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鏡花水月8






シュノは仕事を終えて客を大門まで見送り、店に戻ると不機嫌の絶頂だった。
「シュノ、店先でそんな顔するなよ。
客が逃げるだろ」
どこかの帰りなのか、煌びやかな着物を着たレイアがニヤニヤと笑いながら煙管をふかしていた。
「あの色ボケジジイの相手で疲れてるんだよ、放っとけ」
「暫く休みにしてやるからそう怒るなよ」
レイアはそれだけ言うと大きな紙袋を抱えてどこかに行ってしまった。
中身は恐らくシュリへの土産だろう。
「……レイリ」
甘味屋で会った時は何て事をしてくれたんだと恨み言を言いたくて仕方なかった。
あれからロウゲツは事ある事にレイリの話題を口にした。
完全に目をつけられてしまった。
お陰で気を逸らすために普段より濃密に抱き合ったせいか身体中の倦怠感が酷い。
それ以上にレイリに早く会いたかった。
会って、抱き締めて、癒されたい。
「レイリ」
部屋までの距離がけだるい身体には遠く感じる。
「レイリ」
部屋の襖をすっと開くと、綺麗に着飾ったレイリがちょこんと正座していた。
そしてレイリの横には茶器が置かれ、目の前には座布団が一枚敷いてある。
レイリはじっとシュノを見つめていた。
座れと言われているのかと思い座布団に座るとたどたどしい手付きで茶を入れてシュノに差し出す。
シュノはそれを受け取り、作法通りに茶を口に含む。
抹茶の程よい苦味が疲れた体に染み渡る。
器にわけられた茶を飲むと、すっと茶器を差し出した。
「結構なお手前で」
そう言ってレイリをぎゅっと抱き寄せた。
「ローゼスに習ったのか?」
「うん、他にも習ったの。
シュノに見て欲しい。」
レイリが上目遣いでシュノを見上げる。
「ああ、見せてくれ」
するとレイリは懐に入れていた扇子を取り出した。
「舞を習ったのか?」
「…うん、まだうまくできないけど」
そう言ってレイリは習った通りに舞を披露した。
客前に出す物なら全くダメだが、これはシュノだけの為の舞であり、一朝一夕にしてはよく出来ていると思う。
遊女の息子なだけあって、郭事には才能があるようだった。
「どうだった?」
シュノの為に可愛らしく着飾り、茶や舞を披露するレイリが愛しくて、疲れも忘れてレイリを抱き締めて夢中で口付けた。
「んむ、ふ…ふぁ…」
レイリの手がシュノの着物を掴んで、縋るように身体を寄せる。
「んっ、は…しゅの、しゅの…」
おずおずと舌を絡めるレイリを畳に押し倒し、貪るように口付けた。
「くそ、我慢出来ない」
着飾った着物を乱雑に脱がして行く。
「シュノ、待って!
あの…まだシュノにしたい事があるの」
珍しく抵抗するようにシュノを押しのける。
今すぐにでもレイリを抱きたい気持ちを押さえつけて、レイリから離れると、レイリは布団を敷き始めた。
敷布団を敷くと、寝ろと言わんばかりにシュノを見る。
レイリは袖を紐で縛り、何かをする気だ。
「うつ伏せになって」
言われるがままうつ伏せになると、小さな手が強ばった身体を優しく揉みほぐしていく。
それは自分の欲を満たすためにシュノに触れる男達の手とは違い、シュノの身体を丁寧に隅々まで癒す様に優しく触れる。
「上手いじゃないか、もっと上の背中のあたりたのむ」
「ん、わかった」
レイリが懸命にマッサージしてくれるのが疲れた心も体も癒してくれる。
「ん、あ…そこ、気持ちいい」
「ここ?」
「違う、もう少し左…んっ、は…あ、そこっ」
「こう?」
「そうそう、もっと体重かけろ。
あー、気持ちいい」
すっかりリラックスしたシュノにレイリの笑みがこぼれた。
「お前才能あるな
今度から客と寝た後はお前にマッサージしてもらおう」
「うん」
レイリが嬉しそうに笑ってシュノの腰に手を回した。
シュノに跨るように腰を落とすと、しゅるりと帯を解いた。
向きを変えてレイリに跨られたシュノは楽しげに口元を細めた。
「一人前に俺を誘惑する気か?」
レイリはどこか蕩けた様な顔で着物を脱いでいく。
襦袢一枚になったところでシュノの着物をはだけさせる。
程よく筋肉のついた身体にぺたぺたとレイリの手が触れるのがくすぐったい。
「お前に初めて抱かれた時みたいだな」
「シュノ…僕で気持ちよくなって…」
レイリが途端に泣きそうな顔で下を向いた。
シュノの身体には客に付けられた赤い花が無数に散りばめられていて、色白なシュノの肌に良く映えた。
客と触れ合った所をレイリがちゅっと口付けて上書きする。
見える部分は全て上書きした所で下肢に手を伸ばす。
下着を脱がせてそっとシュノの性器に触れるとおずおずと小さな口に含んで奉仕する。
「んっ、そんなのまで、教わったのか?」
ぴちゃぴちゃと音をたてながら這う様に舐めたり、口に含んで先端を吸い上げるレイリの拙い奉仕は高ぶったシュノを高みに追いやるには十分だった。
「もう、いいからっ…」
「ん、ふ…出して…」
レイリが髪を耳に掛けながら上目使いでシュノを見上げた。
お世辞にも上手いと言えない口淫もレイリがシュノの為に懸命になっていると思うとそれだけでイきそうだった。
「っ、レイリ…もう…はなせっ」
レイリは首を振ってシュノをそっと手で扱きながら口淫を続けて、堪えきれなくなったシュノが背を反らせながら口元に手を当てて声を出さない様にしながらレイリの口内に果てた。
「んんっ、ふ…」
突然口内に出されたものに驚いたレイリはそのまま口を離してしまい、白濁した液が少し幼い顔を残した。
「は、ふ……んっ」
口内に残されたものをシュノが吐き出させようとする前にレイリは喉を鳴らして飲み込んでしまった。
「ばか、飲むな」
「……気持ちよかった?」
硬い表情のままレイリは首をかしげた。
どこか緊張している様だ。
「お前、ローゼスにそんなことまで習ったのか?」
「…これはティア姐さんとリラ姐さんが…」
「……やっぱりあの2人か…」
何となく予想はしていたが、シュノが不在の間、レイリは随分変わったらしい。
「どう?気持ちよく、無かった?」
不安そうなレイリに、シュノは身体を起こしてレイリを抱き締めた。
「すげぇ良かった。客にされてもイッたこと無いのに。
だから俺も教えてやるよ、本当の口淫ってのをな」
レイリの脚を開かせると、下着はつけておらず、幼い性器は既に硬く勃ち上がっていた。
「い、いやぁっ…見ないでっ…」
顔を真っ赤にしたレイリがシュノから逃げようと身体をよじるが、シュノは慣れた手つきで脚を固定してレイリの性器を口に含む。
「ひぃあああっ!!
んっ、あっああん、しゅの、だめっ、だめぇ…」
少し触れただけでビクンビクン反応するレイリが面白くてつい苛めたくなり、激しく上下に喉奥までレイリを口内に収め込む。
「やっ、ふぁ、あっあっ…だめ、も…
ひっ、ああああああああああっ!!」
まるでシュノの中を犯しているような錯覚を覚える気持ちよさに、レイリは呆気なく果てた。
シュノは中にはき出されたレイリの精を飲み下すと、そっと秘部に触れた。
クチュリと卑猥な音を立てて指がすんなり内部へ侵入する。
「ヤる気満々だな、もうトロトロになってるぜ」
「シュノ、お願い、僕にさせて。
シュノに僕で気持ちよくなってほしいの」
レイリが懇願するようにシュノを押しのける。
「…よしよし、じゃあ俺はお前の客だ。
お前の全部で俺を気持ちよくさせてくれ。」
シュノが頭を撫でると、レイリは嬉しそうに頷いた。
シュノを押し倒して自ら慣らしておいた秘部にゆっくりとシュノを受け入れてく。
懸命にシュノを悦ばせようとする姿に愛しさがこみ上げた。
「んっ、あ…シュノの…熱い…」
潤んだ瞳でシュノを根元まで受け入れると、ゆるゆると腰を上下に振った。
「あっ、んぅ…しゅの、ねぇ…きもちい?ぼくのっ、なか…気持ちいい?」
トロトロの媚肉がシュノの挿入を悦ぶ様にからみ付く。
レイリは蕩けた顔でぎこちなく笑った。
着物も肌蹴て殆ど引っ掛かっているだけの状態で、柔らかな身体を揺らし、シュノを快楽に導く。
「気持ちいいな、もっと気持ちよくなりたい」
シュノはレイリの腰を掴むと、グンッと勢いよく突き上げた
「ひあぁああああっ!!?」
あまりの衝撃にレイリは身体をビクビクと震わせ、果ててしまった。
「……ひっく…ぐす…」
レイリが急にボロボロと泣き始め、ぎょっとしたシュノは身体を起こしてレイリを抱き締めた。
「ごめ、なさい…先にイッちゃった…
僕、上手くできなくて…ごめん、嫌いにならないで…」
レイリが何に怯えてるか、シュノには理解出来なかった。
ただ、レイリが自分に好かれようと慣れない郭事の真似事をしたのだと思うと愛しくて堪らなかった。
「どうして嫌いになるんだ?
俺は今でもお前が欲しくて堪らないのに」
そう言ってレイリを押し倒すと、脚を抱えてより深く繋がった。
「ふぁあっ!?」
「今度は俺がレイリを気持ち良くさせる番だ」
シュノは激しく腰を打ち付けて、レイリは揺さぶられるままにシュノにしがみついた。
「レイリ、可愛い、愛してる」
朧気な意識の中でレイリはシュノに愛される悦びに打ち震えた。





