スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

ティアとエヴァ



「貴方の目附役としてこのエヴァンジルをつけます。
彼女は貴方の望んだ魔憑きですが、彼女を調べるんでしたら私に必ず一言お願いしますよ。」
「へぇ…君が魔憑きのお嬢様か…。
話に聞いていた公爵令嬢じゃないのが残念だけど。
ぼくはオルティシアだ、宜しく。」
ニッコリと嫌味な笑みを浮かべるオルティシアをエヴァンジルは睨み付けた。
「私は協力なんかしないぞ。」
「エヴァ、これは隊長命令です。
私が許可を出したときには彼女の研究に協力しなさい。」
隊長命令とあれば、エヴァンジルはもう黙るしかなかった。
人当たりの良さそうな顔をして、中身はとんだ悪魔だと、心の中でレイリに文句を言ってエヴァンジルは舐めるようにこちらを見ているオルティシアから目線をそらした。
「早速幾つか話を聞かせていただきたい。」
「随分熱心ですね、昨日もここにある資料を読んでいたんですから、少しは休んだらどうですか?」
「貴方も研究者なら判りませんか?
今ぼくの目の前には今まで追い求めた魔憑きがいる、寝ている時間も惜しい。」
ゼクスは最早何も言うまいとエヴァンジルに目配せした。
その意味を理解したエヴァンジルは逃げられないのだと悟り、嫌々と椅子に座った。

これは凄く、居心地が悪い。

「さて、エヴァンジル…と言ったっけ?
うーん、長くて言いにくいからエヴァちゃんと呼ぼうか。」
「やめろ!!その呼び名で私を呼ぶな…!!」
エヴァはゾクリと体を震わせ、声を荒げた。
ティアはにんまりと笑って、獲物を目の前にした肉食獣の様にエヴァをみた。
「おや、気狂いの魔女と同じ呼び名はお気に召さないかい?
それではお嬢様、何とお呼びしますか?
君が忌み嫌う家名でお呼びしますか、スカーレット嬢。」
「やめろ、やめろ!!」
「エヴァ。落ち着きなさい…」
ゼクスがエヴァの腕を不意につかむ。
はっとして我に戻ると、エヴァは左目がズキズキと痛むことに気がついた。
「ティア、エヴァの能力を見るために彼女の精神を揺さぶるのはやめなさい。
貴方の貴重なサンプルが使い物にならなくなりますよ。」
「それは失礼。玉蘭、アレを持ってきて。」
「はい、マスター。」
可愛らしい人形のような少女は、研究室に宛がわれたティアの部屋から小さな鉢植えの葉っぱを持ってきた。
「エヴァ、ちょっとこの葉っぱを左目に当ててみてくれないかい?」
荒ぶってやり場のない感情を無理矢理押さえ込み、葉っぱを受け取るとズキズキと痛む左目に当てた。
「落ち着いて、気分を楽にして。」
玉蘭の澄んだ声が頭にぼんやりと響く。
「これは?」
「鉱石花の葉っぱです。白玉蘭が育てている特殊な花で、ぼくの見立てが正しければ煎じて飲めば軽度の魔憑きによるダメージは軽減できる。
魔憑き本人が使えば能力のオーバードライブをある程度落ち着かせられる。
ただ、魔憑き本人による実験はまだだから、どの程度効くかは判らない。」
ゼクスは荒く息をしていたエヴァの呼吸が落ち着くのを目の当たりにして、ティアの頭の出来は信頼しても良さそうだと感じていた。
「エヴァ、気分はどうですか?痛みは?」
「…もう…ありま、せん…」
さすがに葉っぱ一枚でざわつく左目が大人しくなったことに驚いているようだ。
「隊長から聞いたんだけど、エヴァは魔憑きである自分がコンプレックスなんだって?」
ティアはバインダーに挟んだ紙に今の出来事をメモしているらしく、目線を落としたままエヴァに話しかけた。
「それがなんだというんだ。」
「もし、その魔憑きの力を無くせたら、君は別の人生を送れる。
ぼくはその為に騎兵隊に協力している。」
「何がいいたい?」
「利害が一致している間は仲良くしようっていってるんだよ。
君は魔憑きを治したい、ぼくは魔憑きが何なのか知りたい。
だから君がその力を拒絶するならなくす方法を探してあげるって言っているんだよ。」
「そんなことが出来るのか!?」
思わず立ち上がったエヴァに、ティアはようやく目線を向けた。
「さぁね、判らない。
有るかもしれないし、無いかもしれない。」
「なら…」
「でも、何かアクションを起こす前に諦めてしまうのは愚かだと思わないかい?
自分の一部、自分だけの力、他者にはない特別な力。
それを何なのか正しく理解もせずに忌むべき物だと決めつけるのは、愚か者のすることだ。」
ティアの言葉に、エヴァは何も言えずに黙ってしまった。
「なら…私は…どうすればよかったんだ…」
暗くて冷たい部屋に閉じ込められ、一人ぼっち。
魔女の笑い声にいつも怯えていた。
「……そうだね、ぼくなら徹底的にしらべる。
他の人には無くて自分にある何が魔憑きの原因なのか。
何故、自分でなくてはならなかったのか…。」
「何故…私でなければ…?」
「そう。だってそれは君の能力は他の誰でもない、君を選んだんだ。」
ティアがエヴァンジルの眼帯を奪い取った。
「返せ!!」
「どうして?君には必要ないだろう?
魔女の元で君は魔憑きを制御する術を身に付けているはずじゃないか。」
「それでも…私には必要なんだ。」
自分が化け物だという証。
「そうやって、自分を差別してしまうのは良くないね。
でも君が不安がる気持ちにも興味はあるよ。」
そう言ってティアは個包装された何かをエヴァに差し出した。
「これはさっきの葉っぱを薬剤にしたもの。
さっきも言ったけどこれは魔憑きから受けたダメージを癒す効果がある。
ただ、これも魔憑き本人の実験はまだでね。」
「私を実験台にするのか。」
「人体には無害だよ。魔憑きにどう影響するかはわからないけどね。
ただ、葉っぱをを目に宛てただけで軽い暴走程度なら制御できただろう?」
確かに、先程の痛む左目を一瞬で治療したのはエヴァも驚いた。
「自分は化け物だという割には君は生きたがりだな。
その癖人に戻りたいと漏らす実、その方法が目の前にあっても試そうとしない。
ねぇ、君は何になりたいの?」
ティアの容赦ない言葉がグサグサとエヴァに突き刺さる。
「わたし…は…」
ただ、普通に生きたかっただけだ。
優しい両親と姉達と何処にでも居るような家族になれればそれだけでよかった。
愛して欲しかった、自分は愛されて、必要とされて生まれてきたのだと。
ティアから薬を受け取ると、エヴァはそれをぎゅっと大切そうに握った。
「私は人として普通でありたい。
だが私が化け物だというのも事実だ。
それなら、お前に協力してやる。」
あの頃に戻るのは苦痛だが、それでもエヴァ普通に生きたいという思いが強かった。
「どうせ諦めていた人生だ、捨てるくらいなら一縷の望みに賭けるのも悪くない。」
「エヴァ…一つ貴女に言っておきたいことがあります。」
今まで傍観していたゼクスが珍しくエヴァに言葉をかけた。
「タウもレシュオムも貴女の事を大切に思っています。
隊長も、エヴァの将来を考慮してティアの入隊を許可したんですよ。
諦めるには少々早計ではありませんか。」
まさか、ゼクスがそんなフォローを入れてくるとは予想すらしていなかったエヴァは目を丸くした。
そして、自分が唯一大切だと思う友人の顔が過り、そうだな…と呟いた。
「何があるか判らないから一度に全部飲まなくていい、左目に痛みを感じたら一包を半分、痛みが収まらないのであれば全部飲んでも構わないよ。痛みが止まるか身体に不調が出たら教えて。」
「ああ…」
「それじゃあね、行こう玉蘭。」
ティアは気だるそうに立ち上がると玉蘭の手を引いた。
「なんなんだ、あいつ。」
エヴァは複雑な気持ちで薬を握っていた。


