「拙僧には兄弟刀が二振り居るが、いずれも良き刀。主殿の力となり得よう」
「僕達には弟刀が居るんですけど、彼は生まれが特殊で……。主さん、いじめないで下さいね? 闇討ちなんて嫌ですよ」
そのように同じ刀工から生まれた刀達は言っていた。
兄弟ならばなるべく一緒に居させてやりたい、と願うのは人間の傲慢か。
そうして鍛刀され顕現したのは金髪に翠の目が美しい刀で。
「山姥切国広だ。……何だその目は。写しというのが気になると?」
大層卑屈な性格をしていた。
深く被ったボロ布は己を隠す盾だとでも言うのか。
前髪も長く、目線が通らないのも気に入らない理由の一つだった。
「俺がこの本丸の主、緋翠だ。写しとして見て等居ないから安心しろ」
あと目つきが悪いのは元々だ、と言っても彼の態度は変わりそうも無い。
かなり緊張している様子が窺えた。
「お前にはこれから、俺の刀として戦場に出て貰う事になる。だが先に兄弟刀に――」
「ふ……化け物切りの刀そのものならともかく、写しに霊力を期待してどうするんだ?」
言葉を遮ってまで自分を卑下する言葉に、緋翠は自分の目端が細くなるのを感じた。
まだその本分を発揮した訳でも無いのに何故、そこまで言うのかと。
そうして彼が己を卑下する度、彼にまとわりつく糸が見える。
それは言霊。
力のあるモノが使えば縛りを与える見えずの糸。
「なあ」
「……何だ?」
「お前は足利城主長尾顕長の依頼で打たれたんだよな」
「ああそうだ。……山姥切の写しとしてな。だが、俺は偽物なんかじゃない、国広の第一の傑作なんだ……!」
絞り出すかのように言われた言葉に、緋翠は嗤った。
嗤い、嘲笑い、笑う。
写し写しと、写しが何だというのか。
だが山姥切国広は何も言わず、笑われるままにしている。
気に入らない。
「山姥切国広、来い」
鍛刀部屋の入り口を出ればすぐそこに三日月宗近が控えていたが、緋翠はそれを目で止めた。
着いてくるなと。
前だけを見据えて山姥切が後を着いてくるを疑わない姿勢に迷う。
が、足は自然と緋翠の後を追っていた。
古式な日本家屋の中をぐるぐる、ぐるぐると巡っていく。
まるで狐に化かされている気分になるほど長い廊下を歩いた先、一つの離れがあった。
「おいで。お前に一つ、秘密を教えてあげよう」
顕現して間もない自分に何故?と思ってもその声には逆らえない。
そうして離れの中に入ると、四隅に灯った蝋燭と壁一面に張られた札に怖気が走った。
ばたん、後ろで扉の閉じる音に肩が跳ねる。
観音開きの扉は緋翠の手に寄って閉じられ、そこにも札が貼られていく。
山姥切はそこで、己が本科では無かった故に折られるのだと思った。
「ここで刀解するのか、随分慎重に封じをするんだな。そんな事をしなくてもあんたを恨んだりしない」
帯刀していた刀を振り返った緋翠の手に預け、自分はその場に座して眼を閉じた。
反抗の意思はなく、いつ刀解してくれても構わないと態度で示す。
「……卑屈な割に実直なんだな」
「俺には俺の誇りがある。国広第一の傑作だという誇りが」
「なら、何故そんなに己を卑下する」
「あんたには分からない。俺は俺だと証明したいのに、常に本科と比べられる俺の気持ちなぞ……」
「……では、お前には。お前という写しが居る本科の気持ちは、分かるのか?」
問われた意味が分からず顔を上げれば、翠の目が冷徹に見下ろしていた。
表情というモノを一切無くし、人形のようですらあるそれに札を見た時と同じく怖気が走る。
何かが違う。
「天空、此れへ」
