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アイ



「いやっ、いやあっ!!
やめて、だれか、たすけて…」

滅多に人の通らない薄暗い倉庫に強引に連れ込まれたらレイリは自分より遥かに体格の良い男四人に囲まれて、しっかり腕を掴まれていた。
もちろんその目的はレイリをいたぶり辱める事だ。
騎士見習いと言えどレイリの細腕や華奢な体格ではこの絶望的な状況を打破出来るはずも無く。
暴れるレイリを力ずくで押し倒し、腹を何度か殴り大人しくさせたあと服に手をかける。
殴られた痛みと恐怖に震えながら、レイリは抵抗する気力も助けを求める気力も無くし、大人しくされるがままにするしか無かった。
「邪魔だったんだよな、ずっと。
あのクライン家の出身ってだけで無能なくせにチヤホヤされて」
レイリがどれ程実力がある騎士かに、家柄は全く関係しない。
レイリの学業の成績を裏で操作するような肉親も金も何も無いのだから。
全てはレイリの努力の成果なのだが、それが気に食わない男達はレイリと同じ伯爵家の男を筆頭に貴族と繋がりがある商家の息子の取り巻き達だ。
レイリの事情も苦悩も絶望も何も知らず、親から与えられたコネで入学して、遊び呆けている癖に真面目に頑張っているレイリが気に食わないらしい。
つまるところ、一見ひ弱そうなレイリに授業の模擬戦でコテンパンにされたのが腹立たしいだけやのだろう。
師匠であるノエル程威厳があれば良かったのだが、生憎レイリは小柄で華奢、礼儀正しい生真面目な絵に書いた優等生だった。
当然周囲からは教師に媚びを売っているように見えたのだろう。
可愛らしい顔で微笑まれれば誰でも悪い気はしない。
「どうせその可愛いお顔で媚び売ってんだろ?
だってオメガ孤児院に居たならお前もオメガだよな?
ならこっちだって既に開発済みだったりしてな」
シャツのボタンを乱暴に引きちぎって白い肌が顕になる。
男を知らない無垢な身体はピンク色の乳首が外気に晒されてプクッと膨れて、何となく何をされるか察したのか、レイリは恐怖に震えて不安そうに体を強ばらせた。
「へぇ、なかなかいい反応だな。
まさか初めてか?」
「………」
「マジかよ、てっきりヤリまくってると思ったのに。
おいお前ら、そっちしっかり抑えとけ」
リーダーが取り巻きにレイリの腕を抑えるように言った。
二人は右と左をきっちり押えた。
「何するの、いや、嫌だ!!
僕はオメガなんかじゃない
誰かっ、だれ……か……」
「助けは来ないって言ったろ?
どうせ誰かの玩具になって孕ませられるだし、今俺たちが楽しんでも問題ないよな?」
分かっていた、最初から。
誰も助けなんて来ないこと。
自分でどうにか出来ないなら、あとは早く終わるのを待つだけだと。
そうわかっていても、恐怖心が、嫌悪感が拭えない。
「いやっ、いやだっ!!たすけて…!」
泣き叫んだのと同時に突然ドアが蹴り飛ばされて男たちが振り返った。
「おまえはっ!」
「坊ちゃんから離れろ」
威嚇するような低い声に思わず男達がレイリから離れた。
今にも犯されそうなレイリを見つけたナタクが駆け寄って安心させるように抱きしめて背中を撫でる。
「チッ、興醒めだ。
躾のなってない駄犬はご主人様のお楽しみを邪魔しちゃだめだろ?」
ナタクは後ろで笑う男達を睨んだ。
「坊ちゃん、あいつら要らないな?」
「………ダメだよ。
僕なら大丈夫だから寮に戻ろう」
表情は変えずに、今にも襲い掛かりそうな従者を抑えた。
相手はニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
そいつらを背に、乱れた服をぎゅっと握りながら唇をかみ締めた。
「お坊ちゃんは従者のお世話が無けりゃひとりでお部屋にも帰れないのかなぁ?」
「さすが英雄様の子孫は違うなぁ?
じゃあ俺達は行くから部屋に帰って従者くんにでも慰めてもらいなよ」
身体に力が入らない僕を嘲笑いながら、僕に暴行した男達は部屋を出ていった。
「医務室に行く」
「いいよ、大丈夫。
怪我はすぐ治るし痛みもないから」
そう言ってもレイリは下を向いたまま顔をあげようとしない。
「ごめん、その……ちょっと、手を貸してもらえる?」
何も言わずにナタクはレイリの身体を支えて立ち上がらせた。
足が震えて上手く立てないレイリの身なりを整えると、ひょいとレイリの身体を抱き上げた。
そのまま、何も言わず寮の部屋まで運ばれる。
ドアを開けてベットに座らせると頭をポンポンと撫でられる。
それまで緊張していたレイリの瞳から途端に涙が溢れ出した。
「っ、こわ、った……
ナタク、ぼくっ」
幼子の様に泣きじゃくるレイリをぎゅっと抱き締めながら、よしよしと甘やかす様に優しく頭を撫でるだけで、ナタクは何も話さない。
優しく慰める訳でも、笑いかけるわけでもない。
いつも通りに自分の主人を甘やかす。
どれ程咎められても、甘やかすのを辞める気は無いし、この小さな主人を蔑む者には制裁を加えるべきと思っている。
「覚悟、してたのに。
ショコラさんにも、先生にも、言われてた…
あの孤児院にいた事で、そういう風に言われることがあるって……
わかって、覚悟したはずなのに……
自分がそんな対象に見られてるなんて知ったら、急に……怖くて、逃げなきゃって……でも、全然ビクともしなくて……」
余程怖かったのか、身体を震わせて混乱しているのだろうレイリを見てナタクはやはりあの時消しておけばよかったと考えながらレイリの頭を撫で続けた。
「あのまま、誰も来なくて……
そのまま、最後までされてたら……
ナタクが、来なかったらって……
考えたら、怖くて、怖くて、ぼくっ、僕は!!」
「そうか、もう大丈夫だ」
今思えば相手は用意周到にナタクを避けていた。
貴族が騎士学校に世話役とて従者を連れて来るのは一般的な事であり、そうなると四六時中一緒に居るナタクの存在は男達に取って一番邪魔な存在だった。
ましてナタクは理性的な従者では無く本能的なタイプで基本的にレイリの言葉以外聞く気が無く、レイリの言葉さえ時には振り切って行動してしまうこともある。
ナタクがレイリの側を離れたのは単にレイリが一人で自主訓練をしていたからで、終わったらパンケーキが食べたいというレイリの為にパンケーキを焼きに行っていたからで。
そして焼きあがった頃にレイリから伝言を頼まれたと言う見知らぬ男が1人やってきて図書館に寄ってから帰るから先に寮に戻っているように言われた。
先にも述べた通りナタクはレイリの言葉しか聞く気が無い。
それが伝言であっても同様で、ましてレイリはナタクの人柄をよく知っている。
だとしたらナタクに直接言いに来るか、ナタクが顔見知りだと理解してる人に直筆の手紙を渡すだろう。
早々に本能的直感で嘘を見破ったナタクはレイリを探してあちこち奔走する羽目になった訳だが、最悪の事態は避けれただけでレイリの心には深い深い傷跡を残してしまった。
「うんっ、ありがとう……助けてくれて
ナタクが来てくれて、嬉しかった」
恐怖を押し殺して無理に笑おうとするレイリ。
これから貴族として爵位を継ぐ為に、レイリはどんな時でも笑って過ごす癖がついてしまった。
一度絶望のどん底を味わい、精神を崩壊させてからというもの、恐怖に脅え絶望しても、妙な耐性が付いてしまいどんな顔をすればいいか分からないのだ。
本当に絶望した時、レイリは泣きも笑いもしない人形になる。
だから笑っていれば周りは安心する。
レイリの性格を深く知る一部の人達以外には、誰もレイリが無理に我慢していることに気が付かない。
「無理して笑うな」
口数少ない割には適切な言葉だけを切り取ってくるナタクにレイリは少し落ち着いたのか安堵したように微笑んだ。
「うん、ごめん。
でも本当に大丈夫、少し落ち着い……」
無理して笑うレイリの言葉を封殺して、きつく抱きしめる。
「泣きたいなら泣け」
それを聞いたレイリは取り繕う事を止めて堰を切った様に泣き出した。
「うわあああぁぁぁっ!!
怖かった、怖かったよぉ!!」
レイリの心からの叫びに、ナタクはいつも通り、何も言わずに寄り添うだけ。
レイリはまだ13歳の無垢な子供。
どれだけ気丈に振舞っても大人にはなれない子供。
優しい箱庭で大切にされて壊れた心を癒したばかりのレイリに貴族界の駆け引きや悪意は癒えたはずの心に亀裂を産む。
大体は家族からノウハウを学ぶはずだが、レイリにそれを教えてくれる者はいない。
保護者のノエルと、クライン家に深く繋がりがあるショコラが可能性を示唆したくらいで、それ以上は彼等もその時にならないとわからない。
レイリはいつもひとりで何とかするしかなく、それに必要な冷静さを保つには幼すぎた。
ナタクの胸に顔を埋めて泣きじゃくるレイリは、きっとこれからも傷ついてボロボロになるまで笑い続ける。
穏やかな声で穏やかに微笑み、ボロボロの心を覆い隠すだろう。
「いいこ」
優しく、壊れない様に大切に抱き締めた小さな身体。
これ以上、レイリが傷つかない様にずっと側に居たいと思った。
いつか誰か、レイリの殻を壊してありのままのレイリ自身を愛してくれる人が現れるまでは。




