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鏡花水月3



シュノは着物を着付けてもらいながら険しい顔をしていた。
「シュノさん、どうしましたか?」
下働きの世話係、レシュオムが首を傾げながら帯を締めた。
「いや、なんでも」
「そうですか…」
レシュオムはそれ以上何も言わずに黙って部屋を出た。
綺麗に着飾ったシュノはため息をついて、客の待つ部屋に向かう。
「遅かったな、シュノ」
シュノが来るまで客の相手をしていた禿は空になった徳利を盆に載せると深々と礼をして去っていった。
シュノは客の隣に座り、凭れるように体を預けると空になった杯に酒を注いだ。
「お前は、何のつもりなんだ」
表情を崩さず、シュノは酒を煽るように流し込むと、客の男は腰を抱き寄せてきた。
「余程あの子猫が大事な様だな
全く持って嫉妬してしまう」
グイッとシュノの身体を引き寄せ、そのまま口付ける。
深く、深く、咥内を味わい尽くすように舌を絡めながら濃密な口付け。
普段なら気が乗らなければ拒むシュノも大人しくなすがままになってる。
気を良くした客がシュノの着物に手を差し込んだ時、ピシャリとそれは払われた。
「相手してやるとは言ったが、抱かせるとは言ってねぇ
勘違いするな」
そう言っても客から離れる様子は無く、そっと酌を続ける。
「それで、俺の質問には答えてくれないのか?」
「……シュノ、君はあの子猫がどんな子か知っているのか?
何か、金か権力で脅されて一緒にいるんじゃないか?」
急に神妙になった客の男に対して、シュノは不機嫌そうに男を見た。
「どういう事だ」
「私の知る範囲でだが、あのレイリ・クラインという少年は人間では無い。
正確に言うと、彼の母親であるレイン・マグダラが、だが」
あまりに突拍子も無い話に、シュノも流石に驚いた様に目を見開いた。
「レインと言う娼婦はありとあらゆる遊郭を名を変えて転々としていた。
息を飲むほど美しい彼女を誰かがマグダラと呼び始めた。
その女は何十年も歳を取らず、若く美しいまま男達を虜にして行った。
だが、誰にも靡かずにある日突然遊郭を去るらしい。」
シュノは別にレイリが何者でも構わなかったし、その話を聞いたからと言ってそんな突拍子も無い事をすぐに信じらる程この客を信頼してる訳でもない。
「そんな作り話みたいな話ある訳ないだろ」
「私も最初はそう思った。
けれど君は知っているか?
レイリ・クラインは火事で重度の火傷を負っていたはずだ。
だが数日後には、一切の痕跡を残さず火傷の傷は跡形もなく消えていた」
男はシュノを抱き締めて、言った。
「そんな得体の知れない化け物のそばにお前がなんの理由もなくいるとは思えない、助けたいんだ、お前を」
シュノは何も言わずに男を押し返した。
「シュノ…」
「悪いが理由ならある。
レイリは俺が買い取って側に置いている俺の所有物だ。
レイリを手放す位ならレイリを殺して俺も死ぬ」
シュノは立ち上がってから、少し俯いて呟いた。
「それに、俺も化け物だからな」
それだけ言い残すと客を放っておいて部屋から出て行く。
そのまま娼妓が生活をする離れの戸を開くと、すぐ真横の薄暗い襖を開ける。
そこは地下への階段が続いている。
シュノは気怠そうにその階段を降りていくと、微かに話し声がする襖を開けた。
「レイリ」
襖の奥の薄暗い水牢の中には布団の上に座り込んで花札をしている二人がいた。
レイリは呼ばれたのに気がついて振り向くと少し不安そうにシュノを見上げた。
「花札してたのか」
「ん……シュリさんに教えて貰ってたの」
レイリは少し嬉しそうに頬を染めた。
「レイリ、また来い」
「うん…」
シュリがレイア以外に笑いかけるのを初めて見たシュノは、レイリとシュリの仲睦まじさに少し妬いた。
レイリはシュノの腕に抱きついて、甘えるように頭をすり寄せる。
先程の取り乱した様子はもう無く、落ち着いたようだった。
「……お客さんは…?」
部屋に戻ると、暗がりの中レイリが行灯に火をつける。