「ん…」
意識を失う手前でシュノが自制を効かせ、レイリは漸く解放された。
後処理を手早く済ませたシュノは布団に横になり、レイリの身体をぎゅっと抱き締めた。
たった3日会えなかっただけなのに随分会わなかった気がする。
「シュノ…僕、ちゃんと出来てた?
ちゃんとシュノを気持ちよく出来た?」
執拗にそればかり訪ねるレイリに、何かあったかと思い頭を撫でる。
「ああ、客とするより何倍も気持ち良かった」
するとレイリはふにゃりと顔を綻ばせた。
「……良かった」
「どうしていきなりあんな事したんだ?」
「……シュノが…お客さんと…身請けの話してたの、聞いちゃって…
シュノがどこかに行っちゃうと…」
シュノに身請けの話など初めてでも無ければ毎日の様に来ていた時期もあるほどだ。
それはレイリもよく知ってる筈だし、断っているのも知っている。
「離れに来たのか…
客に見つかったらどうするんだよ。
お前は可愛いからすぐ目付けられるぞ、実際あの色ボケジジイはお前に興味あるみたいだったし…」
「ごめんなさい…目が覚めたらシュノが居なくて、寂しくて僕…隙間から少しだけシュノの姿を見たら帰るつもりだったの…」
レイリから帰ってきた返答のあまりの可愛らしさにシュノは目一杯レイリを抱き締めた。
「お前、可愛すぎだろ…」
「ごめんなさい、その時シュノがお客さんに抱かれながら身請けの話してるの聞いて…
僕じゃない誰かにシュノが抱かれてるのとか、身請けの話とか、それがすごく嫌で…」
レイリは涙を零しながらシュノに抱きついた。
「部屋にいたらお腹のそこがグルグルして、気持ち悪くて、どうしたらいいかわからなくて…
朝になってローゼスが一緒に寝てくれて…シュノはお仕事なんだって思ってもお客さんと一緒だと思うと不安で…
だからローゼスが皆と遊ぼうかって言ってくれて…」
それからの話は大体予想していた通り、レイリは幽離籠の太夫達と仲を深めた。
レイリに好意的でなかった太夫達もレイリの事情を聞くとその境遇を理解してくれたらしく今の幽離籠にはもうレイリを貶める輩はいなくなった。
新造の様に可愛がられたレイリは他の太夫達から男を喜ばせるためのいろはを習ったらしい。
「何をしててもシュノの事ばかり考えてた。
シュノは喜んでくれるかな…とか。」
「ああ、嬉しい。
お前が俺のために一生懸命やってくれてと思うと愛しくて堪らない。」
「良かった…」
レイリは嬉しそうに微笑む。
「レイリ、眠い…
一緒に寝よう、一人じゃ寒くて寝れねぇ」
頷いたレイリを湯たんぽ代わりに、シュノは疲れた身体を癒すのだった。


鏡花水月7




「ん…」
レイリが目を覚ましたのはもう店が始まっている時間。
レイリはいつの間にか夜着に着替えさせられ、シュノが使っている暖かな布団で眠っていた。
「シュノ…どこ…」
目が覚めて真っ暗な部屋に一人でいるのが途端に寂しくなり、シュノを探しに部屋から出た。
シュノは仕事があると言っていた。
もう客を取っているかもしれない。
そう考えると寂しさがとめどなく溢れて来て、一目シュノの姿を確認しようと出入りを禁止されてる店舗に繋がる引き戸をこっそりと開けた。
居続けの客の部屋は離になっていて、そこでシュノが客をとっている筈だった。
レイリはそっと近付いて襖を少しだけ開けた。
シュノは着物を肌蹴させて、客に腰を掴まれ揺さぶられていた。
湿った水音と、肉のぶつかる音が響き、シュノが甘い声で喘いでいた。
「んんんッ…んぁぁぁ!
あんっあっあぁッんっやめっ…
ひァッあっぁああんっ…」
客は初老の男で、夢中になってシュノの身体を貪る様に犯していた。
「どうしたシュノ?もうこんなに中をグチャグチャにして。
そんなにわしが恋しかったか?」
耳元で卑猥な言葉を浴びせられシュノはそっと男の腰に脚を寄せる。
「あんたこそこんなに大きくして、俺が恋しかったのか?」
「当たり前だ、お前が身請けの話を受けてくれるなら今すぐにでも連れ帰って毎晩抱いてやるというのに。」
「俺は誰のものにもならない
そんな野暮な話は止めにして今は俺だけを見てろよ」
男の背に腕を回すと、男はまるで野獣の様にシュノに腰を打ち付けた。


レイリは息が止まるようだった。
心臓が早鐘みたいに打ち付けて止まらない。
理解していたはずなのに、いざその場を見てしまうと頭がおかしくなりそうだった。
自室に戻り、自分の布団を押し入れからだしてシュノの布団を綺麗に畳んでしまうと、明かりを消した暗い部屋でレイリは涙を零した。
シュノに身請けの話が沢山あるのは知っていた。
それを、目の前で聞いてしまいどうしていいか分からなくなって頭の中がグルグルしていた。
「やだ、やだよ…シュノ…」
胸のうちに湧き上がるもやもやした気持ち。
「いや、助けて…母様…」
レイリはふらふらと部屋を出た。
一人でいると頭がおかしくなってしまうから。
しかしながら今は営業時間。
皆客を相手にしてるか見世にでて客待ちをしてる。
「……レイア、いる?」
レイリは楼主であるレイアの部屋をおとずれた。
「何だよ、僕は今忙しいんだけど」
「……あの、シュリさんのところ、行ってもいい?」
入口の襖を少し開けて、レイリが小さな声で呟いた。
「お前、あんまり調子に乗るなよ。
シュリは僕のものだ、お前にはシュノが居るだろ。」
「……ごめんなさい…」
レイリは俯いたまま襖を閉めて、誰も居ない暗い廊下をひたひたと歩いていく。
一人でいると頭がおかしくなる。
「いやだ…シュノ…」
部屋の隅で膝を抱えて、涙を零した。
ここは遊廓。仮初の夢を売る場所。
シュノはこれまでもこれからも、その美しい容姿と培った手練手管で客を誘惑し続けるのが仕事。
愛してると言われても、遊里で紡がれる愛は遊女の手管の一つでしかない。
泣き疲れ、その場に蹲ったまま体を小さく縮こめて意識を手放した。


