「レイリ、入るぞ」

言いながら専用ルームを訪れたのは見知った白いローブの、けれども見知らぬ槍を抱えた人物だった。
少しだけ驚きながら迎え入れれば、ベッド脇にあるローテーブルへとローブの裾から小物を出していく。

「お前、緊張で寝づらいだろ。お気に入りの香油分けてやるよ」
「ありがとうヒスイ、よく分かったね?」
「……バカ、何年来の付き合いだと思ってんだよ。隠してても分かる」

笑顔で誤魔化せば頭を小突かれて仏頂面を晒してくる。
本当は女の子である事を隠している男の子。
一緒に飛ばされた事を喜べば良いのか、最愛の人では無かった事を悲しめば良いのか。
前者を晒せば怒られ、後者を選べば不満かと拗ねるだろう。

「朗報と悪報がある。どちらが良い?」
「難しい選択だね……なら悪い方から話を聞こうかな」

ため息交じりにベッドサイドを座るよう手で促せば、大人しく指示に従った。
つまりは、立ち話程度では済まないという事。
室内には二人、同じ世界から来た者同士の立ち入った話があるのだろう。

「では悪い話から。この世界にアイツの気配は感じられない、お前の言うアイツはお前との繋がりのみだ」
「うそ、そんな…………シュノ……ッ!!」
「恐らくこの先、俺等を喚んだ奴の目標が達成するまでアイツには会えない。アイツを喚ぶ事に俺も力を貸せない、悪いな……」

魔術師として気配の探知に長けている筈のヒスイの言葉に、愕然として目の前が真っ暗になった気分だった。
ここには僕たちだけ、最愛の人は存在していないし逢えない。

「気落ちするなとは言わないが、一時的な物だと思え。それに、今の俺は魔術師にはほど遠いから探知出来ないだけかも知れん」
「……魔術師じゃないって、どういう事? だってヒスイは魔女だよ、ね」
「どうにもな、魔術を忘れた訳では無いんだが……空を掴むような感じで応えが無い。恐らくクラスという奴の影響だろう」
「クラス……って、僕はルーラーだって言われたあれ?」
「そうだ。俺はランサーと言われた、それにこの槍。持ち主は俺という事になってるんだろうが、そのせいか人種に影響が出ていてな。今の俺は人間だそうだ、しかも神性特性の」
「え……それって、そんな事ってある?純正の魔女だった君が、人間って……」
「ここで朗報だ。この槍は神槍グングニル、こちらではオーディンって奴の持ち物らしい。そして俺の記憶に異常は無いが、俺の記録は書き換えられた可能性がある」
「オーディン……って、あの神々の主?それにグングニルって、異世界への鍵になるからって探して貰っていた物?」
「そうだ。今の俺は仮性ではあるが、人間のフリをして世を歩き回っていた神々の主として認識されてる可能性が高い。
つまり、同じ人物は二人は現れない。複数のクラス持ちって奴も居るらしいが、同一人物をクラス分けで喚んでいるらしい」

最低であっても最悪じゃない。
だから笑え、と肩を抱いてヒスイは言った。
嘆くのは後で良いから、今は笑えと。

「それにこの物語はあの若造が主人公だ。俺等は力を貸す妖精でしかない。お前も、今は隊長じゃない只のレイリだ」
「僕、只のレイリ……それって、それってこんな風に叶って良い物なの?」
「知らね。俺だって今は只のヒスイだ。ちょっと槍を持ってるからそれで戦えって言われたが、あのマスターが望むからだ」
「そう……そうだよ、ね。指揮官はあの子だ、僕ととっても良く似た気弱な……なら、あの子の支えにならなくちゃ」
「そういうこった。難しい事を考えるのは俺は苦手だからな。責任を取る必要があるのは、あの若造を奉り上げてる誰かだろうよ」

じゃあ俺は寝るから、と簡単に一言だけ残して青年は去って行った。
戦わなきゃいけない、戦う理由のある少年。
世界は彼に少しだけ意地悪で、そして残酷で。
せめて彼の物語に優しさが灯るように、僕たちで力になっていこう。
ルーラーだと言うのなら、せめて公平に物事を見れるよう。
祈るように目を閉じる中、ヒスイが置いて行った優しい香りだけが僕を眠りに誘った。