レイリを引き取った当初はこんな小さな火にも激しく取り乱していた。
日々、少しづつではあるが回復の兆しが見えた気がして、シュノはレイリを布団に誘った。
「おいで」
何も言わずにレイリはシュノの隣に座る。
「シュノ…」
不安そうに見上げるレイリを腕の中に閉じ込める。
そのままレイリの頬を優しく撫でれば心地良さそうに目を伏せた。
「レイリ…」
レイリの唇を優しく塞ぐと、何度も角度を変えて咥内を犯していく。
先程の客と同じ事をしているのに、相手がレイリだと思うだけでひどく愛しい気持ちが溢れてくる。
「心配するな、何があっても俺がお前の傍にずっと居るから」
「…は、んっ…しゅの…」
「俺が守るから、俺のそばに居てくれ」
レイリは頷くとそのままシュノに身を預けた。
抵抗する様子がないレイリを布団に押し倒すと、緋襦袢の紐を解いていく。
小さな行灯の灯に照らされた白い肢体。
以前なら恥ずかしそうにシュノを見上げていたレイリは、表情を変えずにシュノを見上げていた。
それでも、当初のような冷たく凍り付いた様な表情では無く、笑い方を忘れてしまった様な、それでも必死に笑おうとしているような…
「お前が愛しい…」
頬に触れると、レイリは表情の無いまま涙を零した。
「レイリ?」
「シュノ、ぼく、ぼくは…」
ボロボロ涙をこぼすのに、レイリは表情を変えることも出来ずにただシュノを見上げては涙を零していく。
「すき、なの…」
絞り出す様にレイリが声を出した。
「ぼくは、シュノがすき
シュノは…こんな僕でもいいの?」
今の状態のレイリは居た堪れない。
どうにかしてやりたいと思うし出来れば前の明るいレイリに戻って欲しい。
戻らなくても、手放す理由は皆無だが。
「お前じゃなきゃ、ダメなんだ。
俺から離れると言うなら俺はお前を殺して死ぬ」
レイリの白い首元に赤い花をいくつも咲かせていく。
「ん…」
そっと、レイリの腕がシュノの背に回される。
散々快楽を教え込んだ身体はそれだけで物欲しそうに身体を揺らした。
「ふぁ…んっ」
いつもは光を宿さない瞳が潤みながら主のを見上げる。
柔らかな身を晒して、シュノはその身体をゆっくり開いていく。
「は、ぁん…」
赤く熟れた果実の様な胸に触れるだけでレイリは甘い声を漏らす。
そこに唇を寄せれば、すぐに快楽に蕩けた顔に変わっていく。
「あっあああっ、や、やだぁ」
快楽に揺れながらシュノの腕にしがみつく姿がシュノの本能を刺激する。
「レイリ」
口付けを交しながら、レイリ自身にそっと触れる。
「ひっ!」
ビクッとレイリの身体が震える。
そのまま手で包み込み、先端を刺激してやればすぐに反応が変わる。
あれだけ、毎日の様に抱いていた身体は幽離籠に来てからは触れることもはばかられる程壊れそうで、でも慣らされた体はしっかりと快楽の味を覚えていてそれを欲しがっている。
互いに極上の餌を目の前にチラつかせられ、我慢出来なくなっていた。
「ああんっ、あっ…シュノ…おねがいっ…」
掠れた声でレイリが声を上げた。
「我慢しないで1回イけ」
先端から溢れる先走りをヌルヌルと手に塗り付けて上下に擦るように刺激する。
「やっ、やだぁ」
「……はぁ、仕方ねぇ」
シュノはレイリの両脚をぐいっと開くと中心に息づくレイリ自身を口に含む。
「ひぃああっ!あッあああっ!」
普段の消えそうなか細い声からは想像もつかない声を上げながら、背筋を逸らして敷布をぎゅっと握る。
「んっ、んああッ」
与えられる快楽は今のレイリの許容限界を超えているのか、涙を流しながらビクビクと体を震わせる。
「身体は正直だな、ほらこんなに欲しがってるぞ」
先走りで濡らした指をレイリの秘部にそっと押し込む。
するとそこは挿入を待ちわびていたようにシュノの指を締め付け、媚肉で絡み付く。
レイリは前後同時に刺激され、丘に上げられた魚のように身体を跳ねさせた。
「やっやだぁぁ!ひっ、ああん、だめ、だめっ」
嫌がる様な素振りを見せても、身体は正直にシュノを欲しがっていた。
今迄何十人の客と閨を共にしたシュノだが、こんなにも自分から抱きたいと思った客はレイリただ1人だった。
