書庫で次の作戦に使う本をフィオルと探しに来ていたロゼットは、たまたま居合わせたクレイハウンドと口論になった結果、部屋を出ていこうとしたクレイハウンドが本に躓いて、ロゼットたちを巻き込んで盛大に転けた。

そこで額を切ったクレイハウンドと、手を切ったロゼットを無傷のフィオルが医務室につれてきた。
「失礼します。」
ドアをあけて、フィオルとロゼットは固まった。
後ろにいたクレイハウンドが怪訝そうに二人をみて、ようやく医務室をのぞいて、ぎょっとした。
「やぁ、ロゼットにフィオルじゃないか!」
紅茶のカップをもったまま、こちらに笑顔を向ける青年こそ騎兵隊隊長レイリ・クラインだった。
レイリのそばには桜色の髪の少女がお盆を持って立っていた。
「医務室に用かい?ならリラに看て貰うといいよ。
彼女はとても優秀の看護士だからね。」
「そんな、大げさですよ。
けが人の方はどちらです?」
リラ、と呼ばれた少女はにこっと笑った。
「彼らです。」
フィオルが苦笑いして一歩下がり、二人は顔を見合わせて、またそらした。
「仲がいいんだね。」
「違います!こいつが一方的に…」
「何だと!それはこっちの台詞…」「君たち、ちょっと落ち着いた方が…」
喧嘩を始める二人をなだめるフィオル。
それをリラとレイリは微笑まし気にみていた。
「じゃあ、消毒しますね。」
リラは脱脂綿に消毒液を染みさせて傷口をふいていく。
「うっ…」
「染みます?」
「大丈夫、です。」
リラはにこっと笑った。
「そうです?じゃあ続けますね。
痛かったらいってください?」
リラは手早く消毒してガーゼを張り付けた。
クレイハウンドより軽傷のロゼットも同様に消毒して包帯を綺麗に巻いた。
「はい、できましたよ。」
にっこりと笑う笑顔には気品があふれて、クレイハウンドは頬を赤くして下を向いた。
「優秀だろ?彼女は。」
いつのまにかレイリは頬杖をつきながらにこにこと二人を見ていた。
「私なんてまだ見習いですよ。
学園長のご厚意で、ここで修行させていただいてる身ですし。」
「リラさんは騎兵隊所属ではないのですか?」
クレイハウンドが首を傾げると、リラは困ったように笑った。
「妹は騎兵隊所属ですよ。
本当は私もそのつもりだったんですが、生憎身体があまり丈夫じゃなくて…それで隊長さんの伝手でこちらを紹介していただいたんです。」
「リラみたいな優秀な看護士が居てくれたら大助かりだけどね。
彼女は高名な貴族の一人娘でね、安全が保障できない我が隊では半分しか預かれなかったんだよ。」
意味深にカップに口を付けると、レイリはフィオルをちらりとみた。
「一人娘?ですが今妹と…。」
ロゼットが首を傾げる。
「魔憑きですか。」
フィオルがぽつりとつぶやいたのをレイリは聞き逃さなかった。
「魔憑きは歓迎されないからね、特に貴族の間では。」
一瞬言葉に詰まったフィオルに、ロゼットが不安そうに見上げて首を傾げる。
その様子にフィオルがはっとして微笑む。
それ以上は口にしてはいけない気がして、二人は黙り込んだ。
「そういえば、レイリさんはどうしてここに?」
不意に疑問に思った事をロゼットがぽろりと口にした。
「え、ああ…このまま帰ってもまた山積みの仕事があると思うと、ね…。」
そういって嫌そうに目を窓の外にむけた。
「隊長さんはお迎えを待っているんですよね?」
リラがにこにこ笑うと、ちょうどよくドアがノックされた。
「隊長、居らっしゃいますか?」
扉を開けたのはレイリがもっとも信頼する人物であり、騎兵隊副隊長のシュノ・ヴィラスだった。
騎兵隊の2トップがそろい、クレイハウンドは目を輝かせた。
「シュノさん、いらっしゃい。」
にっこり笑うリラにシュノは軽く微笑んで、レイリの襟首を掴んだ。
「俺言ったよな、仕事が山ほどあるから講義が終わったらさっさと戻れって。」
「さっさととは言ったけど、まっすぐとは言わなかったよ。」
「揚げ足とるな。」
目の前で繰り広げられる夫婦漫才に、クレイハウンドはフィオルをみた。
「ああ、君は初見だったか。」
苦笑して、フィオルはクレイハウンドに耳打ちした。
「彼等は、恋人同士だからね。」
「なっ…!?」
クレイハウンドが何か言う前に、シュノがレイリに手を伸ばす。
「君が迎えに来るのを待ってたんだよ。」
「調子いい奴、邪魔して悪かったねリラ。」
「いえ、いつでも歓迎ですよ。
私の可愛いエヴァがお世話になってますから。」
レイリの様に、のほほんと笑う彼女は、去っていく二人に手を振った。
「それじゃあ私たちも失礼しようか。」
「そうだね、作戦の続きも考えなきゃ。」
自然な流れでフィオルがロゼットの手を取ろうとしたのに気付き、クレイハウンドはあえて二人の真ん中を貫いた。
「僕の存在を忘れるな!」
「ふふ、三人とも仲がいいんです?」
「まさか!」
「ありえない!」
真っ赤になって振り向いたロゼットとクレイハウンドに、フィオルは、やれやれ…といった様子で肩をすぼめて見せた。
「私は妹に嫌われているので羨ましいです。」
「リラさんの様な優しい方がですか?」
「えぇ…一方的に避けられていて、どうしたらいいか…。
何がいけなかったんでしょう?」
のんびりとした口調でつぶやくリラからは、その状況すら楽しんでいるようだった。
彼女はレイリ隊長と同じ、妙にあざとい所がある。
ただ彼女の場合それが無垢なものだというだけだ。
「敵に回したくない人物が増えたようだね。」
フィオルは誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「フィオル、どうかした?」
なんだか妙に落ち着かないフィオルをロゼットが首を傾げながら見上げた。
「何でもないよ。」
そう言って、ぎゅっと手を握った。
ロゼットの頬がほんのり赤くなる。
「いつか、私たちも彼等の様になれるだろうか。」
「…レイリさん達は自重しなさ過ぎ。」
「そうだね、でも私は何でも言い合えて信頼しあってる彼らを羨ましく思うよ。」
「それは…そうだけど。
じゃあフィオルも俺に何でも言えばいいと思うよ。」
照れたように、だんだん語尾が小さくなるロゼットの手を、フィオルはきつくにぎった。
「なら一つ、たまにはこうして手を繋ごうか。」


「ラブラブな所申し訳ないが、僕の存在を忘れてないか?」


ふいに発せられた聞き慣れた声に振り返る。
そこにはもの凄い顔でこちらをにらむクレイハウンドがいた。
「忘れてないさ、早く書庫に戻ろう。」
「…それではリラさん、手当ありがとうございました。」
三人はあわただしく医務室を出、リラは手を振って見送った。


「あらあら、これは面白いことになりそうですね。」
一人、にっこりと笑い、誰もいない空間を見つめた。
「貴女もそう思いません?エヴァ。」
「他人事など興味はない。
私はタウを探しに来ただけだ。」
「灰猫さんならこちらには居ませんよ?
おそらくは先ほどの三人組と一緒でしょう。」
すると、チッと舌打ちが聞こえて気配が消えた。
「ふふ、まだまだですね?」
そう言ってリラがあけた窓の外側には、綺麗な小皿とカップが置かれていた。