次の日、なかなか起きてこないレイリを心配してローゼスがシュノの部屋を覗いてみると、部屋の隅で身体を小さくしたまま眠っているレイリを見つけた。
相当泣き腫らしたのか目は赤く腫れていた。
「レイリ、こんな所で寝てたら風邪ひくよ」
声を掛けると、薄目を開けたレイリがぎゅっと抱き着いてきた。
「いや…行かないで…」
嗚咽混じりの声はしゃがれて、ローゼスにしがみつく。
「なら、俺の部屋においで。
少し寝た方がいい、酷い顔してるよ」
レイリが黙って頷いて手を引かれて付いて行く。
綺麗に整えられた部屋で柔らかな布団を敷いて、そこに寝る様に言われる。
「ほら、寝てな。
一緒にいてあげるから」
布団にレイリが入ったのを確認すると、そばで優しく頭を撫でる。
「寂しかったの?
シュノの居ない夜は初めてじゃないだろう?」
「……起きたら、シュノが居なくて…何だか急に寂しくて、ダメって言われてる離まで行ったらシュノが…お客さんと身請けの話をしてたの。
ねぇ、シュノ…いなくなっちゃうの?
母様みたいに、僕を置いて…」
レイリは泣きながら、小さな声でモゴモゴと話すので、ローゼスは聞き取るのに苦労したが大半の内容は理解出来た。
「居なくなるわけないよ。
シュノはレイリが居なきゃ生きていけないのに自分からレイリと離れる訳ないよ。
その話、ちゃんと聞いた?
客が無理矢理シュノに迫って、シュノがあしらってたんじゃない?」
ローゼスの言葉にレイリはしばし考え込んでから小さく頷いた。
「なら大丈夫。
シュノは頭が良いからちゃんと上手くやるよ、レイリは何も心配しないで」
優しく撫でられる手に安心したのか、レイリはそのまま眠ってしまった。
「可哀想に、こんなに目を腫らして…
余程不安だったんだね」
レイリがどれほどの不安と恐怖に怯えていたかローゼスには判らない。
ただ、想像するには容易い。
レイリが起きたのは昼過ぎだった。
面倒見の良いローゼスは、レイリの着物から髪まで綺麗に整えると、昨日買ったばかりの肩掛けを羽織らせ、レイリの手を引いて店から出ていく。
レイリの足元の赤いポックリが雪を踏みしめていく。
「姐さん、久し振り」
「おや、ローゼスじゃないか。
最近めっきり顔見せなかったけど元気そうだね」
甘味屋の暖簾を潜ると明るい声が返ってきた。
「あら、後ろの子はこの前の…」
レイリはローゼスの後ろに隠れながらぺこりと一礼した。
「シュノが面倒見てる子なんだよ、可愛いでしょ?」
「レイリ…です。」
「そうかい、あのシュノがねぇ。」
甘味屋の女将は二人を席に座らせるとお茶を差し出した。
「あの気紛れなシュノが、こんな可愛い子の面倒を見る様になったのかい」
女将はレイリに笑いかける。
「アタシは幽離籠の2軒先にある遊月楼って所で太夫をしてたユキノってんだよ。
今は勤めを終えて此処で旦那と甘味屋してるけどね、何かあったらアタシに言いなよ?」
姐御肌のユキノはレイリの頭を優しく撫でると、サービスだよって奥からレイリの好きなカステラを二切れ持ってきた。
「俺もシュノもユキノ姐さんにはお世話になったから、レイリも安心して頼るといいよ。」
「……うん」
「うん、レイリちゃんは笑った方が可愛いよ。
折角可愛い顔してるんだから、勿体無い」
レイリは首を傾げる。
自分の顔が可愛いと言われても理解できないからだった。
「1人前になりたいなら、自分の身体は資本だからね。
自分がどういう人間か、把握しないと始まらないよ。」
自分がどういう人間かなんて今まで考えたこともない。
その必要もなく、言われた通り生きてきた。
けど、これからは違う。
「シュノは…一人前になったら、喜んでくれる?」
「…レイリ、レイリはそんな事しなくて良いんだよ。
ほら、甘いものでも食べて、ね?」
それ以上言わせないローゼスの気迫に負けてレイリは白玉クリームぜんざいを注文した。
甘いものを食べているレイリは少しだけ表情が明るくなる。
ユキノもそれに気付いたのか、嬉しそうに頭を撫でた。
ローゼスはお茶を飲みながらユキノと談笑していて、それを聞くのも楽しかった。
暫くして、店の引き戸が開く音がして初老の男に寄り添うシュノが店に訪れた。
「あらあら、ロウゲツ様。
いらっしゃいませ」
ユキノが客の男に深く礼をして席に勧める。
「久しぶりにユキノさんのお茶が飲みたくてね。
おや、君も来ていたのか」
ロウゲツはローゼスの姿を見付けて席に近寄る。
シュノがいち早く隣のレイリに気が付き驚いた顔をする。
レイリはシュノからあからさまに目を逸らした。
昨日の光景が頭をよぎってしまうからだ。
「そちらの可愛らしい子は紹介してくれないのかね?」
あざとくレイリに目を付けたロウゲツと呼ばれた初老の男は舐める様にレイリを見た。
レイリはその視線の居心地の悪さに硬直してしまい、下を向いたままローゼスにしがみついている。
「この子はちょっと訳ありなんです。
ごめんなさい、人見知りが激しいから今は人に慣れる練習中なんですよ」
「そうか、将来が楽しみだな。
どれ、もう少し近くで顔を…」
レイリに手を伸ばそうとしたのに気がついた2人はレイリを隠す様に自然とそれを遮る。
「それより最近全然俺を呼んでくれないですね。
宴でも若い子ばかり呼んで、俺もたまには呼んでくださいよ」
「はは、そうだな。今度はお前も呼ぶとしよう。」
「おい、この俺を放ってほかの男と話し込むなんていい度胸だな。
そんなにこいつがいいなら俺は帰るぜ」
今まで黙っていたシュノが男の腕から離れると、慌てて引き寄せられた。
「ただの世間話じゃないか
心配しなくてもこれからまたタップリ可愛がってやるぞ」
そう行って2人はレイリ達の一つ前の席に座る。
男に身体を寄せながら話し込む2人の後ろ姿にレイリは急に吐き気を催した。
口元に手を当てると身体を折り曲げる。
「レイリ?どうしたの?」
ローゼスが小さな声で聞きながら背中を摩った。
「……気持ち悪い…」
「店までもつ?」
レイリは頷いた。
ローゼスはレイリの手を引いて勘定を済ませる。
その間、ロウゲツはレイリの後ろ姿を眺めていて、シュノは舌打ちしたい気持ちを堪えていた。
厄介な客に目を付けられたが、レイリが店に出ることは無いので大丈夫だろうと誰もが安心していた。
この時は。
「もう帰るのかい?
この後シュノの打ち掛けを新調するんだが、君達にも新しい打ち掛けをプレゼントしよう。」
「折角ですが、いきなり外に連れ出して色んな人に会わせたので、具合が良くないみたいなんです。
緊張し疲れた様だから店に帰って休ませないと」
レイリは吐き気を堪えながら、ローゼスの着物にしがみついた。
ローゼスは一礼して外に出ると、レイリの肩を抱き寄せて身体を支える。
「はぁ、タイミング悪かったね…
あの人、結構な好色家で色んな妓に手を出してる人だから気を付けてね
ああやって、居続けでシュノを指名してはあちこち連れ回して自分の権力をひけらかすの。
その分払いも良いから喜ぶ人もいるけどね」
背中をさすられながら店まで戻る道中聞かされた話。
舐める様な視線はレイリを品定めしてた訳だ。
「あの人、僕を抱きたかったの?」
「………たぶんね。」
ねっとりと絡みつく様な気味の悪い視線にも納得できた。
シュノはあんな客に抱かれているんだと思うと胸が痛くて堪らなかった。
「ローゼス、胸が痛いよ…
これは何?あの人がシュノと居るのがすごく嫌だ」
するとローゼスは少し困った様な嬉しそうな複雑な顔でレイリをぎゅっと抱き締めた。
「うん、それは恋だよ。
レイリはシュノに恋してるんだよ」
恋と言われてもピンとこないレイリは首をかしげた。
「大丈夫、ここにいる皆レイリの味方だから安心しな」
「…よく、判らない。それをすればシュノは喜ぶ?」
心も感情も壊してしまったレイリには恋が理解できないのか、不思議そうにしている。
「そうだね、レイリが本物の恋を知ればシュノは喜ぶよ」
シュノが喜ぶと聞いたレイリは嬉しそうに頬を染めた。
「シュノに言われた。
一緒に居たければシュノの心を縛り続けろって。
どうすればいい?どうしたらシュノは僕を見てくれる?」
「そうだな…」
ローゼスは少し考えて、名案が浮かんだ。
「よし、レイリ、ちょっとこっちにおいで」
ローゼスはレイリを隣の広い和室に招いた。
素直にそれに従い、レイリはローゼスとその和室に籠るのだった。