そして、そのレイリは客から自分のモノになった。
「レイリ、一生俺が愛してやる」
そう言って、涙でグチャグチャになったレイリの頬にキスをする。
「しゅ、の…」
グチゅっと、秘部から指が引き抜かれ、同時にシュノの熱く猛った楔がレイリの中を貫いて行く。
「――――ッ!!!」
声にならない悲鳴をあげながら、レイリはもはや思考が停止したままグッたりしてる。
「まだ先っぽだけだぜ
そんなに溜まってたのか?」
レイリの下腹部を汚す白い液体に指を這わせながら、シュノはおかしそうに笑った。
「しゅのぉ…」
レイリが甘えた声てシュノを呼ぶ。
シュノはレイリを抱き起こして深く、腹の奥まで繋がろうとゆっくりレイリの身体を貫いて行く。
「んっふ…うぅ…んああッあああああっ」
レイリの身体に自身が埋まっていく度にレイリは甘い声で鳴く。
それが堪らなく心地よく、電流みたいな快楽が身体を、脳を麻痺させていく。
呼吸すら忘れてシュノに縋り付くレイリが愛しくて、きつく抱き締めて口付けを深く交わしていく。
「んっ、ふ…んんっ」
「ほら、全部入った」
耳元で囁いてやれば、身体がビクッと震える。
腕にすっぽり収まる小さな身体をぎゅっと抱き締めると、レイリが背中に手を回す。
「いい子だ」
「んっ…」
そのまま、トロトロに蕩けたレイリの中を奥まで何度も突き上げる。
しゅの、とレイリが舌足らずな声でシュノを呼ぶ度にレイリを激しく突き上げる。
「あうっ、ひっふあぁぁぁ!
あっあ、んんっ…」
必死なレイリが愛しくて堪らない。
「こんな気持ちは初めてだ」
「ひぁあっ、しゅの、しゅのぉっ!」
馴染みの客にレイリを馬鹿にされたようで機嫌が悪かったシュノはレイリの中に熱い想いを注ぎ込んだ。
レイリはそのまま布団に倒れ込み、シュノを見上げた。
繋がったままの秘部がまだ足りないと催促する様にヒクヒクとシュノを締め付けた。
「しゅの、もっと……」
両手を広げて微かに笑顔を浮かべるレイリに、シュノは覆い被さって口付ける。
幼さと妖艶さが入り混じったこの身体を抱いたことがないからあんな戯言が言えるんだと、自分を納得させた。
レイリはシュノが唯一執着をみせた客だったのだから。
「ああ、今夜は寝かせないからな」
レイリは久し振りに嬉しそうに笑って、シュノに身を預けた。
レイリの良さは自分だけが知っていればいい。
この遊郭で客に身体を売ることの無いレイリは一生死ぬ迄シュノだけのモノ。
シュノ以外の男を味を知る必要は無いのだから。


鏡花水月2





艶やかな着物を纏ったシュノは羽織を肩にかけ、レイリの手を引く。
流石に花街を歩くとはいえ襦袢では出歩けないので以前に仕立てた着物を無理やり着せた。
「良く似合うな」
「……シュノが着た方が…似合ってた」
着物をまじまじと眺めながら少し恥ずかしそうに顔を背ける。
その仕草すら愛しいと感じて、肩を抱き寄せる。
戸惑ったようにレイリが見上げてくると、シュノは柔らかく微笑む。
「そういう時はな、相手の肩に頭をもたれるように預けるんだ」
「…うん」
レイリはシュノの肩にもたれ掛かるようにあたまを預けて、着物をぎゅっと握った。
「あ…この着物…」
「ああ、これは俺の一番の上客だった奴がな、俺の為に仕立ててくれた大切な着物だ。
まだ、着たところを見せてなかったからな」
頭を撫でながら、シュノが楽しそうにレイリに微笑みかける。
それはレイリが客だった時にシュノの為に仕立てた着物で、シュノがそれを着るのを見ることなくレイリは壊れてしまった。
ぼんやりとシュノを眺めていたレイリは口元を本の少し緩めた。
「…きれい」
幼子のような舌足らずな声でレイリは懸命に口元を歪ませる。
「無理に笑わなくていい」
シュノはレイリの頭を撫でると、心地よさそうに目を閉じた。
「ゼクス、ちょっと出てくる」
店の裏玄関から勘定頭のゼクスに声を掛ける。
「レイリも、連れていくのですか?」
ゼクスは驚いたように隣にいるレイリを見た。
レイリはビクッと身体を震わせてシュノの後ろに隠れてしまう。
「何だよ、ダメか?」