「ナタクとレイリっていつも一緒だよな」
執務室を休憩所と勘違いしているんじゃないかと言うほど、のんびりとお茶を飲みながらペットと化した守護獣とカップケーキを食べていた鶴丸が首を傾げた。
「そうだよ、ナタクは僕の従者だからね」
何をする訳でもない、仕事をするレイリの側に立ってそれを眺めているだけ。
「ずっっと立ってるだけなのに?」
「警戒心が強いから周囲を警戒してくれてるんだよ……多分」
「あ!多分って言った!」
「あとは僕の体調とかそういうの?
昔からナタクにそういう嘘はつけないんだよね」
「坊ちゃんは、わかりやすい」
「もう一人のお兄ちゃんみたいなんだよ
騎士学校時代はナタクが居なかったら僕はとっくに壊れてた」
懐かしい思い出を語るには悲しげに羽根ペンをクルクルするレイリ。
「俺だってレイリの兄ちゃんだし、クロ兄だって兄ちゃんだろ?」
「黒葉は逆に喜んでたよ。
自分は教会側の兄でナタクは貴族側の兄だなって」
「ふぅーん。じゃあ俺は騎兵隊側の兄だな!!」
「はいはい。何でもいいけどそろそろ国永達が帰ってくる時間じゃないの?
迎えに行かなくていいの?
君の守護獣、さっきからソワソワしてるみたいだけど?」
「あっ!ホントだ…
くにに、近くに来てる気がするから行ってくるー!!」
元気よく執務室を出て行く年下の自称兄の後ろ姿を見送ってからペンを置いた。
「坊ちゃん、休憩」
「ふふ、判ってるよ。
ちゃんと休むからその……ちょっと甘えていい?」
ソファーに横になるレイリの頭を柔らかなクッションで支えながら膝枕して、頭を撫でる。
「明日にはシュノも帰ってくるし、ナタクもちょっと楽になるね?」
「ん」
「ナタクにも、そういう人が出来たら僕に最初に教えてね?
君には一番幸せになって欲しいんだ、それが僕の願いだから」
「わかった」
しばらく撫でられていたレイリはそのまま安心して寝顔を晒していた。
果たして自分にはそんな相手は現れるだろうかと考え、レイリの望みなら叶えてやりたい兄心から、ふと扉をノックした音を聞いて扉から目に飛び込んだ鮮やかな金色に口元をかすかに弛めた。
これから始まるかもしれないし、何も始まるかもしれない瞬間にレイリは満足そうに狸寝入りを決め込むのだった。

ココロ解剖



「シュノ!」
シュノの腰に背中からギュッと抱き着く。
しっかりと鍛えられた身体の割には細くて薄い腰。
筋肉以外余分なものは無いその腰に抱きついて背中にスリスリと頬を寄せて甘える。
シュノは何も返さない。
いつもなら笑って抱き締めてくれたり、邪魔だから離れろとか言いつつも頭を撫でてくれるのに今日は全然反応がない。
「……シュノ?」
不安になってシュノの顔を覗き込むと、虚ろな人形みたいなシュノが立っていてヒュッと息が詰まる。
シュノはぼんやりどこかを見ていて、こっちを見たりしない。
「なん、で……シュノ?」
「シュノ」
不意に誰かの呼ぶ声にシュノは顔を上げた。
「シュノ、おいで」
誰かが手を伸ばす。
そっちは暗くて誰かは分からない。
暗闇の中からシュノに向かって差し出される手に、シュノは手を伸ばす。
「いや、いやだ、行かないで!」
ギュッとシュノの手に抱き着いて離れるのを阻止しようとすれば、シュノは初めてこちらを向いた。
邪魔だと言いたげな冷たい視線。
出会った頃のシュノみたいな視線にまた息が詰まる。
「離せ」
いつものイタズラを叱るような優しい口調じゃなく、嫌悪と侮蔑しかない冷たい言葉のナイフが胸に刺さる。
振り払われて床に倒れる僕を他所に誰かの手を取ると感情が宿ったかのようにふわりと幸せそうに微笑む。
それを向けられるのはいつも僕で、この先ずっと変わらないと思っていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

自分の悲鳴の様な叫び声で目が覚めた。
飛び起きた体は嫌な汗でじっとり濡れていた。
「レイリ、どうした?」
ぜぇぜぇと呼吸が荒く体の震えが止まらない。
隣で寝ていたシュノが目を覚まして、手をつなぎながら背中を撫でてくれる。
「っ、は…あぅ……」
「落ち着いて息を整えろ。
俺がそばに居るから」
震える身体も荒い呼吸も中々収まらなくて、涙がボロボロと溢れてこぼれちていく。
前が見えない、シュノの顔がわからない。
こわい。
「あっ……あ、ぼくっ、しゅ……こわ、くて…」
「無理に話さなくていい、落ち着くまでずっとそばに居るから」
ギュッときつく抱き締められて、背中を撫でられる。
すっぽりと収まるシュノの胸に顔を埋めても、恐怖が次から次と泉のように湧き出てきて制御不能になる。
「あ、ああっ……いや、いやぁっ」
シュノは根気強く僕を宥めてくれるけどわかっていたんだ、それじゃダメだって。
「抱いて、シュノ……
こわい、こわいの、忘れさせて、何も考えたくない、全部シュノで満たして……」
「……わかった」



「んっ、あ…あぁっ、ひぁ」
今日のレイリは空っぽだ。
理由は分からない。
眠る前まではいつものレイリだった。
余程怖い夢を見たのか、夜中に突然叫びながら飛び起きたと思えば怖い怖いと幼子の様に震える始末。
それでもいつもなら抱きしめてあやしてやれば大概落ち着くのに、今日は触れているだけで苦しそうで、辛そうだ。
現に今も、なにかに耐えるみたいに涙を流してる。
レイリを抱いてるハズなのにカラッポの人形を抱いてるみたいで気分が乗らない。
それでも身体は快楽を拾おうと、レイリを腰に自身を擦り付ける。
いつもは暖かくてきゅんきゅん締め付けながら蕩けた笑みで気持ちよさそうな声を上げるのに、まるで生気が感じられない。
嫌がるレイリを強姦でもしてる気分になり腰を止めた
「………?
しゅの……あの……」
「止めよう、お前全然乗り気じゃないだろ」
「ちが、そうじゃ……なくて」
泣きながらレイリが何かを必死に伝えようとしている。
暫く待って居ても、どんどん呼吸も震えも酷くなって、もう前なんて見えてないんじゃないかってくらい涙を零してる。
泣いているレイリも可愛いと思っていたが今のレイリは壊れそうな硝子細工みたいで触れるのを躊躇ってしまう危うさしかない。
どうすれば、傷付けずに壊さずに触れられるのかがわからない。
初めて会った頃のもやもやする感じが腹の底で渦を巻いた。
「………ごめん。
どうかしてたよね、ちょっと、怖い夢見て……
付き合わせてごめん、シャワー浴びてくるから先寝てて?」
無理に笑って触れるだけのキスをして、ガウンを羽織ると寝室から出ていった。
手に残るレイリの温もりが、急速に失われていく。
「レイリ…」


