おそらをながめて、
きょうもことりはうたいます。


いなくなった、あにをよぶうたを。




「おにいちゃん!!おにいちゃん!!」

家が燃えてる。
ごうごうと、音を鳴らして。
家の中にはまだ兄が居る。
この家でただ一人、僕を楓として扱ってくれた、優しくて大好きな兄。
燃える屋敷の縁側にまわり、兄の部屋に向かうと、布団の周りは既に火が燃えたぎってる。
そこに横たわる小さな子供。
大好きな双子の兄、哀。
「哀ッ!」
駆け寄ろうとすると、炎が大きくなって…
そして、そこで僕の記憶が途切れた。

「起きなさい、神宮楓」

気が付くと、ベットの上に寝かされていて僕の体には沢山の管が刺さっていて、痛みは感じなくて意識もぼんやりする。
ただ、これから何が起こるかは理解していた。
「検査はまだ途中だと言うのに、寝られると困るんだよ」
そう言って注射器を取り出した。
「いや、いや、たすけて、おにいちゃん!
たすけてっ」
泣き喚いても、体はピクリとも動かなくて…
「泣いても誰も助けに来ない。
君の兄は死んだんだ、アクマに殺された。
憎いだろ?憎め、アクマを。
大好きな兄を殺したアクマを憎むんだ」
「あ、くま……あい、しんで……
いや、ちがう、うそ、うそだ!!
あいは、あいはしんでない!うそだぁぁぁ!!」
僕の叫び声と共に繋がっていた管がどんどん破裂していく。
大人たちが何やら慌てて何かを叫んでいた。
「鎮静剤を早く!」
誰かが叫んで、視界がぐにゃりと歪んで…