「いいえ、それはあなたの所有物ですし問題はありませんが、レイリは大丈夫何ですか?」
レイリは小さく頷く。
「そうですか、なら楽しんできてください。
良いですか、くれぐれも吉原大門だけは抜けない様に」
レイリは悲しそうに俯いて、頷いた。
レイリは籠の鳥、この吉原からは一生出られない。
「行くぞ、お前の好きな甘味でも食いに行くか」
シュノはレイリの手を引いて昼間の歓楽街を歩く。
静かな通りをゆっくりと歩く、レイリの歩調に合わせて。
可愛い小さなポックリがからんころんと小気味いい音を立てる。
「レイリ、何食べたい?」
「……あ、あんみつ」
いつも小さな声がその時だけ嬉しそうだった。
シュノはレイリが客だった時に通っていた甘味屋の暖簾をくぐる。
「あら、いらっしゃい
久しぶりねぇ」
甘味屋の女将がにこやかに笑いかける。
「あら、後ろの子…」
女将はレイリを見つけるなり何も言わずに奥の席に案内した。
吉原に店を出している者は、大抵が勤めを終えた娼妓が営んでいる事が多い。
女将もその1人なのか、レイリの身に起きた事を何となく察したのだろう。
「ご注文は?」
「レイリ、何にする?」
あたりを気にしながらレイリは御品書きを開いた。
「しらたまあんみつ」
「白玉あんみつと、抹茶ふたつ」
「はいよ」
女将は注文を聞くと厨房に姿を消した。
どこか落ち着かない様子のレイリは顔をあげようとしないで着物をぎゅっと握っている。
「レイリ、大丈夫だ」
シュノがレイリを抱き寄せ、頭を撫でる。
繰り返されてきたこの行為はいつしかレイリを安心させる行為に変化した。
「…ごめんなさい」
「謝るな」
幽離籠に来てから店から一歩も出なかったレイリは、どこか他人に怯えてるように思えた。
最後の逢瀬の後、レイリの身に何が起きたのかシュノは知らない。
レイリは当然ながら語れる様子じゃなく、唯一状況を知るレイアすらこの件には口を閉ざしている。
「お待たせしました」
タイミングよく女将があんみつと抹茶を持ってきた。
「!」
レイリの前に置かれたあんみつに、口元が僅かに綻んだ。
こんなに嬉しそうなレイリは久しぶりに見た。
「これはサービスだよ」
小さな皿の上にはレイリがよく頼んでいたカステラが二切れ乗っていた。
「辛いだろうけど、頑張るんだよ」
その小さな皿を見つめていたレイリの瞳からボロボロと涙がこぼれた。
止め方を知らないみたいに、拭っても零れる涙が頬を伝う。
シュノは黙ってレイリの涙を拭うと暖かな抹茶に口をつけた。
レイリは涙を拭うとあんみつを美味しそうに口に運ぶ。
シュノは知っていた、レイリが毎日白粥しか口にしていないこと。
それは嫌がらせでもなく、レイリ自身がそのような物しか口にできなかったからだ。
「レイリ、美味いか?」
レイリは瞳を潤ませながら頷いた。
「そうか、良かったな」
まともな食事をしていなかったレイリはあんみつとカステラをしっかり完食して、抹茶を飲み干すとシュノに甘える様にもたれ掛かってきた。
「また、来たい…一緒に」
「お前がいい子にしてたらな」
よしよしと幼子をあやす様に頭を撫でると、レイリは頷いた。
会計の時にレイリは珍しく自分から女将に駆け寄った。
「あの……ありがとう」
恥ずかしそうに俯いたまま小さな声でつぶやくが、女将にはちゃんと届いた様で「またおいで」と頭を撫でられていた。
店から出たレイリはいつもよりいろんな表情をするようになっていた。
「シュノ」
二人で道をのんびり歩いていると背後から声をかけられて振り返る。
身形のいい中年の男が近寄ってきてシュノの腰に自然に手を回す。
「ここ、外だけど」
「硬いこと言うなよ、それより最近めっきり抱かせてくれないじゃないか
そろそろお前が恋しくなってな
今夜あたり店に行こうかと思っていたんだ」
シュノの馴染みの客がやけに馴れ馴れしくシュノに触れる。
当のシュノは嫌がる訳でもなく、だが興味があるそぶりも見せない。
「生憎今夜は予定があるんでな
またの機会にな」
シュノはレイリを背後に隠すように客の視線を遮る。
「隠さなくてもいいだろ。
その子が前に言っていた子猫かい?