鏡花水月6






レイリは布団に横になりながらシュノと花札をして遊んでいた。
凍り付いていた感情が徐々に溶けだして漏れる様になったのか、口元を緩めて笑う様になった。
まだ表情は硬いままだが、死んだような状態よりは余程いいとシュノはそれだけで上機嫌だった。
「あがりだ」
シュノが投げ付けた札が場の札をさらって行き、役を完成させた。
「また俺の勝ちだな」
「シュノ強すぎ」
レイリは身体を起こすとシュノの唇に触れる様に口付けた。
レイリが負ける度にシュノはレイリに口付けを強請る。
シュノが負ければレイリと甘味を食べに行くというちょっとした賭け事をしていたが、今の所レイリの13連敗中である。
「…ちょっとお手水」
「一人で行けるか?」
レイリは頷いてふらふらと立ち上がった。
「まて、厠は冷えるからこれ着て行け」
ふわりと暖かな肌掛を羽織らせた。
最近急速に寒くなったせいか、薄い夜着1枚では冷えた廊下は身にしみる寒さだ。
薄暗い廊下を1人で歩いていると窓の外は雪が降り積もり、月光に反射して綺麗に輝いていた。
「レイリさん?」
ふと、背後から声がした。
レイリが振り返るとそこには徳利を載せた盆を持ったロゼットが立っていた。
最近独り立ちしたロゼットは綺麗な茜色の着物を乱しながら首をかしげていた。
「ここで何してるの?」
「……厠にきたら、雪が…」
消えそうな声で呟くレイリにロゼットは窓をのぞき込む。
「結構積もってるね
明日は雪掻きしないと」
「……雪掻き?」
不思議そうに首をかしげたレイリにロゼットは驚いたが、そう言えば良家の嫡子だったと思い出した。
「玄関先に積もるんですよ、雪。
そうなるとその雪を退けないと出入りできなくなるでしょ?
だから雪を掻くんですよ。
その雪が結構重くて…」
「ふわふわなのに、重いの?」
レイリは驚いていたのだが如何せん表情に出にくいため、ロゼットは機嫌を損ねてしまったのかと慌てたが、レイリの次の言葉を聞いて唖然とした。
「僕も、手伝っていい?」
「えっ?」
雪掻きは見習い禿や男衆の仕事で、ましてレイリは楼主の次に権力のあるシュノの恋人だ。
そんな事させていいのだろうかとロゼットには決めかねる事をレイリは暗い表情のまま聞いてくる。
「レイリさんは無理に手伝わなくても…」
「僕がやりたいの…
その、迷惑じゃなかったら…」
客で幽離籠に出入りしてた時も、レイリは何にでも興味を示す好奇心旺盛な所があったなと、思い出して中身はやっぱりレイリなんだと実感した。
シュノが来るまでの待ち時間、レイリの相手をローゼスとしていたロゼットから見て、幽離籠に売られたレイリは廃人だった。中身が無かった。
「良かった、ちゃんとレイリさんだ」
思わず口に出た言葉にレイリは首をかしげた。
「シュノさんが良いって言ったら手伝って下さい。
ただ、かなりの肉体労働ですから無理はしないでくださいね」
「……うん」
口元が少し緩んだのを見たロゼットはここ数日の変化に驚いていた。
「じゃあ、俺はお客様を待たせてるから。
明日は閉店と同時に雪掻きするから」
レイリは頷いて、ロゼットに小さく手を振った。
ぺたぺたと冷たい廊下を裸足で歩くレイリに胸を締め付けられる思いだった。
「足袋くらい履けばいいのに」
レイリの扱いは端女と同じだった。
重く冷たい布団も、禄に与えられない衣類も、粗末な食事も。
ロゼットはレイリの身に何が起きたか知らないし知りたいとも思わなかった。
ただ、良家で何不自由なく育てられた御曹子が遊郭に売り飛ばされることになるなんて哀れだと思っていた。
どうやらそれは間違っている様だ、レイリは感情こそ無くしてしまったが今が一番自由でいられるんだろう。
そう思って、暖かな甘酒の入った徳利を持ったまま今夜一夜を共にする客の元に戻っていく。
嬉しそうに頬を緩めながら。




日差しが眩しく入り込む朝。
レイリは窓の外を眺める。
調度客を送り出した遊女たちが店に戻ってきていた。
まだ眠っているシュノを起こさない様に簡単に着物を着付けると、玄関に向かう。
「あ、ほんとに来たんだ」
気だるそうに雪をスコップで避けているロゼットが玄関まで戻ってきた。
「雪仕事は足元が濡れるから長靴履いて」
玄関にはたくさんのゴム製の長靴が用意されていた。
外には幽離籠で働く女中や遊女の産んだ子供や、奉公に出ている子供たちが雪まみれになりながら楽しそうに雪かきをしていた。
「外套か羽織るものないの?
着ないと結構寒いよ」
レイリはずっと暖かな室内から出ることがなかったから肩掛けくらいしか無かった。
「これしか無い
けど、これ結構温かいから」
毛糸で編まれた肩掛けは冬になった頃にローゼスがレイリに編んでくれたものだった。
長靴をはいて外に出ると、ぎゅっ、と雪が音を立てた。
皆暖かそうな外套を纏いながら雪を投げあっている。
自分より少し幼いだろう少女の投げた雪玉が、ぼんやりと立ち尽くしていたレイリに当たって、バランスを崩したレイリは雪の上に尻餅をついてしまう。
「あっ、ごめんなさいです!」
少女が心配するように駆け寄ると、ニコッと笑って雪を払って手を伸ばしてくれた。
「……大丈夫」
小さくつぶやく声も彼女には届いたのか、嬉しそうに笑った。
「君も一緒に遊ぶです?」
「リアン、まずは雪掻きが先!」
ロゼットに叱られ、リアンと呼ばれた少女は手にした小さめのスコップで雪を店脇の邪魔にならないところに運んでいた。
「レイリさんはこれ使って」
ロゼットからスコップを受け取る。
さく、と雪の中にスコップを入れて持ち上げようとするとなかなか持ち上がらない。
「……ん、っ」
暫く悪戦苦闘しているとさっきの少女が戻ってきた。
「体重をしたにかけるといいがです」
そう言ってリアンはレイリと同じ位の量の雪をひょいと持ち上げた。
レイリは自分の非力さが急に恥しくなった。
「レイリさん、そんな量最初から持てるわけないよ。
まずは半分くらいから」
ロゼットが雪の量を減らすと、軽く持ち上がる。
「それをこっちの邪魔にならないところに運んで」
運んだ先にはレイリより大分幼い子供たちが運んだ雪で雪像を作っていた。
「あ、ロゼくん
こんな所にいたんだ、旦那様が起きたみたいでロゼくんを呼んでるよ」
ちょうど玄関からレシュオムが声をかけた。
「え、ほんと?
まだ寝てていいのに…すぐ行くよ」
ロゼットは慌ただしく道具を片して客間に向かった。
「レシュ…ロゼはお客さん?」
「ええ、ロゼくんの旦那様が何泊かなさっていくみたいで、ロゼくんすごく嬉しそうでしたよ」
居続けと言う、何日単位て娼妓を買う制度でロゼットが贔屓にしてる客がロゼットを買ってくれたらしい。
レシュオムはそのまま朝餉の支度があるからと言って厨に向かった。
「お兄ちゃん、こっちだよ」
鋼色の髪の幼い少女がレイリの着物を引っ張る。
「この頭のところにのっけて欲しいの」
丸い球体がポツンと置かれていて、頭と言われてもどこかわからない。
レイリが困っていると少女は首をかしげた。
「お兄ちゃん、ここだよ。
だるまさんの頭」
少女が指さしたところに雪を被せていくと数人の子供がぺたぺたと固めて行く。
子供たちが笑うとレイリも楽しくなってくる。
レイリの雪かきはいつの間にか雪遊びに変わっていた。