ポッキーゲーム



「ねぇ、シュノ。ゲームしようか。」
「………は?」


静かな執務室でレイリが唐突に言い出した。
シュノはたっぷりと間を置いてから漸く言葉を絞り出した。
レイリはいたずらっ子の様な笑みを浮かべていて、こんなレイリは基本的に悪いことしか考えていない。
レイリは応接用のソファーに座ると、シュノの方を見ながら隣をポンポンと叩いた。
どうやら隣に座れと言うことらしい。
自分の机の上に積み重なった書類を見て、同じように書類が積まさっているレイリの机を見て溜め息をつく。
山のように積み重なった書類は既に3つの山を作っているが、10分の1も処理されていない。
このまま流されてお遊びに付き合っていたらこの書類達は片付かないと踏んだシュノは心を鬼にして、書面に目を落とした。
「遊んでる暇があるなら仕事しろ。
その書類を片付けたら遊んでやる。」
「えー、一回だけ!!一回だけでいいから!!」
甘えるようにねだる声に思わず流されそうになるが、書面から目を外さないでなんとか耐えた。
すると、面白くないレイリは何かちいさな箱を持って立ち上がった。
「いいよ、シュノが遊んでくれないなら他の人と遊んでくるから。」
「おい、仕事しろよ!!」
「そっかぁ、シュノは僕が誰かとちゅーしてもいいのかぁ。」
レイリは不穏な一言を残して部屋から出ていこうとする。
しかしながら、それは何かによって阻まれた。
「お前、何する気だ。」
珍しく怒りに顔を歪めたシュノが、レイリの腕をきつく掴んでいた。
普通の人間なら一瞬で息が詰まるのだが、レイリはむしろ楽しそうに笑って口許に先程の箱を差し出した。
「ポッキーゲームしよ?」
差し出されたのはお菓子の箱で、首をかしげながら上目使いでにっこりと笑うレイリに、シュノはついに折れた。
「一回だけだからな。」
ここでレイリを逃がしたら仕事が進まない上、レイリが他の誰かとポッキーゲームをしてキスをする場面を想像したくなかったからだ。
「僕チョコついてる方がいい。」
「どっちでもいいよ、早くしろ。」
「追ったり、進まないのは反則だからね。」
「判った判った。」
一本のポッキーを二人でくわえて、少しずつ食べ進めていく。
いつもは見慣れているシュノの顔がゆっくり迫ってくるのに、心臓がドキドキする。
「……っ」
あと少し、と言うところでレイリが食べるのを止めてしまう。
シュノは口の端を吊り上げて笑った。
そのまま壁際にレイリを押しやり、残りのポッキーごと、レイリの唇を奪った。
「んっ…ぅん…」
そのまま舌を絡め取られて濃厚なキスに変わると、レイリの身体から力が抜けてシュノにもたれ掛かった。
「お前の負けだ、レイリ。」
「ふぁ…シュノ、もう一回キス…」
シュノはレイリの額に小さくキスを落とすと、不服そうなレイリの耳許で囁いた。
「続きは、仕事を終わらせたらな。」
「ひぁ!!耳…しゃべら、ないで…」
シュノがおかしそうに笑いながら腰砕けなレイリを抱き上げて椅子に座らせる。
「ほら、がんばれ。」
積み上がった書類の束に、レイリが目で何かを訴えてくるが、今度こそ完全無視を決めたシュノは自分の仕事に向かった。