随分愛らしいな、将来が楽しみだ」
「こいつは娼妓じゃない、客は取らせない」
「そうか、それは残念だな」
「何だ、俺じゃ不満なのか?」
シュノは男に擦り寄ると、グイッとネクタイを引いた。
「気が変わった、今夜店に来いよ
相手してやる」
背後に庇われたレイリは小さく震えながら、シュノにしがみついて顔を伏せていた。
「そうか、なら今夜店に行くよ
それでは失礼します、レイリ様」
男はシュノから離れ、レイリとすれ違う時に確かにレイリの名を呼んだ。
レイリは尋常じゃない程震えながら顔を真っ青にさせている。
「レイリ、どうした?」
「あっ…は、ぅあ…」
呼吸が乱れ、冷や汗が伝う。
立っていることさえ出来ずにそのまま地面にへたりこんだ。
「レイリ!」
シュノはレイリの身体を抱き上げると、急いで店に戻る。
「レイア!レイア!」
バタバタとレイアの私室に駆け込むと、気だるそうに羽織を引っ掛けたレイアがこちらを向いた。
レイアは腕の中で異常な迄に怯えるレイリを見てシュノを睨んだ。
「おい、お前こいつに何をした」
「知るかよ、客と話してただけだ
だが、あいつレイリの事知っていた」
「……マジかよ
あー面倒臭い、だから嫌だったんだよお前引き取るの」
レイアは煙管の灰を落として、ふぅと煙を吐き出した。
「そいつ、クライン家の間者だろう
恐らくは本家と繋がりはない…
こいつの父親が独自で持ってるルートだ
それじゃなきゃクラインの間者をお前の客になんかしない」
「あいつはレイリと会う前からの客だった」
「なら買収したに決まってんだろ
分家とは言え1度爵位を譲ったんだ、取り消せるわけがない。
そいつが死なない限りね」
「それは、レイリが命を狙われてるって話か?」
するとレイアは驚いたように目を開いた。
「なんだ、まだ言ってなかったのか…
仕方ないな、僕の知ってる範囲で教えてやるよ」
そう言ってレイアは語りだし、レイリは小さな子供のようにシュノにしがみつくだけだった。



レイリはクライン家の分家に妾腹の子として生まれた。
本妻は子宝に恵まれず、レイリの母親は身分の低い美しい遊女だった。
母親がレイリを身籠ると父親は母親を身請けして敷地内の離れに幽閉した。
愛のある身請けではなかった。
やがて産まれたレイリは後継として肩身の狭い思いをしながら母親と離れに暮らしていた。
レイリが15歳になって元服を迎えると、父親はレイリに爵位を与えた。
母親に愛情を持って大切に育てられたのにレイリは貴族の世界で生きるのにはあまりにも純真無垢すぎた。
なので、レイアの所で裏世界の繋がりを知るために幽離籠に通っていた。
単に廓遊びを覚え、そこがどんな用途に使われる場所かを教えるつもりだった。 それが、誰にも靡かないシュノがレイリに興味を持った。
成り行きでレイリはシュノを買った。
その晩から、毎日の様に吉原に通いシュノを指名した。
シュノもいつもは気まぐれにしか客を取らないのにレイリだけは断らなかった。
複雑な家庭環境で爪弾きにされてきたレイリにとっては、シュノは母親以外に唯一自分に好意的な存在だった。
それも長く続かなかった。
レイリが如何わしい店に出入りして金を浪費していると誰かが父親に告げたからだ。
レイリは後継と言っても家の金を自由にできる権利は無く、吉原での廓遊びもシュノが自分の花代を上げてレイリを呼び付けていた。
詰まるところ、レイリが吉原似通うことで財政を圧迫する事など無かった。
ただ、邪魔になったのだ。
その頃、ずっと子供ができなかった本妻に男の子が産まれた。
この先も子供は無理だと言われていて、仕方なくレイリを認知したが本妻との子供が出来たならやはりそちらの方が可愛くなり、そうなると産まれの卑しいレイリは邪魔な存在。
だから母親とレイリを殺そうと離れに火を放った。
その日レイリは吉原でシュノと会っていたから無事だったが、レイリが離れに戻ると、轟々と燃える離が目に映る。
慌てて離れに飛び込み、母親の寝室に向かうと焼け爛れた母の遺体がベットに横たわっていた。
レイリは母親の遺体を引き摺りながら、燃え盛る離から転がり出た。
母親は顔も判らぬ程にグチャグチャに焼けており、人の燃える臭いにレイリはもう訳が判らず、母親だったものを抱きしめながらずっと泣いていた。