目を覚ますとまたレイリが居ない。
昨日は割と激しく抱いてしまったから起きれないだろうと思っていたが、まだ年若いせいか体力の回復は早いらしくて、シュノは煙管に火をつけて窓を開けた。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
外から子供たちの元気な声が聞こえて、自室から見える玄関先に目を落とす。
すると、吹き出した煙を飲み込みそうなほど驚いた。
「レイリ?」
子供たちに混じってレイリが玄関前で雪遊びをしている。
足元は長靴を履いてるようだが上着は肩掛けを羽織っただけで薄着もいいところだ。
今日は一段と冷える。
シュノは自分の暖かい羽織を掴んで玄関に向かった。
「レイリ」
玄関からレイリを呼び付けると、あからさまにビクッと身体を震わせたレイリがこちらを向いた。
ほかの子供たちもシュノの前では大人しくしてる。
「外で遊ぶなら暖かくしてから遊べ
風邪ひいたらどうするんだ」
レイリがおずおずと近寄ってくると、その体を抱き寄せて羽織を羽織らせた。
「着物もビシャビシャじゃねぇか。
お前、今日の雪遊びは終わりだ」
シュノはそのままレイリを抱き上げる。
「やっ…」
「文句は聞かねぇからな。」
シュノはそのままレイリを部屋に連れ戻すと、雪で濡れた着衣を全て脱がして新しい着物を着付け直した。
「冷たい身体だ」
ぎゅっと腕の中に閉じ込めた愛しい温もりをきつく抱締める。
「後で冬用の羽織を買いに行くか。
外で遊ぶ用にな」
「……そんな子供じゃない」
レイリは不満そうに、それでも心地よさそうに微笑んでシュノの胸に顔を埋めた。
「雪遊びは楽しかったか?」
「……うん」
優しく背中を撫でて、額にちゅっと口付ける。
「俺は今夜から居続けの仕事だから今のうちに外着買いに行くぞ」
居続けと聞いて、レイリはあからさまにしゅんと肩を落とした。
「どの位?」
「うちは最大で1週間て規則で決まってるが、俺はそんなに相手するのも面倒だから3日以上は受けてない。
暫くは寂しいかもしれないが昼間はローゼスに頼んであるからいい子にしてろよ」
1晩でも高額なシュノを3日も買うなんて想像すらできない金額なのだろう。
他人がそれほどまでの価値があるとしているシュノの心はレイリに独占されている。
3日も離れるのは不安で仕方なかったがそう考えると、レイリは自分が彼等から見たらいかに羨ましい存在なのだと理解出来た。
「うん、大丈夫だよ。
いい子にしてるから心配しないで」
腕の中に抱きしめたレイリが甘える様に擦り寄ってくる。


シュノに手を引かれ、吉原の中で遊女御用達の呉服屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃ……し、シュノ様じゃないかい!
今日は旦那様はご一緒じゃないんですか?」
「生憎な、今日は個人的な買い物だ。
こいつに似合う冬用の外着と着物を見立ててもらいたい」
シュノの背後に隠れていたレイリは唐突に見知らぬ人の前に引っ張り出されて狼狽えている。
「これは愛らしい。
早速ご用意させてもらいましょう」
店主は奥へ行ってしまい、暫くして綺麗な反物を沢山持ってきた。
「こちらの生地に絹と暖かな綿を織り込んだ素材でして、お色もこの様な…」
「レイリ、ちょっとここに座れ」
レイリは店に置かれた座布団の上にちょこんと正座した。
そうして大人しくしてると次々と反物を被せられていく。
シュノが悩んだ末、着物3着、帯が2本に簪と帯紐、花の髪飾りに髪紐、黄色の花柄の巾着、外着に白い兎の毛を使った肩掛けを購入した。
着物は後日仕立てたものを届けてくれるというので、採寸だけをして帰る頃にはレイリはぐったりしていた。
慣れない人にアレコレ進められ気疲れしたのだろう。
店に戻るなり今朝の疲れのせいか、うとうとし始めたレイリを大事そうに抱き締めた。
布団は片されていたため、シュノは自分にもたれ掛かって眠るレイリに羽織を被せた。
抱き留める形になり、身動きが取れなかったが、幸せな重みを感じていた。
「もうお前を一人にはさせない
愛してる、レイリ」
抱き締めた小さな身体は何も知らずにすやすやと寝息を立てていた。