「ねぇ、シュノ。
さっきはやきもち?」
真面目に仕事をする気になったのか、余ったポッキーを摘まみながらレイリが書類にサインしながら問い掛けてきた。
「……さぁ、どうだろうな?」
「嘘ばっかり、ホントはやきもち焼いてたんでしょ。」
シュノが黙っているのを、肯定と受け取ったのか、レイリは嬉しそうに笑って冷めてしまった紅茶に口をつけた。
「何ニヤニヤしてんだよ、気味悪い。」
「いや、僕はシュノに愛されてるなぁって思っただけだよ。」
「そんなの、今更自覚することじゃねぇだろ?」
口許を優しく緩めながら、書類から目を外さないでシュノがぽつりと呟いた。
「でも、嬉しかったから。
君が誰かに嫉妬する程愛してくれるのが。」
「レイリ、お前が悪いんだからな。」
「……え?」
シュノはレイリの唇を塞いで、そのままレイリを抱き上げるとソファーに押し倒した。
「ふぁ、シュ、ノ…」
「無自覚じゃないだろ?
お前が誘ったんだから責任とれよ。」
「……うん。」


書類なんて、最初から片付かない事が決まっていたのだから。






おまけの初代編。


「シュリ、ちょっと。」
上機嫌なレイアがワクワクしながらお菓子の箱を持ってジリジリとシュリに詰め寄ってきた。
嫌な予感に、既に逃げ場を失ったことに朱里が気が付いたのはレイアにがっしりと腕を捕まれた辺りだ。
「レイア、何する気だ。」
「ただのゲームだよ。」
そう言ってレイアはシュリをベットに座らせ、お菓子の箱からポッキーを一本取り出してシュリの口に押し込んだ。
「これを同時に食べていって先に離した方が負け。
折ったり、食べ進まないのも負けだからね。」
「まて、俺はやるなんて一言も…」
「ふぅん。負けるのが怖いんだー。」
「…そうは言ってない。」
シュリは黙ってポッキーを口にくわえ直してレイアを見た。
レイアは勝ち誇ったように笑いながら、反対側に口をつけた。
さくさくとお互いに食べ進めて、あと少しで唇が触れると言った時にレイアがシュリの頭を食いっと引き寄せた。
「ん!?」
シュリはそのままベットに押し倒されて、レイアのキス責めにあっていた。
息吐く暇もなく、シュリは苦しそうにレイアを押し退けた。
「しつこい。」
「先に離したからシュリの負けな?」
レイアはニッコリと笑いながらシュリをベットに引きずり込んだ。
どうせ結果は変わらないのに、わざわざこんな遊びを持ちかけてくるレイアが愛しくて、シュリは黙ってその身を任せた。


こんなことしなくても、したいならそう言えば良いのに。
それを言葉にせずに、シュリはレイアの背中に腕を回した。

それぞれの選択



「おきろ、マスター・オルティシア。」
光が差し込まない暗がりの部屋に死んだように眠る少女は気だるそうに視線を声の方に投げやった。
「おはよう白玉くん、今日はいい天気だね、おやすみなさい。」
「寝るな、それに外は曇りだ。」
もぞもぞと布団に潜り込んだ少女―オルティシア・ジキルはそのまま眠りに就いた。

最早起こすのを諦めた白玉が日課の鉢植えに水をやることにした。
研究室の奥、円柱形の培養機に浸けられているのはまだ幼い少女の死体だ。
オルティシアはこの死体に再び命を吹き込む研究をしていた。
もちろん、魔術による一時的なものでなく、魂を肉体に定着させるものだ。
培養液に浮かぶ少女は、ぐったりと頭を垂れていた。
死体とはいえ、人間をあれこれ弄くるのは快く思わないものが多く、オルティシアには敵が多い。
しかしながら、死霊使いとあだなすオルティシアの近寄りがたい不気味さを、人々は恐れた。
そんなオルティシアの世話を任されているはずが、今や綺麗な花を咲かせようとしている鉢植えの手入れをするのが白玉の日課だった。