レイリ自身も重度の火傷を全身に負っていたが、医者に痕が残ると言われた火傷痕は綺麗に消えていた。
レイアが病院に駆けつけた頃にはレイリは包帯で全身を巻かれ、死んだ様に眠っていた。
レイリは時折発作的に暴れだしては訳の分からない事を叫びだし病院も手を焼いていた。
このままではレイリは秘密裏に処理されるのは目に見えていた。
ほんの少しだけ哀れに思ったレイアは、レイリの父親を呼び付けてレイリを幽離籠で買い取ることを告げた。
しかしレイリが生きている間、この一家はレイリの影に怯えなければならない。
生き残ったレイリが自分たちに復讐するのではという何とも自分勝手な言い訳だった。
レイリには復讐すら考えるような感情すら無くしてしまったのに。
吉原の遊郭に買われた遊女は買われた金額を返済しきるまで勤めを終える事は出来ず、唯一の出口である大門には常に見張りが居て足抜けは大罪であった。
レイアは吉原からレイリを一生出さない代わりに、吉原に居る間のレイリに対する一切の干渉を禁止した。
もし廓内でレイリが不審死を遂げた場合、レイア・クラインの名を持って父親一家を断罪すると告げて屍の様なレイリを連れ帰った。
家事から一月後の事だった。



「恐らくはレイリがここを出る気配がないかの偵察だろうけど…」
腕の中に抱かれたレイリは混乱し、酷く怯えている。
「レイリ、大丈夫だ。
心配するな。俺がお前を守ってやる」
「や……ぁ、や、や…だ」
駄々をこねて愚図る赤子のように言葉にならない言葉を重ねるレイリをきつく抱き締めた。
「あいつとは俺が話をつける、今夜来るって言ってたからな」
「そう、ならお前に任せるよ。
レイリは1人だと何するか判らないから今日の所はシュリの世話でもさせておく」
シュノはレイリを落ち着かせる様に抱き締めて、頭を撫でた。
「レイリ、いい子にしてろよ
お前を不安にさせるもの全てから俺が守ってやる」
「ぃ…ゃ……シュノ…」
掠れた声がシュノに縋るようにシュノを呼び続ける。
それしか単語を知らないみたいに、何度も、何度も…

鏡花水月




「あっ…ん」
暗がりを灯す小さな行灯の光に照らし出される美しい身体。
男に跨り、襦袢を肌蹴させながら身体の中心部の奥深くまで男を迎え入れる。
「シュノ、今日は機嫌がいいな」
「っ、別に…いつもとかわんねぇよ
ほら、もっと気持ちよくして」
妖艶な色香を纏いながら絶世の美貌と謡われた花魁は愉しげに笑った。
そんな事は慣れていた。
気まぐれに愛想を振りまけば、男達は簡単にシュノの虜になった。
高額な花代を惜しげも無く払っても、こうしてシュノと交わえるかはシュノの御機嫌しだいといわけだ。
そして珍しく上機嫌なシュノは男に揺さぶられる。
「っく…シュノ、もうっ」
「だめだ、まだ…もっと我慢出来るだろ?」
ゆるゆると緩急をつけて男の隆起した性器をトロトロに解けた柔らかな媚肉で包み込む。
「ほら、もっと俺を楽しませてくれよ
自分だけ気持ちよくなるのはずるいだろ?」
シュノは腰を振りながら愉しそうに笑った。
「シュノっ、中に…中に出したいっ」
妖艶な色香を纏ったシュノは、自分の下腹部を撫でる。
「ここに、出したいか?」
「だしたいっ、たのむ、シュノ!」
「仕方ねぇな…花代たっぷり弾んでもらうからな?」
すると男は何度も頷き、シュノの腰を掴んで激しく突き上げた。
「んっあっああ、あんっ」
「くっ…シュノ、もう出る…」
白い肢体が薄暗い部屋に揺れる。
「いいぜ、出せよ。」
「うっ、あ、ああーっ」
堪えきれずに男がシュノの奥深くに熱くほとばしる精液を注ぐ。
「いっぱい出たな」
「まだ…全然足りない」
男はシュノを布団に押し倒し、脚を抱え込むとそのまま何度もキスをしながら腰を打ち付ける。
「あんっ、む…ふぁ、中に出して、全部」
脚を腰に絡めながら、腕を背中に回して何度も揺さぶられる。
そのまま明け方まで抱き合い、男が満足してシュノの中から性器を抜くと、ゴポリと中出しした精液が溢れてきた。
「随分一杯出したな」
脚を開いたまま秘部から精液を掻き出されながらシュノはやはり上機嫌に笑う。
本当に今日は機嫌がいい。
「シュノが随分長いこと抱かせてくれないからだろう、足繁く通っているというのに」
