバーでは初顔合わせだ。
緋翠自体は何度か国永と組んだ事はある、というか国永を止める為に緋翠やもう一人の鶴丸は欠かせない。

「怪我は戦闘が終了したら治るけど、無茶しないでね。じゃあ国永さん先攻で鶴お兄ちゃんが追従、母さんは二人のフォローで」
「ああ、任せとけって!」
「承知した。お鶴よ、刀の範囲には気を付けろ。国永は動きが素早いから気にしなくて良い」
「流石に経験者からのお言葉は頼もしいな」
「あと奇声を発するかも知れないがそれも気にしなくて良い」
「一番気にすべき所だな!?」
「僕、最初は怖かったけど少し慣れたよ!」

一体何があるのかと思ったが、戦闘が開始すれば自ずと分かってしまった。
敵を見た瞬間に目の色を嬉々として輝かせ、唸りながら、時に嗤いながら敵を切り刻んでいく様は残虐ですらある。
それを見ながら淡々と符を投げ、炎や大地、水を操りながらサポートに回る緋翠。
鶴丸は国永の姿に記憶の中にある似た姿を思い出しながら刀を振るい、リツキを元の姿にさせて操った。
高火力とも言える圧倒的な殲滅力を見せる三人に、やがて敵の姿は無くなり場が明るくなる。
シュミレーター終了の合図だ。

「皆、お疲れ様! 今日はここまでにしよ?」

傍らで控えていた怜悧がそう声を掛けた瞬間、国永が唸り声を上げながら怜悧へと大振りで斬りかかった。
頭で考えるより早く、鶴丸は怜悧を守ろうと動いている。

「国永、止めろッ!!」
「くにながさ――」

緋翠の怒声に、怜悧の驚く声に、鶴丸の首を刎ねようとした刀は薄皮一枚を斬った所で止まった。
肩で息をしている割りには乱れぬ太刀筋で、爛々と輝く瞳が鶴丸に焦点を合わせた瞬間に悲しげに歪む。
捕縛の為に投げられた緋翠の術を使った縄は、一瞬で国永の身体を緊縛してみせた。
刀はいつの間にか手から消えていて、リツキが肩に戻る頃にはチリチリとした痛みだけが残る。
止まった国永に怜悧も緋翠も安堵の息を吐き、国永は自由の利かない身体を鶴丸に預けて傷跡を舐めてきた。

「うひゃ!?」
「鶴お兄ちゃん、大丈夫? 国永さんを止めれなくてごめんね……」
「俺も反応が遅れて悪い。やはり怜悧に持たせた方が良さそうだな」
「いや、驚いたが怜悧が無事で良かっ……ってすまない、君何してるんだ?」

普通に会話を始める二人に混ざろうとしたが、圧倒的な違和感の前に鶴丸が屈する。
縛られた身体を引き離して国永を見れば、いつもの無表情に少しだけ感じる寂しそうな雰囲気。
鶴丸の手に頭をすりすりと寄せてくる様はまるで謝っているかのようだ。

「国永さん、鶴お兄ちゃんに懐いたのかな? それともごめんねって言ってるのかな?」
「多分後者だと思うが……傷に反応してるのかもな」

例えば見えない傷跡に、と続けられた言葉に内心どきりとする。
ここに居る彼等には見えないだろうが、鶴丸の胸には確かに因縁のある相手との痕が残って居た。
ともすればそれも傷になるのだろうかと思いながら、恐る恐る国永の頭を撫でてみる。
大人しくされるがままだった国永の頬が桜に色づき、上目遣いで薄く微笑まれた気がして少し認識を改めた。
確かに戦闘中は危険な相手だが、悪い奴では無いのだろう、と。
国永は確かに鶴丸の傷に反応していた。
それを舐めたのは治癒の為、そして鶴丸が怜悧を守ろうとした一瞬に見せた昏い瞳に傷を見たから。
同調性、あるいは共通点とも言える昏さは、鶴丸のトラウマを垣間見せた。
心の傷を感じた国永は、この日から五条鶴丸を認識する。
鶴丸国永も、今は黒い刀であるから。

