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幸運ランクはEx


「あ、たいちょー!」
聞きなれた幼い声に振り向いたレイリは息を飲んだ。
持っていた本を落としそうになるほどの衝撃を受けた。
「さっきドクターからようやく外出許可が出たから皆に紹介して回ってるんだ
僕のお世話係の朱乃だよ!」
紹介された青年は車椅子に座ったままで、一点を見つめたままこちらを向こうともしない。
レイリにはそれがせめてもの救いだった。
その姿は、レイリが焦がれて止まない愛しい恋人そのものだったからだ。
「朱乃は目が見えなくて、体もあんまり丈夫じゃないんだ。
大体は僕の部屋にいるから仲良くしてあげてね」
「は、じめ…まして…僕はレイリ・クライン…
マスターとは名前が一緒だから…家名か…隊長とでもよんで」
「…隊長?」
なぜ?とでも言いたげな恋人と同じ声、同じ口調、同じトーン。
だけど、違う君。
「隊長はね、騎兵隊の隊長なんだよ
いつも難しい話してるんだ」
「同じ怜悧なのに、お前とは全然違うな」
「そうだね、でも僕はお兄ちゃんができたみたいで嬉しいんだ!
実際隊長は大人だしね」
「ありがとう、僕もマスターの事は可愛い弟みたいに思ってるよ。
またおやつが欲しくなったらこっそりおいで、アルトリアさんやエミヤに見つからないようにね」
「うん!あのね、隊長はお菓子作りが上手なんだよ!
あとね、お花の事とか詳しくてよくお兄ちゃんと話してるんだ」
「そうか、怜悧が世話になってる」
どこか他人を寄せ付けない距離感に、あえて踏み込もうとは思わなかった。
二人と別れたレイリはそのまま自室に引きこもる。
ベットに潜って叫びたい気持ちを必死に抑えた。
どうして、シュノは居ないんだ。
ここにシュノが居れば自分の望みはすべて叶うのに。
たとえそれが泡沫の夢だとしても


「レイリ」
勝手知ったるように我がもの顔で部屋に入ってくる友人に、レイリは布団の中から彼を見上げた。
「ひでぇ顔」
「……うるさい」
「そんな顔するくらいなら恥も外聞もかなぐり捨ててすがればイイだろ」
「あれは僕シュノじゃない、マスターのシュノだから…僕には必要ない」
「……んな今にも泣きそうな顔で言っても説得力ないぞバカ」
ヒスイがベットの布団を引きはがすと、レイリがシーツを被ったままヒスイの胸元に顔を埋め、肩を震わせる。
泣いてることがすぐにわかった。
「っく、ひ…う」
「……」
溜息をつきながらも、レイリの好きにさせておく。
こうなったら吐き出せる時に吐かせないとレイリはどこまでも溜め込んでしまう。
ヒスイはそれをよく知っていた。
そしてそれがレイリに及ぼす悪影響も。
シュノがいないだけならまだマシだった、しかしレイリの前にレイリのものじゃないシュノが現れてしまった。
レイリに怜悧ほどの素直さがあればあるいは友人としてシュノに接することも出来たかもしれない。
溜め込んだ欲は晴らしてやれるが、ヒスイにもシュノの代わりにはなれないしそんなものなりたくも無かった。
「離さないって、言ったのに。
シュノはいつも居なくなる」
「それはお前にも言えるだろ、いつもお前はシュノより先に死ぬ」
「……そう、だね…」
「一緒にここに飛ばされたのも何かの縁だから、俺に出来る限りは協力してやる、だから早いとこマスターの目的を達してやるんだな。
そうすればこの時代にいるはずのない俺達は元に戻されるはずだ」
「ヒスイ……ありがと…」
ヒスイに凭れるように身体を寄せてくる。
「忘れたい、考えたくない、いまは、なにも……」
涙を零しながら、レイリがヒスイに懇願した。
レイリの心は既に限界だった。



