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しあわせのあり方

 

 

体を小さく丸めて眠りに就いていた怜悧と朱乃は朝のまぶしさに目を覚ました。
ぬくぬくと温かい布団からなかなか出られずに居ると、こんこんとドアがノックされる。
「起きてるかちび共ー」
お盆に二人分の朝食を乗せた国永が立っていて、ちゃぶ台にお盆を置いていく。
「今日は寒いからな、布団から出てこれないんじゃないかと思って。
あ、あと今日は前に言った行商をしている弟夫婦が帰ってくる日なんだ。
君たちを紹介しておきたいから飯を食い終わったら下に降りて来てくれ」
「判った、怜悧おきろ」
朱乃が国永の話をおとなしく聞いている間、怜悧はうつらうつらと夢の世界からまだ抜け出せずにいた。
「嫌いなものが判らないから、嫌いなものがあったら残していいぞ」
「ん、わかった」
眠そうな怜悧をささえて二人仲良く食事を始めた所を見届けて、国永は店の方に降りていく。
「子供達はどうであった?」
黒葉がキッチンで甘い香りを漂わせながら国永に目線を向けた。
「やっぱり布団からは出てこれなかったみたいでな、今飯食ってるぜ」
ぎゅっと絡みつくように自分より小さな黒葉の体を抱きしめ、甘える様に頬を寄せる。
「そうか、ならあの子たちが帰ってくる前に俺達も食事にしよう」
フライパンの上には美味しそうに焼けたパンケーキがほかほかと湯気をあげている。
「ふふ、黒葉のパンケーキはいつもふわふわで美味しいから大好きだ」
「そうか?ならお前のは生クリームを多めにしてやろう」
「ありがとう」
にこりと笑って黒葉に触れるだけのキスをすると、盛られたホットケーキにクリームやフルーツを乗せて二人でカウンター席に座る。
遅めの朝食をとって、そろそろ店を開ける時間が近づいてくると、店の裏口が開く音がしてどたどたと足音が響いてきたのに気が付いて国永は少し頬を緩めた。
「国兄!黒兄!ただいま!」
国永によく似た容姿の青年が両手いっぱいに荷物を抱えて店内に入る扉を開けた。
「貴方はまたそうやって乱暴にドアを…
国兄さん、黒兄さん、慌ただしくてすいません…」
「おかえりお鶴、吉光。
疲れただろう?今お茶を淹れるからそこに座っててくれ」
「お土産いっぱい買ってきたんだぜ、これは黒兄用、こっちは国兄用」
山盛りの紙袋をテーブルに置いて中身を取り出していく。
「これが今回の納品分です」
「ふむ、ありがとう。
……予定よりも大分多いな、また無理をしたのではないか?」
「ほんのちょっとだけだぜ?」
肩を窄ませて悪戯っ子みたいに微笑む鶴丸は紙袋の一番底から厳重に保管された箱を取り出した」
「それと、これがヒスイに頼まれてたやつだ。
ここに来る前に教会に寄ったんだけど長期不在って言われてな。
アイツに預けておくとどこに置いたか忘れるだろうから黒兄が預かっていてくれ」
ずっしりと重いそれは触れただけで異質だと分かる。
「成程、これはヒスイにしか扱えぬだろうな…
判った、これはうちで厳重に保管しておこう」
黒葉が受け取った箱をしまおうとしたとき、上から怜悧と朱乃が手を繋いで降りてきた。
「おや、起きてきたか」
「おはよう…あの、えと…ごはん、おいしかった」
見知らぬ二人に気が付いて怜悧が朱乃の後ろに隠れて、小さな声で言った。
「残さず食べれたようだな、よしよし。
怯えることはない、これは国永の弟で鶴丸といってな、行商をしている。
隣に居るのは鶴丸の夫で吉光だ」
「随分小さな子ですね、迷い子ですか?
私は一期吉光といいます、よろしくお願いしますね」
2人に目線を合わせる様にかがむと、怜悧がひょっこり顔をのぞかせる。
「いち…おにいちゃん?は、ぎょうしょう?をしてるひとなの?
ぎょうしょうってなぁに?」
好奇心は旺盛なのか、朱乃の後ろに隠れながら怜悧が興味津々とい言った様子で吉光に問いかけた。
「行商というのはですね、皆さんに必要な物をあつめてお届けするお仕事の事ですよ」