ヒスイの観察日記

ヒスイは隠者にして探求者である。
恐らくそうした傾向と槍をもっている事から彼の神の要素を汲み取ったのでは無いかという説が出た。
つまり、人間観察が趣味である。

「鶴丸国永は本来、刀剣なんだ。付喪神であれ、人間の英雄として扱われる事は無い筈なんだがな」

そんな話を同時期に召喚された違う自分から聞かされては観察せざるを得ない。
どうやらニホンという国で作られた刀らしい。
刀というとシュノが使っていた片刃の剣だろう。
試しに鶴丸と呼ばれる白い青年に話して見せて貰ったが、成る程美しい細工の実践刀だった。
彼に良く似た、いや、彼自身なのだから同一性があって当たり前なのか。
白く儚くもあるそれは優秀の美を兼ね備えている。

「俺の本体なんだから、くれぐれも扱いには気を付けてくれよ?」
「へえ、刀の影響が身体に出るのか。面白いな、他には無いのか」
「面白さだけで折られるのは勘弁だじぇ……。そうだな、それなら国永を観察したらどうだ?」
「国永というと、もう一人のお前か。確か彼はバーサーカーだったな」
「ああ、けど母君……君じゃ無い緋翠な。彼女の使役していた鶴丸国永で、本来は俺より長く顕現していた先輩だ」

そう言われて目の前の白髪に白い和装の美丈夫を見る。
彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて刀を脇に差した。
一方で国永と呼ばれる彼の同位体を思い浮かべてみるが、確かに目の前の彼より長くなった白い絹の髪は年代を感じさせる。
が、少年とも呼べる丸みを残した顔付きなどは薄幸の美少年という儚さがあった。
少なくとも鶴丸より一回りは小さい身体からは幼さを感じる。
ともすればこちらは儚げな美青年だが、あちらは儚さの中に性別を感じさせない美があった。

「てっきりお前の弟だと思って居た」
「いや、どちらかと言うと俺の方が弟みたいで……よく面倒を見て貰ってたんだ。今は闇堕ち、オルタ化?の影響なのかな」

元はアサシンの国永のように面倒見の良い刀だった、と聞いた。
オルタ化と言えば性質が反転する、或いは歪むと聞いていたが国永もその影響か鶴丸とは反対の黒い衣を着ている。
ともすればマスター・怜悧の傍に居るか、温室で休んでいるか、図書室にいるか。
狂戦士とは名ばかりの大人しい奴で、誰かと会話をしている所を見た事が無い。

「興味深いな。怜悧を通せば会話も可能やも知れん、分かった」
「ま、何か分かったら俺にも教えてくれ」
「お前なのに分からんのか?」
「ある程度は分かってると思うんだが、堕ちた経緯については知らない」
「なるほどな、了解した」

神が堕ちる、というのはヒスイも興味があったので二つ返事で了承した。
神は神、反転しようがそのままだろうが性質は変わらない。
そもそも反転する理由も全て内在しているのが神だからだ。
そうでないなら怪物、或いは人に近い何かに変質していたのではないかと仮定する。
鶴丸は国永を、長い年月を人として過ごしてると言っていた。
緋翠は神を人の器に降ろして戦力にするのが刀剣と審神者の関係だと言っていた。
なら、国永は人に限りなく近い存在になっていた可能性がある。

「怜悧、少し良いか?」
「ヒスイ? どうしたの?」

食堂でパフェを食べていた幼い方の怜悧に声を掛ければ、驚いた顔で首を傾げた。
他人を疑う事のない素直さの残る挙動に、レイリとはやはり違うと確信する。

「国永の事を知りたいんだが、仲介役になって貰えるか?」
「仲介が必要だとは思わないけど……うん、国永さんお話ししても良い?」
「いい」

ちょこんと怜悧の隣、現代の鶴とは反対側に座りながら国永は怜悧の顔を見て一言返す。
他のサーヴァントが話掛けても反応は何も返さないが、マスターだからなのか怜悧の声にだけは返事もした。
とは言っても無機質なガラス玉のような紅玉の瞳からは感情を窺えない。
否、ここまで感情を写さないといっそ宝石のようですらある。
見て居る者を誘惑するだけなのなら、いっそ抜き取ってケースに入れてしまうのも良いかも知れない。

「俺の事は誰だか分かるか?」
「……えっと、あの人は誰だか分かる?」
「ひすい、やり」

やはり返事をしない、というより言葉が聞こえていない節のある国永に怜悧が困った顔でフォローに入る。
正面に座れば鶴が不思議そうな顔で覗き込んでくるが無視をした。
国永は相変わらず怜悧の方に顔を向けている。

「じゃあこっちは?」
「つうまる、きしゅ」
「惜しい! 俺の名前は五条鶴丸、つーるーまーる」
「……つーうーまーう?」
「つ、る」
「つ、る」
「よしよし。で、こっちはリツキな」
「りつ、き」