目元を真っ赤に腫らしながら、疲れて眠るレイリに布団を掛けてから安眠できる様に香を焚く。
レイリが気に入っていた香も残りが少なくなってきた。
こちらで材料が手に入ればいいがと考えてるとこんこんと遠慮がちにノックされた。
「どうぞ」
「なんだ、やっぱりここにいたのか。
飯の時間なのにお前等が一向に来なくて怜悧が心配してたから呼びに来たぜ」
五条鶴丸が顔を覗かせる。
「あー、こいつ今眠ったばかりだからなぁ…。
一回寝たらなかなか起きないんだ。
おいレイリ、飯だと」
「…うーん……いらない…」
寝返りを打って完全に寝る姿勢を決め込むレイリ。
「なぁ、レイリ具合悪いのか?」
「は?なんで?」
「いや、だっていつもなら国兄の飯食うの楽しみにしてるだろ」
「マスターマスターいってる割にはレイリの事も見てるんだな。
まぁぶっちゃけると今散々鳴かせてやったからダルいんだろ。
クニには悪いがこいつは放っておいていい、寝かせてやれ」
「鳴かせ…!?おま、何してんだよ!!
お前にはエルが居るだろ!!」
「今は居ないだろ」
「そうだけど!!」
「何か変か?前にも言ったが俺達のいた世界では精液は市販されてるくらい安易な物だしし、溜めすぎるのも身体に悪いから定期的に出してやる必要があって…」
「いやいや!だからって、お前達には恋人が居るだろ!」
「別に恋人同士でしかしない行為じゃ無いんだって。お前らの世界と概念が違うんだよ。
レイリだってここまで来るのに貴族連中やら上層部の奴らと肉体関係をさんざん持ってきてるぞ?シュノだって似たようなもんだ」
「……え、ウソ…レイリが…そんな黒兄みたいな事を?シュノはそれを知ってるのか?」
「ああ、知ってるぜ。いいかツル、レイリが隊長になったのは16歳だ、未だかつてその年齢で隊長職に就いた奴は居ない。
初代隊長ですら正式に隊長に就任したのは18歳の時だ。そんなガキがどうしてここまで隊を大きくしてしっかりした基盤が築けると思う?」
「それは…」
「たしかにノエルや有力貴族の後ろ盾もあったしレイリ自身家柄的には全く申し分ない。
没落したとは言えクライン家と言えば初代騎兵隊隊長を排出した家柄として今も一目置かれている。
それだけ初代の功績が大きいんだ、こいつが背負ってるのはお前達が思ってるよりもずっと厄介で面倒で巨大なんだよ。
肉体関係ってのは手軽に枝葉を伸ばせる手段のひとつなんだよ。
その辺をクロは教えてくれなかったのか?」
鶴丸は眠るレイリを眺めて拳を強く握った。
「でも、あの後レイリは…」
「それに関してはな、まぁ怪しまれることはあったが証拠であるお前達が居なければどうとでもなる」
「レイリの、騎兵隊の立場は良くなったか?」
「…そうだな、騎兵隊の立場は良くなっただろうな。
何せ前代未聞の危機を最小限の被害で解決したんだからな。
多少の疑惑はあっても追求することに百害あって一利なしだ」
「そうか、よかっ……いや、騎兵隊の話はわかった。レイリはどうなんだよ?」
「流石は初代の生き写し、これもレイア・クラインの思し召しでしょう。
今後も民の為に一層励むように」
「……は?」
「功績は認められ、最高勲章を受けた。
まぁ、それに見合うだけの成果だから当然だな。
その式典で大臣がレイリに投げ掛けた言葉だ」
「なんだよそれ!まるでレイリが意思のない人形みたいに!」
「やつらからしたらそうなんだよ。
レイリは初代の代わり、初代の意思を伝えるだけの器に過ぎない。
実際レイリも隊長になりたての頃はそう考えてた。」
「そんなの!」
「……そうだよ、僕は皆が僕を通してレイアを見てることに気がついてたし、そうする事が僕の義務だと思ってた」
「…起きたのか」
「そりゃ耳元でそんな大声で叫ばれたらね
んー、お腹すいたなぁ」
ごそごそと服を集めてそれを着込むレイリを鶴丸は呆然と眺めてた。
白い肌に残された赤い痕が無数にちっているのを見て、やるせない気持ちがこみ上げてくる。
「…お前達は恋人がいるのに何でそんなことを…」
「……愚問かな、鶴丸さんはさ…目の前に一期さんに瓜二つの…でも自分のものじゃない一期さんが居たらどうする?」
「俺の、いちじゃない、いち?」
「そう、例えばセイバーの鶴丸さんに一期さんそっくりの恋人がいて、その人が召喚されたのに鶴丸さんの一期さんは召喚されてないとしたら」
「朱乃の事か?たしかに俺も最初はビックリしたけど、俺たちのいた世界でも2人は一緒だったから逆にしっくりくるっていうか…」
「僕はね、何度も何度も、シュノと結ばれる為だけに生まれ変わりを繰り返して、でもいつも僕は先に死んでしまう…シュノを残して…」
「生まれ変わる?」
「そうだ、レイリは常に与える側…奪われて支配される側の人間だ。
男に生まれれば英雄として戦の矢面に立たされ、最終的には戦死するか処刑される。
女に生まれれば、政治の道具として有力貴族に嫁がされ、子を孕むだけの道具として監禁される。ツル、お前はレイリのステータスを見たか?」
「えっ?ああ、確かドクターがルーラーにしては幸運が極端に低いって…
だから何か知らないかって聞かれたけど…」
「本来レイリは最高峰の幸運の持ち主だ。だがな、それは自分のためには使えない。」
「そんなことって…」
自分がどれほど蒼白な顔をしていたかはわからないが、レイリは申し訳なさそうに苦笑する。
「ごめんね、せっかく皆が手伝ってくれたのに。
でも、騎兵隊隊長としては最高の一手を打つことが出来た、こう言ったら気を悪くするだろうけど、こちらの被害が最小限に抑えられた事は僕にとって、僕自身の評価としてプラスであってマイナスではないんだ、だから皆には本当に感謝してるんだよ?」
「…レイリ、俺はお前達の世界のことは良く分からないけど、でもやっぱりその評価は納得がいかない。お前はもっと誇れる事をした筈なのにそれが死んだ奴の生まれ変わりだからなんて、そんな言い方絶対に許さない。レイリは良くやったのに…」
「実際解決をしたのは鶴丸さんたちとヒスイだけどね。
でも、鶴丸さんがそう思ってくれるなら、有象無象の声なんてどうでも良くなるんだ、だから、ありがとう」
「……俺はシュノの代わりにはなれないけど、困ったことがあれば言えよ。
俺がなんとかしてやる、絶対に」
「ふふ、頼もしいね。ありがとう」
鶴丸とは別れて食堂に向かう道すがらレイリを小突いた。
「本性を隠すならチラつかせるような真似をするな。
別にツルには感じ取れないだろうがどこで誰が見てるかわからないんだぞ」
「判ってるよ、シュノみたいな事言わないで」
「アイツが居ないから、俺が言ってんだろうが」
「そうだね……僕のシュノはここには居ない。
マスターを殺して、世界を滅ぼしても帰る確証が無いなら大人しく従うしかない。
あの子はまだ、世界を救うには知識も経験も全然足りない。
帰るための鍵に死なれちゃ困るから、ちゃんと協力はするよ。
君も一緒に手伝ってくれるしね?」

鶴丸は知らない。
レイリはマスターの様な幼く無垢な少年ではない。
自分の目的の為ならどんな一手も迷うこと無く決断する。
シュノのためなら親しい人の命すら無慈悲に差し出せる冷酷な大人だということに。

よく飽きもせずに付き合っているものだと自分でも自嘲気味に笑いながら、ただ人並みのささやかな幸せが欲しいだけの哀れな女神の欠片がこれからも笑っていられるように、己の手に馴染む見覚えの無い槍を握りながら紅い魔女は不敵に笑った。


「まぁ、お前が紡ぐ物語の結末には俺も興味があるからな」

残酷無慈悲のフェアリーテイル


君死にたもうことなかれ

君は俺の全てで、命そのものだから。

 

