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幸福の裏側


五条先輩に手を引かれる。
出口まで、逃げなくちゃ…
でも、いつも手は離される。
僕は茨に捕まって身体を引きちぎられる。
先輩が、何かを叫びながら手を伸ばしたけど、それを確認する頃には僕の頭は胴体から離れている。

そして僕は茨の部屋で新たな魔女になる。
アリアさんが虚ろに茨に囚われた僕を見上げ、茨の海に飲み込まれていく。
いつもそこで目が覚める。
汗をびっしょりかいて、気持ち悪い。
真夜中だけどシャワーを浴びて、キッチンで水を飲もうとコップに水を注いだ時だ。
「怜悧…」
戸口に母さんが立っていた。
母さんは暗い顔でこちらを見ている。
「起こしちゃった?」
「怜悧、どこにも行くな…」
「行かないよ、母さんのそばに居る」
ギュッと母さんを抱き締める。
だけど本当は僕がそうしたいだけ。
朱乃が居ないから、不安定な母さんを利用して自分の恐怖を和らげてる。
最低の息子だ。
母さんの方が大変なのに。
「母さん、母さん…」
子供みたいに泣きじゃくれば母さんは優しく抱きしめてくれる。
「怜悧…生きてる、どこにも行かない?」
「行かないよ、生きてるよ」
僕を撫でながら母さんは生きているのを確かめようと僕の心臓に触れる。
鼓動が伝われば母さんはほっとしたように僕から離れた。
「お前が、いなくなる夢を見た…
鶴でよく見えなかったけど、あの時お前が引き裂かれる音が耳にこびりついて離れないんだ」
「…ごめん、もう危ないことはしないから…」
母さんを落ち着かせて寝かせて、暫く手を繋いでいる。
母さんが眠ったのを確認してそっと手を離す。
自分の部屋に戻ると、真っ暗な部屋であの時のことを思い出す。
ベットに突っ伏してそのまま目を閉じる。
「もうやだよぉ…朱乃…助けてよ…
どうしてそばに居てくれないの…」
母さんの前でも、朱乃の前でも言えない事を涙と一緒に流してしまう。
怖かった、もう二度と会えないんだと思うと。
鶯さんみたく。
そうなったら朱乃は、母さんはどうなるんだろう。
あの時茨に殺された僕の手を繋いでいた五条先輩は…
不安な時、励ましてくれた台霧さんは…
僕1人の死がどれほど影響するかわからないけど、せめてそれが安らかやものであって欲しい。
忘れて欲しくない気持ちと、忘れてほしい気持ちが押し寄せた。
それの何よりも強く頭をよぎったのは朱乃だった。
朱乃は僕がいなくなった後ちゃんと前を向いていられるかな…なんて。
景色がゆっくり過ぎていくみたいに、ほんの一瞬に色んなことを考えた。
頭が、身体が引きちぎられる感覚…
「あ…ああっ…いや、いや、いやだ、いやだいやだいやだ、まだ死にたくない、まだ、まだっ…」
体をぎゅっと丸めて布団を頭からかぶる。
「やだ、助けて、朱乃…しゅのぉ…」
毎晩こうして誰にも届かない声を上げる。



「怜悧、なんか無理してないか?顔色悪い」
「………別に、なんともない」
涼が心配そうにこちらを見る。
でもうまく笑えないし説明もできない。
なんて言えばいいかわからなかった。
僕は死んだんだって…。
「なんとも無い顔してないから聞いてるんだ」
「………放っておいて、今は誰とも話したくない」
涼に八つ当たりして、最低だと思う。
でも止まらなかった。
「今日、早退する。」
「そうしろ、代返はしといてやる」
そう言った涼と別れ、帰り道をトボトボ歩いた。
母さんは五条先輩の家に預けてる。
このまま家に帰れば今は一人。
僕は大学の講義が終わる時間まで部屋でカッターを手首に当てた。
すーっと赤い筋の内側から這い出でるように溢れ出る。
不思議と痛みはない。
もう1度、やはり痛みは感じない。
「やっぱり、死んでるの?」
手首から溢れる真っ赤な血も、何もかもが気持ち悪い。
僕の体に灯る青い炎がまだ僕を好き勝手している気がして。
「や、だ…助けて、誰か…朱乃…」
何度呼んでも朱乃は助けに来てくれない。
でも、自分からこの状態を話す気は無い。
もうこれ以上朱乃に心配はかけたくない。
だから、僕は1人で耐える。
いつも通り笑って、いつも通りに振る舞う。
ただ、それだけ。
僕は死者、心も体も一度死んだ。
あの時僕はやはり生き返るべきではなかった。
失ったものは戻らない、その摂理を歪めるべきではなかった。
「だめだね、僕は…」
母さんが、朱乃が、恋しくて堪らなかった。
僕が居なくなっても、母さんは、朱乃は、鶯さんのように哀しんでくれた?
疑問が次々に湧き出て欝になる。
僕は朱乃の番号をコールした。
講義中なのか朱乃は電話に出なかった。
「朱乃………」
留守電に繋がったけど何を言えばいいか判らなくて電話を切った。
こんな状態で会えば心配させてしまうから。
手首の傷跡は日に日に増えていく。
そろそろ半袖の時期だから自重しないといけないけど、出来そうにない。
もう全てがどうでも良くなって、僕はそのまま眠ってしまった。