珍しく怜悧以外に反応をする国永に驚きながら様子を見る。
鶴丸は気にして居ないようだが、舌っ足らずな口調を聞くに言語障害が出ているのか。
理解力にまで障害が出ていれば難しい言葉や長い言い回しは通じない可能性も出てきた。
せめて仲間であるという認識があるのかを確認したいが、怜悧が国永の言葉に喜んで他のサーヴァントの事も聞いている。
思えばまともに会話らしい会話をした所を見た事が無い。

「くににぃ、くろにぃ、えみや、れいり、あるじ、ひな」
「雛? お雛さまって母さんの事?」
「……もう一人の鶴丸国永の事じゃ無いか? あいつより年上……らしいぞ、こいつは」
「え? 鶴丸さんのこと?」
「ひな、かたな」

色々な驚きに絶句をするが、この言葉でセイバーの鶴丸国永の証言は裏が取れた。
後はキャスターの緋翠との関係とオルタ化の経緯が分かれば良いのだが。

「ひすい、あるじ、おれ……の、おれ、たすけ、なくし、ヴァア……ア、ガアアアアアアアッ!!!!」

もっと話を、と国永の話を聞いているうちに瞳が初めて揺れ、頭を抑えて身を硬くした。
暴れ出すかと思って身体に力を込めれば、怜悧が国永を抱き締める。
鶴丸によって直ぐに離されたが、その一瞬で我に返ったのか国永が勢いよく席を立って走り去っていった。

「これは驚いたな」
「ちょ、鶴お兄ちゃんなんで止めたの!? 国永さん追いかけなきゃ!」
「あいつが暴れてお前に何かあったらどうするんだ!? あいつは俺かヒスイが追いかけるから」
「ふむ……色々聞きすぎたから混乱したんだろう、後で様子を見ておくから今はそっとしてやれ」

鶴丸の判断は正しいと裏付けておいて、落ち込む怜悧が大人しくパフェに手を付けるのを待つ。
そうして今分かった情報を整理する。
国永は恐らくオルタ化、闇堕ちというのをしている可能性がある。
そしてそれに関わっているのはキャスターの緋翠だ。
突けば面白い話が聞けそうだ、と内心で笑いその場を去った。
やって来た場所は図書室で、和服の女性が本を読んでいる。

「こんな場所へどうした?」
「いや何、国永の事を聞きにな。あいつが闇堕ちしている可能性がある、と言ったら思い当たる節はあるか」

闇堕ち、という単語で緋翠は本を読んでいた手を止めた。
緑の瞳は面白いと笑うヒスイを強く睨み付ける。

「あるな。そしてやはりそうか、と言っておく」
「へえ、予想はしていたのか。経緯を聞いても?」
「つまらん話だ。俺は審神者だが、鬼に堕ちた息子を救おうとした。その為に政府に捕まっている息子を取り返しに行ってな、二人を救った後に政府に俺自身が捕まった」
「ふむ、身分を利用してしっぺ返しを喰らったか。それで、彼は裏切られたと?」
「むしろ逆だ。国永はそれ良しとせず、時間を遡行してでも食い止めようとした。その過程に堕ちた可能性がある」

それを確認する手段は無い、とも言われた。
神にあらざる願いを持ったが故に堕ちた、それは人間に許された手段だからだ。
やはりあの鶴丸国永はとても人に近く、同時に狂気に囚われた成れの果てだとも言える。
ただ一つ気になったのは、

「堕ちると容姿も変わるのか?」
「変化する部分はあるんだろう、特に彼等の刀装は彼等の魂の形だ。だが、俺の国永はあの姿では無かった。他の鶴丸国永の要素を吸収している可能性がある。だから俺はあれを俺の物だとは断じない」
「けれど縁はあるから世話をするのはやぶさかでは無い、と。なるほど、面白い話をありがとうよ」
「暇潰しにはなったか?」
「そうだな、執筆しても良いと思う位には。重要なヒントも貰えたしな」

神と人の違いとやらを突き詰めれば少なくとも彼の神を出し抜く事は出来るかも知れない。
それだけの時間はあるのだ。

はっぴー・さぷらいず

「今日新しい英霊を召喚したから、お兄ちゃんと黒葉お兄ちゃんで様子を見て貰っても良いかな?」

マスターである怜悧が幼い表情で不安そうに首を傾げてくるのは、もう何度目かの行事になっていた。
元々心理学者とカウンセラーを担っていたアサシン夫婦と呼ばれる二人には、こういった新人研修のような物を頼まれる位にはDr.ロマンや怜悧からの信用は厚い。
ロマンは話の行程から、怜悧は幼い故の鋭利な直感から。