オルティシアが漸く起きてきたのは最早昼を過ぎていた。
「綺麗に育ったね。」
背後からの声に、振り返らずにもくもくと花の世話を続ける白玉。
背後の声はそんな白玉の腕を掴んで駆け出した。
「何をする、マスター・オルティシア。」
「ぼくはね、もっとやりたいことがあるんだ。
それにあれはもう完成するから、そうしたらぼくはやりたいことをやる。」
「何をするんだ?」
「それを、今から直談判しにいくんだよ。」
オルティシアはいたずらっ子の様に笑うと、白玉の手を引いて騎兵隊の隊舎に向かった。
「ぼくは王立生体研究所所長オルティシア・ジキルだ。
騎兵隊隊長レイリ・クライン殿に拝謁願いたい。」
受付に立っていたのはオルティシアと歳も変わらなさそうな金髪の女性がにっこりと笑って約束はありますか?と尋ねてきた。
物腰は柔らかいが、警戒はしてるようだ。
「思い立ったらすぐ行動するのがぼくの心情でね。」
「判りました、では予定を確認してきますから、どうぞごゆっくりなさってください、ジキル博士。」
そう言うと少女は奥の扉に姿を消した。
「騎兵隊で何をするんだ?」
「まぁ、すぐわかるさ。」
オルティシアはまた、いたずらっ子の様に笑った。
白玉はそれだけ聞くと興味なさげに視線をそらした。
「お待たせしました。
隊長がお会いになるそうですから、こちらへどうぞ。」
先程の女性が奥に案内してくれるようなので黙ってついていく。
奥の階段を昇ると直ぐに執務室と書かれた部屋に突き当たった。
「隊長、失礼します。
ジキル博士をお連れしました。」
女性は部屋のドアを開けると、部屋の手前にセットされたソファーをオルティシアに勧めてきた。
「お初に御目にかかります。
僕が騎兵隊隊長レイリ・クラインです。」
奥から金髪の青年がにっこりと笑いながらオルティシアの向かいのソファーに座った。
彼の背後には紫銀の髪の青年が愛想笑いを浮かべている。
どうやら彼はオルティシアを歓迎する気は毛頭ないようだが、取り合えず隊長の手前外聞だけは取り繕っているのだろうと、あたりをつけた。
彼の隣にはもう一人銀髪の青年が黙ってこちらを見ていた。
表情からは特になにも読み取れないが、思った以上に面白い展開になったと、オルティシアは内心ほくそ笑んだ。
「さて、ご用件をお伺いします。」
「まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入に言うと、ぼくは魔憑きに興味があり魔憑きの研究をしたいと長年考えていました。
ですが生憎良い素体に巡り会えなくて…」
魔憑き、と言った瞬間にレイリの表情から笑みが消えた。
「王立研究所からの依頼された仕事が片がつきそうなので、後は助手に任せてぼくは騎兵隊で魔憑きの研究をさせていただきたい。
今日はそのお願いに来ました。」
オルティシアは全く物怖じせずに、常人なら萎縮してしまう中、自分の希望を述べた。
「騎兵隊にとっても悪い話では無いと思いますが。
ぼくの実績は王立研究所が保証してくれます、頭の方は信頼していただいて構わないですよ。」
「貴女の噂は色々耳にしています。
良いものも、悪いものも。」
「そのどちらもぼくに違いないですよ。
人間が進化を遂げる過程では犠牲はつきものですから。」
「…否定はしないんだな。」
今まで口をつぐんでいた副隊長がオルティシアを睨みながら言葉を発した。
その視線は今まで感じたことがないほど冷たく鋭くて、心臓に氷の刃をじかに突き立てられている様だ。
「否定して、取り繕ってもあなた方ならすぐ調べがつくでしょう?
それにぼくはぼくのやり方が間違っているとは思っていない。
研究さえさせてくれるならぼくは騎兵隊に忠実に従うし、心配なら監視でも何でもつけてくれて構わない。」
「随分と強気ですね、僕がそれを了承すると?」
レイリが珍しく強い口調でオルティシアを真っ直ぐ見詰めて言葉を零すと、オルティシアは逆に驚いてみせた。
「ぼくは魔憑きと言うものが何なのか知りたい。
今ぼくたちは魔憑きに関して無知すぎる。
魔憑きを正しく理解して、彼らがどういう原理で魔憑きになり、能力を得るのか…
それが判れば或いは魔憑きとして生まれた者を人に戻すことも、その逆も思いのままだと思わないですか?」
魔憑きとして産まれただけで普通に生活をすることも叶わなかった人間を、レイリ達は沢山見てきた。
彼らは一様にして、普通であることだけを望んだ。
騎兵隊にもまた、それを望む者が居ることも。
「……判った、君の入隊を許可します。」
「おい、レイリ」
「シュノは黙って。これはもう決定事項だ。反論は許さないよ。」
なにか言いたそうなシュノを遮り、レイリはゼクスに振り返った。
「ゼクス、彼女は君の部下として魔憑きの研究に当たってもらうことにするよ。」
「承知しました。」
ゼクスはただ感情が隠らない瞳でオルティシアを見ていた。
「…一応目附役としてエヴァンジル、監視は……彼女にお願いするよ。」
オルティシアに届かない小さな声で、レイリがゼクスに耳打ちすると、ゼクスは小さくうなずいた。
「ジキル博士。」
「ティアでいいですよ。親しい人はみんなそうよんでいましたから。
あと、ぼくはもうあなたがたの部下ですから、かしこまらないで下さい。」
「ではティア。
君には王立学校に入学してもらおうと思う。
勿論在学中も研究を進めて貰って構わない。
それが僕が掲示する最低条件です。」
騎兵隊は仲間の絆が強い組織。
チームワークが重要な鍵となるわけで…
それが明らかに欠落しているオルティシアにチームワークを学ばせるのが研究に必要な条件だとレイリは言う。
オルティシアは一瞬してやられた顔をして、ため息をついた。
「判りました。
ただ一つ、お願いがあるんですが。」
オルティシアは立ち上がると、背後で立ち尽くしていた白玉の手を引いた。
「これはぼくの世話役の白玉蘭といいます。
これもぼくと一緒に行動させて貰いたい。」
白玉蘭はぺこりと形式的に頭を下げたが、その表情は人形そのもので、部屋に入ったときから全く表情を変えなかった。
「それは構わないけれど…」
「ただ、この子は師が残したホムンクルスで生体が安定しません。
なので、他の人にこの事が知れれば色々と面倒なので便宜を図っていただきたい。」
「判った、それは手配しておきます。」
レイリはティアと白玉蘭が同室になれるよう手配すると約束した。


「マスター・オルティシア。」
「何かね、白玉くん?」
オルティシアは上機嫌で白玉に振り返った。
「ガッコウ何て今更行く必要性を感じない。
誰にも従わないあんたが何故あっさり条件を飲む?」
「ぼくだって行きたくて行く訳じゃない。
ただ、あのレイリ・クラインという男は侮れない。」
人畜無害そうな笑顔を浮かべておきながら、オルティシアが魔憑きの話をし出すと一変冷酷な一面を垣間見せた。
「それに折角最高の被検体が居るんだ、そのくらいの条件なら呑むさ。」
オルティシアは子供のように笑って、白玉の頭に手を伸ばした。
「ぼくはね、お前と玉蘭さえ居てくれたらどんな場所でも構わないと思っているよ。
お前達は、信じないかもしれないけどね。」
オルティシアは白玉の頭を撫でて、そのまま何事もなかったかのように歩きだした。
いつもの気まぐれなのか、隠された本心なのか判らずに白玉は黙って後を追った。
夕暮れに染まった王都の道をゆっくりと二つの影が寄り添っているように見えた。