意識の外で携帯が鳴ってる。
とらなきゃ…と思うのに体が言うことを聞いてくれない。
体が重たいし、寒気がする。
出血し過ぎて体温が下がったのかとも思ったが、深くは切ったが血は少なかった。
「風邪かな…」
そういえば昨日シャワーを浴びて髪も乾かさずそのまま眠ってしまったからかもしれない。
気だるい身体を起こし、スマホを見る。
着信表示のランプが点滅していた。
朱乃から不在着信が20件程と大量のLINEが来ていた。
全てが大丈夫か?何かあったか?いまどこだ?等僕を心配するような内容ばかり。
そして五条先輩からもLINEが入ってた。
気が付けば8時を過ぎていて、帰りが遅い僕を母さんが心配してるという内容だった。
「迎えに行かなきゃ…かあさん…もう心配かけたくない…」
そう思うも体が重い。
とりあえず朱乃に電話する。
『怜悧!?どうした?何かあったのか?
今外泊許可貰ったから帰るとこだ』
「ごめん……具合、悪くて…早退して寝てたらこんな時間に……母さん、迎えに行かないと…」
『いい、俺が行く。
お前は寝てろ、薬は飲んだか?飯は?』
「たべ、てない…」
『判った、全部俺に任せろ
大丈夫、すぐ帰るからな…』
電話はそれで切れた。
僕の意識もそこで途切れた。


虫の這いずる感触、嫌に響く羽音。
もう見なれた、夢の繰り返し。
「いや、いやぁぁぁ…
死にたくない、助けて!かあさん!朱乃!」
じたばた暴れても茨がくい込んで体を傷つけるだけで、体がミシミシと締め上げられる。
「い、たい、いたいいたいいたい!」
だれもなにも届かない場所でひとりで死んでいく。
視界がぐらつき、骨が砕ける音がした。
「や、だ………かあ、さん……」



母さんを迎えに行き、薬局で薬を買う。
真っ暗で明かりも点けていない家の戸は鍵もかかっていなかった。
「不用心だな…」
中に入り、電気をつける。
乱雑に散らばった救急箱から消毒液、ガーゼ、脱脂綿、包帯がなくなってる。
「怜悧、怪我してるのか?」
母さんには黙っていた方がいいと思い、救急箱を片付ける。
「朱乃、怜悧は…?」
「ああ、今見てくる」
夕飯は時間も時間だから適当に買ってきた。
怜悧のお粥を温めておくように頼み、2階へ上がる。
「怜悧?」
怜悧は死んだように眠ってた。
うつ伏せになり、投げたされた手がベットから垂れて、包帯が巻かれていた。
「怜悧、帰ったぞ」
怜悧の体を抱き起こして仰向けにしてやる。
死人みたいに青ざめた怜悧にギョッとした。
慌てて死んでないか確かめるために額を合わせるといやに熱い。
体温計を差し込めば高熱が表示された。
「……ぅ、あ…やだ、しに、たくな……」
うわ言を繰り返す怜悧。
やだやだと、弱々しく漏らす声にきつく怜悧を抱きしめた。
「怜悧、起きろ」
「あ、ああっ………しゅ、の……?」
目を開いた怜悧が、虚ろな目で俺を見た。
「朱乃!朱乃!」
怜悧が必死にしがみついてくる。
何があったか、俺にはわからない。
ただ、怯える怜悧を安心させたかった。
「大丈夫だ、俺はここにいる」
「ぼく、は?僕はここに居る?生きてる?」
「ああ、怜悧は俺の腕の中でちゃんと生きてる」
怜悧はほっとした様子で暫く俺から離れようとしなかった。
母さんが様子を見に来たけど、何か知っているようだったが何も教えてはくれなかった。
俺はまた、肝心な時に側に居れない。

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