いつもそこで記憶が途切れる。



けんさの時間以外は好きにしていい時間。
と言っても食事の時間とほんの少しの自由時間と、寝る前のお散歩の時間だけ。
「楓くん?お隣いい?」
出された食事をぼんやり眺めていると、隣から声がした。
「リナリーもこれからごはん?」
「そうなの、だから一緒にどうかなって」
暗い目をしたリナリー。
何かあったんだと思う。
「うん。いいよ。
リナリーは、最近どう?」
「ん、変わらないよ、全然変わらない」
「そう、僕も変わらない」
「そういえばね、新しいエクソシストが来たんだよ。
私たちよりちょっと年上みたい。
楓くんは、もう会った?」
「新しいエクソシスト?」
首を傾げるとリナリーは少しだけ微笑んだ。
「そう、楓くんと同じ日本人って言ってたよ。
名前は……たしか」
「神宮楓。ここにいたのか」
リナリーの声を遮る嫌な声に体が震えた。
「あっ……」
「君に会わせたい人が居てね、一緒に来てもらおう」
長官は僕の手を掴んで、有無を言わせず席から引きずり下ろした。
「ひっ……いや、いやだ…」
「いいから来なさい」
そう言われて、無理矢理手を引いて食堂から連れ出された。
「やだぁ、こわい、ひっく、おにいちゃん、たすけて」
ぐすぐすと泣きながら長官に半ば引きずられるように連れられたのはへブラスカの間だった。
心臓にイノセンスが寄生してる事から、教団に初めてきた時にここに通された。
でも、心臓のイノセンスは欠片のような小さなもので、それだけで個のイノセンスとして認められないと言われた。
エクソシストではない、戦えない、なのにイノセンスが心臓を動かしてる。
その場所には、どこか見覚えがある大人と、僕より少し年上の子供が一緒に居た。
「ティエドール元帥、こちらが話をした例の子供です。
心臓のイノセンスは未だ安定せず、検査は次の段階へ移行することになりました。
彼を弟子として連れていき、イノセンスを覚醒させて頂きたい」
「でも、その子まだエクソシストじゃないんでショ?
そんな子供を連れ歩くのはねぇ…」
ティエドールと言われた大人の人が渋り出すと、隣の子供が持っていたイノセンスが突然光出した。
「師匠っ」
子供が声を上げると、イノセンスは真っ直ぐ僕の方に飛んできた。
「ひっ!」
べしゃりと尻もちを着いた途端、検査着の間からポロリと落ちた扇子。
哀に貰った、形見の扇子にイノセンスが吸い込まれるように消えていった。
「今のは?」
「あ、い……」
震える手で扇子を触ると、突然それが大きくなった。
僕の体の半分くらいの大きさになった。
「イノセンスが…発動した、だと!
ヘブラスカ!今すぐ神宮楓のイノセンスを調べるんだ」
ヘブラスカの手がイノセンスと僕の適合率を図る為に二対の扇と僕を包み込んだ。
あったかいひかり。
心地よくて、安心する。
「……このイノセンスと、神宮楓の適合率は52%
神宮楓のイノセンスはこの装備型のイノセンスの方の様だ……
欠片のイノセンスがこのイノセンスに強く反応している」
欠片のイノセンスは扇のイノセンスに反応して初めて適合し始めていた。
「つまり二つのイノセンスに適合しているということか?」
「いや……欠片はあくまでブースターのような役割、イノセンスから個の力はやはり感じない。
ただ、何らかの役割は持っているはず…
神宮楓、この子はいつか白き救済者となるだろう」
白き、救済者……
大切な、何より大切な、命より大切な兄を救えなかったのに?
僕はヘブラスカから解放されて床に降ろされた。
「はっ、かは……ひゅ…」
極度の緊張と混乱から息が出来なくて、頭がクラクラしてる。
「た、すけっ……かひゅ、おにい、ちゃ……」
近くにいた子供に縋り付くように手を伸ばす。
子供はどこか戸惑ったように自分の師匠を見上げた。
「神宮楓に新たなイノセンス…
これは、また検査をしなおさなければ!」
長官がこちらに近寄るのが怖くて、ボロボロ涙を零しながら首を振った。
「悪いが、この子はもう私の弟子になったのだから私が責任をもって面倒を見るよ。
ユーくん、兄弟子としてその子を連れてきなさい」
子供は、ムッとして師匠をみあげると、舌打ちして僕を支えるように起こした。
「たてるか?」
「ひぐっ、うっ、はぁ……はぁ…」
ギュッとしがみついて、震える手足をなんとか立ち上がらせる。
「あい……?」
「あい?違う、俺はあいじゃない」
その子の近くにいると、不思議と呼吸が落ち着いてきた。
あったかい、ずっとずっとこのままでいたい。
「おい、寝るな!」
「ふぁ!ごめんなさいっ」
無意識に怒られたと思った僕はその場しゃがみこみ、小さな手で耳を塞いだ。
「やめて、いいこにするから、いたいことしないで、ごめんなさい、ごめんなさい、たすけて、おにいちゃん、こわいよぉ」
あまりに僕が震えてると、優しくて大きな手が僕を抱き上げた。
背中を優しく撫でて、大丈夫だと言ってくれた。
「楓くん、だったかな?
君は、今日から私の弟子だ。いいね?」
「また、こわいことするの?」
「暫くは私とこの子と一緒にイノセンスの発動を安定させる訓練をするよ。
痛くは無いけど、疲れはするかな
彼は君の兄弟子の神田ユウ。
困ったことがあれば彼に聞くといい」
「おい、なんでそうなる!」
ユウと呼ばれた子供が講義の声を上げた。
「君は楓くんより年上なんだから、新入りの面倒くらい見ないとダメでしょ
とりあえず、この子は預かるよ」
僕の師匠、ティエドール元帥と兄弟子である神田ユウとの初めての出会いだった。



それからというもの、毎日の検査から定期的な検査に変わり、空いた時間は師匠がイノセンスを発動させる訓練をしてくれた。
何度やっても上手く出来なくて泣きじゃくる僕を、怒ったりしないで優しく頭撫でてくれた。
優しくて、僕はすぐ師匠が大好きになった。
兄弟子のユウは気難しい性格なのか、いつも機嫌悪そうで、近寄り難い印象があった。
それでも、僕が泣いてるといつの間にかそばに居てくれる。
声を掛けたり何かをするわけじゃなく、黙って泣き止むまで寄り添ってくれた。
それが心地よくて嬉しかった。
「ユウ、ユウはおにいちゃんみたいだね」
「は?いきなり何をいいだすんだ」
「僕ね。双子のおにいちゃんが居たの。
哀は、身体がすごく弱くて寝たきりだった。
長く生きられないから哀の代わりに家を継がなきゃ行けなくて、僕頑張ったけど誰も褒めてくれなかった…哀だけが僕を褒めて、可愛がってくれて、大好きだった」
ユウは六幻の手入れをしながら黙って聞いている。
「優しくて穏やかでいつもにこにこ笑ってて…だから哀の為ならなんでもしようって、誰も認めてくれなくても哀が喜んでくれたらなんでも出来るって思った。
だけど、哀はもう居ない……
家が火事になって、動けない哀は屋敷と一緒に燃えちゃった……」
ぽつぽつと言葉が溢れては消えていく。
あの時の記憶みたいに。
「僕も屋敷の下敷きになって、心臓に折れた柱が刺さって…死ぬ…はずだった…
でも、後で聞いたら師匠がたまたま通りかかった時にイノセンスと一緒に見つけた欠片が突然光出して僕に……」
「それが心臓の代用品になったイノセンスか?」
「うん…そうみたい。
いっぱい”けんさ”されたけど結局これがなにかはよく分からないって」
僕の胸には確かになにかに貫かれた様な傷跡が残っていた。
「ユウは…僕が寂しい時、ずっとこうして傍に居てくれる。
うれしい、ユウと一緒にいたい」
「俺はお前の兄のかわりじゃない」
「かわり……?代わりなんて居ない。
哀は哀だよ、誰も哀の代わりになんてなれない。
ユウもユウだよ、誰もユウの代わりにはなれないでしょ?」
するとユウはちょっとびっくりした様子で僕を見た。
「僕はユウのそばに居たい。
ユウが嫌なら…やめるけど」
「……お前の面倒みねぇと師匠がうるせーから……その位なら許してやる」
ギュッと抱き寄せられて、嬉しくて初めて笑みがこぼれた。
「嬉しい!ユウ、だいすき!」
ギュッと抱きつけば、ユウはもうイヤそうに拒否したりはしなかった。