「…」
背後で鶴丸が見定めるような視線で二人を見る。
「この子達は先日迷い込んだばかりの子でな。
こちらの子狐は怜悧、子鬼は朱乃という。
お前達の仕事を手伝う事もあるだろうから面倒見てやってくれ」
「あ、ああ…でもこんな子供に危ないことはさせられないし…」
「つるおにいちゃん?」
怜悧が鶴丸の足元に歩いていき、にぱっと笑って両手を伸ばして抱っこをせがむ。
「人懐っこい子だろう?しかもモフモフだぜ?」
奥から国永がコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってきた。
「耳と尻尾はまだしまえないのか?椿には相談しに行ったか?
あいつならきっと力になってくれるぜ?」
「?」
「いや、まだ他の連中には会わせてないんだ。
2人の体力の回復を待ってるのと、ここでの生活にまずは慣れてもらおうと思ってな。
それに一気にいろんな奴に合わせても混乱するだろう?」
「朱乃、二人は行商であちこちの世界を渡り歩いておるでな、お前の兄の事を頼んでみるとよいぞ。
もしかしたらどこかで見かけることもあるかもしれぬ」
すると朱乃は、はっとした表情を見せた。
「あ、の…俺…双子の兄とはぐれて…この世界にきて…
兄をさがしてるんだ、もし見かけたら教えてほしい。
俺と同じ紫銀色の髪と、綺麗な赤い目をしていて、左側に二本の角があるけど一本は折れてるんだ…名前は朱璃」
「判りました、もし見かけたら朱乃くんが探していた事をお伝えしますね」
「あ、りがと…」
余り人に成れていないのか、ぎこちなく笑って礼を言う朱乃に吉光はやさしく笑いかけた。
「怜悧と朱乃は知り合いってわけじゃないのか?」
「ぼく、ずっと誰かに追われて…おかあさんが、僕を……
あ、いや……おかあさん、僕ににげろって、いって、手が離れて…
怖い匂いが、おおきなこえが……なにか、やける、ああああああっ!!!!」
鶴丸の腕の中で怜悧が恐怖に青ざめて体を震わせながらぎゅうっと鶴丸にしがみ付いた。
「怜悧!?大丈夫だ、俺が必ず守ってやるから!」
ぎゅっと抱きしめて安心させるように怜悧の背中を撫でる鶴丸の瞳が、昏く歪んでいることに黒葉と国永は気が付き、すぐに怜悧を取り上げた。
「落ち着け怜悧、ここには君に危害を加えるものは何もないぞ?」
真っ青になったままがくがくと震える怜悧を落ち着かせるために国永が抱きしめて頭を撫でる。
朱乃が心配そうにその様子を下から見上げている。
「おにいちゃん…おにいちゃん、おかあさんみたい。
あったかい…おかあさんもよくこうしてくれた」
ぎゅっと肩口に顔をうずめる怜悧に手を伸ばそうとした鶴丸の手を、吉光が掴んだ。
「貴方ものもではありませんよ」
そういわれて、はっとして慌てて手を戻すとおとなしく怜悧の様子を見守る。
「いち…ごめん」
きゅっと掴まれた手を繋いで、吉光に寄り添うようにもたれかかると吉光が黙って肩を抱いた。
「今回は少し無茶をしたので疲れているみたいですね…」
「折角入れてくれたんだし、これを飲んだら少し休ませてもらうな」
鶴丸が国永の淹れたコーヒーをぐいっと飲み干して、からようやく吉光に連れ添われて立ち上がり、自分たちの部屋に引き返していく。
「さっき、すごく怖い目をしてた…
あのひと、どうしたんだ?」
朱乃が不安そうに国永を見上げる。
国永は怜悧を抱き上げたまま、困ったように微笑んだ。
「あの子は本当はとても優しい子なんだ…
ただ、優しすぎて全ての苦しみを一人で背負おうとしてしまう…
さっきは怜悧は過去を思い出して取り乱したことで、変なスイッチが入ったんだろうな。
怜悧を守りたいって気持ちが溢れて変に暴走しそうだったから、その前に取り上げさせてもらった。
怜悧もびっくりしただろ?ごめんな」
怜悧は首を振ってぎゅっとしがみつく
「つるおにいちゃん、こわくないよ。
つるおにいちゃんのほうが、なにかこわがってるみたいだった」