「怜悧、ここに居たのか…」
窓の外の雪景色を忘れさせる人工的な明るさで包まれた庭園の花に水やりをしていた怜悧の腕を掴む。
「鶴お兄ちゃん?どうしたの?」
「お前が護衛も付けないで歩き回ってるって聞いて……」
「?」
きょとんとする怜悧に何故か苛立ちを隠せない。
「君は、たった一人のマスターだろ?
だから、あまりこういう事は…」
「カルデア内で危険なことなんてないよ?
みんなぼくと一緒に戦ってくれる仲間だよ」
すべてを信頼しきっている無垢で幼いマスター。
こんな子供に人類の存続がかかっているなんて。
ありえないだろ、素養もなくなんの期待もされてない子供に。
この子はまだ知らない、何も知らない。
そんな怜悧を辛い戦いの中に投じなければならない。
この世はいつだって理不尽だ。
「それに一人じゃないから」
怜悧が笑顔を向けた先には柱の影で寄りかかるようにこちらを見る名無しのバーサーカーの姿。
得体の知れないこいつを俺はあまり信用してない。
「バーサーカーのお兄ちゃんは重たい肥料を運んでくれたんだよ
それで僕がお庭してるのを見守ってくれてるの」
どう見てもそのようには感じられない。
「名前も名乗らない奴信用出来ないだろ」
彼は聞こえているのかいないのか、なんの反応もしない。
でも、こちらを伺っているような気がして俺は怜悧を守るためにあえて近付いた。
仮面で表情は判らないが、赤い瞳と桜色の髪、何より自分の大切な母にそっくりな立ち姿と声色に、きっと平行世界の国兄なんだろうと思った。
平行世界の自分と会うなんて滅多にないが、自分の知る母とは似つかない姿に違和感を拭えない。
違う人物と言われても、いまいちピンとこない。
「……俺はライダーの五条鶴丸だ。
俺はあんたを信用してない、だけど怜悧が仲間だと言うならお互い最低限は妥協しようぜ」
「……バーサーカー。
俺の事は放って置いてくれ」
「せっかく人が妥協してるのに!
やっぱり怜悧は俺が守らないと…」
「そうだな、君がしっかり守ってやればいい」
「言われなくてもそうする、国兄と黒兄にも近付くなよ」
じろりと睨むと、鼻先で笑われた。
「誰が…わざわざ近付くかよ。
お前も俺に近寄るな、お前達を見てると吐き気がする」
何をそんなに嫌われる理由があったのかは判らないが、国兄に近寄らないと言うなら話は別だ。
あとは国兄達に言い含めておけばいい。
「怜悧、これからは何か困ったことがあればまっさきに俺に相談するように、判ったな?
俺はいつでもお前の味方だからな?」
「う、うん……判った」
怜悧にはよく言い聞かせておかないと…。
この子だけは…この子の命はオレが守ってやらないといけないんだから。
そのために俺は呼ばれたんだ。
「よしよし、いい子だな」
ほほ笑みかけて頭を撫でてやれば嬉しそうにふにゃりと怜悧が幼く笑う。
「手ぬるいな、籠に囲って手放したくないならそこが籠だと気がつかせるな。
籠の中が一番安全だと思わせる様な工夫をしろ」
「…カゴの中が…安全…」
「……今のは忘れてくれ、じゃあな」
バーサーカーはそのままどこかに行ってしまった。
「…籠の鳥?ってなんのこと?」
「怜悧は知らなくていいことだ。
まぁ、オレが怜悧をちゃんと守ってやるぜってことかな?」
ぎゅっと怜悧を抱きしめてやれば、照れたように頬を染めながらニコリと笑う。
ああ、可愛い。可愛くて大切な俺のマスター。
この子を危険な目に合わせる全てからオレが守ってやらないと…


「こんなところで待ち伏せされていたなんて…
どうしよう、囲まれて…」
怜悧は俺達の再臨素材を集めるためにフリークエストに来ていた。
何度も来ていたはずのその場所で俺たちは今まさに足止めを食らっている。
今までに出現したことのないライダークラスのドラゴンに襲われている。
怜悧の魔術礼装も戦闘服ではなく、魔術協会の制服で戦闘特化でない上、編成は相性不利のキャスターである緋翠とマシュ、レイリ、バーサーカーといった5人編成。
高火力な攻撃を繰り出せる分被ダメージも大きいバーサーカーをうまく利用するしかない。
「せめてジャンヌか婦長がいてくれたら良かったんだがな…」
「私が盾になります、頑張ります。」
「俺よりバーサーカーの援護をしてくれ、癪だけどあいつがいないと生き残れる気がしない、前線は俺に任せろ」
「鶴お兄ちゃん、マシュの宝具発動まで時間を稼いで!
バーサーカーお兄ちゃんは一番大きいワイバーンを狙って少しでも削って、無理はしないでね」
「了解!リツキ、やるぞ!」
「ぱにゃー!!」
手首につけたブレスレット状の鈴を鳴らせば、リツキがぴょんと俺の肩から離れて本来の姿に戻る。
ビヤーキーは駿馬の神話生物、ワイバーンの速度に捕まりはしない。
空中戦で相手をかく乱している間にバーサーカーが適度に攻撃を入れて体力を削っていく。
もともと攻撃力が高く、的確に相手の急所を狙えるすばやさがあるバーサーカーの攻撃に、敵の数はみるみるうちに減っていき、ようやく残すところあと数体、片手で数えるほどになった頃、瀕死のワイバーンの一体が怜悧に向かって急降下していくのが見えた。
「怜悧!!!」
怜悧が顔を上げる頃には、もう眼前にそれは迫っていて、交わしきれないと悟った怜悧がぎゅっと目を瞑るのが見えた。
失わせるわけには行かない。
そう思った時にはもうリツキから飛び降りていた。
眼前に迫り来るワイバーンの爪の前に身を挺して怜悧を守るように抱きしめた。
引き裂かれる痛みを覚悟したけど、それはいつまでたっても来なかった。
代わりに聞こえたのは背後でワイバーンが絶命する声だけだった。
「…?」
恐る恐る振り返ると、バーサーカーが俺に背を向けてたっていた。
足元には倒したであろうワイバーンの死骸が転がっていた。
「…どうして、俺を庇ったんだ?」
バーサーカーの左手からは血がぼたぼたと垂れていた。
左腕で攻撃をなぎ払って右手でトドメを刺したんだろう。
「…庇う?オレが君を?どうして?」
心底わからないといった様に返されて、釈然としないながらも、実際には助けられたことには変わりがない。
「怜悧、無事か?怪我はしていないか?」
「う、うん…ごめんなさい…お兄ちゃんは大丈夫?」
「たいしたことない、帰ったらすぐに癒える。
君に怪我がなくて良かった」
そう怜悧に告げた口調は少しだけ優しくて、どこか兄を思わせるような優しく安心する声色だった。
「先輩、一度帰りましょう。今なら撤退できるはずです」
「うん、そうだね…」
「…おい、手当くらいはしてやる、見せてみろ」
相性不利のせいか、バーサーカーの攻撃補助に徹していた緋翠が負傷した左腕を治療しようとするが、
「…必要ない」
あいつはそう言ってその手を跳ね除けてそのままレイシフトして先にカルデアに帰還してしまった。
「…なんだよあいつ、せっかく緋翠が直してくれるっていうのに…」
「まぁ。別に直ぐに治る傷だからな。オレが気になるから治そうと思っただけで必要ないならそでれいいさ。」
「鶴お兄ちゃんもごめんなさい…鶴お兄ちゃんは怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。俺もお前から離れすぎていたからな…悪かった」
頭を撫でればやはり怜悧は嬉しそうに微笑んだ。