「今回ばかりは俺はお前の意見に反対だ。」
「まぁ、落ち着いてください。
隊長にも何か考えがあるんでしょう?」
不機嫌なシュノを制するように言葉を重ねたゼクスは椅子に体を預けたまま難しい顔をしているレイリに視線を投げ掛けた。
その視線に気がついたレイリはため息をついて目線だけを二人に向けた。
「あの手のタイプは放っておいても自分で何とかしてしまうだろ?
だったら目の届く範囲で監視しながらでも協力を得た方がいい。
彼女の頭に関しては、申し分無いからね。」
疲れきったように脱力したレイリの前に、レシュオムが温かい紅茶を差し出した。
「ありがとう、レシュオム。」
「お疲れ様です。今日はもう休まれてはいかがですか?」
レイリは紅茶を飲みながら、そうだね…と溢しながら目線だけでシュノを見た。
「では、私はティアとの件を二人に伝えてきます。」
ゼクスはそのまま部屋から出ていき、レシュオムも後に続いた。
「シュノ、こっち。」
自分の方に手招きするレイリに、不機嫌そうなオーラを崩さずに黙って近寄る。
「僕はエヴァやノーツ嬢には普通の女の子として生きて欲しいんだよ。
能力に怯えて他人から距離を置くんじゃなく、普通に笑ったり怒ったり恋をしたり…」
「俺は普通に笑ったり怒ったり恋をしてる。」
ぎゅっとレイリを抱き締めて、温もりを感じる。
「勿論それが出来れば一番いい。
ただ、魔憑きな事を気にしない相手と巡り会うのも、周囲の魔憑きの間違った認識も、変えられるならそれに越したことはない。
彼女の立場はそれを証明するのに有利だ。」
レイリは困ったように笑いながらシュノの背中に手を回した。
「でもね、僕は彼女はきっとここを気に入るよ。
何にも変えがたい場所になるはずだよ、だから…大丈夫。僕を信じて。」
こつんと額をあわせて、レイリがにこっと笑いかければ、先程までの不機嫌な態度は一変、優しい表情を浮かべてキスを落とした。
「判ったよ。」
「ありがとう。」
「部屋、戻るぞ。」
ぎゅっと手を繋いで立ち上がると、そのまま執務室を後にした…。