 


「いち、いち…」
「はい、ここにいますよ。
貴方のそばにちゃんといます」
2人っきりの部屋、ベットにもつれる様に倒れこみ、吉光にきつくしがみ付く。
「お、れ…あの子に何を…あんな小さい子が怖い目にあって…だから守らなきゃって思って…
母親、多分殺されたんだろう?焼ける匂いっていってた…血の匂いも…
きっと、毛皮をはがされて、肉を…あの子はそんな光景、見てたかもしれないんだろ?
守ってあげないと…って、俺また暴走してるな…」
「あの子の母親は残念でしょうけど、それでも命がけであの子を逃がしたんですから、それにここに居ればそんな目にあうこともありません。
「ああ、そうだよな。国兄と黒兄が付いているんだ…あの子たちはもう怖い思いをしなくてもいいんだ…」
「全部を助けることは無理だと、あなたが言ったんでしょう?
それにあの子たちは可哀想なみなしごではありません。
あんなに小さくても、お互いに身を寄せ合って必死に生きている。
だからあなたは必要ないんです。
貴方は、私だけのものです、私以外の事など考えないでください」
抱きしめた鶴丸の体を大事そうに抱き込んで、唇を乱暴に重ねた。
息をつく間もないほどに激しいキスを繰り返され、鶴丸の瞳が次第にとろんとして、弱弱しく服を掴んでいた手が首に回される。
「ん、はぁ…いち、いちしゅき…もっとぉ…」
「ええ、今回はちょっと無茶しましたから、少しゆっくりしていきましょうね?」
そういってベットに鶴丸を押し倒して首元からキスを落としていく。
「うん、うんっ。
おれ、がんばった、ほめて、いち。いっぱい、いっぱいほめて?」
幼い笑顔を浮かべて、ぎゅっと抱き着いてくる愛しい妻。
吉光はにこりと微笑んで鶴丸とベットに深く沈んだ。
「あいしてる、いち。
俺がまた、判らなくなったら、ぎゅってして?」
「ええ、ぎゅっとします。
貴方を必ず幸せにすると国兄さんにお約束しましたから」
「うん!」
鶴丸がこんな表情を見せるのは信頼している兄と吉光の前だけ。

 