 


「……ちょっといいか」
「…君は俺のことが嫌いじゃなかったのか?
まぁ話を聞くだけならいいが、手短に頼む」
「…好きか嫌いかなんて…あんたにはどっちでも同じだろ…?
むしろあんたのほうが俺の事を嫌がっているように思えたんだがな。
ほら、レイリに聞いたんだけど甘いもの好きなんだろ?
安心しろ、俺の手つくりじゃない。エミヤに頼んで分けてもらった。
あんたはそんなつもりが無かっただろうけど、結果的には助かった、ありがとう」
「……律儀だな。本当に助けたつもりはなかったんだが…。
たまたま攻撃した相手が君たちを襲おうとしていただけで。」
「これは俺の感情の問題だから別に気持ち悪いと思うなら捨ててくれて構わないさ。
まぁエミヤが作ったクッキーだからレイリと茶会するときに持っていけば喜ばれるだろうけどな。
話はそれだけだ、足を止めて悪かったな」
気恥ずかしさのあまりに足早にその場を去り、両親のいる食堂に向かい、国兄の腰にギュッと抱きついた。
「うん?どうしたんだい?さてはまたなにかやらかしたのか?」
「別に…ちょっとだけ、こうしてていいか?」
「ああ、構わないぜ?」
「ほら、国永のプリンを食うか?」
黒兄が微笑みながらプリンを差し出してくれて、それをぱくっと食べると甘いプリンの味が口の中に広がる。
「…おいしい…」
「何があったか知らないけど、あまり考えすぎないようにな?」
「バーサーカーと一緒に出撃だったんだけどさ…」
「バーサーカーって…茨木か?それともアステリオス?」
「あいつだよあいつ、名無しの仮面のバーサーカー」
「…ああイリヤのことか。あいつがどうかしたのか?」
「イリヤっていうのか?ってか黒兄には名乗ったのかあいつ」
「レイリが仮の名を名付けたらしいな。本人もそれで良いと言っているからそう呼んでいる。」
「…そうなのか…俺も、そう呼んでいいのかな?」
「いいんじゃないか?本人にいやって言われたわけじゃないんだし、バーサーカーもうちには何人もいるからな」
「そうだな、今度呼んでみる。
なぁ国兄…国兄も黒兄も…どこにも行ったりしないよな…
俺を置いて…どこかに行ったり…しないよな?」
「まぁ、ここから変える手段もないしな、君は心配性だな。」
そうやって優しく撫でられる手だけが、俺を残酷な現実から引き戻してくれた。
幸せを感じられる、本のひと時の安らぎの時間。
彼にはその時間は存在しているのだろうかと考えて、やめた。
どうせ俺たちは相容れない。
ならば俺は逆に楽しむ事にしよう。
あいつがどんな選択をしてどんな道を歩むのか…。
その残酷無慈悲なフェアリーテイルの行先を。

 

FGO:入夜

目を開いた瞬間、それはまるで自分が生まれ変わったかのような違和感を伴って始まった。
白い建物は病院と言うよりシェルターと言った方が近く、圧迫感を与えるそれにただただ閉塞感を感じる。
目の前に居たのは少年、青年と呼ぶべきか?変わり目の年頃の男子。
隣には不遜な表情の女と困った顔の男。
それに、自分と同じく円陣の中で立ったまま固まっている6人の男女。
目に入ったのは白い髪をした望月の目の子で――。



俺達がここへ来てから数週間が過ぎた。
その間にセラピーやら検査やら説明やらを繰り返されて過ぎていき。
結論から言うと、俺は元の世界から一人だけ召喚されたらしい。
似ている人物は数多くあれど、平行世界や違う世界の人間だと知らされた。
可愛い鶴も、愛しい宗近も居ない。
何の意味も見出せない世界。
「この世界を救うには今、怜悧君の力が必要なんだ。どうか彼を信頼して、共に戦って欲しい」

ロマンと名乗ったドクターはそう口にしていたが、それは無理だ。
俺はバーサーカーというモノに分類され、思考に時々靄が掛かるのを狂化の影響だと言われた。
それ以外に力になる方法も、理由もない。
理不尽にもこの状況で幼い青年にだけ頼る事になってしまったと罪悪感からくる懇願をされても。
君なら力になれるんだという希望を持たれても。
それらが当たり前に存在して誰しもが考える願いである限り、果たされる事はないと知っている。

一人だけの部屋はそれこそ苦痛の種でしかない。
人の声が遮蔽されると、死んでいる様に思える。
誰にも"俺を"必要とされないのなら、既に死んで居るような物だ。
平行世界の椿国永は精神的にも発達していて頼られる事に自身を持ち誇りすら感じている。
性能が似通っていると思うが、彼にはなれない俺は単なる失敗作、むしろ影のような物だ。
俺のでは無い名前を語れる訳もない。
自身を肯定して愛してくれていた人達が居ない時点で、自分に価値を見出せない。

けれど、この中に彼等が居なくて良かったと安堵もしている。
様変わりした昏い目をする鶴の模倣品を見せられて、拒絶する姿も。
或いは何かが違えばこうなれただろうかと愛を知る自分を拒絶する姿も。
ただ神を呪う言葉を吐き出すしかない惨めな姿を、知られる事もない。

