君死にたもうことなかれ

君は俺の全てで、命そのものだから。

 

「怜悧、ここに居たのか…」
窓の外の雪景色を忘れさせる人工的な明るさで包まれた庭園の花に水やりをしていた怜悧の腕を掴む。
「鶴お兄ちゃん?どうしたの?」
「お前が護衛も付けないで歩き回ってるって聞いて……」
「?」
きょとんとする怜悧に何故か苛立ちを隠せない。
「君は、たった一人のマスターだろ?
だから、あまりこういう事は…」
「カルデア内で危険なことなんてないよ?
みんなぼくと一緒に戦ってくれる仲間だよ」
すべてを信頼しきっている無垢で幼いマスター。
こんな子供に人類の存続がかかっているなんて。
ありえないだろ、素養もなくなんの期待もされてない子供に。
この子はまだ知らない、何も知らない。
そんな怜悧を辛い戦いの中に投じなければならない。
この世はいつだって理不尽だ。
「それに一人じゃないから」
怜悧が笑顔を向けた先には柱の影で寄りかかるようにこちらを見る名無しのバーサーカーの姿。
得体の知れないこいつを俺はあまり信用してない。
「バーサーカーのお兄ちゃんは重たい肥料を運んでくれたんだよ
それで僕がお庭してるのを見守ってくれてるの」
どう見てもそのようには感じられない。
「名前も名乗らない奴信用出来ないだろ」
彼は聞こえているのかいないのか、なんの反応もしない。
でも、こちらを伺っているような気がして俺は怜悧を守るためにあえて近付いた。
仮面で表情は判らないが、赤い瞳と桜色の髪、何より自分の大切な母にそっくりな立ち姿と声色に、きっと平行世界の国兄なんだろうと思った。
平行世界の自分と会うなんて滅多にないが、自分の知る母とは似つかない姿に違和感を拭えない。
違う人物と言われても、いまいちピンとこない。
「……俺はライダーの五条鶴丸だ。
俺はあんたを信用してない、だけど怜悧が仲間だと言うならお互い最低限は妥協しようぜ」
「……バーサーカー。
俺の事は放って置いてくれ」
「せっかく人が妥協してるのに!
やっぱり怜悧は俺が守らないと…」
「そうだな、君がしっかり守ってやればいい」
「言われなくてもそうする、国兄と黒兄にも近付くなよ」
じろりと睨むと、鼻先で笑われた。
「誰が…わざわざ近付くかよ。
お前も俺に近寄るな、お前達を見てると吐き気がする」
何をそんなに嫌われる理由があったのかは判らないが、国兄に近寄らないと言うなら話は別だ。
あとは国兄達に言い含めておけばいい。
「怜悧、これからは何か困ったことがあればまっさきに俺に相談するように、判ったな?
俺はいつでもお前の味方だからな?」
「う、うん……判った」
怜悧にはよく言い聞かせておかないと…。
この子だけは…この子の命はオレが守ってやらないといけないんだから。
そのために俺は呼ばれたんだ。
「よしよし、いい子だな」
ほほ笑みかけて頭を撫でてやれば嬉しそうにふにゃりと怜悧が幼く笑う。
「手ぬるいな、籠に囲って手放したくないならそこが籠だと気がつかせるな。
籠の中が一番安全だと思わせる様な工夫をしろ」
「…カゴの中が…安全…」
「……今のは忘れてくれ、じゃあな」
バーサーカーはそのままどこかに行ってしまった。
「…籠の鳥?ってなんのこと?」
「怜悧は知らなくていいことだ。
まぁ、オレが怜悧をちゃんと守ってやるぜってことかな?」
ぎゅっと怜悧を抱きしめてやれば、照れたように頬を染めながらニコリと笑う。
ああ、可愛い。可愛くて大切な俺のマスター。
この子を危険な目に合わせる全てからオレが守ってやらないと…