「昨夜はお楽しみだったようだな」
朝起きてきて真っ先に黒葉が口元を釣り上げて微笑んでいて、鶴丸は頬を赤く染めながら俯いて隣に座った。
「あの…あの後、あの子達…」
「驚いてはいたが、薄々感じ取ってはいたようだ。
特に怜悧は他人に酷く敏感な様でな、お前の方が怖がっているのではと心配していたぞ?」
「そ…っか。あれ、国兄は?」
「子供達を連れて畑に行っておる。
朝食に使う野菜を収穫しているんじゃないか?」
「…ありがと、黒兄」
鶴丸は席を立つと店の隣にある畑の方に向かって歩いて行った。
「あ、つるおにいちゃんだ!」
どろんこになった怜悧が畑の中からぴょこんと顔を出した。
「つるおにいちゃん見て見てー!」
ひょこひょこと怜悧が手に持っていたのはジャガイモの蔓だった。
「つるおにいちゃんおいも好きなんでしょ?
ぼく、朱乃と一緒に一生懸命とったんだよ!すごい?すごい?」
「俺の為に、とってくれたのか?」
「うん!だっておにいちゃん辛そうだったから、あのね、そういう時はね、おいしいものをお腹いっぱい食べるとげんきになれるっておにいちゃんが言ってたの!」
「怜悧、朱乃も…ありがとうな?」
「俺は別に…朱璃のことで、協力してもらうから…」
鶴丸はそんな二人に微笑みかけてから、最愛の兄を見上げた。
「国兄、この子たちは俺が絶対守る。
傷つかない様に、大切に、心ごと全部守ってみせるから!」
その鶴丸の表情は柔らかな笑顔で、落ち着いた様子だったので、国永は安心して頷いた。
「ああ、そうしてやってくれ
この子たちはまだ幼いからな、頼りになる兄ちゃんができて良かったな二人とも?」
「うん!僕いつかつるおにいちゃんとお外の世界に行ってみたい!」
「俺も…自分で朱璃を探したいし…怜悧ひとりじゃあぶなっかしい」
「あはは、そうだな。お前達がもう少し大きくなったら俺の仕事を手伝ってもらおうかな…
それまでに黒兄からいろんな仕事を受けて腕を磨いておけよ?」
2人の頭を撫でる鶴丸の優しく微笑む姿に、国永は安堵した。
兄に異常な執着を持っていた鶴丸は時折ああして気持ちが先走ってしまい、大切にしたいという欲が溢れだしてしまう瞬間がある。
幼いころはそれを全て国永に向けてきて、どこへ行くにもつきっきりで、まるで国永の行動を全て把握していないと気が済まないといったようにどこにでもついてきて離れなかった。
国永もそれを許容してしまい、自らの精神をすり減らして弟の心を守ってきた。
一期吉光が現れるまでは。
一期は本当に鶴丸にとっての特効薬のような存在だ。
不安定な鶴丸を唯一御しきれる存在。
「鶴、今君はしあわせかい?」
鶴丸は振り向いて幸せそうに笑った。
「うん、幸せだ!」
「ならよかった。さて、朝飯の準備でもしようか!
三人とも手伝ってくれるな?」
「はーい!」
収穫した野菜をもって、とてとてと幼い二人が国永の後をついていく。
鶴丸もそれに従ってついていく。
とても大切で、一番愛しい旦那様が起きてきて、嬉しそうに微笑む姿を想像しながら。

 

墓守ぱろ1


目の前が、真っ赤になった。

悲鳴、血の匂い、火の燃える音…

何が起こったのか判らなくて

必死にお母さんの手を握って

その手が解けて、墜ちていく。


「おかあさ――――」

 

 

目が覚めるとそこは冷たい石畳の床に寝そべっていた。
見たことのない景色、細長い建物は上までらせん階段で続いていて、ぽっかりとした空洞になっている。
上からは光が漏れていて、そういえばここに来る前に光を見た気がすることを思い出した。
「…ここは…」
あたりを見回して、すぐ隣に紫銀色の髪の少年が目に入った。
「あ、の…あの……」
「…う、しゅり…」
怪我をしているのか、その少年からは血の匂いがした。
何も覚えていないはずなのに、体ががくがくと震えだす。
嫌だ、この匂いは怖い…
震えている体をぎゅっと抱きしめると、目の前の少年が気が付いたのか、綺麗な菫色の瞳が自分を捕らえるのが見えた。
「…しゅり…しゅりは…?ここは……お前、震えてるのか?」
「怖い匂い、お母さんが、いなくなった時の匂いがする」
「怖い匂い…?もしかして、血の匂いが怖いのか…?」
何も言えないでいると、その少年は困ったように少し離れた。
「い、や…おいて、かないで…!おかあさん!」
突然しがみ付いてきたことに驚いたのか、鋭い爪が頬を掠めた。
熱くなった頬からジワリと赤い血があふれだし、じくじくと痛み出すが、そんな事よりも恐怖の方が勝っていた。
血の匂い、火の燃える音、誰かの悲鳴。
繋いでいた手が離れていく感触、それが怖くて、ただひたすらに目の前の少年にしがみ付いて泣きじゃくっていた。
「俺の名前は朱乃だ、お前の名前は?」
「…ひっく、れ、怜悧…」
「そうか、怜悧。大丈夫だ、怖くない。
俺が一緒に居てやるから、泣くな?」
よしよしと優しく頭を撫でられて、それがひたすらに嬉しくて、怜悧は初めてふにゃりと笑った。

 