シャワーのコックを捻ると温かなシャワーを頭から被る。
冷静になればあれはただの夢なんだと理解出来たはずだ。
そう、あれは、ただの夢…夢なんだから。
現実にあり得るはずなんて絶対ない夢。
「シュノ…あいして、あいして…
あれは夢だって、否定して…」
何をしても気分が晴れない。
恐怖が体の芯を冷やしていく。
好き、好き、好き……
この感情は君にとって重いのかな…?
考えがまとまらないままシャワーの水を浴びている。
一体どれくらいそうしていただろうか、シャワーの当たっていない部分が冷えて居るような気がしてきたのと同時にバスルームの扉が開いた。
「レイリ?」
シュノがバスルームを覗きに来た。
「あれ、シュノ…どうしたの?
寝てたんじゃなかったの」
「お前が戻ってこないから心配になって
もう一時間になるぞ、ほら身体もこんなに冷えて…」
腕を掴まれたと思うと、ぐいっとシュノの方に引き寄せられた。
「身体冷えてるからもうシャワーは終わりな」
そういってシャワーを止めてバスルームから連れ出された。
バスタオルで雑に身体を拭かれるのをぼんやりと眺めていた。
「レイリ、夢は所詮ただの夢だ。
俺には…言えない事なら無理に言わなくていい。
だがこれだけは言っておく、俺が愛してるのはレイリだけだ。
レイリ以外誰もいらない、レイリだけが居ればいい、そう思ってる」
シュノはいつでも僕の一番欲しい言葉をくれる。
不安になってシュノを見上げれば、少し困ったように微笑んでから頬に手をあててきた。
「シュノ…ぼく、ぼく……
こわい、夢を……夢だって判ってる、のに……
怖くて、それで……」
「そうだったのか。
ああ、それは夢だ。現実の俺はここに居てこうしてレイリを抱きしめている」
「そうだよね、うん…判ってるんだ。
あれは夢だった…夢、なんだ…。
シュノ、もっと強く抱きしめて。
息ができないくらい強く、骨が折れるほどに強く抱きしめて欲しい。
夢じゃないって、これが現実だって、痛みでわからせて」
シュノは困った顔をさらに困らせてから強く僕の身体を抱きしめてくれた。
ぎしぎしと骨が軋む位強い抱擁に僕は安堵を覚えた。
「ねぇ、シュノ……僕を置いて、居なくならないよね?
他の誰かの所、行ったりいないよね」
シュノが手を緩めると僕はがくっと床にへたり込んだ。
「あ、れ……」
腰が抜けたみたいに力が入らない。
「…身体を冷やし過ぎたんだろう、温めてやるからこっちこい」
バスルームからベットルームで姫抱きにされて運ばれると、ベットに横たえさせられた。
「こんなに身体を冷やして…。
心配になるだろ、それでなくてもお前はこんなに身体が小さくてほっせぇのに」
「…ん、ごめん…。
そんなに長く居たつもりはなくて…」
シュノがベットに入りながらぎゅうっと抱きしめる腕に力を込めた。
「シュノが……別の誰かの物にる夢を見た。
あの時みたいに虚ろなシュノが、僕が呼んでも何も反応してくれなくて…
でも誰かの声に嬉しそうに笑って差し出された手を取っていた…。
夢なのに、夢だって僕が一番よく知っているはずなのに…
怖かった、どうしようもなく怖くて、怖くて、堪らなくて…」
シュノは黙って僕を抱きしめる腕に力を込めた。
「そうか。でも大丈夫だ、それは夢でこれが現実だ。
俺はずっとレイリと一緒に居る、そばに居ない方が落ち着かない。
俺の可愛いレイリ、俺はお前の物でお前は俺だけの物だ」
「シュノ…誰の物にもならないで、ずっと僕だけ好きでいて、僕だけを愛して…
ぼく、今おかしくなってる、ごめんね、シュノを信じてないわけじゃないのに不安になって怖がって、僕は君の恋人失格だよね…」
そういってシュノの頬に手を添える。
「この体も心も全部シュノにあげたはずなのに…
空っぽなんだ、全部ばらばらに壊れて砕けてしまったみたいに。
ねぇ、どうしてだろう。どうして僕は何度も同じ過ちをり返すの?
バカみたい、もう嫌だ、もういや…どうして僕は……」
ボロボロと涙がこぼれる。
「ごめんなさい、もう辛くて、君を好きすぎて…」
「俺を好きなことが、辛いのか…?」
「違う、違うの、そうじゃないよ。
君を好きすぎて、君の周りの全てに嫉妬してる。
僕のシュノなのに、ちがう、そうじゃない!!
君を誰にも渡したくない!!」


小さな体を震わせて、涙を零しながらも漏らした悲鳴は俺への独占的な愛情。
狂気も似た憎悪すら孕んだ歪んだ愛情。
初めて会った時からレイリは実直で誰よりも正義感が強く、孤独だった。
愛情を一身に受けて育ち、突然それを全て奪われたレイリはずっと愛に餓えていた。
最初はそれが甘い理想論ばかりの現実逃避だと思っていた。
それでもレイリの細い肩に掛かる重圧を知った時、放っておくことができなかった。
15歳という年齢にしては余りにも無垢で未熟な精神を、傷ついて学習しながら適切な自分に塗り替えていく。
いつしか貼り付けの笑顔で穏やかな人柄も相まって、レイリの取り巻きは増えていった。
それはレイリが望んだ物ではなかったとしても、それを拒んだりはしなかった。
俺と付き合うまでは自分を殺して他人を受け入れていたレイリが、初めて俺に本音を吐露した。
「俺は、お前以外の物にもならない。
勝手に俺を手放すな、お前が俺の物でもあるんだから。
俺を手放そうとしても無駄だ、そうしたら俺はお前を攫って誰も俺達の事を知らない土地でも行く。
お前が望んでも逃がさない、お前がそれを望むはずがないと知ってるからな」
「…どうして、だって僕…僕は君みたいに強くない。
肉体的にも、精神的にも…だからもしシュノが…あの時みたいな事になってそのまま帰ってこなかったら、怖い。
遠征がそのまま永遠にさよならにるなんて、いや…いやなんだ。
僕の知らない君が憎い、君の全てを知っていたい、だってもう手放せないんだ。
僕は何もできない、なにも、なにも…」
両手で顔を覆って涙を零しながら震えているレイリの身体が何時もより小さく見えた。
「俺だって何でもできるわけじゃない、魔術に関してはからっきしだ。
もしお前が洗脳でもされて連れ去られても、俺はお前がしてくれたみたいに自分の力でお前を取り戻すことができない。
お前はただでさえその可愛い顔で貴族連中に愛想を振りまいてはつまみ食いされてくる。気に入らない、見ず知らずの男が俺の大事なレイリを傷つけるのが」
「……ごめん…でも、その……もちろんだけど、シュノと付き合ってからは最後まではしてない。
キスされたり、未遂とか…最悪口でするくらいで…最後までするのは、今はシュノだけ……」
「あたりまえだ、最後までしたら俺はお前を許さない」
レイリが腕の中でビクッと震えた。
「一生俺以外で満足できない身体にしてそんな考えすら起きない様にしてやる」

