鏡に映るのは、ふにゃふにゃと波打つ白くて長い髪に、目尻が下がり気味の丸くて赤い目。
さがってる眉は困ってるわけじゃないのに、困ってるみたい。
それが私、ヴィオレの見た目。

「ヴィーの髪の毛はふわふわしてて、柔らかいし気持ち好いね」

哀が笑いながら口にする。
でも、私は哀と同じ真っ直ぐな髪が良かったの。

「ヴィーの目ってまん丸で、垂れ気味でかーわいいーよね」

ロードが機嫌良くほっぺたをつんつんしながら言う。
でも、私はロードと同じ猫さんみたいなお目々が良かったの。

「ヴィーは肌白いんだな。哀も白いけど、それとは違う白さってやつか」

ティキが驚いた顔をして首を傾げる。
でも、私はティキみたいなお日様に当たって良い肌が良かったの。
お日様にいっぱい当たって、お花を摘んでいたいの。
教えて貰ったお花の輪っかをつくって、お昼寝をしてみたいの。
出来ないから、それをしてみたいと思う。
哀に話したら、悲しそうにごめんねって言われた。
身体が弱いからベッドから起き上がれなくて、眠る事も多い哀。
哀の側に居るから出来ないんだって思ったみたいで、そうじゃないよって首を振った。

「おにいちゃんと、違うけど、おにいちゃんと、同じだから、嬉しい」

お日様は肌が痛くて赤くなって、あんまり当たると火傷しちゃうから。
明るいところを見過ぎると目が熱くなって、涙が止まらなくなっちゃうから。
違うけど、同じだねって言ったら哀は笑ってくれた。
私の服は最近、ロードが哀とお揃いのものを着せてくれる。
ロードが好きなのはゴシックロリータなんだけど、私達にはロリータ系が似合うって。
ロリータ系が何かはよく分からないけど、白くてふわふわして、可愛いの。

「ヴィー、髪の毛結ってあげる。おいで?」
「ん!」

おにいちゃんは調子が良いと、そう言って私の髪を結ってくれる。
三つ編みだったり、頭の上に一つだったり。
でも顔の横は垂らすように、いつも残してる。
どうしてここは縛らないの?って聞いたら、

「邪魔だった? ごめんね、一緒にくくってあげる」
「ううん、違うの。おにいちゃんが遊んでくれるの、好き。どうしてかなって、思っただけ」

哀が好きならずっとそのままで良い、哀が好きなようにして欲しい。
でも何かあるのかなって、気になるの。
他のところみたいに縛りづらい?
それなら短くした方が良いのかなって。
けど哀は、目をぱちぱちさせてから笑う。

「あのね、ここを残してると本当にヒツジさんみたいだなって。ヴィーに似合ってて可愛いから」

頭を撫でながらかわいいって言ってくれて、嬉しくなった。
哀が笑うとうれしくて、胸がぽかぽかするの。
大好きなおにいちゃんと一緒に居られて、時々夢じゃないかなって怖くなる。
でも、哀は必ず側にいて、静かに寝てる所を見ると安心できた。
起きていると優しい声で、えほんをいっぱい読んでくれた。
眠っていても私の子守歌は聞こえてたって、嬉しかったよって言ってくれる。

「すっかり懐いてるよねぇ、ヴィオレってば」
「なつく??」

哀が起きて居る時間が少しずつ長くなって、ティキに抱っこされながらお庭を散歩してる時だった。
ロードは部屋に置いたテーブル一杯にお菓子を持ってきてくれて、哀が戻ってくるまで食べないで待ってるの。
なつくってなんだろう、一緒に居て良いって事かな。

「哀が好きだねーってこと」
「ん、おにいちゃん、好き」
「ヴィオレのお陰で安定してるみたいだし、良い事なんだけど……」
「?」

むすっとした顔でテーブルに肘を突いて、両足をぷらぷら。
どうしたのかなって気になるけど、ロードが何かを言うまで私は膝に手を置いて大人しくする。
足をぷらぷらするのはちょっと楽しそうだけど、何かに当たると困るから見てるだけ。

「ヴィオレって何なんだろうねー?」
「なん、なぁに?」
「んー、アクマ達に近い気配だけど違うしぃ……でも嫌な感じはしない、人間でもないしぃ……」
「にんげ??」

人間って、人って、動物じゃない人の事だよね。
私のことをヒツジって言うけど、私は本当にヒツジさんだったのかな。
悪魔、は司祭様が聖書に書かれてる怖いもので、人間を堕落させるんだってよく言ってたあれかな。
ロードが言う事は難しくて、よく分からない。
私、私は人間じゃないのかな。
不安になってロードを見上げてたら、ニヤニヤといつものように笑い始めた。