「おや、久しぶりのお客様の様だぞ」
いつもの定位置となっているカウンターの一番奥の席に座っていた黒髪に銀の瞳を持つ少年の様な風貌の青年が顔をあげ、窓から見える灯台の光を目で追った。
彼らの住む「幽世亭」の真裏にある小さな丘にある灯台が灯ると、迷子の魂や人ならざる者が迷い込んできた証。
「そうか、じゃあ迎えに行ってやらないとな。
きっと目が覚めたら知らない場所で困惑していることだろうし」
後ろで食器を洗って居た桜色の髪の青年が微笑みかけると、黒髪の青年が立ち上がって手を差し伸べた。
「では、迷える子を迎えに行こうか」
「ああ、黒葉。君の思うままに」
黒葉、と呼ばれた黒髪の青年の手を握り、桜色の青年がやんわりと微笑む。
そのまま二人は手を繋いで幽世亭の裏にある灯台に向かった。
重圧な扉を軽々しく開けると、小さな子供が二人、身を寄せ合っていた。
「これはこれは、珍しいな。妖狐に鬼か…」
突然開いた扉と、聞こえた見知らぬ声に小さな妖狐はあからさまに恐怖を示し、その妖狐を守る様に抱きしめた子鬼は黒葉をにらみつけた。
「余程酷い仕打ちを受けたらしい、国永。その子鬼を手当てしてやれ。
ほら、そこは冷えるだろう?こちらへおいで。かえって温かい飲み物でも淹れてやろう」
警戒をむき出しにする子鬼に抱きしめられた妖狐に向かい、微笑みかけて手を広げる。
「怪我をしているところを見せてくれないか?
手当てしたいだけだ、何もしない」
国永、と呼ばれた桜色の髪の青年も優しく安心させるように微笑みかけ、武器の類は持っていないと治療用の道具を全て子鬼に見えるように並べた。
「いやぁ!しゅの、いかないで!どこにもいかないで!」
最初に見た人間を親だと思い込む雛鳥の様に、怜悧は朱乃から引きはがされるのを嫌がった。
「お前たちは兄弟か?引き離したりはしないから安心するといい。
俺も国永もお前達を保護しに来ただけだ。」
「…ほんと?いっしょにいてもいい?」
「ああ、良いぞ。
俺も国永とずっと一緒に居るからな。ああ、これは国永と言って俺の妻だ」
「…俺たちは、兄弟じゃない…目が覚めたらこいつが震えていて…放っておけなくて…
俺は双子の兄と一緒に御山に逃げる途中で…そうだ、朱璃…双子の兄を見なかったか?目が覚めたらどこにもいなくて…」
「いや、ここにたどり着いたのは君たちだけだ。
俺たちは君たちがここにきてすぐにこの場所に迎えに来たから、どこかに一人で行った可能性はないな。
もしかしたら、ここじゃないどこかに転移してしまったか…」
「とにかく話は後だ、まずは帰って温かいココアでも飲みながら話すとしよう。お前達の今後の身の振り方についてな」
黒葉が怜悧をひょいと抱き上げ、国永は治療の終わった朱乃を抱き上げて幽世亭まで運んでいく。
からんころんとドアベルが音を鳴らし、薄暗く演出された照明の中に綺麗に取り揃えられたカウンターといくつかのテーブル席。
そこのテーブル席に二人を座らせて、国永はどこかに行ってしまう。
向かい側に座った黒葉は優しく微笑んで二人の前に座った。
「ここはな、お前達の住んでいた現世と死後の世界であるあの世の狭間にある世界なんだ」
「俺たちは死んだのか?」
「いや、そうではない。
お前達の様に力を持った妖はまれに時空のはざまに落ちてここへ来たり、さまよえる魂がここに来るのに巻き込まれたりして来る事がほとんどでな。だが安心しろ、この世界に居るうちはお前達の身の安全は保障しよう。
丁度空き部屋もあることだし、この世界に慣れるまで自由に歩き回ってみて良いぞ。
怜悧は狐だろうから、後で狐が店主をしている店に連れて行ってやろうな。心配事があれば遠慮なく言ってかまわぬぞ」
「…帰る方法はあるのか?俺は兄を…現実世界に一人で残してきてしまった事になる…」
「そうさな、この世界に来たものはいずれ帰っていく。
時が来たらな。俺たちはそれをずっとここで見送ってきた」
「黒葉は君たちみたいな小さな子供が大好きでな。
良かったら父親みたいに頼ってやってくれ」
国永が温かい飲み物の入ったカップをお盆にいくつも載せて戻ってきた。
「はい、ホットココア。熱いから気を付けて飲むんだぞ?」
「…ほっとここあ?」
首を傾げた怜悧が興味深そうにマグカップを眺めて、それをおずおずと手に取ってみる。
カップはほかほか温かくて怜悧には大きなマグカップを両手でしっかり押さえてからカップを傾けてペロッと舐める。
「――――――――!!!」
思いのほか熱かったのか、怜悧はびっくりしてカップを落としそうになった。
「おっと、危ない!まだ熱かったかい?
結構覚ましてきたと思ったんだが…ココアはあったかいほうが美味しいからな」
そういって国永は怜悧のカップを取ってふーふーと息を吹きかけてココアを冷ます。
黒葉は差し出されたココアを美味しそうに飲んでいる。
朱乃はそれをじっと見てから自分のカップに手を付け、そっと口元に運んでこくりと喉を鳴らした。
「……あったかくて、あまい。
初めて飲んだ…」