ああ、お前はどうしてそんな…
嬉しそうな顔をするんだ。

朝、目が覚めたらレイリが居ない。
昨日あれだけ鳴かせてやったのに仕事に出たらしい。
レイリは俺が居ないと仕事をしすぎるから、午後には隊舎に顔を出すかと思いながら暫くベットで微睡んでいると、玄関から誰かが乱暴にドアをノックする音がした、
暫くして、聞きなれた声がした。
「シュノー、居るんだろ、あけてー」
ツルのやかましい声に叩き起こされて玄関に向かうと、ツルがぐったりしたレイリをおぶって立っていた。
「どうしたんだ、それ」
「過労だって。シュノ、昨日の夕方帰ったから知らなかっただろうけど、実は王都の近くで小規模だけど魔物の襲撃があって、貧民街が被害を…。
レイリはそれを指揮して討伐に向かったんだけど…、被害が出て…。
酷い罵声を浴びせられて…。
レイリは全部隊長の自分の失態だから、叱責は全て自分が負うって…。
あ、これシュノには黙ってろって言われたんだった…」
ようやく合点が言った。
積もり積もった見ない振りしていた毒が昨日、とうとう悪夢という形で牙をむいたのだろう。
それは言葉の暴力で殴られ続けたレイリの心に亀裂を産んでしまった。
「溜まってた仕事も、やらなくていい分まで片付けてて…
俺、ちょっと働きすぎだって言ったんだけど、シュノが居ない家に居る方が落ち着かないからって聞かなくて…。
それに帰ってきたらシュノに一杯甘えたいから今から片しておくって…。
遅くまで明かりがついてたらしいし、隊舎の自室にも戻ってなくてソファーで軽く横になってたみたい」
ツルの小さな背中に背負われたレイリはぐったり意識を落しているが、眼の下に隈は見えない所から、休息はきちんと取っていたようだ。
「そうか、判った。
今朝も俺が寝ている間に仕事に行ってたみたいからな。
しっかりと甘やかしておく」
「うん、頼むなー」
ツルからレイリを受け取ると寝室に運ぶ。
パジャマに着替えさせていると、昨夜体中につけたキスマークに笑みがこぼれた。
お仕置きとして今日はトロトロになるまで目いっぱい甘やかしてやろう。
「あまり心配させるなよ、何かあれば俺がお前を守るからな」
眠ったままのレイリを抱きしめて額にキスを落とした。
夢をあまり見ない自分はレイリの苦しみや恐怖を理解できないことも多いが、せめてレイリが苦しい夢を見ている時に救い出せるように。




また夢を見た。
知らない誰かの手をシュノが嬉しそうにとって微笑む。
これは夢だ、そう判ってるのに恐怖で声が出ない、身体が動かない。
行かないで、たったその一言が言えずにいた。
僕も一緒に連れて行って、それがかなわないならいっそ逝かせて。
君のそばに居られないのなら、君の手で散らせて欲しい。
「…シュノ」
「呼んだか?」
不意に、ふわりと背後から抱きしめられた。
力強い腕できつく、きつく。
「……え?」
「そんな悲しそうな顔して、嫌な事でもあったのか?
俺が守ってやるから大丈夫だ、安心しろ」
これは夢なのに、居なくなったはずのシュノが僕をぎゅっと抱きしめてくれる。
「どうして…」
「お前は俺が守ると約束した。
レイリが苦しい時、辛いとき、悲しい時、何処へだって駆けつけてやる。
だからこっち向いていつもみたいに笑ってくれないか?
俺が一番好きなレイリの笑顔を見せてくれ」
「シュノ!」
振り向いて僕はシュノにぎゅっと抱き着いた。
「俺はレイリがどこに居ても絶対に迎えに行く。
絶対に離さないって言っただろ?」
「うん、うん、うんっ」
ぼろぼろと涙がこぼれるけど、それは温かくて、もう不安はない。
「シュノ、すき、だいすき」
精一杯笑いかければシュノが笑いかけてくれて、そこで目が覚めた。
「…あ、れ……なんで僕…」
今朝はシュノを起こさない様に隊舎に向かったはずだったのになぜか隣にシュノが寝ていて、僕も自宅のベットで眠っていて…。
「ツルが働き詰めでぶっ倒れたお前を背負って連れてきたんだ。
後でちゃんと礼言っとけよ」
眠っていたと思ったシュノが不意に僕を抱き寄せた。
「え、あ……あの…」
「今日はお前の望むままに甘やかしてやる。
言えよ、俺にどうしてほしいんだ?」
「あ、あ…シュノ、どこにも、いかない?
ずっと、一緒に居てくれる?」
涙があふれる。
僕は弱くて、こうしてすぐに不安になったりするけれど、それでも君は僕を愛してくれるいうの?
もう、シュノが居ない生活には戻れない。
シュノが僕の全てで、シュノが居ないと僕は自分すら保てなくなる。
「お前が何度不安になって同じことを聞いてきても、俺は何度でも同じことを言う。
レイリ、愛してる。俺は何があっても絶対にお前を独りにはさせない。
もう孤独におびえるな、俺はレイリを孤独にさせない」
「うん、うん………うんっ」
ぎゅっときつく抱きしめられて、シュノの愛情を、ぬくもりを噛み締める。
頭を撫でられて、額にキスを落とされる。
「シュノ、今日は甘やかしてくれるんだよね?」
「ああ、今日だけな」
「ふふ、じゃあこのままお昼まで寝坊しようか?
ぎゅって抱きしめて寝かせて欲しい。
また怖い夢を見たら夢の中まで迎えに来て、僕を掬い上げて?」
「レイリが望むなら、俺は必ずお前を迎えに行く。
安心して寝ろ」
「うん、それでね?お昼ご飯を食べに行きたい。
それから、昨日はなんだ不完全燃焼だったし一杯抱いて?
シュノで僕を満たして欲しい。気絶するほど強く抱いて」
「ああ、いいぜ。ほらおいで」
シュノが笑ってベットに横になると布団をめくる。
「ツルにお前を甘やかすって約束したから今日は徹底的に甘やかしてやるから覚悟しとけ?」
そういってシュノが笑って抱きしめてくる。

シュノは僕の心を解剖して適切につなぎ合わせる。
僕の壊れた心は何度でもシュノによって強固に繋がれる。
痛いくらいがいいんだ、現実と理解するために。


Don't Cry…




きらい、きらい。

人間なんて大嫌い。

自分勝手で自己中で、自分の利益のことしか考えない。

それでも、ほんの少し優しさを向けられたら
守らないといけないと思ってしまう。

それが、自分の心身を削ることになっても。




「それで、クライン隊長はどうなさるおつもりで?
まさか被害が出るまで放置、などと言うことはありませんよね?」
「それは……ですが、国境付近になると神毒の影響もありますし…
辺境伯の許諾も必要になりますし…」
「騎兵隊は困って苦しんでる民を見殺しにするつもりですか!?
いつから騎兵隊は損得勘定で物事を図るようになったんですか?」
「嘆かわしい、かの大英雄レイア・クラインも今頃きっと子孫の不出来さを嘆いていらっしゃることでしょう」
「騎兵隊には数々の功績を立てている副隊長がいらっしゃるでは無いですか。
彼に任せればいいのでは?」
「彼には今別件の任務があって帰還予定は半月後になります。
なのでまずは僕の部隊を先遣隊として派遣し、偵察と同時に周辺に諸々の許可と詳しい情報収集を行い、その間に後援部隊を…」
「随分気楽な作戦ですな、事は一刻を争うと言うのに。
まぁいい。被害が出たら責任を取るのは貴方なんですし、好きにするといい。
帰ってくるまでには今後の身の振り方でも考えておくといいでしょう。
その可愛らしい顔なら、使い道はいくらでもあるのでは?」
「…………はい」