鏡花水月5






「は、ふ…」
レイリがグッタリしながらシュノを見上げる。
身体中に散りばめた所有印も中に吐き出した熱い欲情も一度に受け止めるにはレイリの体力が持たなかった。
「お風呂入りたい…」
甘える様に両手を広げるレイリを、シュノは軽々しく抱き上げる。
姫抱きにされたレイリはぼんやりしたままシュノの胸に顔をすり寄せる。
幽離籠自慢の浴場は温泉が引いてあり、疲れた身体を癒すには最適だった。
浴場には誰も居なく、調度皆客取りのために見世に出ている時間だった。
広々とした浴場を貸切、体を綺麗に清めてから湯船に肩まで浸かる。
「シュノの身体って結構しっかりしてるよね」
レイリがポツリと呟いた。
綺麗で妖艶なシュノの身体はそれとは裏腹に筋肉が程よくついた男の身体だった。
「女を抱くわけじゃないんだからな、皆こんなもんだろ。
それにな、太夫ってのは客に抱かれるだけが仕事じゃないからな。
1人前の太夫になるなら教養や芸事が出来て当たり前だ」
レイリの頭を撫でながらシュノは笑いかけてくれるが、レイリは自分の貧相な体を抱いてシュノは満足してるのか急に不安になった。
今のレイリは客じゃない。
今までだって客かどうか怪しかったが、今は完全にシュノの物。
自分より抱き心地の良い客が居たら、その人と添い遂げるかもしれない。
シュノを信じてるから疑いたくない気持ちと、自分に自信が持てないレイリの全てがシュノを引き止めておくことは不可能だと頭の中をぐるぐる回る。
シュノが何かを話しているがレイリの耳には届いていない。
「レイリ、いい加減のぼせるから上がるぞ」
ぐいっとレイリの身体を引っ張ると、急に現実に戻されたレイリは、くらりと眩暈を起こして倒れ込んだ。
「ほら、言わんこっちゃ無い」
「しゅの…」
小さな声でシュノを呼んで、レイリは意識を手放した。
シュノはそのままレイリを脱衣所に運び着替えをさせて、自分も着替えを済ますと意識を失ったレイリを再び抱き上げた。
随分軽く小さくなってしまったレイリは、抱けば壊れてしまいそうだった。
前から男とは思えない程華奢で小柄な身体は今はちょっとした衝撃で壊れてしまうガラス細工のようだ。
布団にレイリを寝かせると、夜風を入れるために窓を開ける。
外はちらほら雪が降り始めていた。
暗い部屋の行灯に火を灯すと、片膝をついて金の装飾がされた煙管に火をつける。
ふぅ、と窓の外に向かい煙を吐き出すと雪の中番傘をさしたまま立っていた青年と目が合う。
レイリより少し淡い金髪に柔らかな碧眼。
裕福そうな身なりの青年はこちらに気付きにこっと笑って頭を下げる。
何となく眺めていると、慌てて誰かが店から飛び出してきて青年に抱きついた。
その衝撃に傘を落とした青年はしっかりと腕の中にその人物を収めていて、その人物をシュノは知っていた。
レイリが来るまでシュノ付の禿だったロゼットが、着物を乱しながら青年に抱きついていた。
レイリにばかり構っていてすっかり忘れていたが、ロゼットは15歳になったので最近水揚げされて客を取るようになったと聞いた。
水揚げを買ったのはまだ歳若い金髪碧眼の好青年だと聞いていたが成程彼が噂の旦那かと、微笑ましい気持ちでシュノは窓から離れた。
「ん…」
胸あたりまで掛けていた掛布団を退けるようにレイリが体を揺らした。
暑いのかと、懐から扇子を取り出してゆっくりと扇いでいるとレイリが目を開けた。
「起きたか、気分はどうだ?」
レイリは暫くシュノを焦点が合わない瞳で眺めていたが、やがてのろのろと身体を起こして、ぎゅっと抱きついた。
「しゅの、僕の身体、すき?」
抱き着かれたシュノはレイリの背中をポンポンとあやす様に撫でながら、耳朶を食みながら囁いた。
「言って欲しいのか?」
まるで情事の最中の様な声にレイリは体を震わせた。
「ひぁ…ん、言って…お願い…」
「好きだぜ、お前の顔も、声も、身体も全部俺の物だ
今まで俺が抱かれた客の誰よりも、お前を抱いてる時が一番興奮する」
するするとシュノの手が腰の辺りに滑り落ちる。
「だから、何も心配するな」
腕の中に閉じ込めた身体をきつく抱き締めた。
「僕は、シュノの物だけど、シュノはそうじゃないから…
だから、僕…シュノを繋ぎ止めておくことは出来ないから…」
シュノは一瞬驚いてから、顔を朱に染め悶える様に顔を背けた。
レイリはこの関係がシュノに寄る一方的なものだと思っているらしい。
自分はシュノの事を好きだが、シュノが心変わりしたらそれを引き止める権利はないと不安になっているらしい。
今のレイリの起爆剤はどこにあるか判らないが、大方先程の風呂での会話だとあたりを付けた。
「なら、俺の気持ちをお前に縛り付けさせてみろよ。
ここは遊郭、お前は俺専用の太夫。
俺を今以上に夢中にさせればいい」
「え…?」
「客を取るなってのは無理だ。
それ以外の生き方を俺は知らないしお前を養うにも金が必要だ。
だけど風呂でも言ったが毎回客と寝てるわけじゃない。
殆どが話を聞いて酌をするだけだ」
レイリはポカンとしてシュノを見上げた。
「そう…なの?」
「お前なぁ…人を節操無しみたいに言うなよ。
客を選べない新人時代ならまだしも、今は吉原一の花魁だぞ、そうそう簡単に抱けてたまるか」
するとレイリは恥ずかしそうにシュノの胸に顔を埋めた。
「うー…」
「お前、可愛すぎ。」
ちゅっと額に口付けると、レイリはまたシュノの胸に顔を埋めた。
「シュノ、僕にも芸事を教えて?」
「ああ、琴と舞なら教えてやる
三味線と茶はローゼスに習え」
「うん」
レイリが嬉しそうにふふっと笑った。
愛しい気持ちになり、シュノは頭を撫でながら煙管の煙を外に吐き出した。
「シュノ、今日はお客さん取らない?」
「ああ、約束だからな
今日はお前とずっとこうしてたい」
シュノはひょいとレイリを背中から包み込むように膝に座らせ、身動きが取れないほど抱きしめた。
「シュノの事、もっと聞かせて…」
「俺の話なんて面白くも何も…」
「聞きたいの、シュノが水揚げされた時の事。
この着物で、どんな風に抱かれて、どう思ったの?」
「……レイリ、もしかして妬いてるのか?」
シュノはくすくすと笑ってレイリを抱き締める。
「いいぜ、教えてやる。