「君たちの居た世界ではなかったのかい?
これはココアっていう飲み物でな、黒葉の好物なんだ。
あったかくして、ミルクやマシュマロを淹れて飲むと抜群に美味いぞ。
夏になったら冷たくしても美味しいぞ」
「国永の居れるココアは極上に美味いぞ、うちの人気メニューのひとつだからな」
怜悧はそれを聞いて目をキラキラさせて国永を見た。
「まだ熱いから気を付けて飲むんだぞ?」
そういってカップを渡され、気を付けて一口ココアを飲み込む。
「あまい!しゅの、すっごく甘くておいしいね!!」
感動してぴょんぴょん跳ねだしそうな勢いの怜悧を微笑まし気に見つめる黒葉と国永。
「さっき、ここに来たらいつかは帰るって言ってたけど…
どうやって帰るんだ?帰る方法はあるのか?」
「…そうだな、人によって目的は違うからな。
ここに来る者の殆どは自分に何があったのか覚えていない者達ばかり。
それを思い出した時、白と黒の扉の番人が表れて魂を行くべき場所へ導いてくれる。
目的を思い出しても、ここの生活が気に入って居着く者もたまにいるがな」
「この世界では役割はきちんと決まっている。
今は俺たちの客人として保護しているが、目的を思い出してしまうと保護が解かれてしまうから、この世界に居続けるために役職を持たないといけないんだ。
要するに働かざるもの食うべからずって事さ。
仕事の斡旋は黒葉が取り仕切っているから興味があれば相談してみればいい」
「…ぼく、ここに来る前の事…あまり覚えてなくて…
でも、血の…匂いがこわくて…火の燃える音も……
お母さんの悲鳴が、つないだ手が離れて、一人がこわくて…
それで、それで…それでっ!!!!」
「怜悧、大丈夫だ。
お前はもう一人じゃない、隣には朱乃が居るだろう?
目の前には俺と国永も居る、何か不安なことがあるならいつでも相談しにおいで」
「俺も…朱璃を探しに行きたいけど…
でも怜悧も放っておけないし…」
余りに怜悧が悲壮な顔をしていたのか、朱乃が怜悧の手をぎゅっと握る。
「しゅの…」
「はは、良かったな怜悧?
もちろん寂しくなったら俺達に甘えてくれてもいいんだぜ?
俺達には子供がいないから、ここに来る迷い子達は皆自分の子だと思っているんだ」
「ふふ、国永は皆から母親の様だと言われていてな。
そのうち他の子達にも会わせてやろうな。
今日の所はゆっくりお休み」
「ああ、そうだった!君たちの部屋を用意しないとな!
君たちは和室と洋室……ええと、畳で布団で寝る方がいいかい?
木の床でベットで寝る方がいいか?」
「べっと…ってなに?畳とおふとんのほうがいいな…
しゅのは…?」
「俺もそっちのほうがいい、怜悧が安心するなら」
「しゅの…!ありがとう」
怜悧のふんわりとした尻尾が嬉しそうに揺れる。
「じゃあ君たちの部屋に案内しよう。
必要な物は働いて稼いだお金で自由に買っていいぜ。
週に何度か俺の弟が行商に来るから、欲しいものがあればあの子に言ってくれ、どんなものでも確実に手に入れてくれるはずさ。
ちょっと気難しいところもあるけど、根はやさしくていい子なんだ」
「うん、楽しみだね朱乃?」
「ん、そうだな。」
ぎゅっと手を繋いで、国永に案内されて子鬼と子狐は幽世亭の一因となった。
「ここが君たちの部屋だ。布団はこの押入れに入ってる。
この箪笥と机も好きに使っていいぜ。火鉢はここ、火の始末には気を付ける様に。
洗濯や掃除は各自でやってくれ。何かわからないことがあれば煽れに聞いてくれ」
一通り説明されて案内されたのはこじんまりとした10畳程の和室。
「炊事場は無いから料理がしたかったら店の調理場を使ってもいいぜ。
食事は各自で好きなように。裏に畑があるからそこから食材を取って調理してもかまわないぜ、だけど食材を使ったらちゃんと新しいものを植えておいてくれよ?」
窓からは星が輝き、月が見える。
備え付けに箪笥に小さな文机、火鉢に行灯が置いてあり、綺麗な本棚には数冊の本が収まっていた。
「おにいちゃん、これはなに?」
怜悧が興味本位でそれを国永に渡した。
「ああ、これは絵本だな。きっと黒葉が入れておいたんだろう」
「えほん?」
「読んでほしいのか?」
怜悧は本をパラパラめくり嬉しそうに頷いた。
「はは、いいぜ。
じゃあ寝物語に読んでやるから布団を敷いて寝間着に着替えろー。
って、寝間着はっと…」
国永は箪笥をごそごそと漁って二着の夜着と帯をひっぱりだした。
「国永、さん。これは?」
「黒葉が新しく入った子の為に勝手に用意してるもんでな、いらないものはこっちで回収するから安心してくれ」
「そ、そうなのか…」
少し不思議そうな朱乃だったが、おとなしく夜着に袖を通して、布団に潜り込む。
怜悧も夜着に着替えて布団につくと、国永は二人に絵本を読み聞かせる。
人間たちに迫害されて故郷を負われたであろう幼い鬼と狐は、仲睦まじく手を握り合って初めて聞く物語に夢中になって耳を傾け、やがてしばらくするとこくこくと船をこぎだし、そのまま夢の世界にいざなわれていった。

