白月と夜に秘密を抱えるようになった黒鶴は、少しだけ変化があった。
それは幼い頃のように、幼馴染み達に対する距離が縮まるというもの。
例えば、

「南泉、抱っこ」
「は?お前にゃに甘えてんだよ」

口では文句を言いながらも両手を差し出せばすっぽりと胸の中に収まる華奢な身体。
その体勢で何をするのかと言えば、白月のタブレットで動画を見るという物。
ご丁寧に南泉も興味のあるジャンルのそれを、膝の間に収まった黒鶴と一緒に二人で見た。
これが他の者であれば長義も嫉妬をしてみせるのだが、愛猫が二匹仲睦まじくしているようにしか見えない。
愛故の親目線というか、飼い主目線というか。
とにかく和ませる光景にしかならないのだ。
また別の機会には、

「長義ー、長義!今日の飯は何にするんだー?」
「こら鶴、料理中にひっつかれたら危なくて仕方ない。大人しくしてくれる?」
「んー」

言いながら、すりすりと背中にひっついて頭を擦り寄せてくる末っ子の甘え方に長義も慣れた様子で手元に集中する。
南泉としては羨ましい限りだが、そこにやましいものを見いだせないので放置を決め込んでいた。
何より嬉しそうに無意識に頬を緩ませる黒鶴は、雰囲気が幼くて子供の甘えにしか見えないのだ。
長義が嫌がるようなら無理にでも引っぺがすのだが、腰に手を回して大人しく背中にひっつくだけなので微笑ましいもの。
けれどそういった甘え方を見せる様になったのは二人に対してのみであり、白月とは変わらないように見えた。

「っていうので、お前達どうなってるの?」
「うん?いや、なに……そう変わりないぞ」
「怪しい……。そもそも俺達に甘えてくるのに、お前に甘えにゃいってのがおかしいだろ」
「ふむ、そうは言ってもなぁ……見えないところでは、甘えてくるのだぞ?」

そこにどんな意識があるのかは不明だが、二人きりの時には確かに甘えられているという自覚はある。
とは言っても、そこにあるのは末っ子特有の誰かを甘やかしたい、という甘え方だ。
テレビを見る時は膝枕をして頭を撫でたり、本を読む時は白月の背に張り付いたり。
特に夜寝る間際に子守歌を歌うようになったのが、白月としては最も嬉しい点だった。
学生時代、迦陵頻伽とあだ名を付けられたくらいには黒鶴は声が良い。
それも途絶えて久しかったのが、よもやまたも聞けるようになるとは。
しかし、そういった嬉しい触れ合いが増えた反面、内面を表す態度に変わった様子が見られないのが問題だ。

「甘えてみせるくらい、今は幸福度が高いって事……?」
「っていうより、にゃんかつっかえが取れた感じだよにゃ……」
「うむ、それはあろうなぁ……。鶴が何を気にしていたのかは分からぬが、な」
「君が何かをした覚えは?」
「それはどれに対してだ?鶴への好意も、触れ合いも変わらんぞ」

否、触れ合いに関してはそれ以上、とは思えども流石に自他共に保護者と名高い二人に本音を言うわけにもいかず。
そもそも、好意に進展無くして欲を発散する方法が変わっただけとも言えるのだ。
黒鶴の白月への信頼は、どこか雛鳥が親を認識する刷り込みにも似ている。
結局は黒鶴の恋愛観が成長しない限り、先への見込みも無いと言う事で。

「前途多難だにゃぁ……」

ぽつり、と南泉の漏らす小さな呟きにそれはお前達も同じだろうと口を突いて出そうになる言葉を呑み込むのだった。



黒鶴が久々に熱を出した翌々日、直ぐに下がったそれに長義からの厳戒令も解けた事で従兄弟が顔を出した。
熱の理由が精神的なものだろうという予測があった事と、最近立て続けに起こった不思議な事件に発起しての事だった。
常とは違うピリピリと緊張した様子の従兄弟、五条鶴丸に黒鶴はため息を吐く。