俺の初夜の相手はクジョウって貴族の嫡子で、この前甘味屋の前で会ったやつだよ。」
ハッとしたレイリはシュノを見上げた。
「あいつは俺が禿の頃からの客で、見栄と独占欲の塊みたいな男だ。
俺が心底惚れてると思ってるおめでたい奴だよ」
「……あの人、怖い…
僕を見てた時、凄い目で睨んでた。」
怯えるレイリの額に口付けを落とした。
「あいつは俺を抱き寄せて口付けした、何度もねちっこく舌を絡ませながらな」
シュノはレイリを自分側に向かせて、唇を奪う。
ふっくらと柔らかな唇を這うように舐め、ゆっくりと舌を絡ませていく。
「んふ、んんっ…は、んふっ」
「は、ぁ…レイ、息、しろ…」
レイリは瞳に涙を浮かべながら、唇の離れた一瞬の合間に息を吸う。
弱々しくすがりつく身体を抱き締め、そっと腰に手を這わせた。
「ん、ひっ!?」
柔らかな秘部に指がクチュリと音を立ててねじ込まれる。
その隙に首筋から胸元に赤い花びらを散らせて行く。
「しつこく身体中を舐め回されたな、俺も初めての時はそれだけで体が熱くなってすぐにもイきそうだった。」
レイリはもはや自力で立つことも出来ず、シュノの肩に手を置いて体を預けている。
「ここも美味しそうに膨れてきたな」
身体を熱くさせたシュノが珍しくがっつく様に胸の果実を舌で弄び、余った片方の手はレイリ自身に這わされた。
「ひぃぃぃ、あっあ、ふぁああっ」
三ヶ所同時に攻められ、唾液を零しながらだらしなく喘ぐレイリを布団に押し倒す。
帯を解き、着物をはぐように脱がせると、下着の紐をしゅるりと解く。
真っ白な無垢な身体は一糸纏わぬ生まれたままの姿になる。
「綺麗だ、シュノ…ひたすらそればかり耳元で囁かれたな。
お前は綺麗ってよりは可愛いだな」
レイリの耳元でシュノが甘い声で吐息を漏らすように囁く
「可愛い、レイリ可愛いな、可愛い」
「や、やぁっ、そなに、言わないでっ
シュノの方が綺麗!」
「判った判った、それで今のお前みたいにやめろって言った時点で……」
ふと、秘部にあつい熱があてがわれるのを感じた。
「アイツはなぁ、俺が処女だってのにお構い無しにな突っ込んできやがった」
シュノはトロトロに溶けた秘部に一気に挿入した。
「ひぁああっ、あっああああ!!!?」
レイリはビクンと体を跳ねさせ、背を反らせながら敷布をぎゅっと握った。
「あっあうぅぅ…はふ…ま、まって…」
目を大きく開きながら、涙が溢れて零れ落ちてもシュノは止めなかった。
「そんなに可愛く哀願してもきっとやつは止めなかったし、俺はただ早く終われと思っていた」
「いやぁっ、あんっ…も、おかしくなっちゃ…」
さすがに立て続けに抱かれ、レイリは涙を零してシュノに手を伸ばした。
「まだ、終わらないぜ?」
脚を胸に付きそうな程大きく開かせると、レイリにそれを抱える様に言い、シュノを受け入れて限界まで広がった秘部がシュノから丸見えになる。
「へぇ、結構いい眺めだな。
判るか?お前のココが俺をピッタリ受け入れてる」
「いやぁ!恥しいよ、もうやだよぉ…」
「知りたいんだろ?
俺がどうやって客に抱かれてるか」
そのまま腰を上下に振ると、根本迄押し込んで一気に引き抜く。
「ひゃあああんっ!だめぇっ!
出ちゃうっ、から…だめぇぇぇ!!」
ガクガク身体を震わせながら律動に合わせて身体を揺らす。
「あぁんっ、あうっ…ひっ、あん!
お願い…もう…っあぁああんっ!」
我慢出来なかったレイリが身体を痙攣させながら自分の腹に精を吐き出した。
「ひっく…うぅ…」
あまりの激しさと恥ずかしさに、レイリは両腕で顔をおおった。
「レイリ」
シュノが優しく名前を呼ぶ。
それに応えるみたいにレイリが腕を解くと、シュノの舌が涙を舐め取った。
そしてレイリの表情がとろんとシュノを見つめると口付けを深く交わす。
「んっ、んふ…んんっぅ」
舌を絡め、唾液が口の端から零れ落ちる。
その間も腰はレイリを秘部を擦りあげ、胸とレイリ自身も攻められ酸欠状態のレイリはクラクラとしながらシュノに縋り付いた。
「あいつは一々口に出すんだ
レイリの中は最高だな、トロトロとした媚肉が俺に絡みついて離れないってな風にな」
「ひぅっ!も、おかしく…なっちゃ…」
レイリは今までで一番蕩けた顔で自分から口付けてきた。
「中に出すからな、一番奥に、オレの子種沢山だすぞ」
シュノが抽出を早めると、レイリが悲鳴の様な喘ぎ声を上げながらシュノにしがみつく。
「あっああん、ひぃあ!あああっ!
しゅの、しゅの…ぼくもう…しゅのぉぉ!」
涙でグチャグチャになったレイリの身体をシュノは一層激しく揺さぶり、レイリの腹の奥に精をタップリと吐き出した。
「ふぁ、は…はふ…んんっ、う…」
呼吸が整わないレイリに覆い被さったまま口付けを交わし、レイリの息が整うのを待つ。
「は、ぁん…は、はぁ…」
「落ち着いたか?」
レイリはこくんと頷くと、シュノはようやくレイリから自身を引き抜いた。
「シュノ…初めてなのにこんなに激しかったの」
「客なんて皆そうだ。
有り余る性欲を俺らにぶつけるために遊郭に来るんだからな
結局アイツは朝まで俺を抱き続けたよ」
シュノはよしよしとレイリの頭を撫でる。
「俺が初めて抱かれた着物で、同じ方法で俺にだかれた気分はどうだ?」
「僕がシュノを抱いた日、あんまり気持ちよくなさそうだったから…
ちょっと気になっただけだよ」
レイリは言った事を後悔してるのか、両腕で顔を隠してしまった。
「箱入り坊ちゃんにしては頑張った方だろうが、俺を満足させたいならお前が抱かれる方がしっくりくるな」
シュノは両腕を開かせると顔中に口付けを落として行った。
「お前は何度抱いてもすぐに欲しくなる。
麻薬みたいだ、お前の身体は」
レイリはシュノの腰に片足をそっと回した。
「いいよ、好きにして。
シュノになら…ううん、僕を好きにできるのはシュノだけだよ」
「これ以上したら足腰立たなくなるぜ」
フッと不敵に笑うシュノに、レイリも釣られて笑った。
「タオル取ってくる。
何か欲しいものはあるか?」
グッタリしたレイリは気だるそうに寝返りをうつと、妖艶に笑って見せた。
「お茶とお菓子。
あと花札がいいな」
遊んで欲しいとねだる子どもにしてはタチの悪い笑に、シュノは頷いて立ち上がった。