幽霊塔の吸血鬼6


レイリの服のボタンを外しながら、シュノはちらりと様子を伺ってた。
人間として育てられたレイリにとって、自然の摂理に反する行為であり、神に仕える身としては冒涜的な行為のはずだ。
しかしながら当の本人はいまいちまだピンと来ていないらしく、黙ってシュノを見詰めていた。
「レイリ…一応聞いとくが、止めるなら今だぞ。」
「だって、力は貯めすぎると身体に良くないってレシュオムが…辛いんでしょ?」
「別に我慢できない程じゃない。」
戸惑うレイリの頬を撫でて、ちゅっと頬にキスを落とす。
「お前に無理はさせたくない。
お前が無理するくらいなら、俺が我慢すればいいだけだ。
今までもそうやって来たんだから。」
「……大丈夫だよ、僕はシュノのために居るんだから。
どんなことでも受け止める。」
「レイリ…」
はにかみながら、シュノを見上げてにこっと笑うレイリに愛しさが込み上げてくる。
ぎゅっとレイリを抱き締めるシュノが可愛くて、そっと背中に腕を回した。
そのままキスを交わしながらレイリの服を脱がしていく。
「ん…」
「怖いか?」
微かに震えるレイリの頬にキスをしながら枕とクッションを背中に置いて楽な姿勢を取らせる。
「は…初めてだから…緊張するってゆうか…あの…」
「辛かったら直ぐに言えよ?」
「大丈夫だよ、心配性だなぁ。」
ぱさっと服が床に落ちる。
恥ずかしそうに身を縮込ませながら、レイリの白い肌に赤い跡を残していく。
「ん、っ…」
ぎゅっとシーツを握りながら、唇を噛み締めて声を殺すレイリをみて、背徳感がシュノをじわじわと支配していた。
一度は神に捧げることを決めた無垢な身体は今、自分のためだけに開かれようとしている。
その優越感に浸り、レイリの頬を撫でる。
「力抜け、お前は何もしなくて良いから。
全部俺に預けろ。」
額にキスを落とすと、強ばった体から徐々に力が抜ける。
「う…んっ…」
首筋に舌を這わせながら、シュノの手がレイリの胸を掠めた。
「ひっ!?」
ぷくっと膨れたそれを、摘まむように指で弄ぶと、快楽に慣れないレイリの身体はビクンと背を反らしながら反応を返した。
「これ、気持ちいいのか?」
妖しくシュノが笑うと、レイリは顔を赤くした。
「やっ…わかんな…んぁあ!!
なんか、へん…変な感じ。」
「本当に感じやすい身体だな?
仮にも神父見習いだったのにこんなエロい身体で大丈夫なのか?」
「いわな…で…恥ずかし…」
いちいち反応するレイリが面白くて、もう片方を口に含み、舌で舐めながら時々甘噛するように先端を挟み込めば、悲鳴のようにレイリが声をあげた。
「ひぁああっ、んっああ、いやっおかしくなる!!」
「おかしくなっちまえよ。
俺に全部見せてみろ。」
「も、やだぁ!!吸わないで…僕、ほんとにもう…いやっなんかくるっ…」
「っ…!?」
レイリは一瞬身体を大きく反らしてそのままグッタリとベットに沈んだ。
「胸だけでイけんのかよ、才能ありすぎだろ。
お前ホントに処女か?」
苦笑しながらシュノがグッタリしたレイリの頬にキスを送る。
「ふぁ…?」
幼い顔立ちのレイリが初めて色を知ったとは思えない艶のある表情を見せて、シュノは思わず唾を飲んだ。
天使は無垢な生き物故快楽に非常に弱いと言うのは聞いたことがあった。
半分とはいえ、天使の血を引くレイリも同様なのだろう。
これはまさに極上のエサだ。
甘い香りを纏わせて誘惑し、身体を繋げてしまえば病み付きになる。
エサというよりは麻薬に近いと感じた。
「エサになるために産まれてきたようなものだな…」
レイリは顔を真っ赤にして、両腕で顔を覆った。
「隠すなよ、顔みたい。」
優しく絆すようにキスをしながら腕を解くと、泣きそうなレイリが恨めしそうにシュノを見上げていた。
そんな表情一つ一つすら愛しくて、大切に抱き締めながら、レイリ自身にそっと手を這わせた。
「ひっ…あ…う…」
シュノの手がやんわりとレイリを包み込む。
先走りで濡れた先端をグチグチと指の腹で押し込みながら、上下に軽く扱いてやると感じやすいレイリはすぐに白濁した粘液を吐き出した。
「…は、はふ…」
呼吸が整わないレイリの様子を眺めながら、さらに激しく擦ると、ビクンと反応しながら、泣き叫びながら精を吐き出す。
「ふぁああっ、もぉ、もおいやぁっ…」
「空っぽにしないと、お腹一杯にならないだろ?」
耳許で甘く囁かれる声すらレイリには興奮剤にしかならない。
媚薬のようなその甘い声に、うっとりしながら潤んだ瞳でシュノを見上げた。
「しゅの…」
「お前…それ、反則だ…」
シュノは手に掛かったレイリの精を利用して、そっと秘部に手を這わせる。
慣れない場所を刺激され、レイリは涙をぼろぼろ溢しながら耐えるように唇を噛んだ。
「レイリ、痛いのか?」
レイリは頭が真っ白になっているのか、必死に首を降るだけで声にならない声をあげていた。
痛みは無いようだが、初めて与えられた刺激に脳が追い付いていないようだ。
シュノはレイリを抱き起こし、ぎゅっと抱き締めた。
「ゆっくり深呼吸しろ…」
背中に回されたレイリの腕が必死にシュノにしがみ付くのが心地よかった。
ゆっくり指を挿し込んで、内壁を擦りながら徐々に内部を広げていく。
レイリは小さな身体を震わせながら、押し寄せる快楽に思考が麻痺して、ただしがみ付くのが精一杯だった。
「んっんぁあ!!そんな…の、無理!!」
白い喉元を無防備に晒すレイリに、シュノの本能が疼く。
ずっと自制できていたから大丈夫だと思っていた。
なのに、今乱れるレイリを目の前に本能が抑えきれずにシュノはその喉元に鋭く尖った犬歯を突き刺して噛みついた。
「いっ!!あ…な…に、やああっ」
急に襲った痛みにレイリは目を見開いた。
そこにはどこかぼんやりとしたシュノが口許を赤く染めながらレイリを見下ろしていた…
「シュノ…?」
「悪い…我慢、できねぇ。」
シュノが呟くと、レイリの両腕を掴みベットに押し倒し、秘部にシュノが押し付けられた。
「ひっ…」
声になら無い短い悲鳴を上げる間もなく、シュノの熱く滾った楔がゆっくりレイリの中に押し込まれていく。
「あ…ぐっ…」
ぎゅっとシーツにしがみつくレイリの顔を見ながら、そんなにシーツを握って辛いのだろうかと考えるも、身体が快楽を求めて酷く疼く。
「ひぅ…シュノ…いたい、シュノッ…」
細い肩を小刻みに震わせながら小さな声で泣く声も、料理を引き立てるスパイスにしか感じられない。
花嫁と身体を繋げると言う行為がこんなに心地よいとは思わなかったシュノは、レイリの身体をぎゅっと抱き締めた。
腕の中に収まる小さな身体を突き上げれば、甘い快楽がシュノを満たした。
「シュノッ、怖いっ…」
初めてレイリの手が拒絶するようにシュノの肩を押し返した。
「悪い、レイリ。」
甘い香りを漂わせて誘い、甘い身体で快楽を与え、甘い血が思考を麻痺させる。
頭の片隅でレイリが怖がっているから止めないとと思っているのに身体が、思考が、それを許さない。
歯止めが効かないことにシュノは初めて恐怖を覚えた。
このままレイリを壊してしまうのではないかと。
「……シュノ」
そっと、レイリの手がシュノの頬に触れた。
その瞬間にふっと我に返ったシュノは、レイリを突き上げるのをやめてぎゅっと、抱き締めた。
「…お前を前にしたら歯止めが効かなくて」
「ごめん、受け止めるって言ったのに…
でも、今なら大丈夫な気がする…」
そっと背中に手を回すと、シュノを見上げる。
「さっきと違う顔。さっきはもっと怖い顔してた。」
シュノの頬にちゅっとキスを落とすと、シュノはレイリの頬を愛しそうに撫で返してキスを交わす。
柔らかな秘部を抉るように突き上げる。
「ふぁああっ、んっ…なに、これっ…すご…」
「辛いか?どこか痛いのか?」
「ちが…気持ちい…すごい、きもちいい…」
今までとは違う反応に、シュノは少し遠慮がちに腰を進めた。
深く繋がると、レイリの息が整うのを待ってからゆっくりとレイリの身体を揺さぶった。
「ひぅ、ふぁああっ!!あっああっ!!」
脳の芯まで痺れるような感覚に、まともな思考も理性も働かないレイリはシュノに身を任せてひたすらに快楽に酔っていた。
「っ…もう、出すからな!!」
「んぁああっ!!シュノ、しゅのっ!!」
ぎゅっと腕に込められる力が強くなり、ビクンと身体を震わせながらレイリが果て、同時にシュノもレイリの中に精と供に魔力を注ぎ込む。
暖かな力はレイリの身体にすぐに馴染んで溶け込んでいく。
心が暖かなもので満たされていく。
「シュノ…キス…」
甘えるようにキスをねだるレイリの唇を塞ぎ、そのまま何度も身体を重ねて魔力をレイリの中に溜め込んでいく。
さすがにレイリも何度も魔力を注がれ、最後の方にはグッタリと意識を失った。
外は暗く、結構な時間が過ぎていた。
レイリの身体を綺麗に拭いて乱れた服を整えると、ぎゅっと抱き締めた。
「レイリ…新月は明日なんだぞ。」
レイリの頭を撫でながら、シュノはポツリと呟いた。
今日もレイリを目の前にしても理性が飛んでしまった。
大分レイリに注いだから、身体は少し楽になったが、莫大な魔力を持て余すシュノとしては、予定の半分も注ぎきれていなかった。
今日はなんとか保てた理性も、明日保てるかは判らない。
ぐっすりと眠るレイリをきつく抱き締める。
身体が酷く軽く感じ、暖かな温もりに心はほっこりと癒される。
「お前が俺の花嫁でよかった…」
眠るレイリの前髪を上げて、額にキスを落とすと、心地よい気だるさにシュノも目を閉じた。