「ああ分かった、任されよう。子が増えるのは頼もしい事だ」
「君は誰でも自分の子にしてしまうな。問題ないぜ」

新しい面子というとそれだけで心強く、そして相性や性格などでちょっぴり問題が出てくる。
今度のサーヴァントはどんなタイプが来るやら、と国永は苦笑した。



「……おいお鶴、お前国兄と喧嘩したか?」
「は?」

怜悧と一緒にやってきた朝の食堂。
この間霊基再臨を向かえた事で少女の姿になった緋翠に見上げられながらの第一声。
全く覚えが無かった五条鶴丸は首を傾げる。

「いや、良い。どうせお前に聞いても分かるまいと思って居た。とにかく早く仲直りしろよ」

袖で口元を覆い隠しながらも重いため息を吐かれた事が分かる。
こういう動作が平安生まれの風靡という物なのだろうが、生憎と現代人である鶴丸には理解が無い。
だが、幼い親友の姿にそんな表情をされると心に来る物がある。
色々考えても思い当たる節は無いのだが。

「最近怜悧に構ってたから拗ねた? いや、黒兄が居る状況に限ってまさか。悪戯だってしてないし……」
「母さんはもうご飯終わったの?」
「ん? まあ……お前が食うのを待っても良いぞ」

小さいながらも頭をよしよしと撫でようと手を伸ばしてくる緋翠に、嬉しそうに微笑んだ怜悧が膝を折って撫でられにいく。
ほんわかと和む一時だが、それにしても先程の言葉が気になった。
怜悧を構う緋翠を小脇に抱き上げてカウンターへと近付く。
キッチンの中にエミヤは居なく、桜色の髪を後ろで結んでエプロンを付けた青年が一人。

「あれ、朝なのにエミヤが居ないのって珍しいね?」
「おはよう二人共。ああ、キャスニキが今日は寝坊させるって、昨日まで修練場に出ずっぱりだっただろう?」
「あの子は直ぐに無茶をするからな。良い判断だ」
「それで、二人は何を食べるんだい?」

首を傾げて微笑みを浮かべる、いつも通りの国永の様子に鶴丸は集中する。
何か変な術に掛けられた様子も他人に何かされた様子も無い、全くの平常さ。
けれど緋翠が言った一言が気になった。
自分が国兄と喧嘩をしたのでは、と疑うほどの変化がある。
それが何なのか、何故そんな事になっているのか思い当たる節は無い。

「なあ国兄、熱でも出た? 黒兄は?」
「は? 君は朝から何を言い出すんだ。熱は無いし異常も無い、黒葉は部屋で寝てるぞ」

朝はいつもそうだろう、と言われてしまえば確かにキッチンに入っている間はそうだった気がする。
むしろ鶴丸の言葉に不信感を持った国永が心配そうな顔で覗き込んできた。

「調子が悪いなら寝てくるかDr.に相談しろよ?」
「あ、お兄ちゃん! 僕ね、バジルパスタが食べたい!」
「ああ、いや……俺は大丈夫。ラーメン食べたいな」
「はいよ、じゃあちゃちゃっと作るから待っててなー」

背中を向けて調理にとりかかる様はご機嫌ですらある。
カルデアに来て鶴丸が気付いた事の一つに、国兄はかなりの料理好きだというのがあった。
前から上手な事は知っていたし何でも作れるとは思って居たが、エミヤと料理の話で楽しそうにしている所を目撃した。
他にもカルデアの図書室でレシピ本を読んでいる所も、試作料理を作っている所も見た。
仕事らしい仕事がないと、案外そうやって趣味を深めているらしい。
背中を観察しながらそんなとりとめも無い事を考えて居ると、目の前に料理が差し出された。

「ほい、兄ちゃん特製ラーメンとパスタな」
「……怜悧、気を付けて食えよ」

そう声を掛ける緋翠の言葉を聞きながら麺をすすり、


思い切り噴き出した。


噴き出されたソレは国兄の、国永の用意していた銀盆で跳ね飛ぶ事はなかったが渋い目で見られた。
いや、だって普通熱いけど美味いラーメンの味を予想して食べた時に違う味がしたら同じ反応をするだろう。
そう、ラーメンの見た目をしているならラーメンの味がする筈なのだ。
けれど目の前にあるそれは非情に甘く、何というか、非常だ。