「おはようユウー、髪やって、髪ー!」
朝練の前に寝起きのまま慣れ親しんだユウの部屋に向かう。
ユウはもう身支度を整えていて、ちょうど六幻の手入れをしていた。
「お前、いつまで俺に甘えてんだ。
いい加減髪くらい一人で出来るようになれ!できないなら切れ!」
「やだ!切ったらこうしてユウに髪いじって貰えなくなるじゃん」
ユウは僕にとても甘い。
だけどそれは僕も同じ。
哀がいなくなった世界で、僕はユウに寄生してる。
ダメだとわかってるのに、ユウがあの時の哀みたいにとても儚くて今にも消えてしまいそうだから。
「今度は、守るよ…」
あの時は力が無くて守れなかった。
今は守る為に戦う力がある。
ユウは哀より身体も丈夫で強いから、まだ僕の方が守られる方が多いけど、僕は強くなるよ。
「ユウ、大好きだよ」
髪を三つ編みにするユウに持たれかかって見上げる。
「知ってる。髪結うのに邪魔だからくっつくな」
「やだ、ユウにくっつきたい。
明日からまた任務でいないんでしょ?
今のうちにユウを充電してるのー」
「ほら、終わったぞ。
俺はもう行く、お前はさっさと着替えてこい」
「えっ、ちょっと待ってよ、置いてかないで!」
慌てて着替えて鍛錬場に向かう。
ユウとの打ち合いの後、僕のイノセンス華鳥との適合率を上げるために演舞の訓練を一通りこなしていく。
ちょっと離れた場所でユウが素振りや型の確認をしてる。
「哀、僕強くなるよ。
今度は失わせない」
ギュッと強く華鳥を握る。
大好きな哀がくれた扇子にイノセンスが宿るなんて運命だと思った。
「ユーウ!
お腹すいたぁ、ご飯いこ、ごはん!」
型の確認を終えたユウの背中に抱きついてぐりぐりと頬を寄せる。
「ちゃんと鍛錬したのか?
そんなだからいつまで経っても半人前なんだ」
「分かってるよ!あーあ、僕も早く任務に行きたい」
「お前は早く一人前になれ」
ユウにキッパリ言い放たれ、さすがにショックで凹みそう。
「師匠に手紙でユウに虐められてるってチクっとこ」
「やめろ、あの人に冗談は通じない」
ユウが振り返ってギュッと抱きしめてくれる。
あったかい。
「任務で少し離れるだけだ、ちゃんと帰ってくる」
「分かってる、分かってるけど……」
やはり、寂しいには寂しい。
不安になる。
ユウが僕が知らないところで死んでしまったら?
そう考えるだけで不安で仕方ない。
「エクソシストになっても、ずっと一緒に居られるわけじゃない。
師匠もそう言ってただろ?
それに今はもう検査もされないんだ、大丈夫だ」
「うん、なるべく早く帰ってきてね?
ユウが居ないと寂しくて不安になる」
甘える様に擦り寄れば頭を撫でられる。
「お前も鍛錬サボるなよ」
「はーい。強くなれば僕もユウと一緒に任務行けるんだよね?」
「ああ、いつかな」
ユウは僕より強いから、早くユウにおいつきたい。
一緒に任務に行って、哀を殺したアクマを壊してやりたい。
もう大切な人が居なくなるのは嫌だから。
何も出来ずに泣いてばかりなのは嫌だから。

大好きな人達を守る為に僕は強くなるよ。
みててね、哀。