はろうぃん




「よし、できた。
二人ともとっても可愛いわよ。」

にこっと笑って頭を撫でるローゼスに、ニコニコと笑いながらレイリがぎゅっと抱きついた。

「これでおかしもらえるの?」

目をキラキラと輝かせながら、レイリはジャックランタンを象ったポシェットを提げて隣でむすっとふて腐れているシュノの手をぎゅっと握った。
二人ともお揃いの黒猫の衣装を着て、猫耳のフードを被っている。
因みにこの衣装はローゼスのお手製で、孤児院の孤児達全員の分をローゼス一人で手掛けていた。

「ねぇ、シュノ。たのしみだね?」

シュノは俯いていた顔をあげてレイリをじっと見た。
何処と無く嫌そうなシュノは黙ってポシェットの紐を弄っていた。

「シュノは行きたくないの?」
「だって、こんなかっこやだ。」
「…えっ…シュノ、いかないの?」

可愛らしい猫耳のパーカーにズボンも猫の尻尾がついていて、元々愛らしいこの子供達が着れば可愛さも増すと言うものだが、シュノとしては何か気に入らないらしく外に出るのを渋る。
嫌がる子供を無理矢理外に出すわけにもいかず、少し残念そうにローゼスがシュノの着替えを用意しようと立ち上がると、今まで意気揚々と外に繰り出そうとしていたレイリがシュノの隣にちょこんと座った。

「レイリ?いかないのか?」
「うん。シュノがいないとつまらないもん。」

だったら一緒に居た方がいいでしょ?と、シュノの手をぎゅっと握った。
この二人はスラム街で身を寄せあって生きてきた戦争孤児で拾われた当初からお互いに強く依存していて、特にレイリは未だにシュノにべったりだった。
最近でこそよく笑うようになった二人だったが、最初の頃は手の施しようがない状態で、このまま互いが互いに依存したまま成長してしまったら…と、ローゼスは二人の将来を密かに案じていた。
しかしながら、シュノはローゼスが思っていたのと違う言葉を口にした。

「レイリ、いきたいならいけばいいだろ。
なんでもおれにたよるな。」

突き放したような言葉に、キョトンとしたレイリの瞳にじわじわ涙がたまる。
大きな瞳に涙をためても、それを零さないように懸命に耐えてシュノの服をぎゅっとつかむレイリ。

「だって…シュノがいるからたのしいんだもん。
シュノがいないならなにしてもたのしくない。
おかしだって、おいしくない。」

まだ9歳とは思えない発言に、ローゼスは黙って二人を見守っていた。

「独りにしないで…
一人はいや…もう、嫌なんだ…」

大きな瞳を潤ませて、レイリがシュノを見上げた。

「それは違うんじゃない?」

困り顔のシュノと、今にも泣き出しそうなレイリをぎゅっと抱き締めて、ローゼスが優しく頭を撫でた。

「アタシ達、家族じゃない。
レイリもシュノもひとりぼっちじゃないわよ?」
「えっ…?」

驚いた声をあげたレイリはシュノをちらりと見た。
すると、シュノは珍しく驚いたようにローゼスを見ていた。

「あら、あなた達は違ったの?
少なくともアタシやノエルはそう思ってるはずよ?」
「テメェ、勝手に俺様を巻き込むんじゃねぇ。」

ローゼスの背後から気だるい声がしたと思うとレイリが弾かれたように顔をあげた。

「せんせい!!」

レイリはノエルに駆け寄ると、ぎゅっと足元に抱きついた。
元来より人懐っこい性格のレイリだが、特にノエルには一際よく懐いていた。
そうなると、面白くないのはシュノの方だ。
先程までシュノが居ないと嫌だと泣いていたくせに、ノエルが来た途端に笑顔でノエルに抱きつくレイリが気に入らない。
シュノはレイリの手を掴むと、ノエルから引き剥がした。