鏡花水月4




朝、気だるげに目を覚ましたレイリはあたりを見回した。
シュノがいない。
遊里は昼夜逆転の生活からか、夜に客を相手する娼妓達は昼まで眠って、夕方近くに身支度を始める。
1晩に何人もの客を取らなければならない事もあるために体を休めている時間のはずだ。
「シュノ…どこ…」
不安に押し潰されそうなレイリは辺りを見回す。
すると大きな姿見がこちらを見ているように置かれていた。
そこには客と一夜を過ごした後の遊女の様な肌蹴た緋襦袢から覗く赤い花がいくつも白い肌に残されているのが見えた。
シュノに愛された証に嬉しくなり、ほんのり口元が緩む。
あの美しく気高い花魁がまさか自分の様な生まれの卑しい妾腹の子に執心してくれるのが心地よくて、何度も足を運んだこの幽離籠。
ため息をついてレイリは身体を起こした。
「レイリ、起きたのか?」
襖が開いた音がして振り返る。
艶やかな着物を纏ったシュノが近寄ってきてレイリを抱き締めた。
寝起きで身体が冷えていたレイリを包み込む様に腕に閉じ込められる。
暖かな体温、安心するシュノの匂いに自然にレイリはシュノに口付けされていた。
「ん、ふ…」
あの日以来、シュノは口付けも抱いてもくれなかった。
夜はレイリを養う為に客を取り、昼間はレイリが不安にならない様にそばに居てくれた。
「久し振りだったから疲れたか?
身体は痛まないか?」
シュノは甲斐甲斐しくレイリの世話を焼こうとする。
「この身体はシュノの物だから、好きにしていいんだよ…」
するとシュノは柔らかな笑を消して、イラついてる様にレイリの腕を掴んだ。
「…いたっ」
「お前、そんな風に言うのやめろ」
幽離籠に来てからすっかり痩せ細ったレイリの細腕が、ギリギリと締められて痛みに顔を歪める。
「…ごめん、なさいっ…ごめんなさい…痛い、シュノ…痛いよ…」
自分でも思わず力が入っていたのか、涙を浮かべ掠れた声で謝罪するレイリの手を離した。
どうしてシュノが怒るのか理解できないレイリは泣きながらシュノから離れた。
握られた所は赤く痣になり、ヒリヒリと傷んだ。
「お前は、お前の意思でここに来た訳じゃないだろうけど、そんな風に自分を卑下するな
俺がお前の身体目当てでお前を買ったとでも思ってるのか?」
ハッとしてシュノを見上げる。
自分は何をしてしまったのだろうと、頭の中がグルグルする。
シュノの言葉一つでレイリはすぐにパニックを起こしてしまう。
「ご、ごめんなさい…」
よく判らないが、自分がシュノを傷つけてしまったのだと理解したレイリはシュノの着物に抱き着いて離れようとしない。
「悪かった、お前が自分を安く見るのが嫌だったんだ。
俺はここで生まれ育った、いい暮らしとは言えないがそれなりに気に入ってる。
だけどお前はこちら側に来るな」
シュノに、どこか拒絶されたみたいで涙が溢れてきた。
シュノはその端麗な顔を困ったように歪ませた。
「ごめ…なさ、シュノ…」
「…お前は娼妓の真似事なんてしなくていいんだ。
それは俺の仕事だ、お前の仕事はこうやって……」
シュノは抱き締めたレイリを更に引き寄せる。
身体が密着して息遣いが近い。
「俺を癒してくれればいいんだ」
「ふぁ…シュノ…」
口付けの合間に漏れるシュノの吐息がレイリの身体を熱く昂らせた。
レイリの身体は角砂糖のようにシュノに翻弄され、熱で溶けていく。
骨の髄までトロトロに溶かされてそのままシュノと一つになる。
柔く甘いその身はシュノの熱でしか溶けられない。
「レイリ、飯まだだろ」
極上の気分から一転、昼過ぎに目覚めたレイリは今更腹の虫が鳴ってることに気がついた。
「うん」
「もう昼餉の時間だ、先に食事だ。
今日こそ客は取らないでそばに居る」
レイリの頭を優しく撫でる。
その手のひらが心地よくて、甘える様にシュノに身を預けた。
レイリはシュノの分の膳を運んでくると、自分の粗末な食事が乗った盆を持って隣に座った。
シュノがいくらほかの者に持ってこさせると言ってもレイリはシュノの身の回りの事は自分がやりたいと言って聞かなかった。
親に見捨てられたレイリを引き取ってくれたレイアにも、買い取ってくれたシュノにも、レイリは何も返せてない。
だからシュノの事だけは全部自分でやりたかった。
ここに売られた時シュノ以外の男に脚を開くのだと思うと怖かった。
シュノが レイリを買い取らなかったらそうなっていた筈だった。
そうならなくて済んだのならせめてできる範囲でシュノの側に居たかった。
「レイリ、お前もっと食え」
シュノが自分の膳に副えられた焼き魚をレイリの粥の中に解して入れていく。
真っ白だった粥は焼き魚の身が混じった事で色付き、美味しそうな香りを放っている。
「肉食えとは言わないからせめて魚や野菜はとれ」
「……うん」
母親が焼死してから、ずっと喉を通らなかった食事も、少しづつ味がわかるようになっている気がした。
程よい塩加減に焼かれた鮭の身を粥に混ぜながら食べるのをシュノは見届けてから自分の食事につく。
小さな椀に装われた粥を食べ切ると、粉薬の包を取り出した。
レイリは目の前で母親が焼け崩れるのを見てしまってから精神を病んでいた。
そんなレイリに気付け薬だとレイアが毎日飲ませているそれは精神安定剤。
この薬がレイリの笑顔を奪い、壊れそうな精神を辛うじて生に留めている。
食事が済むと、レイリは食べおえた膳を下げる為に厨を訪れていた。
「……お願いします」
いつもは指定の場所に置いてすぐに去っていくレイリが厨番に小さく声をかけた事に、そこにいた全員が驚いた。
「はいよ」
女中が豪快に笑いかけて食器を受け取ると、レイリの表情が少し緩んだ。
「あ、丁度いい所に」
厨から出るとちょうど出会い頭に誰かに声を掛けられた。
「レイリ、ちょっとおいで」
柔らかな笑を浮かべながら艶やかな着物を翻したのはローゼスという名の花魁で、店ではシュノの次に人気がある。
全く面識がないわけではなく客の時代にもシュノが来るまで話し相手をしていてくれていた。
「?」
「レイリ、ここに来てから寂しそうにばかりしてたでしょ?
今丁度みんなのいらなくなったもの整理してたら、ほら…」
そういってローゼスは赤地に金の刺繍で蝶が縫われた綺麗な着物を差し出した。
「レイリに似合うんじゃないかと思ってね。
一式貰ってきたよ、シュノに着せてもらいな
この簪は俺のお下がりなんだけど、レイリがしたら可愛いと思うよ」
ローゼスはレイリの瞳によく似た透き通った青色のガラス細工が施された簪を髪に挿した。
「うん、やっぱり可愛い
シュノ、きっと喜ぶから早く行ってあげな。引き止めて悪かったね」
レイリは首を横に振って着物を大事そうに抱き締めて微笑んだ。
「あのっ…ありがと……」
幽離籠に来てから凍りついた様に表情を変えたなかったレイリの小さな変化に、ローゼスは艶やかに笑いレイリに手を振った。



「それ、どうしたんだ?」
「……ローゼスがくれた
皆着なくなった着物だから僕に着なさいって」
ローゼスが抱えてる禿達は大体レイリと同じ位の背格好だった筈だがと思い、着物を受け取る。
それは幼い頃にシュノが着ていて、着なくなったもので、そう言えばローゼスに処分を頼んだものだった。
特別着古したものではないせいか、新品のように綺麗に補修されていて、レイリの身長に合わせて誂えている。
「気に入られたな」
「……?」
首を傾げながらレイリは着物をしまおうと衣装箱を取り出す。
「まて、少し羽織ってみろよ」
シュノはレイリの体を抱き寄せて着物を掴んだ。
豪華な金の刺繍が施された着物におそるおそる袖を通すと、シュノの匂いが鼻先を掠めた。
「…これ、シュノの匂い…」
「ああ、これは俺が15の頃に水揚げされて初めて客に抱かれた日に着ていた着物だ。
俺の水揚げは希望者が多くて随分高額になったからって着物を新調したんだ」
「シュノが初めてお客さんをとった日?」
ぎゅっと胸が締め付けられた。
「そうだな、それはシュリとレイアが俺に贈ってくれた着物だ」
意外な名前に驚いていると、綺麗に着付けられたレイリの身体を抱き締めた。
「似合うな、可愛く着れたじゃねぇか」
「シュノの匂い…シュノに抱かれてるみたい」
頬を染めながら、シュノの胸元に身を預ける。
「お望みなら今すぐにでも抱いてやるぜ」
シュノはレイリの手を取り、甲に唇を寄せた。
「んっ…」
レイリは拒む様子も見せずにそのままシュノを見上げた。
にこりと笑いかけるシュノは唇をぺろりと舐めてレイリを押し倒した。
畳の匂いに混じってシュノの匂いが身体にまとわりつく。
「シュノ、ん…っ」
微かにしか力が入らない手で僅かに押し返すその手を握る。
「どうした?嫌か?」
少し残念そうに見えるシュノに、レイリは目を伏せたまま顔を背けた。
「違う…何か、こうやってシュノに触れるの久しぶりだなって…」
どうしても硬くなってしまう表情で、シュノに伝わっているか不安だがレイリはシュノの頬に手で触れた。
あの日から、全てが変わってしまった、無くなってしまった。
笑い方も、話し方も、触れ方も忘れてしまった。
「シュノは、今の僕は好き?
前の僕に…戻れなくても…好きで居てくれる?」
怖くて聞けなかった事を勇気を出して聞いてみた。
「お母様はずっと僕のそばにいてくれるって言った。
でもお母様は死んじゃった…」
あの家で唯一、僕を愛してくれた人。
「僕にはもう、シュノしかいない…」
シュノは黙ってレイリを撫でてくれた。
「俺にはお前だけだ、なんて使い古された文句なんて俺の心にはなんも響かねぇ。
お前だけだ、お前にだけはこんなに心を乱される」
シュノはレイリの着物をするすると解いていく。
白い肌に昨日の名残が色濃く残り、気恥ずかしくなる。
「何度抱いても足りない、お前が欲しい。お前だけでいい、他に何もいらない」
肌蹴た着物から白い肌に手を這わせる。
「んっ!」
「今なら客の気持ちがわかる気がするな
お前を目の前にしたら、欲しくてたまらない」
何度も抱かれた身体はその欲情的な瞳だけで熱く昂ってしまう。
「昨日は久しぶり過ぎて余裕が無かったからな、今日はじっくりお前に俺を刻み込んでやる」
シュノの手が肌に触れるだけでレイリの身体は浅ましく身体を喜ばせた。
「シュノ…」
長い間触れ合ってなかった肌は昨日の情事のせいかシュノの熱を欲しがって身体の芯を熱くさせる。
「愛してる…シュノ、愛してる。」
レイリはシュノにしがみついて強請る様に口付けを交わした。
「お前を死んでも離さない」
シュノがレイリの耳元で囁くと、レイリは花が綻ぶ様に笑い、頷いた。


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