「おいお鶴、食べ物を粗末にするな」
「いやだってこれ、ちょ、国兄俺何かした!? 罰ゲーム!?」
「え?? 鶴お兄ちゃんどうかし……あま!? お兄ちゃんこれ甘いよ!?」

驚いて目の前のパスタを凝視する怜悧にやっぱりかと落ち着いて肘をつく緋翠。
鶴丸の前には嫌悪、ともすれば怒りの表情を顕わにする国永が居て困惑した。

「見れば分かるだろう? 俺の料理が食べたくないならまだしも吐き出すのは頂けないな」
「いやいや国兄、そういう問題じゃ無いって! やっぱり熱ある? 調子が悪い? 誰かに何かされたのか? なあ国兄、本当の事言ってくれ」

肩に乗っているリツキにも鶴丸の緊張が伝わったのか、威嚇の唸り声を上げ始める。
それに対して国永がした事と言えばため息を吐いて銀盆を盾に、反対の手で数種のナイフを指に挟んで投擲の構えをし、

「大人しく座るのと座らせられるの、どちらが好みだい?」

薄らと微笑んで両者でにらみ合い。
入り口からスパンッと発せられる音で全員の注意が扉に向いた。
瞬間、鶴丸は魂が抜けるかと思うほど呆然とした。
そこには桜色の髪の毛に紅い瞳の目の前に居るのと同一人物が居たからだ。
更にその隣には黒髪に少し低い身長の少年とも取れる程顔の整った和風美人が居る。
すぱんと小気味良い音を鳴らせた正体は桜色の髪をした人物が手に持つ袋に空気を入れて潰したからのようだ。
黒髪の人物は耳を押さえて顔をしかめている。

「よ、お鶴おはよーさん。そいつは新入りのアサシンで無頼漢、もしくは新アサって呼んでやれ。仲良くな?」
「第一印象は最悪であろう。しかしこの所業、お前がよく許した物だな」
「え、ラーメンプリンとモンブランパスタは俺の渡したレシピノートに書いてたから。サプライズでエミヤが居ない日を狙ってたのも確かだし……というか本当に俺の考える事ばかりだな、そっちに驚いた」
「え、このお兄ちゃん新アサなの?」
「「ああ、そうだぜ」」

同じタイミング、同じ表情で頷く二人にもはやどちらが本物か分からなくなりそうだ。
黒葉は鶴丸の隣に座ると遠慮無くラーメンプリンを食べ始め、国永がキッチンに入り今度こそ本物のラーメンを作り始める。
のを手伝う国永(?)、という構図である。

「流石、本人になりきるというだけあって料理の腕前も味も国永そのものだな」
「へえ、じゃあたまに俺の代わりにキッチンに入って貰うか?」
「けどそれだとお鶴が混乱して可哀想だろう」
「もう混乱しているから止めてやれ。それと新アサ、お前の姿で自己紹介してくれ」

言外にお鶴を刺激するな、と含めて言ってやれば包丁を持っていた国永が振り返って笑った。
次の瞬間にはするりと影が落ちるような自然さで持って黒髪を後ろで束に縛った青年が笑っている。
にこやかな面はしかし、表情を読ませない独特さがあった。
誰でも受け入れるようでいて、誰も踏み込ませない雰囲気というのは国永によく似ている。

「俺は新宿のアサシン、真名は秘密だから無頼漢でも新アサでも好きに呼んでくれて良いぜえ」
「無頼漢、中国でいう粗忽者の事、だったか」
「ああ。特技は変装、というより他人に成りきる事だな。ただそのせいで自分をたまに忘れちまう」
「所謂ミラー現象って奴に近いかもな。まずここに居る奴等の事を知りたいって言うから俺の姿を貸してたんだ。適役だろうと」
「サプライズに関してはちょっとした挨拶って奴だな」

ケラケラと盛大に笑って席に着く新アサはもう国永らしさなどどこにもない、気さくな青年といった感じだ。
やれやれと緋翠は肩を竦め、怜悧は今度は美味しそうにモンブランパスタを食べ始める。
自分の分と鶴丸の分のラーメンを作り直した国永は俯く鶴丸に手を伸ばして頭を撫で。

「坊やにはちと刺激が強すぎたかい?」
「…………金輪際、国兄と黒兄の真似はすんな。あと怜悧の真似もだ」
「それはマスターに聞かないとな? まあ国永と黒葉については善処するさ」

自己紹介、というには些か乱暴な触れ合いだったが、怜悧にとっては良い思い出になったのだった。
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