くすくすと、レイリを笑う声が耳に入る。
耳を塞ぎたくなる気持ちをこらえ、ギュッと拳を握った。
ここで泣いたら負けだ。
そう思い、溢れそうな涙を堪え、ぺこりと礼をした。
悔しくて、恥ずかしくて、悲しかった。
大勢の中でレイリは孤立無援のまま、言葉の暴力によって殴られ続けて、倒れる寸前だった。
プライドをズタズタにされ、大切な家族である騎兵隊もバカにされ、レイリ自身も蔑まれた。
立っているのがやっとで、息が上手くできなかった。
騎兵隊の隊舎に戻り、執務室の前までなんとか歩いてきたレイリは前後不覚に、フラフラと体を壁に持たれながら部屋に入ろうとすると、急に声をかけられた。
「隊長、大丈夫ですか?」
声が聞こえた方を向くと、アルサークが心配そうにレイリの顔を覗き込んでいた。
「アルサーク…
やだ、恥ずかしいとこ見られちゃったかな?」
レイリが精一笑いかけるが、身体が震えて力が入らず、持っていた資料を床に散らばせながら倒れ込みそうになるのを、アルサークが既の所で抱き留めた。
「大丈夫ですか、顔色が悪い様ですが…」
「あはは…ちょっとね……
ぼく、隊長に向いてないのかなぁ」
ぽつりと吐き出されたのはレイリの本音だろう。
誰よりも隊長である事に努力を重ねて、恐怖も苦手にも立ち向かってきたレイリ。
それは当然の義務では無い。
レイリ自身が理想の隊長像に少しでも近付けるための努力を怠らなかったからだ。
だからこそ、それを面白く思わない一部の権力ばかりの貴族は目の上のたんこぶの如くレイリを邪魔者扱いする。
真綿で首をゆっくり絞めらるような、遅効性の毒の様な、そんな悪意がいつもレイリの心を、プライドを無遠慮にズタズタに引き裂いていく。
シュノが居れば、泣き縋ることも出来た。
そのシュノも今は居ない。
遠征であちこち渡り歩くシュノがそばに居ない間に増える傷も慣れたはずだったし、過保護な従者がそういう時には何も言わず頭を撫でたり、ギュッと抱き締めてくれたから、忘れてしまっていた。
「そんな事は無いと思いますが、隊長の立場上それを口にしてしまうのは……
私で良ければ話を聞きますよ、優秀な騎士は悩める人の話を聞いて解決に導くのも仕事ですからね!」
「…アルサーク…
ありがとう、なんだか気を使わせたみたいでごめんね。
うん……じゃあ、お言葉に甘えて少し愚痴に付き合ってもらってもいい?
ここじゃなんだから、隊舎の僕の部屋で」
「えっ!隊長の私室!?
あ、いえ……私は構いませんよ!」
少し顔を赤らめたアルサークが視線を泳がせながら緊張した様な上擦った声にレイリは少し首を傾げた。
執務室の机に資料を置いて、隊舎にあるレイリの私室に向かった。
レイリに好意を抱いているアルサークは思いがけず訪れる事になったレイリの私室に緊張していた。
隊舎の最上階には隊長と副隊長の私室がそれぞれあるだけのフロアになっているが、恋仲の二人はあまりこちらは使わずに貴族街にあるレイリの別邸で過ごすことが多かった。
「こっちは仮眠をとる時にしか使ってないから、ちょっと埃っぽくてごめんね。
定期的に掃除はしてるんだけど…」
広めのベットとテーブルと椅子。
趣味だという植物の鉢植えがちらほら置かれ、食器棚にはティーセットと茶葉やお湯を沸かす為のシンクとコンロがある。
慣れた手つきでお茶をいれる間に椅子に座るよう勧められた。
アルサークが席に着くと、可愛らしいティーセットに香り高い紅茶が注がれる。
シュガーポットとハチミツの瓶が置かれ、向かい側にレイリが座り、蜂蜜をたっぷり紅茶に溶かして一口それを飲んでから深いため息をついた。
瞳は悲しげで、深い青が余計にそれを際立たせた。
「……国境近くの街道沿いで頻繁に魔物の集団が襲撃してるのを知ってる?」
「ええ、大型の魔獣と聞いてますが…」
「……それの討伐の件でね。
騎兵隊は国境間の魔物の討伐に置いて、人命を最優先する事とされている。
必要ならば許可は事後承諾という形でも問題ない事にはなっているんだ、形式上はね」
もう一口、紅茶に口をつけるとレイリは視線を下に落とした。
「でも、自分の土地に無断で入られるのはやっぱりいい気分にならない人もいる。
辺境伯ともなれば、魔物の襲撃はよくある事だからね。
援軍として支援を要請された訳じゃ無く、王都の都合で討伐対象が向こうの近くにナワバリを持っていると言うなら事情を説明して向こうに被害が出ないようにして討伐しなきゃ行けない」
「そうですね、辺境伯にも長年その領地を収めてきたプライドもありますから。
向こうが何がしかの理由で手出ししない物にこちらの都合で手を出すのが依頼なら、向こうの許諾を得るのは騎士として当然の行いかと。
もちろん私でも同じことをするでしょう」
「そう、だよね……
でも貴族院のお偉いがたはそれだと遅過ぎる、民の犠牲が出ないと隊を動かせないのかって……
僕はそんな事思ってない、今のところ損害は街灯や建物だけで人的被害は出てないけど、もちろん街道を使う人が被害に遭う前に何とかするつもり……
だけど、騎兵隊を…僕の大事な家族を犠牲が出ないと働かない損得だけで動くなんて侮辱されて、帰ってきたら身の振り方を考えろって……その……僕の顔は、“そういう事”にしか役に立たないだろうって……」
思い出して、言葉にすれば、あの惨めで悔しい気持ちが涙と共に溢れてきた。
「隊長…。辛い想いをされたんですね。
私にはわからな……いえ!私にも覚えがありますよ!
才能あるものは他人から嫉妬されるものですから!
まぁ、私は慣れていますからそういう類いの嫌味は全く気になりませんけどね!」
落ち込むレイリを元気付けたくて必死に普段の自分を演じて見せるが、ふと、今のレイリにこれは逆効果だったかもしれないと思ったが、一度発した言葉は消えるはずもなく、後悔と焦りに苛まれながらレイリを見やると、ポカンとしてる。
「アルサークは、強いね。
君みたいに僕も前向きになれたら……」
悲しそうに微笑むレイリが今にも壊れそうで、消えてしまいそうで思わず抱き締めてしまった。
(うわー!思わず抱きしめちゃったけど、どうしよう!?
た、隊長可愛い、いい匂いする、お花の匂い?
ちっちゃくて細くて折れちゃいそうだ…)
「えと、あ…あのっ………そのぉ
今は私しか見てないので、私が黙ってたら無かったことになります」
「……ん、ありがとうアルサーク
暖かいね、人の体温って安心する…
ごめん、もう少し甘えてもいい?」
「も、もちろん!
私が胸を貸してあげるので存分に思いの丈をぶちまけるといい。
今は、私しか聞いてない」
レイリがぎゅっと背中に手を回して胸に顔を埋めた。
押し殺した泣き声に、そっと抱き締める腕に力を込めた。
今はレイリを一人にしたくなくて、大切に大切に腕の中に閉じ込めた傷付いた小鳥を守るように抱き締める。
肩を震わせ、声を殺して静かに涙を零すレイリ。
いつもならこうして抱き締めるのはシュノの役目だったのだろう。
それを自分がかわれている事でアルサークは嬉しさを通り越して半ばパニックになっていた。
(ああああどうしようどうしようどうしたらいいんだ!!?
隊長ずっと泣いてる……
かわいそうに、本当に辛かったんだろうな…
なんて声掛けたらいいんだろう、元気になって欲しい、笑って欲しい。
今隊長が求めてるのは私じゃないのかもだけど、それでも私に出来ること何か無いかな)
結局、思考ばかりが堂々巡りして頭の中が真っ白になり、レイリが泣き止むまで、ただ抱き締める事しか出来なかった。



涙が枯れる程泣いて、瞼が腫れるほど涙を流したレイリは泣き疲れたのか、そのまま意識を失うように倒れ込んだ。
レイリの身体を抱き留めたアルサークは、そのままベットに横たえて手を握った。
「貴方は独りじゃない。
私がずっとそばに居ます。
だからどうか……無理をしないで。
辛い時は吐き出して下さい、無理に笑わないで、辛いのも苦しいのも悔しいのも全部受け止めて、誰にも言いません。
貴方の役に立てるなら嬉しいんです」
眠るレイリの手の甲にキスを落とす。
眠っているからそれくらいは許されるかと思ってみたが、はやり気恥ずかしくなり、何となく意識のない人間につけいった様で罪悪感が押し寄せる。
レイリが魘されてるように、苦しげに呻く度に手をきつく握りしめた。
貴族院のお偉いがたは権力と名声に溺れ堕落したものが殆どで、危険も犯さず安全地帯から指図するだけの害悪。
後暗い組織と癒着し、本当に優秀なものが密かに使い潰される。
そんな中、歳若くして爵位を継いで隊長の座に着いたレイリはその身も心もボロボロに傷つきながら、そんな表情は見せずにいつも穏やかに微笑んでいる。
騎兵隊の絆が強いのはきっと、皆レイリが好きだからなんだとアルサークは思った。
レイリが家族と言って愛した騎兵隊の皆もまた、レイリを家族として愛しているのだろう。
だからこそ、大切な家族を侮辱された事が許せず、言い返す事が出来なかった自分を恥じたのだろう。
「隊長は十分強いですよ」
自分ではレイリの求める言葉をあげられなくても、それはきっとシュノの役目だから。
それならレイリが安心して泣ける場所になろうと思った。
押し殺した声で、震えながら泣く小さな身体を抱き締めた時、確かに守りたいと強く思った。