宙に手をやった緋翠の手を、しかし掴むモノがあった。
ふわりと降り立つように姿を現したのは白く艶やかな長髪をまとう緋翠と瓜二つの何か。
「まんば、お前にだけ特別だ」
緋翠はイタズラな笑みを浮かべて口の前に指を一本立ててみせる。
この段でようやく刀解では無かったのか、と疑問を打ち立てた。
天空、と呼ばれた緋翠と瓜二つの何かは同じ笑みを浮かべ、橙色の瞳を光らせていた。
霊力や気配は同じなのに、これは魔性の類いだと思い至る。
「俺の式神、天空だ。これはお前で言う写しになる」
「まあ私は主と比べられた事は無いから、お前の気持ちとやらは分からんがな」
左右に同じ声、違う色、同じ気配、違う存在。
刀を預けていた事を今更後悔した。
よもやあやかしに化かされるなど思いも付かなかったのだ。
「そう硬くなるな。何も取って食おうって訳じゃ無い、ただお前が不憫でな」
「否、不憫ではないな。怒り……憤りとでも言えるか。何故そう本科を、山姥切である事を恐れる?」
「俺は……何も恐ろしくなんかない!」
「「本当に?」」
二重に掛けられる言葉、瞳、笑みが問う。
気色の悪いまやかしだと切ってしまえたらどれだけ良い事か。
「ではどうしろと? 山姥切の写しとして生を与えられた俺にどうしろと言いたいんだ」
「"写し"と言って己を貶めているのも、縛っているのも。お前では無いか」
きょとんとした顔で白い方の緋翠に言われ、山姥切は突然に人間染みた表情を見せられた事に混乱した。
刀を持っている緋色の緋翠は能面のような表情を保ち人形染みている為、どちらが本当の主なのか分からなくなる。
不意に白い方が刀を手に取り、刀身を抜き出した。
「山姥切国広、良い刀じゃないか。綺麗な刀身をしている。それこそあやかしすら切れそうな程、な」
言い終わると同時に空を斬るように何度か振ると、しゃらりと涼やかな音が響く。
刀自体に飾りがある訳では無く、いつの間にか刀身に糸が絡んでいた。
よく見てみるとその糸は四方から伸びて居たようで、その全てが山姥切国広の身体に絡んでいたようだ。
それが何かを確認する前に、緋色の方が手を伸ばして山姥切国広を抱きしめる。
「お前は自分が半端物だと思っているようだが、成らずの者、為れずの者で何が悪い。お前はお前だ」
山姥切の頭に被っていたボロ布をサラリと落とし、目と目を合わせてきた。
翠の瞳は強い意志の光で燃えていて、ともすれば表情は怒りで満ちている。
「お前は山姥切の写しとして作られたが、国広第一の傑作で、俺の刀だ。他に同じ刀が居たとて、お前だけが俺のモノだ」
「だが、刀などいつかは折れるだろう。審神者のあんたは二振り目を顕現するんだろ? それは"俺"じゃない」
「二振り目? そんな物は要らん。お前だけだ。いつか折れたとてお前が望まずとも、俺は二振り目に"お前"を卸す」
低級とは言え神を思い通りにする、と厚顔不遜な態度は山姥切国広にとって初めての事だった。
そうして自分自身が求められた事も、初めての事。
「もし、本科が鍛刀されたら……」
「それはそれ、お前はお前だろう? 似てると思いはするだろうが、同じ物扱いや比較がしたい訳じゃ無い」
「……あんた、いつか神罰が下るぞ」
「それこそ知った事では無いな」
屈託無く笑い、抱きしめる力を込めてくる。
己とは違う人の体温と優しい手付きに、酷く安心した。
「直接的な言葉が欲しいならこう言おうか、お前が欲しい」
白い方の緋翠が背後で笑む。
だが、緋色髪の翠目を和ませて笑うのが主だともう見間違わない。