午後の時間を戦闘訓練に使おうと思った怜悧は、そこにキャスターを交えようと緋翠を探していた。
同じ日本人であり、記憶にあるおばあちゃんと似た服装をしているからだろうか。
図書室に居るだろうかと顔を覗かせれば、不思議な旋律が中から聞こえてきた。

「緋翠、居る?」

音の方向に声を掛ければ、緋色の髪に橙色の目をした女性が本棚の上に座りながら返事をする。
ふと膝の上にある白い固まりに目を向ければ、確か鶴丸国永と名乗った青年が眠って居た。

「この人って、えっと……」
「国永だ。彼は俺の刀でな、今はバーサーカーとして喚ばれた影響で狂化が利いているが、優しくて強くも美しい刀だ」
「同じ人じゃなくて、刀なの? でも、鶴丸も国永も、男の人だよね」

小さく笑った緋翠は読んでいた本を片側に置き、愛おしいモノを見る目で国永を撫で始める。
静かに寝息を立てる彼は、安らかな顔で羽織に包まって眠って居た。
起きている時は物数も少なく、戦闘に出すと狂ったように嗤って戦い続ける恐ろしさは今は成りを潜めている。
ともすれば、少し幼くも見えた。

「鶴丸国永はな、平安の頃に打たれた刀なんだ。俺達、審神者という御子は歴史を変えようとする奴等を退ける為に付喪神である彼等に形を与え、己で自分を振るって貰っていた。
一昼夜に使い手や担い手になれる訳も無し、けれど彼等自身は自分の担い方をよく知っている。それが本能だから」
「表には出てきていないけど、裏ではそういう話が残って居たから彼等も?」
「さあ? 俺自身は審神者として喚ばれたというより、陰陽師として喚ばれた気がするな。ただ審神者のように刀を操る力はあるようだ。けど、同じ刀でも国永と鶴丸は別個体だ」
「別個体? それって、どういう事なの?」
「先輩、緋翠さんは見付かりましたか?」
「マシュ! うん、こっちだよ!」
「良かったです、何かお話しを……あ……くにながさん、ですか」
「うん? 気になるなら離れるが、意思の疎通は取れなくても攻撃してくる様な奴じゃ無いぞ」

頭を撫でる手を止めて袂に腕を入れながら首を傾げれば、マシュはぎこちなく怜悧を見た。
自分が気後れするのはやはり戦闘での彼を間近で見ているからで。
小さな寝息を立てて眠る彼は白い睫毛に白磁の肌と、人間離れした美しさがあった。
怜悧はどう思って居るのかと横目で確かめると、彼は緋翠の言葉に頷いて国永の顔を熱心に見つめている。

「鶴丸もそうだけど、国永も綺麗だね。こうしてるとどっちか分からないけど、本当に違う人なの?」
「ああ、そうだ。審神者は複数居てな、国永は俺の決起した刀だが……鶴丸は俺が預かった子の決起した刀だ。家族を知らないあの子が、彼等には家族のように接したいと望んだ刀。そのせいか鶴丸は子供好きで表情豊かな青年になった。
国永は……かつての主が常世への黄泉路に、と望まれて墓に入れられた記録が強かったのか、眠るのが下手でな。
表情も人のフリも、望まれているからと仮面を付ける用心深さで、戦いだけが生きる術だと不器用な奴だった。
静かすぎる場所が嫌いな癖に賑やかな輪に溶け込むのが下手な、甘え下手の愛しい背の君」
「背の君?」
「確か平安時の言葉で、奥方が旦那様を呼ぶ時に使われていたような……」
「え!? 奥さんが、旦那さんをって、つまり二人はけっこ……」
「ん……」
「起きたか、おはよう。まあ今の国永にどこまで記憶や思考力があるのかも分からない、只の枕と思われているだけかも知れんがな。
それに私はありがたい事に、もう一人月の君が居る。白鳥だけを愛でる訳にはいかないが、狂戦士が暴れる際には身体を張って欲を張らそう。心配するな」

クスクスと口元を抑えて笑う様は何やら誤魔化されたのか率直に言われすぎて理解が及ばないのか。
恐らく後者だろう考えに、怜悧は苦笑をして話を逸らす事にした。
目を完全に覚ました国永が紅い瞳で怜悧を見、マスターと一言呟いたが、それにもおはようと返すだけ。

「ふむ、伝え方が半端すぎたか? 狂戦士化していると本能だけになると聞く。戦闘意欲、戦の後の性欲、食欲、睡眠欲……まあ後半は分からんが、前半は確実に晴らしてやらねば士気に関わるぞ。誰ぞ手慣れた男が居るならそれに頼むのが早いが、居なければ夫婦の縁もあるし俺が。ただ、早々にバテる可能性がだな……」
「もーー!! 分かったから、言いたい事はよく分かったから、そういう事言わないの! 母親みたいに思ってる人からそういう言葉は聞きたくないよ!」
「ほう、母親か? 良いぞ、お前位の息子が居るからな、そいつに劣らず存分に甘やかしてやろう」

母の胸に来るか?と嬉しそうな笑顔で両手を広げられれば、例えマシュや国永が見ていようがその腕から逃げられるはずも無く。
恐る恐る抱き着けば本当に甘やかすように優しく抱き締めて頭を撫でてくれる柔らかな気配に、怜悧は思わず泣きそうになった。