赤く瞼を腫らしたレイリが目覚めるまで、アルサークは赤面しながら手を握り続けた。


植え付けられる淫宴。

瞼の裏に光を感じ、朝が来たことを知る。
頭に残る微睡みを、左右に振って振り払う。
そうして身体を起こして上掛けの布団を剥いだところで、

「はぁー……またかぁ……」

せっかく起こした上半身を再び布団の上へと投げ出した。
国永はここ数日、不可解な夢に悩まされていた。
詳しい内容は覚えておらず、断片的な情報すら瞬く間に忘れていく。
なのに悩まされているのは、どこかしっくりこない身体と頭痛、そして、

「この歳で夢精とは……溜まってる、だろうなぁ……」

寝ている間に何度も吐き出したのか、股の濡れた感触が気持ち悪い。
本当に溜まっているのなら寝る前に自分で処理をするが、国永が望むのは違う方。
性処理の仕方としては正しいが、本能としては満たされていない。
国永はオメガだ、それもアルファの番持ち。
どれだけ一人でいじろうと、処理をしようと、番に触れられなければ解消はされない。
国永と双子の弟である鶴の番は今、自領で突発的かつ連鎖的に起こる魔物の大量発生を処理するために王都から離れて居る。
本来であれば冒険者の介入も可能。
だが、個人業の冒険者ならばいざ知らず、ギルドに所属する者は登記街での待機が王命で下されていた。
各地で突発的、かつ連続的に発生する不可解なスタンピードの予測が付かず、戦力を温存するための処置だ。
騎兵隊ですら、今出ている遠征部隊以外は待機を命じられていて動けない状態だ。

「んん……もう何日、会ってないかな……」

はぁ、と内熱を含むため息を吐き、シャワーを浴びて気分を切り替えようと起き上がる。
ついでに、汚してしまった布団やシーツも乾かさなければならない。
今居る場所はギルドの仮眠室であり、備え付けの浴室へと汚れた物々を叩き込んでいく。
そのままシャワーで身体を洗い流し、ついでにそのまま石けんの泡で布団や衣服を踏み洗いで汚れを落とした。
タオルで肌をこする度、水が泡を流す度に肌が粟立つ感覚がする。
発情とはまた違った感覚に、いったい何に欲情したんだか、と鼻で笑った。
綺麗になった物々を除け、浴室の縁に腰を下ろす。
股の間に手を伸ばして、反応せずに萎えている逸物に手を伸ばした。

「ん、ぅ……はぁ……っ」

ただの性欲処理だと無心で手を動かす。
内腿が引き攣る感覚に添わせて一気に手で扱き上げれば、鈴口からとろりとあまり濃くない白濁が勢いなく何度かに分けて出てきた。
夢精をした後は必ず抜いているから濃くはない、むしろ頻度が多くて薄いそれ。
宗近に知られれば、淫乱だと笑われるだろう。
むしろ会えるならば、笑ってくれて構わない。

「はぁ、むなし……」

一人で処理をすると最後は空しさに胸が締め付けられる所が国永は好きではない。
そもそも自分からそんなにしたいとは思わない、どちらかと言えば淡泊な方だ。
普段は双子の弟である鶴丸との触れ合いで発散することの方が多い。
その鶴丸とも、今は必要最低限にしか会えていない。

「国永さーん、注文の品が来たので指示お願いしまーす」
「あー、分かった今上がるー」

外から掛けられる声で我に返り、慌ててシャワーの水を止める。
冒険者の出入りが規制されている今、流通を止めないためにも商業ギルドの仕事は多い。
ここ"天氣雨"は品物ではなく人材の提供を主にしているが、それでも負担は大きかった。
シャワーから上がり、髪を乾かすことなくタオルを首に引っ掛けてズボンを履いただけのラフな格好で執務室に入る。
中には顔見知りが数人、書類仕事をしていた。
その中の一人、緋色の髪をした青年が国永へと顔を向け、ぎょっと目を剥いて驚く。

「おま、なんつー格好してんだよ!?」
「……普通だろ? きみがそんな事を言い出すなんて珍しいな」
「いや、色気がなぁ……」

何事にも豪胆かつ細かい事は気にしない質であるギルドマスターには珍しい小言だ。
物心ついた時から一緒に暮らしているが、向こうも似たような格好をよくしている。
よく分からない、と素直に首を傾げれば盛大にため息を吐かれ、他の者には苦笑をされた。

「お前らの事は宗近に頼まれてんだよ」
「それこそよく分からない」
「離れるから心配なんだろ。つか……寝てないのか?」
「いや? 何故?」
「目が赤いし、クマできてるぜ」

するり、と男性にしては細い指が目と頬を撫でていく。
何気なく普段通りの近さで行われたそれに、背筋がぞわりと跳ねて思わず手を叩き落とした。
驚きに目を見開いて見つめられる。
今のは完全に悪手だったと、気まずさから目を逸らした。
横顔に刺さる視線が痛い。

「ふーん……?」
「ちょっと夢見が悪くて疲れただけさ」

まさか軽く触れられて欲情しそうになったとは言えず、誤魔化しから口にする。
と、逆にそれが気を引いたようでヒスイが訝しげに眉を跳ねさせた。

「夢見、ねぇ……ちょっと奥来い」
「定期検診には少し早いんじゃないか?」
「お鶴もな、夢見が悪いって漏らしてんだとよ」

鶴、という言葉に急に胸が不安に締め付けられる。
こちらが忙しくなったこともあるが、騎兵隊も今は各方面の調整で忙しくしていた。
隊長付である弟はその人懐っこさから交流の幅も広く、今は任される仕事も多いらしい。
幼い頃を同じ孤児院で過ごした仲の隊長に兄貴風を吹かせたい所があるため、嬉しい悲鳴だと言っていた。
その分すれ違って一緒に過ごす時間が減っているので、国永としては寂しい限りだ。
けれども隊長に頼られて嬉しいという気持ちも分かる。

「それなら検診はしなくて良いんじゃないか?」
「まあな。けど案外、お前の影響かも知れないぜ」
「それは、まあ……無くもない、か」
「双子ってのは厄介だな。ただの兄弟と違ってそういうとこも共感すんだからよ」
「俺は鶴の不調には鈍感だけどな」

肩を竦めて言い返し、服を引っ掛ける程度に羽織りながら執務室の奥、ヒスイの部屋へと入った。
あらかじめ用意されている魔方陣の中央に立ち、タオルで髪を拭き始める。
何故かは知らないが、国永には魔術耐性がない。
火や水を直接ぶつけるようなそれには防具で対処出来るのだが、呪いなどの内面に作用するものには抵抗出来ない。
他にそのような人間が居るとも聞いた事が無く、対処療法にはなるがヒスイが定期的に魔術で探って逐一解呪していくという方法を取っていた。
面倒な上に、探られている間は何とも言えない気持ち悪さが伴う。
出来れば遠慮願いたいが、放置して厄介なことになった前歴がある。
更に心配性な弟と番が居るため、もはや国永に拒否権はない。

「ん、なんもないな」
「はぁ……それならまあ、良いか」
「マジでお疲れだな? 今日は東二区の孤児院見に行ったら休んで良いぜ。騎兵隊行ってこいよ」
「え、良いのかい?」
「ん、今日は俺が居る。泊まってきても良いぜ」