「シュノ?」
「おかしもらいにいくんだろ。」

グイグイ引っ張られ、訳が判らずに首をかしげながらも、ノエルとローゼスを振り返りにっこり笑って元気に行ってきますと告げたのはさっきまで泣きそうな顔をして居たはずの子供で、その変わり身の早さにクスリと笑みをこぼすと、隣でノエルが深い溜め息を吐いた。

「相変わらず、あのガキどもは手が焼ける。」
「そう?二人とも良い子じゃない。
特に問題があるとは思わないけどね。
お互いに依存しあってる以外は。」

どこか楽しそうにローゼスが呟くと、ノエルが肺に貯めた紫煙を吹き出した。

「バカか。それが大問題だろ。」

そう言いつつも、全く問題があるようには見えない辺り、所詮は他人事であるのだから。
子供とはいえ酷い世界を目の当たりにしてなお、この世界で生きていると言うのはそうゆうことだ。



「トリックオアトリート!!」
教会に併設されている孤児院の子供達は毎年ハロウィンになると教会の信者の家を回るのが習わしになっている。
他の孤児達に遅れて仲良く手を繋いで訪れたのは、信者の間でも特に可愛がられている二人組だ。

「シュノくん、レイリちゃんいらっしゃい。
好きなお菓子をどうぞ。」
「おばさんありがとう!!」
「……ありがとう。」

中から出てきた恰幅のよい女性はバスケットの中にたくさん入ったキャンディーやチョコレートを差し出した。
可愛らしくラッピングされたお菓子を嬉しそうに選ぶレイリと、手前の小さなチョコレートを選んでポシェットにしまうシュノを、女性は眺めていた。

「レイリ、はやくきめないとおそくなったらめいわくだろ。」
「あ…うん、じゃあこれにする。」

レイリは最後まで悩んでいた二つのロリポップとかぼちゃの形のチョコレートから、ロリポップを選んでポシェットにしまった。

「ちょっと待って、これも持っていきなさいな。」

おばさんはにっこり笑ってレイリとシュノに先程までレイリが悩んでいたチョコレートを一個ずつ握らせた。

「他の子には内緒だよ?」
「わぁ!!ありがとう!!」
「よかったな、レイリ。」

レイリはにっこり笑っておばさんに手を降って家を出た。
シュノに手を引かれ、予め決められたルートを回ると他の家でも同じ様に二人だけ特別だと良いながらおまけしてもらって、二人のポシェットはあっというまにパンパンになった。
チョコレートを口に含みながら、手を繋いで二人はすべての家を周り終えて孤児院に帰る途中の小さな広場のベンチに座っていた。

「かえらないのか?」
「うん…もうちょっとだけ…。」

レイリがシュノにもたれ掛かるように擦り寄ってきた。
甘えてくるレイリに嫌な顔ひとつせずにレイリの顔を覗いている。

「シュノ、らいねんもそのつぎも、ずっといっしょだよね?」
「うん、ずっといっしょだ。」
「ぼくがおとなになっても?」
「レイリがおとなになっても。」
「そっか…よかったぁ…。」

にっこり笑ったレイリは、シュノの頬にちゅっと小さなキスをひとつ落とした。
シュノはレイリが笑った顔が好きで、幸せそうなレイリを見ているだけで自分も暖かで優しい気持ちになれた。

「かえるぞ。」
「うん。」

いつものようにシュノに手を引かれ、レイリは来た道を引き返していく。

「ただいまー。」
「あら、おかえりなさい。
遅かったのね。」

孤児院に帰ればローゼスが笑顔で迎えてくれて、ぎゅっと抱き締めてくれる。
親の居ない二人にはそれが少し気恥ずかしくもあり、暖かく心地良いものでもあった。

「お菓子は沢山貰えた?」
「うん、あのね、みんなにはないしょだよっていわれたけどね、とくべつにたくさんもらったの。」

レイリは嬉しそうにパンパンに膨らんだポシェットを誇らしげに差し出した。

「そう、それは良かったね。
シュノも沢山お菓子貰えた?」
「……うん、あまくないの…もらった。」
「あら、それは良かったわね。」
「おい、ガキ供。
メシにするからさっさとこい。」

痺れを切らしたノエルが二人を促す。

「今日はハンバーグだぞ。
遅れたやつはメシ抜きだからな。」
「やだー、シュノはやく!!」
「まてよ、これへやにおいてからだろ。」

バタバタと部屋に駆けていく二人の小さな背中を眺めながら、ローゼスは子供を見守る母親のようににっこり笑った。



談話室で他の子達とお菓子を食べていたレイリは、シュノの隣にちょこんと座った。

「シュノ、なにたべてるの?」
「ソーダあめ。」
「ちょっとちょうだい!」

するとレイリは何を思ったか、シュノの唇に自分の唇を重ねて、飴を奪い取る。
シュノも特に驚く様子もなく、周りの子供達の方が驚いていた。
暫く口の中で飴を転がしていたレイリは飽きたのシュノに口移しで飴を返した。

「……これは、さすがにちょっと…問題よねぇ…。」
「知らんぞ。もう俺様の手には負えねぇ。」

ローゼスとノエルが呆れ返っている間、お腹一杯になった二人は身を寄せあって天使のような寝顔を晒していた。
ノエルはシュノを、ローゼスはレイリを抱き上げて二人の部屋に連れていく。
部屋の真ん中に置かれた子供用のダブルベットに二人を寝かせて布団をかけてから静かに部屋を出た。


prev next
カレンダー
<< 2014年11月 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30