「良かったねぇ、人間じゃなくて。僕、人間は嫌いだからさー」
「……えと、えっと、ロードは人きらいなの?」
「うん、大っ嫌い。殺したいくらい嫌いだよー」

にっこり、笑顔で口にする。
ころすって、痛いことだよね。
それも嫌だけど、でも、嫌いだって言われる方がずっと怖くて。
泣きそうになった所でティキと哀が戻ってきて、ティキがロードの頭を小突く。

「何泣かせてんだよ、哀が怒るぞ」
「ぶー、哀は優しいから怒りませんー! あと泣いてませんー!」
「ヴィー、どうしたの? 何があったの?」

ベッドに降ろされながら手を伸ばしてくれる哀に近寄って、頭を横に振る。
ロードは何もしていなくて、私が勝手に泣きそうになったんだって言いたくて。
頭を撫でてくれる哀の手に、気持ちが落ち着いてくる。

「あの、ロードのきらい、教えてもらって……」
「自分がそうかもって、思っちゃった?」
「ん、ん……」
「あれ、そうなの?」

一生懸命頷く私に、驚いた顔で私を見てくるロードと、そんなロードをジト目で見るティキ。
哀はぎゅうって、背中に手を回して抱き締めてくれた。
少し高い体温に安心したけど、すぐに具合が悪くなったんじゃないかなって心配になる。
涙目になったまま見上げたら、哀が笑って首を傾げてた。

「僕もロードも、ティキも、ヴィーが好きだよ。ね?」
「え? あ、まあ、嫌いではねぇな」
「うん、ヴィーは好きだよー」

驚いた顔でティキが、ニヤニヤ笑ってロードが、優しい笑顔で哀が口にする。
嬉しくて、胸がぽかぽかで、嬉しいから、笑って頷いた。

「わたしも、好き、大好き」

ありがとうって、哀にほっぺたをすりすりして、一緒にベッドにころんて寝っ転がる。
今日は哀はたくさん起きてたから、そろそろ寝るのかも知れない。
お菓子が食べられないのは残念だけど、いっぱいぎゅうってしてもらえたから嬉しい。
さっきまでの怖い気持ちがなくなって、胸がぽかぽか。
そのまま寝るのかなって思ってたら、哀が私の肩をとんとんって叩いた。

「そういえば、ヴィーの年齢が分かったよ」
「ねんれ? 何才?」
「6才みたい。僕は7才だから、一つ下なんだね」

小さいから分からなかったよって笑う。
私は小さいんだ、っていうのと、哀のひとつしたっていう驚きに目をぱちぱち。
でも妹は年下のことを言うし、小さいのは可愛いから良いんだよって頭を撫でて貰った。
これからいっぱい食べて、眠ったら、大きくなれるらしいから、楽しみ。



真っ暗な部屋の中。
部屋の真ん中に置かれた長台に、べったりと、痺れて動けない体をくっつける。
両手は右と左に、針で刺されて、足も両方同じ。
痺れて、痛くて、苦しくて。
最初は声を上げてたけど、変なおクスリを飲まされてからは頭がぐるぐる、ぐちゃぐちゃで。

「カナリア、何故ノアと共に居たのです?」

暗い、暗い、部屋に怖い声が響いてくる。
のあって何、かなりあって何、知らない、分からない、怖い。
おにいちゃん、怖いの、おにいちゃん。
ぎゅってして、あたまをなでて、ヴィーってよんで、いっしょにいて。
おにいちゃん、おにいちゃん、ごめんなさい。
私が、そばをはなれたから、おくれたから、いなくなっちゃった。
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ、いたくて、くるしくて、こわくて。

「答えなさい、カナリア。何故ノアと共に居たのですか」
「かな……ちが、ヴぃ……お、ひつじ……」

涙がぽろぽろ、後から後から出てくるけどどうする事も出来なくて。
嬉しかったの、初めてもらった私だけのもの。
だから違うもので呼んで欲しくなくて、口が動かないけど、それだけは言う。
何度も声は聞こえてきて、そのうち何も分からなくなって。
私を抱き締めてくれる熱も、頭を撫でてくれる手も、温かい声もない。
私には、何もなくて。
私には、何もないから。
良いなあアノ子。
優しい家族も、温かい手も、明るい部屋も、幸せな思い出もあるの。
私はアノ子じゃないから持ってなくて、アノ子は私と違うから持っている。
うらやましいけど、でも、アノ子が幸せそうに笑うと、私は嬉しいかも知れない。
だから、良い。
暗くて、怖くて、痛くて、苦しいけど、アノ子が笑ってくれるなら、私には何も無くて良い。
目の前が、暗くて、深い、霧に包まれていった。