「鶴丸、うるさい」
「何だよ、まだ何も言ってないだろ!」
「雰囲気がうるさい。そもそも、なんで君が来るんだよ」

むっと頬を膨らませる幼い様子に、じろりと睨み据える事で封殺した。
端から見ればよく似た二人の攻防は子供のじゃれあいのようで微笑ましいもの。
けれど当の本人達は全く気が付く様子も無い。
睨まれて恨めしそうな顔をする鶴丸に、不機嫌さを隠そうとしない黒鶴。

「……宗近と怜悧から聞いたんだよ。体調崩したって」
「はぁ……店と白月か。だからって、わざわざ見舞いに来るのは珍しい」

近年、熱を出して寝込むような事が無かったからだと口にしようとして、けれども再度睨まれて蛇に睨まれたカエルのように縮こまる。
不機嫌な時の黒鶴は少しでも気にくわない事があれば、鶴丸には容赦なく暴れ始めるからだ。

「鶴丸に当たり散らしても意味は無いから、とりあえず良い。で、何が気になるんだ?」
「何が、って……その、事件以降変わった事が無いか……とか?」
「変わった事??例えば」
「例えばー……俺のマブダチを名乗る変質者に言い寄られたり?」
「は?」

お前、何面倒な奴と知り合ってんの?と一睨みで蔑まれる。
理由を知らない人間にするとそうなるよなぁと困り果てた鶴丸は結局口を開く事はせず。
説明をしないまでも動く気配を見せない鶴丸にため息を吐いた黒鶴は心当たりを考え始めた。
最近で特に変わった事。
そう言われて真っ先に思い付くのは、

「なあ、君は相棒と扱き合いをした事はあるかい?」

別方面で鶴丸の度肝を抜く一言だった。
相棒と、扱き合い。
よもや性知識に疎そうな相手からそんな言葉が出てくるとは思えず、扱き合いと言って思い付く者は何だろうとぐるぐると目を回して考える。
結果思い付いたのは、スパルタ染みた特訓か何かだろうというもので。
きっとそうに違いない、とスッキリした顔つきで生暖かいものを見る目で黒鶴を見る。

「あいつがそんな体力勝負、すると思うかい?」
「は?自慰に体力はいらないだろう?」
「じ、じぃいいいい!!?!」

G、爺、辞意と思い付く限りの言葉を当てはめてみた。
が、頷いて指で丸を描いて上下になぞる動作をする黒鶴に、結局答えは一つしか思い浮かばずに。

「お、お母さんそんな恥ずかしい事教えた覚えはありません!!」
「は?誰が母親だ。そんなの長義と南泉で間に合ってるし、君が母親なんてごめんだな」
「辛辣っ!!」
「で、あるのかい?相棒じゃなくても、親友とか友達とか……そんなのでも良い」

むしろどんなに親密な仲だろうと、よほどの事がない限り扱き合いはしない、と言いたい。
言いたいが、素直に記憶をフル稼働させた鶴丸の脳裏には学生時代のやんちゃが思い付いた。
その中にはいわゆる十八禁物のビデオを鑑賞する会というのもあり。
ああ、昔の自分は若かったと遠い目線になるのだった。

「扱き合いは生憎ない。ない、けど……そういうビデオの鑑賞会はある。その……個別だからセーフだ」

空しい言い訳に過ぎないが、決して自分は変態では無いのだと証明したい。
しかし黒鶴はそんな鶴丸の内心には全く気付かず、やっぱり経験あるんだな、と納得していた。
いかに仲の良い従兄弟だろうと、普通はそう言った事までは追求しない。
そんな事にすら気付かない程、それぞれの意味で頭をフル回転させていた。
そもそもの話し、つまり黒鶴はそれを誰かとしたという事で、相手は仲の良い相手に限られる。
だとするならば自ずとそれは、

「つ、つまり……セーフだな?」
「ああ、セーフだ。他はとくに。面白い事にはなったけれど」

面白いという一言が気になったが、それで済むのなら最悪の事態にはなっていないのだろうと鶴丸はようやく安堵の息を吐く。
これ以上はきっと考えてはいけないのだ、そう言い聞かせながら納得させた。
藪を突くと蛇が出る、とは相棒の言だ。
多分これは、そういう話題だと顔を真っ赤にさせながら項垂れた。
厄介な事件の気配に飛んで来てみれば、まさかの話しを聞いてしまうとは。
涼しい顔をしている従兄弟に、とんでもない爆弾を落とされたと鶴丸は意気消沈した。