寂しい、哀しい、恋しい、愛しい、逢いたい、会いたくない、嬉しい、触れたい、愛されたい。

様々な感情が渦巻く中、それでも消える事は出来ないと言われて思考放棄を決め込む。
決め込むのに、上手く染まった桜色の髪が視界の端に映るのを煩わしく感じた。
何故か長くなっている髪は、根元から染まっているようで本来の白さは無い。
髪を切っても束の間、それは何事もなかったように元の長さに戻る。
何度切っても、腕や腹を切っても、何事もなかったように戻る。
治っているという過程を感じない、ただ最善の状態に巻き戻る。
鶴が怯えるから死が怖いと思ったのに、強制される生の方が恐ろしい。
こんなにも矯正的な世界の中に居ると、それこそ本当に狂ってしまいそうで。

今は表情を隠す仮面がありがたく感じた。



小烏国永、小烏黒葉、五条鶴丸。
同じ世界から来たと言っていた、違う俺とその番、息子の様に親しくしている友人。
マスターはこちらの国永に懐いているらしく、国兄と呼んで五条とは兄弟のように接している。
行きすぎた接触が見られるが、俺には関係の無い、むしろ関わりたくない奴等に分類する。

和風の服に身を包む緋翠と名乗った女と鶴丸国永と名乗った男はどちらかと言うと傍観者。
女は友人に似通った外見をしていたが、友人は生憎と男の様な素振りをしていた。
鶴丸国永は刀剣、つまり刀のカミサマだとかで白い髪と白い和装に身を包んでいる。
鶴と似通っているのは鶴丸も同じだったが、成長をして落ち着きを身に付けたらこうなるのだろう、と思えて好ましい。
話して嫌、という事も無くむしろ話しやすい方に分類する。

そして残るは完全な異世界からやってきたという男が二人。
一人はレイリ、マスターと同じ名前でけれどこちらの方が青年だ。気の優しい性格なのか温和な表情が多い。
もう一人はヒスイ、商人だという彼は事なかれ主義だが己に利のある方を優先すると言って憚らない自由主義。
きっと関わる事は無いだろう、とそう思っていた。

「おい、そこの名無し――」
「?」

呼ばれた事に振り向けば、ヒスイだった。
呼ばれる用事などは無いし会話をした覚えも無い。
それでも自分の事だと分かったのは、俺が一貫して名前を明かさないからだ。

「そそ、お前だよお前。少し話をしたいんだが、良いか?」
「……構わない」

今日はDr.ロマンの診察もダ・ヴィンチの検査もナイチンゲールの訪問も予定はない。
予定を考えてみても何も浮かばなかったので、何の障害もない。
が、果たして何の話なのか。
身の上話をするには世界が違う、名前も出身も明かしていない、国永との関係性は一切否認。
加えて、バーサーカーというものは脈絡もなく暴走するらしい。
ヒスイはランサーというクラスだったから撃退は容易いのだろう。
戦術の事を聞かれても、戦闘中の俺はハイになっているらしいから特にそれらしい物は無い。
本当に何を聞かれるのかと考えて居ると、彼が向かったのは誰かの部屋の前。

「入るぞ、俺達が入ったらロックしろ」
「え、もう連れてきたの!?ちょっと、まだお茶の準備が……あ、いらっしゃい!どうぞ座って待っててね」
「いきなり来て良かったのかい?」

レイリというルーラーだったか、青年は温和な微笑みを浮かべて頷く。
そのままドアの横でパネル、だろうか?を操作して本当にお茶の準備を始めた。
立ったままなのもおかしな話だろうと、近場の椅子に座って足を組めば意外そうにヒスイが横から笑い声を上げる。

「いや、悪い悪い。ツルが言ってたから人の話を聞かない方なのかと思ってたんだ。素直で意外だった」
「……話をしたいと言われたんだ、なら会話をする態度というものがあるだろう。その位の良識はあるさ」
「お待たせ!何が良いか分からなかったから、アールグレイにしたよ。後、お茶請けにマドレーヌ」
「ああ、ありがとう。……マドレーヌは、君が?」
「うん、改めて自己紹介するね。僕はレイリ・クライン、ちょっとした団体でリーダーをしていて……その息抜きに」
「レイリは甘い物に目が無くてな。俺はヒスイ、単なるヒスイだ。よろしくな」
「ああ、よろしく頼む」

笑みを浮かべた方が良いだろうか、と考えて仮面越しならそれも伝わらないかと頷くだけに留めた。
二人は顔を見合わせた後に落胆した表情をしていたが、よろしくと言われたので了承をしたのが悪かったのだろうか?

「お前、自己紹介なら名前を名乗らないか?」
「それとも、名前を知らない?記憶喪失とか……言いたくないなら、仮名でも」
「あ、あー……それか。忘れていたな、名前か……。言いたくないのが半分、自分でも信じられないのが半分かな」
「なるほど、ロマン野郎が落ち込む訳だ。それでも仮名を決めなくちゃ、存在出来なくなるぜ?」
「え!?そうなの!?」
「名とは存在を支える根源だからな。偽るのも良くないんだが……改めて世界と命約を結ぶなら必要だ」
「……そんな風に考えた事は無かったな。自分の根本……なら、俺は尚更名乗る訳には行かない」
「どうして?その、自分が消えるかも知れないのに、そう言い切れるのは何故?」
「……自分の成功品みたいな奴が目の前に居て、それと同じ名を名乗る勇気が無いだけさ。自信が無い、自身が失い」
「同じ名……、なるほどな。しかし、それで消えるっていうのは責任を放棄しすぎじゃないか?」
「君の名と同じ友人を知ってるが、君達は面白いほど同じ事を言うんだな」

僅かばかり不機嫌そうに眉を跳ねさせる様子に、仮面の下で笑ってしまった。
そうして心配そうな顔で沈黙を守るレイリに、お茶請けを食べて良いかと聞く。
眉を下げてどうぞ、と勧めてくれるレイリにリーダーには適していないだろうと憶測を抱いて、マドレーヌを口にした。
他人の手作りだと言われても、悪い気はしない。
彼が単純に物を考える方ならきっと口にしなかった。
話した印象は思慮深く、そして少しだけ臆病な、人心地の良い青年だという事。
リーダーという程己を強く出す勝ち気なタイプではなく、ただ誰かを泣かせたくないという強い保護性で我慢をする。
だからこそ、打算で動かざるを得ないヒスイが利のあるようにお為ごかしをしてまで支えたいのだろう。
マドレーヌを食べた事で口元が顕わになった仮面の下で、微笑んだ。

