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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
ふと、自分の体に掛かった荷重の変化に反応してシュリは目を明けた。
飛び込んできた色の明るさに眉をひそめ、
「最低」
と掠れた声で一言。
上に乗った者が忍んで笑う度に、体に掛かった重さが変わる。
「朝から盛るな」
「まさか、これでも我慢してるよ。レイシーがそろそろご飯にしましょうってさ」
「それで隊長御自らお越しに?」
「お前の寝顔が見たいから。感謝してくれて良いよ」
「冗談」
起きるからよけろ、と腕に力を込めて金色の天使のような笑顔を押しのける。
が、それだけで簡単に避ける訳もない天使――レイアはむしろシュリを抱き締めて目頭にキスを送ってきた。
「止めろ」
「うん、寝起きのお前はやっぱり可愛いね」
「死ね。レイシーの飯はどうする」
レイシー、という一言で固まって動きを止めるレイアに、シュリが舌打ちをする。
本格的に体を起こすと、目に飛び込んでくる紅色に刺激されて頭の重みが取れていく。
常に夕暮れを移している空は決して起きやすいものではないが、長年見慣れているのでもう慣れていた。
痛む腰も慣れたもので、そんな気配すら見せずに体を起こすとベットの上にわが物顔で横たわるレイアが笑う気配がする。
それを睨んで封じ込め、軽く服を羽織ると声も掛けずに部屋から出た。
キッチンへと行けば、白金髪を頭の上で一つに括った女性が鍋を覗き込んでいる。
ここでも声を掛けずに近い席へと座り、待つ。
「レイア隊長が行きませんでした?」
「後から来るだろ」
「そうですか? じゃあ先にご飯出しちゃいましょうか、改めておはようございます、シュリさん」
「ああ」
眠気にあくびを漏らしながらの返事に、女性は小さく笑って返した。
今日のご飯はパンケーキですけど、甘くしないでタマゴやサラダを添えましょうか、等と説明する声を聞いて目を瞑る。
頭に掛かる重みに目を開けば、極上の笑みを浮かべた青年が居た。
「遅かったな」
「うん、お前の残り香を嗅いでて」
「止めろ変態」
思わず耳を赤く染めたシュリが言い返すと、にやりと妖しく笑い出す。
本当にこの変態を誰かどうにかしてくれないかと思ったところで、二人の間を二枚のプレートが隔てた。
それを差し出す手は丸みを帯びていて、レイシーのものだと気付く。
「残念、食事が先だな」
「飯くらい大人しく食えよ」
「それより美味しそうなものが目の前にあるから仕方ないよね」
「私のご飯じゃご不満ですか?」
「ぐだぐだ言わずに食え」
まだ話しそうに開かれた口が音を紡ぐ前に、差し出されたプレートから出ている緑色の野菜を手にとって口へと押し込む。
大人しく粗食する音を聞きながら、シュリも自分のパンケーキへと向き合った。
出来たてらしいそれは暖かく、バターの香りが鼻腔をくすぐる。
無言で口を動かしながら、同じように切り取った一かけを隣に座るレイアの口元へと運び、かじり取るのを確認して手元へ戻した。
何度か同じように繰り返していると、先に食べ終わったレイアが口を開けて次を催促し始める。
それに何を与えようかと考えたところで、上機嫌に微笑みを浮かべて様子を見ていたレイシーに気付いた。
「何だ」
「いえ、お二人とも美味しそうに食べてくれるな、と思って」
「他に言いたい事がありそうだな」
「まあ……」
「ねえシュリ、次は? 無いならお前を頂く――」
不埒な口にフォークに差したパンケーキを無理矢理押し込む。
切り分けていないそれは大きな塊だったので、若干驚いたらしいレイアに鼻で笑い、
「鳥の餌付けを見てるみたいだな、と思いまして」
レイシーの冷静な一言に、己の前にある皿とレイアの顔を見比べた。
いつの間にか自分の前に置かれた二つのプレートは、きっちり同じ分だけ減っている。
それはつまり、シュリが自分の食べた分だけレイアに与えていたという証拠でもあり。
若干言いにくそうに口元を歪めながらも、
「そうだな……」
と苦い声をこぼすのだった。