 

異世界パロ めも


現実世界とあの世の境目にある「幽世亭」
迷子になった魂や行き場のなくした魂(突然の事故死や理不尽な死、本来の寿命とは違った死を迎えた魂)の駆け込み寺のような場所。
大きな宿屋の様な建物。
迷子の魂に仕事を斡旋したり衣食住を提供する場所。
イメージはファンタジーな世界の宿屋と酒場が合体した感じで文明の利器は一切存在しない世界。
電気や火は魔術を使用。
幽世は魂や存在が不安定な者が迷い込む小さな村で幽世亭の裏の丘に大きな灯台があり、その光に引き寄せられ、迷い込んでくる(スタートは灯台で目が覚める感じ)

ダークファンタジーな絵本の世界の様な世界観。



●小烏黒葉
年齢不詳の幽世亭の亭主。
仕事の斡旋が主な仕事で面倒見が良い。
愛情深く、おおらかな性格で愛妻家でもある。
子供好きで迎える魂達を皆「我が子」と呼んで慈しんでくれる。


●小烏国永
黒葉の妻で幽世亭の女将。
魂の衣食住の世話から畑仕事までこなす働き者。
黒葉同様愛情深く面倒見がいい。
魂達を我が子の様に接し、親身になって相談に乗ってくれるので
母親の様に慕われている。行商人の鶴丸とは実の兄弟で鶴丸の事は可愛がっているが、そろそろ兄離れしてほしいと思っている。