「そう言うなら、君達が名前をくれないかい? 見た通り、仮面で隠すほど自分が無いんだ。
せめてこの世界に居る理由が欲しい」
「それならロマン野郎が言ってたじゃ無いか。マスター怜悧の力になってくれと」
「ふふ、俺は誰かの願いを代わりに叶えてやる程、優しくはなれないんだ」
「でも……名前を付けるって、呼ばれたい名前は?呼んで欲しい人は居ないの?」

胸を締め付けるほどの悲壮さでレイリはそう呟いた。
愛しい、空しい、会いたい、居ない。
言外に強く望む言葉に、無い筈の胸が打たれた気がした。

「呼ばれたい名前はあった。呼んで欲しい人は居た。でも、良いんだ……ここでは意味が無いから」

二人が息を飲む気配を感じる。
意味は正しく伝わったようだと、小さく微笑む。
俺としては、捨てられた犬に名前を付けてやれないか、と聞いているだけなのだが。
或いは、迷子になっている犬のリードを引いてくれないか、と嘆願しているような。

「理由としては悪くないんじゃ無いか?ただし、いつかお前は自分の口から真名を明かせよ」
「ああ、いつか……俺が俺を受け入れられたら、その時は」
「あの……僕、一つだけ名前を思い付いたんだけど……」
「どんな名前だい?」
「……僕とは全く似ていない、けれど、背中合わせな彼の名前……僕を支えてくれて、近くて遠い人」

『イリヤ』

「……そんな大切な名前を、俺に預けて良いのかい?」
「僕は……多分、貴方だから預けたいと思ったんだと思う。彼に似ている、貴方に」
「はは、随分強気な意見だな……でも、そうだな……そう思われる様になりたいとは思ったよ。ありがとう」
「とりあえず問題事は一つ片づいたな。俺は自己紹介をした時点でお前を友人だと認識した。だからそう扱え」
「あ、ぼ、僕も!貴方を知りたいと思ったから、放って置けなかったから話をしたいと思ったんだ。改めて、よろしくね」

和やかに笑う赤い髪のランサーと、弱った笑顔で笑う金髪のルーラー。
二人共穏やかな目で確かに目の前の俺を見ていて、

「ああ、俺はイリヤ。バーサーカーのイリヤだ。改めてよろしくな、レイリ、ヒスイ」

安心をした俺は確かに笑って、自己紹介をした。
この世界に生きる俺にイリヤという名前を付けて。

鶴丸国永は刀である

鶴丸国永はかつて白い刀剣だった。
月に見守られ、花を愛で、それで満足していた気がする。
気がする、というのは不明瞭だからだ。
神として、人として人格を有していた筈だが思考にもやが掛かったかのように曖昧だ。
分かるのは今の己は光の傍にある事、光を守る事、敵を斬る事。
いつの間にか黒く染まり、黄泉路から自分を求める声が聞こえるようになったから聞く事を放棄した。
眠くなる時、何かを口にしたくなる時、身体が熱を帯びる時と緩慢な変化は、花が、もう一人の自分が管理をしてくれるのに任せている。
ただ光に求められた時に敵を斬り、それ以外は彷徨っている。
まるで暗い夜の中を歩くように、昏い墓に居続けているかのように。
寒いのは嫌だった。

「ほい、国永。ちゃんと噛んで飲み込めよ」
「あむ……」

騒がしい食堂の一角で、緋翠は国永に飯を食わせている。
差し出されるスパゲッティに口を付けてちゅるちゅると吸い込んだ。
言葉のままに噛んで飲み込み、という単調な作業を繰り返している。

「今日はご飯ちゃんと食べてくれるね」
「味分かってるのか、こいつ。せっかくの国兄のご飯なのに……」
「味覚は存在してる筈だ。美味いと思うかは好悪の問題だから分からんが……怜悧、この後は俺達で修練場か?」
「うん、母さんと鶴お兄ちゃんと国永さんで行こうかと」
「確かにバーサーカーは強いらしいけど、暴走する危険があるんだろう? お前に危険はないのか?」
「それは通常の聖杯戦争に於ける場合らしいぞ。カルデアから魔力供給をされているから、後は俺達で止めれば良い」

緋翠の話に釈然としないながらも頷いた鶴丸が国永を見るが、相変わらず美少女然とした顔で変わらずに餌付けされていた。
怜悧はその様子を可愛いなあと漏らしながら笑顔で眺めている。
けれど鶴丸にとっては最愛の母と同じ名前でどこまでも変わらない表情に不気味さすら感じた。

「こいつって、本当に人間なのか?」
「ああ、お前達と何ら変わらないぞ。こうやって飯を食うし、人に甘えてくる事もある。発情する時に下手に抱かれたらこちらが潰されるから、大概は後ろを弄ってやったり口淫で散らしてやる」
「なっ、だか……!?」
「君、未成年の前で何を言い出すんだ!」
「ん? 閨事の話だが……ああ、国永の鳴き声は可愛らしくて極上だぞ」
「え、あの、僕……そういうの気にしないようにするから……」
「全然大丈夫じゃないし気を遣われてるぜ!? 仮にも母と呼ばれるならもっと……いや、何でも無い」

国兄を見習えと言いかけた鶴丸は、むしろ両親自体が恥じらいをあまり感じない人種だったと思い出す。
他の質問なども怜悧の耳を押さえながら何でも無いと全て却下する姿勢を見せれば緋翠が笑う。
そうして国永が食事を終えれば全員でDr.ロマンの所へ行き、皆の力量ならと5回連続戦を設定して貰った。
カルデアへ来てから幾度かメンバーを変えて修練をした事はあるが、今のメンバーでは初顔合わせだ。
緋翠自体は何度か国永と組んだ事はある、というか国永を止める為に緋翠やもう一人の鶴丸は欠かせない。

「怪我は戦闘が終了したら治るけど、無茶しないでね。じゃあ国永さん先攻で鶴お兄ちゃんが追従、母さんは二人のフォローで」
「ああ、任せとけって!」
「承知した。お鶴よ、刀の範囲には気を付けろ。国永は動きが素早いから気にしなくて良い」
「流石に経験者からのお言葉は頼もしいな」
「あと奇声を発するかも知れないがそれも気にしなくて良い」
「一番気にすべき所だな!?」
「僕、最初は怖かったけど少し慣れたよ!」