「当たり前だ、俺はそんな安くないからな
まぁ気が向けばまた抱かれてやってもいけどな」
事後処理を終えて、シュノを抱き締めて長い紫銀の髪をサラサラと撫でる。
「今日はまた随分と好き勝手にさせてくれたね、何かいいことでもあったのか?」
客を選り好みできなかった時代からの客であったこの男からすると、花魁になったシュノを抱ける機会は随分減ってしまった。
それでも気まぐれにこうして脚を開いては極上の身体を堪能させてくれるシュノは幾ら高額な花代を支払っても一夜を共にしたい輩で溢れており、その中からこれも気まぐれに選ばれた客だけがシュノと夜を共に出来る。
最も、それが必ずしもシュノを抱けるとは限らないのだが、今日はシュノの機嫌が良かったせいか普段よりも濃密な褥を過ごした男は満足そうにシュノに御機嫌な理由を訪ねてみた。
「ああ、猫を飼い始めたんだ
金色の毛並みに青い瞳の、血統書付きの可愛らしい子猫をな」
シュノは店で自分の帰りを待ちわびている子猫に、何か土産でも買って帰ろうと見送りもそこそこに宿を出た。





「シュノ、帰ったの?」
店の玄関から店の主人であるレイアが顔を覗かせた。
「だりぃ、疲れた」
「ご苦労様、いい子にした御褒美にアレをお前の部屋で待たせてるよ」
煌びやかな着物を翻し、煙管を吹かしながらレイアは意地悪く笑った。
シュノは顔をしかめつつも、自分の部屋に戻った。
胸が高鳴り、足取りが早くなる。
自室の襖を開けると、薄暗がりの中布団の上にちょこんと1人の少年が座っている。
緋色の襦袢を纏い、柔らかな金髪の少年が光の宿らない虚ろな目でこちらを見上げた。
「レイリ、帰った」
まるで人形の様なその少年こそ、シュノの上機嫌の元だった。
「お帰りなさい」
消えそうな声で呟いたレイリは、シュノを見た途端にほんのり口許だけを緩めた。
その表情に、愛しさがこみ上げてレイリをぎゅっと抱き締めた。
頭をなでて、頬に手を這わせると甘えるようにレイリが擦り寄ってくる。
「レイリ…」
シュノは敷かれた布団に横になり、レイリに添い寝を促す様に布団を捲る。
レイリが布団に入ると、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でる。
すっぽり腕に収まる小さな身体。
この小さな子猫を愛しそうに抱き締めてシュノは目を閉じた。
一晩中抱かれ、疲れ切った身体を癒すために。
そしてまた夜に客の相手をする。
全ては愛しい子猫のために。




ここは湖上に浮かぶ花街「吉原」の中でも最高級の遊廓「幽離籠」
絶世の美貌を持つ花魁が居ると、遠方からはるばるやってくるものも多い。
その遊廓の若き主、レイア・クラインは王都でも名のある貴族の出身だった。
それが貧困を理由に売り飛ばされた1人の娼年の水揚げを買って以来その娼年の為に遊廓ごと買い上げて文字通りゆりかごを作ってしまった。
「ん…」
昼過ぎに目を覚ましたシュノは、腕の中に重みを感じない事に気が付いて身体を起こした。
寝る時には確かに腕の中に閉じ込めた愛し子の姿が見当たらない。
レイリの居た場所は既に熱が抜けて冷たくなっている。
疲れていたとはいえレイリが抜け出したことに気付かなかったことに舌打ちして羽織に手を伸ばした。
「どこに行ったんだ」
気だるげに立ち上がり、レイリを探すために部屋から出ると、丁度お膳を運ぶレイリが部屋の前に立っていた。
「何してるんだ?」
「配膳…そろそろシュノ様が起きるのでお持ちしなさいと」
俯いたままレイリは小さな声で呟いた。
「そうか、入れ」
「…失礼します」
部屋の上座に膳を並べていくレイリの後ろ姿をシュノは座ったまま眺めている。
膳を並べ終わったレイリは何も言わず一礼して部屋から出ていこうとする。
その手をシュノが掴む。
「隣に座れ」
「でも…」
一瞬、戸惑うように視線を泳がせたが表情はさほど変わらない。
「お前は俺のものだ、なら誰の言うことを聞くべきか判るだろ」
レイリは黙って隣に座った。
「お前、食事は済んだのか?」
「……はい」
「レイリ、俺の部屋にいる時俺はお前にどうしろって言った?」
「……以前の様にしろと言いました」
「お前は前からそんな風に俺と話したか?」
「……いいえ」
まるで事務的に答えるレイリに苛立ちが募る。