●一期吉光
現実世界と幽世を行き来する「時渡」の一族。
現実世界で物資の調達をしては幽世亭に卸したり、黒葉に仕事の依頼をしたりしている(荷運びや荷ほどきの手伝いなど簡単なもの)
妻の鶴丸とはよく喧嘩しているが一期の方が圧倒的に強い。


●一期鶴丸
吉光の妻。
国永に異常な執着を見せる重度のブラコンを患っていたが外の世界にあこがれる好奇心旺盛な所があり、外の世界に渡れる力を持つ一期と恋に落ち、大好きな兄の結婚を機に外の世界に旅立つことを決めた。
幽世では手に入らない様な物も扱っているため、事情を知らない人からは余り評判は良くないが頼まれたものは確実に入手してくれる。
鶴丸は信頼した人物しか依頼を引き受けない。


●鶯・ホケキヨ
教会の大司祭。
いつも信者に交じってお茶を啜りながら包平の説法を聞いている。
教会の庭園の片隅で茶葉やハーブ等を栽培していて幽世亭ときつね屋におすそ分けしている。
包平とは夫婦の契りを交わしているが正式に結婚はしてない。


●古備前包平
教会の神父。
見た目の割に几帳面で真面目な性格で信者からも慕われている。
ただ、頑固で偏屈な一面もある。
実力はあるのにやる気がない鶯の不真面目な態度に一人で腹を立てて何かと世話を焼いているうちに鶯の事が気になってきた。


●椿緋翠
9尾の大妖狐。
今は人に姿を寄せ、薬師として幽世できつね屋を営んでいる。
和風のこじんまりとした家に夫の三日月宗近と共にひっそりと暮らしている。
扱う薬は様々で薬と名の付くものなら、材料さえそろえれば作れない薬はない。
狐である故に人から迫害されこの幽世に逃げてきたが、それでも人を愛しているので魂達の行く末を見守る。


●三日月宗近
名刀「三日月宗近」の付喪神で緋翠の夫。
神とは名ばかりの妖怪の一種だが、その霊力は神格同様のレベル。
人を愛し続けた緋翠とは違い、飾り物として権力の象徴としてあがめられてきた事に嫌気がさして人をあまり好んではいない。
ただ緋翠と共に過ごすようになり、元が穏やかな性格な為、迷い込んだ魂達には好意的に接する。
本体である刀は緋翠の体内に霊力として保管している為、半霊体。


●ヒスイ
長い時を生きた魔女。
錬金術による装飾品を教会の地下で生成して気まぐれに販売したり、気に入った人物に贈ったりしている。
自ら宝石を作り出す事もあれば、何か月も留守にして宝石探しの旅に出たりと割と自由気ままな生活を送っている。
助手のエルスとは恋仲。


●エルス
ヒスイの助手。
宝石の加工や研磨等を主に担当している。
自由気ままなヒスイの世話を焼いたり、雑務を自ら進んでこなしている。
たまに教会で鶯の茶葉やハーブのお世話もしている。
鶯の茶飲み友達でお茶菓子は大体エルのお手製。


●怜悧
親を殺され、幽世に迷い込んできた妖狐。
耳や尻尾も隠せない。
目覚めたら幽世の灯台に居て、自分の名前とみなしごだったことしか覚えていなかった。一緒に目覚めた朱乃と共に幽世亭に身を寄せて教会やきつね屋のお手伝いをしている。
年齢に対して思考が幼く、親を殺された恐怖から酷いトラウマを負っている。
霊力は緋翠でも目を見張るほどの上質で底なしの霊力を持っているが使い方も何も知らない歩く爆弾。
幼い子供ができる程度のお使いやお手伝いをしている。


●朱乃
双子の鬼子の片割れ。
生まれてすぐに母親が死に、人間たちに迫害されて幽世に逃げ込んできた。
逃げるとき、双子の兄とはぐれてしまい、以来双子の兄を探している。
灯台で目覚めたとき一緒に居た怜悧に懐かれ、放っておけなくなってしまった。
今では目に入れても居たくないほど可愛がっている。
頭の回転が速く、力もある為、力仕事を主に請け負っている。

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