一体何があるのかと思ったが、戦闘が開始すれば自ずと分かってしまった。
敵を見た瞬間に目の色を嬉々として輝かせ、唸りながら、時に嗤いながら敵を切り刻んでいく様は残虐ですらある。
それを見ながら淡々と符を投げ、炎や大地、水を操りながらサポートに回る緋翠。
鶴丸は国永の姿に記憶の中にある似た姿を思い出しながら刀を振るい、リツキを元の姿にさせて操った。
高火力とも言える圧倒的な殲滅力を見せる三人に、やがて敵の姿は無くなり場が明るくなる。
シュミレーター終了の合図だ。

「皆、お疲れ様! 今日はここまでにしよ?」

傍らで控えていた怜悧がそう声を掛けた瞬間、国永が唸り声を上げながら怜悧へと大振りで斬りかかった。
頭で考えるより早く、鶴丸は怜悧を守ろうと動いている。

「国永、止めろッ!!」
「くにながさ――」

緋翠の怒声に、怜悧の驚く声に、鶴丸の首を刎ねようとした刀は薄皮一枚を斬った所で止まった。
肩で息をしている割りには乱れぬ太刀筋で、爛々と輝く瞳が鶴丸に焦点を合わせた瞬間に悲しげに歪む。
捕縛の為に投げられた緋翠の術を使った縄は、一瞬で国永の身体を緊縛してみせた。
刀はいつの間にか手から消えていて、リツキが肩に戻る頃にはチリチリとした痛みだけが残る。
止まった国永に怜悧も緋翠も安堵の息を吐き、国永は自由の利かない身体を鶴丸に預けて傷跡を舐めてきた。

「うひゃ!?」
「鶴お兄ちゃん、大丈夫? 国永さんを止めれなくてごめんね……」
「俺も反応が遅れて悪い。やはり怜悧に持たせた方が良さそうだな」
「いや、驚いたが怜悧が無事で良かっ……ってすまない、君何してるんだ?」

普通に会話を始める二人に混ざろうとしたが、圧倒的な違和感の前に鶴丸が屈する。
縛られた身体を引き離して国永を見れば、いつもの無表情に少しだけ感じる寂しそうな雰囲気。
鶴丸の手に頭をすりすりと寄せてくる様はまるで謝っているかのようだ。

「国永さん、鶴お兄ちゃんに懐いたのかな? それともごめんねって言ってるのかな?」
「多分後者だと思うが……傷に反応してるのかもな」

例えば見えない傷跡に、と続けられた言葉に内心どきりとする。
ここに居る彼等には見えないだろうが、鶴丸の胸には確かに因縁のある相手との痕が残って居た。
ともすればそれも傷になるのだろうかと思いながら、恐る恐る国永の頭を撫でてみる。
大人しくされるがままだった国永の頬が桜に色づき、上目遣いで薄く微笑まれた気がして少し認識を改めた。
確かに戦闘中は危険な相手だが、悪い奴では無いのだろう、と。
国永は確かに鶴丸の傷に反応していた。
それを舐めたのは治癒の為、そして鶴丸が怜悧を守ろうとした一瞬に見せた昏い瞳に傷を見たから。
同調性、あるいは共通点とも言える昏さは、鶴丸のトラウマを垣間見せた。
心の傷を感じた国永は、この日から五条鶴丸を認識する。
鶴丸国永も、今は黒い刀であるから。

ヒスイの観察日記

ヒスイは隠者にして探求者である。
恐らくそうした傾向と槍をもっている事から彼の神の要素を汲み取ったのでは無いかという説が出た。
つまり、人間観察が趣味である。

「鶴丸国永は本来、刀剣なんだ。付喪神であれ、人間の英雄として扱われる事は無い筈なんだがな」

そんな話を同時期に召喚された違う自分から聞かされては観察せざるを得ない。
どうやらニホンという国で作られた刀らしい。
刀というとシュノが使っていた片刃の剣だろう。
試しに鶴丸と呼ばれる白い青年に話して見せて貰ったが、成る程美しい細工の実践刀だった。
彼に良く似た、いや、彼自身なのだから同一性があって当たり前なのか。
白く儚くもあるそれは優秀の美を兼ね備えている。

「俺の本体なんだから、くれぐれも扱いには気を付けてくれよ?」
「へえ、刀の影響が身体に出るのか。面白いな、他には無いのか」
「面白さだけで折られるのは勘弁だじぇ……。そうだな、それなら国永を観察したらどうだ?」
「国永というと、もう一人のお前か。確か彼はバーサーカーだったな」
「ああ、けど母君……君じゃ無い緋翠な。彼女の使役していた鶴丸国永で、本来は俺より長く顕現していた先輩だ」

そう言われて目の前の白髪に白い和装の美丈夫を見る。
彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて刀を脇に差した。
一方で国永と呼ばれる彼の同位体を思い浮かべてみるが、確かに目の前の彼より長くなった白い絹の髪は年代を感じさせる。
が、少年とも呼べる丸みを残した顔付きなどは薄幸の美少年という儚さがあった。
少なくとも鶴丸より一回りは小さい身体からは幼さを感じる。
ともすればこちらは儚げな美青年だが、あちらは儚さの中に性別を感じさせない美があった。

「てっきりお前の弟だと思って居た」
「いや、どちらかと言うと俺の方が弟みたいで……よく面倒を見て貰ってたんだ。今は闇堕ち、オルタ化?の影響なのかな」

元はアサシンの国永のように面倒見の良い刀だった、と聞いた。
オルタ化と言えば性質が反転する、或いは歪むと聞いていたが国永もその影響か鶴丸とは反対の黒い衣を着ている。
ともすればマスター・怜悧の傍に居るか、温室で休んでいるか、図書室にいるか。
狂戦士とは名ばかりの大人しい奴で、誰かと会話をしている所を見た事が無い。

「興味深いな。怜悧を通せば会話も可能やも知れん、分かった」
「ま、何か分かったら俺にも教えてくれ」
「お前なのに分からんのか?」
「ある程度は分かってると思うんだが、堕ちた経緯については知らない」
「なるほどな、了解した」