レイリは少し前までレイアが連れてきたシュノの上客だった。
太陽のようによく笑い、明るくて人懐っこい性格で、幼さの残る無垢な心を持っていた。
それがある日突然、レイアがレイリを買い付けた。
その時にはもう以前の面影は全く無くて、心を壊してしまっていた。
レイリに特別な感情を抱いていたシュノはレイリに客を取らせることを猛反対して、レイアからレイリを買い取って自分で囲う事にした。
それでもレイリは回復する気配も見せない。
シュノやレイアの前では小さな声で受け答えするくらいで、他の遊女達や下男には頷く以外反応が出来ないためか気味悪がられていた。
ましてや客として通っていた時のレイリを知る者はその豹変に驚いているのだろう。
「……ごめんなさい」
小さな声、耳を澄まさないと聴き逃す小さな小さな声に耳を傾ける。
「どうして謝るんだ?」
「…ぼくが、言いつけを……守らなかったから…」
シュノの苛立ちを感じ取ったのか、怯える様にシュノを見上げるレイリに余計腹が立った。
「俺のレイリはそんな風に俺を見たりしなかった
どうしたんだ、何がそこまでお前を変えた!?」
レイリの身体を掴み、つい声を荒らげてしまうと、レイリは一気に恐怖に支配され、涙を零しながらひたすら謝るだけ。
それでもやはり大切なレイリであることはシュノの中では変わらない。
「…怒鳴って悪かった」
ぎゅっとレイリを抱き締め、落ち着くまで背中をさする。
小さな身体を震わせて泣きじゃくるレイリを哀れだと思った。
この遊廓に居る連中は身寄りがないか親に売られ、身体を売ることを強いられている。
レイリには、少なくとも数ヶ月前までは裕福な家庭と愛してくれる母親が居た。
愛されて、大切に育てられたのに今は遊廓に売り飛ばされ、知らない客にその身を売る事はなくても誰の声も届かない所で1人泣いている。
廓での生活は今のレイリには苦痛しかないだろう。
抱き締めた小さな身体がそのまま意識を失うまでシュノは背中を撫でながらレイリの名を愛おしげに呼び続けた。
クタリとした身体を抱き上げるのは簡単だった。
薄布1枚の緋襦袢しか纏っていないレイリの身体は冷たく死人のようだった。
いつか、シュノの打ち掛けで着物を仕立ててやったがレイリは汚れるからと後生大事に小さな衣装箱にしまって着ようとしない。
レイリに与えられた布団も重くあまり暖かくないもので、廓の中では最低限の扱いだった。
他の遊女と差別化をはかればレイリは反感を買うだろうとレイアが言ったからだ。
実際吉原一の美貌と人気を誇るシュノの寵愛を一身に受け、廓暮らしなのに客も取らないレイリを幽離籠の大半は快く思っていない。
だからレイリはシュノがどれほど甘やかしてもそれを拒否してしまう。
出ようと思えばシュノはいつでもこの吉原を去ることが出来た。
ただ、廓育ちのシュノはこれ以外の生き方を知らないし、理由は知らないがレイリは命を狙われていてレイアの庇護の元にいる限りは安全なんだという。
どの道レイリはここから出ることが出来ない。シュリのためのゆりかごはレイリに取ってはただの鳥籠だった。
それも、一生涯出ることを許されない籠の鳥。
「しゅの…」
何もかも失ったレイリは、シュノの着物を無意識に掴んだ。
「レイリ、そばに居るから…」
シュノは自分の布団にレイリを寝かせ、膳を片付けでレイリの横で本を読みながら寝ているレイリの頭を撫でた。
「ん…」
レイリの瞳がゆっくり開く。
「シュノ…」
「おはよう、良く眠れたか?」
頭を撫でれば、レイリは頬をほんのり紅く染める。
視線は俯いたままだが、時折様子を伺うようにこちらを見上げる。
「お願い、捨てないで…
何でもするから、嫌いに、ならないで…
どこにも行かないで…」
レイリは急にシュノに抱きついて、消え入る様な小さな声で懇願した。
「嫌いにもならないしどこにも行かない」
抱え込む様にレイリを抱き締めて、涙で濡れた頬にキスを落とした。
「ゼクスのところ行ってくる」
「…え?」
「今日は仕事したくない気分だ、気晴らしに街に行くぞ」
腕の中に閉じ込めたレイリはシュノの胸に顔を埋め、頷いた。

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