後の事は任された、と勝手に決めてしまったヒスイに背中を圧され、ギルドハウスから追い出された。
外は最近の時勢とは違って晴天で、春から夏へ変わるこの時期は温かな風が心地良い。
すっかり晴れた青空はピクニック日和というやつで、街中を歩き回るだけでも気持ちが好いだろう。
暗いところから明るいところへ出たせいで眼が眩んで、一瞬視界にピンク色が過ぎった気がした。
何かあったかと周囲を見渡せば、工房へ新しい服飾作りの為にかピンクの布束が入れられていく。
うちのギルドで販売しているワンピースへと、きっと仕立て上げるのだろう。
多くのフリルとレースで飾り立て、少女趣味な出来映えの。
あるいは単にカーテンとして使うのかも知れない。

「さて、そんじゃあ歩くかぁ」

燦々と輝かしい日差しは心地良いものの、若干目が痛くなる。
いつも通りフードを目深に被って狐の面を付け、孤児院へ向けて国永は歩き出した。



近付いてくる度に聞こえが大きくなってくる子供の声に、国永は我知らず笑みを浮かべる。
他人を信用しない、というより他人と距離を取りがちな国永だが、子供は嫌いじゃない。
純粋さも突拍子の無さも、全力でぶつかってくるところも、双子の弟に似ていて好ましく思う。
東二区は孤児院と奥に小さな礼拝室があるだけで、一般には開放していない教会の建物になる。

「こんにちは、国永くん」
「神父様、こんにちは」

ホウキを手に門前を掃いていたらしい顔なじみの神父に会い、国永は頭を軽く下げて礼をした。
見た目は30代くらい、だろうか。
古都の教会本山に居る信者とはまた違い、けれど国永の育ての親とも違う聖職者。

「本日はどのようなご用で……あ!まず中でお茶にしよう」

いつもは一歩引いた態度で来る彼にしては珍しい誘いに、疑問を覚えた。
が、次の瞬間にエスコートのためか腰に手を回され、それがゆっくりと背筋の形をなぞるような動きだったために、国永は上がり掛けた嬌声を手で抑えるだけで精一杯で。
カクリ、と膝から力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
今の一瞬だけで頭が真っ白になり、そして羞恥と屈辱で顔が赤くなっていく。
まさか"見知らぬ誰か"の手が腰に当たっただけで"感じ"てしまう、だなんて。
しかもそれだけではなく、感じたせいで腰抜け、ではないが足から力が抜けて仕舞うだなんて。
全くもって屈辱だ。
それもこれも、顔を見せない番のせいで熱が発散出来ないからだと一方的に怒りを覚える。

「国永くん? どうしたの、大丈夫?」

人の良さそうな神父が伸ばしてくる手を腕で払い、我に返った。
怒りをぶつける相手が違ったと苦笑いを浮かべてその場に立ち上がる。

「すみません、立ち眩みをしたみたいで。大丈夫です」
「……そうか。けれど、無理はしないで」

立ったままだったのに立ち眩みも何も無いだろうが、息を整えて思考を切り替えようとする国永は気付かない。
神父が酷く冷たい目で見つめている事も、払われた手を爪が食い込むほど握りしめていることも。
その場で深呼吸を繰り返した国永が神父に向き合う頃には、既に仮面を被り直している。

「それより、今子供達は?」
「菜園を見て貰っているよ。後は裁縫に……刺繍をあとで見て貰っても良いかい?」
「勿論。バザーに出せない端布はいつも通りうちで買い取りを」

普段より近い距離、馴れ馴れしい態度に違和感を感じつつも素っ気ない態度で流した。
王都の法律では孤児院は成人の15歳まで居られるが、実際は12.3歳で退所させられる。
後から入ってくる子供達を優先させるように言われているせいだ。
質素倹約を心掛けては居ても、定員というものがある。
ヒスイはそんな子供達が退所までに手に職を持てるよう、見習いという形での通い仕事を率先して振り分けていた。
更にバザーで売れないようないわゆる失敗作、習作の買い付けを。
試験的に複数の孤児院へ協力を取り付けたことで、利益が出るように調整している。
強い者は優遇され弱者は淘汰される世界だが、それ以外の道を模索していた。

「今年退所する予定の三人だけれど、雇われ先が見付かってね。国永くんの所での経験が役に立ちそうだよ」
「それって……ああ、あの子等か。礼儀正しいし、客への対応も良かったな。下位侍女やメイドなんか良いと思ったんだが、その子等はどこに?」
「国永くんの言う通り、貴族の家にね。所作が良いと評判だったよ」
「そうか……それは、めでたい。いや、良かったですね」

言葉では褒めつつも暗い顔の国永に、神父は薄い笑みを貼り付けたまま首を傾げて顔を覗き込む。

「もっと喜んで貰えるかと思ったんだが……」
「え? ああ、いや、喜んでますよ。ただ……すみません、疲れてるみたいで」

苦笑を浮かべて首を振る国永に、神父の目が微かに光った。
真一文字に潜めようとするも、口端が引き上がって不気味な笑みになっている。
そんなことにすら気付く余裕のない国永は、頬を数回叩くと笑みを浮かべて神父を見た。

「あの子達の夢が叶って良かったですよ。子供達のところに行っても?」
「ああ、勿論。彼らも喜ぶよ」

にっこりと人好きのする笑みを浮かべ、神父は先を歩くことで国永を案内するのだった。



陽に透ける桜色の髪を、小さく丸い頭を見ながら神父は込み上げる笑みを抑えていた。
今国永は彼の腰ほどの高さしかない子供達に囲まれている。
おんぶや抱っこを強請られ、手を引っ張られと忙しそうだ。
紅い瞳が慈愛に緩み、子供達の頭を撫でて優しげに笑っている。

「はぁ、国永……きみはやはり天使だ……」

うっとりと、自己陶酔に浸りながら神父は小さく言葉を零した。
子供達を見て輝くその宝石のような瞳が淀み、媚びを含んで蕩けるのを知っている。
桜色の髪がさらりと指先をすり抜けるほど柔らかく艶やかで、白濁とした液体がよく似合うのを知っている。
小さな子供が飛び込むその腰は細く、しなやかに反れる様を知っている。
小振りの尻の先、後孔は柔らかく締め付け、吸い付いてくるのを知っている。
白い肌はきめ細かい肌触りで、赤く色付いていく様が扇情的なのを知っている。
全部全部、己の為に用意されているのだと神父は笑う。
日頃は弟のことや子供達のことを闊達に語りながら、舌っ足らずにお強請りをすることを。
蕩ける肉襞が熱く、それを擦られるのがたまらなく好きだということを。
入り口の浅い辺りを何度も擦られ、きつく締め付けた末に奥まで一息に突かれると泣き叫んで悦ぶことを。
色事など知らないような顔が、蕩けて淫猥に微笑み舌を伸ばして誘い込むことを。
引き締まった内腿が引き連れ、離れる事を拒んで腰に絡みついてくることを。
知っている、知っている、知っている。
昨日の淫事でもそうだった。
国永は薬が好きで神父が好きで奥で出されるのも口に呑み込むのも好きで突かれる度に瞳を蕩けさせてよがっていた。
"恋人"の自分は国永の全てを知っている。
本当ならば毎日でも抱きたいが、贔屓の魔術師からは間を置くように止められていた。
それが不服であったが、こうして憔悴していく様を、疲れた顔を隠せなくなっていく国永もまた愛らしい。
もうすぐ、もうすぐで夢だけではなく現実に手に入れることが出来るのだ。
国永には子供の雇い先が見付かったとだけ言ったが、彼女らは本当によく売れた。
これでまた、国永のための部屋を飾り付けることが出来るだろう。
太陽の下で子供達と楽しげに笑う国永を見ながら、神父もまた暗い欲望に嗤うのだった。