神が堕ちる、というのはヒスイも興味があったので二つ返事で了承した。
神は神、反転しようがそのままだろうが性質は変わらない。
そもそも反転する理由も全て内在しているのが神だからだ。
そうでないなら怪物、或いは人に近い何かに変質していたのではないかと仮定する。
鶴丸は国永を、長い年月を人として過ごしてると言っていた。
緋翠は神を人の器に降ろして戦力にするのが刀剣と審神者の関係だと言っていた。
なら、国永は人に限りなく近い存在になっていた可能性がある。

「怜悧、少し良いか?」
「ヒスイ? どうしたの?」

食堂でパフェを食べていた幼い方の怜悧に声を掛ければ、驚いた顔で首を傾げた。
他人を疑う事のない素直さの残る挙動に、レイリとはやはり違うと確信する。

「国永の事を知りたいんだが、仲介役になって貰えるか?」
「仲介が必要だとは思わないけど……うん、国永さんお話ししても良い?」
「いい」

ちょこんと怜悧の隣、現代の鶴とは反対側に座りながら国永は怜悧の顔を見て一言返す。
他のサーヴァントが話掛けても反応は何も返さないが、マスターだからなのか怜悧の声にだけは返事もした。
とは言っても無機質なガラス玉のような紅玉の瞳からは感情を窺えない。
否、ここまで感情を写さないといっそ宝石のようですらある。
見て居る者を誘惑するだけなのなら、いっそ抜き取ってケースに入れてしまうのも良いかも知れない。

「俺の事は誰だか分かるか?」
「……えっと、あの人は誰だか分かる?」
「ひすい、やり」

やはり返事をしない、というより言葉が聞こえていない節のある国永に怜悧が困った顔でフォローに入る。
正面に座れば鶴が不思議そうな顔で覗き込んでくるが無視をした。
国永は相変わらず怜悧の方に顔を向けている。

「じゃあこっちは?」
「つうまる、きしゅ」
「惜しい! 俺の名前は五条鶴丸、つーるーまーる」
「……つーうーまーう?」
「つ、る」
「つ、る」
「よしよし。で、こっちはリツキな」
「りつ、き」

珍しく怜悧以外に反応をする国永に驚きながら様子を見る。
鶴丸は気にして居ないようだが、舌っ足らずな口調を聞くに言語障害が出ているのか。
理解力にまで障害が出ていれば難しい言葉や長い言い回しは通じない可能性も出てきた。
せめて仲間であるという認識があるのかを確認したいが、怜悧が国永の言葉に喜んで他のサーヴァントの事も聞いている。
思えばまともに会話らしい会話をした所を見た事が無い。

「くににぃ、くろにぃ、えみや、れいり、あるじ、ひな」
「雛? お雛さまって母さんの事?」
「……もう一人の鶴丸国永の事じゃ無いか? あいつより年上……らしいぞ、こいつは」
「え? 鶴丸さんのこと?」
「ひな、かたな」

色々な驚きに絶句をするが、この言葉でセイバーの鶴丸国永の証言は裏が取れた。
後はキャスターの緋翠との関係とオルタ化の経緯が分かれば良いのだが。

「ひすい、あるじ、おれ……の、おれ、たすけ、なくし、ヴァア……ア、ガアアアアアアアッ!!!!」

もっと話を、と国永の話を聞いているうちに瞳が初めて揺れ、頭を抑えて身を硬くした。
暴れ出すかと思って身体に力を込めれば、怜悧が国永を抱き締める。
鶴丸によって直ぐに離されたが、その一瞬で我に返ったのか国永が勢いよく席を立って走り去っていった。

「これは驚いたな」
「ちょ、鶴お兄ちゃんなんで止めたの!? 国永さん追いかけなきゃ!」
「あいつが暴れてお前に何かあったらどうするんだ!? あいつは俺かヒスイが追いかけるから」
「ふむ……色々聞きすぎたから混乱したんだろう、後で様子を見ておくから今はそっとしてやれ」

鶴丸の判断は正しいと裏付けておいて、落ち込む怜悧が大人しくパフェに手を付けるのを待つ。
そうして今分かった情報を整理する。
国永は恐らくオルタ化、闇堕ちというのをしている可能性がある。
そしてそれに関わっているのはキャスターの緋翠だ。
突けば面白い話が聞けそうだ、と内心で笑いその場を去った。
やって来た場所は図書室で、和服の女性が本を読んでいる。

「こんな場所へどうした?」
「いや何、国永の事を聞きにな。あいつが闇堕ちしている可能性がある、と言ったら思い当たる節はあるか」

闇堕ち、という単語で緋翠は本を読んでいた手を止めた。
緑の瞳は面白いと笑うヒスイを強く睨み付ける。

「あるな。そしてやはりそうか、と言っておく」
「へえ、予想はしていたのか。経緯を聞いても?」
「つまらん話だ。俺は審神者だが、鬼に堕ちた息子を救おうとした。その為に政府に捕まっている息子を取り返しに行ってな、二人を救った後に政府に俺自身が捕まった」
「ふむ、身分を利用してしっぺ返しを喰らったか。それで、彼は裏切られたと?」
「むしろ逆だ。国永はそれ良しとせず、時間を遡行してでも食い止めようとした。その過程に堕ちた可能性がある」

それを確認する手段は無い、とも言われた。
神にあらざる願いを持ったが故に堕ちた、それは人間に許された手段だからだ。
やはりあの鶴丸国永はとても人に近く、同時に狂気に囚われた成れの果てだとも言える。
ただ一つ気になったのは、

「堕ちると容姿も変わるのか?」
「変化する部分はあるんだろう、特に彼等の刀装は彼等の魂の形だ。だが、俺の国永はあの姿では無かった。他の鶴丸国永の要素を吸収している可能性がある。だから俺はあれを俺の物だとは断じない」
「けれど縁はあるから世話をするのはやぶさかでは無い、と。なるほど、面白い話をありがとうよ」
「暇潰しにはなったか?」
「そうだな、執筆しても良いと思う位には。重要なヒントも貰えたしな」

神と人の違いとやらを突き詰めれば少なくとも彼の神を出し抜く事は出来るかも知れない。
それだけの時間はあるのだ。
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