レイアはただ、極上な笑みを浮かべて笑っている。
窓から差し込んでくる光に反応してシュノが目を空けると、外には青い空が覗いていた。
今日の天気は特に良いらしく、よく晴れている。
だがまだ早い時間である事にも気付いたシュノは、腕の中で眠る愛しい存在に日が掛からないよう、細い体を抱え直した。
小さくなって眠る体から力が抜け、幼子のような穏やかな表情が覗く。
その額にキスをして、重なるように軽く眠りに着いた。
穏やかな朝の時間を過ごした後は、ぐずる赤子をキスであやして起きる事にした。
恐らく他のメンバーは折々に動き始めているだろう。
今日の街の見回りは気むずかしく口数の少ない青年とそれをからかう青年の二人組だったか。
あの二人がむしろ問題を起こしそうだと、起こした赤子――レイリと並んで話しながら食堂へと向かった。
「おはようございます、お寝坊さん」
二人に気付いたのはカウンターの中に居た茶色の巻き毛を揺らす笑顔の女性。
柔らかな微笑みにイタズラな目をしている。
「おはよう、今日のご飯係はエアリス?」
「腕によりを掛けて作ってます。皆は予定通りに動いてるの、隊長のご予定は?」
「そうだなぁ……まずは甘いパンケーキで」
「ふふ、はい」
たっぷりとシロップを掛けてくれると約束したエアリスが卵を取り出す様を後目に、レイリがシュノを仰ぎ見た。
その目は何にするのかと問いかけていて、
「エアリス、茶を入れてくれ」
「はい」
「シュノ、朝はちゃんと食べないと」
「要らない」
いつもの事ながら困った顔で見上げてくるレイリの額に手を置いて引っ張り、近くにあった席へと歩み寄る。
わざわざ離れる事もせずに二人、並んで座りながら待つことにした。
レイリは朝ご飯を食べた方が良いと力説しているが、シュノの耳には右から左へと流れていっている。
そもそも食事を楽しむ方でもない上に、食べなくても調子が変わらないのだ。
なら面倒くさい事をする必要は無いというのがシュノの弁。
不服そうにしながらレイリが頷いたところで甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「お待ちどおさま」
「うわあっ!!」
エアリスの笑顔とともにやってきた甘い香りの元を見、レイリは喜色の声を上げる。
鮮やかな色のフルーツは今朝のもぎたてらしく瑞々しい色をしていて、それを隠すのは真っ白の生クリームだ。
土台のパンケーキにはハチミツがたっぷりと掛かっていて、溶けかけのバターが香ばしさを醸し出している。
レイリでなくとも美味しそうだと思いながら、シュノはエアリスの鮮やかな手並み感心した。
「いただきますっ!」
「召し上がれ! 副隊長はお茶だけで?」
「ああ、良いよ。ありがとう」
「どう致しまして」
お盆を持ちながらカウンターの中へと下がるエアリスの背中を見送る。
と、レイリが早速パンケーキにナイフを入れた。
ふんわりとした生地はなかなか厚みがあるらしく、レイリが大きく口を開けてもまだ余る。
口の端に生クリームが付くのを気にせずに必死にかぶりつく様が可愛らしい、と。
シュノはレイリの口に付いた生クリームを横から舐め取る。
「美味いな」
「でしょう? シュノも食べようよ」
はい、あーん。
差し出されたパンケーキの欠片を素直に口に入れ、温かみの残る生地に香るバターとフルーツを粗食する。
文句なしに美味しい。
そこまで量は食べないながらも、これならばとレイリに差し出されるままにフォークに口を付けていた。
ふと、ケーキに夢中になっているレイリには届かない程度の忍ばれた笑みの気配を感じてシュノは振り返った。
視線の先はカウンターの中に居るエアリス。
目が合うと、彼女は小さく笑って首を横に振った。
「ごめんなさい、何だか二人が親子みたいで」
「親子……か?」
「ええ、副隊長がお子さんで」
悪気のない笑顔からこぼれた一言に、子供なのはむしろレイリの方だろうと半眼で抗議をした。
が、言い直す気はないらしくエアリスは笑顔のまま、口を開く気配はない。
親子のようであり、子供であると言われて微妙な感じはしたが、悪い気はしないと喜色でパンケーキを頬張る最愛の人を眺めた。