虹のかかる庭




「あっつい……」


季節は夏。
王都は記録的な猛暑が猛威を振るっていた。
いつも元気な孤児院の子供達も流石の暑さにぐったりしている。
その中で表情が乏しい金髪の子供だけがきっちり服を着込んでいて、他の子供達はラフな格好をしている。
「なぁレイリ、暑くないのか?」
レイリは黙って首をかしげた。
「レイリは貴族なのだから人前で肌を見せる習慣が無いのだろう」
黒髪の少年が気だるげにうちわで自分を扇いでる。
「でーもー!ここはこじいんなの!
きぞくとかへーみんとかかんけーないの!」
そう言って一番小さな子供がレイリの手を引いた。
とてとてと手を引かれるままについて行くとレイリを視線で追いつつ、誰も追いかけることはしない。
暫くしてシスターとご機嫌な鶴丸が帰ってきた。
「お鶴、レイリはどうした?」
今度は黒葉が不思議そうに首を傾げた。
するとシスターがニコニコしながら避けると、後ろに隠れてたレイリが恥ずかしそうにシスターのスカートを掴んだまま、何かを訴えるみたいに見上げた。
いつもは高貴な産まれらしくきっちりと綺麗に着込んでいる服だが、鶴丸に無理やり着替えさせたせいか、皆とお揃いの真っ白なセーラー襟のノースリーブワンピースを着ている。
泣きそうになりながら猫のぬいぐるみを抱きしめたまま恥ずかしそうに皆を見ている。
「えへへー、シスターにきせてもらったんだー。
これでみんなおそろいだ!」
「はずかしいよ…」
小さく呟くレイリはすぐに誰かの後ろに隠れようとしてしまう。
「はずかしくないぞ、レイリ。
ここではみな、おなじかっこうだ」
色は違えどデザインは一緒の服を皆で着ている。
そこに安心感を覚えたレイリはシスターに促されるまま、手を引かれて外に出ていった。
「きょうはあついからみずあそびしていいって!
くにに、 ほら、つめたいよ?」
小さな手がぼんやりとした双子の兄の手を引いて水場まで連れていく。
蛇口をひねると冷たい水が勢いよく溢れてきて鶴丸の服を濡らした。
「?」
首を傾げた国永は弟の隣にしゃがみ込むと、小さなバケツに水をたっぷり張ると、小さな手に水を汲んで鶴丸にパシャッと掛けた。
「あっ!くににやったなー!」
「きゃあ!」
双子は楽しそうに水遊びをはじめ、途中でおいていかれたレイリは黒葉に手を引かれ、ぬいぐるみに隠れるように水場まで連れてこられる。
木陰に置かれたベンチの下には大きな桶にたっぷりの水が張ってある。
「ここに座って素足を水に浸すといいぞ」
そう促されて、レイリは履いている靴と靴下を脱いで桶の外に置くと、冷たい水に足を浸した。
「ひゃ!」
「水遊びははじめてか?
まぁ貴族はこの様な遊び方はせぬかもしれんがな」
「だが、なかなかきもちいいぞ」
隣を見れば鶯が小さな手桶に汲んだ水を足に掛けていた。
「あの……なんで、みず……」
なぜ足に水をかけているのか不思議になって、ぬいぐるみから顔を覗かせた。
「?さいしょにみずをかけないと、つめたくてあしがびっくりするだろう?」
「あしが…びっくり?」
「そうだ、びっくりするだろ?」
レイリは首を傾げつつも足に水をかけてから桶に足を浸した。
「ふぁ……つめたくてきもちい」
ふにゃりと小さく微笑むレイリに、黒葉と鶯はレイリの隣に座る。
まだ人慣れしないレイリを安心させる様に手をギュッと握る。
しばらく足を浸していれば冷たさにも慣れたのか、ぱしゃぱしゃと小さな水しぶきを上げて遊び始めた。
「すきだらけだぜ!」
そう言って鶴丸が小さな木製の筒をレイリに向けると、顔面に向かって中に溜められた水を発射した。
思いがけずずぶ濡れになったレイリは何があったか理解出来ずポカンとし、抱きしめていたぬいぐるみがしっとり濡れているのに気が付くと大きな青い瞳に涙を貯め始めた。
「う、うわぁぁぁぁん」
隣に居た黒葉に泣き付くと、黒葉がポケットのハンカチでレイリの顔を拭いてやり、ちょっとビックリさせるだけのつもりが泣き出されて鶴丸も驚き、オロオロしてる。
その隣で国永が鶴丸の手をぎゅっと握ってよしよしと頭を撫でてレイリの前に連れて行く。
「つる、ごめんなさいでなかなおり」
「あっ…うん。レイリ、ごめん…いっしょにこれであそびたくて……」
差し出したのは先程の木の筒。
「これは、水鉄砲だな」
「みずでっぽう?」
隣から鶯がひょこりと顔を覗かせる。
「ローゼスにつくってもらった!
ここにみずをいれて、これをおすとぴゅーってみずがでてすごくたのしいんだ!!
なー、くににー?」
「なー?」
鶴丸が国永に笑いかけると国永も首を傾げながら相槌を打った。
「おみず、いれるの……?なんで?」
「お鶴、ちょっとかせ。
これはこうやってこの筒に水をためれるんだ」
足元の水桶に水鉄砲の先端を浸し、棒をゆっくり引いてギリギリで止める。
「これで中に水が溜まっているから、この棒を押してみるといい」
黒葉が差し出したそれを受け取り、全員な顔を見回しながら、レイリは俯いたまま下に向けて棒を中に押し込んだ。
ピュッと細い部分から水が飛び出して鶴丸と国永の間の地面を濡らした。
「ぴゃ!」
驚いた双子の声に、レイリがビクッとしてまた泣き出す寸前で黒葉にしがみついた。
「なんだ?びっくりしたのか?
おれたちはべつにだいじょうぶだぜ」
「レイリ、たのしくなかった?」
双子が今にも泣きそうなレイリの膝元にしゃがみこんで顔をのぞき込む。
「えと……いきなりおみずでたから…びっくりして……」
楽しくない訳じゃないとレイリは小さく呟いた。
「あは、じゃあいっしょにあそぼ!」
「どこまでとおくとばせるかならきんちょーしないだろ?」
双子がニコッと笑ってレイリの手を引いた。
濡らした足を拭いて靴を履くと、水桶の隣にかがみこんだ。
「このせんからこっちにむけてはっしゃするんだぞ!」
レイリはこくんと頷いて黒葉に水を詰めてもらった水鉄砲を線の向こうにむける。
「レイリ、すこしうえむきにおしだすといいぞ」
鶯からのアドバイスを受けて少し上向きに水を放つと、放物線を描いて飛んでいく。「あ、にじ!」
「ほんとだ、レイリすごーい!」
双子がキャッキャと楽しそうにレイリの両隣りではしゃぎだす。
「うわぁ…!」
一瞬の小さな虹に今までうつむき加減のレイリの顔がパァっと明るくなった。
「あら、みんなで水遊びしてたの?
そろそろお昼ご飯の時間だから中に入ってらっしゃい」
ローゼスがタイミングよく子供達が遊んでいる庭にやってきた。
「ローゼス!」
ローゼスを見つけた途端、レイリは走ってだきついた。
「あのね、あのね、ぼくいまにじをつくったの!
みずでっぽうからね、おみずぴゅーってしたらにじできたの!」
屋敷が火事になって家族も使用人も全員亡くなってから抜殻の様になってしまった幼い従兄弟が嬉しそうにはしゃいで虹が出来たことを身振り手振りで話してくるのが可愛くて、にこりと微笑んだ後にレイリを抱き締めた。
「そう、よかったね。
水遊びは楽しかった?」
「うん!」
「じゃあ今日はここでみんなでご飯食べようか?
木陰にお水の桶を置いて涼みながら食べようね。
今日はサンドイッチだからみんなは木陰で大人しく座っててね」
「はーい!ローゼス、おれたまごのやつー!!」
「それぞれランチボックスに入れてあるから好き嫌いしないで食べなさい?」
木陰のベンチで座りながら水に足を浸し、サンドイッチを食べながらおしゃべりしてる合間に眠くなったのか、ベンチで寄り添ってお昼寝をしていた。

「あらあら、仲がいいこと」
それを眺めながらローゼスがふふっと微笑んだ。
今日は暑いくらいだから、もうしばらくこのままで居させてあげようと、ぬるくなった水を新しい冷たい水に変えて、木陰でお昼寝をする子供達の目の届く場所で庭仕事を始めた。

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