「こんなところで待ち伏せされていたなんて…
どうしよう、囲まれて…」
怜悧は俺達の再臨素材を集めるためにフリークエストに来ていた。
何度も来ていたはずのその場所で俺たちは今まさに足止めを食らっている。
今までに出現したことのないライダークラスのドラゴンに襲われている。
怜悧の魔術礼装も戦闘服ではなく、魔術協会の制服で戦闘特化でない上、編成は相性不利のキャスターである緋翠とマシュ、レイリ、バーサーカーといった5人編成。
高火力な攻撃を繰り出せる分被ダメージも大きいバーサーカーをうまく利用するしかない。
「せめてジャンヌか婦長がいてくれたら良かったんだがな…」
「私が盾になります、頑張ります。」
「俺よりバーサーカーの援護をしてくれ、癪だけどあいつがいないと生き残れる気がしない、前線は俺に任せろ」
「鶴お兄ちゃん、マシュの宝具発動まで時間を稼いで!
バーサーカーお兄ちゃんは一番大きいワイバーンを狙って少しでも削って、無理はしないでね」
「了解!リツキ、やるぞ!」
「ぱにゃー!!」
手首につけたブレスレット状の鈴を鳴らせば、リツキがぴょんと俺の肩から離れて本来の姿に戻る。
ビヤーキーは駿馬の神話生物、ワイバーンの速度に捕まりはしない。
空中戦で相手をかく乱している間にバーサーカーが適度に攻撃を入れて体力を削っていく。
もともと攻撃力が高く、的確に相手の急所を狙えるすばやさがあるバーサーカーの攻撃に、敵の数はみるみるうちに減っていき、ようやく残すところあと数体、片手で数えるほどになった頃、瀕死のワイバーンの一体が怜悧に向かって急降下していくのが見えた。
「怜悧!!!」
怜悧が顔を上げる頃には、もう眼前にそれは迫っていて、交わしきれないと悟った怜悧がぎゅっと目を瞑るのが見えた。
失わせるわけには行かない。
そう思った時にはもうリツキから飛び降りていた。
眼前に迫り来るワイバーンの爪の前に身を挺して怜悧を守るように抱きしめた。
引き裂かれる痛みを覚悟したけど、それはいつまでたっても来なかった。
代わりに聞こえたのは背後でワイバーンが絶命する声だけだった。
「…?」
恐る恐る振り返ると、バーサーカーが俺に背を向けてたっていた。
足元には倒したであろうワイバーンの死骸が転がっていた。
「…どうして、俺を庇ったんだ?」
バーサーカーの左手からは血がぼたぼたと垂れていた。
左腕で攻撃をなぎ払って右手でトドメを刺したんだろう。
「…庇う?オレが君を?どうして?」
心底わからないといった様に返されて、釈然としないながらも、実際には助けられたことには変わりがない。
「怜悧、無事か?怪我はしていないか?」
「う、うん…ごめんなさい…お兄ちゃんは大丈夫?」
「たいしたことない、帰ったらすぐに癒える。
君に怪我がなくて良かった」
そう怜悧に告げた口調は少しだけ優しくて、どこか兄を思わせるような優しく安心する声色だった。
「先輩、一度帰りましょう。今なら撤退できるはずです」
「うん、そうだね…」
「…おい、手当くらいはしてやる、見せてみろ」
相性不利のせいか、バーサーカーの攻撃補助に徹していた緋翠が負傷した左腕を治療しようとするが、
「…必要ない」
あいつはそう言ってその手を跳ね除けてそのままレイシフトして先にカルデアに帰還してしまった。
「…なんだよあいつ、せっかく緋翠が直してくれるっていうのに…」
「まぁ。別に直ぐに治る傷だからな。オレが気になるから治そうと思っただけで必要ないならそでれいいさ。」
「鶴お兄ちゃんもごめんなさい…鶴お兄ちゃんは怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。俺もお前から離れすぎていたからな…悪かった」
頭を撫でればやはり怜悧は嬉しそうに微笑んだ。

 


「……ちょっといいか」
「…君は俺のことが嫌いじゃなかったのか?
まぁ話を聞くだけならいいが、手短に頼む」
「…好きか嫌いかなんて…あんたにはどっちでも同じだろ…?
むしろあんたのほうが俺の事を嫌がっているように思えたんだがな。
ほら、レイリに聞いたんだけど甘いもの好きなんだろ?
安心しろ、俺の手つくりじゃない。エミヤに頼んで分けてもらった。
あんたはそんなつもりが無かっただろうけど、結果的には助かった、ありがとう」
「……律儀だな。本当に助けたつもりはなかったんだが…。
たまたま攻撃した相手が君たちを襲おうとしていただけで。」
「これは俺の感情の問題だから別に気持ち悪いと思うなら捨ててくれて構わないさ。
まぁエミヤが作ったクッキーだからレイリと茶会するときに持っていけば喜ばれるだろうけどな。
話はそれだけだ、足を止めて悪かったな」
気恥ずかしさのあまりに足早にその場を去り、両親のいる食堂に向かい、国兄の腰にギュッと抱きついた。
「うん?どうしたんだい?さてはまたなにかやらかしたのか?」
「別に…ちょっとだけ、こうしてていいか?」
「ああ、構わないぜ?」
「ほら、国永のプリンを食うか?」
黒兄が微笑みながらプリンを差し出してくれて、それをぱくっと食べると甘いプリンの味が口の中に広がる。
「…おいしい…」
「何があったか知らないけど、あまり考えすぎないようにな?」
「バーサーカーと一緒に出撃だったんだけどさ…」
「バーサーカーって…茨木か?それともアステリオス?」
「あいつだよあいつ、名無しの仮面のバーサーカー」
「…ああイリヤのことか。あいつがどうかしたのか?」
「イリヤっていうのか?ってか黒兄には名乗ったのかあいつ」
「レイリが仮の名を名付けたらしいな。本人もそれで良いと言っているからそう呼んでいる。」
「…そうなのか…俺も、そう呼んでいいのかな?」
「いいんじゃないか?本人にいやって言われたわけじゃないんだし、バーサーカーもうちには何人もいるからな」
「そうだな、今度呼んでみる。
なぁ国兄…国兄も黒兄も…どこにも行ったりしないよな…
俺を置いて…どこかに行ったり…しないよな?」
「まぁ、ここから変える手段もないしな、君は心配性だな。」
そうやって優しく撫でられる手だけが、俺を残酷な現実から引き戻してくれた。
幸せを感じられる、本のひと時の安らぎの時間。
彼にはその時間は存在しているのだろうかと考えて、やめた。
どうせ俺たちは相容れない。
ならば俺は逆に楽しむ事にしよう。
あいつがどんな選択をしてどんな道を歩むのか…。
その残酷無慈悲なフェアリーテイルの行先を。